制御・情報理論による生物システムのロバストネス解析と設計

特定課題研究4「制御・情報理論による生物システムのロバストネス解析と設計」
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特定課題研究4
制御・情報理論による生物システムのロバストネス解析と設計
津 村 幸 治
研 究 代 表 者: 津村 幸治(東京大学大学院情報理工学系研究科・准教授)
コアメンバー:小林 徹也(東京大学生産技術研究所・准教授)
黒田 真也(東京大学大学院理学系研究科・教授)
秋山 泰身(東京大学医科学研究所・准教授)
舟橋 啓(慶應義塾大学理工学部・准教授)
東 俊一(京都大学大学院情報学研究科・准教授)
井上 正樹(慶應義塾大学理工学部)
招 聘 研 究 者:杉山 友規(東京大学大学院総合文化研究科)
本研究会では,生物システムについて,「生物システムのハードウェアとしての制約=情報伝達の制約」
と「制御性能限界・ロバストネス」の定量的関係を解明することを目的とする.具体的には次の 3 項目の課
題解決を目指す.( 1 )情報伝達特性の解析:生物システムの数理モデルを用い,その物理的制約がもたら
す情報伝達特性を理論的に解明する.( 2 )制御性能限界・ロバストネスの解析:( 1 )の結果と制御理論・
情報理論・統計理論などを用い,生物システムの制御性能限界およびロバストネスの程度を定量的に明ら
かにする.( 3 )生体システムへの応用:上記理論結果を具体的な生体システムに適用し,その有効性を検
証するとともに,生物システム制御の可能性を模索する.
研究組織は分野を超えた研究者から構成されている(津村・東・井上:制御理論・ネットワークド制御・
分岐理論,小林:理論生物学,杉山:統計力学,舟橋:バイオインフォマティクス,黒田:分子・細胞生
物学,秋山:免疫学).研究期間中はクローズド・オープン研究会・OS 等を開催し,議論を通して課題解
決を図る.以下は具体的活動内容.
第1回クローズド研究会(平成 26 年 4 月 30 日 東京大学 本郷)
出 席 者:津村幸治,小林徹也,黒田真也,秋山秦身,舟橋 啓,東 俊一,杉山友規
藤井雅史(東京大学大学院理学系研究科)
キックオフミーティングとして,第 1 回クローズド研究会が開催された.はじめに津村より,本研究会の
主旨・目的について説明があった.また本研究会をベースとして,メンバー同士の共同研究へと発展する
ことも期待されるものと説明し,出席者から賛同が得られた.続けて年間計画・運営事務手続きについて
説明・確認がなされた.1 年目についてはメンバーの研究内容の相互理解のため,各メンバーが時間をかけ
て(1 名あたり 2 時間)研究紹介し議論することとした.続けて全メンバーより 1 名あたり 15 分程度の簡易
な研究紹介が行われた.
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第2回クローズド研究会(平成 26 年 6 月 18 日 東京大学 本郷)
出 席 者:津村幸治,小林徹也,黒田真也,秋山泰身,舟橋 啓,東 俊一,杉山友規
藤井雅史(東京大学大学院理学系研究科),他,学生 7 名
メンバーの秋山,小林が各 2 時間,それぞれの研究紹介を行った.各タイトルと内容は以下の通り.
秋山:「T 細胞による免疫識別機構の発生と破綻」 免疫システムの高い選択性について,またその機
構の解明が基礎免疫学における重要な課題であるとの説明があった.特に適応免疫において重要な細胞
の一つである T 細胞による自己─非自己識別が保証されるための機構について説明があった.小林:
「免疫系における数理モデリング」 免疫関連の数理モデリングについて概説された.特に免疫細胞によ
る分子認識,免疫細胞集団による免疫応答反応の統計モデルやデータ解析などの研究について紹介され
た.
第 3 回クローズド研究会(平成 26 年 7 月 24 日 東京大学 本郷)
出 席 者:津村幸治,小林徹也,黒田真也,秋山泰身,舟橋 啓,東 俊一,井上正樹,杉山友規
藤井雅史(東京大学大学院理学系研究科),他,学生 3 名
メンバーの黒田,津村が各 2 時間,それぞれの研究紹介を行った.各タイトルと内容は以下の通り.
