位相次元論の基礎 yamyamtopo 概要 位相空間に対しては次元を定義することができる。その方法は三通りのものがよ く知られており、ind, Ind という記号で表される二種類の帰納的次元と、dim で表 される被覆次元がある。これらの次元は可分距離空間の範囲内では一致する。しか し、これら位相次元の理論について日本語で書かれた最近の入門的文献はほとんど ないように思われる。そのことを踏まえて本稿では、もっとも古典的かつ基本的な 可分距離空間の次元論を解説する。この解説を通してより多くの人に次元論にふれ て頂ければ幸いである。 1 歴史的背景 まず、位相次元論が現れた歴史的背景についてごく簡単に説明する。位相次元論の歴史 については多くの優れた書物があるので、興味のある読者は参照されたい。 1.1 次元の危機 次元の概念はもともと、点の位置を指定するのに必要なパラメータの個数として、漠然 ととらえられていた。たとえば、平面上の点の位置を指定するのには、直交座標にして も、極座標にしても、 2 個のパラメータが必要となるので、平面の次元は 2 であるといっ た具合である。また、このパラメータの個数は、決してこれ以上減らすことができないこ とも素朴に信じられていたと思われる。しかし、19 世紀末の集合論の発展により、この 信念にも、揺らぎが生じはじめた。1878 年に Cantor は直線 R と平面 R2 との間に点の 一対一対応、すなわち全単射があることを証明した。これは、 2 次元であるはずの平面 上のすべての点が、1 個の実数をパラメータとして表示されてしまうことを示していた。 ここで与えられた対応は、もちろん連続ではなかったが、1890 年に Peano は単位閉区間 I = [0, 1] から正方形 I 2 への連続な全射を構成してしまった。ただし、この全射は、単射 ではなかった。つまり、区間 I 上を動くパラメータの異なった値に、正方形 I 2 上の同じ 点が対応する場合があった。いずれにしても、次元の概念を、いままでのように自明のも のと見なすわけにはいかなくなった。 1 1.2 帰納的次元 これに対して Poincaré は 1903 年と 1912 年の論文において、次元を定義するための 一つのアイディアを提示した。そのアイディアは素朴であった。直線や曲線のような「1 次元」のものは、そこに点を一つとれば、左右二つの部分に切り離すことができる。曲面 のような「2 次元」のものは、その上に「1 次元」のもの、つまり曲線をとれば、曲線の 左側と右側に切り離すことができる。同様に「3 次元」のものは「2 次元」のもので切り 離すことができる。以上のことを、逆に次元の定義にしようと Poincaré は提案した。つ まり、ある図形が 1 次元であるとは、いくつかの互いに離れた点によって切り離されるこ とであり、2 次元であるとは、 (いま定義した意味での)1 次元の図形によって切り離され ることであり、3 次元であるとは、2 次元の図形によって切り離されることである、と定 義しようというのである。ちなみに Poincaré が次元の定義の構想を述べたこれらの論文 は、興味深いことに哲学の雑誌において発表されている。 このような次元の帰納的な「定義」を厳密化する試みは、1913 年に Brouwer によっ て初めてなされた。Brouwer は自身が定義した次元を Dimensionsgrad と呼び、Rn の Dimensionsgrad が n であることを証明した。しかし、Brouwer はこの次元の概念をあま り深く追究しなかった。1911 年に Brouwer はユークリッド空間の次元の位相不変性、つ まり「n ̸= m のとき Rn と Rm は同相でない」ことを証明していたが、Dimensionsgrad はこの事実の別証明を与えるためだけに用いられたようである。 次元論の本格的な研究に結び付いたのは、1922 年に Urysohn により、また 1923 年に は Menger によりそれぞれ独立に定式化されたものである。これは後に、小さな帰納的次 元 (small inductive dimension) と呼ばれることになった。おおまかには、その定義 は次のようなものである。まず、空集合の次元は −1 であると定義する。次に「n − 1 次 元以下」という概念が定義されているとして、空間が「n 次元以下」であることの定義は、 その任意の点が、境界が n − 1 次元以下であるようないくらでも小さい開近傍をもつこと とする。そして最後に、n 次元以下であるが n − 1 次元以下ではないとき、その空間は n 次元であると定義する。 上の定義における「任意の点」を、任意の閉集合に置き換えたものとして、大きな帰納的次 元 (large inductive dimension) が定義される。これは Brouwer の Dimensionsgrad の定義に似ている。しかし、この次元概念が正式に定義され研究されたのは、1932 年の Čech の論文がはじまりである。 1.3 被覆次元 帰納的次元とはまったく異なったアイディアにより定義された次元の概念に、被覆次元 (covering dimension) がある。まず、次のような観察をしてみよう。平面を、小さな タイルで埋め尽くすことを考える。同じサイズの長方形のタイルを使っていちばん安直な 方法で平面を埋め尽くしていけば、一か所に最大で 4 個のタイルが集まる。しかし、これ をレンガを積むときのようにずらして置けば、一か所には 3 個のタイルしか集まらない。 2 そしてこの 3 個という数は、タイルの形や置き方をどんなに工夫しても、減らせそうには ないように思える。一般に n 次元のものを小さいブロックで埋め尽くすときには、少な くとも n + 1 個のブロックが一か所に集まらなければならないと期待できる。 これを精密に述べたものとして、1911 年に Lebesgue は、n 次元立方体 I n = [0, 1]n を十分小さい有限個の閉集合で被覆するとき、そのうち適当な n + 1 個を選ぶと共通の点 をもつという主張を論文で発表した。この論文の証明には欠陥があったが、後に 1913 年 に Brouwer が厳密な証明を与えている。 被覆次元のアイディアは、この定理を逆に次元の定義であると考えるというものであ る。正式に被覆次元が導入されて研究されたのは、再び Čech による 1933 年の論文がは じまりである。その後の研究では、被覆次元は二つの帰納的次元よりもより広い空間のク ラスで良い性質をもつことが明らかになったため、単に位相次元と言ったときには被覆次 元を意味することも多い。 1.4 帰納的次元と被覆次元との関係 現在では、空間 X の小さな帰納的次元を ind X で、大きな帰納的次元を Ind X で、被覆次元を dim X で表すのが普通である。そして X が可分距離空間の場合は、 ind X = Ind X = dim X である。この事実は、Ind X や dim X が明示的に導入される よりも早く、1927 年に Hurewicz によって証明されている。 第二次世界大戦後に、可分距離空間よりも広い空間のクラスでの次元論が追究された。 1952 年に Katětov が、また 1954 年に森田紀一がそれぞれ独立に、可分とは限らない任 意の距離空間 X に対して Ind X = dim X であることを証明した。この範囲では ind X は良い性質をもたないし、他の二つと異なる(真に小さい)値を取り得る。本稿では議論 を簡単にするため、可分距離空間の次元論を中心に紹介するが、距離空間の次元論でも、 Ind あるいは dim を用いれば、可分な場合に成立していた定理の多くが成立することが 分かっている。 2 次元の定義 本稿では、正則空間、正規空間は T1 分離公理を満たすことを仮定する。位相空間 X の部分集合 A の閉包、内部、境界はそれぞれ ClX A, IntX A, BdX A(= ClX A \ IntX A で表し、これらは混乱のない限り Cl A などと略す。 定義 2.1. X を正則空間とする。−1 以上の整数 n に対して、ind X ≦ n であることを 次によって帰納的に定義する。 (i) ind X ≦ −1 であるとは、X が空集合であることをいう。 (ii) 0 ≦ n < ∞ のとき ind X ≦ n であるとは、任意の x ∈ X と x の任意の開近傍 U に対して、x の開近傍 V が存在して V ⊂ U かつ ind Bd V ≦ n − 1 が成立するこ 3 とをいう*1 。 ここで X が正則であるという仮定は、上の (ii) での境界 Bd V を常に U に含まれる ように取れるために置いたものであるが、論理的に必須なものではない。 問題 2.1. 整数 n ≧ −1 に対して、ind X ≦ n ならば ind X ≦ n + 1 である。 定義 2.2 (小さな帰納的次元). X を正則空間とする。ind X ∈ {−1, 0, 1, 2, . . . , ∞} を次 によって定義する。 (i) ind X ≦ n であるような整数 n ≧ −1 が存在するとき、その最小のものを ind X とする。 (ii) ind X ≦ n であるような整数 n ≧ −1 が存在しないとき、ind X = ∞ とする。 ind X を X の小さな帰納的次元 (small inductive dimension) という。 問題 2.2. 問題 2.1 を用いて、整数 n ≧ −1 に対して、定義 2.1 の “ind X ≦ n” が定義 2.2 と矛盾していないことを確かめよ。 問題 2.3. ind X = −1 は X が空集合であることと同値である。また、空でない正則空 間 X に対して、ind X = 0 は X が開かつ閉集合からなる開基をもつことと同値である。 問題 2.4. 実数直線 R の空でない部分集合 A に対して ind A ≦ 1 であり、ind A = 0 が成立するためには A が内点をもたないことが必要十分である。とくに、ind Q = ind(R \ Q) = 0, ind R = 1 である。 問題 2.5. ind ≦ 0 である正則空間全体のクラスは、部分空間をとる操作と任意個の直 積をとる操作について閉じている。とくに、有限個の直積についても閉じているので、 ind Qn = ind(R \ Q)n = 0 である。 小さな帰納的次元の定義は任意の点の近傍に着目したものであるが、これを任意の閉集 合の近傍に置き換えることで、大きな帰納的次元の定義が得られる。 定義 2.3 (大きな帰納的次元). X を正規空間とする。整数 n ≧ −1 に対して、Ind X ≦ n であることを次によって帰納的に定義する。 (i) Ind X ≦ −1 であるとは、X が空集合であることをいう。 (ii) 0 ≦ n < ∞ のとき Ind X ≦ n であるとは、X の任意の閉集合 F と F の任意の 開近傍 U に対して、F の開近傍 V が存在して V ⊂ U かつ ind Bd V ≦ n − 1 が 成立することをいう*2 。 正則空間の部分空間は正則空間であるから、ここでの Bd V は正則空間となり、ind Bd V ≦ n − 1 であ ることが意味をもつ。 *2 正規空間の閉部分空間は正規空間であるから、ここでの Bd V は X の閉集合として正規空間となり、 Ind Bd V ≦ n − 1 であることが意味をもつ。 *1 4 問題 2.1 と同様に、Ind X ≦ n ならば Ind X ≦ n + 1 であることが証明される。そこで、 Ind X ≦ n となる n が存在するときその最小値を Ind X と定義し、そのような n が存 在しないときは Ind X = ∞ と定義する。この Ind X ∈ {−1, 0, 1, 2, . . . , ∞} を X の大 きな帰納的次元 (large inductive dimension) という。 再び、正規空間であるという仮定は、上での Bd V が U に含まれるように取れるため に付けたものであるが、論理的に必須なものではない。 問題 2.6. Ind X = −1 は X が空集合であることと同値である。また、空でない正規 空間 X に対して Ind X = 0 は、X の任意の二つの交わらない閉集合 A, B に対して A ⊂ U, B ⊂ V, U ∪ V = X, U ∩ V = ∅ なる二つの開(かつ閉)集合 U, V が存在するこ とと同値である。 問題 2.6 のように定式化すると、Ind X = 0 の定義は二つの閉集合 A, B について対称 的な条件になっているから、何かと扱いが便利である。これは ind X にはない利点であ る。さて、次の命題は、「小さな」「大きな」という用語を正当化するものである。 命題 2.4. 正規空間 X に対して ind X ≦ Ind X である。 証明. Ind X = ∞ であれば証明することは何もない。Ind X = n とし、n < ∞ の場合に n についての帰納法で証明しよう。n = −1 のときは明らかである。n ≧ 0 として、n − 1 以下で主張が成立するものとする。x ∈ X とし、U を x の開近傍とする。{x} は X の閉 集合であるから、Ind X = n により x の開近傍 V であって V ⊂ U かつ Ind Bd V ≦ n−1 となるものが存在する。ところが、帰納法の仮定より、ind Bd V ≦ Ind Bd V となる。 よって、ind Bd V ≦ n − 1 である。これで ind X ≦ n が示され、帰納法が完結した。 しばらく用いることはないが、二つの帰納的次元に加えて、次の被覆次元 dim が非常 に重要である。距離空間の範囲を超えて次元論を展開するときには、この被覆次元が最も 適している。このためもあり、位相空間の次元といえば被覆次元を意味する場合も多い。 ベクトル空間などと同じ次元の記号 dim をそのまま用いていることもその事情を反映し ている。 被覆次元の定義において重要となるのは、与えられた開被覆において開集合が最大で何 重に重なっているかという個数である。そこで、次の用語を定義する。集合 X とその部 分集合族 A ⊂ P(X) に対して、その次数 (order) ord A を、共通部分が空でない A の 元の個数の上限とする。ただし、無限濃度は区別せずに ∞ とする。すなわち { } ∩ ord A = sup |B| ∅ ̸= B ⊂ A, B= ̸ ∅ ∈ {0, 1, 2, . . . , ∞} ∩ とする*3 。ここで |B| は B の濃度であり、 B は B の元すべての共通部分である。さ て、この準備のもと、被覆次元を定義しよう。 *3 A = ∅ または A = {∅} の場合は、ord A = 0 とする。 5 定義 2.5 (被覆次元). X を正規空間とする。−1 以上の整数 n に対して dim X ≦ n であることを、任意の有限開被覆 U に対して U を細分する有限開被覆 V が存在して ord V ≦ n + 1 を満たすことと定義する。このとき、dim X ≦ n ならば dim X ≦ n + 1 となることは明らかである。 そこで、dim X ≦ n となる n が存在するときその最小値を dim X と定義し、そのよ うな n が存在しないときは dim X = ∞ と定義する。この dim X ∈ {−1, 0, 1, 2, . . . , ∞} を X の被覆次元 (covering dimension) という。 問題 2.7. dim X = −1 となるためには X = ∅ が必要十分である。 もちろんここでも、論理的には X を正規空間に限定する必要はない。この点に関し て、開被覆に関する正規空間の重要な性質をひとつ思い出しておこう。正規空間 X の有 限開被覆 U = {U1 , U2 , . . . , Un } に対しては、有限開被覆 V = {V1 , V2 , . . . , Vn } であって Cl Vi ⊂ Ui (i = 1, 2, . . . , n) となるものが存在する。このような被覆 V を U の収縮と呼 ぶ。特に n = 2 の場合を考えれば、任意の有限開被覆に対する収縮の存在は(T1 分離公 理のもとで)正規空間を特徴付けていることに注意しよう。ところで被覆の収縮は被覆次 元の理論展開には基本的な道具であり、逆に正規空間の仮定だけから被覆次元の様々な重 要な定理を証明できることも分かっている。このことから、正規空間のクラスは被覆次元 の自然な定義域と考えられている。 以上の 三つの次元は、その定義から明らかに位相不変である。つまり、 定理 2.6. X と X ′ が同相な正則空間であるとき、ind X = ind X ′ である。また、X と X ′ が同相な正規空間であるとき、Ind X = Ind X ′ , dim X = dim X ′ である。 3 次元論の概観 本論に入る前に、目標をはっきりさせるため、我々が以後で証明することになる次元論 の主な定理を述べておこう。まず、何を差し置いても重要なのは、通常「n 次元」である とされている空間が、実際に三つの次元の定義のどれを用いても n 次元になるという事 実である。 定理 3.1. n を非負整数とするとき、ind Rn = Ind Rn = dim Rn = n. これは次元の定義の最低限の正当性を示している。この三通りの次元の一致は、実際に はより広い範囲で成立する。 定理 3.2 (一致定理). X を可分距離空間とするとき、ind X = Ind X = dim X. この一致定理により、少なくとも可分距離空間の範囲では、次元の定義は非常によく確 立されたものとみることができるだろう(もっとも、このような定義の妥当性を確かめる ためには、ホモロジー論における Eilenberg-Steenrod の公理のように、次元を少数の公 理によって特徴付けできるに越したことはない。しかし、そのような試みは、きわめて部 6 分的にしか成功していないのが現状である。) さて、本稿では主に可分距離空間を扱うので、以下で述べる定理は主として ind につい て述べることにしよう。もちろん、一致定理によれば結果的には Ind や dim でもよいの だが、可分距離空間に関する限り、ind を用いると理論の展開が易しくなる(Ind を用い るのが自然な部分もある)。 (第二可算公理を満たす)任意の n 次元 C ∞ 多様体 M に対して、M を R2n+1 に埋め 込むことができるのは有名な Whitney の埋め込み定理である。これと同様のことが、n 次元の可分距離空間についても成り立つ。すなわち、 定理 3.3 (埋め込み定理). n が非負整数、X が可分距離空間のとき、 ind X ≦ n なら ば、X は R2n+1 のある部分空間と同相である。 次の事実は基本的であり、証明もさほど難しくない。 定理 3.4 (部分空間定理). X を可分距離空間、A ⊂ X をその部分空間とすると、 ind A ≦ ind X である。 実際に与えられた空間の次元を計算するには、次元の和集合や積についてのふるまいを 知ることが重要である。そこで、次の可算和定理と積定理が重要である。 定理 3.5 (可算和定理). X を可分距離空間、n を非負整数とする。X が閉集合 Fi (i = 1, 2, . . .) の和集合で表されているとき、すべての i に対して ind Fi ≦ n であれば ind X ≦ n である。 この定理は、閉集合の可算和によって次元は増大しないことを述べている。Fi たちの 中には同じものが何度現れてもよいから、もちろん上の定理は有限和の場合を含む。 問題 3.1. 定理 3.5 は Fi が閉集合でないと成り立たないし、閉集合の非可算和について も成り立たない。これを反例を挙げることによって示せ。 問題 3.2. 定理 3.1, 3.4 と定理 3.5 を用いて、第二可算公理を満たす空でない n 次元位 相多様体 M に対して ind M = n を証明せよ。 さて、直積の形をした空間の次元を評価するには、次の定理を用いることができる。 定理 3.6 (積定理). X, Y を同時には空でない可分距離空間とするとき、ind(X × Y ) ≦ ind X + ind Y である。 もちろん、ここでの X × Y は可分距離空間である。一目見たところでは、等式 ind(X × Y ) = ind X + ind Y が成り立つのが自然であり、実際、多様体の次元などはそ のようになっている。ここでの等号が成立しない例は、第 5 節で挙げることにする。 さて、以下の分解定理と加法定理は、すぐにはその重要性には気づきにくいが、n 次元 空間の研究を 0 次元空間の研究に帰着させる働きを持っている。 定理 3.7 (分解定理). X を可分距離空間、n を非負整数とし、ind X ≦ n とする。この 7 とき、 (i) X の部分空間 Y, Z であって X = Y ∪ Z かつ ind Y ≦ n − 1, ind Z ≦ 0 となる ものが存在する。 (ii) X の n + 1 個の部分空間 Z0 , Z1 , . . . , Zn であって X = Z0 ∪ Z1 ∪ . . . ∪ Zn かつ ind Zi ≦ 0 (i = 0, 1, . . . , n) となるものが存在する。 分解定理の (ii) は、(i) を繰り返し用いることで得られることに注意しておく。また、n 次元の空間の分解には、n 個ではなく n + 1 個の 0 次元空間が必要なことを注意してお こう。この分解で保存されている量は次元というよりもそれに 1 を加えた数である。こ れは n 次元単体には n + 1 個の頂点があることと符合している。この事情は次の加法定 理でも同様である。 定理 3.8 (加法定理). X を可分距離空間、Y1 , Y2 ⊂ X を部分空間、X = Y1 ∪ Y2 とする とき、ind X ≦ ind Y1 + ind Y2 + 1 である。 ここで、Y1 , Y2 がともに X の閉集合である場合は、可算和定理(定理 3.5)が適用で きるから、より良い評価 ind X ≦ max{ind Y1 , ind Y2 } が得られる。 問題 3.3. 定理 3.8 において、Y1 も Y2 も空でなく、しかも等号が成立するような X, Y1 , Y2 の例を挙げよ。 4 0 次元空間 小さな帰納的次元 ind の定義からもわかるように、ind についての主張を証明するには 帰納法を用いるのが自然である。それには n 次元のものを分解定理で n − 1 次元と 0 次 元の和に表しておいてから、加法定理で n 次元に組み立て直すという論法が有効である。 ここでの加法定理の証明のために、0 次元空間についての予備的考察を行う。 