スピン偏極原子線散乱法による表面スピンの貯 空相関の研究

ス ピン偏極原子線散乱法 による表 面ス ピンの時空相関 の研究
山 梨 大 学 工 学 部 電 気 電子 システムエ 学科 助 教 授
鳥養 映 子
1.は じめ に
原 子 分解 能 の 超 高 密度磁 気 メモ リー 、 ス ピンデ バ イス、量 子 的 ス ピン演 算素 子 な ど、
次 世 代機 能性 物 質探 索 へ の 期 待 と相 侯 つて、表面 ス ピンの 計 測 と制 御 へ の 関 心 が 急 速
に高 ま って い る。本研 究 の 目的 は 、我 々 が 独 自で 開発 して きた ス ピン偏 極 原子 線 散 乱
法 を確 立 して 、物 質表 面 のス ピンの 時 間的 ・空間的相 関 を ミク ロ に観 測 し、ス ピン相
関 と表 面 固有 の諸 物 性 との 関係 を明 らか にす る ことで あ る。
表 面 お よび 表 面 を舞 台 とす る量子 ス ピン系 の磁性 では、ス ピンの ゆ らぎが 本 質的 な
役 割 を にな う と予 想 され る。夕Jえば Ni(100)表面 にお いて は、偏 極 低 速 電子 線 回折 法
(SPLEED)で は バ ル クの Tc以上 で強 磁 性 秩 序 が壊 れ る りが 、 偏 極 電 子 捕 獲 法 (ECS)
で は 2Tcよ り高 温 で も短距 離秩 序 の 存 在 が 観 測 され る の。 この よ うな違 いは 、 表 面 の
磁 気秩 序 状 態 が 、観 測 の 時空相 関 の 尺 度 が 異 なれば多様 な側 面 を見 せ る こ と、すな わ
ち表 面 特 有 の ス ピ ンの ゆ らぎが存在 す る こ とを示唆 して い る。
表 面 固有 の ス ピ ン現 象 を理解 す るた め には、表 面第 一 原 子層 の み に感 度 を持 ち、 ス
ピ ンの 時空相 関 を広 範 囲 にわ た り観 測 可能 な 新 しい表 面 ス ピ ン計 測 の 方法 が必 要 で
あ る。我 々 は ,原 子 と表 面 の 散乱 過 程 にお け る交換相互作 用 の ス ピ ン非 対称性 を通 じ
て物 質 最表 面 の ス ピ ン相 関 を研 究 す るた め 、ス ピン と運 動 エ ネ ル ギ ー を 自在 に制御 で
き るユ ニ ー クな 偏極 原 子 プ ロー ブ (ス ピ ン偏 極原 子線 )の 開 発 を行 つ た 弘つ。
本 報 告 で は、 本研 究 助 成 に よ って 実 現 した 検 出系 の 開発 成 果 を 中心 に、 研 究 の 基 本
構 想 、ス ピ ン偏 極 技術 お よび ス ピンの ゆ らぎ の研 究 へ の展 開 に つ い て、現状 と展 望 を
述 べ る。
2.基 本構 想
図 1に 、 実験 の 概 念 を示 す。
B c a m
s O u r t e
O P i C H
Hyperrine Zeeman
pumplng
pumplng
tOmiC
―
O-10 keV beaIR
Beam
expallder
a c e
P u m p h g
鮒
糖F 運
Target
″
Detectors
SPiR an81yser
OPtical
absorption
niZation
/1。
.=す t、 SpeCtroscoPy
SPin,polarized
atORiC beem
62s1/2F=4,RF=4
=号
(R:=号 ,m′
)
夕/4 plate
Laser Dlode
図 1 ス ピン偏極 原子線散乱法 の概念
-8-
Charge analyser
PositioR‐
SenSiCive MCP
ScParator
:i!│
提案する表面 ス ピンプロー ブは、光 ポンピング うによって核 も電子 も 100%スピン偏
