突然の死の告知 (Death notification)

各論 14
突然の死の告知
Death Notification
1. 突然の死 とはなにか
1) 突然の死 の告知の長期的影響
突然の死の告知とは,突然に死が起こった結果,遺族が死
の告知を突然に受けることを意味する。この突然の告知は遺族
に大きな衝撃を与え,急性の悲嘆やショック反応が出現する。
告知が不適切に行われると,遺族の心理的混乱はさらに増大す
る。告知の衝撃が大きく,告知自体がトラウマ体験となる場合
もある。このような場合は遺族の悲嘆のプロセスが妨げられ,
悲嘆反応からの回復までに長い時間を要することになる。実際
に予期せぬかたちで突然に死別を体験すると,その後に複雑性
悲嘆などさまざまな精神医学的問題が引き起こされやすい(各
。
論第 13 章「遺族」参照)
突然の死はさまざまな場所で起きている。そのため適切な告
知法について知識をもつことは,医療者や警察関係者だけでな
く,学校関係者,企業の危機管理担当者などにも役立つ。
2) 突然の死 の生起状況と特徴
一般に「突然死」というと,瞬間死や急性の症状が発症して
24 時間以内に起こる死亡を指す。この場合は何らかの疾患に
よる内因性の死を意味する。日本心臓財団のデータなどによる
と,わが国では年間約8万人もの人が「突然死」しており,そ
のうちの約7割は循環器の疾患が原因である。また学齢期の子
どもの「突然死」も,毎年 120 ∼ 160 件ほど学校管理下で発
生している。
外傷による突然の死の原因は,事故や犯罪被害,自殺であ
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る。警察庁の発表では,2005 年には約 7,000 人が交通事故発
生後の 24 時間以内に死亡した。また毎年 1,400 件前後の殺人
事件が起きている。さらに 1998 年以降,日本の年間自殺者数
は毎年 3 万人以上を記録し,この数年は 20 代・30 代の死因の
一位を占める。
突然の死の特徴をまとめると以下のとおりである。
・死亡時間:症状の出現や原因となる出来事の発生後すぐに死
亡する
・発生場所:家族の居合わせない場所で起こりやすい
・死因:事故や自殺などトラウマ的な出来事が多い
・死亡する人:若年齢層が多く含まれる
2.告知を困難にする要因
1)遺族側からみた要因
突然の死では多くの遺族が,初めて訪れた場所で,終生忘れ
ることができない事実を面識のない人から告げられる。以下は
告知を困難にする遺族側の要因である。
・心の準備がない
─死別が起こると思っていない
─予期悲嘆が起こっていない
・死亡状況や原因を知らない
・告知する人と面識がない
・告知が行われる場へのなじみがない
・現実的な準備や知識がない
─死別後の手続きを知らない
─死別後の生活設計や生活手段がない
通常は大切な人を喪うことを予期した時点から悲嘆のプロセ
スは始まっている。また看病を行うことも死別後の悲嘆をやわ
らげている。しかし突然の死では,遺族がこのような予期悲嘆
を起こす時間がほとんどない。
14 突然の死の告知
死別への予期の程度は亡くなった対象の年齢ともかかわる。
若者や児童に対しては,家族のメンバーは漠然とした死別への
予感すら抱いていない。また年齢の若い子どもとは,親にとっ
て将来の希望や夢を託していた対象でもあるため,子を亡くし
た親の衝撃や悲嘆はとくに激しくなる。
また突然の死では,告知時に死別後に行う行政手続きや葬
儀の段取りについて理解している遺族はほとんどいない。病院
で死亡した人であっても,警察に遺体が引き渡され検死や解剖
が行われることが多い。このような突然の死に特有の事柄に伴
い,遺族のストレスも増大する。また家計の支え手が亡くなっ
た場合などは,死別を知り,生活への不安がただちに生じる遺
族もある。
2)告知者側からみた要因
告知者となる人は,いかなる反応を示すかわからない初対
面の相手に,予期せぬ重大な事実を告げる。大部分は 1 回限り
しか会わない関係にもかかわらず,遺族の心理的混乱を支えつ
