論 説 仮処分の方法及び立担保と 処分権主義の関係について -生活妨害・知財侵害差止仮処分を素材として- (2・完) 金 炳 学 第一章 はじめに 第二章 仮処分の方法及び立担保に関する従前の議論 第一節 仮処分の方法総論 第二節 学説の概要 第三節 判例及び実務 第四節 諸説についての若干の検討 (以上、24巻1号) 第三章 生活妨害及び知的財産権侵害の差止めにおける申立ての特定と仮処分 の方法について 第一節 ドイツ法における議論 第二節 生活妨害及び知的財産権侵害の差止めを求める民事保全手続におけ る申立ての特定と裁判所の裁量権 第四章 結びに代えて 第三章 生活妨害及び知的財産権侵害の差止めにおける申立て の特定及び仮処分の方法について 第一節 ドイツ法における議論 日本においてはじめて民事保全手続を定めた1890年の旧々民事訴訟法第6編 第4章「仮差押及ヒ仮処分」は、1877年のドイツ民事訴訟法第8編第5章を逐 語的に継受したものであり、仮処分の方法については、ZPO938条(77)の文言を - 87 - 行政社会論集 第24巻 第2号 忠実に守り、旧々民訴758条として定められた(78)。 この旧々民訴758条は、前述したように1989年に施行された民事保全法24条 にほぼ同趣旨の規定として引き継がれており、それゆえ、ドイツ仮処分の方法 について定めている ZPO938条の規定の趣旨については、日本の民保24条とほ ぼ同様の内容を有した規定であるといえよう。 したがって、日本における仮処分の方法を検討するにあたり、母法国ドイツ の ZPO938条をめぐる議論の検討はきわめて多くの示唆を与えるものである(79)。 特に注目すべきは、日本における議論と異なりドイツの学説においては仮処分 の方法を論じるにあたり、ZPO938条と ZPO308条(80)との関係と ZPO938条と (77) ZPO938条〔仮処分の内容〕 1項 裁判所は、自由裁量に従い、目的を達成するためにどのような命令が 必要であるかを定める。 2項 仮処分は、保管人による保管のほか、相手方に行為を命じまたは禁じ、 特に土地又は登記された船舶若しくは建造中の船舶の譲渡、負担設定又は質入 れを禁ずることを内容とすることができる。 (ZPO の規定については、法務大臣官房司法法制調査部編426号『ドイツ強制執 行法』 〔中野貞一郎〕(法曹会、1976)参照。以下、同じ。) (78) 小野木常『現代外国法典叢書 独逸民事訴訟法〔Ⅲ〕』〔中野貞一郎補遣〕 (有斐閣、復刊板、1955)350頁以下参照。 (79) 本稿においては、紙幅との関係から、ドイツの Immission 防止を求める民 事保全手続について、概略的に紹介するにとどまる。詳細な内容及び出典につ いては、金・前掲早法79巻1号107頁以下に譲り、特に必要がある場合にのみ出 典を示す。 (80) ZPO308条〔当事者の申立ての拘束力〕 1項 裁判所は、当事者に対し申し立てざる事項につき認容する権限を有し ない。特に、果実、利息及びその他の従たる債権についてもまた同じである。 2項 訴訟費用を負担する義務については、裁判所は申立てがなくとも裁判 することができる。 - 88 - 仮処分の方法及び立担保と処分権主義の関係について-生活妨害・知財侵害差止仮処分を素材として-(2・完)(金 炳学) ZPO253条2項2号(81)の関係という二つの軸を明確に分けて、論理的に考察し ている点である。 ドイツにおける民事保全手続一般に関する仮処分の方法について ―処分権主義と裁判所の裁量権の関係(ZPO308条と ZPO938条の関係) ZPO における仮処分手続に関する処分権主義の適用範囲について、簡潔に まとめたい。 まず、裁判所による仮処分命令の発令であるが、係争物に関する仮処分及び 仮の地位を定める仮処分が申し立てられた場合、裁判所は ZPO938条に基づき 裁量を以って仮処分命令を発令することとなる。 仮処分によって防止しようとする危険が極めて多様であるため、予め防止手 段を定めることができないので、裁判所は、その自由裁量に基づいて仮の権利 保護達成のために必要な命令を下すことを認めているのである。しかし、裁判 所がその裁量に基づいて仮処分命令を下すことができるとしても、これは無制 限に認められるものではなく、ドイツの学説においても、裁判所の裁量権は、 申立人の申立ての枠内を限界として行使されるのであり、申立人が申し立てて いないことを仮処分命令として発令してはならないとする点で一致している。 すなわち、ZPO938条においても当事者の処分権主義を定めた ZPO308条の適 用が認められているのである。 し た が っ て 、 後 述 す る ZPO 2 5 3 条 2 項 2 号 の 緩 和 に よ っ て 債 権 者 が Rechtsschutzziel(権利保護の示標)のみを申し立てた場合には、裁判所はこ の債権者によって申立てられた Rechtsschutzziel の枠内でのみ裁量権を行使 (81) ZPO253条〔訴状〕 2項 訴状には、以下の事項を記載しなければならない。 1号 当事者及び裁判所の表示 2号 請求の対象及び原因の特定された記載並びに特定された申立て - 89 - 行政社会論集 第24巻 第2号 するのである。 例外的に、債権者が自ら申し立てた特定の措置のみを仮処分命令をとして発 令されることを求めた場合、もしくは自ら申し立てた具体的措置以外の措置を 拒否するということを書面で明らかにしている場合には、裁判所の裁量権は債 権者の申立てに拘束されるが、その他の場合、裁判所は債権者によって申し立 てられた措置に代わって異なる措置を選択することができる(82)。 以上のように、ドイツの学説においては、ZPO938条にも当事者の処分権主 義を定めた ZPO308条の適用があることを一致して認め、裁判所の裁量権は申 立人の申立ての枠内を限界として行使されるのであり、申立人が申し立ててい ないことを仮処分命令として発令することは認められていない。 ―申立ての特定と裁判所の裁量権の関係(ZPO253条2項2号と ZPO938条の 関係) つぎに、ドイツの仮処分手続一般における申立ての特定の問題、すなわち、 ZPO253条2項2号と ZPO938条の関係についてみる。 ドイツにおいては、ZPO935条に基づく係争物に関する仮処分および ZPO940 条に基づく仮の地位を定める仮処分を申し立てる際には、申立人はその申立て (82) Schuschke / Walker , Vollstreckung und Vorl aufiger Rechtsschutz , 4. Aufl., 2008, §938 Rn 1; Luke/ Heinze, Munchener Kommentar zur Zivilprozeβordnung Bd.3.2. Aufl.,2001, §938 Rn.7;Zoller, Zivilprozessordnung, 23. Aufl., 2002 §938 Rn.2; Hartman, Baumbach/Lauterbach, ZPO, 68. Aufl., 2010,§938Rn. 4. このような考え方は、日本の修正申立制限説にちかい 見解といえよう。ドイツにおいては、仮処分命令の内容が申立てられた措置に 対して、Minus なだけでなく、厳密な意味では Aliud(異質な)となるが、申 立てに記載されているのと「同じ方向の」仮処分を下すことができるかについ て問題となっている場合において、裁判所が、仮処分命令の具体化に際し、仮 処分手続において申し立てられた限界で措置を命じることができるか否かとい う点が争われている。