現代社会の遭難者

現代社会の遭難者
2015.11.7
上海国際内観学会
日本・栗本藤基
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はじめに
• 私は、多くの大学病院をはじめとする精神科
病院や精神科クリニックで長期間、良くならず、
行き場所を失った患者を診てきた。
• さらに精神医療そのもので傷つけられた患者
を診てきた。
2
人間(家族)不信、精神医療不信
患者の大半は人間不信、さらに過去の医者の対して強い不
信感をもっていた。
それは現在の現象分類学レベルの診断からの見方、つまり
原因探求に基づく治療や社会復帰訓練は十分ではなく、退
院後も再発を繰り返していたこと。家族も本人に巻き込まれ
つつも病院に連れていく力は落ちていた。
このような患者に従来の「診断、治療、薬、入院」という言葉は
通用しない。
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社会遭難という見方
• 以下に従来の精神医学的な見方とは違った
「社会遭難者」という見方を導入することに
よって、患者、家族、病院をも総合的、全体的
に捉えることができ、彼等の立ち直りに有効
であった。
そして、患者の立ち直りのみならず、病院の改
革にもつながったのでここに報告する。
4
山岳登山モデルの導入
• 患者は現代社会の人間関係で行き詰まり、
かつ、人間不信に陥っている故、自然界を基
本にした山岳登山をモデルにして説明し、実
践することを考えた。
• 患者は遭難者であると。
• 医師は山岳ガイドである。
• 病院は山小屋。再出発の為の自己点検。磁
石(坐禅)、地図(内観)、訓練
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遭難モデルのイメージ
• 登山(人間は成長への動き)
頂上
• 遭難:内外の悪条件
• 救助
山小屋
谷底
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山岳遭難に類した社会遭難
• 精神病者は山登りでいえば、方向と位置を見失った
遭難者に喩えられる。
• 登山には、目的、準備、状況判断が求められるが、
現代社会での「遭難」の場合、被害から加害の悪循
環で自他破壊に向かう危険を有する。また生存が
保たれる故に長引く場合も多い。
• 本人は一次遭難と位置づけられ、家族、社会は二
次遭難者、われわれ病院も三次遭難に陥る危険が
あると包括的に説明ができる。
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医師、病院を拒否した具体例
1. 長期ひきこもり患者 L
2. 尊属殺人患者 H
3. 妻を殺すと狙う外国人 A
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興奮、引きこもり38歳女性 L
• 2007結婚後、姑と衝突、子供を残して実家に
戻る。
• 父親との衝突。部屋に10年間引きこもり、潔
癖症状とともに、被害妄想出現「農薬をまか
れる」と。薬に敏感。一切服薬せず。
• 被害妄想から大声を出し、近隣からの苦情
• 強制入院となるが、再び引きこもる。医療拒
否。統合失調感情障害と診断されていた。
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滋賀県北部の農家
10
乱雑な部屋。
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私の対応
• 本人の状況。被害妄想、強迫観念、引きこもりから
の脱出困難。同時に家族も巻き込まれ、疲弊。本人
を一次遭難者、家族は二次遭難状態といえた。か
つ病院に行くことを強く拒否したまま十年経った。
• このままでは、本人も家族も崩壊することを先ず家
族に告げた。続いて本人に前もって手紙でこのまま
では問題の解決にならないことを通告の上第三者
(警備保障)の協力で入院させた。先ずは行動を制
止し(人権、安全に配慮)、絶食(点滴で補給)後、投
薬ではなく、坐禅、内観、農作業を経て退院した。
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尊属殺人患者70歳男性 H
• 1955.(27歳)両親を殺害した。
• 農家の一人っ子、母親は精神病、父親は結核だっ
た。長じて前途に悲観して宗教に救いを求めるが、
却って孤立した。3年間引きこもり心身症に陥った。
• 自殺未遂で総合病院の精神科に入院した。しかし
退院直後、絶望から両親殺害、自殺できず逮捕され
た。
• 精神分裂病による心身喪失状態として罪は問われ
ず当院への強制入院となった。
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激昂
• 入院後看護の手伝いをするも周期的に不安定
であった。
• 1990年、全ての医師が主治医になることを拒否
したため、私が主治医になった。私は彼の前途
を開かなければ、逆に殺されるという危惧を抱い
た。
• 1991年(50歳)「自分は一生入院しなければい
けないか。薬は飲まぬ」と興奮。「いますぐ止め
なければ皆殺す」と激昂し、私は窮地に陥った。
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被害と加害の連鎖
• 本人は事件前、孤立し行き詰まり、被害的になって
いた。これは一次遭難状態であった。
• 次に本人は事態を解決するために両親を殺し自分
も死のうと考えた。これは両親自身も二次遭難に陥
ったといえる。さらに村人に強い恐怖を与え、そこに
戻ることはできなかった。閉鎖的処遇しかなかった。
• 一方、入院していても本人の前途は見えず、自己の
尊厳を賭けて権力的な病院批判をした。これつまり
病院も三次遭難の危機に陥ったといえる。
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私の対応
1. 行動制止:絶食、固定ー生存欲求への気づ
きと感謝(人権、医療安全に配慮)
2. 医道:坐禅、内観の実践による自己内部の
力への気づきー薬物療法への不信に対し
3. 文道:仮想空間(演劇)の中での自己表
現ー表現の異常(情熱はあるが方向は破
壊)への気づき
4.農道ー自己の健康な部分への気づき
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医道 坐禅、内観
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M.ゴーリキー『どん底』
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警察官の役
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農道
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変化
• 『内観』で母親は「戦時中空襲を受けたとき、
自分を竹薮に背負って行ってくれた。自分が
薬で自殺を図ったとき、解毒を助けてくれた。
」 父親も「自分を牛に乗せてくれた」と感謝を
示した。
• 「自分は生きてる限り世の中に貢献したい。こ
の病院が世界で一番よい病院になってほし
い。自分は古木のごとく世から去りたい」と。
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妻を殺すという外国人50代男性 A
• 幼少期、父親から暴力、母親はアルコール中毒。
現代世界に絶望の青春期
• 20歳自殺未遂、精神科入院 鬱病
• 学生時代留学した日本人女性と結婚
• 外国語会話教室を開くも本人の浮気で倒産。
• 会社の後始末後、妻が大半の財産を渡さぬと攻撃
し、妻を巡る人間全部が敵と被害妄想を抱いた。
• 外国語会話教室の外国人講師に暴力。刑務所生活
1年。出所後も妻を殺すという為強制入院(妄想性
障害)
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主治医を殺す!
