理想の自己を追い求める 「私恥」 概念に関する基礎的研究

KurumeUniversity
PsychologicalResearch2015、No.14,7−15
原著
理想の自己を追い求める「私恥」概念に関する基礎的研究
上野素直')・藤本学2)
約
妄
恥は大きく3つに大別することができる。本研究はその中で,理想自己と現実自己の乗離によって
生じる感情である“私恥”に注目する。研究1では,はじめに,人がどのような点に目を向けて自己
評価しているのかを,自由記述アンケートによって同定した。つぎに,得られた結果を元に,自己評
価傾向を4つの側面から測定する尺度を開発した。この尺度は各側面のポジティブとネガティブの両
極を測定することから,両価的自己評価尺度(ASES)と命名された。さいごに,ASESの内的整合
性と基準関連妥当性を確認した。続いて私恥を感じている人の特性および状態を明らかにするために,
研究2でははじめに,ASESを用いて自己評価の4側面について理想と現実を調査し,それらの差を
求めた。つぎに,これらの高低の組み合わせから,調査参加者を4群に分類した。群間比較の結果,
私恥が高い者は自尊感情,自己効力感,自己愛が低い一方で,自己嫌悪感が高いことが明らかになっ
た。
キーワード:私恥,自己評価,理想自己,現実自己
ような側面について評価を行うのかについても明確に
問題と目的
しておく必要がある。
Benedict(1946)の「日本は恥の文化だ」という指
Moretti&Higgins(1990)は,従来の研究が個人
摘以来,“恥(Shame)'’は日本の文化を象徴する感
情とされてきた。Benedictは恥を人前で噸笑される
ことから生じる感情と述べている。これに対して,作
の評価対象を重視していなかったことを指摘した上
で,個人が記述した理想自己と現実自己の特徴の差を
算出するという個性記述的方法を開発している。この
個性記述的方法を用いて検討した結果,私恥は従来の
田(1967)はこのような恥は“公恥'’とでも呼ぶべき
感情であると反論し,もう1つの恥の形として“私恥”
という概念を提唱している。井上(1977)も,恥の意
識の1つとして私恥を挙げている。私恥は理想の自分
と比べて現実の自分が劣位であると認知されたときに
方法よりも自尊感情との関連が強いことが明らかに
生じる感情と定義されている。すなわち,私恥は理想
自己と現実自己の差によって数量化することができ
結果,社交,知性,優しさ,容貌,生き方,経済力,
なっている。
山本。松井・山成(1982)は,大学生が自己のどの
領域を評価しているのかについて調査している。その
趣味や特技,まじめさへの自己評価が自尊感情に影響
を与えていることを明らかにしている。遠藤(1992)も,
る
。
評価が基準を下回った時に生じる不満を恥じ入りと
いう。私恥は評価の対象と基準が自己で完結した自分
自身について恥じ入る感情である。私恥について検討
より強く「なりたい」と思う自己の側面の方が自尊感
するためには.評価の対象、すなわち人が自己のどの
ように捉えるかの評価基準は人によって異なることは
情と強く関連することを明らかにしている。
これらの研究から,現実の自分と理想の自分をどの
1)久留米大学大学院心理学研究科
2)久留米大学文学部心理学科
−7−
理想の自己を追い求める「私恥」概念に関する基礎的研究
明白である。ただし,遠藤(1992)の研究では,山本
ら(1982)が同定した側面を参考に,大学院生から自
己評価に関する項目を収集し調査を実施するという手
続きを取っており,調査項目を統計的に検討していな
いため,妥当性には疑問が残る。そこで本研究は,多
側面から自己評価を測定できる尺度を開発する必要が
て特定する。つぎに,得られた項目を用いて質問紙調
査を行い,その結果を元に尺度を作成する。
