二国間クレジット制度(JCM)による 追加的な排出削減への貢献に関する

二国間クレジット制度(JCM)による
追加的な排出削減への貢献に関する考察
小圷一久1、梅宮知佐2
2015 年 10 月
<要旨>

国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第 21 回締約国会議(COP21)に向けて、各国が 2020 年
以降の国際枠組みにおける約束草案を提出する中で、世界の平均気温上昇を産業革命以前
のレベルから 2 度以下に抑えるため追加的な排出削減を実現する市場メカニズムの役割が重
要である。

二国間クレジット制度(JCM)は、初期の設備投資が高くなる省エネ機器や高効率機器への補
助などを通じて、パートナー国における排出削減をもたらすプロジェクトを実施するメカニズムで
あり、国連における決定に基づき、追加的な削減の実現を目指している。

既に開始されているプロジェクトに対して排出削減効果を算定し、JCM として登録することは、追
加的な排出削減には繋がらず、環境十全性が担保されないため JCM に対する国際的な信頼
を低下させかない。また、新規ではないプロジェクトを JCM として登録することは、パートナー国に
対するメリットもなく、JCM に対する期待を損ねることにもなり、実施すべきではない。
1. 2020 年以降、追加的な排出削減を実現する新たな市場メカニズムとは
現在、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第 21 回締約国会議(COP21)に向けて、各国より
2020 年以降の国際枠組みにおける自主的な貢献を示す文書(以下、「約束草案」)の提出が行わ
れており、2015 年 10 月 8 日現在、147 の締約国が UNFCCC 事務局に約束草案を提出済みであ
る(UNFCCC 2015)。我が国も、本年 7 月に 2030 年までに 2013 年度比 26%削減するという 2030
年目標を含む約束草案を提出し、国内における排出削減に取り組むと共に、我が国の優れた技術
や途上国支援を通じて世界全体での温室効果ガス排出削減に貢献するとしている。二国間クレジッ
ト制度(以下、「JCM」)についても、26%目標積み上げの基礎としないものの、日本として獲得した排
出削減・吸収量を我が国の削減として適切にカウントする、としている(地球温暖化推進本部、
2015)。2030 年目標達成への活用が位置づけられた他、2020 年目標(2005 年度比 3.8%)達成
についても活用が予定されている(地球温暖化推進本部、2013)。
UNFCCC における市場メカニズムについては、COP13 の「バリ行動計画」以降、京都議定書の下で
の市場メカニズム(クリーン開発メカニズム(CDM)、共同実施(JI)、国際排出量取引(IET))に加えて、
条約の下での市場メカニズムについて国際交渉が続いている(UNFCCC 2007、2010)。これまで、
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2
地球環境戦略研究機関 気候変動とエネルギー領域 上席研究員 [email protected]
地球環境戦略研究機関 気候変動とエネルギー領域 研究員 [email protected]
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基本的原則として「実質的で永続性があり、追加的で検証された削減」をもたらし、「ダブルカウントを
防止」すること、「純削減を実現」することが合意された(UNFCCC 2011、2012)。また、これには
JCM のように 2 国間で共同に開発、実施する仕組みも含まれている3。
したがって、2020 年以降の国際枠組みにおいて、JCM を含む市場メカニズムにおいて追加的な
削減を実現することが必須の要素である。追加的な削減とは、ある排出削減活動の緩和効果が、そ
の削減活動が無かった場合に比べ大きい場合を意味する(UNFCCC 2014)。
2. 進む JCM の制度づくりと「新たな市場メカニズム」の意味
JCM については、UNFCCC の下で削減を促進する新たな市場メカニズムとして、CDM の経験に学
びつつ、制度構築を進めてきている。現在、我が国は 15 カ国のパートナー国政府4と JCM に係る二
国間文書を署名し(日本政府 2015)、これに基づき両国の代表により構成される合同委員会(JC)
が設置され、JCM の規則及びガイドラインの採択、方法論の承認、プロジェクトの登録が行われている。
2015 年 10 月 4 日現在、19 件の JCM 方法論が承認され、7 件のプロジェクトが登録されている(JCM
2015)。また、クレジット発行に向けて、JCM 登録簿の構築も進んでおり(日本政府 2015)、現在は、
日本における JCM の円滑な実施を図ることを目的として「日本国 JCM 実施要綱(案)」のパブリックコ
メントが実施されている段階である (環境省 2015)。
国連において 2020 年以前の目標引き上げや中長期的な排出目標との整合性ならびに 2020 年
以降の 2 度目標達成との関係から、「追加的な排出削減」を実現していくことが求められているところ
