‧ 國 立 政 治 大 學 ‧

國立政治大學日本語文學系
碩士論文
指導教授:蘇文郎
政 治 大
立
「範囲」を表す複合助詞「において」
「にあって」
‧ 國
學
「にかけて」「にわたって」の研究
‧
n
er
io
sit
y
Nat
al
Ch
engchi
研究生:李卓恩
i
n
U
撰
中華民國 104 年 1 月
v
要旨
本論の目的は、現代日本語における「範囲」を表す複合助詞「において」、
「にあって」、
「にかけて」、
「にわたって」を研究対象とし、この四語の動詞の
から複合助詞への転化の過程における語彙的意味の変化、および複合助詞とし
ての多義性と類義性を明らかにすることを目的とする。
本稿は6章で構成される。まず、第一章は序論で、複合助詞についてその定
義を述べる。第二章では、本論の先行研究と研究課題、および考察に導入する
理論を整理している。第三章では、認知意味論の視点によって、この四語の文
法化、および多義語の意味拡張の仕組みを解明する。第四章では、この四語の
政 治 大
統語的特徴から、各語の複合辞としての性格、いわゆる複合辞性の程度を解明
する。第五章では、叙述類型論の視点によって、各語の評価表現としての前件
立
名詞の特徴、および後件述語の性質と叙述のタイプを解明する。最後に、第六
‧ 國
學
章は結論である。
従来の研究では、複合助詞「において」、
「にあって」、
「にかけて」、
「にわた
‧
って」に対して、文法化による動詞から複合助詞への意味変化に対する記述は
明らかにしていない。また、多義語同士の互いの関連づけ、複合辞性の程度、
y
Nat
sit
後件述語の性質も解明していない。本論では、認知意味論や叙述類型論の視点
er
io
によって、これらの問題を、評価表現としての特徴とともに明らかにした。文
al
v
i
n
C h 「において」は、元の動詞と意味上の類似
と意味上の類似性があるのに対し、
engchi U
性がない。したがって、複合辞性の程度として、
「にあって」<「にわたって」
n
法化のタイプとして、「にあって」、「にかけて」、「にわたって」は、元の動詞
<「にかけて」<「において」の順である。また、この四語の後件述語と叙述
のタイプから見れば、「において」は最も差異性、バラエティが豊んでいるこ
とがわかる。
キーワード:複合助詞、文法化、多義語、意味拡張、複合辞性、評価、類義性、
叙述のタイプ
I
摘要
本論文將現代日文中表示「範圍」的複合助詞「において」、
「にあって」、
「に
かけて」、
「にわたって」作為研究對象,以探究這四個複合助詞由動詞轉變為複
合助詞的過程中所發生的語彙上的意思的變化,以及作為複合助詞,其多義性及
類義性為研究目的。
本論文共六個章節。第一章為序論,說明複合助詞的定義。第二章將本論文
的先行研究與研究課題,以及在考察時所導入的理論做整理。第三章透過認知意
味論的視點,將這四個複合助詞的文法化,以及多義語的意思擴張的結構進行考
察。第四章從語法上的特徵,將這四個複合助詞作為複合詞的特性,也就是複合
政 治 大
詞性的程度進行考察。第五章透過敘述類型論的視點,針對這些複合助詞作為評
價表達時其前項名詞的特徵,以及後項述語的性質及敘述的類型進行考察。第六
立
章為結論。
‧ 國
學
以往的研究對於複合助詞「において」、
「にあって」、
「にかけて」、
「にわた
って」藉由文法化從動詞轉變為複合助詞所產生的意思上的變化並未作詳細記述。
‧
此外,也未對多義語之間的關連性、複合詞性的程度、後項述語的性質進行考察。
本論文透過認知意味論及敘述類型論的視點,將以上的問題,與作為評價表達的
y
Nat
sit
特徵一併進行考察。從考察的結果可得知,從文法化的類型來看,「にあって」、
er
io
「にかけて」、「にわたって」與原動詞在意思上有其類似性,相較之下,「にお
al
いて」與原動詞之間。因此,其複合詞性的程度上,由高而低的排序為「にあっ
n
v
i
n
Ch
て」<「にわたって」<「にかけて」<「において」
。此外,從這些複合助詞
engchi U
的後項術語與敘述的類型來看,「において」的差異性、多樣性的程度最高。
關鍵字 : 複合助詞、文法化、多義語、意思擴張、複合詞性、評價、類義性、
敘述的類型
II
致謝
首先感謝任教於政治大學日文系的諸位教授。指導教授蘇文郎老師,在本論文
的撰寫過程中,對於語言學領域的背景知識上的諸多教導及建議。吉田妙子老師
以及王淑琴老師,在研究課題以及研究方法上提供的意見跟指導也給了我很大的
幫助。也感謝東吳大學外國語文學院院長賴錦雀老師,幫助我在語言學領域的知
識奠定基礎。
感謝政治大學以及東吳大學日文研究所的各位同學跟助教,在課業以及學校的
事務上的支持與幫助。特別感謝東吳大學的武田牧人同學,在日文的使用上提供
的指正。
政 治 大
最後,感謝家人在生活上的各方面支持,使這份論文得以完成。
立
‧
‧ 國
學
n
er
io
sit
y
Nat
al
Ch
engchi
III
i
n
U
v
目次
序論........................................................ 1
第一章
1.1
研究動機及び目的.......................................... 1
1.2
複合助詞とは何か.......................................... 3
第二章
先行研究と問題点 ........................................... 5
2.1
鈴木(2007) ................................................. 5
2.2
蔦原(1983).............................................. 6
2.3
Matsumoto(1998)......................................... 6
2.4
砂川(2000).............................................. 9
政 治 大
2.6 研究方法と理論的背景..................................... 10
立
2.6.1 認知意味論....................................... 11
まとめと問題点........................................... 10
學
‧ 國
2.5
2.6.1.1
文法化と意味拡張......................... 11
2.6.1.2
多義性、プロトタイプとスキーマ........... 12
‧
2.6.2 叙述類型論....................................... 15
2.6.2.2
叙述のタイプ............................. 17
n
al
2.6.3.1
2.6.3.2
第三章
sit
er
意味分析の方法論............................... 22
io
2.6.3
y
評価が成り立つ範囲のタイプ............... 15
Nat
2.6.2.1
i
n
U
v
文脈的作業原則........................... 22
C対照的作業原則
h e n g c h...........................
23
i
「において」「にあって」「にかけて」「にわたって」の文法化と意味
拡張...................................................... 24
3.1
「において」の文法化と意味拡張........................... 24
3.1.1「置く」から「において」へ......................... 24
3.1.2 「において」の多義性と意味拡張................... 25
3.2
「にあって」の文法化と意味拡張........................... 31
3.2.1 「ある」から「にあって」へ........................ 31
3.2.2 「にあって」の多義性と意味拡張................... 32
3.3
「にかけて」の文法化と意味拡張........................... 36
IV
3.3.1
「かける」から「にかけて」へ..................... 36
3.3.2 「にかけて」の多義性と意味拡張................... 38
3.4
「にわたって」の文法化と意味拡張......................... 42
3.4.1 「わたる」から「にわたって」へ................... 42
3.4.2 「にわたって」の多義性と意味拡張................. 43
第四章
「において」「にあって」「にかけて」「にわたって」の統語的特徴と
複合辞性の程度............................................ 47
4.1 連用形になる場合......................................... 47
4.2 文末に来る場合........................................... 48
4.3
連体修飾節になる場合..................................... 49
治
政
大
分裂文を使う場合.........................................
51
立
まとめ................................................... 51
4.3.1 「における」について............................. 50
4.5
學
第五章
‧ 國
4.4
「において」「にあって」「にかけて」「にわたって」の類義性と意味
先行研究:森田‧松木(1989).............................. 53
sit
考察の手順....................................... 56
「において」と「にあって」の比較分析..................... 57
io
5.1
y
Nat
5.0.1
al
5.1.1.1
5.1.1.2
5.1.2
「において」の用法②..................... 63
「にあって」の分析............................... 66
5.1.2.1
「にあって」の用法①..................... 66
5.1.2.2
「にあって」の用法②..................... 69
5.1.3
5.2
v
i
n
C「において」の用法①
h e n g c h i U ..................... 57
「において」の分析............................... 57
n
5.1.1
er
5.0
‧
特徴...................................................... 53
まとめ........................................... 70
「にかけて」と「にわたって」の比較分析................... 74
5.2.1
「にかけて」の分析............................... 74
5.2.1.1
「にかけて」の用法①..................... 74
5.2.1.2
「にかけて」の用法②..................... 78
5.2.1.3
「にかけて」の用法③..................... 79
V
5.2.2
「にわたって」の分析............................. 80
5.2.3
まとめ........................................... 84
5.2.3.1
第六章
問題点の再検討........................... 86
結論....................................................... 92
6.1
まとめ................................................... 92
6.2
今後の課題............................................... 96
参考文献........................................................... 99
立
政 治 大
‧
‧ 國
學
n
er
io
sit
y
Nat
al
Ch
engchi
VI
i
n
U
v
第一章
1.1
序論
研究動機及び目的
現代日本語において、範囲を表す表現が多い。例えば、グループジャマシイ
『日本語文型辞典』(1992)によると、範囲を表すものには以下のようなもの
があるとされている。
いない
例:十人以内なら乗れます。
うち
政 治 大
例:この三曲のうちでどれが一番気に入りましたか。
うちにはいらない
立
例:通勤の行き帰りに駅まで歩くだけでは、運動するうちに入らない。
‧ 國
學
なか
例:部屋の中にはだれがいるの。
‧
きり
例:ふたりきりで話しあった。
y
Nat
sit
から…にかけて…
al
er
io
例:台風は今晩から明日にかけて上陸するもようです。
v
n
北陸から東北にかけての一帯が大雪の被害に見舞われた。
から…まで…
Ch
engchi
i
n
U
例:ここから目的地までは 10 キロほどあります。
10 日から 15 日まで休みます。
にいたるまで
例:旅行中に買ったものからハンドバックの中身に至るまで、厳しく調べら
れた。
にわたって
例:この研究グループは水質汚染の調査を 10 年にわたって続けてきた。
首相はヨーロッパからアメリカ大陸まで八カ国にわたって訪問し、経済
問題についての理解を求めた。
にわたり
例:話し合いは数回にわたり、最終的には和解した。
1
る/…ている
かぎり
例:この山小屋にいる限りは安全だろう。
また、以下の「期間」
「限界」
「場合‧状況」を示す用法にも、
「範囲」を表す
機能があると考えられる。
あいだ(間):期間
例:ステレオと本棚の間にテレビを置いた。
かぎり:限界
例:限りある資源を大切にしよう。
において:場合‧状況‧(領域)
政 治 大
例:卒業式は大講堂において行われた。
立
その時代において、女性が学問を志すのは珍しいことであった。
‧ 國
學
絵付けの技術において彼にかようものはいない。
にあって:場合‧状況
‧
例:異国の地にあって、仕事を探すこともままならない。
いつ戦争が起こるか知れない状況にあっては、明るい未来を思い描くこ
y
Nat
er
io
al
sit
となどできない。
v
n
これらの範囲を示すものは、品詞によっておおよそ以下のように分類するこ
とができる。
名詞で表すもの:
Ch
engchi
i
n
U
いない/うち/きり
なか/あいだ/かぎり
複合助詞で表すもの:
から…にかけて…1/にいたるまで、
にわたって(にわたり)
において/にあって
1
『日本語文型辞典』(1992)でば、「にかけて」は、「から」と共起して固定形式化したもの
であり、文型で表すものであるが、ここでは、「において」「にあって」「にわたって」ととも
に複合助詞にしておく。
2
文型で表すもの:
から…まで…
うちにはいらない
~かぎり
以上の整理は、現代日本語における範囲表現には、「複合助詞」というもの
がいくつ存在することを示している。
本研究は主に現代日本語における範囲表現として用いられる「において」
「に
あって」「にかけて」「にわたって」の四つの複合助詞を研究対象とする2。そ
して、それぞれの実質的な意味を持つ動詞としての用法から、文法的機能を持
政 治 大
つ複合辞的用法への転化などの諸現象を考察することによって、次のようなも
のを明らかにすることを目的とする。
立
①動詞の、複合助詞への転化の過程における語彙的意味の変化。
2.1.1
複合助詞とは何か
Nat
y
‧
‧ 國
③複合助詞の類義性。
學
②複合助詞の多義性。
sit
前節で整理した現代日本語における範囲表現では、「において」「にあって」
al
er
io
「にかけて」「にわたって」などのような「複合助詞」がいくつかある。三宅
(2005)3により、これらの複合助詞は、内容語(content word)としての動
n
v
i
n
Ch
詞が、機能語(functional word/grammatical
U
e n g c h iword)としての性格を持つもの
に変化する現象、いわゆる文法化(grammaticalization)の過程を経て生まれ
たものである。また、複合助詞の定義として、砂川(1987)は「複合助詞とは、
複数の語が結び合わさって、全体として1語の助詞に準ずる機能を果たすよう
になった連語のこと」と説明していて、また、語構成からみて、複合助詞は大
2
これらの複合助詞では、
「にいたるまで」のみ「格助詞(に)+動詞テ形」の形式ではないた
め、本研究では考察の対象外にしておく。
3
三宅(2005)にも以下のようなものを指摘している。
本来、動詞であったものから固定的な形をとることによって作られた、一般に「複合格助詞」
などと呼ばれる一群の形式がある(鈴木(1972)、塚本(1991)等)。例えば次のようなもので
ある。
(34)~において、~について、~によって、~にとって、~に対して、~に関して、
~に際して、~に限って、~をめぐって、~をもって、…
3
きく次の二つに分けることができる。
(a)動詞や名詞など、実質的な意味を持つ語が、実質的意味を失い、形態
的に固定化して助詞と同じような機能を果たすようになったもの。例え
ば、「として」「だけあって」「たびに」などである。
(b)複数の助詞が結合して1語の助詞相当になったもの。例えば、「からに
は」「だけに」などがある。
以上から見れば、範囲表現の「において」「にあって」「にかけて」「にわた
って」などは(a)に属し、動詞と格助詞が一つの単位として結合したもので
政 治 大
ある。
「において」
「にあって」
「にかけて」
「にわたって」が全て「格助詞(に)
+動詞テ形」の形式である。これらの語が、文中で格助詞と相当する機能を持
立
つため、「複合格助詞」ともいう。
‧
‧ 國
學
n
er
io
sit
y
Nat
al
Ch
engchi
4
i
n
U
v
第二章
2.1
先行研究と問題点
鈴木(2007)
鈴木(2007)の『複合助詞がこれでわかる』における「において」と「に
わたって」の意味と用法の記述により、
「において」と「にわたって」はとも
に複数の用法や意味を持ち、多義性が観察できる。
‧「において」
「X において Y」には、大きく以下の二つの用法に分けられる。
用法1:X という「場」で、Y という対象が起こる、あるいは Y という状態
政 治 大
が存在する。前件名詞 X により、以下の四つのタイプに分類できる。
①空間的場所
立
例:学生寮において発生した暴力事件の報告書が提出された。
‧ 國
學
②時間的場所
例:江戸時代において、庶民文化は大きく花開いた。
‧
③限定された範囲
例:就職戦線において、インターネットが大きな役割を果たすようになっ
y
Nat
er
io
④場面‧状況
sit
てきた。
al
v
i
n
Ch
用法2:Y がある事象に対して評価‧判断を示すもので、X
が「その評価‧判断
engchi U
があてはまる範囲」を表す。
n
例:取り調べにおいて、重大な事実が明らかになった。
例:この技術において、彼の右に出る者はいない。
‧「にわたって」
「X にわたって Y」には、Y という動作や状態が継続した期間や距離 X ガ大
きいという話し手の評価を表す。前件名詞 X により、以下の四つのタイプに分
類できる。
①期間を表す
例:首相は米大統領と 45 分にわたって電話で会談した。
②距離‧面積を表す
例:飛行機の翼には 2m にわたって亀裂が入っていた。
5
③領域‧項目を表す
例:事件について 100 ページにわたって詳述した。
④回数を表す
例:関係者から数回にわたって事情を聴取する。
2.2
蔦原(1983)
蔦原(1983)では、動詞の「かける」が元々、「A から B に橋をかける」と
いったように、ある点から他の点に作用を及ぼすという意味をしている。こ
ういう使い方から、以下の(1)と(2)のように「空間的、或いは時間的
にある点からある点まで及んで」の意味を表す「にかけて」といういい方が
生じたものである。
政 治 大
(1)財前の眼に鋭い光が増し、右手に円刃刀を握って患者の胸部へ近づけ
立
たかと思うと、胸から腹部にかけて切開した。
‧ 國
學
(2)宇井の衰弱は日を追って強まっていた。三月から四月にかけて癌細胞
は着実に宇井の体内で増殖し、侵蝕していくようであった。
‧
また、他の類似表現として、以下のものがある。
‧「~にかけて(は)」:「~に関しては」「~については」という意味で、「~
y
Nat
sit
にかけては、~どうどうだ」というように使われる。
er
io
(3)今泉見習士官は水泳にかけては自信があります。おまかせ下さい。
al
v
i
n
Ch
失わないために、どうどうする」というようなニュア
engchi U
ンスが加わる。
n
‧「~にかけて(も)」
:
「~ということに関しても」の意味を表す上に、
「~を
(4)第五連隊としてこれ以上の遅延は如何なることがあってもできないの
だ。それは第五連隊の名誉にかけても、彼の軍人としての名誉にかけ
てもできないことなのだ。
以上のように、
「にかけて」が元の動詞「かける」とは意味の関連性があり、
それ以上、複合助詞自身の多義性も観察できる。これは、文法化及び意味拡
張の視点によって深く探究する必要があると思われる。
2.3
Matsumoto(1998)
Matsumoto(1998)では、ヨーロッパ系と西アフリカ系の言語における文法
化の形式を提示し、この二形式がともに、日本語における動詞から複合助詞へ
6
の文法化にも観察できる。
ヨーロッパ系の言語における動詞から後置詞への文法化について、以下のよ
うに記述している。
In European language, relatively specific verbs(in many cases in their
participial from)have grammaticalized into adpositions having rather
specific functions, and the semantic change involved is largely based
on similarity of meaning(Kortmann and König 1992)…Many of the semantic
change involved in Japanese complex adpositions do involved similarity
of meanings (metaphor), with highly specific verbs as sources, …In all
政 治 (Matsumoto
大 (1998)p. 34-36)
of these cases in Japanese, process described by verbs have turned into
metaphorically related relations.
立
‧ 國
學
ヨーロッパ系の言語では、動詞がより特定の機能を持つ後置詞に変化する場
合、意味変化が二語における意味の類似性による。日本語における多くの複合
‧
助詞がこのタイプのように、元の動詞とはその意味と用法に類似性があり、二
語にはメタファー的な関係(metaphorically related relations)がある。例
y
Nat
er
io
〈表 1〉
sit
として以下の表に示しておく。
-about
について
ACCOMPANIMENT
CORRELATION
ni turete
with
-take as a
-in accordance with につれて
CONTACT
n
similar example
-stick to(つく)
meaning
item v
a target
i
l C
n
ABOUTNESS
h e n g c h iniUtuite
source meaning
Companion(つれる)
MOTION,ATTRIBUTION
CAUSE,MEANS
ni yotte
-come near be
-due to/
によって
attributed to(よる) by means of
POSITIONING
EXTENT
ni kakete
-hang(かける)
-extending through
にかけて
7
touching/on
また、例えば「際する→に際して(be on the occasion of→ on the occasion
of)」、「関する→に関して(concern→ concerning about)」などのように、動
詞と複合助詞における意味変化が顕著でなく、意味の類似性がより高いものも
あり、これにより、同じく複合助詞であっても、その間に複合辞性の程度が異
なっていることが観察できる。
もう一つのタイプとして、Matsumoto(1998)が以下のように述べている。
…in this case the grammaticalized result is a marker of a semantic role
that was subcategorized for by the source verb itself. That is, a verb
subcategorizing for beneficiary has itself become a marker of that role
政 治 大
for the main predicate. …locative markers typically develop from verbs
meaning[be-at][stay]and [sit],which takes a locative argument4,…Another
立
such example is ni oite [ni,at]. This adposition has developed from the
‧ 國
學
verb oku [put], which takes a locative argument.
(Matsumoto(1998)p.37-38)
‧
以上のことを動詞から複合助詞への文法化に即して考えると、この場合、メ
y
Nat
sit
タファーによらず、動詞自身が下位範疇5化をし、文における意味的機能を持
er
io
「置く」と「において」がその一例
つマーカー6として複合助詞になるもので、
al
である。
「場所」のマーカーが一般的に場所の「項」7(argument)を持つもの
n
v
i
n
Ch
から変化したのように、「置く」が意味的機能を持つマーカーになるために、
engchi U
下位範疇化をして「において」に変化した、この場合、「において」が場所の
4
Matsumoto(1998)が Givón(1975)、Heine,Claudi,and Hünnemeyer(1991)から参照のこ
と。この類の文法化が、西アフリカ系および東南アジア系の言語にはよく見られる。
5
下位範疇(subcategorization):例えば「鶏」「スズメ」が「鳥」の下位範疇のように、複
合助詞が下位範疇として、上位範疇の動詞の中に含まれる。下位範疇化(subcategorize)と
は、上位範疇が自らを降格して下位範疇になる(動詞から複合助詞に変化する)ことである。
6
マーカー(marker):語や文に付いたりそれらを変更したりすることによって文法的機能を
示すもの。「標識」と言うこともある。
7
項(argument):統語論の用語。語彙項目の持つ意味特性である。
8
マーカーとして、場所の項を持つ「置く」から変化し、両方が「場所」の意味
特徴を共有しているが、この二語には意味上の類似性がない8。
2.4
砂川(2000)
Heine,Claudi,and Hünnemeyer(1991)の文法化理論では、空間から時間へ
の写像、いわゆる意味の抽象化が指摘される。これについて、砂川(2000)は、
動詞の意味変化として、空間概念に関わる実質的な意味が時間的な意味に写し
変えられていく、または実質的な意味が薄れ、動きの表す過程的な意味が残さ
れ、さらには、その過程的な意味さえ失い、二つの出来事の時間的な関係しか
表さないようになるものがあると指摘している。これにより、
「において」
「に
政 治 大
わたって」など時空間範囲を示す多義語には連続性があると考えられる。
以下では、砂川(2000)の記述から、本研究の研究対象とする「において」、
立
「にあって」、
「にかけて」、
「にわたって」に集約してその意味変化を示してお
時間へ
調査の過程において様々なこと
において
→生起時点
が明らかになった。
[存在]
[同時点]
存在場所
死の間際にあっても、子供たち
ある
にあって
→
io
の幸福を願い続けた。
a l→生起時点
v
i
n
Ch
設置場所
i U
e n g c h台風は今晩から明日の朝にかけ
n
→
y
設置場所
sit
おく
用例
er
[同時点]
Nat
[設置]
意味関係の変化
‧
空間から
‧ 國
〈表2〉
學
く。
[設置]
[期間]
かける→
にかけて
[移動]
[期間]
わたる→
にわたって →経過点
→到達点?9
て上陸するもようです。
通過点?