ある。
大学生71名(男性23名,女性48名)を対象に調査を
行った。平均年齢は20.60歳(SD=1.18)であった。
方法
予備調査
調査参加者
一般に,理想自己と現実自己に差がある場合は,自
己について否定的な感情が生じる。セルフ・ディスク
調査手続き
「あなたは自分のどのような点をどのように評価し
ていますか」という教示を与えた上で,自由記述を求
めた。収集された項目を調査者と研究協力者で整理し
レパンシー理論(Higgins,1989)によると,理想自
己と現実自己の不一致は失望や悲しみ,不安感を増大
させる。すなわち,私恥が大きいほど失望や悲しみ,
不安感が増すのである。また,椎野(1966)は大学生
を対象に,自己概念の理想と現実の差と適応との関連
た結果,自己についてのポジティブな評価項目が94項
目と,ネガティブな評価項目が60項目が得られた。
を検討ている。理想自己と現実自己の差が大きい人ほ
本調査
ど,抑うつ性,主観性,服従性が高いという結果を得
ている。このように,理想自己と現実自己の差は不適
調査参加者
大学生222名(男82名,女140名)を対象に調査を行っ
応的な状態を招くのである。
た。平均年齢は19.70歳(SD=1.56)であった。
自己にどのような感情を抱いているかを示す代表的
な指標である自尊感情は,自分をポジティブな存在で
あると認識した際に生じる感情である(遠藤,1992)。
調査手続き
Rosenberg(1965)は,自尊感情の捉え方にはvery
good(とてもよいと思う)とgoodenough(これで
か?」という教示を与えた上で,「とてもあてはまる」
から「全くあてはまらない」までの6件法で回答して
よいと思う)の2種類が存在すると指摘した上で,後
もらった。
予備調査で得られた154項目について,「人と比べて,
あなたは自分の特徴をどのようにとらえています
者(goodenough)の観点から尺度を作成している。
そのため,Rosenbergの尺度により測定される自尊
感情は,自己受容に近いものであり,自身をこれでよ
結果
多側面から自己を評価する尺度にすることを目標
に,最尤法・プロマックス回転による因子分析を行っ
た。はじめにネガティブ項目(N項目)について,“暗
いと思うかという個々人の評価基準に依拠している
と。私恥を感じている人でも,理想に及ばない今の自
分のままでいいと考える人は,自尊感情は低下しない
い人がどのような心理状態に侭かれているか明らかに
愚",“ネガティブ思考',,“自閉',,“衝動,,の4因子が
得られた。ポジティブ項目(P項目)ににおいて
も4因子が得られた。これらは先のN項目との対応関
係から,‘‘賢明",‘‘ポジティブ思考'',“自制",“社交”
しなければならない。
と命名した。
以上,本研究は,研究1において人は自己のどのよ
うな側面について評価するのかを測定する尺度を開発
した上で,研究2において私恥を感じている人の特性
と状態を明らかにすることを目的とする。
ら抽出された因子(P因子)の内容の対応関係から,
自己評価の対象は4側面あり,各側面がポジティブー
ネガティブの両極によって構成される。すなわち,暗
ことになる。このことは,私恥を経験している人は一
概に不適応な状態ではないことを示唆する。私恥の高
N項目から抽出された因子(N因子)とP項目か
愚一賢明からなる“知的能力”の側面,ネガティブ思
考一ポジティブ思考からなる“思考傾向',の側面,衝
動一自制からなる“自己統制,,の側面,自閉一社交か
研究1-1自己評価尺度の作成
目的
研究1-1の目的は,自己の多側面について評価を問
う尺度を開発することである。そのために,はじめに
自由記述アンケートによる予備調査を実施し,人が自
らなる“対人志向”の側面にである。この両極性のた