黒田:「シグナル伝達のシステム生物学」 限られた分子コードを用いた生体内情報伝達の仕組みの一つと
して「時間情報コード」の考えについて説明があった.細胞レベルからの解析(ボトムアップアプローチ)
と,マクロレベルのデータを用いた代謝系ネットワークの構築(トップダウンアプローチ)について説明
があった.津村:「細胞集団のタンパク質濃度調節機構における情報量制約と制御性能」 細胞集団によるタ
ンパク質濃度調整機構の制御性能に関する制御理論的解析について説明があった.数理モデルを用いた
フィードバック系における情報量制約と実現できる制御性能との関係を示し,その制御性能限界について
解説された.
第1回講演会(第1回オープン研究会 平成 26 年 9 月 18 日 東京大学 本郷)
出 席 者:津村幸治,小林徹也,秋山泰身,東 俊一,杉山友規,井上正樹
招聘講演者:守屋央朗(岡山大学),望月敦史(理化学研究所),竹本和広(九州工業大学)
他,一般参加者(出席者内訳 一般:19 名,学生:19 名 計 38 名,講演者:3 名・コアメン
バー:4 名・メンバー:2 名 以上総計 47 名)
本特定課題研究のオープンな講演会を開催した.本研究分野に関わるコミュニティの拡充を意図し,本
研究会のコアメンバー 2 名(小林,津村)と外部招待講演者 3 名(守屋,望月,竹本)による講演とした.
また本会の告知を広く行った結果,制御工学,数理工学,生物学,医学等の分野から研究者・学生等 47 名
(講演者・コアメンバー含む)の参加があり,分野を越えた交流という目的の一つが達成できた.各講演時
間は小林,津村が各 30 分,招聘講演者の守屋,望月,竹本が各 50 分とした.各講演の概要は以下の通り.
小林:「情報と生命現象」 数理生物学の観点とシステム生物学の広い見地から,生物システム解析に関す
る最近の研究成果が説明された.特に世代交代する複数種の生存過程に着目し,確率統計モデルによる分
布推定についての統一的な数理構造が解説された.守屋:「細胞システムのロバストネスを測る」
細胞の遺
伝子情報の摂動に対するロバストネスについて説明された.具体的には,出芽酵母細胞へのプラスミド注
入による遺伝子摂動と,その後の細胞数・プラスミド数の変動を調べることによって,その影響を解析す
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るという手法について解説された.望月:「化学反応系の摂動応答をネットワークの形だけから決定する」
生体内化学反応ネットワークの構造および促進性・抑制性の情報と,その反応系の摂動に対する感度およ
び機能との関係について説明された.竹本:「ネットワーク理論から捉える代謝・生態システムのロバスト
ネス」
代謝ネットワークの構造に依存するロバストネスの解析と,隠れた部分ネットワークの,環境変化
に対するロバストネスに対する役割について説明された.津村:「生物システムの制御性能と情報量制約:
情報量制約下における制御問題の最近の研究結果と,遺伝子ネットワークにおける
制御理論の観点から」
制御機構の類似性について,また前者の考えに基づく生物システムの制御性能限界についての理論的解析
について説明された.
第4回クローズド研究会(平成 26 年 12 月 3 日 東京大学 本郷)
出 席 者:津村幸治,黒田真也,秋山泰身,井上正樹,杉山友規,他,学生 3 名
メンバーの井上,杉山が各 2 時間,それぞれの研究紹介を行った.各タイトルと内容は以下の通り.
井上:「生体分子ネットワーク系における分岐現象とロバストネス」 分岐理論から細胞の初期化・分化の
現象,生体分子ネットワーク系の振動現象について説明された.また井上らが提唱するロバスト分岐理論
を用いた上記現象の定性的・定量的なロバスト性解析の手法について解説された.杉山:「集団増殖におけ
る熱力学構造」 表現型遷移を持つ生物集団の増殖過程における熱力学構造について説明された.具体的に
は,集団増殖率が変分原理によって表され,それを用いることによって,環境変化に対する集団増殖率の
応答が表現型遷移の揺らぎから評価できることが解説された.
