クリック反応による銀錯体高分子膜の作製とオレフィン/パラフィン分離

クリック反応による銀錯体高分子膜の作製とオレフィン/パラフィン分離技術への応用
Synthesis of Macromolecular Silver(I) Ion Complexes by Click Reactions and Their
Applications to Olefin/Paraffin Separation Technology
(登録番号)
研表者
東京工業大学
大学院理工学研究科
准教授
道信
剛志
K2CO3 で処理して選択的にトリメチルシリ
【研究の目的】
低級オレフィンとパラフィンの分離は石 ル基を脱保護した後(99%)、N,N-ジヘキサ
油化学工業の中で最も重要なプロセスの一
デシル-4-ヨードアニリンを薗頭反応させ、5
つであるが、現在は高圧条件下で蒸留が行わ
を得た(68%)。5 を(nC4H9)4NF で処理して
れており、コストが高いことが問題となって
トリイソプロピルシリル基を脱保護して重
いる。本研究では、安価な方法として高分子
合用モノマー6 とした(85%)。Rh 触媒を用
膜を用いた常圧分離法を開発する。鍵となる
いて 6 を重合すると末端アルキン部位での
構造は電子密度が高いアルキンとシアノア
クセプター分子のクリック反応によって構
築する。生成する共役シアノアクセプター部
位は、高分子効果によって選択的に銀イオン
と錯体形成することが分かっている 1)。高分
み反応が進行し、高分子量体(Mw 232,800、
Mn 77,200)の P1 が生成した。さらに、P1
の側鎖アルキンはジアルキルアニリンが置
換しているため電子密度が高く、シアノアク
セプターとの付加反応(クリック反応)が高
収率で進行する。P1 の 1,2-ジクロロエタン
子銀錯体の自立膜を作製し、銀イオンとオレ
溶液に 1 当量のテトラシアノエチレン
フィンの特異的相互作用を利用してパラフ
(TCNE)を加えたところ、副反応無く定量
ィンとの分離を試みる。さらに、高分子構造
的に付加反応が進行し、赤色のポリフェニル
にキラル部位を導入して光学分割膜として
アセチレン誘導体 P2 が得られた。各高分子
の応用も試験する。
の構造は 1H NMR、IR より確認した。P2 の
1H
NMR において、P1 で観測された側鎖フ
【研究の内容、成果】
ェニレン環由来のプロトンピークがブロー
1. クリック反応による高分子合成
ド化した。側鎖に嵩高いシアノアクセプター
市販のブロモヨードベンゼン(1)を出発 構造が導入されたため、立体障害のためフェ
物質として薗頭反応によりトリメチルシリ ニレン環の自由回転が抑制されていること
ルアセチレンをヨウ素部位に置換し、2 を得
を示唆している。また、P2 の IR では、シア
た(97%、図 1)。同様の反応を用いて 2 の
ノ基の振動伸縮に由来する強いピークが
臭素部位にトリイソプロピルシリルアセチ
2207-2213 cm-1 に現れたことより、クリック
レンを置換して 3 に変換した(99%)。3 を
反応の進行を確認した。
得られたポリフェニルアセチレン誘導体
-1-
図 1 ポリマーの合成および銀イオンとの錯形成
40000
溶解性を示した。THF 溶液中で測定した吸
35000
収スペクトルでは、P1 が 337nm に吸収極大
30000
 (L mol-1 cm-1)
は、高分子量体にも関わらず有機溶媒に高い
(max)を示したのに対し、TCNE が付加し
た P2 はmax が 477nm へと長波長シフトし
ていた(図 2)。これは、側鎖部位に分子内
P1
P2
P3
25000
20000
15000
10000
5000
電荷移動吸収を有する色素構造が構築され
0
250
たことに由来している。
300
350
400
450
500
550
600
Wavelength(nm)
P2 の側鎖に導入したシアノアクセプター
図 2 UV-Vis 吸収スペクトル
部位には銀イオンが配位することが知られ
ている 2)。隣接側鎖間の複数のシアノ基と多
価配位した銀イオンは高分子膜の機械特性
返し単位に対して 2.6 当量で飽和した。最終
を向上させ、さらにはオレフィンと選択的に
的に長波長シフトした P3 のmax は 520nm
相互作用することでオレフィン/パラフィン
に到達した(図 2)。
の分離を可能にすると予想した。P2 のクロ
ロホルム溶液に銀イオン(AgOTf)を添加し
2. キラル部位の導入
たところ、電荷移動吸収の長波長シフトが観
前項のポリフェニルアセチレン誘導体の
測されたことより錯形成を確認した。銀イオ
側鎖アニリン部位の置換基としてキラルア
ンの添加量と共にmax は徐々にシフトし、繰
ルキル鎖を選択することで、シアノアクセプ
-2-
ター部位にもキラリティーが伝播し、光学分
(a)
割膜として応用できる可能性を考えた。図 1
40
20
mdeg
の合成経路に従い、キラル側鎖を有するポリ
フェニルアセチレン誘導体を合成した。(S)-
(R)-P2
(S)-P2
0
または(R)-3,7-ジメチルオクチル基を導入し
-20
たジアルキルアニリン誘導体を用いてアセ
-40
チレンモノマーを合成後、Rh 触媒により重
300 350 400 450 500 550 600
合して対応するポリフェニルアセチレン誘
Wavelength(nm)
導体を得た。直鎖アルキル基の場合と同様に
(b)
Absorbance(a.u.)
高分子量体を得ることに成功した。溶液中で
の吸収スペクトルと銀イオンの認識挙動は
直鎖アルキル基の場合とほぼ同じであった。
次に、新たな試みとしてキラルアルキル鎖
を有する P2 の CD 測定を実施した。当初、
1
0.8
(R)-P2
(S)-P2
0.6
0.4
0.2
THF 中で実験を行ったところ、コットン効
0
300 350 400 450 500 550 600
果は観測されず、側鎖アクセプター部位およ
Wavelength(nm)
び高分子主鎖にキラリティーを誘起するこ
とはできないと判断した。しかし、様々な有
機溶媒を調査したところ、コットン効果の発
図 3 キラルアルキル鎖を有す る P2 の
(a)CD スペクトルおよび(b)吸収スペクトル
現には溶媒依存性があることが判明した。具
物が生じた。これは、銀錯体高分子がシクロ
体的には、ベンゼンやシクロヘキサンなどの
ヘキサンへの溶解性が低いことを示唆して
極性置換基を持たない有機溶媒中では、側鎖
いる。沈殿物の吸収スペクトルを測定したと
電荷移動部位の吸収に対応する波長位置に
ころ、電荷移動吸収が前駆体高分子よりも長
正(S 体)または負(R 体)のコットン効果
波長シフトしており、確かに目的物が得られ
が現れた(図 3)。一方、アセトフェノンの
たことを確認した。
ようにカルボニル基を有する有機溶媒中で
はコットン効果は非常に微弱となった。すな
3. 気体透過測定
わち、側鎖電荷移動部位は溶媒と非常に強く
最後に、ポリフェニルアセチレン誘導体の
相互作用していることを示唆している。ポリ
自立膜を作製し、気体透過測定を実施した。
フェニルアセチレンの主鎖骨格に由来する
まず、クリック反応が気体透過に及ぼす影響
吸収位置(300nm 付近)にコットン効果は
を調べるために P1 と P2 の自立膜に対して
観測されなかったため、アルキル基のキラリ
酸素透過係数(PO2)を調査した。P1 および
ティーはシアノアクセプター部位までは伝
P2 共に通常の溶液キャスト法で十分な強度
播しているが、高分子の主鎖には至っていな
の自立膜を作製することができた。表面を原
いことが判明した。
子間力顕微鏡(AFM)で観察したところ、
キラル側鎖を有する P2 のシクロヘキサン いずれの膜も RMS 値が 2nm 以下であり、
溶液に銀イオンを添加して高分子錯体を作
極めて平滑な膜であった。P1 の PO2 は 20
製した。銀イオンを添加すると、徐々に沈殿
barrers であり、既報の置換ポリアセチレン
-3-
誘導体と同等の値を示した 3)。一方、クリッ
Chem. Phys. (2015), in press. (Talent
ク反応後の P2 の PO2 は 6.1 barrers へと低
Article, Front Cover & Highlighted in
下しており、シアノ基間の双極子相互作用が
“Materials Views”)
高分子膜の空隙を小さくした可能性が考え