めに,P因子とN因子が裏表の内容である項目(知
的能力の側面の賢明因子に「理解が早い」と暗愚因子
己のどのような側面について評価をしているかについ
に「理解が遅い」など)がいくつか確認された。これ
−8−
久留米大学心理学研究第14号2015
らの項目対は同じ質問の繰り返しになるため,N項
従来の自己評価尺度は,自己に対するポジティブま
たはネガティブな評価のどちらかを測定するのが一般
目とP項目のうち因子負荷量が小さい方を除外した。
その上で,尺度を使用する際の利便性から,各因子に
的であった。これに対・し,本研究が開発した尺度は,
4つの側面についてポジティブ・ネガティブの両方か
おいて因子付加量の上位4項目を採用した。Cron‐
bachのα係数は,社交因子がわずかに.700を下回っ
ら自己評価を捉えることができる。そこで,この尺度
たものの,8因子に内的一貫性が確認された(Table1,
を両価的自己評価尺度(AmbivalentSelf-Evaluation
Table2)。
Scale:ASES)と命名した。
TabIelN項目についての因子分析結果
対人志向
暗愚
自閉
衝動
対立因子
(ポジティブ思考)
(溌明)
(社交)
(自制)
物事をすぐ悪い方向に考える
.707
.027
25
考えすぎてしまう
.689
--074
41頭の回転が遅い
47理解が遅い
81要領が悪い
-.024
,795
.091
.740
.148
.689
17鈍感である
-.154
35上手に人とコミュニケーションできない
29口数が少ない
自分勝手である
すぐ態度に出る
-.093
攻撃的である
-046
-.007
α 、 8 2 9
.072
.715
-.011
.701
-.007
.555
僻岬狸砺
.071
、821
一&◆●’1
気が短い
−
O
g
l
-.020
唯唖”涯
55
53
31
砧
6
73消極的である
.583
.084
.
l
O
2
■□﹄句
﹄凸
27初対面の人と仲良くすることができない
-.052
唖幽幽四
.035
19
戸﹄●一
、022
.707
”岬却郵
落ち込みやすい
いつまでもひきずる
.859
15
123
自己統制
”皿哩挫
知的能力
ネガティブ思考
側面
776釦
“ 皿 、 ⑩ 皿伽画四
思考傾向
因子焔
、770
.655
.634
-606
.792
、798
.755
Table2P項目についての因子分析結果
対人志向
知的能力
思毒傾向
自己統制
因子名
賢明
ポジティブ思考
自制
社交
対立因子
(暗愚)
(ネガティブ思考)
(術動)
(自閉)
側而
、010
、132
.109
-.119
-.060
冷静である
.641
.066
.039
.
1
6
1
客観的に物或を考える
.586
-.004
-096
.044
楽天的である
きりかえが早い
前向きである
-.127
、785
.159
.658
.
0
K
1
6
.627
﹄●﹃●ウニ
-.095
吻叩噸四
、807
.737
9卯咽4
“畑幻、
21
お5
01
肥
叩叫招“ 4
論理的である
合理的に考える
.422
4穏やかである
.059
-.017
.734
、
0
5
う
22怒りにくい
92おおらかである
-.044
.049
‘
6
7
1
-.129
.“5
.240
.
6
1
0
.014
24ほかの意見を受け入れられる
−
.
0
4
1
--107
.466
113
.
0
2
3
,720
社交的である
150 元気のない人に声をかけることができる
82 よくしゃべる
152
120
笑顔を絶やさない
.051
.053
-.116
65
95
35
1
3
1
11
1
句﹄●■一
−055
開き直れる
--115
α−789
−9−
、740
.
1
1
7
.675
−
.