多様体の範囲内では 0 次元空間は離散空間に限るので、0 次元というと「ポツポツと」 点がある様子をイメージする人も多いかもしれない。しかし、有理数空間 Q や無理数空 間 R \ Q、カントール集合などは、孤立点はないが、ind = 0 となる。0 次元空間につい ての議論はこのような離散でない空間を念頭に置いた方が理解しやすい。 定理 4.1 (0 次元分離定理 I). 可分距離空間 X が ind X ≦ 0 をみたすとする。このと き、X の閉集合 A, B に対して A ∩ B = ∅ ならば、A ⊂ U , B ⊂ V , U ∪ V = X かつ U ∩ V = ∅ となる X の開(あるいは閉)集合 U, V が存在する。 証明. まず、X は可分距離空間なので、次の性質をもつということを思い出しておこ う:「X の任意の開被覆は、可算部分被覆をもつ」。この性質をもつ空間を Lindelöf 空 間というのであった。さて、ind X ≦ 0 であるから問題 2.3 により、各点 x ∈ X に対 してその開かつ閉な近傍 Vx を、A と B の少なくとも一方とは交わらないように選ぶ ことができる。X は Lindelöf 空間であったから、開被覆 {Vx | x ∈ X} は可算部分被覆 8 ∪i−1 {Vi | i = 1, 2, . . .} をもつ。これに対して U1 = V1 および Ui = Vi \ j=1 Uj (i ≧ 2) と定 義すれば、{Ui | i = 1, 2, . . .} は X の互いに交わらない開かつ閉集合からなる X の被覆 である。しかも Ui ⊂ Vi であるから、Ui は A と B の少なくとも一方とは交わらない。 ∪ ∪ そこで、U = {Ui | Ui ∩ A ̸= ∅}, V = {Ui | Ui ∩ A = ∅} とおくと、U, V は必要な性 質を満たしている。 定理 4.1、問題 2.6 と命題 2.4 から、直ちに次の系が得られる。 系 4.2. 可分距離空間 X に対して、ind X = 0 と Ind X = 0 は同値である。 注意 4.3. 定理 4.1 の証明で X について必要なことは X が Lindelöf 空間であることだ けだったので、定理 4.1 と系 4.2 は、正則 Lindelöf 空間についてもそのまま成立する。 ここで、正則 Lindelöf 空間は正規であり*4 、したがって Ind X は定義されることに注意 する。 一般に位相空間 X の部分集合 A, B に対して A ∩ B = ∅ であるとき、X の閉集合 L が A と B を分ける(X における)壁であることを X \ L = U ∪ V, U ∩ V = ∅, A ⊂ U, B⊂V を満たすような X の開集合 U, V が存在することと定義しよう。さて、次の目標は、さ きほどの定理 4.1 を用いて、更に一般的な次の定理を示すことである。 定理 4.4 (0 次元分離定理 II). X を可分距離空間、A, B を X の閉集合とし、A ∩ B = ∅ とする。Z ⊂ X が ind Z ≦ 0 を満たせば、A と B を分ける壁 L であって、L ∩ Z = ∅ となるものが存在する。 X = Z の場合を考えれば分かる通り、これは確かに定理 4.1 の一般化である。しかし、 この定理の重要性は、次の節で加法定理を証明するときにはじめて明らかになる。 この定理の証明のためには、閉集合などとは限らない一般の部分集合 Z を扱うための 手法がどうしても必要である。そこで多少、位相空間の一般論に寄り道をする。まず、次 の定義をしよう。 定義 4.5. X を位相空間、A, B をその部分集合とする。このとき A と B が分離されて いる (separated) とは、(Cl A) ∩ B = A ∩ (Cl B) = ∅ が成り立つことをいう。 A, B が分離されているとは、A と B が交わらず、かつ A と B がそれぞれ A ∪ B の 閉集合(かつ開集合)となることにほかならない。したがって、位相空間 X の部分集合 *4 実際、X が正則な Lindelöf 空間で A, B が X の閉集合で A∩B = ∅ であるとする。このとき、二つの可 ∪ ∪∞ 算な開集合族 {Ui | i = 1, 2, . . .}, {Vi | i = 1, 2, . . .} を、A ⊂ ∞ 各 i に対し i=1 Ui , B ⊂∪ i=1 Vi かつ ∪i−1 ∞ て Cl Ui ∩B = Cl Vi ∩A = ∅ となるように取ることができる。このとき U = i=1 (Ui \( j=1 Cl Vj )), V = ∪∞ i=1 (Vi ∪ \ ( i−1 j=1 Cl Uj )) とおけば、A ⊂ U , B ⊂ V であり、U ∩ V = ∅ となることが確かめ られる。 9 が連結でないことは、分離されている二つの空でない集合の和集合に表されることと同値 である。 さて、正規空間の部分空間は一般には正規とはならないが、「すべての部分空間が正規 である」という性質は、次の命題から分かる通り、分離されている集合に対する「分離公 理」の成立と同値になる。 命題 4.6. 位相空間 X に対して、次は同値である。 (1) X の任意の部分空間は正規である。 (2) X の任意の開部分空間は正規である。 (3) X の任意の分離されている部分集合 A, B に対して、A ⊂ U , B ⊂ V かつ U ∩ V = ∅ なる開集合 U, V が存在する。 証明. (1) ⇒ (2):明らかである。 (2) ⇒ (3):X の任意の開部分空間が正規であるとし、A, B ⊂ X が分離されているとす る。このとき Y = X \ (ClX A ∩ ClX B) とおけば、Y は X の開部分空間だから正規 であり、ClY A ∩ ClY B = ∅ となる。よって、Y の開集合 U, V であって ClY A ⊂ U , ClY B ⊂ V かつ U ∩ V = ∅ となるものが存在する。このとき U, V は X の開集合でも あるから U, V は求めるものである。 (3) ⇒ (1):まず (3) を仮定し、Y ⊂ X を部分集合、A, B を A ∩ B = ∅ なる Y の閉集 合とする。すると A, B は X の部分集合としては分離されているから A ⊂ U , B ⊂ V かつ U ∩ V = ∅ となるような X の開集合 U, V が存在する。 上の命題の同値な条件を満たし、かつ T1 分離公理を満たす空間を継承的正規空間 (hereditarily normal space) という。また、 (T1 分離公理を満たすとは限らない)位 相空間が上の同値な条件を満たすことを、T5 分離公理を満たすという。距離空間は継承 的正規空間であるから、次の系が成り立つ。 系 4.7. 距離空間 X の任意の分離されている部分集合 A, B に対して、A ⊂ U , B ⊂ V かつ U ∩ V = ∅ なる開集合 U, V が存在する。 さて、位相空間の一般論から定理 4.4 の証明に戻ろう。 定理 4.4 の証明. まず X の正規性を二回用いると、A ⊂ U , B ⊂ V , Cl U ∩ Cl V = ∅ となるような X の開集合 U, V が存在することが分かる。いま X は可分距離空間だから Z もそうであり、ind Z ≦ 0 なのであった。Z ∩ Cl U と Z ∩ Cl V は交わりのない Z の二 つの閉集合であるから、定理 4.1 によって Z ∩ Cl U ⊂ C, Z ∩ Cl V ⊂ D, C ∪ D = Z か つ C ∩ D = ∅ となる Z の閉集合 C, D が存在する。このとき二つの集合 U ∪ C と V ∪ D は X の部分集合として分離されているから、系 4.7 より U ∪ C ⊂ U ′ , V ∪ D ⊂ V ′ かつ U ′ ∩ V ′ = ∅ となるような X の開集合 U ′ , V ′ が存在する。 L = X \ (U ′ ∪ V ′ ) とおけ ば、L が求めるものである。 注意 4.8. 定理 4.4 の主張は、より一般に X が継承的正規空間、Z が第二可算な部分空 10 間であれば成立する。 最後に可算和定理の 0 次元の特別な場合を証明してこの節を終えよう。この後で分か ることだが、これは一般の可算和定理の証明のための準備となっている。 定理 4.9 (0 次元可算和定理). X を可分距離空間とする。X が閉集合 Fi ⊂ X (i = 1, 2, . . .) の和集合で表されているとき、すべての i に対して ind Fi ≦ 0 であれば ind X ≦ 0 である。 証明. Ind X ≦ 0 を示せばよい。それには問題 2.6 によって、交わらない閉集合 A, B ⊂ X に対して A ⊂ U, B ⊂ V, U ∪ V = X かつ U ∩ V = ∅ なる開集合 U, V が存在すること を示せばよい。そこで U0 = V0 = ∅ とおいて、Fi の閉集合 Ci , Di および X の開集合 Ui , Vi (i = 1, 2, . . .) を次を満たすように帰納的に選ぶ: (1) (2) (3) (4) (A ∪ Cl Ui−1 ) ∩ Fi ⊂ Ci , (B ∪ Cl Vi−1 ) ∩ Fi ⊂ Di Fi = Ci ∪ Di , Ci ∩ Di = ∅ Ci ∪ Cl Ui−1 ⊂ Ui , Di ∪ Cl Vi−1 ⊂ Vi Cl Ui ∩ Cl Vi = ∅ ここで、(1), (2) を満たすような Fi の閉集合 Ci , Di を取れるのは系 4.2 により Ind Fi ≦ 0 ∪∞ ∪∞ となるからである。このとき和集合 U = i=1 Ui , V = i=1 Vi が求める開集合であ る。 注意 4.10. 注意 4.3 により、上の定理は X が正則 Lindelöf 空間のときにも成立して いる。 注意 4.11. この節の議論はかなり「可算性」に依存していたことに注意しておこう。具 体的には、定理 4.1(0 次元分離定理 I)の証明は空間の Lindelöf 性に依存していたし、 定理 4.9 の証明でも閉集合族が可算であることが帰納的議論のために本質的である。 5 基本的な諸定理の証明 ここでは可分距離空間の次元論における諸々の基本定理、とくに部分空間定理・可算和 定理・加法定理・分解定理・積定理を証明する。はじめに最も基礎的な部分空間定理を証 明しておこう。これは可分距離空間に限らず成立することであるので、一般の正則空間に ついて述べる。正則空間であるという条件は、各点に閉近傍からなる基本近傍系があると 言い換えられるから、部分空間に遺伝するのであった。 定理 5.1 (部分空間定理). X を正則空間、A ⊂ X を部分空間とする。このとき、 ind A ≦ ind X が成り立つ。 この定理の証明を含め、以下では部分空間における境界を扱うことが多いので、次の補 題を準備しておく。証明は読者にゆだねる。 11 補題 5.2. A を位相空間 X の部分集合とする。このとき、任意の U ⊂ X に対して BdA (U ∩ A) ⊂ (BdX U ) ∩ A である*5 。 定理 5.1 の証明. ind X = ∞ であるときは何も示すことはないから、ind X = n < ∞ であるとする。n についての帰納法で主張を証明しよう。