である。市場メカニズムについても同様で、「純削減」をもたらす新たなメカニズムの構築が求められ
ている。JCM はこれらの国際枠組みに沿い、純削減を達成し、追加的な削減事業を実現するために
着実な制度構築を目指しているが、改めて、「追加的な排出削減を実現するメカニズム」とは何かを
考えることが重要である。
3. CDM の経験に学ぶ、追加的な排出削減の重要性と難しさ
追加的排出削減を実現することの難しさについては、京都メカニズムの CDM の実施経験から多く
の教訓を学ぶことが出来る。2000 年のマラケッシュ合意以降、CDM 理事会をはじめとして、各締約
国や国連及び研究機関、民間企業などが相当の努力と貢献をしながら、方法論における追加性を
判断するツールの整備やプロジェクト登録に際しての判断基準などを整備した。それにも関わらず、こ
の問題を完全に解決する方法は未だない (Stavins et al 2014)。
追加性を判断するための前提や判断基準といったものが不十分であったという指摘もあるが、CDM
のルールにおいて事前の検討(Prior consideration)をしたという証拠書類を残せば、プロジェクトをス
タートさせて、後から CDM として登録することがルール上可能であったことも一つの要因であったと考
3
COP18 の決定にて(COP は)締約国が市場の活用を含む様々な取組を、個別に又は共同で開発、実施することを
認める(Parties, individually or jointly, may develop and implement various approaches, including opportunities for
using markets)とある。決定 1/CP18 パラグラフ 41
4 モンゴル、バングラデシュ、エチオピア、ケニア、モルディブ、ベトナム、ラオス、インドネシア、コスタリカ、パラオ、カン
ボジア、メキシコ、サウジアラビア、チリ、ミャンマー
2
えられる。7,600 件以上の登録プロジェクトの内、水力や風力、バイオマス発電などの売電事業が大
半を占めるのは、プロジェクトの収益を発電事業に依拠し、クレジットの収入は付加的なものとプロジェ
クト実施者が捉えていたものと考えられる。クレジット価格が大幅に下落していたにも関わらず、第1約
束期間の最終年である 2012 年に駆け込みでプロジェクトの登録需要が発生したのは、クレジットの収
益に頼らず発電等事業化の部分だけで投資判断をしていたプロジェクトが大半であったことが伺え
る。
CDM で先進国と途上国間の協力が促進され、先行投資や技術協力が新たに発生したプロジェクト
も数多いことは確かである。しかしながら、一方で多くのプロジェクトが CDM の有無にかかわらず実施さ
れていた可能性が高いこともこれまでの経験から明らかになっており、こういったクレジットを発行して
いく制度に対する国際的な信頼性が低下していることは否めない状況であると考えられる。
4. JCM の追加的削減を担保する仕組み:適格性要件
JCM プロジェクトがその適格性を示すためには、あらかじめ承認された方法論の定める適格性要件
を満たさなければならない。この方法論は、JC で承認を経ており、パートナー国においてどういった低
炭素技術、またそれを用いたプロジェクトを適格であると判断するかの基準となっており、JCM が導入
する技術とパートナー国の既存の技術との差別化を図っている。適格性要件とは、例えば、特定の
低炭素技術の種類、または技術のエネルギー効率の下限値などである。これによって、BAU では想
定できない低炭素技術を、パートナー国へ導入することを目指している。
適格性要件の採用は、CDM の時のような複雑な追加性証明のための審査を回避し、プロジェクト参
加者があらかじめ自らが申請しようとするプロジェクトが JCM として適格か判断できるメリットがある(日
本政府 2015)。
5. JCM として追加的削減を促すインセンティブとは
JCM の目的は、途上国に対する先進的な温室効果ガス削減技術の普及や実施を行い、その削
減効果を定量的に評価するとともに、日本の削減目標(2020 年及び 2030 年)達成に活用し、
UNFCCC の究極的な目的である気候の安定化に貢献することである(日本政府、2015 年)。ここで、
日本政府は JCM から出たクレジットを無効化5することで、目標達成に活用する(環境省、2015 年)。
一方で、現在構築している JCM の制度において、JCM の発行するクレジットを国際的に取引すること
は想定していない(日本政府 2015)。クレジットは当該国において発行されるが、国際間の取引は
行われない。また、平成 28 年度以降の予算要求においても、政府としてクレジットを買い取るという
要求は現状では見られないため、日本政府がクレジットを買い取るというシナリオは低いと考えられる
(環境省 2015b、経済産業省 2015)。つまり、JCM において、クレジットをパートナー国政府あるい
はプロジェクト参加者が獲得しても、日本側の口座に移転することはできないため、現時点において、
5
口座名義人または日本国政府が、自らの温室効果ガスの排出の抑制等に係る取組を評価することを目的として、
JCM クレジットを無効化口座に移転し、当該 JCM クレジットをそれ以上移転できない状態にすること(日本国 JCM 実