• 「医者と警察がグルになっている、主治
医を殺す」と興奮。
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加害から被害の悪循環
• 眼前の欲望に走り、結果的に追い出され、妻
に対する被害妄想から、同僚の講師と衝突、
刑務所に入るまでは一次遭難
• 刑務所を出たあと、さらに「妻を殺す」というの
は妻にすれば妻自身二次遭難状態に陥った
といえる。
• 強制入院となった我々も巻き込まれ、三次遭
難の危機に陥ったといえる。
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私の対応
• 最も根本の夫婦関係において、本人がはじめ
加害者そして追い出され被害者意識をもち、
再び加害者となり刑務所生活に陥った。
• ところが出所後、妻への加害の危険があった
ので強制入院になった。ところが、病院自体
が本人の自由を奪うというので、病院に攻撃
性が向いたのが「主治医を殺す!」という発
言になった。こちらも三次遭難の危機に陥っ
た。
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• 人間関係の被害、加害の悪循環を止め
、双方の御互いの理解を深め、生産的
方向への和解を進めるという精神医療
の原点に立ち返った。
• 妻を警察官付き添いの下、来院させ本
人と面会させ計三回これを繰り返した。
• 少しずつ落ち着き、坐禅・内観、演劇、
農業にも参加した。
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変化:病院を評価
• 「自国の自分の入院した病院は、一切説明な
しの投薬で、拒否もできなかった。完全犯罪
の場に思え、自殺を図った。しかし、ここは田
圃や孔雀、坐禅、内観、演劇などもあり開放
的ですばらしい病院」と評価
• 自分の加害性を反省し、「妻は最高の女性」
といって退院した。
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農道
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社会遭難救出のため
当院の目指すもの
• 患者が社会復帰するために、自己の辿
り直しと、現代社会という「山」を把握し
直す必要がある。そのための訓練として
の医道(坐禅、内観)が必要。
• 病院は現代社会以前の自然と歴史を辿
り直せる場と訓練の提供が必要。そうで
なければ病院も三次遭難に陥る。
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患者が遭難した現代社会とは
• 現代社会は大地自然のリズム、動きから自
由を得て高度に工業化、分業化、都市化した
反面、精神は不安定化、人間関係で挫折し
被害、加害の悪循環が生まれ、ここに精神病
が発生する根本的基盤がある と考える。
同時に病院も現代社会の論理に組み込ま
れているため、患者を未来に向けて導くこと
ができず、逆に巻き込まれ三次遭難に陥る
・総じて人格の未熟さがある。
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人格の発達には困難な社会
人格を樹木に喩えると
• 枝葉:多様な選択、
• 幹:独立精神
• 根:体力、人間関係力
総合力が必要 発達障害者の増加 偏り
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個人の発達と適応
• 社会の発達の歴史
•
•
•
•
•
•
•
現代
宗教
政経
医
商
武
農
弁証法的発展
個人発達史
肯定ー否定ー肯定 32
人格の強化のための
農、武、医、文道
• 農道:自然存在としての自覚と学び
• 武道:自己と生存基盤である大地を守る自覚
• 医道:自己の病は自身で克服する。先ずは内墺か
ら力を引き出す坐禅、人間関係から力を引き出す内
観の実践
• 文道:人間と社会を把握し、認識を深めるための演
劇修業。
農、武、医、文すべて困難を媒介にして成立している。
これらは成長するための修業にもなる。絶えず肯
定ー否定ー肯定の弁証法的発展を人類の歴史は
教える。これを人間の育て直しに応用したい。
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信越国境百年の森作り
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雪降ろし
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病院院庭
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院庭の孔雀
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武道
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法螺貝吹き:勇気煥発:自然讃歌
歴史感謝、虚構闘争、努力栄光
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最後に
• 本発表の背景を為した人物の名を挙げたい。
• 弟正剛(『現代の英雄』)、父藤四郎(農、武、
医、政に生きた)、中村天風(医学哲学統一
道)、玉井袈裟男(農民指導者、『暗い感情に
対処する企て』)、吉本伊信(内観)、
岡村昭彦(国際報道写真家)
彼等は私の導き手であったのみならず、日
本の精神医療の導き手であった。
・・・・・・・・敬称は略させて頂きました。
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御礼
• ご清聴ありがとうございました。学会関係者に感謝
申し上げます。
• 皆様のご意見を待っております。
• 是非当院をお訪ね下さい。
滋賀県大津市滋賀里1-18-41
医療法人藤樹会・滋賀里病院 栗本藤基
tel:077-522-5426
mail:[email protected]
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