つ,死の状況を説明するという困難な役割を担う。援助者のス
トレスについては他章(各論第 6 章「災害救援者」) に詳しいが,
告知の難しさとかかわる告知者側の要因は以下のとおりで
ある。
・遺族と面識がない
─遺族の背景や性格を知らない
・業務が忙しい
─告知にさける時間が短い
・フォローアップが行えない
・告知方法についての知識や情報がない
─研修を受けたことがない
このような要因から,突然に家族を亡くすという事実や遺族
の悲しみを目の当たりにして告知者自身がその状況に圧倒され
る。あるいは,自分は遺族に対して何もできない,という無力
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感や自信のなさを抱きやすい。1 回限りの告知の場合,告知に
より心理的苦痛を引き起こされた遺族の姿ばかりを目の当たり
にし,その後に苦痛がやわらいだ姿を目にすることが少ない。
そのため多くの遺族とかかわるうちに無力感だけが蓄積されて
ゆく危険がある。このような困難な告知をやり抜くことへの自
$0-6./
二次被害の発生
告知に援助者が感じるストレスや心の痛みに日常業務の忙し
さが合わさると,説明やサポートを提供せずに告知を切り上げ
るといった行為に結びつきやすい。また援助者が自身への感情
的負荷を減らそうとした結果,感情の切り離しが起こることも,
非共感的で不適切な告知につながる(図 1)
。さらに,告知場
所の多くは非日常的な空間で,血痕が床に飛び散った病院の処
置室など,環境自体に遺族がショックを受ける場合がある。犯
罪被害者遺族からきかれる,告知者が事務的で冷たい感じを受
けたといった二次被害の訴えの背景には,これらの要因が存在
している。
知識・情報の不足
環境的問題
心理的問題
・遺族と初めて会う
・業務が忙しい
・フォローアップが困難
・遺族に負担な告知環境
・状況に圧倒されてしまう
(無力感,
自信の喪失)
感情の切り離し
非共感的態度
遺族の二次被害
図1 不適切な告知の背景
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信を深めるのに役立つのは,告知方法についての知識や情報の
取得である。しかし,告知について研修を受ける機会は現状で
は少ない。
3. 突然の死 の告知の実際
以下は,主に医療現場で行われる突然の死の遺族への告知を
例に,告知方法を順番に述べたものである(図 2)。主に,遺
族到着前に死亡した人の告知を想定している。
1)身元の特定
死亡した人,あるいは重篤な容態の人の身元を確認し,告知
を行う家族を同定する。
告知前
① 死亡者と遺族の身元特定
② 遺族への連絡
③ 告知場所の確保
遺族の到着
告
知
④ 死亡状況と行った対応の概要の説明
⑤ 死亡したという事実の伝達
遺族の心理的混乱の出現
⑥ 心理的混乱へのサポートの提供
⑦ 遺体との対面の設定
⑧ 社会資源や制度についての情報提供
フォロー
⑨ フォローアップの実施,
あるいは連絡先の伝達
図2 突然の死の告知手順
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2)家族(遺族)への連絡
電話で最初の連絡を入れ,以下のような事柄を行う。
① 自分の所属と身分を明らかにする
② 電話に出た家族が告知をするべき相手であるかを確認する
③ 誰が病院に搬送され,どのような容態か伝える
④ 交通手段や付添いの確認
告知の相手が電話に出たと確認した後に要件を伝える。間違
いがないよう,搬送された人の氏名はフルネームで必ず言う。
すでにその人が死亡している場合に,電話口で死を伝えるか
の判断を行う。直接会ってからの死亡告知が望ましいが,遺族
が遠方に居住している場合や,伝達内容に納得せず生存につい
て何度も確認してくる場合には,電話口での死亡告知が必要に
なる。死亡した人を「重篤な状態である」とのみ伝えた場合,
遠方の遺族は生存の期待を抱きながら病院へかけつける。その
後で実際にはすでに死亡していたと知ると,騙されたという気
