東日本大震災以後の地域産業の現状と復興への 課題に関する調査研究

「東日本大震災以後の地域産業の現状と復興への
課題に関する調査研究」 について
渥
1.はじめに――震災後 4 年後の現実
東日本大震災から4年余りが経過したが、
われわれの眼前には暗澹たる光景が広がっ
ている。福島第一原子力発電所は汚染水問
題や廃棄物処理問題で行き詰まり、「アンダ
ーコントロール」とはほど遠い状況にある。東
電からの賠償金をめぐって住民間に深刻な
軋轢が生じているが、福島県は自主避難者
への住宅無償提供を 2016 年度末で打ち切
ることを決定した。決定の背後には国の強い
意向が存在したことが新聞報道によって明ら
かにされている。1) 福島の深刻な状況をよそ
に、川内原発の再稼働は秒読み段階に入っ
ている。2)
宮城県では復興住宅建設が大幅に遅れ、
小規模集落の解散が相次いでいる。しかし県
は、「創造的復興」の美名のもとで、「水産特
区」「東北メディカル・メガバンク構想」「仙台
空港民営化」といった露骨な新自由主義的
政策を推進しようとしている。3)
そして東京に目を転ずると、2020 年五輪を
名目に、誰の目にも不合理な新国立競技場
の建設が「全会一致」で決定してしまった。当
面の建設費 2520 億円以外に、後付屋根に
168 億円、維持費 1046 億円(年間 21 億円)
を要するという。4) 石巻市の仮設住宅ではカ
ビの大繁殖によるとみられる喘息の大量発生
美
剛
が報告されている。 5) 五輪を巡る一連の騒
動は仮設住宅に暮らす人々の目には一体ど
のように映っているだろうか。
2.なぜ茨城県北部か
こうした状況の下で「震災後の地域と産業」
を論ずるのであれば、なぜ宮城や福島で調
査をしないのか。なぜ茨城県北部なのか?多
くの方がこうした疑問を持たれるであろう。本
プロジェックトがあえて調査地として茨城県北
部を選択したのには、消極的理由と積極的理
由がある。
まず消極的理由としては、すでに東北 3 県
については膨大な調査・研究が行われ、その
成果が続々と公表されつつあること。さらに、
地元には震災後マスコミ関係者と研究者が殺
到し、その対応に追われた末に「調査疲れ」
が生じ、「調査公害」6)との批判さえあるといっ
たことを考慮した。また本プロジェックトは予算、
人員、調査期間上の制約が大きく、東北地方
での調査実施が困難であるという現実的な事
情もある。
一方、茨城県北部は、被害の割に取り上げ
られることが少なく、震災直後から「忘れられ
た被災地」とさえ言われていた地域であるが、
実際には日本のネルギー政策の今後を占うう
えで極めて重要な地域である。
まず第一に、茨城県北部には、首都圏に最
も近い原発である東海第二原発が立地して
いる。既に操業開始から 40 年近くが経過した
第二原発は、現在原子力規制委員会に再稼
働を申請中であるが、ケーブルの耐火性等を
巡って審査は長期化している。7)敦賀原発で
も再稼働が危ぶまれる日本原電の今後はも
ちろん、老朽化しつつある他の原発の今後に
も東海第二原発の動向は大きな影響を及ぼ
すことが予想される。
また、東海村は日本原発発祥の地であり、
典型的な原子力城下町であるにもかかわら
ず、村上達也前村長がいち早く「脱原発」を
掲げ、原子力関連の研究開発を中心とする
街づくり(「原子力サイエンスタウン」)を推進し
たことでも知られている。村長の交代に伴う、
原発派の巻き返し、県内での反原発運動の
動向など、複雑な政治過程の下で、東海村
の試みは、どう展開していくのか。そしていず
れ訪れる大量廃炉時代に、原発立地自治体
の指針となりうるのか、調査を通じて考察を深
めていきたい。
第三に、茨城県北部の中心都市日立市は、
いうまでもなく日立製作所の本拠地である。
日立は米国のジェネラル・エレクトリック社と提
携し、2007 年に日立ニュークリアエナジー社
を設立、今や世界の原子力産業の動向に多
大な影響力を行使しうる立場にある。日立グ
ループと日立市の関係についてはすでに多
くの先行研究があるが、原子力を中心にすえ
た研究は少ない。
従って、茨城県北部を調査対象とすること
で、震災後に日本が直面した、「脱原発」か原
発依存の継続かという課題、廃炉時代におけ
る原発城下町の今後、そしてグローバルな規
模での原子力産業の動向と地域経済の関連
といった、きわめて重要な諸課題にアプロー
チすることができると考える。
3.今年度の達成目標
上記の諸課題を解明するため、今年度は、
以下の2点について重点的に研究を進めるこ
とになる。
①市長交代後の東海村の地域権力構造と
脱原発のむらづくりのゆくえ
②日立製作所の世界戦略と地元でのリスト
ラが地域経済に及ぼす影響
先日の公開研究会 8)で指摘したことである
が、これまでの原発研究には立地地域の村
落構造や文化的特質についての検討が不十
分なものが見受けられる。大字及び行政区で
のヒアリングは不可欠であるが、これまでの地
域社会研究で用いられた構造分析、社会過
程分析等の手法も踏まえて、地域権力構造
の実態を解明していきたい。
上記の研究課題を達成するため、日立市
及び東海村で、メンバーによる共同調査を1
~2回実施し、その成果を『産研年報』に掲載
する(論文 2 本以上)ことを今年度の目標とす
る。
注
1)『毎日新聞』2015 年 6 月 16 日朝刊(東京
版)、「クローズアップ 2015:福島県 17 年
3 月、住宅提供打ち切り 受け皿なき自
主避難」を参照されたい。
2)『朝日新聞』朝刊(電子版)、2015 年 7 月
11 日
3) 古 川 美 穂 著 『 東 北 シ ョ ッ ク ・ ド ク ト リ ン 』
(2015 年、岩波書店)を参照されたい
4)『東京新聞』電子版、2015 年 7 月 8 日朝
刊による。
5)『朝日新聞』東京版、2015 年 6 月 20 日。
6)吉原直樹著『「原発さまの町」からの脱却―
―大熊町から考えるコミュニティの未来』
(2013 年、岩波書店)、218 頁。
7)詳細は拙稿「東海第二原発と東海村――
地域産業構造及び政治過程の考察」(『桜
美林大学産業研究所』第 33 号、2015 年)を
参照されたい。
8) 渥美剛「原子力関連施設と住民生活に関
する社会学的アプローチの検討――先行
研究に学ぶ」(2015 年度産業研究所第 1 回
公開研究会、2015 年 5 月 20 日)