まず、n = −1 であれば A ⊂ X = ∅ であるから A = ∅ で、ind A = −1 = ind X であるから、確かに主張は成り 立つ。n ≧ 0 とし、n − 1 以下で主張が成立すると仮定する。x ∈ A とし、U ′ を x の A における開近傍とする。このとき U ′ = U ∩ A となるような X の開集合 U が存在する。 いま U は x の X における開近傍で、ind X = n であるから、V ⊂ U なる x の X にお ける開近傍 V であって、ind BdX V ≦ n − 1 となるものが存在する。V ′ = V ∩ A とお くと、V ′ は x の A における開近傍であり V ′ ⊂ U ′ を満たす。一方、補題 5.2 より BdA V ′ ⊂ (BdX V ) ∩ A ⊂ BdX V である。よって、帰納法の仮定から ind BdA V ′ ≦ ind BdX V ≦ n − 1 となる。したがっ て、 ind A ≦ n = ind X である。これで帰納法が完結した。 上の証明で X を正規空間、A をその閉集合とすれば、大きな帰納的次元 Ind について も全く同様にして部分空間定理が成り立つことが分かる。 定理 5.3 (部分空間定理). X を正規空間、A ⊂ X を閉集合とする。このとき、Ind A ≦ Ind X が成り立つ。 問 2.6 でみたように、Ind X ≦ 0 であることは、 X の二つの閉集合について対称的な 条件として表すことができた。上の部分空間定理を用いると、一般に Ind X ≦ n である ことも同様に対称的に記述することができる。 命題 5.4. n を非負整数とする。正規空間 X に対して Ind X ≦ n であるためには、X の 任意の交わらない閉集合 A, B に対して、A と B を分ける壁 L であって Ind L ≦ n − 1 となるものが存在することが必要十分である。 証明. まず必要性を示すために、Ind X ≦ n とする。このとき、A, B を X の二つの交わ らない閉集合とすると、U = X \ B とおくとき U は A の開近傍である。仮定 Ind X ≦ n (と X の正規性)より、A の開近傍 V であって、Cl V ⊂ U かつ Ind Bd V ≦ n − 1 と なるものが存在する。そこで、L = Bd V とおくと、L は A と B を分ける壁であり、 Ind L ≦ n − 1 を満たす。これで必要性が示された。 次に十分性を示そう。A を X の任意の閉集合、U を A の任意の開近傍とする。 B = X \ U とすると、仮定より A と B を分ける壁 L であって Ind L ≦ n − 1 となるも のが存在する。このとき、壁の定義より A ⊂ V , B ⊂ W , X \ L = V ∪ W となる交わ *5 U は任意の部分集合でよいが、実際にこの補題を使うのは U が X の開集合である場合に限られる。 12 らない開集合 V, W が存在する。このとき V ⊂ U であって、しかも Bd V ⊂ L である から、部分空間定理 5.3 より、Ind Bd V ≦ Ind L ≦ n − 1 である。以上より Ind X ≦ n であり、十分性が示された。 次に前節の結果(定理 4.4)を用いて、加法定理の特別な場合を示そう。 定理 5.5 (加法定理の特別な場合). X を可分距離空間、n を非負整数とし、X = Y ∪ Z であるとする。このとき、ind Y ≦ n − 1 かつ ind Z ≦ 0 であれば、ind X ≦ n である。 証明. x ∈ X とし、U を x の開近傍とする。定理 4.4 により、{x} と X \ U を分ける壁 L であって、L ∩ Z = ∅ となるものが存在する。Y ∪ Z = X であったから、L ⊂ Y であ る。一方、壁の定義より、 X \ L = V ∪ W, V ∩ W = ∅, x ∈ V, X \U ⊂W となる開集合 V, W が存在する。このとき、直ちに分かるとおり V ⊂ U である。また、 Bd V ⊂ L ⊂ Y であるから、部分空間定理 5.1 より、ind Bd V ≦ ind Y ≦ n − 1 である。 以上から、ind X ≦ n である。 さて、再び少しだけ位相空間の一般論に戻る。位相空間 X が第二可算であるというの は、高々可算な開基が存在することをいうのであった。ところで、この X の任意の開基 B を取ってきたとき、この B は可算な開基を含むといえるだろうか? これに対する答 えは次の通り、肯定的である。 命題 5.6. X を第二可算な位相空間、B を X の開基とする。このとき、B ′ ⊂ B となる 可算な開基 B ′ が存在する。 証明. B を第二可算な空間 X の開基とする。第二可算性から、X は高々可算な開基 {Ui | i = 1, 2, . . .} をもつ。このとき J = {(i, j) | Ui ⊂ B ⊂ Uj となる B ∈ B が存在する} とおき、各 (i, j) ∈ J に対して Ui ⊂ Bij ⊂ Uj となる Bij ∈ B を選ぶ。このとき、 B ′ = {Bij | (i, j) ∈ J} とおけば、B′ は B の高々可算な部分集合であるが、これは X の 開基をなす。実際、x ∈ X とし、U を x の開近傍とすると、x ∈ Ui ⊂ B ⊂ Uj ⊂ U とな るような正の整数 i, j および B ∈ B が存在する。すると (i, j) ∈ J だから Bij ∈ B ′ が 定義され、x ∈ Ui ⊂ Bij ⊂ Uj ⊂ U である。よって B ′ は X の開基である。 この命題の証明で本質的なのは、可算集合の二つの直積は、可算集合であるという事実 である。一般に無限濃度 κ について、濃度が κ の集合の二つの直積は濃度が κ となるか ら、実際には任意の無限濃度について上と同様の命題が成り立つことに注意しておく。 小さな帰納的次元 ind の定義といま示した命題 5.6 から、直ちに次が得られる。 命題 5.7. X を正則空間、n を非負整数とするとき、ind X ≦ n であるためには、X の 開基 B であって各 U ∈ B に対して ind Bd U ≦ n − 1 となるようなものが存在すること 13 が必要十分である。X が可分距離空間である場合は、この B として高々可算なものが取 れる。 この命題の後半が成立することが、可分距離空間において(Ind や dim ではなく)ind を用いて理論を展開することの利点である。 さて、この命題と 0 次元可算和定理 4.9、および加法定理の特別な場合(定理 5.5)を 用いて、可分距離空間に対する一般の可算和定理を証明することができる。 定理 5.8 (可算和定理). X を可分距離空間、n を非負整数とする。X が閉集合 Fi ⊂ X (i = 1, 2, . . .) の和集合で表されているとき、すべての i に対して ind Fi ≦ n であれば ind X ≦ n である。 証明. n についての帰納法による。n = 0 の場合は、0 次元可算和定理 4.9 ですでに示さ れている。そこで n ≧ 1 とする。命題 5.7 により、各 i に対して X の部分空間 Fi の 高々可算な開基 Bi を、各 U ∈ Bi に対して ind BdFi U ≦ n − 1 となるような取ること ができる。そこで Y = ∞ ∪ ∪ {BdFi U | U ∈ Bi } i=1 とおく。Bi は可算であったから、帰納法の仮定により、ind Y ≦ n − 1 である。そこで Z = X \ Y とおく。このとき ind Z ≦ 0 であることを示そう。そのためには、0 次元可 算和定理 4.9 によって、各 i に対して ind(Z ∩ Fi ) ≦ 0 であることを示せば十分である。 ところが補題 5.2 により、各 U ∈ Bi に対して BdZ∩Fi (Z ∩ U ) ⊂ (BdFi U ) ∩ Z = ∅ である。すなわち、ind BdZ∩Fi (Z ∩ U ) = −1 である。{Z ∩ U | U ∈ Bi } は Z ∩ Fi の開基 をなすから、命題 5.7 により ind(Z ∩ Fi ) ≦ 0, したがって ind Z ≦ 0 である。X = Y ∪ Z であるから、前に示された ind Y ≦ n − 1 を合わせて、定理 5.5 により ind X ≦ n であ る。これで帰納法が完結した。 続いて、分解定理を証明しよう。 定理 5.9 (分解定理 I). X を可分距離空間、n を非負整数とする。このとき、ind X ≦ n であるためには、X = Y ∪ Z, ind Y ≦ n − 1, ind Z ≦ 0 となる X の部分空間 Y, Z が 存在することが必要十分である。 証明. 十分性は、定理 5.5 である。必要性を示そう。X を ind X ≦ n なる可分距離空間 とすると、命題 5.7 により、X の開基 {Ui | i = 1, 2, . . .} であって ind Bd Ui ≦ n − 1 と ∪∞ なるようなものが存在する。そこで Y = i=1 Bd Ui とおくと、可算和定理 5.8 により ind Y ≦ n − 1 である。あとは Z = X \ Y とおいて ind Z ≦ 0 を示せばよい。ところが、 {Ui ∩Z | i = 1, 2, . . .} は Z の開基となり、補題 5.2 より BdZ (Ui ∩Z) ⊂ (BdX Ui )∩Z = ∅ であるから、命題 5.7 より ind Z ≦ 0 である。 この定理を繰り返し適用すれば、直ちに次が得られる。 14 定理 5.10 (分解定理 II). X を可分距離空間、n を非負整数とする。このとき、ind X ≦ n であるためには、X = Z0 ∪ Z1 ∪ · · · Zn , ind Zi ≦ 0 となる X の n + 1 個の部分空間 Zi (i = 0, 1, . . . , n) が存在することが必要十分である。 この形の分解定理を用いて、加法定理もすぐに証明できる。 定理 5.11 (加法定理). X を可分距離空間、X = Y1 ∪ Y2 とする。このとき ind X ≦ ind Y1 + ind Y2 + 1 である。 証明. mi = ind Yi < ∞ (i = 1, 2) であるとしてよい。分解定理 5.10 より、Y1 = ∪m1 +1 ∪m2 +1 ′ ′ j=1 Zj , Y2 = k=1 Zk , ind Zj ≦ 0, ind Zk ≦ 0 と表すことができる(添字の範囲 に注意)。したがって、再び分解定理 5.10 より、 ind X = ind m∪ 1 +1 j=1 Zj ∪ m∪ 2 +1 Zk′ k=1 ≦ (m1 + 1) + (m2 + 1) − 1 = m1 + m2 + 1 である。 続いて、積定理を証明する。 定理 5.12 (積定理). X1 , X2 を、同時には空でない可分距離空間とする。このとき ind(X1 × X2 ) ≦ ind X1 + ind X2 である。 証明. mi = ind Xi < ∞ (i = 1, 2) としてよい。m1 + m2 (≧ −1) についての帰納法で定 理を証明する。m1 + m2 = −1 のとき、X1 と X2 のどちらかは空であるから、X1 × X2 は空となり、定理の主張は明らかである。