施要綱(案)より)。
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パートナー国にとって JCM クレジット自体を獲得するメリットは少ないことになる。
クレジットの国際的な取引が現状において出来ない以上、JCM は別途、プロジェクト参加者が JCM
を通して削減活動を実施出来るよう促す必要がある。このプロジェクト参加者へのインセンティブは、
現在では日本政府によるプロジェクト実施のための初期投資に対する補助である。途上国において
低炭素技術が十分に普及せず、排出量削減につながっていない主たる要因の一つは、低炭素技術
の初期の設備投資額が高いことから、環境省設備補助事業では、この要因に対する実効的な対応
策として、初期費用の 50%までを上限として補助金を拠出している(GEC 2015、2015b)。この補助
によるプロジェクト実施への貢献に基づき、プロジェクト参加者はクレジットを日本政府の口座に納めな
ければならない。
CDM においては、クレジットを後から取引できることが一つのメリットであった。クレジットに価格が付
いていれば、プロジェクト活動だけを先行させ、後から売却益を得るというビジネスモデルが成立をし
た。しかし一方で、この仕組みによって非追加的なプロジェクトが CDM として認められ、その結果として、
CDM という国際制度が環境十全性を担保できなくなり、国際的な信頼性を低下させる要因の一つと
なったのではないかと考えられる。
6. 測定・報告・検証(MRV)の役割
JCM では、プロジェクトがもたらす削減量を定量的に評価するため、対象となるプロジェクトに対して
MRV 方法論を開発することが求められる。これは、CDM の経験に基づき、簡素で保守的かつ透明性
の高い手法を用いた方法論を開発することとなっている。承認方法論の一部には、プロジェクト参加
者が排出削減量を計算するための計算シートが含まれており、プロジェクト参加者が個々に計算シー
トを作成する負担を無くしている。また、この計算シートには、係数の数値として、保守的なデフォルト
値が含まれており、プロジェクト固有の値を測定することが難しい場合、このデフォルト値の適用が認
められている(日本政府 2015)。
JCM における簡素で保守的な MRV は、適格性に準じたプロジェクトに対して行われることが大前提
となる。従って、適格性要件の設定の際には透明性のある JC での審議を経て、JCM を通じた追加的
削減を担保し、定量化しなければならない。
一方で、既存のプロジェクトに対して MRV を適用し、JCM として登録することは、これまで述べてきた
通り、環境十全性及びホスト国のメリットという観点からも意義が見いだせないことから、実施すべきで
はない。ホスト国が納得できる JCM としてのメリットを示さないと、ホスト国の理解は得られず、プロジェ
クトの登録やクレジットの発行は難しい。
また、JCM により排出削減効果が「見える化」されることにより、それによって低炭素技術の普及促
進につながるという考え方もある。排出削減効果の「見える化」及び国際貢献への情報発信は重要
であるが、JCM の方法論は算定用のエクセルファイルを含めて、既に公開されているため、「見える
化」は JCM の一部の手続きを経ずしても十分実施ができる。
また、途上国において低炭素技術を普及させるためには、「見える化」だけではなく、初期投資に
対する補助が最も重要であり、その対応策を示している JCM が評価を受けているのはこの問題への
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解決策を提示しているからである。
7. JCM を通じた追加的削減の実現に向けて
UNFCCC の下で新たなメカニズムとして制度が構築され、実際に実施されている二国間の仕組み
は、現在のところ、JCM だけである(UNFCCC 2015b)。CDM がそうであったように、JCM も「走りながら
考える」(learning by doing)ところがある。但し、一つだけ違うところがあり、それは CDM の経験から学
ぶということである。CDM は追加的な削減を実現することの難しさ、そして、環境十全性を担保するこ
との難しさを身を持って体現している。このような経験に基づいて JCM は追加的な削減を促進するメ
カニズムとして国際社会に対しその経験を共有していかなければならない。
謝辞
本稿の作成に際して協力下さった IGES 気候変動とエネルギー領域の栗山昭久氏、事務局長塚
本直也氏、プログラム・マネージメント・オフィス 上席研究員の小嶋公史氏に感謝いたします。
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参考文献
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お問い合わせ
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〒240-0115 神奈川県三浦郡葉山町上山口 2108-11
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