この研究グループは水質汚染の
調査を 10 年にわたって続けて
きた。
以上のように、文法化によって、「において」と「にあって」はともに「同
8
他の例として、
「所有(have、take)」を表す「持つ」から、
「手段(instrument)
」を表す「を
もって」への文法化もこのタイプに属す。
9
「?」は砂川(2000)がつけるもので、ここでは先行研究の整理を忠実にして示しておく。
9
時点」を表す機能をもつようになり、また、「にかけて」と「にわたって」は
ともに「期間」を表す機能をもつようになった。このように、これらの複合助
詞同士の間には、類義性10があるのではないかと思われる。
2.5
まとめと問題点
以上の先行研究から観察された問題点として、以下の①~⑤のようにまと
めておく。
①これらの複合助詞は動詞から変化したものであるが、その変化の過程にお
ける実質語的性質の喪失および機能語的性質の獲得については明らかにし
ていない。
政 治 大
②鈴木(2007)では、これらの複合助詞の多義性が観察できるが、どのよう
にこの多義的用法を獲得するか、あるいは多義的用法の意味拡張の仕組み
立
については説明していない。
‧ 國
學
③鈴木(2007)と蔦原(1983)では、それぞれ「において」と「にかけて」
の、時空間範囲を表す用法の以外に、「~に関しては」「~については」の
‧
意味のように、後件内容のその評価‧判断があてはまる範囲を表す用法があ
ることを提示しているが、その前件名詞について、その特徴はまだはっき
y
Nat
sit
りしていない。
er
io
④Matsumoto(1998)では、同じく複合助詞であっても、文法化の程度は異な
al
v
i
n
Ch
って」の文法化の程度はまだ明らかにされていない。
e n g c h i U 、それらの複合助詞の
構文的特徴を明らかにするために、元の動詞としての性格を考察する必要
n
っていると指摘しているが、「において」「にあって」「にかけて」「にわた
があると思われる。
⑤砂川(2000)は、
「において」と「にあって」、
「にかけて」と「にわたって」
は、元の動詞の段階では意味は異なっているが、文法化を経て類義性が生
じることが触れられている。ただし、類義語同士の異同点、特に後件述部
の特徴について、先行研究ではあまり触れられていない。
10
例えば森田‧松木(1989)では、「において」と「にあって」は同様に動作や作用の行われ
る時(機会)‧場所‧状況(場合)を示すものとし、文脈によって互いに置き換えることができ
る。「にかけて」と「にわたって」も同じく起点‧終点‧範囲を示すものとしている。
10
2.6
研究方法と理論的背景
本研究のデータは、
「中納言」KOTONOHA「現代日本語書き言葉均衡コーパス」
から収集する。研究対象の複合助詞と、元の動詞の意味と用法を比較し、各
語の文法化、及び複合助詞としての意味拡張の仕組みを考察し、そして、各
語の文法化の程度や、類義用法の異同点も考えてみたい。なお、前節では先
行研究を通していくつの問題点を示したが、本研究では、これらの問題に関
する以下のような認知意味論や叙述類型論の概念を導入し、さらには意味分
析の方法論によって分析する。
2.6.1
認知意味論
政 治 大
問題点の①、②と④について、「において」、「にあって」、「にかけて」、「に
わたって」の文法化の過程における意味変化、多義語としての意味拡張、及び
立
文法化の程度を解明するために、本研究では、以下の認知意味論についての理
‧ 國
學
論を導入して考察したい。
文法化と意味拡張
‧
2.6.1.1
文法化(grammaticalization)とは何かというと、概ね以下のように定義する
al
er
io
sit
y
Nat
ことができる。
v
n
本来語彙的な要素だったものが、通時的な過程の中で文法的な要素へと発展
していく現象である。
Ch
engchi
i
n
U
(cf. Heine et al.1991, Hopper&Traugott 1993, Bybee et al.1994, Heine
1997b, Haspelmath 1999,Traugott&Dasher 2002,秋元 2001,籾山‧深田 2003)
また、語彙的要素には、名詞、動詞、形容詞、などの内容語(content word)
が、文法的な要素には、文中で何らかの文法的な役割を果たす要素、例えば、
前置詞や助動詞、または本研究の研究対象とする複合助詞(後置詞)などの機
能語(function word)や接辞、などが含まれる11。
そして、文法化には、
「脱範疇化(decategorization)12」と「漂白化(bleaching)」
11
12
山梨‧深田‧仲本(2008)を参照。
Heine and Traugott(1993)が提示した文法化の不可逆性(irreversibility)の原理の一
11
という二つが側面を合わせて存在している。三宅(2005)が提示した内容語か
ら機能語に変化するというような品詞転換には、「脱範疇化」が観察される。
脱範疇化とは、内容語がその形態的、統語的特徴を失い、逆に機能語の働きを
獲得するようになることであり、日本語の複合助詞に即して言えば、内容語と
しての動詞が、格助詞のような機能を持つ複合助詞に転化すると考えられる。
また、漂白化とは、意味が抽象化、希薄化という意味の弱化、あるいは消失の
ことであるが、意味が完全に消失してしまうことはなく、ある程度保持されて
いる、ということである。
また、「抽象化(metaphorical extension)」というと、これは Heine,
Claudi,and Hünnemeyer(1991)によって提唱されたもので、抽象化において、
政 治 大
「人>もの>過程>空間>時間>質」という順に、意味は具体から抽象へと変
化し、具体的な意味がなくなる代わりに抽象的な意味が現れるものである13。
立
これは、砂川(2000)では中心となった空間から時間への写像で、例えば「に
‧ 國
學
わたって」に即して考えると、
「距離‧面積」という〈空間的範囲〉から「期間」
という〈時間的範囲〉へと、意味拡張(semantic extension)をし、結局、
「に
‧
わたって」の多義性が達成されていることである。また、このような空間から
時間への抽象化の以外に、例えば日野(2001)では、「物理的>心理的」のよ
y
Nat
al
n
多義性、プロトタイプとスキーマ
Ch
engchi
er
io
2.6.1.2
sit
うに抽象度の順位づけも提示している14。
i
n
U
v
つで、他には「一般化(generalization)」、
「重層化(layering)」、
「保持化(persistence)」、
「分岐化(divergence)」、
「特殊化(specialization)」、
「再新化(renewal)」などがある。(秋
元(2002)を参照)
13
日野(2001)を参照。
14
「物理的」から「心理的」への抽象化の例として、日野(2001)は、「する」の文法化を、
以下の例を挙げて指摘している。
(a)のぼり立ち
国見をすれば…(万葉-1-2)
(b)太郎が行くとすれば、僕は行かない
(c)もしそうだとすると…
日野(2001)は、
(a)の「する」は「見る」という目に見える動作を表すので「物理的」、
(b)
と(c)の「とすれば」と「とすると」の「する」は「推測する」という意味なので「心理的」
である、としている。
12
例えば「にわたって」のように、一つの言語形式が「期間、距離‧面積、領
域‧項目、回数」のような二つ以上の意味を持つことを多義性(polysemy)と
呼び、「にわたって」は多義語である。本研究は、多義語分析の方法として、
瀬戸(2007)、籾山‧深田(2003)を参考にして、以下の五点を設定する。
①プロトタイプ的意味の認定:籾山‧深田(2003)では、多義語の複数の意味
全体を一つのカテゴリーと考えた場合、そのカテゴリーを構成する個々の要
素、すなわち個々の意味は、全て同等の重要性を持つのではなく、何らかの
意味で優劣がある。こういうことを前提とし、プロトタイプ(prototype)
的意味とは、ある意味カテゴリーに属するメンバーの中では、最も基本的で
政 治 大
あり、慣習化の程度‧認知的際だち(cognitive prominence/cognitive
salience)が高く、また、最初に習得され、中立的なコンテクストで最も活
立
性化されやすいといった特徴を備えたものである。
‧ 國
學
②各別義の認定:これは、何を持って一つの意義と見なすか、という問題であ
‧
る。瀬戸(2007)では、この「意義の認定」には、
(i)ひとつの意義のなか
に明らかに領域(domain)が異なるものを混在させてはならない、(ⅱ)単
y
Nat
sit
なる文脈的ゆれ(contextual fluctuation)にすぎないものを別の意義と認
er
io
定してはならない。ここで注目したいのは(i)で、瀬戸(2007)によると、
al
v
i
n
Ch
別な領域に属するので意義を分けるべきである。これにより、本研究では、
engchi U
多義語の各用法、特に時空間概念を表すものを、その前件名詞の性質によっ
n
例えば、healthy の「<身体が>健康な」と「<社会が>健全な」の意義は、
てさらに意義を分ける。例えば「において」の「範囲」を表す場合、前件名
詞の性質を意味素性(semantic feature)15として〈
〉に入れて、
〈空間的
範囲〉、〈場面的範囲〉そして〈時間的範囲〉などの別義とする16。
15
意味素性(semantic feature):語彙意味論(Lexical semantics)の用語で、語彙項目の意
味上の特性である。池上(1975)ではそれは「意味特徴」と言い、その言語において有意義な
最小の単位(その言語において示差的な機能を担いうる限りにおいての単位)である。
16
籾山(1992)から参考したものである。籾山(1992)は、この方法によって時空間範囲を表
す「ところ」を五つの多義的用法に分けている。
13
③各別義の関連:籾山‧深田(2003)によると、多義語の複数の意味には相互
に何らかの関連が認められるのであるから、個々の多義語の分析にあたり、
その関連の実態を明らかにし、さらに、複数の意味の間に一般にどのような
種類の関連が認められるかということを明らかにする必要がある。また、意
味の拡張を生じさせる比喩として、以下の三つのメガニズム17が複数の意味
を関連付けるには重要である。
メタファー(隠喩;metaphor)
:二つの事物‧概念の何らかの類似性に基づい
て、一方の事物‧概念を表す形式を用いて、他方の事物‧概念を
表す比喩。
メトニミー(換喩;metonymy):二つの事物の外界における隣接性、さらに広
政 治 大
く二つの事物‧概念の思考内、概念上の関連性に基づいて、一
方の事物‧概念を表す形式を用いて、他方の事物‧概念を表す比
立
喩。
‧ 國
學
シネクドキー(提喩;synechdoche):より一般的な意味をもつ形式を用いて、
より特殊な意味を表す、あるいは逆に特殊な意味をもつ形式を
Nat
y
‧
用いて、より一般的な意味を表す比喩。
sit
④各別義の配列:瀬戸(2007)によると、多義語の各別義の配列は、「具象義
al
er
io
から抽象義へ」、
「知覚感覚的意義から認識的な意義へ」、
「身体的意義から精
v
i
n
C h では、「において」
例えば『日本語文型辞典』
(1998)
e n g c h i U が出来事が起こったり、
ある状態が存在したりするときの背景を表す用法と、
「それに関して」
「その
n
神的な意義へ」などの原則に従うのである。本研究は瀬戸(2007)に従い、
点で」という意味を表す用法があり、前者は客観的‧具体的な概念を表すも
のであるため、配列順序が先であり、これに対し、後者は話者の主観的認識
で抽象的な概念を表すものであるため、後に置く。
⑤複数の意味の全てを統括するモデル‧枠組みの解明:多義的意味の相互関係、
および多義構造全体における個々の意味の位置づけを明示することである。
多義語のネットワークモデルはいくつかがあり18、この中で、Langacker(1987)
17
18
メタファー、メトニミー、シネクドキーの定義は、籾山(2002)を参照。
籾山‧深田(2003)では、先行研究を踏まえ、「集合体に基づくモデル」、「イメージ‧スキー
14
は、プロトタイプと拡張事例の共通性、いわゆるスキーマを抽出することを
提示している。それは、同一カテゴリーでは、プロトタイプから拡張したの
は拡張事例(extension)であり、プロトタイプと拡張事例の間に抽出する
共通性はスキーマ(schema)である。図示すれば以下のようになる。
スキーマ
(シネクドキー)
具体化
(シネクドキー)
プロトタイプ事例
拡張事例
拡張(抽象化)(メタファー)
政 治 大
以上の Langacker(1987)のネットワークモデルでは、実線の矢印はスキー
立
マ関係(シネクドキーに基づく意味の拡張)を表し、カテゴリーの成員は全て
‧ 國
學
何らかの抽象的なスキーマを具体化(instantiate)したものである。その一
方、破線の矢印は拡張関係(メタファーに基づく意味の拡張)を表し、また、
‧
プロトタイプと拡張事例は完全に一致するわけではなく、部分的な共通性に基
づいて関連づけられている。本研究は、スキーマを抽出することが目的である
y
Nat
n
al
er
io
考え方を用いる。
sit
ため、Langacker(1987)に従い、このスキーマに基づくカテゴリー化という
2.6.2
叙述類型論
Ch
engchi
i
n
U
v
問題点の④について、
「において」、
「にあって」、
「にかけて」、
「にわたって」
の各複合助詞の意味特徴及び類義語としての異同点を探るために、本研究では、
その評価が成り立つ範囲としての前件名詞の性質と、これらの複合助詞の後件
にくる述語の性質、というこの二点に注目し、以下の叙述類型論についての理
論を導入して考察したい。
2.6.2.1
評価が成り立つ範囲のタイプ
マに基づくネットワーク‧モデル」
「拡張とスキーマ基づくネットワーク‧モデル」
「現象素に基
づくモデル」
「ネットワークと現象素を統合したモデル」の五つの多義語のネットワーク‧モデ
ルを示している。
15
「評価」とは何かというと、樋口(2001)は以下のように定義している。
形容詞が人や物の特性をさししめすとき、さししめされる特性はそれらに
客観的にそなわっている特徴としてさしだされる一方で、なんらかの基準との
比較のなかでもとらえられてもいる。この基準と比較することによって、物が
他の物との関係のなかでもつ意義があきらかにされたり、それが人間の欲求、
利害、目的とかかわってもつ意義があきらかにされたりするのだが、このよう
な、物の意義をあきらかにする、人間の意識的な活動のことを《評価》をよぶ
ことにする。
(43 ページ)
政 治 大
また、八亀(2012)では、評価が成り立つ範囲の絞り込みの形式によって、以
下のように五つのタイプを整理している。
立
‧ 國
學
①評価主体の絞込み
評価が、ある評価者(個人のこともあり、ある一定のグループのこともあ
‧
る)に限定される評価である。評価が個人的なもの、またはそのグループに
属する人たちにとっての評価が表現されると同時に、
「個人の質」または「そ
y
Nat
sit
のように評価する人々(集団‧文化など)の質」も表現されている。
er
io
例:僕のようなフィギュア好きには秋葉原はおもしろい。
al
n
v
i
n
Ch
ある特定の視点や立場、文脈においてのみ有効となる評価である。多くは
engchi U
先の文脈で示された流れに立って評価をすれば、誰でもそのような評価にな
②視点の絞込み
る、ということを明示している。
例:そういう意味では、この場所は重要だ。
③側面の絞込み
ある部分(集合)については有効となる評価であることを示す。ある具体
的な側面やある部分に着目すると、このような評価になるもので、その評価
が、評価対象の全体に及ぶものではなく、ある特定の側面や部分を対象に行
われていることを明示している。
例:山田くんは、会計処理については完璧だ。
④成り立つ状況の絞込み
ある特定の状況下でのみ有効となる評価であることを明示する表現で、そ
16
の状況は、具体的なものや抽象的なものもある。
例:日本では夏は蒸し暑い。
⑤成り立つ条件の絞込み
ある一定の条件のもとでのみ、有効な評価であることを明示する表現であ
る。さまざまな条件表現が用いられる。
例:資格さえあれば、就職は簡単だ。
以上の①~⑤では、後件の述部は全て評価の意味を持つが、評価が成り立つ
範囲の性質が異なっている。本研究の考察対象の複合助詞に即して考えれば、
後件の述部が評価の意味を表す場合、前件名詞がその評価が成り立つ範囲とし
政 治 大
ている。本研究は、八亀(2012)の分類に踏まえ、評価表現として、複合助詞
の各用法の前件名詞にくるものの性質を考えてみたい。
立
叙述のタイプ
‧ 國
學
2.6.2.2
(2014)
本研究では、以下の仁田(2001)と影山(2008)、そして工藤(1995)、
‧
の理論を導入し、複合助詞の後件の述部について考察したい。
y
Nat
sit
①仁田(2001)と影山(2008)
er
io
文は大きく、「命題(言表事態)」と「モダリティ(言表態度)」という二つ
al
v
i
n
Ch
現実との関わりにおいて描き取ったひとまとまりの事態、文の客体化‧対象化
engchi U
された内容である出来事‧事柄を表した部分である、と述べていて、さらには、
n
の部分に分かたれ、仁田(2001)では、命題とは、話し手が外界や内面世界、
その命題を大きく「動き(主体運動‧主体変化)」、
「状態」、
「属性」といった三
つに分けていて、それぞれ以下のように規定する。
〈動き〉:ある一定の具体的な時間の流れの中に始まり展開し終わる…展開が
瞬時で、始まりと終わりが同時的である、というものも含めて…、と
いうあり方で、具体的な物(人をも含めて)の上に発生‧存在する事
態である。さらには、主体に残る動きの結果の局面を有していない「主
体運動」と、主体に残る動きの結果の局面を有している「主体変化」
に分けられる。
例:今から彼は手紙を書く。/さっき彼は手紙を書いた。
(主体運動)
17
あっ、ザイルが切れる。/あっ、ザイルが切れた。(主体変化)
〈状態〉
:限定を受けた一時的な時間帯の中に出現‧存在する、物の、展開して
いかない…言い換えれば、その時間帯は続く…同質的な一様なありよ
う‧あり様である。
例:今この部屋に人がたくさんいる。/さっきこの部屋に人がたくさ
んいた。
目が痛い。/さっき目が痛かった。
最近彼がとてもいとおしい。/結婚したての頃は彼がとてもいと
おしかった。
〈属性〉:時間的限定を持たない、したがって恒常的に物に存在する、物の同
政 治 大
質的なありよう‧あり様である。
例:A 先生は学生にとても{厳しい/厳しかった}。
立
彼はとても早く{走る/走った}。
‧ 國
學
北海道の冬は寒い。
彼は北海道生まれだ。
‧
また、仁田(2001)によると、以上の「動き」、
「状態」、
「属性」の異同点と
y
Nat
sit
して、
「動き」と「状態」は共に特定の時間の中に出現する事態であるが、
「動
er
io
き」が、発生‧展開‧終了という内的な展開過程を有しているのに対し、
「状態」
al
v
i
n
Ch
開し終わっていく、という時間的な展開過程を有しているからではなく、同質
engchi U
なあり様が時間的限定性を持って出現‧展開するに過ぎないのである。その一
n
は、その状態の内実である物のあり様自体が、ある時間の流れの中で始まり展
方、
「状態」と「属性」は共に同質的で一様なあり様を示すのであるが、
「状態」
が時間的限定性を有するのに対し、「属性」はそれがない。
そして、影山(2008)では、言語の情報の伝達機能には二種類が認められる。
一つは、現実あるいは架空の世界において特定の時間と空間で展開する出来事
ないし状態を表現することで、「事象叙述(Event Predication)」である。こ
れに対し、時間の流れに左右されない固定的な状態を表すもの、いわゆる主語
ないし主題の永続的な性質を描写する状態文は、「属性叙述(Property
Predication)」である。影山(2008)は、この叙述のタイプを以下のようにま
とめている。
18
〈表3〉:影山(2008)による叙述のタイプ
叙述の
事象叙述
属性叙述
タイプ
開始‧終了の時間を明示できる
開始‧終了の時間を明示できない
出来事
例示
状態
準属性
(内在的)属性
彼は 2003 年に大
彼は 1997 年から
彼は(ふだんは)
彼は(*ふだんは)
学を卒業した。
2005 年まで学生/
愛想がよい。
長身だ。
彼女は 5 年間その
高校教師/弁護士
彼は(ふだんは)
彼は天然ボケだ。
会社で働いた。
だった。
善人だが…
ゾウは鼻が長い。
彼は、学生/高校教
うちの息子はよい
政 治 大
師弁護師をしてい
た。
立
子です。
彼は病気だ/裸足
‧ 國
e(event)
學
事象項
だ。
e(state)
e^
p(property)
‧
影山(2008)によると、事象叙述では、活動(activity)
、達成(accomplishment)、
y
Nat
sit
到達(achievement)
、過程(process)などの事態、いわゆる「出来事(event)」
er
io
のほかに、
「状態(state)」も含まれる。一方、属性叙述では、以上のように、
al
v
i
n
Ch
property)」であり、そういった副詞が排除されれば純然たる(内在的)属性
engchi U
n
「ふだんは」のような時間的変動を含意する表現が付けば「準属性(quasi-
((intrinsic)property)である。また、事象叙述での「状態」は、属性叙述
と同じく状態述語であるが、前者は「場面レベル述語(stage-level states)」
で「一時的状態」を表すのに対し、後者は「個体レベル述語(individual-level
states)」で「恒常的属性」を表す19。また、これにより、仁田(2001)の「動
き」は、影山(2008)の「出来事」に当たり、「動き」と「状態」は共に時間
的限定性を持つ「事象叙述」に属し、これに対し、「属性」は時間的限定性が
ない永続的な性質を描写する「属性叙述」である。
つまり、本研究では、複合助詞の各用法の後件述語に対して、まず仁田(2001)
19
Carson (1980)、Krifka et al.(1995)を参照。
19
の分類に踏まえ、「動き」、「状態」、「属性」などの述語の性質を考察し、そし
て、影山(2008)20によって事象叙述か属性叙述かのようにその叙述のタイプ
を考えてみたい。
②工藤(1995)、(2014)
工藤(1995)では、日本語の動詞を、時間の中に成立(開始)‧展開‧消滅(終
了)し、場合によっては、結果を残す、ものの動態的な運動を捉えている「外
的運動動詞(dynamic verb)」、思考‧感情‧知覚‧感覚という人の内的事象21を捉
えている「内的情態動詞」、そして時間のなかへの現象を問題にしえない、ま
たは時間のなかに現象したとしても、時間的展開性のない22「静態動詞(static
政 治 大
verb)」、という3グループに分けている。また、工藤(1995)は、外的運動動
詞を、
〈動作〉か〈変化〉かという観点と、
〈主体〉か〈客体〉かという観点を
立
組み合わせ、大きく次のように3分類できることになる、としている。
‧ 國
學
①主体動作‧客体変化動詞:主体の観点からは動作を、客体の観点からは変化
‧
を捉えていて、全て他動詞であり、そのゆえに、能動と受動の対立があり、
能動では〈動作継続〉を表すのに対し、受動では〈結果継続〉を表す。
y
Nat
sit
例:開ける、折る、曲げる、並べる、出す、運ぶ、作る
er
io
②主体変化動詞:基本的に自動詞であり、〈結果継続〉を表す。
al
v
i
n
Ch
③主体動作動詞:自動詞でも他動詞でもあり、動作のみを捉えているもので、
engchi U
他動詞の場合、「回す、動かす、揺らす」のように客体の観点からいっても
n
例:開く、折れる、曲がる、並ぶ、出る、行く、立つ、就職する
動作(動き)を捉えているか、「打つ、蹴る、押す」のように客体への接触
を捉えているだけであるので、能動―受動の対立がアスペクト的意味の違い
20
影山(2008)では、属性叙述をさらに「準属性」と「(内在的)属性」に分けているが、本
研究では両方共に「属性叙述」にする。
21
例えば「思う」
(思考)、
「恐れる」
(感情)、
「聞こえる」
(知覚)、
「痛む」
(感覚)などである。
22
前者は、例えば「異なる、意味する」や「甘すぎる、優れている」のような〈関係‧特性〉
を捉えているもので、後者は、例えば「いる、存在する」や「そびえている、面している」の
ような〈存在‧空間的配置〉を捉えているものである。
20
に結びつかず、どちらであっても〈動作継続〉を表す。
例:動かす、回す、打つ、蹴る、食べる、見る、言う、走る、飛ぶ
そして、工藤(2014)は、奥田(1988)を踏まえ、「時間的限定性(temporal
stability)23」によって、動詞述語だけでなく、形容詞述語や名詞述語も加え
て、以下のように整理している。
〈表4〉
品詞
時間
動詞述語
形容詞述語
名詞述語
的限定性
政 治 大
〈主体動作‧客体変化動詞〉
運動
〈主体動作動詞〉
立
-
-
〈主体変化動詞〉
有
見える、聞こえる、疲れる、流行る
痛い、眠い
大喜びだ
滞在∕
ある、いる、存在する、点在する、欠
ない、多い、少
留守だ、空だ、
存在24
けている
ない、乏しい
いっぱいだ
y
‧
Nat
優秀だ、堅実だ、 緑色だ、優等生
している、しゃれている、きりたって
詳しい、博学だ、 だ、心配性だ、
Ch
er
n
al
いる、尖っている、役立つ
無
sit
優れている、しっかりしている、精通
io
特性
‧ 國
悲しい、安心だ、 病気だ、感激だ、
學
悲しむ、安心する、痛む、しびれる、
状態
v
ni
おしゃれだ
U 同じだ、 大違いだ、共通
e n g c h i 等しい、
一致する、違う、異なる、属する、共
関係
しっかりものだ
通する、匹敵する、似ている
ぴったりだ
だ、先輩だ
-
-
哺乳動物だ、人
質
間だ、桜だ
23
工藤(2014)では、それは、すべての述語を捉えているカテゴリーで、偶発的な(accidental)
一時的な(temporary)
〈現象〉か、ポテンシャルな恒常的な(permanent)
〈本質〉かのスケー
ル的な違いである。
24
工藤(2014)では、〈存在〉は一時的現象の場合も恒常的な場合もある(奥田は一時的存在
を〈滞在〉としている)。
21
意味分析の方法論
2.6.3
前節で述べたように、本研究では、前件名詞と後件述語の性質から、「にお
いて」、
「にあって」、
「にかけて」、
「にわたって」のそれぞれの意味特徴、およ
び類義語としての異同点を解明することを目標とする。そのために、方法論と
して、国広(1982)の「文脈的作業原則」と「対照的作業原則」が本研究の意
味分析に適用できると考えられる。
2.6.3.1
文脈的作業原則
「文脈的作業原則」について、服部(1968)は、文脈の観察のために、次の
二つの作業原則を提案した。
Ⅰ
政 治 大
同じ自立語と同じ統語型‧文型によって統合される自立語は同じ語義的
立
意義特徴を共有する。
互いに統合され得る自立語は、互いに呼応する語義的意義特徴を有する。
‧ 國
學
Ⅱ
‧
国広(1982)では、Ⅰを「同位置の作業原則」と、Ⅱを「呼応の作業原則」と
略称しているが、ここでは「同位置の作業原則」に注目したい。分析例として、
y
Nat
er
io
次のような語と共起するとしている。
sit
国広(1982)は英語の動詞 shed を挙げ、
〔主語+動詞+目的語〕という文型で
al
(5)A tree sheds its leaves.〈木は葉を落とす〉
n
v
i
n
C h 〈シカはツノを生えかわらせる〉
(6)A stag sheds its horns.
engchi U
(7)A snake sheds its skin. 〈ヘビは脱皮する〉
(8)A crab sheds its shell. 〈カニは殻をぬぐ〉
(9)A hen sheds its feathers. 〈ニワトリは羽を生えかわらせる〉
(10)A flower sheds its petals. 〈花は花びらを落とす〉
(11)A person sheds his hair(skin).