(x1 , x2 ) ∈ X1 × X2 とし、U を (x1 , x2 ) の X1 × X2 における開近傍とする。このとき、xi の Xi における開近傍 Vi (i = 1, 2) で あって、V1 × V2 ⊂ U となるものが存在する。更に、Vi ⊂ Wi となる xi の Xi における 開近傍 Wi (i = 1, 2) であって、ind Bd Wi ≦ mi − 1 となるものが存在する。このとき、 簡単に確かめられる通り BdX1 ×X2 (W1 × W2 ) = A ∪ B である。ただし、A = ClX1 W1 × BdX2 W2 , B = BdX1 W1 × ClX2 W2 とする。部 分空間定理 5.1 より ind ClXi Wi ≦ ind Xi ≦ mi であるから、帰納法の仮定より、 ind A ≦ m1 + m2 − 1, ind B ≦ m1 + m2 − 1 である。A と B は BdX1 ×X2 (W1 × W2 ) の閉集合であるから、可算和定理 5.8 より、ind BdX1 ×X2 (W1 × W2 ) ≦ m1 + m2 − 1 で ある。よって、ind(X1 × X2 ) ≦ m1 + m2 となる。これで帰納法が完結した。 15 問 2.4 と上の積定理 5.12 から、直ちに次が得られる。 系 5.13. 非負整数 n に対して、ind Rn ≦ n である。 逆向きの不等号 ind Rn ≧ n は次節で証明される。一般に、次元の下からの評価を与え ることは、上からの評価を与えることよりも難しい場合が多い。 さて、上の系 5.13 と分解定理 5.10 を合わせれば、Rn は 0 次元以下の部分空間の n + 1 個の和で表されることが分かる。しかし、この場合には、以下のようにして非常に具体的 に分解を構成することができる。 例 5.14. n を正の整数とし、k = 0, 1, . . . , n に対して Qnk = {(x1 , x2 , . . . , xn ) ∈ Rn | xi ∈ Q となる i はちょうど k 個 } n n とおく。すると Rn = Qn 0 ∪ Q1 ∪ · · · Qn である。このとき、任意の k = 0, 1, . . . , n に対 n n n n して ind Qn k = 0 となることを示そう。まず、定義から Q0 = (R \ Q) , Qn = Q であ るから、k = 0, n の場合には問 2.5 により ind Qn k = 0 である。そこで 0 < k < n とし よう。このときは ∪ Qnk = ∪ Z(i1 , . . . , ik ; q1 , . . . , qk ) 1≦i1 <...<ik ≦n (q1 ,...,qk )∈Qk と表すことができる。ここで、 Z(i1 , . . . , ik ; q1 , . . . , qk ) = {(x1 , . . . , xn ) ∈ Qnk | xi1 = q1 , . . . , xik = qk } である。直ちに分かるとおり、Z(i1 , . . . , ik ; q1 , . . . , qk ) は Qn k の閉部分集合であり、 n−k n−k (R \ Q) と同相である。ところが、ind(R \ Q) = 0 であるから、可算和定理 5.8 n から ind Qk = 0 である。 次に、分解定理を応用して、前節の 0 次元分離定理(定理 4.1, 4.4)の n 次元への一般 化を証明しよう。まず、定理 4.1 を一般化したものが次の定理である。 定理 5.15 (n 次元分離定理 I). n を非負整数とし、可分距離空間 X が ind X ≦ n をみ たすとする。このとき、X の閉集合 A, B に対して A ∩ B = ∅ ならば、A と B を分け る壁 L であって、ind L ≦ n − 1 となるものが存在する。 また、定理 4.4 を一般化したものが次の定理である。 定理 5.16 (n 次元分離定理 II). n を非負整数、X を可分距離空間、A, B を X の閉集 合とし、A ∩ B = ∅ とする。Z ⊂ X が ind Y ≦ n を満たせば、A と B を分ける壁 L で あって、ind(L ∩ Y ) ≦ n − 1 となるものが存在する。 0 次元のときと同じように、定理 5.16 において Z = X とすると定理 5.15 が得られ る。しかし 0 次元のときとは異なり、今回は初めから「分離定理 II」である定理 5.16 の 方を示すことができる。 16 定理 5.16、とくに定理 5.15 の証明. A, B, Y を定理 5.16 の仮定のとおりとする。分解 定理 5.9 により、Y = Y ′ ∪ Z, ind Y ′ ≦ n − 1, ind Z ≦ 0 と表すことができる。0 次元 分離定理 4.4 により、A と B を分ける壁 L であって、L ∩ Z = ∅ となるものが存在する。 このとき L ∩ Y ⊂ Y ′ となるから、部分空間定理 5.1 により ind(L ∩ Y ) ≦ ind Y ′ ≦ n − 1 である。 定理 5.16 は、次の節で ind Rn ≧ n を証明するときに利用する。一方、定理 5.15 は次 の重要な帰結をもつ。 系 5.17. 任意の可分距離空間 X に対して、ind X = Ind X である。 証明. 命題 2.4 により、Ind X ≦ ind X を示せば十分である。ind X = ∞ であれば示す ことは何もないから、ind X = n < ∞ とし、n についての帰納法で証明する。n = −1 の場合は明らかである。n ≧ 0 とし、n − 1 以下で主張が成り立つとする。Ind X ≦ n であることを命題 5.4 を用いて証明しよう。そのために A, B を X の交わらない閉集合 とすると、定理 5.15 により、A と B を分ける壁 L であって、ind L ≦ n − 1 となる ものが存在する。ところが、帰納法の仮定により、このとき Ind L ≦ ind L であるから、 Ind L ≦ n − 1 である。 最後に、積定理 ind(X1 × X2 ) ≦ ind X1 + ind X2 において等号が成立しない例を挙げ ておこう。この例は読み飛ばしても次節以降を読むときには差し支えない。 例 5.18. ℓ2 を実数列のなす可分 Hilbert 空間とする。すなわち、 { 2 ℓ = (xi )∞ i=1 とし、ℓ の点 x = (xi ) に対して ∥x∥ = ( 2 ∑ } ∞ ∑ 2 xi < ∞ xi ∈ R, i=1 x2i )1/2 とおき、x = (xi ) と y = (yi ) との間の距離は d(x, y) = ∥x − y∥ とする。E を、すべての座標 xi が有理数であるような ℓ2 の点 (xi ) の全体と すると、E は ℓ2 から誘導された距離について可分距離空間となる。E を Erdős 空間という。 このとき容易に分かるように、E × E は E と同相であるから、ind(E × E) = ind E である。し かし、以下に示すように ind E = 1 である。したがって、ind(E × E) = 1, ind E + ind E = 2 と なって、積定理 5.12 の不等号は X1 = X2 = E のとき成立しないことがわかる。 さて、まず ind E ≧ 1 を示そう。それには ind E ≦ 0 ではないことを示せばよい。そのためによ り強く、E の任意の空でない有界な開集合 U に対して BdE U ̸= ∅ であることを示そう。このと き (0, 0, . . .) ∈ U であるとして一般性を失わない。有理数列 x1 , x2 , . . . を以下のように帰納的に定 める。まず、U の有界性より、x1 ∈ Q を p1 = (x1 , 0, 0, . . .) ∈ U かつ d(p1 , E \ U ) < 1 である ように取れる。次に x1 , . . . , xi−1 ∈ Q が定まり、pi−1 = (x1 , . . . , xi−1 , 0, 0, . . .) ∈ U であるとす る。このとき xi ∈ Q を、pi = (x1 , . . . , xi−1 , xi , 0, 0, . . .) ∈ U かつ d(pi , E \ U ) < 1/i であるよ ∑∞ 2 うに取れる。このようにして有理数列 (xi )∞ xi < ∞ である。実際、R > 0 i=1 を定めると、 ∑n i=12 2 を U の直径よりも大きくとれば、||pn || < R, すなわち i=1 xi < R がすべての n に対して 成り立つからである。したがって p = (xi )∞ i=1 は E の点であり、limi→∞ pi = p となる。よって p ∈ ClE U である。また、すべての i に対して d(pi , E \ U ) < 1/i であるから p ∈ E \ U となる。 以上から、p ∈ BdE U であり、とくに BdE U ̸= ∅ であることが分かった。 17 次に ind E ≦ 1 であることを示そう。そのためには、E と ℓ2 の単位球面 S = {x ∈ ℓ2 | ∥x∥ = 1} との交わり E ∩ S に対して ind(E ∩ S) = 0 であることを証明すれば十分である。ところが、関数解 析でよく知られているように、単位球面 S において点列 (pi ) が収束することは、pi = (pi1 , pi2 , . . .) の各成分のなす数列 (pij )∞ i=1 がすべての j に対して収束することと同値である。したがって、E ∩S 上の位相は、Q の可算個のコピーの直積空間 QN = ∏∞ i=1 Q からの相対位相と一致する。よって、 問 2.4, 2.5 によって ind(E ∩ S) = 0 である。 6 ユークリッド空間の次元 ユークリッド空間 Rn に対して ind Rn = Ind Rn = dim Rn = n であることは、次 元論の最も重要な事実である。この節は、そのうち ind Rn = Ind Rn = n の証明を与 えることが目的である。しかし、その証明(中でも ind Rn ≧ n となることの証明)を、 今までのような位相空間論的な道具立てだけから行うことは難しい。より具体的には、 I = [0, 1] を単位閉区間とするとき I n から自分自身への連続写像は不動点をもつという 有名な「Brouwer の不動点定理」(あるいはそれと同値な命題)が必要となり、これには ホモロジー論など何かしらの別の道具が必要となる。 できるだけ初等的な範囲で議論を完結させるため、組合せ的な補題を援用して、この不 動点定理を証明している次元論の本もある。しかし、その場合でも組合せ的議論の中身を よく見てみると、ホモロジー論的な証明とさほど違いがあるとは言えない。 本稿では迂回を避けるため、 Brouwer の不動点定理の証明は代数的トポロジーなどの 教科書に譲って話を進める。 定理 6.1 (Brouwer の不動点定理). n を非負整数とするとき、任意の連続写像 f : I n → I n に対して、x ∈ I n であって f (x) = x となるものが存在する。 これから、次元論的に重要な次の事実を導くことができる。 定理 6.2 (Eilenberg-Otto の定理). n を正の整数とする。