詳しくは、Schuschke /Walker,a.a.O., §938 Rn.6.参照。 - 90 - 仮処分の方法及び立担保と処分権主義の関係について-生活妨害・知財侵害差止仮処分を素材として-(2・完)(金 炳学) において仮処分の目的について明らかにしなければならない。 仮処分命令発令のための申立てにおいては、ZPO253条2項2号に基づいて 特定した申立てを記載しなければならないことになる。仮処分においても、本 案手続における訴状と同様に、申立ては視覚的に形成して示されるのではなく、 裁判所がただちに単なる理由から区別して考察することができるように言葉で 示されなければならない(83)。 しかし、この特定の要求は、ZPO938条によって一定の緩和を受けている。 すなわち、債権者がいかなる権利保護を求めているのかを裁判所が認識でき る場合、申立ては特定しているとされる。とりわけ、係争物に関する仮処分及 び仮の地位を定める仮処分においては、Rechtsschutzziel として具体的な個 別的請求権を特定して申し立てていれば特定の要求を満たしており、具体的な 措置の特定までも要求されてはいないのである。 確かに、学説においては、実務上、申立てにおいて仮処分の方法を詳細に示 すことが奨励されているとする指摘もあるが(84)、仮処分の方法を詳細に示さ なかったからといって特定の要求に欠けるわけではない。 このように仮処分手続において特定の要求が緩和されている理由としては、 仮処分手続が仮差押手続とは異なり、防止しようとする危険が多種多様である ために、防止措置をあらかじめ定めることができないという特徴にあり、この ような特徴から防止措置の選択が裁判所の裁量に委ねられているからであると する(85)。 ドイツの学説は、ZPO253条2項2号に基づく特定の要求が ZPO938条によっ (83) Schuschke /Walker, a. a. O., §938 Rn. 2. (84) Uwe Gottwald , Einstweiliger Rechtsshutz in Verfahren nach der ZPO, 1998,§938Rn. 2; Schuschke /Walker, a. a. O.,§938 Rn. 3;Musielak/ Huber, Kommentar zur Zivilproze ordnung, 1999,§938 Rn. 3. (85) Stein/Jonas/ Grunsky, Kommentar zur Zivilprozessordnung, Bd. 9,22. Aufl., 2004, §938 Rn. 2; Schuschke /Walker, a. a. O., §938 Rn. 1. - 91 - 行政社会論集 第24巻 第2号 て緩和され、債権者は権利保護の示標のみを示せばよいのであり、具体的な措 置の特定までは要求されていないということを一致して認めている。 以上のように、ドイツにおいては仮処分の方法を論じるに際し、ZPO308条 及び ZPO253条2項2号が、それぞれ ZPO938条との関係で一定の修正を受け るという二つの軸を中心に論じられ、具体的防止措置の特定までをも要求して はいないと言えよう。 さらに、その他の民事保全手続とは異なり、Immission 防止および環境侵 害防止を求める仮処分においては、ZPO938条に基づく仮処分の内容について、 固有の取り扱いが行われてきた。そこで、これら民事保全手続一般における仮 処分の方法についての紹介をもとに、Immission の防止訴訟という固有の領 域での申立ての特定および仮処分の方法について論じている判例・ 学説につい て紹介したい。 ドイツの Immission 防止及び知的財産権侵害の差止めを求める民事保全 手続における仮処分の方法に関する固有の取扱い Immission 防止事例における具体的防止措置の特定の必要性に関する問題 についてであるが、ドイツの学説・判例における Immission 防止および知的 財産権侵害の差止訴訟の到達点を概略的に述べるならば、受忍すべきでない不 快が継続しているにもかかわらず、その作用をわずかに変更すればよいという 形でその禁止命令を骨抜きにしないよう、そして、被害者が充分に保護される ように、不法な作用の程度を言葉で規定することは非常に困難であるという当 該事案の特徴をとらえ、原則として、一定種類の侵害を抽象的・包括的に差し 止める申立ておよび判決は適法であり、具体的防止措置について原告もしくは 裁判所が定めることは被告の選択権の侵害となり許されず、むしろ適切な措置 の選択権は被告に留保しなければならないとする(86)。また、裁判所が、具体 的な予防措置を命ずる判決は、処分権主義違反(ZPO308条1項)となるし、 - 92 - 仮処分の方法及び立担保と処分権主義の関係について-生活妨害・知財侵害差止仮処分を素材として-(2・完)(金 炳学) 請求に対し「広いもの」、「狭いもの」を命じるだけでなく、「異質なもの」を 命じる結果となるので許容されない(87)。 ドイツの Immission 防止を求める本案訴訟は、以上のように原則として抽 象的な侵害の差止めを必要且つ充分であるとする特徴を有するのであるが 民 (88) 事保全手続もこのような本案手続と一致した取り扱いを行なっている 。 しかし、ドイツの Immission 防止を求める本案訴訟とは異なり、ドイツの 民事保全手続においても、日本と同じく、仮処分の方法については ZPO938条 により裁判所に裁量権が認められているので、裁判所によって Immission 防 止のための具体的措置が命じられる可能性が残されている。 このように考えると、日本の生活妨害の差止めを求める民事保全手続を考察 する際に、ドイツの Immission 訴訟における裁判所の裁量権の行使の限界は、 きわめて示唆に富む問題であるといえよう。 ドイツにおけるこの問題の要点を簡潔に述べるならば、学説はそれぞれその 理論的前提を異にするも、Immission の防止および知的財産権侵害の差止め を求める民事保全手続においても抽象的な差止仮処分を求める申立ては充分に 特定しているとしたうえで、当該事案に対する差止仮処分における ZPO938条 の適用については、侵害者の選択権の保障という実体法的観点、本案請求の範 囲内において仮処分は発令されねばならないとする仮処分の限界(附随性・従 属性)および執行方法限定主義に基づく執行方法の変更の禁止という観点から、 ZPO938条に基づく裁判所の裁量権の限界は、本案手続での原則上の取り扱い (86) 紙幅との関係からドイツの各学説・判例のより詳細な内容及び出典につい ては、金・前掲早研100号(84)頁以下の本文及び脚注に紹介されている論文を 参照されたい。 (87) 例外的に、裁判所が具体的な措置を講ずる判決を下すことができる場合と しては、侵害の防止のために唯一の処分のみが考えられる場合であるとしてい る。詳しくは、金・前掲早研100号(93)頁以下参照。 (88) 詳しくは、金・前掲早法79巻1号107頁以下の本文及び出典を参照されたい。 - 93 - 行政社会論集 第24巻 第2号 を枠として、裁判所の裁量に基づく具体的防止措置を命じる仮処分の方法は発 令されないとしている(89)(90)。 