極 させたセシウム (Cs)原 子線 (エネル ギー範囲 0.03 eVか ら 10 keV)で あ る。原
子の ゼーマ ン準位 の共鳴周波数 に同調 した円偏光 レーザー を用いるこ とによ り、光 の
ス ピンを原子 に移行する。光のスピンの制御 は極めて容易なので、原子 の基底状態 の
ス ピンの配向、整列 を自在 に操 ることがで きる。こ うして、スピン方向または量子状
態 を揃 えた原子 を標的表面すれすれに入射 し、散乱原子のスピンと電荷 の変化 を、入
射原子のス ピンとエ ネル ギー の関数 として測定するこ とによ り、表面電子 ス ピン密度
分布 とその時空相関を調べ ようとい うものである。
3.光 ポ ンピングによる原子 のス ピン偏極 0
図 2に 、Cs原 子 の基底状態 と励起状態のエ ネルギー準位 を示す。 Cs原 子 の超微
細状態 を特徴 づ ける量子 数 は、全スピン Fと 磁気量子数 mFで ある。原子 のス ピン偏
極 は、超微細準位 間 の遷移 とゼー マ ン準位間の遷移 の 2行 程 の光ポ ンピングで行 った。
(a)基底状態 162s1/2'F=3>と
励起状態 162P3/2'F=4>間の遷移 によ り超微細状態 を
162s1/2'F=4>に
集 め、(b)円偏光 レーザー によって基底状態 162s1/2'F=4>か ら励起
状態 162p3/2'F=5>間でΔm=+1の 遷移を繰 り返す ことによ り、基底状態 の最高磁気
量子数 mF=4の 状態 162s1/2'F-4,mF=4>に汲み上げた。量子化軸 はレーザ ー光 の入
射方向によ り可変、ス ピン配向方向は、(b)で丁偏光 を用いると逆転す る。ス ピンの
配向方向は、励起 レー ザー 光を原子 ビー ムに平行 に入射すれば縦 スピン偏極、垂直 に
入射 すれば横ス ピン偏極 となる。ス ピン偏極度 くmF〉
/Fは 、原子線 と光の十分な相互
作用 の後では、原理的 に 1(完 全ス ピン偏極状態 )と なる。
62P2/3 F=5
F=4
852.l nm
62s1/2 Fi4
F=3
(a)
(b)
図 2 光 ポンピングに用いた は 原子のエネルギ ー準位
(a)超 微細ポンピング、(b)ゼ ーマンポ ンピング
図 3(a),(b)に、 熱 エ ネル ギ ー Cs原 子線 をざ偏 光 レー ザ ー (GttsAl,15 mW)で ポ ン
ピ ング した 時 の 光 吸収 ス ペ ク トル を示 す。周 波数掃 引 は 、 162s1/2'F=4〉
か ら 162P3/2'
F=3,4,5〉各 吸収 線 の 共 鳴 エ ネル ギ ー 範 囲で行 つ た。 (a)は プ ロー ブ光 と して ざ偏 光 を
‐
用 い た もの、 (b)はσ偏 光 を用 い た もので あ る。(c)はポ ン ピン グ光 な しの場 合 の吸 収
ス ペ クル で 、 遷移 確 率 に比 例 す る F=3,4,5の 吸収 ピー クが 見 られ る。 (a)は、 基 底
-9-
1,0に対応 する F=3,4への遷移 は
状態 が完全 に lmF=4>に偏極 されているので、Δ皿=‐
お こ らないことを端的 に示 している。 (a)‐
(c)の吸収線 の強度比 か ら求めたス ピン偏
mF>/Fは、 98%以上で あ った。超微細 ポンピング、 ゼーマ ンポンピングの 2行 程
極度 く
を合わせて、ほぼ loO%のス ピン偏極率が達成で きるこ とが確認 された。
加速原子線 の場合 には速度が 104∼105m/Sと早 いので、光 と原子の相互作用時間が
光ポ ンピング率 の上 限を決める。計算 によれば、出力 150 mWのレー ザーの光径 を 20 cm
に広 げれば、 10 keVの原子線 を 85%偏 極するこ とがで きる。
. .
