文部科学省『2016 年度文教関係概算要求』ねらいと

文部科学省『2016 年度文教関係概算要求』ねらいと問題点
2015 年 8 月 30 日
公教育計画学会理事会
概算要求の概要
文部科学省が、来年度、どのような教育行政をしようとしているのかが分かるのが概算
要求である。昨年度は、
「 2015 年度概算要求総額 101 兆 6,806 億円のうち文部科学省概算
要求は前年度より 10.1%増の 5 兆 9,031 億円」であった。今年度の概算要求は、8 月 28 日
に示されたが、概算要求総額 102 兆円のうち文部科学省概算要求は前年度 9.8%増の5兆
8,552 億円である。なお、厚労省の概算要求規模は 30 兆 6,675 億円。防衛省の概算要求は
5兆 911 億円で文部省の概算要求とほぼ同じ規模まで急拡大している。
文部科学省概算要求で目立ったところは、国立大学の再編を意図した3区分による重点
枠として 404 億円やオリンピックに向けたスポーツ関連予算 367 億円(26.6%増)、そして
理化学研究所への政府支出金が 72 億円増の 600 億円となっている。動いていない「もんじ
ゅ」にも 198 億円をつぎ込む。いずれも気前のよい話となっている。
分析の中心となる文部科学省概算要求のうち文教関係予算は前年度 3,103 億円増の4兆
3,704 億円(7.6%増)である。文教関連予算は 3 つの柱からなり、それは「社会を生き抜
く力の養成」
、「未来への飛躍を実現する人材の養成」、「学びのセーフティネットの構築」
である。
1つ目の柱である「社会を生き抜く力の養成」には義務教育費国庫負担制度(特定 3 職
種人件費の 1/3 国庫負担)が主である。その「社会や子供の変化に対応する新たな学校教育
の実現」の項目は△110 億円の1兆 5,163 億円となっている。教職員定数改善 3,040 人(99
億円増)に対して自然減 3,100 人(▲67 億円)と若返り▲119 億円である。少子化に伴う
自然減と年齢層の高い層から若年層へ教職員が入れ替わることによる給与減が規定要因で
ある。文部科学省はアクティブ・ラーニングなどの授業の革新、チーム学校の推進による
政策的な経費を上積みする要求を行なった。この要求をさらに細かくみてみよう。
1.創造性を育む学校教育の推進
1,440 人
①アクティブ・ラーニングの充実に向けた教育環境整備
②小学校における専科指導の充実
1,090 人
350 人
(小学校英語教育等に関する地域のリーダー的役割を担う専科指導教員の充実、小中一
貫校における専科指導の充実)
2.学校現場が抱える課題への対応
①特別支援教育の充実
940 人
300 人
②いじめ・不登校等への対応 190 人
③家庭環境などによる教育格差の解消
④外国人児童生徒等への日本語指導
150 人
50 人
⑤統合校・小規模校への支援
250 人
3.チーム学校の推進による学校の組織的な教育力の充実
①学校マネジメント機能の強化
660 人
410 人
(副校長、主幹教諭、事務職員等の拡充)
②養護教諭、栄養教諭等の充実
150 人
(大規模校等における配置の充実)
③専門スタッフの配置促進
100 人
(学校司書、ICT 専門職員等の配置の充実)
そのほかには、道徳教育の充実 15 億円(1 億円増)、いじめ・不登校対策の推進 62 億円
(12 億円増)
、特別支援教育の充実 164 億円(18 億円増)、新しい時代にふさわしい教育制
度の柔軟化の推進9億円(8億円増)
、高大接続改革の推進 72 億円(71 億円増)
、学校・家
庭・地域が連携した絆づくりと活力あるコミュニティの形成 91 億円(25 億円増)などの項
目が並ぶ。
2つ目の柱である「未来への飛躍を実現する人材の養成」は、国立大学改革の推進1兆
1,366 億円(420 億円増)
、私学助成関係 4,899 億円(588 億円増)などのほかグローバル
人材への投資が目立つ。たとえば、初等中等教育段階におけるグローバルな視点に立って
活躍する人材の育成 222 億円(19 億円増)や大学等の留学生交流の充実 377 億円(24 億
円増)である。
3 つ目の柱である「学びのセーフティネットの構築」では、下村大臣が最も重点化しよう
としている幼児教育無償化に向けた段階的取組は、数値を入れない「事項要求」となって
いる。また高校生等への修学支援 3,909 億円(前年度同)、大学等奨学金事業の充実(無利
子奨学金事業)1,006 億円(258 億円増)
、国立大学・私立大学等の授業料減免等の充実 412
億円(17 億円増)にくらべ、総合的な子供の貧困対策の推進 37 億円(15 億円増)の少な
さが際立つ。
概算要求の分析
文教関係概算要求は、前年度と同じ3つの柱に立った項目によって成立っている。義務
教育を進めるための「社会を生き抜く力の養成」は、少子化による影響で縮小傾向にある。
国庫負担が 1/2 から 1/3 になって以来、文部科学省関係概算要求に占める割合は突出したも
のではなくなっている。教職員定数に関する財務省の考え方(経済財政諮問会議)では現
在 69.4 万人の義務教育諸学校の3職種を 2024 年度には 65.2 万人まで圧縮するものである。
これに対して文部科学省は、自然減3万 7,700 人は容認するが、加配定数の 4,200 人減は
受け入れられないとする姿勢である。そのために「創造性を育む学校教育の推進」
、「学校
現場が抱える課題への対応」、「チーム学校の推進による学校の組織的な教育力の充実」の
施策的要求 3,040 人(99 億円)を打ち出しているのである。いずれにしても、削減を前提
とした予算項目になっている。これに代わるようにして、大学等への交付金、補助金をメ
インとする「未来への飛躍を実現する人材の養成」が軒並み増額要求となっている。とく
に大学の再編を目指している中にあって、グローバル人材の育成への強化や、特定大学以
外への職業訓練校化への誘導的な資金の投入が目立っている。子どもの貧困対策法が 2013
年に成立したにもかかわらず、
「学びのセーフティネットの構築」に関しては、特徴的な傾
向が顕著である。つまり、義務教育段階での子どもの貧困対策である「総合的な子供の貧
困対策の推進」がわずか 37 億円でしかない点である。その中味は、2項目である。まず一
つ目がスクールソーシャルワーカーの配置充実(補助率 1/3)が 10 億円(4億円増)。この
うち貧困対策のための重点加配 600 人増。二つ目が地域未来塾による学習支援の充実(補
助率 1/3)6億円(4億円増)である。学校を子どもの貧困対策のプラットホームにすると
子どもの貧困対策大綱では書かれているが、口先だけであることが分かる。高校生等への
修学支援は相変わらず所得制限をいれたままである。また大学等奨学金事業は、有利子か
ら無利子への転換だけであり、給付型奨学金への切り替えは 2016 度概算要求ではされてい
ない。
グローバル人材の育成に関する項目にたいしては大盤振る舞いを行ない、人件費等の経
常経費に関する項目にたいしては、現状維持か最小限の削減が攻防の焦点となっている。
そして、グローバル人材の育成が、新自由主義の光であるとするならば、子どもの貧困は
影の部分にあたる。そこへの予算配分は最小限の名目的なものとなっていることが分かる。
義務教育段階での子どもの貧困対策は「総合的な子供の貧困対策の推進」がわずか 37 億円
(15 億円増)であり、文部科学省全体の概算要求のところで述べた理化学研究所一つへの
増額(政府支出金が 72 億円増の 600 億円)とほぼ同額の概算要求額であることを、厳しく
指摘する必要がある。