以上のように、ドイツの仮処分手続は、まず、民事保全手続一般の特徴から、 (89) ドイツの Immission 防止を求める民事保全手続における裁判所の裁量権に ついて論じているものに、 Kre ,Darf zur Abwendung Ma regel einer angeordnet uberma igen werden?,38 durch einstweilige Immission JW eine Verfugung bestimmte 1909, S. 5; Hodes , NJW 1954, S. 644; Jauernig , Einstweilige Verfugung gegen ein Bezugsverbot?, NJW 1973 S.1671がある。なお、これらの見解の詳細については、金・前掲早法79巻 1号107頁以下を参照されたい。 (90) ドイツにおける知的財産権侵害の差止めを求める仮処分については、 Immisson 防止を求める判例・学説の到達点を前提とし、多くの点で共通して いる。これらについては、 Zimmermann , ZPO, 6. Aufl 2002, S. 1370f. Rn. 9; Hartman , Baumbach/Lauterbach, a. a. O. § 9 3 8 Rn. 1 ; Lackkmann , Musielak, ZPO, 4. Aufl. 2005, S. 2312ff. Rn.4; Ru mann , Die Bindungswirkung rechtskraftiger Unterlassungsurteile, Festschrift fur Gerhard Luke zum 70. Geburstag, 1997, S. 689ff. ; Schubert ,Klageantrag und Streitgegenstand bei Unterlassungsklagen,ZZP Bd.85(1972) ,S.33ff.;Borck ,Kleiner Versuch uber die konkrete Verletzungsform WRP 1965, 50ff. ; ders,Bestimmtheitsgebot und Kern der Verletzung WRP 1979,184f.; Jelinek ,Zwangsvollstreckung zur Erwirkung von Unterlassungen, 1 9 7 4 , S. 2 6 f. , 6 3 ff .; Ni rk ・ Kurtze , Verletzungshand lung Verletzungsform Zur bei Wettbewebsverstossen Unterlassungsklage:Urteilstenor und GRUR und 1980;649, Ritter, Klageantrag,1993,S. 53ff. 及び Eberhard Schilken(石川明訳)「ドイツ民訴法における作為・不作為執行 の今日的課題」石川明『ドイツ強制執行法と基本権』(信山社、2003)226頁以 下)等を参照されたい。なお、EU における P2P の現状についての文献として、 P.Bernt Hugenholtz(渡部俊英訳)「欧州における著作権と P2P」知的財産法 政策学研究第11号43頁以下等がある。 - 94 - 仮処分の方法及び立担保と処分権主義の関係について-生活妨害・知財侵害差止仮処分を素材として-(2・完)(金 炳学) ZPO308条に基づく処分権主義の適用が認められ、ZPO253条2項2号に基づく 特定の要求が、ZPO938条との関係で緩和されている。 Immission 防止および知的財産権侵害の差止めを求める仮処分手続は、さ らに、同事案に固有の特徴―実体法上の請求権の構造、本案請求の範囲を超え て仮処分は発令されてはならないとする保全手続の性質および一請求権一執行 方法という手続法上の特質―から、その特定が緩和され且つ裁判所による裁量 権の行使も認められていないといえる。 ドイツ法におけるこのような取扱いは、①Rechtsschutzzielの提示で足りる とする特定性の要件の緩和という観点は、日本の申立制限説とは相容れない観 点で、提案説および折衷説の考え方と近似するものであるとともに、②裁判所 が、具体的な予防措置を命ずる判決は、処分権主義違反 (ZPO308条1項)と なるし、請求に対し「異質なもの」を命じる結果となるため許容されないとさ れ、かつ、債務者の選択権の制限になるとする裁判所の裁量権の限界という側 面からみると、日本の提案説、修正提案説とは異なり、修正申立制限説との考 え方と多くの点で共通点を有しているといえよう。 第二節 生活妨害及び知的財産権侵害の差止めを求める民事保全手続 における申立ての特定と裁判所の裁量権 前にみたドイツ Immission 防止を求める仮処分の方法に関する議論は、日 本の生活妨害および知的財産権侵害の差止めを求める仮処分と事件類型が極め て類似・共通しており、また、実体法上・手続法上の構造、特質などの問題に ついてもその多くが一致している点で比較法の対象として参考になろう。そこ で、私は、日本における生活妨害および知的財産権侵害の差止めを求める仮処 分の方法を考察するにあたり、ドイツ法と同じく仮処分手続における裁判所の 裁量について、申立ての特定と処分権主義の緩和という二つの軸から考察した い。 - 95 - 行政社会論集 第24巻 第2号 生活妨害及び知的財産権侵害の差止めを求める民事保全手続における申立 ての特定 まず、仮処分手続一般の議論として、ドイツ法においては、仮処分の申立て が緩和された理由として、仮処分手続の対象の多様性があげられていたのであ るが、この点においては、日本における仮処分手続も同様であると指摘できよ う。 つぎに、仮処分が適用される事件領域であるが、先にも述べたとおり、ドイ ツの Immission 防止を求める仮処分と日本の生活妨害及び知的財産権侵害の 差止めを求める仮処分は多くの点で同一性を有している。 したがって、日本における生活妨害および知的財産権侵の差止めを求める仮 処分の事件類型にみあった議論を深めるにあたっても、ドイツ法の議論は極め て参考にすべき点が多い。特に、ドイツでは、Immission 防止を求める仮処 分における申立ての特定について、本案手続における請求の特定との調和を図 るべく考察が重ねられてきた点に着目すべきであろう。日本においても、生活 妨害の差止めを求める本案手続については、前述したように学説が主張され、 判例が蓄積されてきたところである。特に、申立ての特定については、抽象的・ 包括的差止請求の問題としてクローズアップされてきた。 このように考えると、民事保全手続における生活妨害の差止めの申立ての特 定を考える際にも、これら本案手続において議論されてきた到達点を下に考察 することが必要かつ有用であるといえる。 本案手続においては、判例・学説ともに、抽象的・ 包括的請求を適法として いるのであるが、その特定については、つぎに述べるようにその特定基準が主 張されている(91)。 すなわち、抽象的・包括的請求の特定について、①抽象的差止訴訟における (91) 金・前掲早研99号(117)頁以下。 - 96 - 仮処分の方法及び立担保と処分権主義の関係について-生活妨害・知財侵害差止仮処分を素材として-(2・完)(金 炳学) 訴訟物の特定方法につき一定のメルクマールを立てる説には、侵害結果説(92)、 保護範囲説(93)、侵出行為説(94)、実体法規律説(95)があり、②紛争解決手続全体 (92) 不作為請求の特定の方法としては、禁止されるべき侵害行為を特定すると いう方法のほか、除去されるべきあるいは未然に防止されるべき侵害の結果、 すなわち、こういう結果を発生させてはならないという、その結果を特定する という方法」、「被告は、ある事業を遂行するに当たり、原告に~の損害を与え る行為をしてはならない」というような権利侵害の発生源と侵害結果による特 定で足りるとする説。竹下教授は、1905年2月28日 Reichsgericht の判例をも とに「判決手続においては、一般的な侵害行為の禁止を命ずる不作為命令、あ るいは一般的な予防措置の設置を命ずる抽象的な作為命令も適法であるし、む しろそれが債務者側の選択権を害しないためには必要であるが、しかし、執行 手続において、具体的に代替執行の授権決定を求め、あるいは間接強制のため の執行命令を求めるという段階では、債権者が、いかなる具体的措置を求める かを特定して、これらの執行処分の申立てをしなければならない」と主張され る。竹下・前掲判タ428号32頁。かつては、中野教授も竹下教授の説に賛同され ていた(中野貞一郎「非金銭執行の諸問題」鈴木忠一・三ヶ月章監修『新・実 務民事訴訟講座12巻』(日本評論社、1984年)477頁)。 (93) この説は、一般的に「不作為と作為は、内容や態様を異にするものとして、 別個の給付とみられている」が「不作為を実現させるための作為は、当該不作 為の内容を、その実現方法の面から具体化したものにすぎないのであるから、 そうした作為の請求は、基本たる不作為の請求に包含されるべきである」と指 摘し、「効果的に侵害予防機能を果たし得るような請求権を構成するという立場 に立って、基本になる不作為と併せて、それを実現せしめる手段としての作為 を包括した給付を目的とする統一的(包括的)不作為請求権を構成し」て、そ の保護範囲による特定を試みる。すなわち、同説は、統一的(包括的)不作為 請求権を構成し、何が侵害されようとしているか、したがって何を保護すべき なのかという面から特定し、そうした保護範囲内の保護対象を違法に侵害する 状態をもたらす全ての行為が禁止の対象になるとする。上村教授は、ドイツに おいて生成・展開した Kerntheorie(核心説)、すなわち、核心を同じくする侵 害行為を包括的に捉え、それによって不作為給付を包括的に特定する方法をと - 97 - 行政社会論集 第24巻 第2号 る理論によって生活妨害における不作為請求の特定に関する新たな基準を模索 しようとする見解を示された(上村明広「差止請求訴訟の訴訟物に関する一試 論」岡法28巻3・4号335頁、同「差止請求訴訟の機能」新堂幸司編『講座民事 訴訟2巻』(弘文堂、1984)273頁)。ここに、Kerntheorie とは、債務名義の主 文においては不作為命令の対象として現に実行された、もしくは間近に差し迫っ た行為が特定掲記されていなければならない、また、この債務名義の主文に特 定掲記された侵害行為の核心を動かさないままにしておいて変更を加えられた 他の侵害行為をも把握するという二つのテーゼをその内容とする。上村教授の 見解に対して、野村教授は以下のように主張される。前述のドイツにおいて展 開された不作為請求の特定に関する議論は主に不正競争防止行為に関するもの であるが、生活妨害の差止めと不正競争防止行為の差止めとは、その局面にお ける問題はまったく次元を異にするものであって、それらに対し同一の方法で 対処しようとするのは不適切であるからである。すなわち、生活妨害という権 利侵害の特質は、債権者側が侵害行為発生のメカニズムを把握できず、その防 止方法も債務者が最もよく知っており、それが複数あるという事にあるため、 抽象的不作為命令の適否が問題とされる。これに対し、不正競争行為防止行為 差止めの場合には、債務者側の行為は債権者にとっても明白であり、ただ、不 作為命令の対象を限定してしまうと、些細な変更によって、不作為判決を潜脱 するおそれがあるため、 これにどの様に対処するのかが問題となるのである (このような問題を生活妨害の差止めに当てはめるならば、ゴ-ンという騒音を 60ホン以下にしろとの判決が下された場合には、当該具体的侵害行為はゴ-ン という騒音60ホンであり、債務者が工場の機械を入れ替え、キ-ン、ガ-等と いう騒音ならば許されると解する可能性もある。そこで、このような行為態様 の変更にどの様に対処し得るかが問題となるのであるが、工場の機械の入れ替 えは、商号の変更を加える事などに比べ、実際上はるかに困難であるために、 従来、この問題は生活妨害の差止めに関しては、問題にされなかったにすぎな い(野村秀敏「債務名義における不作為命令の対象の特定 」判タ562号37頁)。 ドイツの Immission 訴訟において、Kerntheorie を用いている判例は皆無であ り、また、Kerntheorie については、主として、①請求の特定の本来の機能で ある訴訟の対象を明確にするという観点(審判の範囲の明確性)、②抽象的・ 包 括的判決が直ちに債務名義として機能しうるかという観点(債務名義適格性)、 - 98 - 仮処分の方法及び立担保と処分権主義の関係について-生活妨害・知財侵害差止仮処分を素材として-(2・完)(金 炳学) ③被告である義務者が侵害の方法ないし態様を変更した場合に、原債務名義が どのように対応しうるか、ないしはそのまま対応しうるためには、どのように 請求を特定すべきであるのかという観点(潜脱的侵害行為に対する原債務名義 の拡張可能性)という3つの関門の克服を主たる考察の対象としてきた従来の 知的財産権侵害訴訟、特に不正競争防止法に関する事案において、判例・学説 において支持されている(vgl. Zimmermann , ZPO, Aufl. 6, 2002, S. 1370f. Rn 9;Hartman ,Baumbach/Lauterbach,ZPO,63Aufl. 2005,S. 2455ff. Rn. 3~5; Lackkmann , Musielak, ZPO, 4Aufl. 2005, S. 2312ff. Rn. 4; Ru mann , Die Bindungswirkung rechtskra ftiger Unterlassungsurteile, Festschrift fu r Gerhard Luke zum 70. Geburstag, 1997, S. 689ff. Eberhard Schilken 著・石 川明訳「ドイツ民訴法における作為・不作為執行の今日的課題」石川明『ドイ ツ強制執行法と基本権』(信山社、2003)226頁以下)。野村教授の指摘は適切で あり、支持したい。