〈人の髪は抜けかわる(皮膚はあかとなって取れる)〉
同位置の作業原則により、sheds の動作主体は〈成長物〉であることがわかる。
次に対象物全体に見られる共通の特徴は〈主語に来る成長物の本体の一部をな
すもの〉である。そして、場面を見ると、その離脱は動作主体の成長の自然な
一過程そして生じ、本体に何の傷も欠損も負わせるわけではない。さらに離脱
したものは不要となっているが、離脱後、同じものが再生されてくることが観
22
察できる。
本研究で扱う複合助詞は、その直前に名詞のような自立語がきて、文型とし
ての複合助詞と統合され、範囲の意味を表す。そのため、以上のような同位置
の作業原則を適用することが可能ということがわかる。この作業原則による分
析によって、複合助詞が持つ意味特徴をつかむことができると考えられる。
2.6.3.2
対照的作業原則
「対照的作業原則」について、国広(1982)は「ある語の意味を分析しよう
とする場合、その語のみを対象とするよりは、意味‧用法がわずかにずれてい
ると感じられる他の語と比較対照しながら分析する方が遥かに効果的である」
政 治 大
と説明する。ある語が実例がある時、その同じ文脈に対比語を入れてみて、明
白な非文法的文ができ上がるなら、
「対照的文脈」ができ上がったことになる。
立
また、対照する二語の間の意味の差が既に直感的に感じられている時は、その
‧ 國
學
ずれを浮き彫りにするような文脈を特に考案するという方法もある。具体例と
して、国広(1982)は「ニギル」と「ツカム」を以下のように比較対照をする。
‧
(12)ニギリしめる。
(13)×ツカミしめる。
y
Nat
sit
(14)×ニギリかかる。
er
io
(15)ツカミかかる。
al
v
i
n
Ch
カム」は「手をさっと伸ばしてとらえる」のような感じがあると思われたなら
engchi U
ば、このような対照的文脈を作って、その点を確かめることができる、として
n
このように、国広(1982)は「ニギル」は「ぐっと圧力を加える」感じで、
「ツ
いる。
つまり、この作業原則によって、類義表現(文脈的同義)間の意味的な違い
を分析するには有効であることが考えられる。森田‧松木(1989)では、この
ように対照的文脈によって、「において」と「にあって」、「にかけて」と「に
わたって」の比較対照をするが、これについて第五章で詳述しておく。
23
第三章
「において」「にあって」「にかけて」「にわたって」の文
法化と意味拡張
本章では、
「において」
「にあって」
「にかけて」
「にわたって」の文法化、お
よび多義的意味拡張の仕組みを見る。
3.1
「において」の文法化と意味拡張
3.1.1「置く」から「において」へ
『大辞林』によると、動詞「置く」には以下の意味がある。
① 物や人をある場所に据える。
政 治 大
② その物だけを他とは別にする。
③ 間隔を設ける。間をあける。
立
④ (「…に信を置く」などの形で)…の気持ちをもつ。
‧ 國
學
⑤ 露や霜が葉や地面に生ずる。おりる。
⑥ (補助動詞) 動詞の連用形に接続助詞「て(で)」を添えた形に付く。
‧
一方、
『日本語文型辞典』
(1998)では、文法形式化した「において」が、以
下の(16)と(17)のように、直前に場所や時代などを表すものがきて、ある
y
Nat
sit
出来事が起こったり、ある状態が存在したりするときの背景を表す、また(18)
er
al
n
ている。
io
のように「それに関して」
「その点で」という意味を表す25ものもあると説明し
Ch
(16)卒業式は大講堂において行われた。
engchi
i
n
U
v
(17)その時代において、女性が学問を志すのは珍しいものである。
(18)絵付けの技術において彼にかなうものはいない。
実質語の「置く」のプロトタイプとして、
『大辞林』の記述の①「(誰か)が
(誰か/何か)を(どこ)に据える」といった命題を表すものであった。これ
に対し、機能語の「において」から上記の命題を表す働きが失われ、「におい
て」全体で「出来事が起こる、状態が存在する空間(場所)、時間を表す」ま
たは「あるものに対して判断や比較の視点‧基準を表す」という文法機能を表
25
鈴木(2007)には、
「において」の用法について、後件内容が表すものを「事象」と「判断」
に分けられ、それぞれ「ある事象が起こったり、ある状態が存在することを示す」と「ある評
価‧判断が成り立つこの」のように二つの別義があるとしている。
24
す単位に変化している。(16)と(17)の文は「卒業式は大講堂で行われた」
(18)の文は「絵
「その時代では、女性が学問を志すのは珍しいものである」、
付けの技術に関して/について彼にかなうものはいない」という文と近似した
意味を表しており、
「において」それ全体で助詞「で(は)」や複合助詞「に関
して」
「について」と同様に空間‧時間的範囲、または判断‧評価の視点‧基準を
表す機能を持つことになる。すなわち「において」は全体で「で(は)」や「に
関して」、「について」に相当する機能語と化しており26、元の動詞「置く」に
はない性格が観察できる。
Matsumoto(1998)が述べているように、通常の複合助詞とは違い、「置く」
から「において」への文法化は、メタファーによらず、動詞「置く」が、意味
政 治 大
機能を持つマーカー(複合助詞)になるために、下位範疇化をして複合助詞「に
おいて」になる、という特殊な形式である。言い換えると、場所のマーカー
立
(locative marker)の「において」は、場所項(locative argument)を持つ
‧ 國
學
「置く」の下位範疇にある。そのため、「置く」が「において」に変化する場
合、元の「(誰か)が(誰か/何か)を(どこ)に据える」という意味が脱落
‧
し、
「出来事が起こる、状態が存在する空間(場所)、時間を表す」という意味
を獲得していて、動詞と複合助詞の間には意味の類似性がない。
sit
y
Nat
er
io
3.1.2 「において」の多義性と意味拡張
al
v
i
n
C h 「ある出来事が起こったり、ある状態が存
(1998)によると、
「において」は、
engchi U
在したりするときの背景」を表す用法①と、「それに関して/その点で」とい
n
本節は、「において」の多義性と意味拡張をみる。既に『日本語文型辞典』
う意味を表す用法②があるが、日野(2001)の言う「物理的→心理的」の抽象
化の規則に従えば、時空間範囲を表す用法①に比べて、用法②が話者の主観的
26
日野(2001)では、「置く」から「において」への文法化について、動詞「置く」は「もの
を水平面上に載せる」という意味で、例えば以下の(43a)の「置く」は、行為を指している
ので指示的である。これに対し、
(43b)の「において」の「置く」は「ものを載せる」行為を
指さないので、もはや指示的機能を持たず、「において」全体で場所を表す助詞として文法的
に機能しているという。
(43)a.をとめの
床のべに
我が置きし
つるぎの太刀(古記謡-34)
b.一刹那のうちにおいて…(徒然-92-165-1、2)
25
認識を表す用法で、使用にもより制限されるため、後者は、前者の時空間範囲
を表すものから派生したものだと考えられる。以下では、多義語研究の視点に
より、この二つの意味の互いの関連付けや意味拡張を明らかにする。
用法①:「ある出来事が起こったり、ある状態が存在したりするときの背景」
を表す
(A)〈空間的範囲〉
(19)「要介護者であって痴呆の状態にあるものについて、その共同生活を
営むべき住居において、入浴、排泄、食事等の介護その他の日常生活
政 治 大
上の世話および機能訓練を行う」(コト)
(20)労働総研と共同で開催してきた「地域政策研究交流集会」を「雇用
立
と地域経済」を中心に十月九、十日に一泊二日で札幌市内において
‧ 國
學
開催する。
(21)このようにして、千八百八十年代末期には、北炭経営下の幌内炭鉱と
るとはいえ囚人労働が展開されるのである。
Nat
y
‧
三井物産会社経営下の八重山・西表炭鉱において、その規模は異な
sit
(22)社会的な成熟に加え、資本力、労働力が蓄積されていた英国におい
er
io
て、繊維工業を中心に、産業革命はまずこの国から起こっていった。
al
v
i
n
Ch
が前件名詞にくる。これは、〈空間的範囲〉にまとめることができる。
engchi U
n
以上の(19)~(22)では、場所、地域、または都市、国家などを指すもの
(B)〈場面的〔=空間的+時間的〕範囲〉
(23)両議院の議員は、反逆罪、重罪、および公安を害する罪の外のあらゆ
る場合において、会期中の議院に出席中、およびこれへの往復途上に、
逮捕されない特権を有する。
(24)そのアジア情勢において、日米両国が、米英同盟をモデルとした関係
を築くべきだと提言し、日米両国はバードン・シェアリング(費用分
担)をパワー・シェアリング(力の分担)へと進めるべきだとする。
(25)千九百九十年代の具体的な社会・経済的状況において移行諸国の経済
を上記の体制転換モデルのいずれかに一意的に転化させることは実
際不可能であった。
26
抽象化に従い、〈空間的範囲〉には、〈時間的〉が付け加わり、〈場面的〔=
空間的+時間的〕範囲〉のように、空間と時間の両方によって規定されるもの
になった。この場合、「において」の前件名詞にくるものが、以上の(23)~
(25)のように、前件名詞にはある時点から始まり、ある時点まで終わるよう
に、時間的な幅を持つもので、場面、状況を示すもので、〈場面的範囲〉の典
型的な表現であると考えられる。
(26)あっせん手続又は調停手続において和解が成立し、当事者が仲裁合意
書を提出して、その和解の内容を主文とする仲裁判断を求めるときは、
あっせん手続又は調停手続は、仲裁手続に移行する。(コト)
(27)ネットワーク上の取引において、送金したが購入物品が届かないとい
政 治 大
うトラブルが発生している。
この(26)と(27)の前件名詞にくるものが人間の動作や行為を指す。この
立
動作を指す名詞が、ある時点から始まり、ある時点まで終わるように、時間的
‧ 國
似している。
學
な幅を持つもので、この場合、
「において」は意味上、
「~をする場合に」に類
‧
(28)第二次世界大戦において、当時のドイツがイギリスへV‐一およびV
‐二による攻撃を実施した際も有効な対応策はなく、イギリス国民お
y
Nat
sit
よび財産に多大な心理的・具体的被害を与えた。
al
er
io
(29)千九百九十九年九月十日に、日本心理臨床学会第十八回大会において
v
n
、自主シンポジウム「プロセス指向心理学(POP)―フォーカシン
Ch
グとPOPの出会い」が開催された。
engchi
i
n
U
この(28)の前件名詞にくるものが「事件」を指す。事件ということは、あ
る時点から始まり、ある時点まで終わるように、時間的な幅を持つもので、一
方、空間に基づいて行われるものでもあり、つまり、これは一つの「場面」と
見なすことができる。(29)の「日本心理臨床学会第十八回大会」は「イベン
ト」を指すもので、これは、「事件」と同様に、空間と時間の両方によって規
定されるものである。
(C)〈時間的範囲〉
(30)十八世紀において、この奴隷の話はイギリス、フランスでさまざま
な形で出版され、多くの人々の口をとおして語られたという。
(31)しかしながら、環境基準の達成期限であった昭和六十年度において、
27
大都市圏を中心に達成することができなかった測定局が多く残され
ている。
(32)仮に民間融資になった場合、高所得者の方にはメリットがあるが低
所得者の方は厳しくなる(二十代、鹿児島、借家)
・民間金融機関に
対する不信はこのバブル期以降において顕著に高まっていると思う。
(33)光を熱に変換して用いているために、光が本来備えている種々の特
性(波長、偏光、位相など)を記録に生かすことができていない。
光を熱に変える過程において、それらの特性は失われている。
〈場面的範囲〉から抽象化が進み、結局、
〈空間的〉が脱落し、
〈時間的範囲〉
しか残っていないことになった。以上の(30)~(33)のように、前件名詞に
政 治 大
くるものが全て、時間的幅を指す。
立
(D)〈範囲〉
‧ 國
學
(34)日本の企業において、終身雇用制度は完全に崩壊しています。
(35)非常に複雑なグローバル化された環境において、政府に効果的な統
‧
治力、制度、法的な枠組、民主的な政治のプロセス、それらがない
ことが紛争の種になり、国家の破綻となっている。
y
Nat
sit
(36)二十一世紀初頭、ヨーロッパとアジアで起こった社会的変革の歴史
er
io
において、モンゴル民主化はまさしく特殊な歴史に含まれる。
al
v
i
n
Ch
以上の(34)~(37)の前件名詞にくるものが、
e n g c h i U(34)と(35)は「抽象的
空間」を表すのに対し、
(36)と(37)は「領域‧分野」を表すもので、これら
n
(37)皮膚科心身医学において、精神療法の併用も行われる。
のものは全て、空間的場所とは言いにくく、抽象的な領域を指す。これは、
〈空
間的範囲〉から、〈空間的〉が脱落して〈範囲〉しか残っていないものになっ
たのである。
用法②:「それに関して~」「その点で~」の意味を表す
(38)たとえば発達言語学において、表面的な現象を分析して、おそらくあ
る言語能力システムが脳の中に存在するに違いないと類推したとし
ます。
(39)子供の漸進的な成長に合わせてその情念の制御をし、最終的には理性
的な個人を形成するような教育を提示している点で、両者の類似は明
28
らかである。だが、社会批判という視点において、ルソーの方がより
徹底している。
(40)わが国の牛肉は、その肥育期間の長さにおいて、以上すべての主要牛
肉生産国の牛肉と著しく異なる。
(41)末期政治武人は、平和な時代に政権にいるため、武芸のスポーツ化、
文化化が起きて、緊迫感がない。武術がマニュアル化されているため、
危機管理能力において、新規政治武人よりも劣る。
(42)模型の金型は、製品のクオリティやオリジナリティを左右するキモな
部分。タミヤはこの金型製作において技術、規模ともに世界トップク
ラス。
政 治 大
(43)性格のひん曲った猫と違い、落ちこぼれのラブラドル犬は人なつこさ
と利口さにおいて、まことに素晴らしい犬だった。
立
前件名詞からみれば、以上の(38)と(39)の前件にくるものは「視点」を
‧ 國
學
「側面」を指す。この用法②
指す。また、
(40)~(43)の前件にくるものは、
は、用法①とは違い、前件名詞は「範囲」だけではなく、話者の注意や関心を
‧
向ける「着眼点」として、
「において」が「に関しては」
「その点で」という意
味を表す。また、後件の内容から見れば、話者がその「着眼点」を通し、
「(前
y
Nat
sit
件名詞)~の視点‧側面を通して考える/から見ると、
(後件)~だ」のように、
er
io
ある物事に対して評価‧判断をする。つまり、用法①は客観的‧具体的な概念を
al
v
i
n
Ch
すものである。このように、具体的な意味から抽象的な意味への拡張が見られ、
engchi U
この「において」の用法②は、用法①からメタファーによって拡張されたもの
n
表すものであるのに対し、この用法は、話者の主観的認識で抽象的な概念を表
であると考えられる。
まとめとして、時空間範囲を表す用法①、いわゆる〈空間的範囲〉、
〈場面的
範囲〉、
〈時間的範囲〉と〈範囲〉の共通的特徴は、用法①の本来の意味のよう
に、「ある出来事が起こったり、ある状態が存在したりするときの背景」を表
す、というものであり、それは「範囲」の意味がある。これに対し、用法②で
は、前件名詞が、話者がある物事に対して、判断‧評価を取るための「着眼点」
を表すが、着眼点そのものは、話者が物事に対して特に注目するところで、
「範
囲を設ける」という意味が含まれると考えられる。つまり、前件名詞の意味か
ら見れば、この二用法は共に「範囲」の共通的意味が抽出できる。また、鈴木
(2007)によれば、
「において」の後件の述部として、用法①では「事象」、用
29
法②では「判断」を表すもので、両方ともに「物事が成り立つ」という意味が
ある。したがって、用法①での各グループの意味拡張でも、用法①から用法②
への意味拡張でも、全てメタファーによるものである。以上の分析を、
Langacker(1987)によって図示すれば、以下のようになる27。
「物事が成り立つ範囲」
(シネクドギー)
(シネクドギー)
「ある出来事が起こったり、ある状
用法②:「それに関し
政 治 大 て」「その点で」とい
う意味を表す
(メタファー)
態が存在したりするときの背景」
(シネクドギー)
學
‧ 國
立
(シネクドギー)
+時間的〕範囲〉
io
n
〈-空間的〉(メタファー)
v
〈-空間的〉(メタファー)
〈+時間的〉(メタファー)
Ch
y
(プロトタイプ)
〈時間的範囲〉
sit
〈場面的〔=空間的
al
(C)
er
〈空間的範囲〉
‧
(B)
Nat
用法①:(A)
(シネクドギー)
engchi
i
n
U
(D)〈範囲〉
(シネクドギー)
また、用法①と用法②から、「物事が成り立つ範囲」という共通的な意味が
抽出できて、それは「において」の中心的な意味であり、そして、籾山‧深田
(2003)によれば、用法①の〈空間的範囲〉が「において」のプロトタイプで
27
実線の矢印はスキーマ関係(シネクドキーに基づく意味の拡張)を表し、その一方、破線の
矢印は拡張関係(メタファーおよびメトニミーに基づく意味の拡張)を表す。また、図示での
長方形として、細線のものは、意味拡張における抽象的な意味を表すのに対し、太線のものは、
実例のある用法を表す。
30
あると考えられる。
3.2
「にあって」の文法化と意味拡張
3.2.1 「ある」から「にあって」へ
『大辞林』によると、動詞「ある」には以下の意味がある。
① 物が存在する。
② 人が存在する。
③ 所有している。持っている。
④ (数量を表す語を副詞的に受けて)その物の数‧量‧重さ‧長さ‧時間などが
…だということを表す。
⑤ 動作‧現象が実現する。
⑥
立
政 治 大
㋐(「…とある」の形で)他人の文章を引用して示す。…と書かれている。
‧ 國
學
㋑(「…とあって」の形で)状況‧場合が…であるので。…なので。
㋒(「…することがある」「…したことがある」などの形で)時には…する、
‧
過去に…した経験をもつ、などの意を表す。
㋓(「…にあっては」の形で)人間集団‧社会を表す名詞を受け、そこにお
y
Nat
sit
いては、の意を表す。
er
io
『大辞林』では、複合助詞「にあって(は)」が、動詞「ある」の形式が変
al
v
i
n
Ch
は、動詞「ある」から文法形式化した「にあって」は、以下の(44)と(45)
engchi U
ように、直前に場所や状況を表す名詞がきて、
「そこで示された状況のもとで」
n
わって固定化した用法の一つと見なされている。一方、
『日本語文型辞典』
(1998)
という意味を表すものがあると説明している。前後の文脈に応じて(44)のよ
うな順接の例や(45)のような逆接の例がある。他の形式として、(46)のよ
うに「にあっても」の形式で「そこで表された状況の中におかれていても」の
意味を表すもの、または「にあっては」の形式で、(47)のように直前に場所
や状況を表す名詞を受けて「そこで表された状況の中では」の意味を表すもの
や、(48)のように直前に人を表す名詞を受けて、その人には誰もかなわない
という評価を下すのに用いる用法がある。
(44)異国の地にあって、仕事を探すこともままならない。
(45)母は病床にあって、なおも子供達のことを気にかけている。
(46)彼は苦境にあっても、めげずに頑張っている。
31
(47)わが社にあっては、若者が自由に発言できる雰囲気を大切にしている。
(48)高橋さんにあっては、どんな強敵でも勝てそうにありませんね。
実質語の「ある」のプロトタイプとして、
『大辞林』の記述の①「(何か)が(ど
こ)に存在する」といった命題を表すものであった。これに対し、機能語の「に
あって」から上記の命題を表す働きが失われ、「にあって」全体で「そこで示
された状況では~」という文法機能を表す単位に変化している。ただし、例え
ば上記の(44)から見れば、「にあって」の文には、主体がその状況(「(異国
の)地」に存在する、という意味が内在しているように、元の動詞「ある」の
性格がまだ残っており、この二語には意味の類縁性が観察できる。
3.2.2
政 治 大
「にあって」の多義性と意味拡張
本節は、「にあって」の多義性と意味拡張をみる。既に『日本語文型辞典』
立
(1998)により、
「にあって」は、
「そこで示された状況のもとで」の意味を表
‧ 國
學
す用法①と、その人には誰もかなわない」という評価を下す用法②があること
がわかる。本節では、まず「にあって」のこの二用法のそれぞれの様相を見て、
‧
互いの共通的意味を抽出し、「にあって」の多義性と意味拡張の仕組みを解明
することをを試みる。
er
io
sit
y
Nat
用法①:「そこで示された状況のもとで」の意味を表す
al
n
v
i
n
Ch
(49)しかし、ポピュラー音楽が圧倒的な時代に変わった中国にあって、ク
engchi U
ラシックのオーケストラはそんなに演奏のチャンスに恵まれない。
(A)〈空間的範囲〉
(50)強引な客引きは、取り締まりの強化で改善されたとはいえ、根が深い
問題。国際都市を目指す大阪にあって、安全・安心な町というイメー
ジにすることが大切なだけに、あまり印象が良いものではない。
(51)今期利益で空前の千億円を見込むユニクロは、デフレ下の日本にあっ
て、まさにひとり勝ちの状態だ。
(52)漁場として恵まれている地形のまっただ中にあって、部落のひとたち
は海に出ることができなかった。
以上の(49)~(52)では、前件名詞には場所‧地域を表すものがきて、こ
れは、〈空間的範囲〉にまとめることでできる。
32
(B)〈場面〔=空間的+時間的〕〉〈範囲〉
(53)かかる困難な情勢の下にあって、先進諸国に較べ低位にあるわが国の
食糧自給力の向上を図り、国民食糧を安定的に供給することは、将に
国政上の基本的且つ緊急の課題である。
(54)財政制約が一層厳しくなるなか、必要最小限の予算で効率的かつ確実
に道路管理を行うことが今後急速に求められてくる状況にあって、日
本に適したアセットマネジメントの早期導入がますます重要な課題
となってきている。
以上の(53)と(54)では、状況、情勢を表すものが前件名詞にくる。これ
は、抽象化に従い、
〈空間的範囲〉には、
〈時間的〉が付け加わり、
〈場面的〔=
政 治 大
空間的+時間的〕範囲〉のように、空間と時間の両方によって規定されるもの
になったのである。
立
‧ 國
學
(C)〈時間的〉〈範囲〉
(55)印刷技術が未発達であり、識字率の低かった中世にあって大衆への
‧
布教活動の手段として、宗教絵画は重要な役割を担った。
(56)元春・隆景兄弟はひたすら輝元を盛り立て、ついには中国路七ヵ国
y
Nat
sit
に君臨する大大名の座に押し上げた。骨肉の争いなど日常茶飯事だ
er
io
った戦国時代にあって、このような兄弟の在り方は奇跡に近い。
al
v
i
n
Ch
だった。同時に著作権についての試案も提出している。そして、そ
engchi U
の背景に言論・表現の自由についての遵守を提案するという決意す
n
(57)文士たちの職能団体として、日本文芸家協会を作ったのもこの一環
ら滲ませた。言論統制の厳しい時代にあって、菊池の意識は当然な
がら危険視される。
以上の(55)~(57)では、時代などを表すものが前件名詞にくる。これは、
〈場面的〔=空間的+時間的〕範囲〉からさらに抽象化が進む結果、
〈場面的〉
における〈空間的〉が脱落し、〈時間的範囲〉しか残っていないことになるの
である。
(D)〈範囲〉
(58)さて、さまざまな現象が複雑にからみあって起きている現代社会に
あって、人々は強烈なストレスにさらされています。
33
(59)精白米や白パンを主食にし、成人病と肥満に苦しみながらビタミン
を錠剤で補強するような現代の生活にあって、玄米こそはまさに最
高にバランスのとれた栄養資源の一つだといってよい。
(60)身の上が武士であろうとも奉公人であろうとも、何事かに勤む立場に
あって、交渉する相手と気分の乾湿を合致させる気働きが必要である。
(61)そして、横綱に昇進した力士は、陥落がない地位にあって、それにふ
さわしい成績をあげざるを得ない。
以上の(58)の「現代社会」は抽象的な場所、(59)の「現代の生活」はも
の‧ことを表す。そして、
(60)と(61)のように、前件名詞には立場を表すも
のがくる。この場合、主語が主に人間であり、その立場や地位では「~(をす
政 治 大
れば)ふさわしい」「~が必要である」という意味が、後件の内容が表す。以
上の(58)~(61)の前件名詞にくるものが、空間的場所とは言いにくく、抽
立
象的な領域を指す。これは、
〈空間的範囲〉から、
〈空間的〉が脱落して〈範囲〉
‧ 國
學
しか残っていないものになったと考えられる。
まとめとして、時空間範囲を表す用法①、いわゆる〈空間的範囲〉、
〈場面的
‧
範囲〉、
〈時間的範囲〉と〈範囲〉の共通的特徴は、用法①の本来の意味のよう
に、「そこで示された状況のもとで」という意味を表すものであり、スキーマ
y
Nat
sit
でもある。したがって、用法①での各グループの意味拡張はメタファーによる
er
io
もので、Langacker(1987)によって図示すれば、以下のようになる。
al
n
v
i
n
Ch
「そこで示された状況のもとで」
engchi U
(シネクドギー)
(シネクドギー)
(シネクドギー)
用法①:(A)
(B)
(C)
〈空間的範囲〉
〈場面的〔=空間的
〈時間的範囲〉
(プロトタイプ)
+時間的〕範囲〉
〈+時間的〉(メタファー)
〈-空間的〉(メタファー)
〈-空間的〉(メタファー)
(D)〈範囲〉
(シネクドギー)
34
以上のように、「にあって」の用法①の内部の意味拡張は図示で示されてい
る。また、「にあって」のほう一つの用法として、以下の用法②である。
用法②:「その人には誰もかなわない」という評価を下す
(62)高橋さんにあっては、どんな強敵でも勝てそうにありませんね。
(63)あの男にあっては、嘘もまことと言いくるめられる。油断は禁物だ。
(64)あなたにあってはかなわないな。しょうがない。お望み通りに致しま
