「人事制度の昨日・今日・明日を考える」 第5回 「付加価値の適正な配分を決める賃金制度のあり方」 小塚社労士事務所 株式会社オフィス K 代表取締役 小塚 真弥 「人事制度の昨日・今日・明日を考える」 賃金制度における問題点は、例外なく次 第5回目の今回は、 「賃金制度」のあり方に の3つのカテゴリーに区分することができ ついて述べてまいります。 ます。それは、 ①賃金水準(全社的な賃金の高さ。同業や 〔賃金制度の役割とは〕 前回(7月号)において、人事考課制度 世間水準と比べて自社の水準がその程度の 位置にあるか。適正な人件費水準をどこに の役割は、個々の社員が、 「なってほしい人 置くか。 ) 材像にどれだけ近づいているかを定期的に ②賃金体系(基本給や諸手当などの体系。 確認する」ことであるとお話ししました。 どのような性格の賃金をどのように構成す 今回お話しする賃金制度とは、 「その評価 るか。 ) 結果を金銭的処遇に反映させるためのルー ③賃金格差(賃金カーブ。年齢格差や等級 ル」ということになります。また経営的側 格差、評価格差等をどの程度つけるのが自 面から見れば、 「会社が生み出した付加価値 社にとって妥当か。 ) の一部を労働配分する仕組み」ということ の3つです。 もできます。従って、この賃金制度には、 従って、わが社の賃金制度に問題がある 社員の側から見た公平感や納得感とともに という場合、この3つのカテゴリーのうち、 経営的視点での合理性や世間相場への対応 どこにどのような問題があるのかを交通整 力も求められてきます。これらは、相反す 理することが、まず肝心です。言い方を変 るニーズである場合も多く、それぞれのバ えれば、この3つのカテゴリーについて、 ランスと優先順位を考慮しなければならな それぞれ自社の基本思想と見直しの方向性 いところに、賃金制度設計と運用の難しさ についてしっかりと打ち立てることができ があります。 れば、実は賃金制度は7割がた完成したも 同じであって、あとは具体的な賃金表に落 〔賃金制度の 3 つの要素〕 従って、自社の賃金制度については、例 とし込んでいくという極めて技術的な設計 作業に過ぎないとも言えるわけです。 えば「年功的で評価によってあまり差がつ かない。 」「不要と思われる手当が多く、社 〔月次給与の構成〕 員の不公平感が強い。」 「このままでは人件 (1)基本給 費が年々上がってしまう。 」「世間相場と比 第3回(6月号)の等級制度において、 べて低く優秀な人材が採用できない。 」等々、 職能基準や職務基準、あるいは役割基準、 様々な課題を抱えていることも多いかと思 といった類型を示しました。賃金制度では、 います。 これに対応して職能基準であれば「職能給」、 これまで、さまざまな規模・業種の企業 役割等級であれば「役割給」を基本給の軸 様から賃金制度についてのご相談を受けて に据えるのが一般的でしょう。しかし、職 きたその経験則から申し上げますと、 能給や職務給あるいは役割給等々について は、その名称はともかく、いずれも人事考 例も散見されます。見直しにあたっては、 課の結果を反映させて、格差をつけるとい 支給目的と今日的な必要性をよく吟味し整 う点では、どれも同じ性格の賃金と言えま 理していく必要があります。 す。どのような等級制度を採ろうと、人事 考課の内容は、前回お示ししたとおり、成 〔賞与・退職金について〕 果とプロセス(または能力と意欲)をそれ もともと賞与や退職金は、法的には支払 ぞれ分析的に評価していくことが殆どです う義務のない賃金ではありますが、多くの から、その反映先である給与は「評価反映 会社で支給されているのが実態です。 給」という点では同じ性格のものです。 賞与や退職金の設計についても、基本的 一方、人事考課結果を反映しない給与と には月次給与と同様、評価反映部分と年功 しては、「年齢給」や「勤続給」といった、 部分(評価非反映部分)のバランスをどう いわゆる「年功給」があります。 設定するかというポイントに帰結します。 結局、基本給の設計の勘どころは、評価 もちろん賞与は比較的短期間の業績反映、 反映部分と年功部分(評価非反映部分)の 退職金は在職全期間における功労報奨とい 割合をどの程度におくのが自社にとって妥 う性格もありますから、賞与と退職金では、 当なのかを考えていくというところにあり その割合は異なってしかるべきではありま ます。