なお、ドイツにおいて Kerntheorie を批判する学説として は、Kramer ,Der richterliche Unterlassungstitel im Wettwerbsrecht 1982. S.115f.;Borck,Kleiner Versuch uber die konkrete Verletzungsform WRP 1965, 50f.;ders ,Bestimmtheitsgebot und Kern der Verletzung WRP 1979, 184f.; Jelinek , Zwangsvollstreckung zur Erwirkung von Unterlassungen ,1974 ,S.26f., 6 3 ff. ;Nirk・Kurtze ,Verletzungshandlung und Verletzungsform bei Wettbewebsverstossen GRUR 1980,649. がある(各説における概念規定については、Ritter ,Zur Unterlassungsklage: Urteilstenor und Klageantrag,S. 53ff. を参照されたい。 (94) 可能な範囲で必要最小限度の具体的特定を図る意味で、正しく侵害行為の 露出部分(末端=侵出行為)を具体的に特定すべきであるとする説。同説は、 「侵出行為(現象)をその形式、態様等の面から特定するとは、騒音・振動・大 気汚染・水質汚濁などのうち、いずれに該当するか、また、騒音・侵害の程度 や、排気ガス・廃液中に含まれる有害物質の種類や排出限度を客観的に明示」 すべきであるとする(松浦馨「差止請求権の強制執行」三ヶ月章・中野貞一郎・ 竹下守夫編『新版民亊訴訟法演習2』(有斐閣、1983)282頁)。 (95) この説は、「被害者の期待不可能性は手続的事情ではなく、実体法的考慮と の関連において理解すべきではなかろうか」と指摘し、「差止請求の実体法上の 基礎をどのように解するにせよ、侵害をもたらす操業の停止を求める差止請求 - 99 - 行政社会論集 第24巻 第2号 の中で当事者間の自主的な交渉を重視する説としては、訴訟手続一里塚説(96)、 実体的経過規定性格説(97)が論じられ、さらに、③執行手続における困難を克 権は、例外的場合にのみ認められるのであり、通常は受忍限度を超える生活妨 害の差止めが実体法上認められるにすぎない」。それゆえ、判決手続の段階では 加害者にとるべき措置の選択権が与えられるべきであり、 「不作為請求権として は、原則として、被害者には実体法上、一定の発生源から流入する一定種類の生 活妨害を一定程度以上及ぼしてはならないという内容の不作為請求権が帰属す るにすぎない」とされ、 発生源を特定して一定種類の生活妨害を一定程度及ぼす ことの禁止を内容とする不作為請求は問題がないと主張する(松本・前掲29頁) 。 (96) 同説は、「訴訟は紛争解決の最終項(終着点)ではなく中間項(一里塚)」 であり「訴訟では不作為義務の存否だけを決めれば充分であり、騒音を一定ホ- ン以下におさえるために、被告がどのような具体的措置を行うべきか(防音壁 をつくるか、機械に消音装置をとりつけるか、製材業そのものをやめるか)は、 訴訟から出た後の当事者間の折衝(第二段の紛争処理)にゆだねれば足りると する(井上治典「請求の特定」井上治典・伊藤眞・佐上善和著『これからの民事 訴訟法』 (日本評論社、1984)52頁)。 (97) この説は、請求がその後の交渉の手がかりであり、また請求する側にとっ てみれば交渉の出発点であることに鑑みるならば、請求権そのものも判決も、 常に経過規定的にあるいは手段的に位置づけられなければならない」とし、差 止請求権自体を実体的経過規定の性格をもつものと認識し特定基準の緩和を目 指す(佐上善和「公害環境問題と差止訴訟の展開」ジュリ866号44頁)。ここに、 実体的経過規定(das materielle Zwischenrecht)とは、ライポルトの命名 に よ る も の で あ る ( D. Leipold , Grundlagen des einstweiligen Rechtsschutzes,1971,S.54ff)。その内容は、「保全訴訟において審理の対象 となる実体法上の請求権は、本案訴訟における請求権と必ずしも一致する必要 がないというものである。すなわち本案訴訟において、終局的な権利の存否が 明らかになるまでの間(経過期間)、妥当する規範」である。この考え方は、実 体法上の請求権の体系は、まず保全訴訟においてのみ審理される請求権があり、 次に本案訴訟においてのみ審理される請求権が存在するという段階的な構造を とっているのではなく、保全訴訟と本案訴訟の双方において審理の対象になる 請求権と並んで、保全訴訟においてのみ審理されるべき請求権も存するという - 100 - 仮処分の方法及び立担保と処分権主義の関係について-生活妨害・知財侵害差止仮処分を素材として-(2・完)(金 炳学) 服するため判決手続において一定の具体的防止措置を例示列挙する 二段階裁判手続説(98)が、主張されている。 私は、ドイツ法及びこれらの日本における学説の到達点をふまえ、生活妨害 および知的財産権侵害の抽象的・包括的差止めを認める必要性と許容性から、 また、本案手続との調和という観点から、生活妨害および知的財産権侵害の差 止めを求めるにあたり仮処分の申立てにおいて特定すべきは、債権者に侵害を 与えることを防止すべき行為として、①発生原因となる行為および②行為の態 様・結果を特定すれば足り、具体的防止措置の提示は、常に要求されるもので はないと考える(99)。 なぜなら、この種の事件類型の特徴から、債権者にはその発生メカニズムお よび防止措置を充分に関知しうる機会が少ないうえに、受忍しえない侵害から 充分に保護されるように言葉であらわすのは困難であり、また、発生原因とな る行為および行為の結果・態様が特定されていれば、債務者は何が争われてい るのかを充分に知ることができ不意打ちとはならず、裁判所も訴訟物が何であ 形態をとっている(長谷部由起子「仮の救済における審理の構造-保全訴訟に おける被保全権利の審理を中心として-」法協102巻第9号1729頁)。 (98) 第一段階として、迅速に『権利侵害についての判決』を一部判決として言 い渡し、第二段階として、その確認判決で示された具体的救済内容を形成する ための指針に基づき、裁判所は、両当事者の主体的な関与の下で、立法事実類 似の『社会的な事実』をも収集・評価し、特に被告の協力も得て、具体的救済 内容を形成し、『救済方法についての判決』(給付判決)を残部判決として言い 渡すという方法が最適である」と主張し、この給付判決の主文としては、まず、 「基本的な抽象的差止命令を記載したうえで、次に例示列挙的に具体的救済方法 を記載する形式が妥当である」とする説(川嶋四郎「差止請求訴訟の今日的課題」 青山善充・伊藤眞編『民事訴訟法の争点(第3版)』29頁、同「差止請求訴訟に おける強制執行の意義と役割」ジュリ971号260頁、同「差止請求-抽象的差止 請求の適法性の検討を中心として」ジュリ981号68頁参照)。 (99) 詳細については、金・前掲早研101号(64)頁参照。 - 101 - 行政社会論集 第24巻 第2号 るのかを正確に認識できるからである。 たしかに、生活妨害及び知的財産権侵害の抽象的・包括的差止めを求める仮 処分における申立ての特定について、このように解する場合、民保13条1項 (および規則13条1項2号)との関係で問題となる。民保13条1項は、「保全命 令の申立ては、その趣旨並びに保全すべき権利又は権利関係および保全の必要 性を明らかにしてこれをしなければならない」と定め、これを受けて民保規則 13条1項2号は保全命令の記載事項として「申立ての趣旨及び理由」を挙げて いる。この規定は、従来、実務において裁判所において適切かつ迅速な審理を 行なうために債権者が求める具体的な処分内容が提示される必要があるという 理由から、申立ての趣旨を明らかにさせてきたという点について民事保全法制 定の際に定めたものである。