しょう。
既に4.1.1で提示したように、『日本語文型辞典』(1998)では、「にあ
って」は以上の(62)~(64)のように、「にあっては」の形式で、直前に人
政 治 大
を表す名詞を受けて、その人には誰もかなわないという評価を下す用法があり、
「~にかかっては」ともいうものがある。以上の用例により、この用法は主に
立
会話で用いられると考えられる。
‧ 國
學
また、意味拡張として、この用法は「その人には誰もかなわない」の意味を
表すが、「その人であれば」のように一つの状況を表すものである。ただし、
‧
前件名詞にくるものはその「状況」ではなく、その状況に身が置かれる「人」
であり、この場合、その「状況」と「人」は「容器」と「内容物」の関係にあ
y
Nat
sit
り、「人」は「にあって」の前件名詞としてその「状況」を指す。つまり、こ
al
er
io
の用法は、用法①の「そこで示された状況のもとで」の意味から、「容器と内
v
n
容物」のメトニミーによって拡張されたものであると考えられる。図示すれば
以下のようになる。
Ch
engchi
i
n
U
用法①:
「そこで示された状
用法②:「その人には誰
況のもとで」という意味を
もかなわない」という評
表す
(メトニミー)
価を下す
また、以上のように、「その人には誰もかなわない」という評価を下す用法
②は、用法①から拡張したもので、「そこで示された状況のもとで」の意味が
抽出できる。つまり、用法①として「そこで示された状況のもとで」という意
味が、
「にあって」の中心的意味であり、したがって、籾山‧深田(2003)によ
れば、用法①の〈空間的範囲〉が「にあって」のプロトタイプであると考えら
れる。
35
ただし、
「にあって」の用法①は、
「そこで示された状況のもとで」のように、
句レベルの用法である。これに対し、用法②は、
「その人には誰もかなわない」
のように、文レベルの用法である。つまり、用法①から用法②への意味拡張は、
句レベルから文レベルにの拡大である。また、この二用法はそれぞれ句レベル
と文レベルの用法であるため、以上のように、用法①の内部の意味拡張と、用
法①から用法②への意味拡張の仕組みを分けて示しておく。
3.3
「にかけて」の文法化と意味拡張
3.3.1
「かける」から「にかけて」へ
『大辞林』によると、動詞「かける」には以下の意味がある。
①物をほかの物に取り付ける。
②上方から物を置く。
立
政 治 大
③他にある作用を与える。他に影響を及ぼす。
‧ 國
學
④ある物を他の物に渡す。また作用を一方から他方へ向ける。
⑤取り扱う。対象として扱う。
‧
⑥機械を機能させる。
⑦(「繋ける」とも書く)結びつけて留める。つないで留める。
y
Nat
sit
⑧(1)ある場所に仮設の建物などを組み立てる。
er
io
(2)芝居や興行を行う。
al
v
i
n
Ch
(2)基準の値段より割高な値段を付ける。掛け値をする。
engchi U
(3)(「保険をかける」の形で)ある物について保険の契約をして掛け金を払
n
⑨(1)数を乗ずる。掛け算をする。
う。
⑩言葉と言葉に関連を持たせる。
⑪(1)時期‧場所について、ここからそこまでの間ずうっと。
(2)それに関して。その面で。
⑫あること‧物のために費用‧労力‧時間などを費やす。
⑬交配する。
⑭(「鼻にかける」の形で)
(1)鼻声を出す。 (2)自慢する。
⑮(動詞の連用形の下に付いて)
(1)相手に向かって物事をする。例:話しかける
36
(2)…し始める。途中まで…する。例:言いかけてやめる
(3)もう少しで、ある動作を始めそうになる。もう少しでそういう状態にな
る。例:川でおぼれかける」
⑯(1)兼ねる。
(2)目標にする。目指す。めがける。
(3)よりどころにする。託する。
(4)含める。こめる。
(5)乗り物などをある場所に止める。
(7)だます。ひっかける。
(6)あらかじめ約束する。
(8)数に入れる。加える。
実質語の「かける」のプロトタイプとして、『大辞林』の記述の①「物をほ
かの物に取り付ける」といった命題を表すものであった。他の別義、例えば「上
方から物を置く」
「作用を一方から他方へ向ける」
「取り扱う、対象として扱う」
政 治 大
などの用法には「他方に取り付ける」の意味が観察できて、これらの別義が、
このメタファーによってプロトタイプの「物をほかの物に取り付ける」を表す
立
用法から発達したものであると考えられる。
‧ 國
學
これに対し、
『日本語文型辞典』
(1998)は、文法形式化した「にかけて」が、
以下の(65)と(66)のように、直前に場所や時間などを表すものがきて、
「二
‧
つの地点‧時点の間」という意味を表す。また(67)のように「それに関して
は」という意味を表すものや、
(68)のように直前に「命」
「名誉」など人の生
y
Nat
er
io
と強い決意を表すものもある、と説明している。
sit
存や価値を社会的に保証するものを表す名詞がきて、「何がなんでも絶対に」
al
v
i
n
Ch
(66)北陸から東北にかけての一帯が大雪の被害に見舞われた。
engchi U
(67)話術にかけては彼の右にでるものはいない。
n
(65)台風は今晩から明日にかけて上陸するもようです。
(68)私の命にかけて、彼らを助け出してみせます。
機能語の「にかけて」から上記の命題を表す働きが失われ、「にかけて」は
「二つの地点‧時点の間」または「あるものに対して判断や比較の視点‧基準を
表す」「何がなんでも絶対に、という決意を表す」という文法機能を持つ単位
に変化している。(65)と(66)の文は「台風は今晩から明日まで上陸するも
ようです」「北陸から東北までの一帯が大雪の被害に見舞われた」、(67)の文
は「話術について/に関して彼の右にでるものはいない」という文と近似した
意味を表しており、すなわち「にかけて」は全体で「(から)~まで」や「に
ついて」「と関して」に類似する機能語と化しており、元の動詞「かける」と
しての性格を失っていることが観察できる。一方、Matsumoto(1998)が述べ
37
ているように、
「かける」と「にかけて」がそれぞれ「hang」と「extending through」
という意味をしており、「にかけて」には「かける」の「~に取り付ける」と
いう意味が残している。つまり、この二語には意味の類似性があり、この時空
間範囲を表す「にかけて」は、メタファーによって「かける」から発達したと
考えられる。
3.3.2
複合助詞「にかけて」の多義性と意味拡張
本節は、「にかけて」の多義性と意味拡張をみる。既に『日本語文型辞典』
で説明されているように、
「にかけて」は、二つの地点‧時点の間を表す用法①
と、あるものに対して判断や比較の視点‧基準を表す用法②、そして「何がな
政 治 大
んでも絶対に」という決意を表す用法③、合わせて三つの用法があるが、時空
間範囲を表す用法①に比べて、用法②と用法③が話者の主観的認識を表す用法
立
で、使用にもより制限されるため、後者は、前者の時空間範囲を表すものから
‧ 國
の意味の互いの関連付けや意味拡張を明らかにする。
學
派生したものだと考えられる。以下では、多義語研究の視点により、この三つ
‧
用法①:二つの地点‧時点の間を表す
y
Nat
sit
(A)〈空間的範囲〉
er
io
(69)関東から東北にかけて、徳一開創と伝えられる寺が、じつに七十ヵ
al
v
i
n
Ch
(70)バブル崩壊後、都心部や、湾岸沿いから隅田川沿いにかけて、庶民で
engchi U
も買える価格のマンションがつぎつぎに建設された。
n
寺以上もある。
(71)平成五年の手術をした症例です。三歳の男児、生まれたときから、
肩から腕の付け根、上腕にかけて、上腕は全周性に真っ黒い痣がご
ざいました患者さん。
(72)顔から首の辺りにかけて、うっすらと化粧してあるので、少し目立た
なくはなっているが、誰が見ても不自然だ。
〈空間的範囲〉では、(69)と(70)のように場所や地域を示すもの、また
は(71)と(72)のように人体の部位を示すものが前件名詞にくる。
(B)〈時間的範囲〉
(73)記念事業のメインである記念式典は、6月二十六日から二十八日にか
38
けて行われた。
(74)第二次世界大戦後から千九百六十年代にかけて、アジア・アフリカ諸
国が次々と独立を達成していった。
(75)富小路通から烏丸通へ抜ける、わずか四百メートル程度の間にSAC
RAビル、京都文化博物館、中京郵便局など、明治から大正にかけて
建てられた極めて上質のレトロビルが建ち並んでいます。
(76)十八世紀末から十九世紀初頭にかけてアメリカ人たちは、それ以前と
比較にならぬほどの数の教育施設を作り上げた。
以上の(73)~(76)のように期間、時代や年代を示すものが前件名詞にく
るもので、これは、抽象化に従い、〈空間的範囲〉から〈空間的〉が脱落し、
政 治 大
〈時間的〉が付け加わって〈時間的範囲〉になると考えられる。
以上の用法①での〈空間的範囲〉と〈時間的範囲〉の共通的特徴として、
「~
立
から~まで」のように、
「両方の間」の意味を表すのであると考えられ、
〈空間
用法②:あるものに対して判断や比較の視点‧基準を表す
Nat
y
‧
‧ 國
法①になる。
學
的範囲〉と〈時間的範囲〉に合わせてこの「二つの地点‧時点の間」を表す用
sit
(77)運転にかけては私もけっして弱気なほうではないが、混雑した都市部
er
io
を、ドイツのアウトバーン並みのスピードでぶっ飛ばすドライバーに
al
v
i
n
Ch
(78)ロブは銃撃戦にかけてはたんなる素人だ。だから、彼の行動はまった
engchi U
く予測がつかない。
n
は、仰天してしまう。
(79)中肉中背の中根は、武芸は並であったが、計略にかけては群を抜いて
いた。
(80)それに越後輝虎の家中も、為景(謙信の父)と輝虎と二代にわたり武
道にかけては強力だったから、武田家と同様であったのだ。
この「にかけて」の用法②では、以上の(77)~(80)のように領域‧分野‧
技術を示す名詞が前件にくる。この場合、
「にかけて」が、
「にかけては」の形
式で「~に関しては/については」の意味を表し、後件の後件の内容は、主体
が前件のそのものに対して評価をするのを表すものが一般的である。
以上の用法①と②の意味拡張として、まず、時空間範囲を表す用法①、いわ
ゆる〈空間的範囲〉と〈時間的範囲〉の共通的意味特徴として、
「両方の間(~
39
から~まで)を表す」の意味を表すものであり、その一方、「あるものに対し
て判断や比較の視点‧基準を表す」用法②は、
「~に関して/について」の意味
を表している。用法①の「~から~まで」と、用法②の「~に関して/につい
て」との共通的な意味特徴が抽出してみれば、両方ともに「一方から他方へ向
ける」という意味があると考えられる。意味拡張として、用法①の場合、まず
は「一方から他方へ向ける」という意味から、メタファーによって類似性のあ
る用法①が拡張し、さらには〈空間的範囲〉からメタファーによって〈時間的
範囲〉が拡張した。その一方、用法②の「~に関して/について」という意味
が、「一方から他方へ向ける」と、意味上の類似性があるため、用法②はメタ
ファーによって拡張したものであると考えられる。
政 治 大
以上の分析を、Langacker(1987)によって図示すれば、以下のようになる。
立
「一方から他方へ向ける」
(メタファー)
用法②:あるものに対し
‧ 國
學
て判断や比較の視点‧基
(メタファー)
準を表す(「~に関して
/について」)
‧
両方の間(~から~まで)を表す
sit
n
al
〈空間的範囲〉
(シネクドキー)
er
io
用法①:(A)
(プロトタイプ)
y
Nat
(シネクドキー)
i
n
C h(B)〈時間的範囲〉
engchi U
v
〈-空間的〉〈+時間的〉(メタファー)
用法③:何がなんでも絶対に、という決意を表す
(81)そんなおふみには、死にそうだった幼子が快復できたのは、八幡様の
お助け以外に考えられなかった。命にかけて育てますと約束したこと
を、おふみは参道わきの石垣に座って思い返した。
(82)降伏を呼びかけたがレベージェフ艦長はロシア海軍の名誉にかけて戦
う事を選択。
(83)昨年八月十八日の政変より、京都から放逐されていた長州藩にとって
40
京復帰は藩の面目にかけても果たさなければならない悲願となって
いた。
(84)「わたしおよびわたしの後継者が同じ誤りを犯さないために、国王の
威信と王国のすべての教会および諸侯の威信にかけて、わたしはこの
呪うべき厚顔な行為を禁止する。…」
この「にかけて」の用法③では、(81)~(84)のように、前件名詞にくる
ものとして「命」
「名誉」
「面目」
「威信」などの語に限られる。この場合、
「に
かけて」が「何がなんでも絶対に」という決意を表す。蔦原(1983)によると、
この用法の「にかけて」は、「~ということに関しても」という意味だけでな
く、さらに「~を失わないために、~をする」というようなニュアンスが加わ
政 治 大
る。また、蔦原(1983)はさらに、この用法の「にかけて」は、失うか失わな
いかが問題になる「賭ける28」の意味に通じるところがあり、この「にかけて」
立
の用法③は、
「賭ける」と、
「~に関して」の二つの意味が同時に含まれている、
‧ 國
學
ということである。つまり、
「にかけて」の用法③には、
「~に関して」の意味
だけではなく、「賭ける」のように「取り扱う」の意味が観察できる。
‧
蔦原(1983)によると、何がなんでも絶対に、という決意を表す用法③には、
「~に関して」の意味が含まれていて、これにより、用法③にも、「一方から
y
Nat
sit
他方へ向ける」という意味が抽出できると考えられる。ただし、
「~に関して」
al
er
io
に比べて、用法③の「何がなんでも絶対に、という決意」のほうが意味が特殊
v
i
n
Ch
用法①と②と同様に、起点として「一方から他方へ向ける」である。そして、
engchi U
メタファーによって「~に関して」のような類似性のある概念が拡張し、最後
n
で、外延が小さい(指示範囲が狭い)。そのため、この用法の意味拡張として、
にシネクドキー29によって「何がなんでも絶対に、という決意」を表す用法③
が拡張されたと考えられる。図示すれば以下のようになる。
28
蔦原(1983)により、「賭ける」は、うまくいけな費やさずにすむし、うまくいかなければ
費やさなければならないという不安定を持つ。また、
「にかけて」には、
「失わないように、頑
張る」という意味があるが、「下手をすると、失ってしまう可能性がある」ということでもあ
る。
29
籾山‧深田(2003)では、シネクドキーでは、より一般的な意味でより特殊な意味を表すの
だけではなく、その逆に、より特殊な意味でより一般的な意味を表すものもある。ちなみに、
「にかけて」の用法②と用法③のように、より一般的な意味から、より特殊な意味への拡張は、
「特殊化(specialization)」とも呼ばれることがある。
41
「一方から他方へ向ける」
(メタファー)
用法③:何がなんでも絶対
「~に関して」
に、という決意を表す
(シネクドキー)
以上により、用法①、②と③には全て、「一方から他方へ向ける」の意味が
あり、それは「にかけて」の中心的な意味であり、そして、籾山‧深田(2003)
政 治 大
によれば、用法①の〈空間的範囲〉が「にかけて」のプロトタイプであると考
えられる。ただし、
「にかけて」の用法①と②はそれぞれ、
「両方の間(~から
立
~まで)」と「あるものに対して判断や比較の視点‧基準」のように、句レベル
‧ 國
學
の用法である。これに対し、用法③は、「何がなんでも絶対に、という決意を
表す」のように、文レベルの用法である。そのため、意味拡張の仕組みとして、
‧
以上のように、用法①と②と共に示し、その一方、用法③をほかの二用法に分
けて示しておく。
al
er
io
「にわたって」の文法化と意味拡張
sit
y
Nat
3.4
v
i
n
Ch
『大辞林』によると、動詞「わたる」には以下の意味がある。
engchi U
① 人‧動物‧乗り物が、川‧海や道などを横切って向こう側へ移動する。〔水
「わたる」から「にわたって」へ
n
3.4.1
の場合は「渉る」とも書く〕
② あちらこちらと移る。
③ 世間の人々の間で暮らしてゆく。生きてゆく。
④ 物が、ある人の手元から他の人へ移動する。
⑤ 〔「亘る」とも書く〕ある範囲に及ぶ。
⑥ 他の動詞の連用形に付いて、その動作が続く意を表す。
⑦ ある場所へ行く。また、ある場所へ来る。
⑧ 人‧乗り物がある地点を通過する。
⑨ 鳥が空を飛ぶ。太陽や月が空を移動する。
⑩ 広がる。広く及ぶ。
42
⑪ 年月がたつ。年月を送る。
⑫ (尊敬を表す語と共に用いて)「ある」「いる」の尊敬語。おありになる。
いらっしゃる。
⑬ (補助動詞)
形容詞‧形容動詞の連用形および断定の助動詞「なり」の連用形「に」、ま
たは、それに接続助詞「て」を添えたものに付く。叙述の意を添える「あ
る」を敬っていう。…でいらっしゃる。…でおいでになる。
これに対し、
『日本語文型辞典』
(1998)では、動詞「わたる」から文法形式
化した「にわたって」は、以下の(85)~(88)ように、複合助詞の直前に期
間、回数、場所、項目を表す名詞が来て、「その規模が大きい様子」の意味を
表すとする。
政 治 大
(85)この研究グループは水質汚染の調査を 10 年にわたって続けてきた。
立
(86)彼はこの町を数回にわたって訪れ、ダム建設についての住民との話し
‧ 國
學
合いをおこなっている。
(87)首相はヨーロッパからアメリカ大陸まで 8 カ国にわたって訪問し、経
‧
済問題についての理解を求めた。
sit
Nat
ても一言で説明することはできない30。
y
(88)外国人労働者に関する意識調査の質問項目は多岐にわたっており、と
er
io
実質語の「わたる」のプロトタイプは、『大辞林』の記述の①「(誰/何か)
al
v
i
n
Ch
さらに、機能語の「にわたって」から上記の命題を表す働きが失われ、
「にわ
engchi U
たって」全体で「その規模が大きい様子」を表す、という文法機能を表す単位
n
が(どこ)を横切って向こう側へ移動する」といった命題を表すものであった。
に変化しているが、以上の(85)~(88)の文のように、主体が前件名詞が表
すもの(範囲)の全体を横切って進む、という意味があり、「にわたって」に
は元の動詞「わたる」の性格が色濃く残っていることも観察できる。つまり、
この二語には意味の類似性があり、「わたる」から「にわたって」への文法化
はメタファーによるものであると考えられる。
3.4.2
30
複合助詞「にわたって」の多義性と意味拡張
劉(2007)によれば、この例の「にわたって」は、複合助詞ではなく、動詞「わたる」のテ
形である。
43
本節は、
「にわたって」の多義性と意味拡張をみる。既に『日本語文型辞典』
で説明されているように、「にわたって」は、用法として「その規模が大きい
様子」の意味を表す、ということのみである。以下では、多義語研究の視点に
より、この「その規模が大きい様子」を表す用法の意味拡張を明らかにする。
用法①:「その規模が大きい様子」の意味を表す
(A)〈空間的範囲〉
(89)実際、道教は紀元後五世紀になると、中国の南北にわたって一つの
大きな宗教となっていた。
(90)古生代の三葉虫類・中生代のアンモナイト類などの生物は、それぞれ
政 治 大
特定の地質時代に限って生存し、しかも広い地域にわたって分布して
いた。
立
(91)これは林地崩壊のおそれがあるわけでございますが、こういう地域の
‧ 國
學
防災対策、これは安富町という町がございまして、この地域におきま
しても七百メートルにわたって林地が非常に崩壊をする。
‧
(92)高松城の東側は丘陵地であり、西側には足守川の流れが作り出した自
然堤防が三キロにわたって存在する。
y
Nat
sit
前件名詞にくるものとして、以上の(89)と(90)のように場所や地域を表
al
er
io
「メートル」
「ヘクタール」な
すもの、または(91)と(92)のように「キロ」
v
n
どの単位を示すものが、空間的な距離や面積を表すものである。これらのもの
Ch
は、〈空間的範囲〉にまとめることができる。
engchi
i
n
U
(B)〈時間的〉〈範囲〉
(Ⅰ)「期間」を表す
(93)ロサンゼルスからの生中継を中心に五時間にわたって放送する。
(94)われわれの工業生産システムは、過去二世紀にわたって再生不能資源
を大量に消費してきた。
(95)そして、時のインド監督局長官チャールズ・グラントは長時間にわた
って提案の理由を説明した。
(96)また、息子のブルネルも超広軌鉄道として有名なグレートウェスタン
鉄道の建設や、スクリュー船の実用化などに貢献し、父子二代にわた
って技術者として活躍した。
44
(Ⅱ)「回数」を表す
(97)世界社会フォーラムは二千一年から三回にわたってブラジルのポル
トアレグレ市で開かれてきた。
(98)この間、山岡鉄舟からの解兵要請を受け、その条件としての東征大
総督府への上表・待命を両度にわたって繰り返す。
(99)防衛庁長官は、証拠隠滅の中間報告を、初めは九月末までと言い、
国会では、当初の会期末である十月七日までにと、再三にわたって
引き延ばしを策してきました。
〈空間的範囲〉から〈空間的〉が脱落し、〈時間〉が付け加わって以上のよ
政 治 大
うな〈時間的範囲〉になる。また、前件名詞にくるものによって、
(93)~(96)
の「時間」「日」「年」「世紀」または「代」などによって「期間」を表すもの
立
と、
(97)~(99)の「回」「度」「次」または「再三」などを伴って「回数31」
‧ 國
‧
(C)〈範囲〉
學
を表すものに分かれる。
(100)策評価は、農水省が昨年度に実施した七十九事業を百十五の分野に
y
Nat
sit
わたって審査した。
al
er
io
(101)特定の生物や生物現象に関する研究を行う場合は、観察や実験の材
v
n
料・方法・器具・装置・データの取り方など、細部にわたって具体
Ch
的な計画を立てる。
engchi
i
n
U
(102)また、児童一人に二坪半以上という校地面積基準や同じく児童一人
三尺平方以上という教室面積基準などをはじめ、「学校建築ノ概要」
が二十二項目にわたって示された(「小学校ノ建築」)。
(103)このように、文化芸術の振興ないしその政策形成への民意の反映は、
基本法において2か条にわたって規定されている。
〈空間的範囲〉から〈時間的範囲〉になる一方、〈空間的〉が脱落して〈範
囲〉しか残っていない場合、
(100)と(101)のように、領域‧分野を示すもの
31
「にわたって」が「回数」を表す場合、文中で表す事態は個別的なものであるが、その成立
を時間軸に位置づけることが可能で、このように、最初の事態から最後に事態まで、時間的範
囲として取ることができる。
45
が前件名詞にくる。また、(102)と(103)のように「項目」を表すこともあ
る。
まとめとして、時空間範囲を表す用法①、いわゆる〈空間的範囲〉、
〈時間的
範囲〉と〈範囲〉の共通的特徴は、用法①の本来の意味のように、「その規模
が大きい様子」を表す、というものであり、また、元の動詞「わたる」の「全
体」の意味が色濃く残していることも観察される。つまり、「その規模(範囲
全体)が大きい様子」を表す、ということが、「にわたって」の中心的な意味
であると考えられる。また、籾山‧深田(2003)によれば、用法①の〈空間的
範囲〉が「にわたって」のプロトタイプであり、
〈時間的範囲〉と〈範囲〉が、
メタファーによって拡張されるものであると考えられる。
政 治 大
以上の分析を、Langacker(1987)によって図示すれば、以下のようになる。
立
(シネクドキー)
(シネクドキー)
‧
‧ 國
學
「その規模(範囲全体)が大きい様子」を表す
〈-空間的〉〈+時間的〉(メタファー)
y
Nat
(B)
〈時間的範囲〉
n
al
er
io
〈空間的範囲〉
sit
用法①:(A)
(プロトタイプ)
Ch
i
n
U
v
(C)
〈範囲〉
engchi
〈-空間的〉(メタファー)
46
第四章
「において」「にあって」「にかけて」「にわたって」の統
語的特徴と複合辞性の程度
本章では、
「において」
「にあって」
「にかけて」
「にわたって」の統語的特徴
およびこの四語の複合辞性の程度を観察する。ここでは、砂川(1987)、松木
(1990)、塚本(1991)に提出された複合助詞の認定基準を参考にして、以下
の②と③を抽出しておく。また、複合助詞が、「て」を失って連用形として使
うことができない、または「~は、~複合助詞+である」という形式の分裂文
が使われる、などのことで、動詞としての性質が失われているということも観
察できるため、認定基準に追加しておく。
①連用形になることができない。
政 治 大
②文末に来ることができない。
立
③連体修飾節になる。
‧ 國
學
④「~は、~複合助詞+である。」という分裂文を使う。
ここで注目されたいのは、③の「連体修飾節になる」について、複合助詞の連
体修飾形式が一般的に、元の動詞で修飾するものと、「複合助詞+の」で修飾
‧
するもの、の二形式がある。元の動詞で連体修飾をする形式に比べて、「複合
sit
y
Nat
助詞+の」の形式のほうが複合辞性の程度が高いと考えられる32。また、「に
io
うに元の動詞「置く」の変形で表す。
n
al
4.1
連用形になる場合
Ch
engchi
er
おいて」の連体修飾形式が特殊なもので、
「においての」と、
「における」のよ
i
n
U
v
まず、時空間範囲を表す用法①について、「において」のみで「におき」の
形で表すことができず、動詞「置く」としての性質が失われていて、典型的な
複合助詞であると考えられる。その一方、他の三語は、
「にあり」
「にかけ」
「に
わたり」のように、連用形になることができる。そして、用法②について、
「に
おいて」
「にあって」
「にかけて」は全て、連用形になることができない。また、
32
例えば、「について」と「に関して」は、名詞修飾の場合、「について」は「についての+
名詞」という形式であり、
「につく+名詞」は認められない。これに対し、
「に関して」は「に
関しての+名詞」と「に関する+名詞」ともに認められ、これにより、「に関して」のほうが
動詞としての性質が高く、これに対して「について」は複合辞性が高くて文法化の程度が高い
と考えられる。
47
「にかけて」の用法③が、連用形になることができない。