2
8
4
.519
.197
.462
.719
.694
理想の自己を追い求める「私恥」概念に関する基礎的研究
己」の領域を用いた。“社交性”に関する5項目,“経
考察
験への開放'性”に関する5項目,“調和性,’に関す
る5項目,“誠実性”に関する5項目,“身体的特徴',
に関する5項目の5因子25項目からなる。これらにつ
「自己評価を行う際,自己の相対する性質がうかぶ
時,いずれとも診断しえず自己を一義的に決定づける
いて「とてもあてはまる」から「全くあてはまらない」
までの7件法で回答を求めた。
ことができない事態がある」と正木(1936)は指摘し
ている。森(1983)はこの指摘を受け,今までの質問
紙では「どちらでもない」に埋もれていた人格の両極
自尊感情尺度Rosenberg(1965)が作成した尺度
をMimura&Griffiths(2007)が日本語訳したもの
性の測定を試みている。
を用いた。“特性的な自尊感情'’に関する10項目につ
また,桑原(1986)は人格の二面性を測定する際,
その特’性語自体が「望ましさ」を持っている危険性を
いて,「強くそう思う」から「強くそう思わない」ま
指摘している。人は自己を望ましい存在だと考えるが
での4件法で回答を求めた。
社会的自己制御尺度原田・吉漂・吉田(2008)の
ゆえに,単に項目の「望ましさ」に反応してあてはま
ると判定する可能性があるということである。そのた
作成した社会的自己制御(SocialSelf-regulation:
め,同じ特性を持った望ましくない語を質問紙内に設
4つの側面について,同数のポジティブな項目とネ
SSR)尺度を用いた。“自己主張”に関する13項目,"持
続的対処・根気”に関する7項目,‘‘感情・欲求抑制”
に関する9項目の3因子29項目からなる。これらにつ
ガティブな項目から構成されるASESは,これらの
いて「よくあてはまる」から「全くあてはまらない」
指摘を克服した尺度である。
までの5件法で回答を求めた。
定する必要があると指摘している。
被受容感・被拒絶感尺度杉山・坂本(2006)が作
成した被受容感・被拒絶感尺度を用いた。“被受容感”
研究1-2自己評価尺度の妥当性検証
目的
に関する8項目,“被拒絶感”に関する8項目の2因
ASESの各因子が,想定する概念を適切に測定でき
子16項目からなる。これらについて「よくあてはまる」
ているかについて検討する。また,ASESは同じ側面
のポジティブな項目とネガティブな項目の両方を高く
から「全くあてはまらない」までの5件法で回答を求
めた。
評定する両極型の存在を許す。従来の質問紙ではこの
ストレスチェックリスト・ショートフォーム今津・
ような回答は想定していないため,自己評価に両価型
が存在するのかについて検討する。
村上・小林・松野・椎原・石原・城・児玉(2006)が
作成したPublicHealthResearchFoundationスト
レスチェックリスト・ショートフォーム(PHRF)を
方法
用いた。“うっ気分・不全感”に関する6項目,“自律
神経症状”に関する6項目,“疲労・身体反応”に関
調査参加者
大学生319名(男‘性91名,女性228名)に回答を求め
する6項目,“不安・不確実感”に関する6項目
た。平均年齢は19.40歳(SD=1.44)であった。
の4因子24項目からなる。これらについて「よくある」,
調査手続き
「時々ある」,「ない」の3件法で回答を求めた。
調査は質問紙法によって行い,一斉に配布・回収を
結果
行った。
質問紙構成
基準関連妥当性の確認
両価的自己評価尺度(ASES)研究1で開発した
ASES8因子の尺度得:点と関連指標との関係性を確
認するために,相関分析を行った(Table3)。表中の
ASESを用いた。この尺度は“賢明'',“暗愚'',“ポジ
ティブ思考",“ネガティブ思考",“自制,',“衝動",“社
相関係数はサンプルの多さから,p値が.01以下であっ
た。ASESの8因子が概念的に対応する因子と高い相
交,',“自閉'’の8因子からなる。これらについて各因
子4項目ずつの計32項目について「とてもあてはまる」
関関係にあることが確認された。賢明一暗愚の知的能
から「全くあてはまらない」までの6件法で回答を求
力の側面は“経験への開放‘性',との間に,ポジティブ
思考一ネガティブ思考の思考傾向の側面は"自尊感』情”
との間に,自制一衝動の自己統制の側面は“感情・欲
求抑制”との間に,社交一自閉の対人志向の側面は"社
めた。
自己認知に関する質問紙の「自己」の領域外山・
桜井(2001)の自己認知に関する質問紙の中から「自
−10−
久留米大学心理学研究第14号2015
交性”との間に,それぞれP因子では正の相関関係が,
N因子で負の相関関係が見られた。以上より,ASES
の基準関連妥当性が確認された。
各側面の基準関連妥当性
目は共通の側面について問っていることが確認された。
両価型の確認
ASESの両価型の存在を検討するために,尺度の理
論上の平均値である3.5を基準に,各側面において,P
4側面のP因子とN因子の尺度得点の差である"側
因子の尺度得点が3.5以上ならばP,3.5未満ならp,
面得点”と関連指標の関係性についても相関分析を
N因子の尺度得点が3.5以上ならN,3.5未満ならnと
行った(Table4)。その結果,因子別の結果と同様の
傾向が見られた。したがって,対をなすP項目とN項
者を側面ごとに4群に分類した(Table5)。
した。そして,これらを組み合わせることで調査参加
TabIe3ASESと関連各指標との相関関係
知的能力
思考傾向
自己統制
対人志向
自
己
羅
知
:
難
蝋震熟練
-.319
、442
-.254
、145
.012
-.458
.372
.