したがって、生活妨害および知的財産権侵害の差 止めを求める仮処分を申し立てる際には、従来の実務慣行を受けたこの規定に もとづいて、具体的な処分内容(侵害の具体的防止措置)を示さなければなら ないとする解釈もなりたちうる。 しかし、立法担当者自身、この規定は申立ての趣旨に拘束力を認めるもので はないとしており(100)、また、この規定に関しては、常に申立ての趣旨を明ら かにして申し立てることを要求するのではなく、事案の性質および相手方との 関係で可能な場合に申立ての趣旨を明らかにすることを要請する規定と解すべ きで、法は、債権者に無理や困難を強いるべきではないとする指摘もある(101)。 (100) 山崎・前掲新民事保全法の解説138頁、同『民事保全法の解説』(法曹会、 1994)225頁。 (101) 山本(剛)・前掲民事保全の実務108頁。これに対し、新法により、申立て の趣旨の拘束力を認める見解が有力になると指摘する説に、青山善充「仮処分 制度全体の変容の有無」ジュリ969号206頁。また、申立ての趣旨の記載が法律 上要求されることが明確になった民事保全法の下では、修正申立制限説が主張 する、常に仮処分の具体的な方法を提示しなくとも債権者にとって具体的内容 を特定することが困難である場合にも、例外的場合にのみ、具体的内容を特定 - 102 - 仮処分の方法及び立担保と処分権主義の関係について-生活妨害・知財侵害差止仮処分を素材として-(2・完)(金 炳学) 生活妨害の抽象的・包括的差止めを適法であるとしている本案手続の判例・ 学説が、請求の趣旨において具体的な防止措置の特定を要求していないのに対 し、ひるがえって仮処分手続においてこれを認めず、民保13条に基づいて具体 的な防止措置の特定までをも要求することは、本案手続において判例・学説が 認めてきた抽象的・包括的請求の適法性が仮処分手続において損なわれるおそ れがあり、保全手続の附随性・従属性からも問題となろう。 したがって、生活妨害および知的財産権侵害の差止めを求める仮処分の申立 てにおいても、本案手続との調和を図るべく、やはり具体的な防止措置の特定 まで求めるべきではなく、前述した申立ての特定基準を趣旨において明らかに していれば、民保13条1項(および規則13条1項2号)の要件は満たされてい ると考える(102)。 生活妨害・知的財産権侵害の差止仮処分手続及び立担保における裁判所の 裁量の限界 次に、生活妨害および知的財産権侵害の差止仮処分手続における仮処分の方 法について考えたい。 その前提として、まず、前述した生活妨害及び知的財産権侵害の差止めを求 める仮処分の申立ての特定の緩和を前提として、仮処分の方法に関して論じて いる諸説について検討したい。 諸説は、それぞれその主張する内容は異なるが、少なくとも、被保全権利と 保全の必要性についての債権者の主張に拘束力を認めることに争いはないと思 われる(103)。すなわち、申立制限説においては、被保全権利および保全の必要 しないで申し立てることができるとするのに、萩屋・前掲福永古稀598頁がある。 (102) なお、民保13条の規定については、竹下・藤田編・前掲注解民事保全法 (上)〔高野伸〕127頁、山崎潮監修『注釈民事保全法(上)』(きんざい、1999) 200頁以下参照。 (103) 太田・前掲実務法律大系74頁及び83頁注 - 103 - 、栂・前掲仮処分の内容・方法 行政社会論集 第24巻 第2号 性が具体的処分と一体となって債権者の当事者の申立てにあたり、その拘束力 を認めているし、裁判所の裁量権をもっとも広くとらえる提案説においても、 保全される権利又は権利関係が債権者の申立てより量的に多く質的に異なって はならないとしている限度で、債権者の申立てに拘束力を認めている。さらに、 修正提案説は、被保全権利と保全の必要性によって決まる債権者の仮処分によっ て達しようとする目的の範囲では、民訴246条の適用があるとしているし、修 正申立制限説は、債権者が被保全権利と保全の必要性から客観的に判断される よりも弱い仮処分を求めそれ以上の仮処分を求めていない場合には、裁判所も これに拘束されるとしており、申立ての拘束を認めている。救済創造保障説に おいても、民訴246条に基づいて裁判所が何々を超える仮処分の方法を決定し てはならないとする申立主義の「消極的な救済制限機能」について批判されて いるものの、債権者の申立ての拘束力を排除するわけではなく、裁判所の当事 者に対する不意打ちの防止・手続保障を確保するためのプロセス創造義務に基 づいて手続運営を行う結果として、実質的には、債権者の申立てを充分に斟酌 し且つ補充することになろう。 結局、諸説の相違点となるのは、被保全権利と保全の必要性に関する主張の 範囲内であることを前提にしたうえで、債権者は常に仮処分の具体的内容を常 に提示しなければならないか、又その提示があった場合には、裁判所を拘束す るか否かに限られる事になる(104)。 特に、この相違点は、生活妨害および知的財産権侵害の差止めを求める仮処 分の事案においては、もっとも重要な点となる。前述したように、私は、生活 妨害及び知的財産権侵害の差止めを求める仮処分の申立てについて、対象が多 様であるという仮処分の手続的特質および生活妨害・知的財産権侵害の差止め 決定の基準147頁及び148頁。 (104) 太田・前掲実務法律大系74頁、栂・前掲仮処分の内容・方法決定の基準148 頁、萩屋・前掲福永古稀598頁。 - 104 - 仮処分の方法及び立担保と処分権主義の関係について-生活妨害・知財侵害差止仮処分を素材として-(2・完)(金 炳学) を求める本案手続において認められた抽象的・包括的差止めを認める必要性と 許容性から、具体的な防止措置の特定は不要であり、申立ての基準が緩和され るべきであると指摘した。 それでは、このように、生活妨害および知的財産権侵害の差止めを求める仮 処分の事案に焦点を当て、仮処分の申立て基準を緩和した場合に、諸説はそれ ぞれどのように対応するのであろうか。 この点、申立制限説によれば、債権者は、その申立てにあたり、常に、侵害 の具体的防止措置を仮処分の具体的内容として詳細に特定しなければならなく なるし、立担保もこの仮処分の具体的内容に応じたものとなるのに対し、提案 説、修正提案説によれば、そもそも仮処分の具体的内容の特定は必要とされて いないので、たとえ債権者が侵害の防止措置について提示をしようとも、それ は単なる提案であり、裁判所は拘束されず、立担保も裁判所の裁量に服し、当 事者が望んでいる仮処分命令を超えた処分に応じた、高額な担保額となること も免れない。 修正申立制限説にたてば、債権者が仮処分の具体的内容を特定してくれば、 裁判所はそれに拘束されるが、仮処分の事案によってはあらかじめ仮処分の具 体的な内容を特定することが困難な場合もあるので、常に特定する必要はない としており、生活妨害および知的財産権侵害の差止めを求める際に常に具体的 な侵害防止措置について特定しなくともよいとし、ドイツ法における Immission 防止および知的財産権侵害をめぐる判例・学説と多くの点で共通する。 救済創造保障説も、仮処分の具体的な内容を全く記載せず手続過程に経て徐々 に具体化できる手続や抽象的・包括的請求を記載した申立ても許されるとして いる。 