第5回クローズド研究会(平成 26 年 12 月 24 日 東京大学 本郷)
出 席 者:津村幸治,小林徹也,秋山泰身,東 俊一,井上正樹,杉山友規
藤井雅史(東京大学大学院理学系研究科),他,学生 3 名
メンバーの東が 2 時間の研究紹介を行った.タイトルと内容は以下の通り.
東:「走化性制御器の性能解析:大腸菌とゾウリムシ,どちらが優れた制御器を持つのか?」
微生物の走
化性に関し,制御性能の解析が可能であることが説明された.具体的には,特徴的な大腸菌とゾウリムシ
における,環境情報の非常に限られた取得能力および同様に限られた制御能力と制御性能の関係が明示さ
れることが説明された.
第2回講演会(第2回オープン研究会 平成 27 年 1 月 15 日 東京大学 本郷)
出 席 者:津村幸治,黒田真也,秋山泰身,東 俊一,杉山友規,井上正樹
招聘講演者:中茎 隆(九州工業大学),大泉 嶺(東京大学)
他,一般参加者(出席者内訳 一般:16 名,学生:14 名 計 30 名,講演者:2 名・コアメン
バー:5 名・メンバー:1 名 以上総計 38 名)
本特定課題研究の 2 回目のオープンな講演会を開催した.本研究分野に関わるコミュニティの拡充を意図
し,本研究会のコアメンバー 2 名(秋山,黒田)と,外部招待講演者 2 名(中茎,大泉)による講演とし
た.また前回同様,本会の告知を広く行った結果,制御工学,数理工学,生物学,医学等の広い分野から
研究者・学生等 38 名(講演者・コアメンバー含む)の参加があった.各講演時間は各人 50 分とした.講演
の概要は以下の通り.
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特定課題研究4「制御・情報理論による生物システムのロバストネス解析と設計」
秋山:「数理生物学による免疫システムの理解に向けて ∼先ず隗より始めよ∼」 免疫系の仕組み・反応
モデルの検証の実際,特に T 細胞に関する最近の研究成果が説明された.免疫系が有する選択性の仕組みを
説明するため,胸腺,髄質上皮細胞における講演者の提案する反応のモデルが紹介され,検証実験の概要,
観測データの意味,モデルの妥当性について説明された.黒田:「細胞内シグナル伝達の情報処理」 細胞内
のシグナル伝達において,講演者の提案する「時間情報コード」の仕組みについての説明がなされた.特
に外生信号に対する持続的応答と一過性の応答の組み合わせにより,代謝系の所望の機能が実現されるこ
とが説明された.また大規模な代謝系のシステム同定,シャノンエントロピーに着目した系のロバストネ
乳がん細胞の持つリガンド特異的応答を
スについて説明された.中茎:「分子ロボットのための制御工学」
生み出すメカニズムを説明するモデルについて説明があった.一方,分子ロボティクスの開発プロジェク
トについての説明があり,DNA コンピューティングにおける減算器の実現について説明があった.また大
規模な反応系の安定性をチェックする手法が紹介された.大嶺:「個体スケールから集団スケールへ:生物
個体群を統計力学的視点から見る」 生物の個体数の推移を,確率分布と状態推移確率からなる推移モデル
を用いて解析・推定する手法について説明があった.特に有限次元離散時間の推移行列モデルから,確率
密度の推移の連続時間経路積分モデルへ変換することにより,解析・推定問題が扱いやすい形式の問題に
帰着され,その結果から,例えば種の保存のための個体数調整や,病原ウィルスの蔓延のコントロールな
どへの応用が可能であることが説明された.