Ai , Bi (i = 1, 2, . . . , n) を 立方体 I n の面、すなわち次で定義される I n の部分集合とする。 Ai = {(x1 , . . . , xn ) ∈ I n | xi = 0}, Bi = {(x1 , . . . , xn ) ∈ I n | xi = 1} ∩n このとき、Li (i = 1, 2, . . . , n) が Ai と Bi を分ける壁であれば i=1 Li ̸= ∅ である。 証明. 壁の定義より、各 i に対して、I n \ Li = Ui ∪ Vi なる交わらない開集合 Ui , Vi を Ai ⊂ Ui , Bi ⊂ Vi となるように取ることができる。I n には Rn の部分集合としてのユー クリッド距離を入れて、連続写像 v : I n → Rn を v(x) = (v1 (x), . . . , vn (x)), ただし { d(x, Li ) vi (x) = −d(x, Li ) x ∈ Ui ∪ Li のとき x ∈ Vi ∪ Li のとき 18 で定義する。その上で各 x ∈ I n に対して f (x) = x + v(x) と定義すると、f (x) ∈ I n である。実際、x = (x1 , . . . , xn ) とし、例えば x ∈ Ui ∪ Li で あるとすると、x と点 (x1 , . . . , xi−1 , 1, xi+1 , . . . , xn ) を結ぶ線分 S は Li と交わらなけ ればならない*6 。その交点の第 i 成分を x̃i とすれば、0 ≦ xi ≦ xi + d(x, L) ≦ x̃i ≦ 1 で ある。よって f (x) の第 i 成分 xi + d(x, L) は I = [0, 1] に属する。x ∈ Vi ∪ Li のとき も同様である。 こうして、f は連続写像 f : I n → I n を与えるから、Brouwer の不動点定理 6.1 より f (x) = x すなわち v(x) = 0 となるような点 x ∈ I n が存在する。v の定義より、このと ∩n き x ∈ i=1 Li である。 定理 6.3. n を非負整数とするとき、ind I n ≧ n である。 証明. n = 0 のときは明らかだから、n ≧ 1 とする。ind I n = k < n であったとして、矛 盾を導こう。立方体 I n の面 Ai , Bi (i = 1, 2, . . . , n) を定理 6.2 のときと同様に定義す る。定理 5.15 を用いると、まず A1 と B1 を分ける壁 L1 を ind L1 ≦ k − 1 となるよう に取れる。次に定理 5.16 により、A2 と B2 を分ける壁 L2 を ind(L1 ∩ L2 ) ≦ k − 2 と なるように取れる。 以下繰り返し定理 5.16 を用いて、最終的には Ai と Bi を分ける壁 Li (i = 1, 2, . . . , k + ∩k+1 1) を ind( i=1 Li ) = −1 となるように取れる。これは k+1 ∩ Li = ∅ i=1 を意味している。もし k + 1 < n であれば i = k + 2, . . . , n に対して Ai , Bi を分ける壁 ∩n Li を何でもよいので追加すれば i=1 Li = ∅ となり、定理 6.2 に反する。 定理 6.4. n を非負整数とするとき、ind Rn = Ind Rn = ind I n = Ind I n = n である。 証明. 定理 6.3、部分空間定理 5.1、および系 5.13 より n ≦ ind I n ≦ ind Rn ≦ n であるから、ind I n = ind Rn = n である。更に、系 5.17 より、Ind I n = ind I n = n, Ind Rn = ind Rn = n である。 被覆次元 dim について dim Rn = n となることはまだ証明していない。これを直接証 明することも興味深いし、可能である。しかし本稿では、この定理 6.4 と第 8 節で示さ れる一致定理を合わせて間接的に dim Rn = n を示すこととしたい。 *6 x ∈ Li のときこれは自明である。x ∈ Ui のとき、もし S が Li と交わらなければ、S は交わりのない 空でない二つの開集合 S ∩ Ui , S ∩ Vi の和集合に表せるので、線分 S の連結性に反する。 19 7 開被覆と脈体 一般の位相空間から幾何的な性質を取り出すのに有効な方法の一つは、まず位相空間の 十分細かい開被覆を取り、その開被覆をなす開集合どうしのつながり具合を表現した脈 体 (nerve) とよばれる単体複体を考えることである。単体複体(より正確には、その標 準的幾何実現)は組合せ的な構造をもち、元の位相空間よりも取扱いやすい位相的性質を もっている。また、脈体は開被覆のつながり具合のデータから作られているので、もとの 空間をある程度近似している。その近似の精度は開被覆を細分すればするほど高い。この ように脈体を考えることで、位相空間をより扱いやすい空間で近似することが可能になる から、位相空間論において脈体は非常に有効な道具である。その一端を次元論の展開で見 ていくことにしよう。 7.1 単体複体と単体写像 まず、単体複体とそれに関する用語についてまとめておく。単体複体とは、空でない有 限集合からなる族 K であって、σ ∈ K かつ ∅ ̸= τ ⊂ σ ならば τ ∈ K という性質を満 たすものである。K の元のことを K の単体という。単体は空でない有限集合であるが、 とくに n + 1 個の元からなる単体を、n 単体と呼び、このとき σ の次元は n であるとい い dim σ = n と書く。また、dim K = sup{dim σ | σ ∈ K} とおいて、これを単体複体 K の次元という。dim K の値は −1 以上の整数または ∞ である*7 。単体や単体複体の 次元の記号には被覆次元と同じ dim を用いるが、混乱の余地はないであろう。 K の単体 σ, τ に対して τ ⊂ σ が成り立つとき、τ は σ の面であるという。K の単体 σ に対して、σ の元を σ の頂点という。K のある単体の頂点のことを K の頂点といい、 K の頂点全体の集合を K (0) で表す。すなわち、 ∪ K (0) = σ σ∈K とする。単体複体 K の部分集合 L がそれ自身で単体複体をなすとき、L を K の部分複 体であるという。もちろん、L が K の部分複体であるとき L(0) ⊂ K (0) である。部分複 体の任意個の和集合および共通部分は、部分複体となることが簡単に確かめられる。 例 7.1. 単体複体 K と非負整数 n に対して、 K (n) = {σ ∈ K | dim σ ≦ n} とおくと、K (n) は K の部分複体である。この部分複体を、K の n 骨格 (n-skeleton) という。なお、n = 0 のとき、上の K (n) は K の 0 単体全体であるが、これは 0 単体 {v} と頂点 v とを同一視することで、前に定義した K (0) と同一視できる。 *7 K = ∅ のときは dim ∅ = −1 とする。 20 単体複体 K は、集合として有限集合であるとき、つまり有限個の単体からなるとき、 有限であるという。直ちに分かるとおり、単体複体 K が有限であることは、頂点の集合 K (0) が有限であることと同値である。有限でない単体複体も重要であるが、本稿の範囲 では、有限な単体複体しか必要としない。有限な単体複体は、そうでないものよりも取扱 いが技術的に易しくなる。そこで、以下では単体複体はすべて有限であると仮定する。と くに、単体複体 K の次元 dim K は常に有限である。 我々は単体複体を幾何的対象として見たい。それは次のようになされる。K を(有限 な)単体複体とするとき、有限集合 K (0) から R への写像全体のなす実ベクトル空間 (0) E = RK を考える。すると、E には R の有限個の直積として、直積位相を入れること ができる。 (0) K の各頂点 v ∈ K (0) に対して、E = RK の点 ev ∈ E を { ev (w) = w = v のとき w ̸= v のとき 1 0 により定義する。以下、ev ∈ E を v ∈ K (0) を同一視して、ev のことを単に v と書くこ とにしよう。k を任意の非負整数とするとき、K の各 n 単体 σ = {v0 , v1 , . . . , vn } ∈ K に対して E の部分集合 |σ| を、v0 , v1 , . . . , vn の凸結合の全体、すなわち { |σ| = n ∑ i=0 } n ∑ t i vi ti = 1, ti ≧ 0 i=0 で定める。n = 0 のとき、これは一点集合 {v0 } であり、n = 1 のときは v0 と v1 を結ぶ 線分、n = 2 のときは v0 , v1 , v2 を頂点とする三角形、n = 3 のときは v0 , v1 , v2 , v3 を頂 点とする四面体、などとなる。|σ| を n 単体 σ の標準的幾何実現という。多少紛らわし い言い方だが、標準的幾何実現 |σ| のことも K の n 単体と呼ぶ。n 単体 |σ| の境界 ∂|σ| を |σ| の以下の部分集合とする。 { ∂|σ| = n ∑ i=0 n } ∑ ti vi ti = 1, ti ≧ 0, ある i に対して ti = 0 = i=0 ∪ |τ | ∅̸=τ ⫋σ この上で、K の標準的幾何実現 |K| をすべての単体 σ にわたる |σ| の和集合として定 義する。すなわち、 ∪ |K| = |σ| ⊂ E σ∈K (0) とする。この |K| には、E = RK 上の直積位相からの相対位相を入れる。K の各頂点 v ∈ K (0) に対して、prv : E → R を第 v 成分への射影とし、その |K| への制限も同じ記 号 prv : |K| → R で表す。|K| 上の位相の定義から、直ちに次が分かる。 補題 7.2. X を位相空間、K を有限単体複体とする。このとき、写像 f : X → |K| が連 続であるためには、各 v ∈ K (0) に対して prv ◦f : X → R が連続であることが必要十分 である。 21 (0) (0) L を K の部分複体とすると |L| ⊂ RL であるが、L(0) ⊂ K (0) であるから、RL を (0) 自然に E = RK の部分ベクトル空間とみなすことができる。よって、|K|, |L| をとも に E の部分集合とみなすことができる。以下のことは簡単に確かめられる。 命題 7.3. 単体複体 K に対して、次が成り立つ。 (1) |K| はコンパクトである。 (2) σ, τ ∈ K に対して、σ ∩ τ = ∅ のとき |σ| ∩ |τ | = ∅ であり、σ ∩ τ ̸= ∅ のとき |σ| ∩ |τ | = |σ ∩ τ | である。 (3) L を K の部分複体とすると包含関係 |L| ⊂ |K| が成り立ち、|L| は |K| の閉部分 集合である。 (4) |K| から位相空間 X への写像 f : |K| → X が連続であるためには、各単体 σ に 対して制限 f ||σ| : |σ| → X が連続であることが必要十分である。 単体複体の間の写像として重要なのが単体写像である。