「において」:
(104) a.卒業式は大講堂において行われた。(用法①)
b.*卒業式は大講堂におき、行われた。
(105) a.絵付けの技術において彼にかなうものはいない。(用法②)
b.*絵付けの技術におき、彼にかなうものはいない。
「にあって」:
(106)a.異国の地にあって、仕事を探すこともままならない。
(用法①)
政 治 大
b.異国の地にあり、仕事を探すこともままならない
(107)a.高橋さんにあっては、どんな強敵でも勝てそうにありませんね。
立
(用法②)
‧ 國
學
b.*高橋さんにあり、どんな強敵でも勝てそうにありませんね。
「にかけて」:
‧
(108)a. 台風は今晩から明日にかけて上陸するもようです。(用法①)
b. 台風は今晩から明日にかけ、上陸するもようです。
y
Nat
sit
(109)a. 話術にかけては彼の右にでるものはいない。(用法②)
er
io
b. *話術にかけ、彼の右にでるものはいない。
al
v
i
n
Ch
b. *私の命にかけ、彼らを助け出してみせます。
engchi U
「にわたって」:
n
(110)a. 私の命にかけて、彼らを助け出してみせます。(用法③)
(111)a.この研究グループは水質汚染の調査を 10 年にわたって続けてきた。
b. この研究グループは水質汚染の調査を 10 年にわたり、続けてきた。
4.2
文末に来る場合
以下のように、「において」と「にかけて」は、文末で使用することができ
ず、動詞「置く」と「かける」としての性質が失われていて、典型的な複合助
詞であると考えられる。これに対し、「にあって」と「にわたって」は、文末
で使用することができて、元の動詞「ある」と「わたる」としての性質が残っ
ている特徴が観察できる。
48
「において」:
(112) a.卒業式は大講堂において行われた。(用法①)
b.*卒業式は大講堂におく。
(113) a.絵付けの技術において彼にかなうものはいない。(用法②)
b.*絵付けの技術におく。
「にあって」:
(114)a.異国の地にあって、仕事を探すこともままならない。(用法①)
b.異国の地にある。
(115)a.高橋さんにあっては、どんな強敵でも勝てそうにありませんね。
b.?高橋さんにある。
(用法②)
政 治 大
「にかけて」:
(116)a. 台風は今晩から明日にかけて上陸するもようです。(用法①)
立
b. *台風の上陸は今晩から明日にかける。
‧ 國
學
(117)a. 話術にかけては彼の右にでるものはいない。(用法②)
b. *彼の右にでていないのは話術にかける。
‧
(118)a. 私の命にかけて、彼らを助け出してみせます。(用法③)
b. 私は彼らを助け出すのに命{*に/を}かける。
sit
y
Nat
「にわたって」:
al
er
io
(119)a.この研究グループは水質汚染の調査を 10 年にわたって続けてきた。
v
n
b. この研究グループの水質汚染調査の継続は 10 年にわたる。
4.3
Ch
連体修飾節になる場合
engchi
i
n
U
以下のように、
「において」と「にかけて」が連体修飾節になる場合、
「にお
いての」と「にかけての」は認められるが、元の動詞「置く」「かける」を連
体修飾にするのは認められない。これに対し、「にあって」と「にわたって」
の場合、(121)と(124)のように「にあっての」と「にわたっての」は認め
られるが、用例数が少なく、逆に(122)と(125)のように元の動詞によって
表す連体修飾節の用例数がはるかに多く、元の動詞としての性格が濃厚に保た
れていると考えられる。
「において」:
(120)消費者の国産大豆志向の高まりも加わり、大豆を水田農業|におい
49
ての/*におく|米に次ぐ所得確保作物として位遣づけ、大豆の安
定生産が本格的に国策として打出されたのである。
「にあって」:
(121)テレビ局は屈指の高給職場ではある。しかし、国が放送免許の許認
可権を握り、長年にわたって競争相手の変化がない。限られたチャ
ンネル数という寡占状態にあっての高利益だ。
(122)もっとも、現在ドイツにある十六州のうち、ベルリン、ハンブルク
及びブレーメンは、州が即地方自治体であるから、州会計検査院が
当然それに該当し、特に広域検査というものを考える余地がない。
「にかけて」:
政 治 大
(123)幼児から成年|にかけての/*にかける|教育に関して、彼は音楽
と体育を二つの柱とする。
立
「にわたって」:
‧ 國
學
(124)また、土地資産を加えても説明力は高まらず、推計値が有意となる
地域とそうでない地域が混在し、全国にわたっての土地資産効果も
‧
認められなかった(注3)(図表5‐3‐1)。
(125)国営武蔵丘陵森林公園は、明治百年記念事業として、閣議決定「明
y
Nat
sit
治百年記念事業として行う国営森林公園の設置について」に基づき、
4.2.1
er
al
n
る。
io
埼玉県比企郡滑川町及び熊谷市にわたる丘陵地を整備するものであ
Ch
engchi
i
n
U
v
「における」について
「において」の連体修飾の形として、「においての」のほかに、「における」
で表すものがある。
(126)エネルギー税にみられるような環境課徴金や環境税の導入、ドイツ
における脱原発化、風力発電の導入などは、これに当たる。
(127)我が国が世界の文化の創造に貢献するとともに、芸術創造活動の水
準の向上に資するため、芸術家や芸術団体の相互交流、美術や映画
分野における国際交流などを推進する必要があります。
「における」について、『大辞泉』では以下のように記述されている。
「お(於)ける」を「動詞「お(置)く」の已然形+完了の助動詞「り」の
連体形。「…における」の形で」(『大辞泉』)
50
これにより、「お(於)ける」が「置く」から変化したことがわかる。この
場合、動詞「置く」としての意味が薄くなる一方、範囲を表す機能を持つよう
になり、
「における+名詞」の形式で「において」の連体修飾用法としている。
筆者が収集した資料では、「においての」の用例がわずか 150 でがあるのに対
し、
「における」の用例は 27592 件あり、使用頻度がはるかに高い。また、元々
動作を表す「置く」から、状態を表す「おける」への変化のように、他動詞か
ら自動詞への転換が観察できる。
4.3
分裂文を使う場合
以下の(128)と(130)のように、
「において」と「にかけて」が、
「~(の)
政 治 大
は~において/にかけてである」のように、分裂文の形式として使われていて、
動詞としての性質が失われていることが観察できる。これに対し、
(130)と(132)
立
のように、
「にあって」と「にわたって」が、
「~(の)は~にあって/わたっ
‧ 國
残っていると考えられる。
學
てである」のように分裂文の形式にならず、元の動詞「ある」としての性質が
‧
(128)麻薬問題が最も大きくクローズアップされたのは、千九百八十五年
九月の“ピッツバーグ裁判”においてでである。
y
Nat
sit
(129)アメリカで“外部導入型”が近年、非常に増えてきたのは、経営環
al
er
io
境の激変が背景|*にあってである/にある|。
v
i
n
Ch
たのは、アメリカでは四十年代の終わりから、五十年代にかけてで
engchi U
である。
n
(130)マクロ経済モデルの開発と応用が、経済学界のホットトピックだっ
(131)山地からの移出品は、材木‧木工品‧燃料‧皮革‧薬品‧鉱産物など多岐
|*にわたってである/にわたる|。
4.4
まとめ
以上では、「連用形になる」、「文末に来る」、「連体修飾節になる」、「分裂文
を使う」の四点において、「において」「にあって」「にかけて」「にわたって」
のそれぞれの構文的特徴を考察した。その結果を以下のように示しておく33。
33
「+++」は「できる」で「用例数が極めて多い」、「++」は「できる」で「用例数が多
い」、
「+」は「できる」、
「—」は「用例数が非常に少ない」、
「——」は「できない」という意
51
〈表5〉
認定基準
連用形
文末に
になる
くる
複合助詞
連体修飾節になる場合
元の動
「複合助詞 元の動詞
詞で表
+の」で表 の変形で
す
す
表す
分裂文
複合辞
の形式
性の程
度
にあって
+
+
+++
—
——
——
にわたって
++
+
++
+
——
——
にかけて
+
—
——
++
——
+
において
——
——
——
+
+++
++
政 治 大
いて」である。これは、Matsumoto(1998)が述べているように、
「置く」から
立
以上で考察したように、この四語では、文法化が最も進んでいるのは「にお
「において」への文法化は、メタファーによらない特殊な形式であるため、動
‧ 國
學
詞と複合助詞の間に類似性がなく、二語は独自の意味と用法を持ち、「におい
て」は複合助詞としての性格が他の三語に比べてより強いためであると思われ
‧
る。
n
er
io
sit
y
Nat
al
Ch
engchi
味である。
52
i
n
U
v
低い
高い
第五章
「において」、「にあって」、「にかけて」、「にわたって」の類義性お
よび意味特徴
本研究の中心とする複合助詞「において」、
「にあって」、
「にかけて」、
「にわ
たって」のこの四語は全て、時空間範囲を表す機能があるが、2.2.2で提
示した砂川(2000)により、以下のように、
「において」と「にあって」は「同
時点」を表すのに対し、「にかけて」と「にわたって」は「期間」を表し、こ
の二グループが表す時空間範囲の概念が異なっていることがわかる。
〈表2をを再掲〉
空間から
意味関係の変化
用例
政 治 大
設置場所
調査の過程において様々なことが明
において
→生起時点
らかになった。
存在場所
死の間際にあっても、子供たちの幸福
にあって
→生起時点
を願い続けた。
[設置]
[期間]
設置場所
台風は今晩から明日の朝にかけて上
かける→
にかけて
→到達点?34
陸するもようです。
[移動]
[期間]
通過点?
この研究グループは水質汚染の調査
わたる→
にわたって
→経過点
を 10 年にわたって続けてきた。
ある
立
[同時点]
→
‧
Nat
y
[存在]
io
sit
→
‧ 國
おく
學
[同時点]
er
[設置]
時間へ
al
v
i
n
Ch
法化を経て、「同時点」または「期間」のように、互いの意味と用法が類似す
engchi U
n
このように、この四語が、元の動詞の段階で異なっている意味を持つが、文
るようになり、いわゆる類義性があると思われる。本章では、これらの複合助
詞同士の比較対照を通し、各語の意味特徴を探ることを目標をする。
5.1
先行研究:森田‧松木(1989)
まず、
「において」と「にあって」について、森田‧松木(1989)では、この
二語は共に以下の(132)と(133)のように、「動作や作用の行われる時(機
会)‧場所‧状況(場合)を示す」の機能がある、と記述している。
(132)文献時代以後においても、ヨーロッパの地図は目まぐるしく塗り替
34
「?」は砂川(2000)がつけるもので、ここでは先行研究の整理を忠実にして示しておく。
53
えられてきた。
(133)わたくしはこの東京にのみならず、西洋にあっても、売笑の巷の外、
ほとんどその他の社会を知らないといってもよい。
以上の(132)と(133)のように、「において」と「にあって」は共に前件名
詞の示す範囲内で行われる物事を表す機能があるが、この二語の相違点につい
て、森田‧松木(1989)は、
「にあって」は「~に身が在って」の意味をするた
め、前件の語句が表す場所‧場合‧時間に主体の身(視点)が既に移されていな
ければならない。例えば以下の(134)のように、
「にあって」の場合は、主体
が実際に調査の過程に身を置いていて、その調査の進行に従っていくつかの事
実が出てきたことを報告しているニュアンスである。これに対し、
「において」
政 治 大
の場合は、主体の視点の移動が必要ないので、第三者の調査について客観的な
立場で言及する態度である、としている。
立
(134)調査の過程において〈にあって〉いくつかの事実が明るみに出た。
‧ 國
この二語の違いを端的に示している、としている。
‧
(135)a.野において現金を操る。
學
そして、森田‧松木(1989)は、以下の(135)のように考えることがもできて、
b.野にあって政権を操る。
y
Nat
sit
(135a)は、野(=政権の側に立たないこと、民間)の世界の範囲内で現金を
er
io
思い通りに動かすことを意味する。これに対し、(135b)は、自分は野に置き
al
v
i
n
Ch
る。つまり、
(135a)の「において」の場合は、
U
e n g c h i「野において」が述部「現金を
n
ながら、それとは逆の政権の世界を思い通りに動かしていることを意味してい
操る」の依って立つ範囲を限定しており、(135b)の「にあって」の場合は、
「野にあって」と「政権を操る」が対比的に並べられていて、しいて言えば逆
接の関係に置かれているのである。また、以上のようなことが起こるのは、
「に
あって」が元の動詞「ある」の「とどまっている」の意味を濃厚に保っている
ためであり、また、このように「にあって」は動詞本来の用法に近く、複合辞
性が低いため、以下の(136)のように場所の格表示機能にしか過ぎない例の
ような「において」とは置き換えられないことになると、森田‧松木(1989)
が指摘している。
(136)a.六時から公会堂において市民コンサートを開きます。
×b.六時から公会堂にあって市民コンサートを開きます。
そして、「にかけて」と「にわたって」について、森田‧松木(1989)では、
54
この二語は共に起点‧終点‧範囲を示すものであり、
「にかけて」は(137)のよ
うに、終点‧限界点を指し示す表現で、起点の「から」を用いて「~から…に
〈へ〉」の形で、時間的‧空間的範囲を明示するものである。これに対し、「に
わたって」は(138)のように、場所や期間がある範囲全体に及ぶことを表す
表現である。
(137)明治三十七年の春から、三十八年の秋へかけて、世界中を騒がせた
日露戦争が…
(138)あらゆる戦線にわたって事態は日ましに迫っていった。
そして、森田‧松木(1989)は以下の(139)のように、起点の「から」と呼応
して「~から…にわたって」となる文を挙げ、「にかけて」と「にわたって」
政 治 大
の違いを説明する。
(139)の「にわたって」の文を(140a)のように「にかけ
て」に置き換えると不自然な文になるが、(140b)のように同じの文の「四日
立
間」を「十八日」に代えれば、無理がなくなる。
‧ 國
學
(139)期末試験は来る十二月十五日から四日間にわたって行われる。
(140)× a. 期末試験は来る十二月十五日から四日間にかけて行われる。
‧
b. 期末試験は来る十二月十五日から十八日にかけて行われる。
このように、
「にわたって」は、ある範囲全体に及ぶことを表すという性質上、
y
Nat
sit
時間的‧空間的な幅のある言葉を受ける必要がある。これに対し、「にかけて」
al
er
io
は、時間的‧空間的なある一点を受けることが可能であり、しかも原義から見
v
n
て、起点と終点の双方にまたがるという意識が強い、ということが、森田‧松
Ch
木(1989)が指摘している。
engchi
i
n
U
ここで一つの注意したいこととして、第三章で指摘したように、
「において」
を除き、他の三語は全て元の動詞からメタファーによって変化したもので、元
の動詞と意味上の類似性がある。森田‧松木(1989)が指摘しているように、
例えば「にあって」に含まれる「とどまっている」の意味、また、
「にかけて」
は終点‧限界点を指し示す一方、「にわたって」は範囲全体に及ぶことを表す。
これは、元の動詞の「ある」、
「かける」、
「わたる」の意味がまだ残しているた
めであると考えられる。また、これにより、類義語であっても、複合助詞同士
としての相違点が、文法化の形式35と、元の動詞の意味に遡ることができるの
35
森田‧松木(1989)は、「において」は動詞「置く」が、「にあって」は動詞「在る」がもと
になるため、一定の幅をもたせた時‧場所‧状況の中に「~を置く」「~が在る」ことを表して
55
であると考えられる。
5.2
考察の手順
森田‧松木(1989)では、各グループで、比較対照をすることによって各語
の意味と用法上の特徴を提示している。ただし、各語の、前件名詞の特徴、及
び後件の述語の種類や性質についてまだ触れていない。この問題を解明するた
めに、以下では、まず国広(1982)の「文脈的作業原則」によって、各語の各
用法の前件名詞に共通する特徴、及び後件述語に共通する特徴を抽出し、そし
て、仁田(2001)と影山(2008)などの叙述類型に関わる理論を導入して考察
し、さらには、各グループで比較対照をして各語の特徴を考えてみたい。
政 治 大
そして、各語の特徴をそれ以上明らかにするために、各グループの性質に応
じて、「において」と「にあって」の分析には、さらに国広(1982)の「対照
立
的作業原則」を導入し、互いの置き換えの可能性を考察することによってこの
‧ 國
學
二語の特徴を考えてみたい。その一方、「にかけて」と「にわたって」の分析
には、述語のタイプに対して、工藤(1995)と(2014)から、時間的限定性に
‧
よる述語分類を導入し、後件述部にくる述語の性質を考察することによってこ
の二語の特徴を考えてみたい。
y
Nat
sit
なお、これらの複合助詞の評価性があるものとして、八亀(2012)によって、
n
al
er
io
前件名詞の性質から、各用法の評価が成り立つ範囲のタイプを考えてみたい。
Ch
engchi
i
n
U
v
いる、と指摘している。ただし、Matsumoto(1998)が指摘しているように、文法化の形式が
特殊であるため、「置く」と「において」とは意味上の類似性がない。これは、類義語同士の
「にあって」との相違点が生じる理由であると考えられる。
56
5.1
「において」と「にあって」の類義語分析
5.1.2
「において」の分析
5.1.2.1
「において」用法①:時空間範囲を表すもの
以下では、「において」を〈空間的範囲〉、〈場面的範囲〉、〈時間的範囲〉そ
して〈範囲〉の順に、用例を通して分析を見ていく。
①〈空間的範囲〉を表す「において」
(141)運転免許保持者が障害を負った時には、運転免許試験場において、
臨時適性検査が実施されます。
(142)千九百八十八年十一月、ミシガン大学において、ヴィタリ・シェヴ
政 治 大
ォロシュキンの主催により「言語と先史時代」と銘打たれた言語遺
伝学会が開催された。
立
(143)愛知県青少年育成推進本部の支部において、市町村と緊密に連携し
‧ 國
學
た活動を推進することにより、地域の実情に応じた青少年施策を展
開していきます。
‧
(144)労働総研と共同で開催してきた「地域政策研究交流集会」を「雇用
と地域経済」を中心に十月九、十日に一泊二日で札幌市内において
y
Nat
sit
開催する。
er
io
(145)このようにして、千八百八十年代末期には、北炭経営下の幌内炭鉱
al
v
i
n
Ch
なるとはいえ囚人労働が展開されるのである。
engchi U
(146)日本周辺及び西太平洋海域において、海水温、海流等の海洋観測を
n
と三井物産会社経営下の八重山・西表炭鉱において、その規模は異
行うほか、海水中の重金属、油分等の海洋汚染物質の定期観測を引
き続き実施する。
(147)社会的な成熟に加え、資本力、労働力が蓄積されていた英国におい
て、繊維工業を中心に、産業革命はまずこの国から起こっていった。
(148)しかし、現在、大量に生産されている石油、石炭については、エネ
ルギー需要が集中している欧露地区において供給不足が増大してい
る。
(149)イラン系の言語は、先に述べたように、現在では整合的SOV型ま
たは混合型の語順を持つが、元来はSOV型の語順を持った印欧語で
ある。それに対し、セム系の言語は、現在、西アジアにおいて整合的
57
VO型のまとまりをなして存在している。
以上の(141)~(149)の「において」の前件名詞には、場所、または都市、
国家、地域などを指すものである。後件の述部には、(141)~(146)の「開
催する」、
「実施する」、
「展開する」などの他動詞、または(147)と(148)の
「起こっていく」、
「増大する」のように自動詞がきて、その場所で、ある出来
事が起こる、行われる、という意味を表す。以上の(141)~(148)の後件の
述語の共通性を抽出してみれば、ある物事が起こる、成り立つ、という共通的
な意味特徴が観察できる。また、
(141)~(146)、または(147)は、
「開催す
る」、
「実施する」、
「展開する」、
「起こっていく」などの動詞がくるが、仁田(2001)
によると、述語のタイプとして「動き」である。ここて注意したいことは、
(148)
政 治 大
の「増大している」のように、動詞のテイル形(持続相)を表す事態に対する、
意味的類型としての位置づけについて、仁田(2001)は以下のように記述して
立
いる。
‧ 國
學
「子供ガ運動場デ遊ンデイル。」「母親ガサンマヲ焼イテイル。」などは、あ
る時間帯続く同質的なあり様であるが、これは、筆者が状態と名づけた類型が
‧
有している特徴の一部である。筆者は、このようなテイル形の表す事態に対し
ても、事態自らの有している時間的展開過程の一部(事態の内的な一局面)と
y
Nat
(仁田(2001))
er
io
sit
して捉えることによって、事態の意味的類型は動きである、という立場と取る
al
v
i
n
Ch
を取って持続を表すものは「状態」ではなく、
〈空間的範囲〉
U
e n g c h i「動き」であり、
n
つまり、仁田(2001)によれば、
(148)の「増大している」のようにテイル形
を表す「において」の後件の述語の共通的特徴は、特定の時間の中に、内的な
展開過程を有している事態を表すもので、「動き」である。
また、以上の(141)~(148)のように後件述語が「動き」であるものに対
し、
(149)の「存在している」のように、「状態」であるものもある。
②〈場面的範囲〉を表す「において」
第三章の考察からわかるように、
〈場面的範囲〉を表す「において」は、
「場
合‧状況」、「動作‧行為」、「事件‧イベント」などを表すものがある。まず、以
下の(151)~(153)は、「場合‧状況」を表すものである。
(150)両議院の議員は、反逆罪、重罪、および公安を害する罪の外のあら
ゆる場合において、会期中の議院に出席中、およびこれへの往復途
58
上に、逮捕されない特権を有する。
(151)そのアジア情勢において、日米両国が、米英同盟をモデルとした関
係を築くべきだと提言し、日米両国はバードン・シェアリング(費
用分担)をパワー・シェアリング(力の分担)へと進めるべきだと
する。
(152)千九百九十年代の具体的な社会・経済的状況において移行諸国の経
済を上記の体制転換モデルのいずれかに一意的に転化させることは
実際不可能であった。
(153)また、まず国際関係において政府間で強い政治的約束をし、その不
承認が事実上困難な状態において、その法的承認を国会に求めるや
政 治 大
り方が採られることも少なくない。
後件の述語として、「有する」は、主体(両議院の議員)が対象物(特権)
立
を所有する、という意味を表す動詞である。「築くべきだ」は、活動動詞の直
‧ 國
學
後に助動詞「べき」を付けて、物事をする必要がある、という意味を表す。ま
た、
(152)と(153)では、「不可能」や「少なくない」などの形容詞がきて、
‧
ある特定の時間の中に、物事のあり様を表す。以上の(149)~(152)のよう
に前件には場合や状況を表す名詞がくる場合、後件述語として「状態」である。
y
Nat
sit
そして、以下の(154)~(157)は「動作‧行為」、(158)~(161)「事件‧
er
io
イベント」を表すものである。
al
v
i
n
Ch
意書を提出して、その和解の内容を主文とする仲裁判断を求めると
engchi U
きは、あっせん手続又は調停手続は、仲裁手続に移行する。(コト)
n
(154)あっせん手続又は調停手続において和解が成立し、当事者が仲裁合
(155)内科医の見誤ったてんかん発作との区別は簡単で、ナルコレプシー
では脳波検査において、正常所見とともに、容易に睡眠脳波への移
行がみられるのに対し、てんかんでは異常な脳波活動が出現する。
(156)ネットワーク上の取引において、送金したが購入物品が届かないと
いうトラブルが発生している。
(157)再審請求に関する審理において、請求人及び弁護人に、再審請求理
由陳述権、証拠調請求権、証拠調立会権、証拠調の結果についての
意見陳述権を認める。
(158)第二次世界大戦において、当時のドイツがイギリスへV‐一および
V‐二による攻撃を実施した際も有効な対応策はなく、イギリス国
59
民および財産に多大な心理的・具体的被害を与えた。
(159)この地域は、昭和六十二年2月の山林火災において、約三百haに
のぼる被害が発生したところである。
(160)千九百九十九年九月十日に、日本心理臨床学会第十八回大会におい
て、自主シンポジウム「プロセス指向心理学(POP)―フォーカ
シングとPOPの出会い」が開催された。
(161)イギリスにおける紹介がもっとも早かったようで、千九百五十八年
のロンドン映画祭において『東京物語』が上映され賞が与えられて
います。
以上の用例の後件の述部からみれば、
「成立する」、
「出現する」、
「発生する」
政 治 大
などの自動詞、または「認める」、
「与える」、
「開催する」、
「上映する」などの
他動詞でもあり、共通的な意味特徴として、〈空間的範囲〉と同様に、物事が
立
起こる、成り立つ、という共通的な意味が観察できて、したがって、叙述のタ
‧ 國
學
イプとして「動き」である。
まとめとして、第三章で指摘したように、〈場面的範囲〉における「場合‧
‧
状況」、「動作‧行為」と「事件‧イベント」は、前件名詞の共通的特徴として、
空間概念から時間概念へ、両方によって規定されるのである。ただし、後件の
y
Nat
sit
述部から見れば、
「場合‧状況」は「状態」であるのに対し、
「動作‧行為」と「事
er
io
件‧イベント」は「動き」であり、また、これらの動詞述語はある物事が起こ
al
v
n
る、成り立つ、という共通的な意味を表し、これは、〈空間的範囲〉としての
i
n
Ch
