『人種生物学研究 ウィーン同盟』(Wienerbrorskapet

『人種生物学研究 ウィーン同盟』
(Wienerbrorskapet)
、インガル・ヨーンスルッドゥ作、
444 ページ、ノルウェーAschehoug 社、スウェーデン Salomonsson Agency、2015 年 1 月
出版
新聞記者として長年勤めてきたインガル・ヨーンスルッドゥのデビュー作。3 部作構想で
現在、2 作目の大筋をまとめたところのよう。
現地のレビューは感動と驚嘆の声に溢れており、暴力シーンが多いという声以外はネガ
ティブな意見を見つけることができなかった。
例えば VG という新聞紙で「身震いする程面白い」と満点である 6 つ星の評価を得てい
ます。VGは滅多に6つ星を出しません。参考に他の作品の評価も一緒に示すと以下のよ
う。
VG 6つ星→
☆☆☆☆☆☆
5つ星↓
☆☆☆☆☆
4 つ星☆☆☆☆↓
3つ星→
☆☆☆
私も今まで読んだ北欧ミステリの中で一、二番目に面白い作品だと感じ、正直、大変驚
いている。分量があるのに途中退屈に感じることが一切なく、444 ページをあっという間に
読み終えることができた。現地レビューでも「It is, quite simply, impressive! Not a single
dull moment along the way.」とされている。
1 章 1 章が驚く程簡潔で、場面が次々変わっていき(なのに読者を混乱させることがない
のは驚き)語りにもスピード感があり、並の作家が 10 ページないと表現できない事を 5 ペ
ージで的確に描くことのできる作家に思えます。伝えるべきことを短い文章に漏れなく集
約させる能力は、記者として長年記事を書いてきた中で培ったものなのかもしれない。
スウェーデンの Salomonsson Agency は 2005 年にヨー・ネスボと契約して以来ノルウェ
ーの作家とずっと契約してこなかったが、久々に契約したノルウェーの作家が彼だ。2015
年 1 月に出たばかりだが、すでに 20 カ国に版権が売れていて、Publisher Weekly にも取
り上げられる
http://www.publishersweekly.com/pw/by-topic/international/international-deals/article/
66355-international-hot-book-properties-week-of-april-20-2015.html 版権を買った国の
多くが作品に熱狂し、3 作まとめて権利を買ったよう。作者は記者をやめる気はないが、2
作目を書き終えるために 2015 年の秋に一時休職する予定。
第二次世界対戦や優生思想、断種法(不妊法)
(http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_hc/a6fhc550.html、
http://www.tsu.ac.jp/Portals/0/research/15/P019-025.pdf)といった人種差別の歴史と現在
のアフガニスタンの政情、現代のオスロ市警の日々の過酷な捜査やテロへの恐怖といった
要素を見事に織り込み、一つの物語として昇華させている。
「これだけ複雑なストーリーをミステリというジャンルの厳し
いルールの枠組から逸脱することなく、結論にまで導く筆力は新
人作家のものとは思えない」
、
「強烈なアクションやバイオレンス、
度重なるどんでん返し、ぴんと張りつめた空気に圧倒された」、
「驚くようなどんでん返しが出てくるのに、物語は最後まで論理
的」などとノルウェーの新聞紙で評されている。
作者は Jon Alfred Mjøen というノルウェーの人種生物学者
の『優生思想』
(全ページ公開されています
http://www.nb.no/nbsok/nb/8eec67dbab3b84315bd3b89d1ae92
95c?index=2#0)という本を参考にこの本を描いたとブログで述
べている。また、
「人種生物学研究というものがユダヤ人やロマ
の人達の虐殺や身体障害者の安楽死や同性愛者の弾圧の理由づ
けとしてナチスドイツに誤った形で利用されたことは皆さん、ご存知の通りです。そして
優生思想はドイツだけでなく、イギリスやアメリカ、スウェーデンやノルウェーにまで暗
い影を落としました。人種生物学研究はこれら西洋諸国でも二十世紀の初めの十年間、学
問として容認されていました。ノルウェーの人種生物学研究者の一人にヨン・アルフレッ
ド・ミューエンがいます。彼はオスロに人種生物学研究所を構えていました。
(http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_hb/a6fhb700.html)ノルウェーでは 1934 年に断
種法(不妊法)が制定されました。そしてミューエンが亡くなった 70 年代までに 4 万人以
上の人達が去勢手術、不妊手術受けさせられました。この法律は 70 年代になってようやく
廃止されましたが、それまでにあまたの人達の人生を台無しにしてきました」とも書いて
いる。
(https://ir.lib.osaka-kyoiku.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/12417/1/hatnir_4_029.pd
f)
断種法(不妊法)については、ミューエンの書籍の他に、オスロにあるホロコーストセ
ンターの展示や資料が参考になるとのこと。ホロコーストセンター
(http://www.hlsenteret.no/)にはレジュメ作成者、
枇谷も行ったことがある。常設展で断種法やユダヤ
人の迫害について知り、過去に訳した『ウッラの小
さな抵抗』
(文研出版)という第二次世界大戦中の
スウェーデンへのユダヤ人救出劇を描いた YA で美
談のみを日本の読者に届けてしまったことを後悔
し、暗部をも示すことができたらとずっと考えていた。できれば真剣に取り組みたいテー
マで、センターで資料をいくつか入手済み。
ただ本作は 3 部作になる予定で、この先、物語がどのように発展するのかは今のところ
分からない。
作者は出版に当たり、ジョー・ネスボの作品を 12 冊編集してきた敏腕編集者、オイヴィ
ン・ファーロから厳しいチェックを受けているとブログに記している。
作者は長年記者として勤めてきたが、ミステリは本だけでなくドラ
マも好きで、
『ブレイキング・バッド』や『ザ・ワイヤー』、
『マッド・
メン』などに熱狂しているとブログに記している。本作も話運びや惨
殺シーンの残酷さ、派手さはドラマ的で、深刻なテーマを扱っている
割には思わず先を知りたくなるようなエンターテイメント性が感じ
られた。
出典(Kilder)
:
http://www.vg.no/rampelys/bok/bokanmeldelser/bokanmeldelse-ingar-johnsrud-wienerb
rorskapet/a/23374684/
http://www.dagsavisen.no/kultur/boker/ambisi%C3%B8s-krimdebut-1.313273
http://ingarjohnsrud.com/
http://www.salomonssonagency.se/ingar-johnsrud