評価反映給の割合を多くとれば、各 すが、一般的な動向としては、個人の業績 人の貢献度による格差が大きい、刺激性の や貢献度を反映する部分をより大きくした 強い性格の賃金体系になりますし、逆に年 制度、 (即ち、年功要素を従来より抑えた体 功部分を一定の割合で確保するならば、そ 系)に移行しつつあると言えます。 の分安定的な賃金体系を敷いているという また、従来は、賞与であれば「基本給× ことも言えるわけです。 支給月数(×評価係数)」、退職金であれば (2)諸手当 「退職時基本給×勤続年数別係数(×退職 基本給以外の諸手当については、あくま で基本給を補完する役目として設定される べきものです。文字通り基本給が月次給与 事由別係数) 」といった形での支給が一般的 でした。 経営側から見たこの方式の一番の問題は、 の「基本」ですから、固定的な基本給のみ 基本給のベースアップにより、自動的に賞 ではカバーできない個別的要素、変動的要 与水準や退職金水準が比例して上がってし 素についてのみ諸手当で対応していくとい まうことです。従って、最近では月次給与 う考え方が妥当でしょう。 の基本給にリンクしない、全く別の賞与テ 諸手当には、法的に義務付けられている 手当(時間外割増手当)や職務に付随する ーブルや退職金テーブルにより支給してい る会社の割合も増えています。 手当(役職手当や作業手当、出向手当)、属 人的な手当(家族手当、住宅手当)等々、 様々な手当が存在しますが、この諸手当は、 〔賃金設計における長期的視点〕 実は、新たな賃金体系を設定し、現在の 「作るのは簡単だが廃止するのは難しい」 各人の賃金をその新体系に移行すること自 ものです。特に社歴の長い会社の中には数 体は、さほど難しいものではありません。 多くの手当が存在し、月次給与総額のかな 通常、新制度移行時においては、各社員 りの割合を諸手当が占めてしまっている事 に賃金額の減額が起こらないように新体系 へ乗せ替えます。仮に、新たな賃金テーブ 5年後あるいは10年後にどの程度賃金が ルの範囲に収まらない人が出た場合でも、 上がっていくのか。その賃金カーブ(変化 「調整手当」という暫定的な手当を設定し 額)の妥当性を確認しつつ、賞与も加えた て対処することになります。 年収ベースで賃金総額や今後の採用計画も 例えば、基本給と諸手当併せた現在の給 踏まえた人件費総額はどう変化するのか。 与総額が30万円の人は、新制度でも(基 更に、生涯賃金(賃金カーブの面積値+退 本給や諸手当の種類と個々の金額異なるに 職金)はどのような水準となるのか、等の しても)給与総額は同額の30万円で移行 観点からの検証も当然に必要となります。 することになるので、この時点では、賃金 兎角、賃金設計作業を進めていくと、つ 原資や総額人件費に影響が出ることは基本 い目先の数字合わせに陥りやすいのですが、 的にありません。 移行時「点」のみに着目するのではなく、 肝心なのはその後の推移をしっかりと見 長期的な時系列において、賃金というもの 通していくことです。当然ながら、各人の を「線」や「面」あるいは「体積」という 賃金額は定期昇給やベースアップ等により イメージで俯瞰して捉えていくという視点 今後変化(上昇)していきます。1年後、 が不可欠となってくるのです。 <執筆者プロフィール> 小塚 真弥(こづか しんや) 1985 年同志社大学法学部法律学科卒。同年コニカミノルタ株式会社入社。人事制度 設計、経営戦略、連結財務戦略等を担当マネジャーとして経験後、2002 年退職。同 年小塚社労士事務所オフィス K を設立し、人事コンサルタントとして独立。現場に根 ざしたコンサルティングで幅広い業種・規模のクライアントから絶大な信頼を得ている。 現在、株式会社オフィス K 代表取締役 日本人事労務コンサルタントグループ正会員 社会保険労務士 (最近の主な講演テーマ) ・定年延長・再雇用社員の評価と賃金制度の設計ポイント ・賃金・評価制度の「実践的」基礎知識 ・人事制度のトレンドと中小企業への導入の実際 ・ワークライフバランスに関する人事制度の今日的課題 ・適正な派遣・業務請負の実施について ・人事労務関連の法改正セミナー 他
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