性格がまだ残っているためであると考えられる。
engchi U
③〈時間的範囲〉を表す「において」
(162)江戸時代において、カムの考え方は水車の動力を用いて臼で米を搗
く場合にも用いられています。
(163)光を熱に変換して用いているために、光が本来備えている種々の特
性(波長、偏光、位相など)を記録に生かすことができていない。
光を熱に変える過程において、それらの特性は失われている。
(164)十八世紀において、この奴隷の話はイギリス、フランスでさまざま
な形で出版され、多くの人々の口をとおして語られたという。
(165)しかしながら、環境基準の達成期限であった昭和六十年度において、
大都市圏を中心に達成することができなかった測定局が多く残され
60
ている。
(166)仮に民間融資になった場合、高所得者の方にはメリットがあるが低
所得者の方は厳しくなる(二十代、鹿児島、借家)
・民間金融機関に
対する不信はこのバブル期以降において顕著に高まっていると思う。
(167)現時点において、痴呆症自体の治療は困難であるが、それに付随す
る夜間せんもうなどの改善により、痴呆性老人の在宅介護が容易に
なる場合もあるので、専門医による治療が必要である
(168)経済の発展段階において、中国などに生産が移転する現象は、だれ
も止められない。
以上の(162)~(168)の「において」の前件名詞には、時間、時間帯、時
政 治 大
点、または過程、段階などを指すものである。後件の述部には、例えば(162)
~(165)の「出版する」、「語る」、「用いる」、「残す」、「失う」などの他動詞
立
が多く、(166)の「高まる」のように自動詞がくるものもある。また、(167)
‧ 國
學
と(168)の「困難だ」と「止められない」など、形容詞や動詞の可能形もは
や否定形がくるものもある。また、共通的意味特徴として、大まかに言えば、
る。
‧
物事が、特定の時間の中に展開する出来事ないし状態を表す、ということであ
y
Nat
sit
また、後件述語のタイプとして、まず、(162)~(165)のように後件に動
er
io
詞述語かくるものから考えよう。仁田(2001)は「動き」とする動詞述語につ
al
v
i
n
Ch
「筆者は、「壊ス、切ル、割ル、乾カス、開ケル、置ク」などといった、対
engchi U
象に対して変化を引き起こす、他動性が高い、いわゆる対象変化他動詞だけで
n
いて、以下のように記述している。
なく、「叩ク、蹴ル、ナデル」や「見ル、読ム」などの、対象に対して変化起
こさない、いわゆる対象変化他動詞や、「歩ク、走ル、遊ブ、暴レル、騒グ、
働ク」などの自動詞も、…同じように動きという命題の意味的類型に属し、命
題の意味的類型という点では差がない、という立場を取る。」
(仁田(2001))
仁田(2001)によれば、(162)~(165)の「出版する」、「語る」、「用いる」、
「残す」、
「失う」など、対象に対して変化を引き起こす対象変化他動詞であっ
て、
(166)の「高まる」のように自動詞であっても、意味的類型として「動き」
である。そして、(167)と(168)の「困難だ」と「止められない」などは、
その特定の時間内で続く同質的なあり様を表すため、「状態」であると考えら
61
れる。まとめとして、〈時間的範囲〉を表す「において」では、後件にくる述
語のタイプは、「動き」でもあり、「状態」でもある。
④〈範囲〉を表す「において」
第三章の考察からわかるように、〈範囲〉を表す「において」は、具体的な
空間とは言えず、
「抽象的空間」と、物事のある方面を指す「領域‧分野」を表
すものがある。まず、以下の(169)~(173)は、「抽象的空間」を表すもの
である。
(169)日本の企業において、終身雇用制度は完全に崩壊しています。
(170)複雑多様化した経済社会において、商品・サービスについての消費
政 治 大
者の苦情は年々増加している。
(171)ロスアンジェルス地区の労働市場において、ヒスパニック系労働者
立
がもはや欠かせない担い手となっていることは、国勢調査の結果に
‧ 國
學
も現われている。
(172)非常に複雑なグローバル化された環境において、政府に効果的な統
‧
治力、制度、法的な枠組、民主的な政治のプロセス、それらがない
ことが紛争の種になり、国家の破綻となっている。
y
Nat
sit
(173)旧東ドイツ地域については、特に産業界において、研究人材の減少
al
er
io
が続いているが、研究開発を行う企業の新設や分離設立等によりその
v
i
n
Ch
以上の前件名詞に「抽象的空間」を表すものがくる(169)~(173)は、後
engchi U
件の述語には「崩壊する」、
「増加する」、
「なる」、
「続く」、
「増大する」などの
n
速度は弱まっているといわれている。
自動詞がきて、特定の時間の中に、物事が起こる、成り立つ、という共通的意
味を表しており、したがって、叙述のタイプとして「動き」であると考えられ
る。
そして、以下の(174)~(178)は、「領域‧分野」を表すものである。
(174)皮膚科心身医学において、精神療法の併用も行われる。
(175)二十一世紀初頭、ヨーロッパとアジアで起こった社会的変革の歴史
において、モンゴル民主化はまさしく特殊な歴史に含まれる。
(176)マルチメディアの分野において、日本ではDVDが事実上の標準規格
となっています。
(177)一般的にいって、自然科学も含めてあらゆる科学において、実体概念
62
から関係概念への推移が基本的な趨勢であるとすれば、政治学の科学
化のためには、関係概念を重視することが必要である。
(178)開戦前のアジア国際関係論において、浮田はロシアの主張、行為の正
当性を多分に認め、大国民としてロシアの国民品格まで称賛した。
以上の前件名詞に「領域‧分野」を表すものがくる(174)~(178)は、後
件にくる述語の種類からみれば、自動詞、他動詞、そして名詞でもある。後件
述語のタイプとして、まず、(174)~(177)の後件述語は、動詞でも名詞で
もかまわず、「属性」であると考えられる。例えば、「行われる」は(173)の
文では、動作や人間の行為を指すのではなく、対象物(精神療法の併用)がそ
の範囲(皮膚科心身医学に)でのあり様を指すのである。また、これらの述語
政 治 大
が表す事態が、特定の時間の中に限定されないことが観察できる。その一方、
(178)の「称賛した」のように、述語のタイプとして「動き」であるものも
立
ある。
‧ 國
學
まとめとして、以上の「抽象的空間」と「領域‧分野」は、前件名詞が共に
時空間概念をもたない〈範囲〉を表すが、後件の述語として、「抽象的空間」
‧
は「動き」であるのに対し、「領域‧分野」は「属性」である。
また、この「において」の用法①が、以上の〈空間的範囲〉、
〈場面的範囲〉、
y
Nat
sit
〈時間的範囲〉と〈範囲〉のように、前件名詞が全て「範囲」の意味を持つ。
er
io
評価表現とする場合、その前件名詞が、ある特定の状況とし、後件が表す評価
al
v
i
n
Ch
して、「成り立つ状況の絞込み」であると考えられる。
engchi U
n
的意味がその下でのみ有効となるため、その評価が成り立つ範囲のタイプにと
5.1.2.2
「において」の用法②:「それに関して~」、「その点で~」
の意味を表すもの
第三章の記述からわかるように、「それに関して~」、「その点で~」の意
味を表す「において」の用法②は、前件名詞によってさらに「視点‧立場」と
「側面」に分けられる。まず、以下の(179)~(181)は「視点」を表すもの
である。
(179)日米安保条約によりまして、アメリカもいざという場合には日本を
守る責任を持っております。相当の負担もかかります。そういう意
味において、アメリカの税金を支払っている方々に議員の皆さんが
非常に注意しているということは当然考えられることでございます。
63
(180)キリスト教徒は唯一絶対の神を信じている。こういういい方を許し
てもらえるなら、この神は一つの「実体」から成っている。あらゆ
る意味において、神はただひとりの存在だ。
(181)ルソーの理想教育は、何よりもまず社会の悪影響から子供を護る「消
極教育」である。…したがって、確かにルソーは『エミール』の中で
しばしばロックを批判するが、両者は似かよった議論をしているとい
えよう。実際、赤ん坊の食べ物や着物といったことまで気を配りなが
ら、子供の漸進的な成長に合わせてその情念の制御をし、最終的には
理性的な個人を形成するような教育を提示している点で、両者の類似
は明らかである。だが、社会批判という視点において、ルソーの方が
政 治 大
より徹底している。ロックの教育論は、見方によれば紳士のマナーの
習慣化に映る。
立
以上の(179)~(181)の前件名詞にくるものは、物事に対して評価するの
‧ 國
學
に話者がとる視点や立場としている。八亀(2012)によると、以上のように、
後件の述部はある特定の視点や立場、文脈においてのみ有効となるもので、い
‧
わゆる「視点の絞り込み」である。また、八亀(2012)は、
「視点の絞り込み」
によって表す評価表現では、先の文脈で示された流れに立って評価をすれば、
y
Nat
sit
だれでもそのような評価になる、ということを明示している、と述べている。
al
er
io
これにより、この「視点」を表す「において」では、話者が、前件の視点を通
v
n
して、その評価対象の恒常的な性質を後件で明示するため、叙述のタイプとし
Ch
て、「属性」であると考えられる。
engchi
i
n
U
そして、以下の(182)~(186)は「側面」を表すものである。
(182)まず社会保険は、すでにみたように医療保険、年金保険とも、さま
ざまな制度が分立しているが、これらは歴史的に徐々に設立整備さ
れてきたため、保険料水準、給付水準、給付条件、国庫負担の程度
などにおいて、諸制度の間に格差が生じている。
(183)わが国の牛肉は、その肥育期間の長さにおいて、以上すべての主要
牛肉生産国の牛肉と著しく異なる。
(184)これに対して、わが航空兵力の不足は補給と基地推進の困難がくわ
わって、彼我の勢力比は数において、およそ七百五十機対百五十機
と判断された。
(185)権力を理論的に詰めて権力批判の方向性を示す、という理論的権威
64
が、その現実的な展開形態での権力性において、実は打倒すべき権
力とよく似てくる。
(186)末期政治武人は、平和な時代に政権にいるため、武芸のスポーツ化、
文化化が起きて、緊迫感がない。武術がマニュアル化されているた
め、危機管理能力において、新規政治武人よりも劣る。
以上の(182)~(186)の前件名詞にくるものとして、
「程度」、
「長さ」、
「数」、
「権力性」、
「能力」などは、程度、量、質などの意味を表すものが共通的特徴
であり、ある基準‧単位、または人間の意識‧判断によって測量‧評価できるも
のである。また、この「側面」を表すものとして、例えば以下のように、その
後件の内容から見ると、主語が特に優れる、他より勝る、というプラス評価を
表すものもある。
政 治 大
(187)模型の金型は、製品のクオリティやオリジナリティを左右するキモ
立
な部分。タミヤはこの金型製作において技術、規模ともに世界トッ
‧ 國
學
プクラス。
(188)性格のひん曲った猫と違い、落ちこぼれのラブラドル犬は人なつこ
‧
さと利口さにおいて、まことに素晴らしい犬だった。
(189)このようにITを最大限に活用して、人間が最も快適なリズムで生
y
Nat
sit
活し仕事をする環境を作ることにおいて、北海道が日本ではおそら
er
io
く最も実現性が高い。
al
v
i
n
Ch
ップス史上最高の傑作シングルとなった。
engchi U
(191)その作品世界を流れている人生の時間の濃密さにおいて、また同じ
n
(190)この二曲のカップリングは、アイディアと音楽性の高さにおいてポ
ことだが、それが私たちの人生に与える手応えの確かさにおいて、
これまでのところ、黒岩氏の右に出る作家はいない。
以上の(187)~(191)の前件名詞にくるものは、物事の能力‧資質‧価値を表
すものがくることが多く、また、一般名詞だけではなく、
(189)のように「動
詞連用形+こと」の形式がくるものもあり、これらのものは全て、人間の意識
‧判断によって評価できるもの。後件の内容は、主語がその面(前件名詞)で
特に優れる、他より勝る、という意味を表す。
つまり、八亀(2012)によれば、この「側面」を表す「において」は、後件
の述部が表す評価が、ある部分(集合)については有効となる評価であり、言
い換えると、評価対象の全体に及ぶものではなく、ある特定の側面や部分を対
65
象に行われている、いわゆる「側面の絞り込み」である。また、評価の対象の
性質がについて、「タミヤ」、「カップリング」、「北海道」などの物でけではな
く、「末期政治武人」、「黒岩氏」そして「ラブラドル犬」など、人や動物を表
すものもある。また、評価の傾向について、(186)~(191)のようにプラス
評価の表現がくるものが多いが、
(185)のようにマイナス評価の表現がくるも
のもある。また、この「側面」を表す「において」の叙述のタイプとして、例
えば(187)の「素晴らしい犬だった」のように評価対象の「属性」を表すこ
とがあるが、(191)の「(黒岩氏の)右に出る作家はいない」は「これまでの
ところ」のように、時間の流れに左右されることがあり、いわゆる「状態」で
もある。
5.1.3.
政 治 大
「にあって」の分析
5.1.3.1
立
「にあって」用法①:時空間範囲を表すもの
‧ 國
して〈範囲〉の順に、用例を通して分析を見ていく。
Nat
y
‧
①〈空間的範囲〉を表す「にあって」
學
以下では、「にあって」を〈空間的範囲〉、〈場面的範囲〉、〈時間的範囲〉そ
sit
(192)しかし、ポピュラー音楽が圧倒的な時代に変わった中国にあって、ク
er
io
ラシックのオーケストラはそんなに演奏のチャンスに恵まれない。
al
v
i
n
Ch
問題。国際都市を目指す大阪にあって、安全・安心な町というイメー
engchi U
ジにすることが大切なだけに、あまり印象が良いものではない。
n
(193)強引な客引きは、取り締まりの強化で改善されたとはいえ、根が深い
(194)今期利益で空前の千億円を見込むユニクロは、デフレ下の日本にあ
って、まさにひとり勝ちの状態だ。
(195)漁場として恵まれている地形のまっただ中にあって、部落のひとたち
は海に出ることができなかった。
②〈場面的範囲〉を表す「にあって」
(196)かかる困難な情勢の下にあって、先進諸国に較べ低位にあるわが国の
食糧自給力の向上を図り、国民食糧を安定的に供給することは、将に
国政上の基本的且つ緊急の課題である。
(197)財政制約が一層厳しくなるなか、必要最小限の予算で効率的かつ確実
66
に道路管理を行うことが今後急速に求められてくる状況にあって、日
本に適したアセットマネジメントの早期導入がますます重要な課題
となってきている。
③〈時間的範囲〉を表す「にあって」
(198)印刷技術が未発達であり、識字率の低かった中世にあって大衆への
布教活動の手段として、宗教絵画は重要な役割を担った。
(199)元春・隆景兄弟はひたすら輝元を盛り立て、ついには中国路七ヵ国に
君臨する大大名の座に押し上げた。骨肉の争いなど日常茶飯事だった
戦国時代にあって、このような兄弟の在り方は奇跡に近い。
政 治 大
(200)文士たちの職能団体として、日本文芸家協会を作ったのもこの一環だ
った。同時に著作権についての試案も提出している。そして、その背
立
景に言論・表現の自由についての遵守を提案するという決意すら滲ま
‧ 國
學
せた。言論統制の厳しい時代にあって、菊池の意識は当然ながら危険
視される。
‧
④〈範囲〉を表す「にあって」
y
Nat
sit
(201)さて、さまざまな現象が複雑にからみあって起きている現代社会にあ
er
io
って、人々は強烈なストレスにさらされています。
al
v
i
n
Ch
漂う彼女の姿はメディアの格好の標的となる。
engchi U
(203)精白米や白パンを主食にし、成人病と肥満に苦しみながらビタミン
n
(202)薄っぺらなハリウッドの中にあって、クラシックでインテリジェンス
を錠剤で補強するような現代の生活にあって、玄米こそはまさに最
高にバランスのとれた栄養資源の一つだといってよい。
(204)身の上が武士であろうとも奉公人であろうとも、何事かに勤む立場に
あって、交渉する相手と気分の乾湿を合致させる気働きが必要である。
(205)そして、横綱に昇進した力士は、陥落がない地位にあって、それにふ
さわしい成績をあげざるを得ない。
以上の(192)~(205)の「にあって」の文を観察してみれば、まず、前件
名詞はどんな性質であっても、その直前には全て、それを修飾する語または文
がくる。第三章で示したように、
『日本語文型辞典』
(1998)では、以下の(206)
67
~(209)のように、
「にあって」は「そこで示された状況のもとで」という意
味を表す、その状況とそれ以後に述べられている事柄との関係が緩やかなもの
で、前後の文脈に応じて順接の場合も逆接の場合もある、と記述している。
(206)異国の地にあって、仕事を探すこともままならない。(順接)
(207)住民代表という立場にあって、寝る時間も惜しんでその問題に取り
組んでいる。(順接)
(208)大臣という職にあって、不正を働いていたとは許せない。(逆接)
(209)母は病床にあって、なおも子供達のことを気にかけている。(逆接)
『日本語文型辞典』(1998)で示した用例は、前件名詞の直前に修飾語句が
なく、前件名詞の本来の性質によって、後件内容と順接や逆接の関係が成立さ
政 治 大
れるものである。もし以上の(192)~(205)の文を観察すれば、順接関係の
例として、例えば(198)では、中世での識字率が「低い」という状況にあっ
立
て、そのため、宗教絵画は大衆への布教活動の手段として、重要な役割を担っ
‧ 國
學
たのである。
(203)では、現代の生活では、人々は「精白米や白パンを主食に
し、成人病と肥満に苦しみながらビタミンを錠剤で補強する」、という状況に
‧
あって、そのため、玄米は最高にバランスのとれた栄養資源の一つになるので
ある。これに対し、逆接の例として、例えば(194)では、日本はデフレとい
y
Nat
sit
う状況下なのに、ユニクロはひとり勝ちのように、好況な状態にあるのである。
er
io
(195)では、部落のひとたちは恵まれている地形とする漁場にあるのに、海
al
v
i
n
Ch
飾語句によって、前件と後件の内容とは順接、または逆接の関係となるのであ
engchi U
る。もしこれらの文を、以下のように前件の直前にくる修飾語句がなくなった
n
に出ることができなかったのである。以上のものは、前件名詞の直前にくる修
ら、「にあって」の文が成立しにくい。
(210)※中世にあって大衆への布教活動の手段として、宗教絵画は重要な
役割を担った。
(211)※現代の生活にあって、玄米こそはまさに最高にバランスのとれた
栄養資源の一つだといってよい。
(212)※今期利益で空前の千億円を見込むユニクロは、日本にあって、ま
さにひとり勝ちの状態だ。
(213)※地形のまっただ中にあって、部落のひとたちは海に出ることがで
きなかった。
以上の文は、前件名詞の直前に修飾語句がなくなったら、複合助詞「にあっ
68
て」の文が成立できず、しいて言えば、それは「ある」のテ形である。これに
より、前件がある「特定の状況」として、後件がその下でのみ成立することが
観察できる。つまり、「にあって」の特徴として、直前に修飾語句の有無にも
かまわず、前件が、後件とは順接、または逆接の関係となる、ということであ
る。また、これにより、
「にあって」の評価が成り立つ範囲のタイプについて、
前件名詞としての時空間範囲を表すものが、ここである特定の状況として、後
件の述部が表す評価がこの特定の状況下でのみ有効となるため、「成り立つ状
況の絞り込み」である。しかしその一方、例えば前件と後件が順接関係になる
場合、前件の「特性の状況」でのみ後件が成立するため、前件が後件の成り立
つ条件と見なすことができで、これは、「成り立つ状況の絞り込み」と「成り
政 治 大
立つ条件の絞り込み」が連続的であると考えられる。
そして、後件の述部について、例えば「(海に出ることが)できない」、「ひ
立
とり勝ちの状態だ」、
「緊急の課題である」、
「奇跡に近い」、
「必要である」など、
‧ 國
學
形容詞や名詞がくるものが多いが、それだけではなく、「役割を担った」、「危
険視される」、
「ストレスにさらされています」のように、動詞でもある。述語
‧
のタイプについて、先の述べたのように、「にあって」の特徴として、前件名
詞が示すものがある「特定の状況」とし、後件がその特定の状況の下でのみ成
y
Nat
sit
立するのであり、この場合、前件と後件が一つの、特定の状況(時間)の中で
er
io
存在する、物事の同質的なあり様になる。例えば(198)では、宗教絵画は大
al
v
i
n
C h 、という意味を表し、動詞述語であって
た中世、という特定の状況でずっと」
engchi U
も、叙語のタイプとして、「動き」のように発生‧展開‧終了という内的な展開
n
衆への布教活動の手段として「重要な役割を担った」のは、「識字率の低かっ
過程を有しているとは言えず、逆に「状態」であると考えられる。つまり、
「に
あって」の場合、後件の述語は名詞、形容詞、そして動詞でもかまわず、叙述
のタイプとして全て「状態」であると考えられる。
5.1.3.2
「にあって」の用法②:「その人には誰もかなわない」とい
う評価を下すもの
この節では、「その人には誰もかなわない」という評価を下す「にあって」
の用法②の特徴を考えたい。用例として、
『日本語文型辞典』
(1998)が挙げて
いる以下の(214)~(216)がある。
(214)高橋さんにあっては、どんな強敵でも勝てそうにありませんね。
69
(215)あの男にあっては、嘘もまことと言いくるめられる。油断は禁物だ。
(216)あなたにあってはかなわないな。しょうがない。お望み通りに致し
ましょう。
まず、第三章で提示したように、この用法は「にあっては」の形式で、直前
に人を表す名詞を受けて、その人には誰もかなわないという評価を下し、「そ
の人であれば」のように一つの状況を表すものである。この場合、前件名詞に
くるものはその「状況」ではなく、その状況に身が置かれる「人」であるが、
「人」は「にあって」の前件名詞としてその「状況」を指す。しかしその同時
に、「にあって」は「~であれば」のように一つの仮定的な表現でもあり、こ
の場合、前件と後件は因果関係になり、言い換えると、後件の内容が、前件の
政 治 大
その状況でのみ成立するのである。つまり、評価が成り立つ範囲のタイプとし
て、「成り立つ状況の絞り込み」と「成り立つ条件の絞り込み」とも連続的で
立
あるである。また、叙述のタイプとして、後件の内容が、前件のその状況での
‧ 國
まとめ
‧
5.1.3
學
み成立する同質的なあり様を表すため、「状態」であると考えられる。
これまでの考察では、「において」と「にあって」の各用法の叙述のタイプ
y
Nat
sit
と、評価が成り立つ範囲のタイプを見た。まず、「において」と「にあって」
評価が
al
n
〈表6〉
er
io
の各用法の評価が成り立つ範囲のタイプを、以下の以下のように整理しておく。
複合助詞
成り立つ
C h「において」
engchi
i
n
U
v
「にあって」
用法①
用法②
用法①
用法②
評価主体の絞込み
-
-
-
-
視点の絞込み
-
+
-
-
側面の絞込み
-
+
-
-
成り立つ状況の絞込み
+
-
+
+
成り立つ条件の絞込み
-
-
+
+
範囲のタイプ
まず、時空間範囲を表す用法①の場合、「において」と「にあって」はともに
70
「成り立つ状況の絞り込み」が現すが、「にあって」はさらに「成り立つ条件
の絞込み」が現す。これは、
「において」と違い、
「にあって」はその前件と後
件は、順接または逆接の関係にあることが特徴であり、順接関係の場合、前件
は、後件が成り立つ条件としているためである。
そして、意味拡張に従い、
「において」の用法②は、
「成り立つ状況の絞り込
み」から、
「視点の絞り込み」と「側面の絞り込み」に変容する。これに対し、
「にあって」の用法②は、「成り立つ状況の絞り込み」と「成り立つ条件の絞
込み」が連続的であり、これは、用法①の特徴がまだ残されていることが観察
できる。
政 治 大
そして、「において」と「にあって」の各用法の叙述のタイプを、以下のよ
うに整理しておく。
立
〈表7〉
‧ 國
事象叙述
學
叙述と述語
のタイプ
「動き」
「状態」
+
+
〈場面的範囲〉
+
+
〈時間的範囲〉
+
+
+
i
n
U+
al
n
〈範囲〉
用法②
「
に
あ
っ
て
」
用
法
①
y
sit
io
用
法
①
Nat
「
に
お
い
て
」
er
〈空間的範囲〉
「属性」
‧
複合助詞
Ch -
engchi
-
v
属性叙述
-
-
-
+
+
〈空間的範囲〉
-
+
-
〈場面的範囲〉
-
+
-
〈時間的範囲〉
-
+
-
〈範囲〉
-
+
-
-
+
-
用法②
まず、「において」の場合、プロトタイプとしての用法①の〈空間的範囲〉、
および〈場面的範囲〉と〈時間的範囲〉では、「動き」と「状態」ともに見ら
れ、これは、抽象化によって時間性を持つようになるためであると考えられる。
その一方、〈空間的範囲〉が空間性がなくなり、〈範囲〉になる場合、「属性」
71
を示すものが出てくる。そして、用法①から派生した用法②の場合、「動き」
を示す機能がなくなり、その一方、「状態」と「属性」を示すようになる。こ
のように、「において」の場合、意味拡張とともにその後件述語のタイプも変
化し、したがって、叙述のタイプとして、事象叙述から属性叙述への移行も起
こることが観察できる。これに対し、「にあって」の場合、後件の叙述および
述語のタイプが、意味拡張とともに変化をせず、全ての用法は事象叙述の「状
態」を示す。
最後に、「対照的作業原則」によって「において」と「にあって」の異同点
を考えたい。まず、以下の(217)~(225)の「において」の文では、(217)
~(220)のように、前件名詞の直前に修飾語句がくる場合、
「にあって」と置
政 治 大
き換えることができる。これに対し、(221)~(225)のように前件名詞の直