2
1
C
.213
.016
.185
.292
.
0
8
7
.323
.
0
7
3
.608
-.370
.344
372
-.213
.053
.
1
1
7
‘202
.
1
0
8
.233
.
3
0
8
-.293
.361
−206
-136
,47
今247
、342
-.393
-.267
.“7
.055
339
-.416
.160
-.090
.
0
1
1
.
1
6
9
-.194
.200
.
0
8
1
」40
-.044
--141
.
6
2
3
--590
.170
-」56
‘114
-.118
、355
-.172
、243
-.127
.412
-.306
-276
、649
.034
-199
−19s
.269
-J11
.219
-255
、010
.245
-.265
,424
-.336
,404
-.169
ストレス景灘蕊
.156
.073
.
0
8
3
.294
-.036
.154
.017
.042
.173
-.185
‘
3
2
1
-.116
.145
.
0
4
1
不安・不確実感
-.090
.489
-375
.
4
9
7
-.098
-139
-2詞
うっ気分・不全感
自蝉感制
麺峠皿“
被受容耀蕊
、205
.452
97
70
5
5
3
D2
身体的特徴
再□﹄■一一一
社交性
PI経験への開放性
15853
価訓錘”墾
贋 明 暗 愚 ボ ジ ネ ガ 自 制 術 動 社 交 自 側
.267-.409、430一.467.125-.077.I70一。319
Table4P-Nの側面得点を使用した場合の相関係数
知的能力思考傾向自己統制対人志向
自
己
鶴
知
鯉
隙
身体的特徴
蝋蒸職瀞
被受容感瀧競
うっ気分・不全感
、394
.329
.221
.222
.352
.
0
3
9
.373
.321
.
4
6
0
、356
.
1
5
0
.
1
0
7
、
1
4
4
■●●●一
PI経験への開放性
、333
.566
、収率、四
社交性
、715
.
2
7
3
.
3
0
6
.
2
2
0
−
2
6
1
-.008
、416
.049
.207
.148
.196
.6R5
-177
、298
、206
、
3
8
6
−119
-.265
--190
−
−
2
9
1
-.164
-.395
-.421
-.256
-.018
ストレス;鱗欝
.035
-.218
-.111
.
0
9
7
.