K, L を単体複体とすると き、頂点集合の間の写像 f : K (0) → L(0) であって、K の任意の単体 σ に対して、 像 f (σ) = {f (v) | v ∈ σ} が L の単体となるものを K から L への単体写像とい い、このとき f : K → L と書くことにする。単体写像 f : K → L に対しては、各 σ = {v0 , . . . , vn } ∈ K (ただし、n = dim σ )に対して fσ : |σ| → |f (σ)| を fσ ( n ∑ t i vi ) = i=0 n ∑ ti f (vi ) i=0 で定義するとき、命題 7.3 (4) から |f |||σ| = fσ (σ ∈ K) が成立するような連続写像 |f | : |K| → |L| が一意的に定まることが分かる。この連続写像 |f | のことも単体写像と呼 ぶことにする。 以下では簡単のため、ある単体複体 K の標準的幾何実現 |K| として得られる空間を多 面体と呼ぶことにしよう。多面体 |K| は以下で見るように、開星状体とよばれる開集合 による「標準的な」開被覆をもつ。 (0) |K| は E = RK の部分集合であった。各頂点 v ∈ K (0) に対して、第 v 成分を与え る射影を prv : E → R は連続である。よって、 OK (v) = {x ∈ |K| | prv (x) > 0} は |K| の開集合である。OK (v) を v における(K に関する)開星状体 (open star) と いう。開星状体の全体 OK = {OK (v) | v ∈ K (0) } は多面体 |K| の開被覆をなす。次は開星状体のみたす重要な性質である。 命題 7.4. K (0) の空でない部分集合 σ が K の単体であるためには、 ∩ OK (v) ̸= ∅ v∈σ が必要十分である。 22 証明. まず必要性を示す。σ が K の n 単体であるとすると、σ = {v0 , v1 , . . . , vn } と書 ∑n ∩n ∩ くことができるから、x = i=0 (n + 1)−1 vi とおくと x ∈ i=0 OK (vi ) = v∈σ OK (v) ∩ ∩ である。次に十分性を示す。 v∈σ OK (v) ̸= ∅ が成り立つとする。x ∈ v∈σ OK (v) と なる点 x を固定する。すると、すべての v ∈ σ に対して prv (x) > 0 である。また、 OK (v) ⊂ |K| により x ∈ |K| だから、x ∈ |τ | となる単体 τ ∈ K が存在する。このとき、 すべての v ∈ K (0) \ τ に対して prv (x) = 0 である。以上から、σ ⊂ τ でなければならな い。一方 τ ∈ K であったので、K が単体複体であることの定義から σ ∈ K である。 7.2 脈体と標準写像 さて、開被覆の脈体の定義を与えよう。 定義 7.5. X を位相空間、U を X の有限開被覆とする。このとき、U の空でない部分 ∩k 集合 {U0 , U1 , . . . , Uk } であって i=0 Ui ̸= ∅ であるもの全体の族を N (U) とおくと、 N (U) は単体複体である。この単体複体 N (U) を開被覆 U の脈体 (nerve) という。 この脈体 N (U) の標準的幾何実現 |N (U)| のことも簡単に脈体と呼ぶことにする。脈 体 |N (U)| が、位相空間 X を「近似する」幾何的対象であるというのが基本的なアイディ アである。例えば X 自身が多面体のときは、次のようにして脈体を元の X に一致させ ることができる。 例 7.6. X を多面体 |K| とし、 U を開星状体による開被覆 OK = {OK (v) | v ∈ K (0) } とする。このとき、命題 7.4 から、脈体 N (U) は頂点の対応 OK (v) ↔ v により自然に 元の単体複体 K と同一視され、したがって X = |K| と |N (U)| は自然に同相である。 被覆次元の定義も、近似に必要な脈体の次元であると考えると分かりやすい。実際、正 規空間 X に対して dim X ≦ n であることは、X の任意の有限開被覆が、dim N (V) ≦ n となるような有限開被覆 V によって細分されることと言い換えられる。ここで dim N (V) は単体複体としての次元を意味する。 多面体よりも一般的な位相空間 X やその開被覆 U についても空間 X と脈体 |N (U)| が「似ている」と言うためには、空間と脈体の間に対応をつける写像が必要である。それ が、以下で定義される標準写像である*8 。 定義 7.7. 位相空間 X の開被覆 U に対して、連続写像 φ : X → |N (U)| が標準写像 (canonical map) であるとは、任意の U ∈ U に対して φ−1 (ON (U ) (U )) ⊂ U が成り立つことである。 *8 この写像は、その名に反して、一意的に定まるわけではなく、ホモトピーを除いて一意的に定まるだけで ある(定理 7.9, 7.10)。同じものを重心写像 (barycentric map) と呼ぶ文献もある。 23 上の記法は少し混乱しやすいかもしれない。開被覆 U の元 U は、単体複体 N (U) に おいては頂点になっているから、開星状体 ON (U ) (U ) が定義され、これは |N (U)| の開集 合である。標準写像の定義の次の言い換えは簡単に示すことができ、有用である。 命題 7.8. 位相空間 X の開被覆 U と連続写像 φ : X → |N (U)| に対して、次は同値で ある。 (1) φ は標準写像である。 (2) x ∈ X と U ∈ U に対して、x ∈ / U ならば prU φ(x) = 0 である。 ∩n (3) 任意の x ∈ X に対して、x ∈ i=0 Ui となる U0 , U1 , . . . , Un ∈ U が存在して ∑n φ(x) = i=0 ti Ui と凸結合で表される。 さて、正規空間の有限開被覆に対して常に標準写像が存在することを示そう。 定理 7.9. X を正規空間、U を X の有限開被覆とする。このとき、標準写像 φ : X → |N (U)| が存在する。 証明. U = {U1 , U2 , . . . , Un } と表すことができる。X が正規空間であることから、X の 開被覆 {V1 , V2 , . . . , Vn } であって、Cl Vi ⊂ Ui となるようなものが存在する。再び X の 正規性から、Urysohn の補題によって、連続写像 fi : X → [0, 1] であって fi |Cl Vi = 1, fi |X\Ui = 0 であるようなものが存在する。連続写像 φi : X → [0, 1] を fi (x) φi (x) = ∑n j=1 fj (x) で定義すると、 ∑n i=1 φ : X → |N (U)| を φi (x) = 1, φi (x) ≧ 0 が各 x ∈ X に対して成り立つ。そこで写像 φ(x) = n ∑ φi (x)Ui i=1 で定義する。これは実際に |N (U)| への写像になっている。それを示すため x ∈ X とし、 ∩ S = {i ∈ {1, 2, . . . , n} | x ∈ Ui } とおく。このとき、S は有限集合で x ∈ i∈S Ui だか ら、σ = {Ui | i ∈ S} は N (U) の単体である。ところが、i ∈ / S のときは φi (x) = 0 であ ∑ るから、 φ(x) = i∈S φi (x)Ui である。よって、φ(x) ∈ |σ| ⊂ |N (U)| となる。 補題 7.2 により、写像 φ : X → |N (U)| は連続である。さらに、U ∈ U , x ∈ / U であれ ば、 fi (x) = 0 となるから prUi (φ(x)) = φi (x) = 0 である。よって、φ は命題 7.8 の条 件 (2) をみたすので、標準写像である。 次の定理は後に用いることはないが、標準写像という呼び名をある程度正当化するもの であろう。 定理 7.10. X を正規空間、U を X の有限開被覆とする。このとき、 φ, ψ : X → |N (U)| がともに標準写像であれば、φ と ψ はホモトピックである。すなわち、連続写像 h : X × I → |N (U)| であって、任意の x ∈ X に対して h(x, 0) = φ(x), h(x, 1) = ψ(x) 24 をみたすものが存在する。実際、そのようなホモトピーが h(x, t) = (1 − t)φ(x) + tψ(x) (x ∈ X, t ∈ I) で与えられる。 証明. 各 x, t に対して、上で定義された h(x, t) が |N (U)| の点であることを証明すれば よい。実際、このとき h : X × I → |N (U)| の連続性は補題 7.2 から保証される。さて、 U = {U1 , U2 , . . . , Un } と表すことにし、x ∈ X, t ∈ I とする。h(x, t) ∈ |N (U)| を示そ ∩ う。S = {i ∈ {1, . . . , n} | x ∈ Ui } とおき、σ = {Ui | i ∈ S} とおくと、x ∈ i∈S Ui によ り σ は N (U) の単体である。φ, ψ は標準写像であるから、φ(x), ψ(x) ∈ |σ| である(命 題 7.8 の条件 (3) を用いる)。よって、 h(x, t) = (1 − t)φ(x) + tψ(x) ∈ |σ| ⊂ |K| となる。 8 埋め込み定理と一致定理 最初に、この節で用いる距離空間の基本的な用語を復習する。X = (X, d) を距離空間 とするとき、部分集合 A ⊂ X に対して、diam A は A の直径 (diameter) を表す。す なわち、diam A = sup{d(a, b) | a, b ∈ A} である。次に、U を X の部分集合族とすると き、U のメッシュを mesh U = sup{diam U | U ∈ U} と定義する*9 。 また、点 x ∈ X のまわりの半径 r > 0 の開球を B(x, r) で表す。さらに、U が X の 開被覆であるとき、次のような正の数 δ を U のルベーグ数という: 「各 x ∈ X に対して、 U ∈ U であって、B(x, δ) ⊂ U となるものが存在する。」よく知られているとおり、コン パクト距離空間の任意の開被覆はルベーグ数をもつ。 この節の目標は、次の二つの定理を証明することである。 定理 8.1 (埋め込み定理). X を可分距離空間、n を非負整数とする。このとき dim X ≦ n ならば、X から R2n+1 への埋め込みが存在する。 定理 8.2 (一致定理). X を可分距離空間とするとき、ind X = Ind X = dim X である。 ここで、連続写像 f : X → Y が埋め込み(あるいは中への同相写像)であるとは、f の終域を像に制限したもの f : X → f (X) が同相写像になることをいう。一致定理と定 理 6.4 から、ユークリッド空間 Rn の被覆次元も n であることが確定する。 *9 ここで、diam ∅ = 0, mesh ∅ = 0 とする。 