持ちを抱きやすい。また長時間の移動の途中に事故を起こす危
険も考えられる。
電話を切る前に,話した事柄がきちんと伝わったか,病院ま
での交通手段や行くべき場所がわかっているかを質問しながら
確認する。さらに家人が側にいるかをたずね,いない場合は病
院まで付添ってくれる人への連絡を勧めた方がよい。「お気を
つけていらして下さい」といった一言を添えることも有効で
ある。
3)告知場所の確保
可能ならば個室を確保する。他の出入りがない,静かな部
屋が適している。処置の間,家族が長時間その部屋で待つこと
や,告知後にパニック反応を起こす可能性を考え,ゆったり座
れる椅子やソファーを用意する。また,ティッシュや水などが
用意されていることが望ましい。必要があれば遺族がスタッフ
に連絡できるようなインターホンなどが用意されているとよ
14 突然の死の告知
い。遺族が他の家族メンバーや友人に連絡ができるように,電
話が使える部屋であるとさらに役立つ。
また到着した遺族をすぐに案内できるように他スタッフに連
絡をしておく。
4)死亡状況と行った対応の概要の説明
ここからが対面したうえでの告知の開始となる。死亡状況や
行った治療などの対応については,死亡の事実を告げる前に遺
族に説明した方がよい。その際には,以下の点に留意する。
・告知者も遺族と一緒に着席する
・告知する人が誰なのかを明らかにする
・遺族の目を見て説明する
・専門用語を用いない
・平易な言葉遣いを使う
死亡までの経緯と,十分な対応がなされたかという点は,後
になって遺族が最も知りたいと願う情報である。しかし死亡の
事実を告げた後では,これらの説明が心理的混乱から頭に入り
にくい。また,経緯や対応を順序立てて説明する過程で,家族
が亡くなったという予測が遺族に始まる。
遺族に児童が含まれる場合には,一緒に話を聴くかどうかを
成人の遺族にたずねるようにする。遺族が望む場合には,児童
もいる場で告知を行う。
5)死亡したという事実の伝達
前述の説明の最後に,死亡した事実を伝える。その際に重要
なのは以下の一点である。
・誤解が生じない簡潔な言葉で「死亡」を表現する
(例:「亡くなられた」,「死亡が確認された」)
死亡の可能性を直前から予期し始めながらも,遺族は生存を
願っている。そのため,誤解が生じやすい婉曲な表現は避ける
(例:
「残念な結果になりました」,「こちらでできることはあり
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ません」
)。誤解が生じると,安堵の後に再びショックを受ける
ので遺族の衝撃は倍増する。また遺族から質問が出た場合は,
わかる範囲で率直に答えるようにする。
6)心理的混乱へのサポートの提供
死亡を知った遺族には心理的混乱が急激に生じる。とくに苦
痛や恐怖が伴うかたちで死が起きたことや,他者のミスや悪意
が介在した事実を知ることは,強い心理的苦痛を遺族にもたら
す。最初に起こりやすい反応には以下のようなものがある。
・泣く,泣き叫ぶ
・パニックを起こす
─過呼吸,動悸,ふるえ,めまい
・怒り出す
・死亡した事実を信じない
・罪の意識をあらわす,自分を責める
・呆然となる
─話に反応しなくなる
・淡々と応答する
─感情の麻痺を起こす
これらの反応が示された際に重要なのは,告知者が落ち着い
た態度や口調を保つことである。主たる告知者の他にもスタッ
フが立ち会い,チームで告知を行うことは,告知者の落ち着き
の維持に役立つ。泣いたり怒ったりしていても,遺族がいう言
葉を,告知者はうなずきつつ静かに聴く。ここで事実関係を述
べて説得しようとすることは,言い争いに発展しやすい。また
パニックが起きた場合は,まずその遺族が椅子に深く腰をかけ
ているかを確認する。そのうえでゆっくりと息を吸い,吐き出
すように声かけをする。傍らで数を数えて呼吸を整える手伝い
をしてもよい。また 15 ∼ 30 分ほど告知を中断することが役立
つ場合もある。しかし,混乱した遺族を一人きりにはしないよ
うにする。
14 突然の死の告知