2
9
1
-.148
-.099
不安。不確実感
−.387
-.499
-.135
-.381
自尊感情
、430、512.113274
Table5自己評価の型分け後人数
酎腕函
pn
知的能力思考傾向自己統制対人志向
1
3
5
(
4
2
%
)
1
6
9
(
5
3
%
)
1
1
3
(
3
5
%
)
8
0
(
2
5
%
)
1
3
9
(
4
4
%
)
8
6
(
2
7
%
)
5
3
(
1
7
%
)
9
3
(
2
9
%
)
6
0
(
1
9
%
)
7
8
(
2
4
%
)
1
4
7
(
4
6
%
)
8
5
(
2
7
%
)
l8(6%)
4
(
1
%
)
7
(
2
%
)
9(3%)
−11−
理想の自己を追い求める「私恥」概念に関する基礎的研究
ポジティブ・ネガティブ共に高い評定を行った両価
自己効力感および,自己愛との関連性についても検討
群は,知的能力の側面で42%,思考傾向の側面で
53%,自己統制の側面で35%,対人志向の側面で24%
と,かなりの割合で存在していた。
する。自己効力感は,個人がある状況において必要な
行動を効果的に遂行できる可能性の認知である(成田・
下仲・中里・川合・佐藤・長田,1995)。私恥におい
ては,理想自己の基準設定や現実自己の高い評価と関
係していると考えられる。前者については,私恥を感
考察
ASESの各因子が想定する概念は,既存の尺度の類
じている人は自己効力感が低下しているであろう。ま
似概念と高い正の相関関係が見られた。したがって,
ASESは基準関連妥当性の高い尺度であると考えられ
た後者については,青年期における自己愛傾向は,自
分自身への集中と自信や優越感など,自分に対する肯
定的感覚によって特徴づけられている(小塩,1998)。
私恥は理想に現実が及んでいないという否定的な感覚
の結果生じるため,自己愛的な傾向の強い者は私恥を
る。
知的能力の側面と,思考傾向の側面は,ともに“身
体的特徴”や“自己主張”などの指標に対して強い正
感じづらいであろう。
の関係性を示した。したがって,知的能力と思考傾向
に対する自己評価は,自己への自信を前提としている
方法
と考えられる。
一方,自己統制の側面は,自己統制に関連した因子
以外では“うっ気分・不全感”に対して,負の相関関
調査参加者
係を示した。これは自己統制の側面が,他の3側面と
平均年齢は19.32歳(SD=1.30)であった。
は異なる基準で評価されている可能性を示唆してい
調査手続き
大学生137名(男性65名,女性72名)に回答を求めた。
質問紙法で一斉配布・回収を行った。
る。自己を抑えられず衝動的な人は,自己に対するう
っ気分や不全感を抱きやすいと考えられる。
使用尺度
対人志向の側面は,対人関係に関連した因子以外で
は“不安・不確実感',と負の相関関係を示した。自己
己についてそれぞれ評定を求めた。現実自己について
両価的自己評価尺度(ASES)現実自己と理想自
を社交的と捉えている人ほど,良好な心的状態を保っ
は「他者と比べて今の自分の特徴をどのようにとらえ
ていると考えられる。
ていますか?」と教示し,理想自己については「今の
自分と比べてこうなりたい理想の自分の特徴はどのよ
ASESを用いた調査の結果によって,人は複数の側
面で自己を両価に捉えていることが明らかになった。
うなものですか?」と教示した。ただし,理想の項目
既存の尺度は自己についてポジティブ,またはネガ
ティブの一面的な評定を求めるのが一般的である。し
では項目の語尾を「でありたい」に変更した。
かしながら,両価型の存在はこのような形式の尺度の
作成した尺度をMimura&Griffiths(2007)が日本
限界を示しているのかもしれない。
語訳したものを用いた。
自尊感情研究1-2と同じくRosenberg(1965)が
一方,無価群はすべての側面で少なかった。この知
自戸蟻悪感尺度水間(1996)が作成した自己嫌悪
見は,人は自身について少なくともポジティブかネガ
ティブかいずれかの評価を下していることを表してい
感尺度を用いた。“自己嫌悪感”に関する21項目から
るということである。
い」までの6件法で回答を求めた。
なる。これらについて「いつもである」から「全くな
特性的自己効力感尺度成田ら(1995)の特性自己
研究2私恥の検証
効力感尺度を用いた。“特性的な自己効力感”に関す
目的
る23項目からなる。これらについて「そう思う」から
研究2はASESを用いて,私恥の高い人の個人特
性及び心理状態について検証する。具体的には,理想
「そう思わない」までの5件法で回答を求めた。
自己と現実自己の差である私恥得点と,自尊感情およ
作成した自己愛人格目録(NarcissisticPersonality
び,自己嫌悪感情との関連’性について検討する。私恥
が大きければ大きいほど自己嫌悪感は高まり,逆に小
lnventory;NPI)を小塩(1997,1998)が本邦におい
て分析しなおした自己愛人格目録を用いた。“優越感・
有能感”に関する20項目,“注目・賞賛欲求,,に関す
自己愛人格目録(NPl-37)Raskin&Hall(1979)が
さければ小さいほど自尊感情は高まるであろう。
る8項目,“白戸‘主張性”に関する9項目の3因子37
また,他に私恥の生起に関係していると考えられる
−12−
久留米大学心理学研究第14号2015
Table6各私恥において見られた差
、
.