計測自動制御学会 第2回制御部門マルチシンポジウム オーガナイズドセッション
「生物システムにおける情報と制御」(平成 27 年 3 月 5 日 東京電機大学 千住キャンパス)
出 席 者:津村幸治,黒田真也,秋山泰身,東 俊一,井上正樹,杉山友規
他,一般参加者
本研究会の活動内容を広く知らしめるため,計測自動制御学会制御部門主催のシンポジウムにて OS を企
画し,3 名のメンバーによるチュートリアル講演を行った.各タイトルは以下の通り.「Selectiveregulation
ofhomeostasisbytemporalpatternsofinsulin」ShinyaKuroda(UniversityofTokyo),「大腸菌とゾウリム
シ,どちらが優れた走化性制御器を持つのか?」東 俊一(京都大学),「増殖過程における変分構造とそ
の応用」杉山友規(東京大学),小林徹也(東京大学),津村幸治(東京大学),合原一幸(東京大学).
第6回クローズド研究会(平成 27 年 3 月 27 日 大阪大学バイオ関連多目的研究施設(OLABB)内
理化学研究所 生命システム研究センター(QBiC))
出 席 者:津村幸治,小林徹也,秋山泰身,舟橋 啓,東 俊一,井上正樹,杉山友規
岡田康志(QBiC),古澤 力(QBiC),高橋恒一(QBiC),他,QBiC 研究員,以上総計約 20 名
当研究会研究テーマと密接に関連した研究組織である,QBiC 生命システム研究センターの研究員と交流
すべく,合同の講演会および見学会を開催した.メンバー 3 名(秋山,井上,杉山),QBiC 研究員 3 名(岡
田,古澤,高橋)がそれぞれ 30 分の研究紹介を行った.各タイトルと内容は以下の通り.
秋山:「自己免疫疾患の発症を抑制する胸腺髄質上皮細胞の特性」 免疫系において,自己タンパク質に応
答する T 細胞が除かれるという,自己免疫抑制に必要な胸腺髄質上皮細胞についての解説であり,胸腺髄質
上皮細胞における組織特異的遺伝子の,異所的発現の制御の機構について,最近の結果とともに説明され
ロバスト制御理論と分岐理論を用いて,生体
た.井上:「生体分子回路設計を目指したロバスト制御理論」
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分子回路の設計論を開発する試みが紹介された.特に基本的な生体分子回路の組み合わせで,オシレー
ションやスイッチングなどの複雑な現象が保持される仕組みが説明され,さらに対象の現象の定量的なロ
バスト性解析の手法について説明された.杉山:「熱力学構造を用いた集団増殖率の解析」 表現型遷移を持
つ生物集団の集団増殖率を熱力学的視点から解析する方法が紹介された.特に集団増殖率が表現型遷移ダ
イナミクスに関する大偏差関数を用いた変分原理の形によって表され,それによって環境変化に対する集
団増殖率の応答が評価可能であることが説明された.岡田:「細胞内物質輸送の蟻の行列モデル」 細胞内物
質輸送における分子モータ kinesin の中心的役割について説明された.特に kinesin 分子が細胞内の様々な物
質を,それを必要とする細胞局所に正しく送り届ける機構のモデルと,観測データによる検証について解
説された.高橋:「細胞シミュレーションの現状と計算生物学の将来」 ゲノム規模細胞シミュレーション技
術および1分子粒度細胞シミュレーション技術と応用事例が紹介された.また,シミュレーションによる
ボトムアップモデリングと,機械学習や人工知能技術を用いたトップダウンモデリングとの組み合わせの
可能性と展望について説明された.古澤:「大腸菌の進化実験を用いた表現型・遺伝子型の相関解析」 抗生
物質を添加した環境下での大腸菌の進化実験における表現型および遺伝子型の変化の解析を通して,適応
進化ダイナミクスが持つ性質について説明された.また免疫システムの計算機シミュレーションに基づき,
自己非自己のロバストな識別の可能性について解説された.
発表論文
本研究会での活動が部分的貢献を持つ次の論文を発表した.
Yuki Sughiyama, Tetsuya J. Kobayashi, Koji Tsumura, and Kazuyuki Aihara, Pathwise thermodynamic structure in population
dynamics, Phys. Rev. E 91, 032120 – Published 12 March 2015.