呆然とし,周囲が目に入らないようすになった場合は,話を
再開する前に遺族の名前を穏やかに繰り返すなどし,注意が戻
るまで待つ。感情が麻痺し,家族の死の実感をその時点でもつ
ことができない遺族もいる。このような人に「気丈でしっか
りしている」といった,感情の抑制を誉めるような発言は避
ける。
また死因が自殺だと知ると,事前に死の生起を予期できな
かったことへの自責が出現しやすい。さらに,亡くなった人と
の関係に葛藤や不和があった人も罪悪感を抱きやすい。
7)遺体との対面の設定
遺体との対面時の遺族のショックを少なくするためにいくつ
かの留意点がある。これらの事柄は,遺体と対面する場所に遺
族を案内する前に行う。対面に付き添うのは,主たる告知者で
なくとも,告知に立ち会っていたスタッフであることが望ましい。
・遺体をきれいにする
・死者を「遺体」,
「死体」とだけ呼ぶことは避ける(例,「息
子さん」,名前を呼ぶ,「○○さんのご遺体」)
(特に遺体が損傷している場合)
・事前に遺体のようすを伝える
・対面の意思を確認する
遺体の損傷が激しい場合も,遺族が望む限りは対面を止めな
い。また,対面しないことを選んだ遺族のために,遺体の写真
を撮っておくことが後に役立つ場合もある。
8)社会資源や制度についての情報提供
葬儀の手配をどのように行うかについて情報を提供したり,
実際に手配の手助けをすることが役に立つ。遺体の剖検が行わ
れる場合は,その制度や手続きについての説明がとくに必要で
ある。さらにサポート団体や援助制度について情報などがあれ
ば提供する。必要になったときに見られるようにリーフレット
各 論
形式に情報がまとまっていることが望ましい。
またここで対面での告知は終了するので,遺品の受け渡しを
行う。遺品を入れる袋が必要な場合は用意するが,ゴミ袋のよ
うなものは避けた方がよい。
9)フォローアップの実施,あるいは連絡先の伝達
本来であれば,告知から 1 カ月ほど後に電話を入れ,遺族の
ようすを知るためのフォローアップを行うことが望ましい。遺
族のようすによっては,精神科への受診を勧めたり,サポート
資源の紹介を行う必要がある。
フォローが無理な場合は,遺族が後で疑問に思ったことを質
問しやすいよう,プリントや名刺カードの形で,あらかじめ担
当者名と連絡先を手渡しておくとよい。
事例 1
死亡告知の事例
Aさんは50代,夫とは20年近く前に離婚した。育児が終わっ
た後も仕事を続け,付き合いや趣味で忙しい毎日だった。
ある晩遅く,電話がかかってきた。近くに住む次男が車には
ねられたことを知らせる,救命救急センターの看護師からの電
話だった。「重篤な状態なので,すぐに来て下さい」と言って
電話は切れた。Aさんは慌てて同居の長男に車を出してもらい,
病院に駆けつけた。
到着後しばらく待つように言われたのは ICU の片隅の椅子
だった。スタッフが緊迫したようすで行き交い,他の患者が治療
されるようすが見えた。Aさんは体の振るえが止まらなかった。
次男の担当をしたという医師が現れたが,その白衣にも血痕が
飛んでいた。ただならないようすに,A さんの動悸はいよいよ
高くなった。気の毒そうなようすで「残念ながら到着前に亡く
なられました」と医師が切り出した瞬間,
Aさんは卒倒してしまい,
後のことは切れ切れにしか覚えていない。その一方で,今でも
目に焼きついているのは,対面時の次男の姿である。医療器
具が付いたままの姿が,A さんには非常に苦しそうに見えた。
14 突然の死の告知
死亡告知実施前のチェックリスト
▢ 死に目に遺族が間に合わなかった
▢ 遺族は亡くなった人の親である
▢ 遺族の年齢が若い(10 代,20 代)
▢ 亡くなった人の年齢が若い
▢ 亡くなった人が生活の支え手である
▢ 遺族が一人でいる,付添いがいない
▢ 死亡原因が疾患ではない
▢ 死亡原因が犯罪である
▢ 死亡原因が自殺である
▢ 遺体が損傷している
*チェックされた項目が多いほど,死亡告知直後に示される心理
的混乱やショックが大きいと考えられる。5点以上の場合には,
告知は必ずチームで行うことが望ましい。