前に修飾語句がないものは、「にあって」と置き換えることができない、また
立
は置き換えると、複合助詞の「にあって」ではなく、動詞「ある」のテ形にな
‧ 國
學
る(「※」で表すもの)。
(217)しかし、現在、大量に生産されている石油、石炭については、エネル
‧
ギー需要が集中している欧露地区において〈○にあって〉供給不足が
増大している。
y
Nat
sit
(218)しかしながら、環境基準の達成期限であった昭和六十年度において〈○
er
io
にあって〉、大都市圏を中心に達成することができなかった測定局が多
al
v
i
n
Ch
(219)複雑多様化した経済社会において〈○にあって〉
、商品・サービスに
engchi U
ついての消費者の苦情は年々増加している。
n
く残されている。
(220)非常に複雑なグローバル化された環境において〈○にあって〉、政府
に効果的な統治力、制度、法的な枠組、民主的な政治のプロセス、そ
れらがないことが紛争の種になり、国家の破綻となっている。
(221)労働総研と共同で開催してきた「地域政策研究交流集会」を「雇用
と地域経済」を中心に十月九、十日に一泊二日で札幌市内において
〈×にあって〉開催する。
(222)千九百九十年代の具体的な社会・経済的状況において〈※にあって〉
移行諸国の経済を上記の体制転換モデルのいずれかに一意的に転化さ
せることは実際不可能であった。
(223)第二次世界大戦において〈※にあって〉、当時のドイツがイギリスへ
72
V‐一およびV‐二による攻撃を実施した際も有効な対応策はなく、
イギリス国民および財産に多大な心理的・具体的被害を与えた。
(224)江戸時代において〈※にあって〉、カムの考え方は水車の動力を用い
て臼で米を搗く場合にも用いられています。
(225)皮膚科心身医学において〈×にあって〉、精神療法の併用も行われる。
これに対し、例えば以下の(226)~(229)の「にあって」の文は全て、
「に
おいて」と置き換えることができる。
(226)しかし、ポピュラー音楽が圧倒的な時代に変わった中国にあって
〈○において〉、クラシックのオーケストラはそんなに演奏のチャンス
に恵まれない。
政 治 大
(227)漁場として恵まれている地形のまっただ中にあって〈○において〉、
部落のひとたちは海に出ることができなかった。
立
(228)印刷技術が未発達であり、識字率の低かった中世にあって〈○におい
‧ 國
學
て〉大衆への布教活動の手段として、宗教絵画は重要な役割を担った。
(229)精白米や白パンを主食にし、成人病と肥満に苦しみながらビタミン
‧
を錠剤で補強するような現代の生活にあって〈○において〉、玄米こそ
はまさに最高にバランスのとれた栄養資源の一つだといってよい。
y
Nat
sit
また、例えば(230)と(231)のような「において」と「にあって」が互い
er
io
に置き換えられる文は、前件名詞の直前にくる修飾語句がなくなったら、「に
al
v
i
n
Ch
一方、「にあって」の場合は(230d)と(231b)のように文は成立しない。
engchi U
(230)a.エネルギー需要が集中している欧露地区において供給不足が増大し
n
おいて」の場合は以下の(230b)と(231d)のように文はまだ成立する。その
ている。
b.欧露地区において供給不足が増大している。(成立)
c.エネルギー需要が集中している欧露地区にあって供給不足が増大し
ている。
d.*欧露地区にあって供給不足が増大している。(不成立)
(231)a.識字率の低かった中世にあって大衆への布教活動の手段として、宗
教絵画は重要な役割を担った。
b.*中世にあって大衆への布教活動の手段として、宗教絵画は重要な
役割を担った。(不成立)
c.識字率の低かった中世において大衆への布教活動の手段として、宗
73
教絵画は重要な役割を担った。
d.中世において大衆への布教活動の手段として、宗教絵画は重要な役
割を担った。(成立)
5.1.3.1で提示したように、「にあって」の文は、前件と後件は、順
接や逆接関係にあることが必要であり、(217)~(220)の「において」の文
は、その前件名詞の直前にくる修飾語句によってこの条件を達成したため、
「に
あって」に置き換えられる。以上の(230)と(231)から観察すれば、「にあ
って」に比べて、
「において」はこのような制限がなく、したがって、
「におい
て」にとって、前件名詞の直前にくる修飾語句は文の成立条件ではない、とい
うことがわかる。
政 治 大
また、以上の考察によれば、例えば(230a)と(230c)の「エネルギー需要
が集中している欧露地区」のように、前件の内容が同じであっても、「におい
立
て」では、それはただの物事が行われる時空間範囲を表す。これに対し、「に
‧ 國
學
あって」では、前件はある「特定の状況」とし、後件が前件のその特定の状況
の下でのみ成立するのであり、この場合、前件と後件が一つの、特定の状況(時
‧
間)の中で存在する、物事の同質的なあり様になる、いわゆる「その特定の状
況ではずっと」という意味がある。これにより、叙語のタイプとして、
(230a)
y
Nat
sit
の「において」の場合は「動き」であるのに対し、(230c)の「にあって」の
n
al
er
io
場合は「状態」であると考えられる。
Ch
engchi
74
i
n
U
v
5.2
「にかけて」と「にわたって」の類義語分析
5.2.2
「にかけて」の分析
5.2.2.1
用法①:二つの地点‧時点の間を表す
以下では、〈空間的範囲〉と〈時間的範囲〉を表す「にかけて」のそれぞれ
の用例を通して分析を見ていく。
①〈空間的範囲〉を表す「にかけて」
(232)バブル崩壊後、都心部や、湾岸沿いから隅田川沿いにかけて、庶民
でも買える価格のマンションがつぎつぎに建設された。
(233)ロシア軍は遼陽の西から南にかけて、半月形に堅固な防御陣地を構
築している。
政 治 大
(234)もっと賢い方法は、腹帯、コルセットなどを用いて腰から腹部にか
立
けて固定し、局所の安静を図ることです(図三十七参照)。
‧ 國
學
(235)そして突然稲妻のような速さで、レディー・グールドはチャウンの
手から犬用の鞭をもぎ取ると、彼の顔から肩にかけて猛烈に叩きの
‧
めした。
sit
Nat
いるのはガムを嚙んでいるせいだろう。
y
(236)表情は定かでないが、口許から頰にかけて軟体動物のように動いて
er
io
(237)拓海は咳き込んだ。頭を持ち上げて上半身を起こそうとした瞬間、
al
v
i
n
Ch
(238)関東から東北にかけて、徳一開創と伝えられる寺が、じつに七十ヵ
engchi U
寺以上もある。
n
体重を支えた上腕から肘にかけて激痛を感じた。
(239)駅前の説明板によると、青梅街道から西の丸山台にかけて、千本桜
と呼ばれる見事な桜並木があったので、桜街道の名がついた。
(240)平成五年の手術をした症例です。三歳の男児、生まれたときから、
肩から腕の付け根、上腕にかけて、上腕は全周性に真っ黒い痣がご
ざいました患者さん。
(241)すなわち、西欧から南欧にかけて、ロマンス諸語を中心に整合的V
O型言語が分布し、その他のヨーロッパの印欧諸語は種々の不整合
性を持っているが、…
以上の(232)~(241)の共通的特徴を抽出すれば、前件名詞として、第三
章で提示したように、〈空間的範囲〉を表す「にかけて」の前件名詞にくるの
75
は、主に「場所‧地域」と「人体部位」を示すものである。ただし、後件の述
語について、以上の(232)~(241)の後件の述語が全て動詞であっても、述
語のタイプが異なる。仁田(2001)によれば、(232)~(235)の「建設され
た」、
「構築している」、
「固定する」、
「叩きのめした」などは、動きの結果、客
体(対象物)の変化が成立させるが、主体が新しいあり様を獲得したとは捉え
られていない動き、いわゆる「主体動作」である。これに対し、
(236)と(237)
の「動いている」「感じる」が、主体に残る動きの結果の局面を有している動
き、いわゆる「主体変化」である。また、(237)の「(激痛を)感じた」のよ
うに、生理‧感覚を表す動詞の所属について、仁田(2001)は、例えば以下の
(242)と(243)のように、動詞で形成されている事態は動きであり、形容詞
政 治 大
のそれは状態である、という位置づけをする。
(242)足がずきずき{うずく/痛む}。
立
(243)足がずきずき痛い。
‧ 國
て、全て「動き」であると考えられる。
學
つまり、仁田(2001)によれば、(232)~(237)の後件の述語のタイプとし
‧
これに対し、
(238)~(241)の後件の述語として、
「ある」、
「ございました」
そして「分布する」は存在の意味を表す動詞である。また、例えば(238)の
y
Nat
sit
「お寺」は、文中の時点で存在するが、それはある時点に建てられてから存在
er
io
し、また、将来では何かの原因で消えるかもしれない。つまり、その「存在」
al
v
i
n
Ch
の事態は、内的な展開過程を有していなく、同質的なあり様を表すため、
「状
engchi U
態」を表すものである。
n
は、ものの恒常的特徴ではなく、時間の限定性がある。そして、「存在」のそ
②〈時間的範囲〉を表す「にかけて」
(244)記念事業のメインである記念式典は、6月二十六日から二十八日に
かけて行われた。
(245)第二次世界大戦後から千九百六十年代にかけて、アジア・アフリカ
諸国が次々と独立を達成していった。
(246)富小路通から烏丸通へ抜ける、わずか四百メートル程度の間にSA
CRAビル、京都文化博物館、中京郵便局など、明治から大正にか
けて建てられた極めて上質のレトロビルが建ち並んでいます。
(247)十八世紀末から十九世紀初頭にかけてアメリカ人たちは、それ以前
76
と比較にならぬほどの数の教育施設を作り上げた。
(248)この表を見れば、後期青銅器時代から初期鉄器時代にかけて、山地
の定住地が数、密度ともに劇的に増加していることは明白である。
(249)枯れ株となった冬の間は、石垣の内側に姿をひそめている萩は、春
から夏にかけてすこしずつ、枝を垂らしてくる。
(250)紆余曲折を経た後、千九百九十九年から二千一年夏にかけて、京都
市、福岡市、福岡県遠賀郡水巻町、大分県臼杵市、長崎市、東京都、
高知市の七箇所で、多くは市民に支えられて開催された。
(251)年齢別では5歳より前に生じることは稀で,5歳から十八歳にかけ
て発生し(6〜7%),十一歳から十五歳の成長期に発生頻度が多く
なっている。
政 治 大
(252)インドのナーランダーをはじめ、バングラデシュ、スワート、ミャ
立
ンマー、インドネシア、ベトナム、中央アジア、中国の各地におい
‧ 國
學
て如意輪観音の可能性が高い作例が確認されることから、七世紀後
半から末頃にかけてインド地域において如意輪観音の信仰と初期図
‧
像が成立したと考えられる。
(253)三月下旬から四月上旬にかけて、私の所属する経済学研究科におい
y
Nat
al
er
io
した。
sit
て、卒業式や進学式など、四回続けてスピーチをする羽目になりま
v
n
(254)扇は日本で発明され、平安時代から室町時代にかけて日本の主要な
Ch
輸出品のひとつだった。
engchi
i
n
U
以上の(244)~(254)の共通的特徴を抽出すれば、前件名詞として、第三
章で提示したように、〈時間的範囲〉を表す「にかけて」の前件名詞にくるの
は、
「時間‧時点」を示すものである。そして、後件述語を観察すれば、その叙
述のタイプが異なる。まず、以上の(244)~(252)の後件の述語として、
「行
われた」、
「達成していった」、
「建てられた」、
「作り上げた」、
「増加している」、
「垂らしてくる」、
「刑事告訴された」、
「開催された」、
「発生する」、
「成立した」
など、その共通的特徴を抽出してみれば、これらの動詞述語が全て、物事が成
立する、成り立つ、ということであり、特定の時間内で内的な展開過程を有し
ている事態を表すため、「動き」を表すものである。
以上の後件述語が「動き」を表すものに対し、(253)と(254)の後件述語
が、
「動き」を表す(244)~(252)のように動詞述語しかないものとは違い、
77
(253)と(254)の後件の述語として、「所属する」のように動詞述語がくる
ものだけではなく、「輸入品のひとつだった」など、名詞述語もくる。(253)
の「所属する」は動詞であっても、「動き」のように発生‧展開‧終了内的な展
開過程を有していなく、主体がその特定の時間内での同質的なあり様を表すた
め、
(254)の「輸入品のひとつだった」と同様に「状態」であると考えられる。
また、この「にかけて」の用法①が、以上の〈空間的範囲〉と〈時間的範囲〉
のように、前件名詞が全て「範囲」の意味を持つ。評価表現とする場合、その
前件名詞が、ある特定の状況とし、後件が表す評価的意味がその下でのみ有効
となるため、その評価が成り立つ範囲のタイプにとして、「成り立つ状況の絞
込み」であると考えられる。
5.2.2.2
立
政 治 大
「にかけて」の用法②:
‧ 國
學
(255)運転にかけては私もけっして弱気なほうではないが、混雑した都市
部を、ドイツのアウトバーン並みのスピードでぶっ飛ばすドライバ
‧
ーには、仰天してしまう。
(256)ロブは銃撃戦にかけてはたんなる素人だ。だから、彼の行動はまっ
y
Nat
sit
たく予測がつかない。
er
io
(257)中肉中背の中根は、武芸は並であったが、計略にかけては群を抜い
al
n
v
i
n
Ch
(258)それに越後輝虎の家中も、為景(謙信の父)と輝虎と二代にわたり
engchi U
武道にかけては強力だったから、武田家と同様であったのだ。
ていた。
(259)あの子はコンピューターの扱いにかけては天才で、なんでもそれで
打ちたがって、買物リストまで作ったくらいです。
(260)保守的な考え方には違いないが、保守性のプラス面をそなえており、
自分の家庭を守ることにかけては人一倍の努力をするタイプである。
(261)彼は必要とする材料をもらさず収集し、それらを配列、分類して相
互の関係を発見することにかけては、特異な才能がありました。
第三章で提示したように、この用法は、評価主体が、ある着眼点を通して、
評価対象の能力‧素質を評価する。言い換えると、評価主体の着眼点として、
以上の(255)~(259)の「運転」、
「銃撃戦」、
「計略」、
「武道」、
「コンピュー
ターの扱い」など、または一般名詞ではなく、(260)と(261)のように「動
78
詞連用形+こと」の形式で表す前件名詞は、この用法では評価対象の全体能力
のある特定の側面を指すため、評価が成り立つ範囲のタイプとして、「側面の
絞り込み」である。そして、後件の述語は評価対象の能力‧素質を表し、それ
は、評価対象の本質的特徴を表すため、時間的限定性がなく、叙述のタイプと
して「属性」であると考えられる。
また、以上の(255)~(261)の共通的特徴を抽出してみれば、この用法で
注意したいことはもう二つがある。一つは、評価対象は全て人間であることが
観察できる。もう一つは、評価の傾向について、(256)の「たんなる素人だ」
のようにマイナス評価もあるが、「群を抜いていた」、「強力だ」、「天才だ」な
どのプラス評価のほうが多いのである。
治
政
大
5.2.2.3 「にかけて」の用法③:
立
(262)そんなおふみには、死にそうだった幼子が快復できたのは、八幡様
‧ 國
學
のお助け以外に考えられなかった。命にかけて育てますと約束したこ
とを、おふみは参道わきの石垣に座って思い返した。
‧
(263)降伏を呼びかけたがレベージェフ艦長はロシア海軍の名誉にかけて
戦う事を選択。
y
Nat
sit
(264)
「わたしおよびわたしの後継者が同じ誤りを犯さないために、国王の
al
er
io
威信と王国のすべての教会および諸侯の威信にかけて、わたしはこの
v
i
n
Ch
(265)昨年八月十八日の政変より、京都から放逐されていた長州藩にとっ
engchi U
n
呪うべき厚顔な行為を禁止する。…」
て京復帰は藩の面目にかけても果たさなければならない悲願となっ
ていた。
以上の(262)~(265)の共通的特徴と抽出してみれば、前件名詞にくるも
のとして、「命」、「名誉」、「威信」などは、話者の価値観では重要なものであ
るが、後件の述語からみると、叙述のタイプとして、(262)~(265)の「育
てます」、
「選択(する)」、
「禁止する」、
「果たさなければならない」は「動き」
であると考えられる。それと類似する表現として、蔦原(1983)でも以下の(266)
と(267)を挙げている。
(266)第五聯隊としてこれ以上の遅延は如何なることがあってもできない
のだ。それは第五聯隊の名誉にかけても、彼の軍人としての名誉に
79
かけてもできないことなのだ。
(267)この学校の信用にかけても、そのような不正入学は、決して許され
てはならない。
以上の(262)~(267)の評価が成り立つ範囲のタイプについて、まず、後
件の述語の内容は、話者、いわゆるその評価主体が、自らの価値観や身分を基
準にして判断するもので、この場合、評価主体の「個人的質」も暴露されてく
る。その一方、これらの文は全て、「~を守るため、~をする」という意味が
あり、この場合、その評価が有効になる条件として、前件名詞にくるものが評
価主体にとっての重要性が必要である。つまり、この用法では、「評価主体の
絞り込み」と「成り立つ条件の絞り込み」とも連続的である。
5.2.3
政 治 大
「にわたって」の分析
立
以下では、〈空間的範囲〉、〈時間的範囲〉と〈範囲〉を表す「にわたって」
‧ 國
學
のそれぞれの用例を通して分析を見ていく。
‧
①〈空間的範囲〉を表す「にわたって」
(268)実際、道教は紀元後五世紀になると、中国の南北にわたって一つの
y
Nat
sit
大きな宗教となっていた。
al
er
io
(269)例えば松代地区の場合で言うと、対岸の篠ノ井東部地区、かなりの
v
n
距離にわたって堤防が低目になっているし、また河床がかなり上が
ってきている。
Ch
engchi
i
n
U
(270)これは林地崩壊のおそれがあるわけでございますが、こういう地域
の防災対策、これは安富町という町がございまして、この地域にお
きましても七百メートルにわたって林地が非常に崩壊をする。
(271)高松城の東側は丘陵地であり、西側には足守川の流れが作り出した
自然堤防が三キロにわたって存在する。
(272)古生代の三葉虫類・中生代のアンモナイト類などの生物は、それぞ
れ特定の地質時代に限って生存し、しかも広い地域にわたって分布
していた。
(273)千五百〜二千五百メートル級の山々が南北を分断し、四百キロにわ
たって横たわっている。
(274)奥多摩周辺は、その多くがスギ・ヒノキの人工林かミズナラなどの
80
二次林となっているが、ここ三頭山山頂一帯は広範囲にわたってブ
ナ・イヌブナ林が残っている。
(275)高松城の東側は丘陵地であり、西側には足守川の流れが作り出した
自然堤防が三キロにわたって存在する。
(276)これは一種の住居址であり、突厥時代の文化層から最下層の五万年
前まで、深さ九メートルにわたって二十二の文化層が、まるでバウ
ムクッヘンのように重なっていた。
以上の(268)~(276)のように、〈空間的範囲〉を表す「にわたって」の
前件名詞にくるのは、「場所‧地域」と「距離‧面積」を示すものである。そし
て、後件の述語について、人間の行為ではなく、自然現象、または非情物の動
政 治 大
作を表す動詞がくることが観察できる。ただし、もし仁田(2001)の分類から
みれば、(268)~(270)では、「(大きな宗教と)なっていた」、「上がってき
立
ている」、「崩壊をする」などは「動き」であるのに対し、(271)~(276)で
‧ 國
學
は、
「存在する」、「分布していた」、「横たわっている」、「残っている」、「重な
っていた」などは、ある自然現象がその場所に存在する、の意味を表すため、
‧
「状態」であると考えられる。
y
Nat
sit
②〈時間的範囲〉を表す「にわたって」
al
er
io
第三章で提示したように、
〈時間的範囲〉を表す「にわたって」はさらに「期
v
n
間」と「回数」に分けられる。以下では、まず「期間」を表すものから見てい
く。
Ch
engchi
i
n
U
(277)ロサンゼルスからの生中継を中心に五時間にわたって放送する。
(278)われわれの工業生産システムは、過去二世紀にわたって再生不能資源
を大量に消費してきた。
(279)そして、時のインド監督局長官チャールズ・グラントは長時間にわた
って提案の理由を説明した。
(280)降ったばかりの雨水に微生物が生きているレーウェンフック
レーウ
ェンフックは、千六百三十二年オランダのデルフトにうまれ、そこで
商業を営み、保安官助手や酒量検査官を兼任するかたわら、五十年に
わたって独学で研究した。
(281)かたや貧しい田舎の若者は、富を求めて都会を目指し、夜行バスに揺
られるのだ。そして険しい山を、数百年にわたって、人々は開墾して
81
きた。
(282)第四次は六月一日、アメリカ軍艦ワイオミング号が、五月十日の砲撃
に対する報復として関門海峡に現われ、一時間十分にわたって交戦し
た。
(283)私はこの街に興味を持ち、このまちの若者たちとの交流を計りながら、
日本大学建築学科小谷研究室の学生たちと調査・研究を三年にわたっ
て進めていた。
(284)また、息子のブルネルも超広軌鉄道として有名なグレートウェスタン
鉄道の建設や、スクリュー船の実用化などに貢献し、父子二代にわた
って技術者として活躍した。
政 治 大
以上の(277)~(284)の後件述語として、「放送する」、「消費してきた」、
「説明した」、
「研究した」、
「開墾してきた」、
「交戦した」、
「進めていた」、
「活
立
躍した」などの共通的特徴は、それは全て、人間の意志的行為を表す動詞であ
‧ 國
學
り、叙語のタイプとして、「動き」であると考えられる。
そして、「回数」を表すものとして、以下の(285)~(391)である。
‧
(285)世界社会フォーラムは二千一年から三回にわたってブラジルのポルト
アレグレ市で開かれてきた。
y
Nat
sit
(286)国際価格の下落のため5月には価格帯が1%下方に引き下げられると
er
io
ともに、3月以降も緩衝在庫資金への拠出要請が4回にわたって行わ
al
n
v
i
n
C h 、アブドル・カーンは十三回にわたって
(300)パキスタンの核爆弾の「父」
engchi U
北朝鮮を訪問している。
れた。
(287)NHKは、脳死臨調の動きに合わせて、これまでも二回にわたって同
様の番組を作ってきた。
(288)革命政府は軍閥・地主勢力と戦うべく部隊を編成、かれらもそれに参
加し、海豊方面にも二度にわたって「東征軍」を派遣した。
(289)この間、山岡鉄舟からの解兵要請を受け、その条件としての東征大総
督府への上表・待命を両度にわたって繰り返す。
(290)新聞やテレビメディアで連日繰り返された激烈な商工ローンバッシン
グにともなって、政治家たちも動きだし、大島は日栄の松田一男社長
とともに二度にわたって国会に喚問された。
(291)防衛庁長官は、証拠隠滅の中間報告を、初めは九月末までと言い、国
82
会では、当初の会期末である十月七日までにと、再三にわたって引き
延ばしを策してきました。
以上の(285)~(391)の後件述語として、「開かれてきた」、「行われた」、
「訪問している」、「作ってきた」、「派遣した」、「繰り返す」、「喚問された」、
「策してきました」などの共通的特徴は、それは全て人間の意志的行為を表す
動詞であり、叙語のタイプとして、「動き」であると考えられる。
つまり、「期間」と「回数」と同様に、〈時間的範囲〉を表す「にわたって」
の後件述語には、主に人間の意志的行為を表す動詞述語がきて、述語のタイプ
として「動き」であることが共通的特徴である。また、「にわたって」が〈時
間的範囲〉を表す場合、動詞が「~してきた」の形式で表すことが多いことが
政 治 大
観察される。
立
③〈範囲〉を表す「にわたって」
‧ 國
學
(292)策評価は、農水省が昨年度に実施した七十九事業を百十五の分野にわ
たって審査した。
‧
(293)中国では、1か月間ベッドから下りてはいけないというほど母親のか
らだは大切にされ、実母や義母が食事づくりから家事の全般にわたっ
y
Nat
sit
て世話をしてくれます。
al
er
io
(294)特定の生物や生物現象に関する研究を行う場合は、観察や実験の材料・
v
n
方法・器具・装置・データの取り方など、細部にわたって具体的な計
画を立てる。
Ch
engchi
i
n
U
(295)制度全体にわたって見直しを行い、長期的に安定した信頼される年金
制度を維持していく。
(296)消費者利益の確保のためには、取引に際しての計量の適正化を図る必
要がある。このため計量法では計量単位の設定、正確な計量器の供給
確保、適正計量の推進、正味量等の適正表示など各方面にわたって統
一的な計量制度を設けている。
(297)この章では招待をうまく断ることができ、しかもさまざまな状況に応
用できるヒントを多岐にわたって紹介する。
(298)また、児童一人に二坪半以上という校地面積基準や同じく児童一人
三尺平方以上という教室面積基準などをはじめ、「学校建築ノ概要」
が二十二項目にわたって示された(「小学校ノ建築」)。
83
(299)このように、文化芸術の振興ないしその政策形成への民意の反映は、
基本法において2か条にわたって規定されている。
(300)地雷除去の現地リポート、NGOからの投書、地雷被害者の生活実態
などを八―十ページにわたって掲載した。
(301)一方、資料Ⅰの身体語彙慣用句一覧のなかでは、句例の提示は省略し
ているが、各部のなかには、これらの主な身体語彙項目以外にも、句
例そのものは多くないにしろ、かなりの項目にわたって慣用句例が見
られる。
以上の(292)~(301)のように、〈範囲〉を表す「にわたって」の前件名
詞にくるのは、「領域‧項目」を示すものである。そして、後件の述語として、
政 治 大
「審査した」、
「世話をしてくれる」、
「立てる」、
「維持していく」、
「設けている」、
「紹介する」、
「示された」、
「規定されている」、
「掲載した」など、人間の意志
立
的行為を表す動詞述語がくることが多いが、「見られる」のように可能の意味
‧ 國
學