s
、
L>M,H
L>M,H
L,M<H
、
.
s
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L<H
L>M
L>MH
nS.
L>M,H
項目からなる。これらについて「よくあてはまる」か
、.s、
L>M
nS.
L>M
HHH・H
P陸吟唖吟
L>M,H
n.s、
LP
M<H
L>H
班認函 祁 皿
自己嫌悪感特性自己効力感優越感・有能感注目・賞賛欲求自己主張性
L>MH
LL
6即
66
b
即
即6耳、師
私私私私私
体的考制人
全知思統対
自尊感情
nS−
くないということになる。
ら「全くあてはまらない」までの5件法で回答を求め
個々の側面については,はじめに知的能力の側面で
た。
は全体私恥得点と似た傾向が見受けられたが,知的能
力の側面では理想と現実に差があっても,自己嫌悪感
結果
は高まらなかった点が異なっている。また,知的能力
の側面で私恥を感じていない人は,自己愛的な特性を
自己評価の各側面について,理想と現実の差を“私
恥得点',とし,4側面の私恥得点を合算したものを“全
持っていた。自己愛傾向が高い人の最大の問題は,無
智なことに無恥であることかもしれない。
体私恥得点”とした。私恥を独立変数とするために,
中央値に1/3SDを加算,および減算した値までを私
恥中群,その範囲よりも上を私恥高群,下を私恥低群
つぎに思考傾向の側面では,自己嫌悪感情において,
高群と低・中群の間に顕著な差が見られた。自尊感情
とした。そして,各種指標を従属変数とする1要
でも同様の傾向が見られたことから,ポジティブ思考
因3条件の分散分析を行った。さらに,私恥要因に有
かネガティブ思考かは,自己に対する全体的な肯定一
否定の態度を決定する主要決定因の1つである可能性
が高い。
意な主効果が見られた変数についてTukeyのHSD
検定を行った。分析の結果,はじめに全体私恥得点に
ついては,私恥高群は低群に比べ,自尊感情,自己効
力感,優越感・有能感,自己主張性が低く,自己嫌悪
感が高かった。つぎに,側面ごとにみると,側面によっ
続いて自己統制の側面では,自己統制に対して私恥
て私恥要因の主効果がみられた指標が異なっていた
を感じている人は,自己嫌悪感を抱きながらも「自分
はできる」と思っており,さらに自己愛も高いという
アンビバレントな心的状態にあることが明らかになっ
(
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)
。
た。
さいごに対人志向の側面では,この側面の私恥が低
考察
ければ低いほど,自己について肯定的な印象を抱いて
いた。これは対人的な側面が,自己についての肯定的
感情と深く関わっていることを示している。
全体では,仮説通り私恥が高い人は低い人に比べ,
自尊感情,自己効力感,自己愛が低く,自己嫌悪感が
高いことが明らかになった。
総合考察
自尊感情は私恥に応じて低下するが,低群と中群の
間に差は見られなかった。自己嫌悪感情も低群と中群
ASESの開発を通して,人は自己について多面的,
かつ両価的な評価を行っていることが明らかになっ
の間にはほぼ差が見られず,中群と高群の間に差が見
られた。これらの知見は,私恥が一定の高さになると
自己に対する負の感情が生起することを示している。
た。一定の内的一貫性と基準関連妥当性が確認されて
いる。ASESは,恥じ入り感情を測定する上で有用な
自己評価尺度であるといえる。
一方,特性自己効力感と,優越感・有能感について
は,低群と中・高群との間に差が見られた。「自分は
このASESを用いた調査によって,私恥は自己に
できる」,「周囲に比べ自分は優れている」と考える人
ついて肯定的な感情を抱いていない人に生起すること
は,現実の自己評価が高い反面,理想自己はそれほど
が明らかになった。ただし,自己への単純な卑下から
ではなく,ポジティブな向上心の結果として生じてい
高く設定していないため,理想自己と現実自己間の差
が開かずほとんど私恥を感じていないと考えられる。
自己主張性に対して低群と高群の間に差が見られた