〇卜 一や哺 > ︻
︵耳 電 一
・L●一 や∽︻︶ 電 〇︻
・や亀 ︼〇 ∽0 電 o一 〇︼“
び十 pump→
び十prObe
σ+pump→
62s1/2
62s1/2
σ
probe
F=5 F=4F=3
F=5 F=4F=3
図 3 熱 エネルギ ースピン偏極原子線のσ+ 光吸収スベ ク トル :
励起光の偏極が( a ) げ偏光、( b ) σ偏光 の場合。
4 . 検 出系 の 開発
実験 の 観 測 量 は、 原 子 ‐
表 面散 乱 後 の プ ロ ー プの 荷 電状 態 とス ピ ン状 態 で あ る。 こ
れ らの始状 態 ( 散乱 前 ) と 終 状 態 ( 散乱後 ) の 差 が、表 面 との相 互 作 用 を反 映 して い
る。本研 究 助 成 の ご支援 に よ り、本研 究 に不可欠 な次 の 2 つ の 検 出 系 を開発 す る こ と
が
F i 発量豊ィォ ン化 効 率 の 測 定 : 位置敏 感型
X4ザ
芯
〔
M C P を 用 い た荷 電状 態検 出系
光面および冷却 CCDカ メラで構成)からな
るイオ ン原子同時計測装置 を設 計 した。
C s 原 子 の MCPで の検出感度、およびそ
のエネルギ ー依存性 の測定例 を図に示す。
熱
エネル ギ ー原 子線 に対 しては感度がゼ ロで
ぶ 配
築ゲ
ぎ
崖
︻
ぷ︼斡 ぶ ヨ軽
散乱後 の正 負イオ ン化 効率 を測定 するた
め、静電偏向板 と位置敏感型 MCP(MCP、 蛍
01
02
03
04
ー
keⅥ
入射 エネルギ 〔
05
は図
錨ま 4 鳩協動警輝塩雛 原子線
- 1 0 -
0 . 1 - 0 . 5 keVで急激に上昇する。現在よ り精密な実験 を遂行中であ り、 これ をもと
にイオンと原子の同時計測 にお ける検出効率 の補正を行 う。
4 . 2 ス ピン偏極度の高感度測定 :共 鳴 2光 子イオ ン化分光
先 に述べ た光ポンピングの実験結果 (図 3)は 、偏極原子 ビーム生成 の確認 と同時
に、ス ピン偏極度の測定原理 を確認するものでもある。散乱後の原子を再びス ピン選
択的 に励起 し、励起原子のみをイオン化する2光 子共鳴イオ ン化分光 によ り、原理的
には単原子感度の検出が可能である。励起原子のイオン化 に連続発振 He_cdレーザ ー
( 4 4 0 n m ,20 mW)、生成イオ ンの検出 にセラ トロン(利得 108)を
用 い、パルスカウン
テ ィングを行 つた実験結果 を、図 5(o,(b)に示す。図(つは、共鴫 2光 子イオ ン化 ス
ペ ク トルで、スピン選択的励起光の偏光を反転させた時の各吸収線の強度比か ら、 3
節 と同様 にに偏極度 を得 られ る。(b)は
、共鳴励起 レーザ ー光の強度 を変えて検 出イオ
ン数 を測定 したもので、励起原子数 を変化 させるこ とによ り光イオ ン化 の検 出感度 を
調 べ た。 この結果、散乱原子流率が、約 20個/sまでは検出可能 な こ とを確認 した。
[×104]
o
O
O
OE
︻
Fあ︺辺F
っ
o
O
O・
︼
Fあ︺喜o
一
F‐3
F=4
F=5
L.D Power[Wた m2〕
L.D frequcncy
図 5(a)は 原子の共鳴 2光 子イオ ン化分光スペ ク トル
(b)検 出イオ ン数 の共鳴励起光強度特性
5.超 低磁 場 環境 の構 築
ス ピン偏 極 した 原子 のス ピンは、飛行 中 に地 球磁 場や 実験 装 置 の磁 場 で ラー マ ー 歳
差 し、 エ ネル ギ ー 幅 で 減偏 極 す る。 本 実験 で は、原 子 を偏極 後基 板 まで約 0.7m飛 ば
す こ とにな るので 、偏 極度 を 90%以 上 に保 つ には 飛行 経路 の磁 場 を 10ぃG程 度 に 抑
