XAFS の解釈

XAFS の解釈
横山利彦
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分子研
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1.緒言
X-ray Absorption Fine Structure (XAFS)の解釈という観点からの講義を行う。X-ray
Absorption Near-Edge Structure (XANES)では、その簡単な原理、軽元素の XANES、遷
移金属の K 吸収端の吸収端前に現れる構造、遷移金属やランタノイドの L 吸収端の
いわゆる white-line、XANES の応用として自身の研究例を紹介する。Extended X-ray
Absorption Fine Structure (EXAFS)では、原理に関する留意点、多重散乱、温度との関
係などを述べ、やはり応用として自身の研究例を紹介する。XAFS の理解と自身の研
究への活用が進めば幸いである。
2.XANES
XAFS は吸収スペクトルであり、可視紫外吸収とよく似た電子遷移として理解できる。原
理として、Fermi 黄金律がよく成り立ち、一光子吸収近似(1 回の事象で吸収される X
線光子は 1 光子、多光子遷移は無視する)もよく成り立つ。また、双極子近似、即ち、
X 線の電場に沿った方向の双極子が誘起される遷移のみ許容で、X 線電場に直交する
誘起双極子は励起されないという近似も通常導入される。EXAFS では必ず双極子近
似を採用するが、XANES では電気四極子遷移などが現れ成り立たないこともある。
さらに、一電子近似が導入される。ある(内殻)軌道の 1 電子が空準位へ遷移し、励起
される電子以外の電子(spectator electron)の状態は変化しないという近似である。この
近似も多電子効果・電子相関などで成り立たないことがある。
軽元素の XANES は電子状態がわかりやすいので理解の助けとなりやすい。例えば、
ダイヤモンドとグラファイトの C-K 吸収端 XANES がどう異なるかは、その結合様式
を知っていればおおよそ理解できる。ここでは、ダイヤモンドとグラファイトの C-K
吸収端 XANES の他、分子軌道法的な O2, SO2 の O-K, S-K 吸収端 XANES の解釈を紹
介し、偏光依存測定から配向性を決定することを学ぶ。また、O2 は基底 3 重項分子で
あり、励起電子との交換相互作用による遷移の分裂が生じることを理解する。
遷移金属 K 吸収端 XANES では、主として吸収端前の構造に注目する。遷移金属で
は 3d 軌道が部分的に非占有であり、1s→3d 遷移が観測される。1s→3d 遷移は金属元
素周囲の局所構造が正八面体の場合、双極子禁制遷移であるが、電気四極子遷移など
で遷移が生じる。一方、正四面体配位では双極子許容遷移であり、強い吸収が現れる。
また、正方形配位では、1s→3d 遷移ではない遷移が吸収端前に現れることを示す。
遷移金属 L 吸収端 XANES は比較的単調な構造を呈する。2p→nd 遷移が双極子許容
遷移として強く出現し、white-line と呼ばれる L3, L2 吸収端は内殻がそれぞれ 2p3/2, 2p1/2
であり、2p 空孔状態の角運動量 J が 3/2, 1/2 であることを示す。これらはスピン軌道
相互作用により分裂しており、内殻電子のスピン軌道相互作用は原子番号とともに大
きくなり、別の吸収端と見なしうる。各状態の縮重度は 2J+1 = 4, 2 であり、2p→nd
遷移強度も 2:1 の強度比になると思われるが、実際にはかなり異なる。例えば、Pt 金
属では、L3 吸収端 white-line はそれなりの強度を持つが、L2 吸収端 white-line はほと
んど観測されないくらい弱い。この原因が価電子 5d のスピン軌道相互作用に由来す
ることを解説する。
ランタノイドの L 吸収端 XANES でも 2p→5d 遷移が観測される。Ce(III)2O3 では
white-line が普通に 1 本であるが、Ce(IV)O2 では 2 本以上現れる。この分裂の原因は多
電子効果であることを解説する。また、高分解能測定による 2p→4f 遷移の観測につ
いて述べる。
応用例としては、Fe(II)のスピンクロスオーバー転移(High Spin 状態→Low Spin 状
態)、プルシアンブルー類縁体の光または温度誘起電荷移動型スピン転移、Li イオン
電池の充放電過程などを紹介する。
3.EXAFS
まず、EXAFS の解析で通常使われる理論式の説明を行う。特に、光電子の非弾性
散乱に基づく extrinsic 減衰因子 exp[−2R/λ(k)]と励起電子以外の電子状態変化による
intrinsic 減衰因子 S02 を区別して理解してほしい。また、熱振動等により分布幅が有限
になることから生じる減衰因子 exp[−2σ2k2]が対称なガウス分布の場合の式であるこ
とに留意する。
実際に EXAFS を解析する際に、しばしば 2 種の波による打消しが起こり得る。こ
こでは、散乱原子が S, N の場合の波の打消しを紹介し、注意を喚起する。次に、FEFF
等で EXAFS を計算する際、Debye モデルがよく用いられるが、Debye モデルを用い
る注意点を説明する。
続いて、EXAFS で求められる原子間距離と X 線回折で求められる原子間距離が若
干異なることを理解する。EXAFS ではまさに瞬時瞬時の 2 原子間の距離の平均を与
えるが、X 線回折ではあくまで原子の平衡位置間の距離が与えられ、2 原子間の相対
距離の平均ではないことを理解する。
物質は温度が高くなると熱膨張を起こす。ところが、通常の熱膨張は原子の振動が
調和振動でないことが原因で生じるので、対称なガウス分布を仮定した解析では熱膨
張が求められないことを理解する。分布関数を非対称とした cumulant 解析に関して簡
単に説明する。
多重散乱過程は、3 原子が直線的に配列した場合に強調される(focusing effect)。3 原
子が変角振動すると当然直線から外れ、多重散乱過程に影響があることを示す。直線
から外れると多重散乱が弱くなり、Debye-Waller 因子以上に EXAFS が減衰すること
を学ぶ。
実際の応用例としては、混晶における Vegard 則、fcc Ni, α-Mn, Invar 合金の熱膨張
について簡単に解説する。
4.参照文献
配布資料(ppt)を参照してください。