を表すものもある。ただし、述語のタイプを観察すれば、
「領域」を表す(292)
~(297)では、それは「動き」であるのに対し、
「項目」を表す(298)~(301)
‧
では、それは対象物(「計量法」、「『学校建築ノ概要』」、「基本法」、「身体語彙
慣用句一覧」など)の内容を表すものである。その内容は、対象物にとって恒
y
Nat
sit
常的な性質と見なすことができる、そのため、述語のタイプとして、「属性」
er
io
であると考えられる。
al
v
i
n
Ch
囲〉などのように、前件名詞が全て「範囲」の意味を持つ。評価表現とする場
engchi U
合、その前件名詞が、ある特定の状況とし、後件が表す評価的意味がその下で
n
また、
「にわたって」が、以上の〈空間的範囲〉、
〈時間的範囲〉、そして〈範
のみ有効となるため、その評価が成り立つ範囲のタイプにとして、「成り立つ
状況の絞込み」であると考えられる。
5.2.4
まとめ
これまでの考察では、「にかけて」と「にわたって」の各用法の叙述のタイ
プと、評価が成り立つ範囲のタイプを見た。まとめとして、まず、
「にかけて」
と「にわたって」の各用法の評価が成り立つ範囲のタイプを、以下の以下のよ
うに整理しておく。
84
〈表8〉
「にかけて」
評価が
「にわたって」
複合助詞
成り立つ
用法①
用法②
用法③
用法①
評価主体の絞込み
-
-
+
-
視点の絞込み
-
-
-
-
側面の絞込み
-
+
-
-
成り立つ状況の絞込み
+
-
-
+
成り立つ条件の絞込み
-
-
+
-
範囲のタイプ
政 治 大
時空間範囲を表す用法①の場合、
「にかけて」と「にわたって」はともに「成
立
り立つ状況の絞り込み」が現すが、「にかけて」はさらに意味拡張によって、
‧ 國
學
用法②の「側面の絞り込み」と、用法③の「評価主体の絞り込み」と「成り立
つ条件の絞り込み」が現す。
‧
そして、「にかけて」と「にわたって」の各用法の叙述のタイプを、以下の
y
n
al
事象叙述
のタイプ
複合助詞
「
に
か
け
て
」
「
に
わ
た
っ
て
」
用
法
①
用
法
①
C h「動き」
engchi
sit
io
叙述と述語
er
〈表9〉
Nat
ように整理しておく。
属性叙述
v
i
n
「状態」
U
「属性」
〈空間的範囲〉
+
+
-
〈時間的範囲〉
+
+
-
用法②
-
-
+
用法③
+
-
-
〈空間的範囲〉
+
+
-
〈時間的範囲〉
+
-
-
〈範囲〉
+
-
+
まず、「にかけて」の場合、プロトタイプとしての用法①の〈空間的範囲〉
85
と、抽象化に従って派生した〈時間的範囲〉では、両方ともに後件述語は「動
き」でも「状態」でもある。また、用法③では、後件述語は「動き」のみで、
用法①と同じく、叙述のタイプとして事象叙述である。その一方、用法②の後
件述語は「属性」のみであり、属性叙述である。その一方、「にわたって」の
場合、プロトタイプとしての用法①の〈空間的範囲〉では、後件述語は「動き」
でも「状態」でもあるが、抽象化を経て派生した〈時間的範囲〉では、
「動き」
のみである。その一方、
〈空間的範囲〉が空間性がなくなり、
〈範囲〉になる場
合、
「動き」だけではなく、
「属性」を示すものもあり、事象叙述から属性叙述
に跨ることが観察できる。
ただし、以上の整理ではまだ問題がある。用法①として、
「にかけて」の〈空
政 治 大
間的範囲〉と〈時間的範囲〉、または「にわたって」の〈空間的範囲〉、〈時間
的範囲〉、そして〈範囲〉は全て「動き」の述語を持つことで共通しているが、
立
その中には何かの差異があるのではないか、という疑問が湧く。つまり、以上
‧ 國
學
のように、仁田(2001)と影山(2009)によってもまだはっきりしていないも
のがある。この問題を明らかにするために、以下では、「にかけて」と「にわ
‧
たって」の時空間範囲を表す用法に注目し、各語の各グループの後件に現す述
語の種類を、工藤(1995)と(2014)の分類によってもう一度考えたい。
y
Nat
sit
まず、時空間範囲を表す「にかけて」から見る。〈空間的範囲〉を表す「に
er
io
かけて」では、後件述語が「運動」の述語であるものとして、
(302)~(304)
al
v
i
n
Ch
くることがある。そして、以下の(307)のように前件名詞は人体部位を表す
engchi U
場合、「感じる」のように感覚動詞がくることもあり、工藤(2014)ではそれ
n
のように主体動作‧客体変化動詞と、
(305)と(306)のように主体動作動詞が
は「状態」の述語である36。また、(308)と(309)のように、「存在」の述語
がくることもある。
(302)バブル崩壊後、都心部や、湾岸沿いから隅田川沿いにかけて、庶民で
も買える価格のマンションがつぎつぎに建設された。〈運動-主体動
作‧客体変化〉
(303)ロシア軍は遼陽の西から南にかけて、半月形に堅固な防御陣地を構築
している。〈運動-主体動作‧客体変化〉
36
5.2.2.1で提示したように、仁田(2001)では、
「痛む」のような感覚動詞を「動き」
の述語にする。
86
(304)もっと賢い方法は、腹帯、コルセットなどを用いて腰から腹部にかけ
〈運動-主体
て固定し、局所の安静を図ることです(図三十七参照)。
動作‧客体変化〉
(305)そして突然稲妻のような速さで、レディー・グールドはチャウンの手
から犬用の鞭をもぎ取ると、彼の顔から肩にかけて猛烈に叩きのめし
た。〈運動-主体動作〉
(306)表情は定かでないが、口許から頰にかけて軟体動物のように動いてい
るのはガムを嚙んでいるせいだろう。〈運動-主体動作〉
(307)拓海は咳き込んだ。頭を持ち上げて上半身を起こそうとした瞬間、体
重を支えた上腕から肘にかけて激痛を感じた。〈状態〉
政 治 大
(308)関東から東北にかけて、徳一開創と伝えられる寺が、じつに七十ヵ
寺以上もある。〈存在〉
立
(309)すなわち、西欧から南欧にかけて、ロマンス諸語を中心に整合的VO
‧ 國
學
型言語が分布し、その他のヨーロッパの印欧諸語は種々の不整合性を
持っているが、…〈存在〉
‧
そして、
〈時間的範囲〉を表す「にかけて」の場合、以下の(310)~(314)
y
Nat
sit
のように運動述語がくるものとして、
(310)~(312)の「主体動作‧客体変化」
er
io
を表すものが多いが、(313)と(314)の「主体変化」を表すものもある。そ
al
v
i
n
Ch
(310)記念事業のメインである記念式典は、6月二十六日から二十八日に
engchi U
かけて行われた。〈運動-主体動作‧客体変化〉
n
の一方、
(315)と(316)のようにそれぞれ「関係」、
「質」を表すものもある。
(311)第二次世界大戦後から千九百六十年代にかけて、アジア・アフリカ
諸国が次々と独立を達成していった。〈運動-主体動作‧客体変化〉
(312)十八世紀末から十九世紀初頭にかけてアメリカ人たちは、それ以前
と比較にならぬほどの数の教育施設を作り上げた。
〈運動-主体動作‧
客体変化〉
(313)この表を見れば、後期青銅器時代から初期鉄器時代にかけて、山地
の定住地が数、密度ともに劇的に増加していることは明白である。
〈運
動-主体変化〉
(314)年齢別では5歳より前に生じることは稀で,5歳から十八歳にかけ
て発生し(6〜7%),十一歳から十五歳の成長期に発生頻度が多く
87
なっている。〈運動-主体変化〉
(315)三月下旬から四月上旬にかけて、私の所属する経済学研究科におい
て、卒業式や進学式など、四回続けてスピーチをする羽目になりまし
た。〈関係〉
(316)扇は日本で発明され、平安時代から室町時代にかけて日本の主要な
輸出品のひとつだった。〈質〉
そして、
「にわたって」を見ていく。
〈空間的範囲〉を表す「にわたって」の
場合、以下の(317)~(319)のように、「主体変化」を表す運動述語がくる
ものが多い。その一方、(320)と(321)のように「存在」を表す運動述語が
くるものもある。
政 治 大
(317)実際、道教は紀元後五世紀になると、中国の南北にわたって一つの
立
大きな宗教となっていた。〈運動-主体変化〉
‧ 國
學
(318)例えば松代地区の場合で言うと、対岸の篠ノ井東部地区、かなりの
距離にわたって堤防が低目になっているし、また河床がかなり上が
‧
ってきている。〈運動-主体変化〉
(319)これは林地崩壊のおそれがあるわけでございますが、こういう地域
y
Nat
sit
の防災対策、これは安富町という町がございまして、この地域にお
er
io
きましても七百メートルにわたって林地が非常に崩壊をする。〈運
al
v
i
n
Ch
(320)高松城の東側は丘陵地であり、西側には足守川の流れが作り出した
engchi U
自然堤防が三キロにわたって存在する。〈存在〉
n
動-主体変化〉
(321)古生代の三葉虫類・中生代のアンモナイト類などの生物は、それぞ
れ特定の地質時代に限って生存し、しかも広い地域にわたって分布
していた。〈存在〉
そして、
〈時間的範囲〉を表す「にわたって」の場合、以下の(322)~(327)
のように、「主体動作」を表す運動述語がくるものが多い。その一方、(328)
と(329)のように「主体動作‧客体変化」を表す運動述語がくるものもある。
(322)ロサンゼルスからの生中継を中心に五時間にわたって放送する。
〈運
動-主体動作〉
(323)そして、時のインド監督局長官チャールズ・グラントは長時間に
88
わたって提案の理由を説明した。〈運動-主体動作〉
(324)第四次は六月一日、アメリカ軍艦ワイオミング号が、五月十日の砲
撃に対する報復として関門海峡に現われ、一時間十分にわたって交
戦した。〈運動-主体動作〉
(325)私はこの街に興味を持ち、このまちの若者たちとの交流を計りなが
ら、日本大学建築学科小谷研究室の学生たちと調査・研究を三年に
わたって進めていた。〈運動-主体動作〉
(326)パキスタンの核爆弾の「父」、アブドル・カーンは十三回にわたっ
て北朝鮮を訪問している。〈運動-主体動作〉
(327)この間、山岡鉄舟からの解兵要請を受け、その条件としての東征大
政 治 大
総督府への上表・待命を両度にわたって繰り返す。〈運動-主体動
作〉
立
(328)国際価格の下落のため5月には価格帯が1%下方に引き下げられる
‧ 國
行われた。〈運動-主体動作‧客体変化〉
學
とともに、3月以降も緩衝在庫資金への拠出要請が4回にわたって
‧
(329)NHKは、脳死臨調の動きに合わせて、これまでも二回にわたって
同様の番組を作ってきた。〈運動-主体動作‧客体変化〉
sit
y
Nat
er
io
最後に、
〈範囲〉を表す「にわたって」の場合、後件には以下の(330)~(335)
al
v
i
n
Ch
ないが、(336)のように「主体動作‧客体変化」を表す運動述語がくるものも
engchi U
ある。
n
のように「主体動作」を表す運動述語がくつものが主要である。しかし、数少
(330)策評価は、農水省が昨年度に実施した七十九事業を百十五の分野
にわたって審査した。〈運動-主体動作〉
(331)中国では、1か月間ベッドから下りてはいけないというほど母親の
からだは大切にされ、実母や義母が食事づくりから家事の全般にわ
たって世話をしてくれます。〈運動-主体動作〉
(332)この章では招待をうまく断ることができ、しかもさまざまな状況に
応用できるヒントを多岐にわたって紹介する。〈運動-主体動作〉
(333)また、児童一人に二坪半以上という校地面積基準や同じく児童一人
三尺平方以上という教室面積基準などをはじめ、
「学校建築ノ概要」
が二十二項目にわたって示された(「小学校ノ建築」)。
〈運動-主体
89
動作〉
(334)このように、文化芸術の振興ないしその政策形成への民意の反映は、
基本法において2か条にわたって規定されている。〈運動-主体動
作〉
(335)地雷除去の現地リポート、NGOからの投書、地雷被害者の生活実
態などを八―十ページにわたって掲載した。〈運動-主体動作〉
(336)特定の生物や生物現象に関する研究を行う場合は、観察や実験の材
料・方法・器具・装置・データの取り方など、細部にわたって具体
的な計画を立てる。〈運動-主体動作‧客体変化〉
政 治 大
以上の考察をまとめこととして、以下のように整理しておく37。
主動
+
++
--
--
+
++
+
--
--
-
--
--
-
+
io
状態
空間的範囲
al
n
存在
+
特性
--
関係
--
質
--
i
n
U
C h--
i
e n g c h--
時間的範囲
範囲
-
-
--
--
y
主変
時間的範囲
Nat
動
主客
空間的範囲
‧
運
‧ 國
のタイプ
「にわたって」
學
述語
「にかけて」
++
++
--
--
--
--
--
--
sit
立
複合助詞
er
〈表 10〉
v
-
--
--
--
-
--
--
--
ここで注目したいのは、「運動」の述語である。「にかけて」の場合、〈空間
的範囲〉と〈時間的範囲〉ともに、主体動作‧客体変化動詞がくるが、主体動
作動詞が〈空間的範囲〉のみにくるのに対し、主体変化動詞が〈時間的範囲〉
37
この表では、運動述語として、主体動作‧客体変化動詞を「主客」、主体変化動詞を「主変」、
主体動作動詞を「主動」に略す。また、述語が各グループでの出現頻度について、用例数とし
て、
「++」は「多い」、「+」は「ある」、「-」は「少ない」、「--」は「ない」のである。
90
のみにくる。そして、「にわたって」の場合、主体変化動詞が〈空間的範囲〉
のみにくるのに対し、主体動作‧客体変化動詞、および主体動作動詞が〈時間
的範囲〉と〈範囲〉にしか現さない。また、この二語のそれぞれの〈空間的範
囲〉と〈時間的範囲〉を比較対照すれば、〈空間的範囲〉の場合、「にかけて」
では主体動作‧客体変化動詞と主体動作動詞がくるが、
「にわたって」では、逆
に主体変化動詞がくる。その一方、〈時間的範囲〉の場合は、出現頻度には大
きな差があるが、二語ともに主体動作‧客体変化動詞がくる。ただし、主体変
化動詞が「にかけて」のみにきて、その逆に、主体動作動詞が「にわたって」
のみにくる。このように、工藤(1995)による〈動作〉か〈変化〉かという観
点と、
〈主体〉か〈客体〉かという観点から、
「にかけて」と「にわたって」の
それぞれの特徴が観察される。
政 治 大
ちなみに、「にかけて」と「にわたって」の共通点の一つとして、両方とも
立
に、〈空間的範囲〉では「存在」の述語が現れることである。
‧
‧ 國
學
n
er
io
sit
y
Nat
al
Ch
engchi
91
i
n
U
v
第六章
6.1
結論
まとめ
本研究は、現代日本語における「範囲」を表す複合助詞「において」「にあ
って」
「にかけて」
「にわたって」の、動詞から複合助詞への文法化、多義語と
しての意味拡張の仕組み、各語の複合辞性の程度、評価的用法としての前件名
詞のタイプ、後件述語の特徴を明らかにした。
本章では、この前の各章で行った考察の結果をまとめ、以下の通りに示して
おく。
まず、第三章では、「において」、「にあって」、「にかけて」、「にわたって」
政 治 大
の各語の文法化および意味拡張を示した。文法化について、「にあって」、「に
かけて」、
「にわたって」の三語は、元の動詞「ある」、
「かける」、
「わたる」と
立
は意味上の類似性があり、動詞と複合助詞の間にはメタファー的な関係
‧ 國
學
(metaphorically related relations)があり、動詞から複合助詞への文法化
は、メタファー的写像(metaphorical mapping)によるものであると考えられ
‧
る。これに対し、
「において」は元の動詞「置く」とは意味上の類似性がなく、
下位範疇化(subcategorize)をして複合助詞「において」になる、という特
y
Nat
sit
殊な形式である。これにより、この文法化の二タイプを、それぞれ「メタファ
er
io
ー的写像型」と「下位範疇化型」にすることができると思われる。
al
v
i
n
Ch
かけて」、「にわたって」の各語の意味拡張の仕組みを解明した。
engchi U
第四章では、「連用形になる」、「文末に来る」、「連体修飾節になる」、「分裂
n
そして、第三章ではさらに、多義語としての「において」、
「にあって」、
「に
文を使う」の四点から、
「において」
「にあって」
「にかけて」
「にわたって」の
四語の構文的特徴を考察することによって、この四語の複合辞性の程度の高低
によって配列し、以下のようになる。
92
〈表5を再掲〉
認定基準
連用形
文末に
になる
くる
複合助詞
連体修飾節になる場合
元の動
「複合助詞 元の動詞
詞で表
+の」で表 の変形で
す
す
表す
分裂文
複合辞
の形式
性の程
度
にあって
+
+
+++
—
——
——
にわたって
++
+
++
+
——
——
にかけて
+
—
——
++
——
+
において
——
——
——
+
+++
++
低い
政 治 大
して「にあって」<「にわたって」<「にかけて」<「において」であり、文
立
以上で考察したように、この四語の複合辞性の程度を、低いから高いの順と
法化が最も進んでいるのは「において」である。この前に示したように、「に
‧ 國
學
あって」、
「にかけて」、
「にわたって」の三語の文法化は全て「メタファー的写
像型」である一方、「において」の文法化のみ「下位範疇化型」である。その
‧
特徴を、以下の〈表 12〉のようにまとめることができる。
複合辞性
の程度
メタファー的写像型
al
n
複合助詞
にあって
低
sit
io
タイプ
下位範疇化型
er
文法化の
y
Nat
〈表 11〉
にわたって
Ch
engchi
i
n
U
v
にかけて
において
高
第五章では、類義用法としての「において」と「にあって」、そして「にか
けて」と「にわたって」を二グループにし、八亀(2012)、仁田(2001)と影
山(2008)の叙述類型に関わる理論によって、各語の、評価を表す場合、その
評価が成り立つ範囲としての前件名詞の性質と、これらの複合助詞の後件にく
る述語の性質を考察した。この四語の、評価表現として、その評価が成り立つ
範囲のタイプを以下の〈表 13〉のようにまとめることができた。
93
高い
〈表 12〉
複合助詞
において
にあって
にかけて
にわたって
用
法
①
用
法
②
用
法
①
用
法
②
用
法
①
用
法
②
用
法
③
用法①
評価主体
-
-
-
-
-
-
+
-
視点
-
+
-
-
-
-
-
-
側面
-
+
-
-
-
+
-
-
成り立つ状況
+
-
+
+
+
-
-
+
成り立つ条件
-
-
+
政 + 治- 大-
+
-
評
価が成
り立つ範
囲のタイプ
立
この四語では、「にかけて」はその評価が成り立つ範囲のタイプの種類が最
‧ 國
學
も多い。また、ここで注意しなければならないことは二つがある。一つは、こ
の四語の共通的特徴として、全て時空間範囲を表す用法①があり、「成り立つ
‧
状況」を表す。ただし、
「にあって」はそれだけではなく、
「成り立つ条件」も
y
Nat
表す。もう一つは、
「において」と「にかけて」の用法②では、両方ともに「~
sit
に関して」や「~について」のように評価的意味を表すが、「側面」のみを表
al
n
ともある。
er
io
す「にかけて」に比べて、
「において」はそれだけではなく、
「視点」を表すこ
Ch
engchi
i
n
U
v
そして、この四語の後件にくる述語および叙述のタイプは、以下の〈表 14〉
のように整理できた。
94
〈表 13〉
叙述と述語の
事象叙述
タイプ
「動き」
「状態」
「属性」
空間的範囲
+
+
-
場面的範囲
+
+
-
時間的範囲
+
+
-
範囲
+
-
+
用法②
-
+
+
空間的範囲
-
+
-
複合助詞
場面的範囲
+
-
+
空間的範囲
+
+
時間的範囲
+
+
-
用法②
-
-
+
用法③
+
-
-
+
+
-
Ch +
e+n g c h i U -
-
用
法
①
al
n
空間的範囲
時間的範囲
範囲
-
-
er
io
に
わ
た
っ
て
Nat
に
か
け
て
-
學
-
範囲
用法②
用法①
-
y
立
-
sit
時間的範囲
治 +
-
政
大+
-
‧
に 用
あ 法
っ ①
て
‧ 國
に 用
お 法
い ①
て
属性叙述
v
-
ni
+
この四語では、多義語の意味拡張により、後件述語および叙述のタイプから
見れば、「において」は最も差異性、バラエティが豊んでいるもので、そして
「にかけて」、三つ目は「にわたって」、最後に全然違いが見られないのは「に
あって」である。順に従えば以下のようである。
④「にあって」<③「にわたって」<②「にかけて」<①「において」
なお、国広(1982)の「対照的作業原則」の分析方法を導入して「において」
と「にあって」の置き換えの可能性を考察した。
95
そして、「にかけて」と「にわたって」については、工藤(1995)と(2014)
に従って各語の各グループの後件に現す述語の種類を〈表 11〉のように整理
してみた。
〈表 11 を再掲〉
複合助詞
「にかけて」
「にわたって」
述語
時間的範囲
空間的範囲
時間的範囲
範囲
主客
+
++
--
-
-
主変
--
+
++
--
--
主動
+
--
--
++
++
状態
-
--
--
存在
+
-- 治--
政
-
+大
--
--
--
--
--
--
--
-
--
--
-
--
特性
関係
質
--
--
--
--
‧
今後の課題
Nat
6.2
立
--
y
動
‧ 國
運
學
空間的範囲
のタイプ
io
sit
本研究では「において」「にあって」「にかけて」「にわたって」の、動詞か
n
al
er
ら複合助詞への文法化と多義性、複合辞性の程度、そして評価性と後件述語の
i
n
U
特徴を考察したが、いくつかの課題が残っている。
Ch
engchi
v
まず、
「において」
「にあって」
「にかけて」
「にわたって」のこの四語は、複
合助詞の直後の「は」がきて以下のようなものがある。
(337)欧米においては戦後、制度としていち早く広まりましたが、最近わ
が国においても、権利擁護の一つの方法としてオンブズマン制度が
注目されています。
(338)江戸時代の俳人‧松尾芭蕉(千六百四十四〜九十四)は、そのことを
「不易流行」という言葉で示したが、グローバル化が進む時代にあ
っては、まさにこの視点が重要ではないだろうか。
(339)一方「白砂」については、瀬戸内海沿岸や日本海沿岸に比較的多く
見られますが、東京湾から東海地方にかけては火山灰による黒っぽ
い砂の海岸が多く存在します。
96
(340)しかし、これこれは減らしてこれは増やしましょうという「質の変
更」は、もっともっと難しくて、長期にわたってはなかなか実現で
きないのです。
また、例えば「にあって」と「にかけて」の用法②にように、直後の「は」が
既に定着した。
(341)高橋さんにあっては、どんな強敵でも勝てそうにありませんね。
(342)ロブは銃撃戦にかけてはたんなる素人だ。だから、彼の行動はまっ
たく予測がつかない。
つまり、同じく時空間範囲を表すものとして、複合助詞の直後に「は」がく
るものと、現れないものとの相違点、および「にあって」と「にかけて」のそ
政 治 大
れぞれの用法②では、複合助詞の直後にくる「は」の定着の理由を解明する必
要はある。
立
そして、複合助詞の後件の述語について、本研究は既に、工藤(1995)と(2014)
‧ 國
學
の述語のタイプの理論を導入して「にかけて」と「にわたって」の後件述語の
特徴を考察したが、例えば動作述語の場合、その動詞述語の意味にしか注目せ
‧
ず、スル‧シタ、またはシテイル‧シテイタなどのように、その動詞述語がどの
形式でくるかについては考察に入れていない。これについて、工藤(1989)で
y
Nat
sit
は、スル‧シタ‧シテイル‧シテイタなどの形式が、終止の位置にある(単文、
al
er
io
主文の述語である)ときに、習慣的、恒常的運動ではなく、個別=具体的な運
v
n
動として、以下のようにテンス=アスペクト対立をなしていると指摘している
38 39
‧ 。
38
Ch
engchi
i
n
U
工藤(1989)によると、基本的にスル(シタ)―シテイル(シテイタ)はアスペクト的に対
立している。スル(シタ)は運動を圧縮して一点集約的=ひとまとまり的にとらえ、〈完成性
(ひとまちまり性)〉であるのに対し、シテイル(シテイタ)は運動を押し広げ、持続的にと
らえ、
〈持続性〉である。また、このスル(シタ)―シテイル(シテイタ)、というアスペクト
の対立は、以下のように、動詞の語彙的意味と法則的に結びついている。
スル
‧主体動作(動き)動詞(無限界動詞)
〈動作全体〉
あるく、たべる、みる、うごく
‧主体動作‧客体変化動詞(限界動詞)
シテイル
←→
〈動作持続〉
(〈動作成立の限界達成〉)
〈動作全体
あける、とめる、きる、つける
=結果(限界)達成〉 ←→ 〈動作持続〉
97
アスペクト
〈完成性〉
テンス
〈持続性〉
〈パーフェクト性〉
〈発話時以後=未来〉
スル
シテイル
シテイル
/
〈発話時同時=現在〉
/
シテイル
シテイル
シタ
〈発話時以前=過去〉
シタ
シテイタ
シテイタ
/
複合助詞の特徴を体系的に考察するために、後件述語の性質だけではなく、動
詞述語がくる場合、スル‧シタ‧シテイル‧シテイタなど、その動詞述語の形態
から、テンスやアスペクト的意味を考察し、各語の各用法の意味特徴を考える
必要があると思われる。
立
政 治 大
‧
‧ 國
學
n
er
io
sit
y
Nat
al
Ch
‧主体変化動詞(限界動詞)
engchi
i
n
U
v
〈結果(限界)達成〉
←→ 〈結果持続〉
あく、とまる、いく、けっこんする
39
〈パーフェクト性〉は、
〈設定時点(reference time)において、それに先行して起こる(以
前の)運動が引き続き関わり=効力をもっている〉というアスペクト的意味を表していて、以
下のように対立していると思われる。
‧あなたが帰国した時には、わたしはこの世にいないでしょう。とっくに死んでいるでしょう。
〈未来パーフェクト〉
‧私の父はもう 10 年前に死んでいる。/私の父はもう死にました。〈現在パーフェクト〉
‧彼が帰国した時には、父親は既に三ヵ月前に死んでいた。〈過去パーフェクト〉
98
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