えた い 。
これ まで は 直径 2.5mの 矩形 2重 ヘ ル ム ホル ツ コイル を 自作 して 、均 一 磁 場 を発 生
させ て い た が 、 も と も と建 物 に あ る磁 場分 布 (最大 5mG)ヤ こよ って 低 磁 場 の 限界 が
決 ま って しま う。地 球磁 場 を 1/100に 減 衰す る ことを仕 様 に磁 気 シー ル ドル ー ム を
構築 した 。 2重 の 伴メタル (PC II、厚 さ 2mm、 間隔 15cm)で で きた 直方体 で、 内
径 は 2.9x2.9x2.8m(床 下 0,lm)で あ る。実験 装置搬入 の た め の扉 を 2方 向 に、また
ク レー ン走査 の た め の 窓 を天 丼 に、 ビー ム ライ ン、電線 、配管 お よび レー ザ ー 光 導 入
の た め の 窓 が つ いて い る。排気 系 な ど、実験 装置周 りの磁 場 を零 にす る こ とは 困難 な
-
1
1
-
ので 、磁 気 シー ル ドル ー ム は 1/1側まで に減 衰 し、さ らに超 高真 空槽 内 に磁 気 シー ル ド
を入 れ て 偏 極原子 線 飛行 路 を超 低 磁 場 に しよ う とい う発 想 で あ る。完成 した磁 気 シー
ル ドの性能 は、 中央 部 の磁 束 密度 が0.5mG以 内、2枚 扉 の 合 わせ 目 と、床付 近 の磁 束
一
密度 は 桁 大 き い 。 ス ピン偏 極電子 線散乱 実験 装 置 の 内部 に 装着 した 2重 の ぃメタル
シー ル ドを合 わせ て 、偏 極 原子 線散乱 室 内部 の磁 束 密度 が 1/4000に な って い る こと
を確 認 した 。 本 実験 遂 行 の た め に理 想 的 な実験 環 境 が得 られ た 。
6。 お わ りに
原子 ―
表 面散乱 に お け る交換相 互
作 用 の ス ピン依 存性 に よ り表 面 ス ピ ン相 関 を計 測
す る、新 しい 実験 手 法 の 開発 を行 つた。本 手法 は次 の よ うな特徴 をね ら つ た もので あ
る。
a)広 い 範 囲 に亘 るス ピ ン時 間 ・空 間相 関 の 観測
b)表 面第 一 原 子層 の ス ピ ン状 態 に高 感度
c)金 属 か ら絶縁体 まで 、 多様 な標 的表面 へ の応 用
この よ うな特徴 を実現 す る上で、まず比較 的研 究 の 進 んで い る遷 移 金 属 表 面 を標 的
に、 ス ピ ン偏極 原 子 線 散 乱 の基 礎 過程 を、原 子 線 の エ ネ ル ギ ー とス ピ ン、お よび表 面
の 温 度 をパ ラメ ー タ に 系統 的 に解 明 す る こ とが、 我 々の 現 在 の 最 重 要課題 で あ る。
3次 元 空 間群 と 2次 元 空 間群 の境 界 とい う特 異 な対称性 を持 つ 表 面 に お け るス ピ
ンの ゆ らぎは、交換相 互 作 用 の働 く全 ての表 面現 象 の機 構 に深 くかかわ りあ つて い る。
今 後 、開発 した手法 を用 い て、共鳴電荷移 行反応 にお け るス ピ ン依 存性 を系統 的 に調
べ る こ とに よ り、表 面 の 動 的 量子反応 過程 にお け るス ピ ンの 役 割 を明 らか に して い く
所 存 で あ る。
謝辞
本研 究 に 対 して 多 大 な ご支援 と 激励 を頂 きま した高 柳 記 念 電 子科 学 技術 振 興 財 団 お
よび 財 団 の 関係 者 の 皆様 に心 か ら感謝致 します。
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