結論として、申立制限説は、生活妨害および知的財産権侵害の差止めを求め る仮処分においても具体的内容の特定を常に要求することになる点で本事案の 特性に対応することができず、また、債権者が具体的な防止措置について特定 した場合、実体法上の防止措置に対する債務者の選択権を制限する結果ともな - 105 - 行政社会論集 第24巻 第2号 り、採用することができない。 他方、提案説および修正提案説は、仮処分の具体的な内容を特定しなくとも よいとする点で、生活妨害および知的財産権侵害の差止めを求める仮処分の事 案に適していると考えられるが、先にみたように、仮処分の具体的内容を当事 者が選択・決定することができないという点で問題が多く、過剰差止めとなる おそれがあり、また裁判所の裁量によって、防止措置・方法に対する債務者の 実体法上の選択権が制限される結果となる同時に、当事者意思によって担保額 を規律することができなくなる。 救済創造保障説は、抽象的差止請求が記載された申立てを認めるが、その際 に、債権者は具体的な仮処分の内容を提示しなかった場合には説明責任を負い、 これを果たせなかった場合には裁判長は補正を命じ、補正がなされなければ申 立ては却下されると主張するが(105)、生活妨害の抽象的差止請求をめぐる本案 手続においては、そもそも抽象的差止請求がみとめられており、原告はそのよ うな説明責任を負っておらず、なぜ保全手続においてのみ原告がそのような説 明責任を負うのかという説明が充分ではない。生活妨害および知的財産権侵害 の差止めを求める仮処分の申立てにおいても、本案手続における請求の特定と 同じく、発生原因となる行為および行為の結果・態様の特定をもって必要かつ 充分であると解すべきではなかろうか。 最後に、修正申立制限説であるが、この説は、事案によっては債権者が仮処 分の具体的内容を特定することが困難であるので、その場合には、被保全権利 と保全の必要性の範囲内において仮処分の目的を達するに必要な具体的処分を 裁判所に委ねたものと善解するのであるが、まさに、生活妨害および知的財産 権侵害の差止めを求める仮処分の事案は、修正申立制限説が主張する債権者が 仮処分の具体的内容を特定することが困難な事案のひとつであるといえよう。 この修正申立制限説に対しては、債権者の曖昧な主観的意思を基準とするこ (105) 川嶋・前掲竹下古稀397頁及び400頁注 - 106 - 。 仮処分の方法及び立担保と処分権主義の関係について-生活妨害・知財侵害差止仮処分を素材として-(2・完)(金 炳学) とはできないという批判があるが、そもそも、民訴246条は、当事者の意思を 尊重する私的自治の訴訟法的発現であるし、また、申立制限説も仮処分の具体 的方法を決するにあたって、債権者の意思を充分に尊重することがあることを 主張しているのであり(106)、任意的口頭弁論、審尋等の手続を選択・活用し、 仮処分手続自体を充実させ手続保障を充分に図ることによって当事者を審理の 客体たる地位におとしいれることなく、当事者の明確な意思に基づいた仮処分 手続が行なわれるであろう。申立制限説に立つ見解からも、修正申立制限説に 対しては、通常、被保全権利と保全の必要性とにより仮処分の内容を定めるこ とができるとしていることからみれば、理論的に、提案説に近いが、裁判実務 からみれば、圧倒的多数は具体的な仮処分の内容を提示してくるから、この点 を重視すれば申立制限説に同じであり、特に、抽象的に保全処分を求めるとの み記載された仮処分の申請も不適法とみないで、何らかの仮処分を発令するこ とができるという点で、実務的に当事者の仮処分の意思を推測し、それを救済 しようとする点で、注目に値するとする指摘がなされている(107)。 また、同説によれば、担保額についても、原則として、当事者の意思に基づ いてその算定基準の考慮要素が定められ、具体的仮処分について仮処分の申請 を特定することが困難な場合にのみ、立担保額について裁判所の判断に委ねる とする点で、処分権主義に基づいて、当事者が求めた仮処分の種類、範囲に応 (106) 藤田・前掲注解民事保全法265頁。 (107) 奈良判事は、修正申立制限説についてこのように評価されつつも、もっと も、申立制限説も、もともと、具体的仮処分の内容を明示して申請すべきであ るけれども、たとえ、抽象的に保全処分を求めるとのみ記載されていても、仮 処分当事者の具体的な処分についての意思が推測することができるようなとき はこれを救済するとの見地を否定するものではなく、仮処分をすることができ ないとまで述べるのではないから、修正申立制限説の批判も―理論としては観 念的にあるかも知れないが―実務的には、問題とならないように思われる、と 指摘される(奈良・前掲注解民事執行法 194頁)。 - 107 - 行政社会論集 第24巻 第2号 じた担保額算定がなされることとなる。 第四章 結びに代えて 結論として、私は、生活妨害および知的財産権侵害の差止めを求める仮処分 の方法については、その事案の特性(抽象的・包括的差止仮処分の必要性およ び許容性)および立担保に関する当事者のイニシアチブに基づく担保額の規律 という観点から、修正申立制限説が適切であると考える(108)。 (108) 修正申立制限説は、新たな権利生成過程において民事保全手続が果たして いる役割からも積極的に評価することができる。すなわち、すでに、竹下教授 及び谷口教授から、新たな「権利・法的利益」の生成とその保護に関し、 「救済」 という考え方から、実体法と訴訟法という領域に分化されている日本において、 「権利・法的利益」の生成が具体的にはいかなる段階において生じているのか、 また、そのプロセスはいかなるものかという問題についての検討が加えられ、 この検討に基づき権利と救済との関係を仮処分の被保全権利と仮処分命令(仮 処分の方法)との関係に投影し、新たな「権利・法的利益」を保護する「救済 手段(手段的権利・請求権)」が仮処分命令(民保24条)であり、この仮処分命 令が「救済手段(手段的権利・請求権)」の内容をなし、債権者が求めている仮 処分命令申立ての趣旨の中で表示されているとする注目すべき見解が主張され ている(竹下・前掲救済の方法183頁以下、谷口・前掲権利概念の生成と訴えの 利益163頁、萩屋・前掲龍谷第32巻第3号(442)頁)。この見解によれば、民保 24条に、「権利・法的利益」を保護する「救済手段(手段的権利・請求権)」が 生成するプロセスにおいて果たす新たな役割をみいだすことができ、仮処分の 方法をめぐる議論には、「救済手段(手段的権利・請求権)」の生成プロセスに おける当事者と裁判所の関係・役割についても考慮して論じる必要があると考 える。このような点を考慮し、諸説について簡単な検討を加えると以下のよう になろう。申立制限説に立つならば、「救済手段(手段的権利・請求権)」の生 成プロセスにおけるイニシアチブはもっぱら当事者(債権者)のみが有し、裁 - 108 - 仮処分の方法及び立担保と処分権主義の関係について-生活妨害・知財侵害差止仮処分を素材として-(2・完)(金 炳学) ただし、修正申立制限説にたつ場合においても、生活妨害および知的財産権 侵害の差止めをめぐる実体法上の構造から、債権者には一定種類の侵害を一定 の程度を超えて債権者に及ぼすことを禁止する請求権が帰属するに過ぎず(す なわち、過剰差止めは認められない)、侵害の具体的防止措置に関する選択権 は、費用と実効性の面で最も利害関係を有する債務者に帰属するのであり(109)、 裁判所もこれについて具体的な防止措置を命じることは債務者の選択権を制限 判所はこのプロセスにおいて受動的な役割を果たすに過ぎず、反対に、提案説、 修正提案説に立つと、イニシアチブは裁判所が独占する結果になり、当事者は このプロセスにおいて単なる審理の客体となりさがってしまう。