るケースも考えられる。柏木(1983)は,あるべき理
想像を持ち,現実の自己を客観的に見ることから生じ
ことから.私恥が高い人は積極的な自己主張が行えな
るズレの増大は.知的成熟のあらわれであり発達の一
−13−
理想の自己を追い求める「私恥」概念に関する基礎的研究
正木正(1936).自己診断の一分析一人間の類型研究
段階であると指摘している。
Ⅲ−心理学研究,11,38-59.
理想と現実との間にギャップがあるからこそ人はそ
れを埋めるために目標を設定し,努力し続けることが
できる。精神的健康や,社会適応において問題のある
感情とされてきた“私恥”も,ポジティブな行動にも
Mimura,C、&Griffiths,P.(2007).AJapanesever‐
つながる可能性がある。今後はASESを用いて,行
動や心理・社会的状態に対する私恥のポジティブ・ネ
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Moretti,M、&Higgins,E、(1990).RelatingSelf‐
sionoftheRosenbergSelf-EsteemScale:Translationandequivalenceassessment,Jbu77zaJq/
ガティブの両価的な影響について,多面的に検討して
discrepancytoself-esteem:Thecontributionof
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水間玲子(1996).自己嫌悪感尺度の作成教育心理学
いきたい。
謝 辞
論文作成に当たり,多くのご助力をいただいた久留
研究,44,296-302.
森知子(1983).質問紙法による人格の二面性測定の
米大学卒業生の山口貴弘さんにこの場を借りて感謝の
意を申し上げます。
試み心理学研究,54,182-188.
成田健一・下仲順子・中里克治・河合千恵子・佐藤填
引用文献
一・長田由紀子(1995).特性的自己効力感尺度の検
討:生涯発達的利用の可能性を探る教育心理学研
Benedict,R、F,(1946).TheCh7ysα"tノカemumandthe
究
,
4
3
,
3
0
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Suノord、HoughtonMifflin.(ルース・ベネディクト
小塩真司(1997).自己愛傾向に関する基礎的研究:自
角田安正(訳)(2008).菊と刀光文社).
討教育心理学研究,40,157-163.
原田知佳・吉浮寛之・吉田俊和(2008).社会的自己制
尊感情,社会的望ましさとの関連名古屋大畢教育
畢部紀要.心理学,44,155-163.
小塩真司(1998).青年の自己愛傾向と自尊感'情,友人
関係のあり方との関連教育心理学研究,46,280‐
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注意制御との関連パーソナリティ研究,17,82-94.
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−14−
久留米大学心理学研究第14号2015
PrivateShameResultingfromSelf-evaluation
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Abstract
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thehighprivateshamegrouphadloweraverageself-esteem,self-efficacy,andnarcissism,theyshowed
higherself-loathingscorethantheothergroups
Keywords:privateshame,self-evaluation,idealself,realself
−15−