2015/10/17 形態理論研究会(早稲田大学) 形態理論としての分散形態論 (1): 融合と補充 1.2. 分散形態論の特徴 “Piece-based” Morphology ➥小さな要素を組み合わせて大きな要素を作っていくという側面を重視する点で形 態素基盤 (morpheme-based)モデルに分類されるが、形式素性そのものを形態素 (morpheme)とし、その具現形 (exponent)と分離させたことによって従来の難点にあ る程度うまく対処できるようになっている5。 田川 拓海†(筑波大学) キーワード:分散形態論 (Distributed Morphology)、統語部門との関係 0. はじめに 本発表では、分散形態論 (Distributed Morphology)における融合 (syncretism)と補充 (suppletion)の取り扱いについて概観する。 (1) 具現的 (realizational):後期挿入の採用によって具現的な形態論のモデルになっている。 Distributed Morphology is a syntactic, piece-based, realizational approach to morphology in which there is at least some late insertion of phonological material into terminal nodes. (Embick and Marantz (2008): 4) 本発表のポイント:DM では、 a. syncretism は疑似現象 (epiphenomena)であると考えられている。 b. syncretism は形態/具現形 (exponent)に関する規則に underspecification/ elsewhere を想定することによって捉えられる。 c. root suppletion が重要な概念である Root と後期挿入 (late insertion)に関する 問題を引き起こす。 d. 統語環境や統語的条件に影響を受ける suppletion が最近注目されている。 (3) 後期挿入 (Late Insertion) 語彙挿入 (Vocabulary Insertion)は Spell Out 後に行われ、その時点で各節点に ある形式素性に対応する形態、音韻的内容が決定される。 ➥統語部門の計算が終わった後に形式素性の具体的な形態/音形が決まる。 1. 分散形態論の基本的な枠組み 1.1. 分散形態論のモデル 非パラダイム基盤 (non-paradigm-based):パラダイムを独立した概念として認めず 擬似的なものであるとする。 (2) 分散形態論の文法モデル1 Pure Lexicon In theories such as the Distributed Morphology framework adopted here, the paradigm space generated by grammatical features is a virtual one: it derives from the inventory of functional heads and the generative process. (Embick and Marantz (2008): 26) 統語部門2 Spell Out Morphology LF(論理形式) PF(音声形式) 反語彙主義 (anti-lexicalism) Encyclopedia (4) 単一動力仮説 (Single Engine Hypothesis) 二つの要素を組み合わせて新しい要素を作りだす操作は全て統語部門で行われる。 ・Pure Lexicon3: 統語計算の対象になる形式素性がある。 ・Morphology(形態部門): 形式素性の具体的な音形が決定する。 ・Encyclopedia4: 語彙意味や百科事典的知識などがある。 E-mail: [email protected] 詳しくは Harley and Noyer (1999), Embick (2010), Bobaljik (2012), 西山 (2013)なども参照。 2 統語部門に関しては基本的に Minimalist Program の枠組みを用いている。 3 最近の分散形態論のモデルの紹介においては、この部門に対する言及自体が無いか、“feature bundles”といった、存在するもの自身の名前で呼ばれることが多いようである(Harley (2014)など) 。 4 この部門の特性や位置付けについてはあまり解明が進んでいない印象がある。Harley (to appear)で は LF とだけ関係を持つと仮定されている。 1 ➥語形成に対する統語論的アプローチと評される(また実際にそのような側面もある) が、語と句の振る舞いが完全に同質であると考えているわけではない(たぶん)。語 と句の連続性を認め、それを統語論の枠組み(+α)で取り扱おうとするアプローチ。 他にも、統語部門において形態構造(の基礎)も形成されるので、syntax-morphology interface が非常にシンプルになる(Embick and Noyer (2007)) 、屈折形態論と派生 形態論も連続的であると考える、などの特徴を持つ。 ➥統語的な条件が強く影響する形態現象の分析に強い。 † 1 5 Halle & Marantz (1993)は IA と IP の難点を克服した第三のアプローチであると主張している。 2 2015/10/17 形態理論研究会(早稲田大学) 以下は Frampton (2002)による Halle (2000)の紹介から(一部表記を変えている)。 2. 分散形態論における syncretism 2.1. 不完全指定 (underspecification) (9) English be 分散形態論では syncretism は規則とその適用によって実現される疑似現象であると される。 ➥以下は Bobaljik (2002)の議論。 (5) English (Bobaljik (2002): 53) Present Singular Plural 1 psn play-∅ play-∅ 2 psn play-∅ play-∅ 3 psn play-[z] play-∅ (6) Past Singular play-[d] play-[d] play-[d] Plural play-[d] play-[d] play-[d] Vocabulary Items (Bobaljik (2002): 53) -d ↔ past -z ↔ 3sg -∅ = default/elsewhere 語彙挿入(形態規則の適用)は特定的 (specific)なものから順に行われる。 ➥最も特定的でないものが非該当形 (elsewhere form)となる。 (7) Elsewhere Condition If two (incompatible) rules R1, R2 may apply to a given structure, and the context for application of R2 is contained in that of R1, then R1 applies and R2 does not. (Bobaljik (2012): 9, (12)) syncretism(のパラダイム)は語彙リスト/形態規則群とその適用のし方によって結 果的にそうなっているのであり、 「A の形態と B の形態を同一にする」といったよう な専用の規則などがあるわけではない、と考える。 underspecification/elsewhere principle は分散形態論だけでなく多くのモデルで何ら かの形で採用されている。 elsewhere form は規則の適用順序によって自動的に決定されるので、elsewhere rule を独立して指定しなくてもよい。 morpheme-based なモデルで underspecification を採用すると、どうしても色々なと ころにゼロ形態に関する規則を仮定しないといけない。 2.2. Impoverishment 分散形態論で syncretism を捉えるもう一つの道具立てとして impoverishment がある。 (8) 欠損 (impoverishment) 形態操作 (morphological operation)の一つで、Morphology で語彙挿入の前に適 用される素性の削除 3 Present Singular Plural 1 psn am are 2 psn are are 3 psn is are (10) 1. BE ↔ was / 2. BE ↔ were / (11) -Pl ↔ ∅/ Past Singular was were was Plural were were were -Pl, +Past +Past P:2nd 二人称の場合のみ-Pl の素性を削除する impoverishment の規則を仮定することによ って、 1) 一人称と三人称の過去の場合にどちらも was が現れること 2) 二人称単数と全ての人称の複数の場合に were が現れること を、より少ない規則群で捉えられる。 impoverishment は underspecification と組み合わせることによって、より複雑/複合 的なタイプの syncretism の分析を可能にする。 impoverishment は言語固有かつかなり特定的な規則なので限定的に使用するなどの 注意が必要。 現在のモデルでは Morphology で適用されるので、独立した検証が難しい(spell out の後なので、基本的に統語部門、LF に関する証拠が使えない)。 3. 分散形態論における suppletion 基本的には suppletion も syncretism と同じく語彙挿入の問題として取り扱われる。 (12) a. CMPRP b. c a ADJP CMPR CMPR ADJ ADJ (Bobaljik (2002): 69, (91) and (92)) (13) a. GOOD b. GOOD c. CMPR d. CMPR → → → → be(tt)- / good -er / ]ADJ more ] CMPR] ] (Bobaljik (2002): 69, (93), modified for English) 4 2015/10/17 形態理論研究会(早稲田大学) 補充形に関する規則の方がより specific なので優先的に適用される。また、Bobaljik (2012)では比較級/最上級における補充形の具現に統語的な条件が重要であることが 主張されており、分散形態論の強みを示している(cf. Embick and Marantz (2008)) 。 ➥他にも Bobaljik (2000), Embick (2010), Bobaljik and Harley (to appear)など、 allomorphy/ suppletion と統語環境、特に局所性 (locality)に関する問題が注目を集 めている。 (14) Hiaki (Bobaljik and Harley (to appear)) 内項(他動詞目的語 or 非対格自動詞主語)の種類によって補充形が現れるこ とがあるが、外項にはそのようなことがない。 a. Aapo weye b. Vempo kate 3SG walk.SG 3PL walk.PL ‘S/he is walking.’ ‘They are walking.’ root suppletion は分散形態論の重要な概念である Root と後期挿入に関して重大な問 題を提起する(下記の指摘については Tagawa (2015)も参照されたい)。 (15) Root 範疇未指定の統語的要素。いわゆる語彙範疇的要素の核になるもの。 もともと、分散形態論では Root がどれぐらいの情報を持っているかについて問題視 されてきた。最も強い仮説は Root は語彙挿入以前は一切の区別がつかないというも ので、他にも意味情報や音韻情報を持っているのかどうかが問題(Harley and Noyer (1999), Arad (2003), Embick and Noyer (2007), Acquaviva (2009), Bobaljik (2012), Embick (2012), Harley (2014)などなど)。 ➥root suppletion に対して後期挿入を用いたアプローチを採ると、Root は語彙挿入 以前には音形が決定されていてはいけない。 suppletion はどれぐらい分散形態論の語彙挿入によって分析できるのか。 Root にあまり情報を載せすぎるとそもそもの意義が失われる。 4. おわりに 分散形態論は形態理論の中では統語論との関連性において強みを持つ理論である。そ のような研究が進む一方で、多種多様な形態現象をどれぐらい後期挿入や impoverishment などの少数の道具立てで分析できるのか。 旧来のモデルより改善されているとはいえ、形態素基盤モデルが引き起こしがちな問 題点をどのように克服するのか(ゼロ形態の取り扱いなど)。 語彙挿入や関連する形態規則、音韻規則は rule-based なモデルで十分なのか。最適性 理論のようなモデルや、確率論的なモデルの導入はありえないのか(cf. Trommer (2001), Sauerland and Bobaljik (2013)) 。 