“Emergence of Ion Sensing Abilities by
られる。現在、オレフィンとパラフィンおよ
Sequential
びそれらの混合ガスについても透過係数を
Postfunctionalization
計測中である。

アクセプター部位を定量的に導入する合成
経路を確立した。シアノアクセプター部位は
Units
学会発表

“キラル側鎖を有するポリフェニルアセ
チレン誘導体のポスト機能化による片
巻きらせん構造の構築” 矢入 亘、道信
る。また、側鎖アルキル基のキラリティーを
剛志、平成 26 年度繊維学会年次大会
反映して、側鎖の電荷移動部位がコットン効
(2014.6.11-13、タワーホール船堀)
(ポ
果を示した。しかし、このコットン効果は高
スター1P206)

には至らなかった。コットン効果の生成につ
“Attempted
Helicity
Induction
in
Polyacetylenes Bearing Chiral Alkyl Chains
いては溶媒依存性があり、今後は高分子主鎖
by Postfunctional Modification” W. Yairi, T.
の化学構造の影響も調査が必要と考えてい
Michinobu, International Symposium on
る。また、銀錯体高分子膜のオレフィン/パ
Fiber
ラフィン透過係数の決定および光学分割膜
Science
and
Technology
(2014.9.28-2014.10.1, Big Sight Tokyo
への応用が残された課題である。
Fashion Town Hall) (Poster PG1-10)
【成果の発表、論文等】
【参考文献】
1.
投稿論文

“Sequence-Regulated Linear Polymers with
Sensing
Charge-Transfer
Multiple
1.
2.
Click
Macromol. Chem. Phys. 215, 1485-1490
Y. Li, M. Ashizawa, S. Uchida, T.
Michinobu, Macromol. Rapid Commun. 32,
1804 (2011).
3.
(2014). (Front Cover)
Functionalization
T. Michinobu, Y. Li, T. Hyakutake, Phys.
Chem. Chem. Phys. 15, 2623 (2013).
Approach” Y. Washino, T. Michinobu,
“Click
of
2.
るため、新たな高分子銀錯体が設計可能であ
by
Induction
Side Chains” 投稿準備中
銀イオンと選択的に錯形成する官能基とな
分子主鎖までは伝播せず、らせん構造の構築
“Chirality
Densely Formed on Polyphenylacetylene
ルアセチレン誘導体の側鎖に嵩高いシアノ

Polystyrene
1,1,4,4-Tetracyanobuta-1,3-diene
新しいクリック反応を用いてポリフェニ
Chromophores
of
Click
Derivatives” 投稿準備中
【今後の研究の方向、課題】
Ion
Double
K. Nagai, T. Masuda, T. Nakagawa, B. D.
Freeman, I. Pinnau, Prog. Polym. Sci. 26,
of
Aromatic
Polymers for Organic Electronic Device
Applications” T. Michinobu, Macromol.
-4-
721 (2001).