救済創造保障 説は、柔軟な審理によって当事者の関与を相当程度保障すると考えられるが、 民保24条を仮処分事件の特質に即して個別事件の具体的救済を形成すべき裁判 所の責務と捉えている点で、「救済手段(手段的権利・請求権)」の生成プロセ スにおいて裁判所のみにこのような責務を課すとする点についてはさらなる検 討が必要となろう。これに対し、修正申立制限説に立つならば、新たな「権利・ 法的利益」を保護する救済手段(手段的権利・請求権)が生成するプロセスに おいて生じるであろう外延の不明確さ、その紛争解決のための具体的方法が予 測不能であるなどの困難が生じた場合、当事者(債権者)の意思に基づきその 方法について裁判所の裁量に委ねるという、当事者・ 裁判所間の協働作業が可能 である。「救済手段(手段的権利・請求権)」の生成プロセスと民保24条の関係 については、今後、総合的な検討が必要であるが、私は、このプロセスにおい ては、当事者と裁判所が協働して「救済手段(手段的権利・請求権)」の生成に 関与することが望ましいと考える。新たに生成する「救済手段(手段的権利・ 請求権)」も、民事上、新たに認められるものであり、その生成についても、民 事訴訟の主体(当事者・裁判所)がともに関与する必要があろう。したがって、 民保24条が「救済手段(手段的権利・請求権)」の生成において果たすべき役割 を考慮した場合も、やはり、当事者と裁判所の協働が保障される修正申立制限 説が適しているのではなかろうか。仮処分の方法について以上のような視点か ら考察するにあたっては慎重な議論・検討が必要であり、本格的な検討は他日 を期したい。 (109) 松本・前掲29頁、金・前掲早研100号(83)頁、同・前掲判研435頁。 - 109 - 行政社会論集 第24巻 第2号 する結果になるという点について、さらに考慮しなければならない。 そこで、現段階においては、生活妨害および知的財産権侵害の差止めを求め る仮処分手続において、裁判所が任意的口頭弁論、審尋等を充実させ、債権者 のみならず債務者の意見も充分に斟酌した上で、債務者の選択権の制限となら ない場合(110)には、具体的な仮処分の内容について定めることができると解す べきであり、これを欠いて債務者の選択権を制限するおそれがある場合に、裁 判所の裁量のみをもって具体的な仮処分の内容を定めることは、抽象的・包括 的差止仮処分の必要性・許容性から認められないと考える(111)。 本稿は、仮処分の方法おより立担保と処分権主義の関係について、生活妨害 および知的財産権侵害の差止めを求める仮処分手続をその対象として考察を加 えた。 その際、仮処分の方法に関して論じられてきた日本における従来の諸説につ (110) 債務者が、防止措置に関して、裁判所により釈明を受けたにもかかわらず、 なんら具体的方法を提示することなく、債務者の選択権を行使する意思の不存 在若しくはその蓋然性が高いことが、審尋等において認められる場合または当 該侵害行為に対する防止措置が唯一の方法に限られる場合には、債務者の選択 権は、債権者に移転する(民408条類推)と考えられる。 (111) 債務者の選択権の保護という実体法上の問題を考慮した場合に、申立制限 説によれば、債務者の選択権の尊重という視点に欠け、債権者に侵害の具体的 防止措置について特定させることにより債務者の選択権を制限してしまうとい う権限を債権者に認めてしまうし、反対に、提案説、修正提案説によれば、裁 判所の裁量権の行使が債務者の選択権を制限する結果となる。この点、修正申 立制限説は、具体的防止措置の特定を常に求めていないため、他説よりも債務 者の選択権の保障に適うこととなる。したがって、生活妨害の差止めを求める 仮処分固有の債務者の選択権の保護という観点からも、申立制限説、提案説、 修正提案説はともに採用することができない。 債務者の選択権に関しては、 Herbert Roth (金炳学訳)「Immission 判決に際しての作為及び不作執行間 の債権者の選択権」比較法学第36巻2号197~212頁を参照されたい。 - 110 - 仮処分の方法及び立担保と処分権主義の関係について-生活妨害・知財侵害差止仮処分を素材として-(2・完)(金 炳学) いて検討を加えるとともに、比較法の対象としてドイツの Immission 防止お よび不正競争防止を求める仮処分手続から得た示唆をもとに考察を重ねた。 現時点での本稿の考察を要約するならば、以下のようになる。 生活妨害および知的財産権侵害の差止めを求める民事保全手続における仮処 分の方法及び立担保と処分権主義の関係については、生活妨害および知的財産 権侵害の差止めという事件類型の特性(必要性・許容性)を充分考慮し、申立 ての特定と仮処分の方法という二つの軸をもって考察する必要があり、その際、 本案手続において主張されてきた判例・学説との調和を図る必要があると指摘 した。 このような前提に立つ場合、生活妨害および知的財産権侵害の差止めを求め る民事保全手続における申立ての特定は、債権者に侵害を与えることを防止す べき行為として、①発生原因となる行為および②行為の態様・結果について特 定すれば足り、具体的防止措置の提示は不要であると考える。 生活妨害および知的財産権侵害の差止めを求める民事保全手続における仮処 分の方法および立担保と処分権主義の関係についてであるが、私は、生活妨害 および知的財産権侵害の差止めを求める仮処分事例において債権者が仮処分に よって求める具体的内容を特定することは困難であり、かつ生活妨害の特性 (必要性・許容性)からも具体的内容の特定は必ずしも要求されず、前にみた 特定基準で充分であるという点から、修正申立制限説が適切であると考える。 ただし、修正申立制限説をとる場合にも、債務者の具体的防止措置に関する選 択権の保護という実体法上の問題から、裁判所が任意的口頭弁論、審尋等を充 実させ、債権者のみならず債務者の意見も充分に審尋した上で、債務者の選択 権の制限とならない場合には、具体的な仮処分の内容について定めることがで きるにすぎないと解すべきである。 また、同説は、立担保に関する当事者のイニシアチブに基づく担保額の規律 という観点からも、当事者意思の尊重を仮処分手続に反映させるという点で、 他説よりすぐれていると考える。 - 111 - 行政社会論集 第24巻 第2号 結局、本稿は、生活妨害および知的財産権侵害の差止めを求める仮処分手続 という問題について、基本的視座を整理し、この領域における今後の研究課題 を提示したに過ぎない。本稿における私の考察は、いずれも生活妨害および知 的財産権侵害の差止めを求める民事保全手続に限られるものであり、その他の 適用領域・ 事件類型全般に妥当する仮処分の方法を論じたわけではないという ことを最後にもう一度確認したい。本稿において、考察を加えることができな かった諸問題については、今後、課せられた課題として、さらに研究を重ねた い。 (完) (附 記) 本稿は、福島大学平成22年度特定課題研究助成による研究成果の一部である。 - 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