5 【参照文献】 Acquaviva, Paolo (2009) “Roots and lexicality in Distributed Morphology,” Alexandra Galani, Daniel Redinger and Norman Yeo (eds.), York Paper in Linguistics 10: 1-21. Arad, Maya (2003) “Locality constraints on the interpretation of roots: The case of Hebrew denominal verbs,” Natural Language & Linguistic Theory 21: 737-778. Bobaljik, Jonathan David (2000) “The Ins and Outs of Contextual Allomorphy,” University of Maryland Working Paper in Linguistics 10, 35-71. Bobaljik, Jonathan David (2002) “Syncretism without paradigms: Remarks on Williams 1981, 1994,” Yearbook of Morphology 2001: 53-85. Bobaljik, Jonathan David and Heidi Harley (to appear) “Suppletion is Local: Evidence from Hiaki,”. Bobaljik, Jonathan David and Susi Wurmbrand (2013) “Suspension across Domains,” Distributed Morphology Today: Morphemes for Morris Halle, ed. by Ora Matushansky and Alec Marantz, 185-197, MIT Press, Cambridge. Embick, David (2010) Localism versus Globalism in Morphology and Phonology. MIT Press, Cambridge. Embick, David (2012) “Roots and features (an acategorial postscript),” Theoretical Linguistics 38(1-2): 73-89. Embick, David and Alec Marantz (2008) “Architecture and blocking,” Linguistic Inquiry 39: 1-53. Embick, David and Rolf Noyer (2001) “Movement operations after syntax,” Linguistic Inquiry 32: 555-595. Embick, David and Rolf Noyer (2007) “Distributed Morphology and the syntax/morphology interface,” Gillian Ramchand and Charles Reiss (eds.), The Oxford Handbook of Linguistic Interfaces. 289-324, Oxford University Press. Frampton, John (2002) “Syncretism, impoverishment and the structure of person features,” CLS 38(1). Halle, Morris (2000) “Distributed Morphology: Impoverishment and fission,” Research in Afroasiatic Grammar: Papers from the Third conference on Afroasiatic Languages, Sophia Antipolis, 1996. Jacqueline Lecarme, Jean Lowenstamm and Ur Shlonsky (eds.), 125-149. Amsterdam/Philadelphia: John Benjamins. Halle, Morris and Alec Marantz (1993) “Distributed Morphology and the pieces of inflection,” The view from Building 20: Essays in Linguistics in Honor of Sylvan Bromberger. Ken Hale and Samuel Jay Keyser (eds.), 111-176, The MIT Press. Harley, Heidi (2014) “On the Identity of Roots,” Theoretical Linguistics 40, 225-276. Harley, Heidi (to appear) "Semantics in Distributed Morphology." To appear in volume 3 of Semantics: An International Handbook of Natural Language Meaning. C. Maienborn, K. von Heusinger and P. Portner, (eds.), Berlin: Mouton de Gruyter. Harley, Heidi and Rolf Noyer (1999) Distributed Morphology. Glot International 4-4. 3-9. 西山國雄 (2013)「分散形態論」『レキシコンフォーラム No.6』, 303-326, ひつじ書房. Sauerland, Uli and Jonathan David Bobaljik (2013) “Syncretism Distribution Modeling: Accidental Homophony as a Random Event,” Proceedings of GLOW in Asia IX. Stump, Gregory T. (2001) Inflectional Morphology: A Theory of Paradigm Structure. Cambridge University Press, Cambridge. Tagawa, Takumi (2015b) “[Review] Universals in Comparative Morphology: Suppletion, Superlatives, and the Structure of Words By Jonathan David Bobaljik, MIT Press, Cambridge, MA, 2012, 328pp.,” English Linguistics 32(1): 185-197. Trommer, Jochen (2001) Distributed Optimality. Ph.D.dissertation, University of Potsdam. 6
© Copyright 2024 ExpyDoc