25 定理 8.3 (ユークリッド空間の次元). n を非負整数とするとき、ind Rn = Ind Rn = dim Rn = ind I n = Ind I n = dim I n = n である。 この節の議論の概要は、次のとおりである。まず、dim X ≦ n なる可分距離空間 X が 与えられたとき、X から R2n+1 への連続写像のなす空間に Baire のカテゴリー定理を適 用することにより、X から R2n+1 への埋め込みの存在を証明する。その過程で我々は、 前節で述べた開被覆の脈体のほかに、「ε 写像」と「一般の位置の議論」を道具に用いる が、これらはすぐ後で説明する。このとき、より強く、X から ind Nn2n+1 = n をみたす ある部分集合 Nn2n+1 ⊂ R2n+1 への埋め込みを構成することができる。すると部分空間 定理から、ind X ≦ n である。以上から「dim X ≦ n ならば ind X ≦ n」が分かるので、 ind X ≦ dim X が得られる。他方、dim X ≦ ind X は、分解定理を用いると比較的簡単 に証明できる(命題 8.12)。以上と等式 ind X = Ind X(系 5.17)により、一致定理の証 明が終わる。 8.1 ε 写像 まず、Baire のカテゴリー定理を用いて埋め込みを構成することを念頭に、連続関数の 空間の中で埋め込みに近い写像のなす部分集合に注目する。そのために一般的に、次の 定義を行う。X を距離空間、Y を位相空間とする。このとき ε > 0 に対して、連続写像 f : X → Y が ε 写像 (ε-map) であるとは、任意の点 y ∈ f (X) に対して、y のある開 近傍 V が存在して diam f −1 (V ) < ε が成立することである。 補題 8.4. X を距離空間、Y を位相空間とする。このとき、連続写像 f : X → Y が埋め 込みであるためには、任意の ε > 0 に対して f が ε 写像であることが必要十分である。 証明. まず、必要性を示そう。f : X → Y が埋め込みであるとし、ε > 0 とする。 このとき f が ε 写像であることを示そう。そのため y ∈ f (X) とする。f は単射 であり f −1 : f (X) → X は連続であるから、y の Y における開近傍 V であって、 f −1 (V ) = f −1 (V ∩ f (X)) ⊂ B(f −1 (y), ε/3) となるものが存在する。したがって、 diam f −1 (V ) ≦ 2ε/3 < ε である。よって、f は ε 写像である。 次に、十分性を示そう。f : X → Y が任意の ε > 0 に対して ε 写像であることを仮 定する。このとき、f : X → Y が埋め込みであることを示そう。まず、f が単射である ことを示す。そのため、x, x′ ∈ X とし、y = f (x) = f (x′ ) とする。任意に ε > 0 を与 えると、y の開近傍 V であって、diam f −1 (V ) < ε となるものが存在する。このとき、 x, x′ ∈ f −1 (V ) であるから、d(x, x′ ) < ε である。ε > 0 は任意に取れるから、x = x′ でなければならない。よって、f は単射である。あとは、f が X から f (X) への写像 として閉写像であることを証明すればよい。そのため、閉集合 F ⊂ X を任意に与える。 y ∈ f (X) \ f (F ) とすると、ある x ∈ X \ F に対して、y = f (x) である。ε > 0 を B(x, ε) ⊂ X \ F となるように取り、この ε に対して、y の開近傍 V を diam f −1 (V ) < ε となるように取る。このとき、x ∈ f −1 (V ) であるから、f −1 (V ) ⊂ B(x, ε) ⊂ X \ F で ある。これは V ⊂ Y \ f (F ) であることを示している。したがって、V ∩ f (X) は y の 26 f (X) における近傍であって、f (F ) と交わらないものになっている。これで、f が X か ら f (X) への閉写像であることが分かった。 再び一般的に、X を位相空間、Y = (Y, d) を距離空間とする。このとき、X から Y への有界な連続写像の全体を CB (X, Y ) で表す。ここで、写像 f : X → Y が有界である とは、像 f (X) が Y の有界な部分集合であることをいう。このとき、CB (X, Y ) 上の距 離を d(f, g) = sup{d(f (x), g(x)) | x ∈ X} で定めることができる。このとき (Y, d) が完備であれば、(CB (X, Y ), d) も完備である。 次に、X, Y がともに距離空間である場合を考える。このとき、各 ε > 0 に対して、X から Y への有界な ε 写像の全体を CB (X, Y ; ε) で表すことにする。すなわち、 CB (X, Y ; ε) = {f ∈ CB (X, Y ) | f は ε 写像 } とする。このとき次が成り立つ。 補題 8.5. X, Y を距離空間として、Y の任意の有界閉集合がコンパクトであるとする。 このとき任意の ε > 0 に対して、CB (X, Y ; ε) は CB (X, Y ) の開集合である。 証明. f ∈ CB (X, Y ; ε) を任意に与える。K = ClY f (X) は仮定によりコンパクトであ る。f は ε 写像であるから、K の開被覆 U であって、各 U ∈ U に対して diam f −1 (U ) < ε となるようなものが存在する。K はコンパクトであるから、U にはルベーグ数 δ > 0 が 存在する。このとき、B(f, δ/3) ⊂ CB (X, Y ; ε) であることを証明しよう。 そこで、g ∈ B(f, δ/3) として、x ∈ X を任意に与える。このとき、 diam g −1 (B(g(x), δ/3)) < ε (⋆) が成り立つことを主張する。これが言えれば、g が ε 写像であることが結論され、証明は 終わる。δ > 0 は K の開被覆 U のルベーグ数であったから、B(f (x), δ) ∩ K ⊂ U とな るような U ∈ U が存在する。したがって、この U に対して diam f −1 (B(f (x), δ)) ≦ diam f −1 (U ) < ε である。よって、(⋆) を証明するためには、g −1 (B(g(x), δ/3)) ⊂ f −1 (B(f (x), δ/3) を証 明すればよい。この包含関係を示すため、z ∈ g −1 (B(g(x), δ/3)) とすると、 d(f (z), f (x)) ≦ d(f (z), g(z)) + d(g(z), g(x)) + d(g(x)), f (x)) < δ/3 + δ/3 + δ/3 = δ となる。これは z ∈ f −1 (B(f (x), δ)) を意味する。 27 8.2 一般の位置の議論 上の議論を dim X ≦ n なる可分距離空間の埋め込みに適用したい。そのためには、可 分距離空間 X を前の節で導入した脈体により多面体で近似を行い、多面体の埋め込みの 問題に置き換えて考える。多面体の埋め込みは、「一般の位置の議論」と呼ばれるものが 基礎になる。 一般の位置の議論の最も簡単な場合は、R3 における直線(1 次元アフィン部分空間)の 関係についてのものである。R3 において、2 直線が与えられると、それらを少しずらす ことにより、必ず交点をもたないようにできる。一般的に、R2n+1 において、n 次元のア フィン部分空間が 2 個与えられると、それらを少しずらすことで、必ず交点をもたない状 態にすることができる。この現象は、dim X ≦ n なる可分距離空間 X を R2n+1 に埋め 込み可能であることの端的な理由であり、厳密な証明におけるキーポイントでもある*10 。 さて、いくつか定義をしよう。上で断りなく用いた用語であるが、実ベクトル空間 V の空でない部分集合 L がアフィン部分空間であるとは、L 上の任意の異なる二点に対し て、それらを通る直線が L に含まれること、すなわち、 x, y ∈ L, t ∈ R ならば (1 − t)x + ty ∈ L が成り立つことをいう。v を L 上の任意の点とするとき、W = L − v = {x − v |x ∈ L} は V の部分ベクトル空間となる。このとき W は L のみで決まり v の取り方によらな い。W の実ベクトル空間としての次元を L の次元という。たとえば V の 1 次元アフィ ン部分空間とは、V 内の直線にほかならない。 実ベクトル空間 V の n 個の元からなる有限部分集合 F = {x1 , x2 , . . . , xn } に対して、 F がアフィン独立であるとは、 n ∑ i=1 ti xi = 0, n ∑ ti = 0 ならば、すべての i ∈ {1, . . . , n} に対して ti = 0 i=1 が成立することである。とくに F = ∅ すなわち n = 0 の場合は、上の条件での結論が自 明な意味で常に成立するので、空集合 ∅ はアフィン独立である。一般に、アフィン独立な 集合の部分集合は、再びアフィン独立である。 V の n 個の点からなる(必ずしもアフィン独立でない)有限部分集合 F = {v1 , . . . , vn } に対して、v1 , . . . , vn のアフィン結合、凸結合の全体をそれぞれ aff F , conv F で表す。 *10 これに対して、R2n における 2 個の平行でない n 次元アフィン部分空間には少なくとも 1 個の交点が ある。したがって、ここでの次元 2n + 1 は最良の値である。 28 すなわち、 n } ∑ ti = 1 , aff F = t i vi i=1 i=1 { n } n ∑ ∑ conv F = t i vi ti = 1, ti ≧ 0 { n ∑ i=1 i=1 とおく。明らかに conv F ⊂ aff F であり、F = ∅ のときは aff F = conv F = ∅ である。 問題 8.1. n > 0 のとき、n 個の点からなる V の有限部分集合 F = {x1 , . . . , xn } がア フィン独立であることは n − 1 個のベクトル x1 − xn , x2 − xn , . . . , xn−1 − xn が一次独 立であることと同値である*11 。 問題 8.2. V のアフィン独立な有限部分集合 F および x ∈ V \ F に対して、F ∪ {x} が アフィン独立であるためには、v ∈ / aff F であることが必要十分である。 問題 8.3. V の任意の n 次元アフィン部分空間 L に対して、n + 1 個の元からなるアフィ ン独立な L の部分集合 F が存在する。さらに、そのような F に対しては常に aff F = L が成り立つ。 問題 8.4. V の n 個の元からなる部分集合 F = {v1 , . . . , vn } に対して、次が成り立つ。 (1) n ≧ 1 のとき、aff F は F を含む V の最小のアフィン部分空間である。 (2) F がアフィン独立であれば、aff F の次元は n − 1 であり、aff F の任意の点 x は ∑n ∑n x = i=1 ti vi , i=1 ti = 1 の形に一意的に表される。 (3) F がアフィン独立で、A, B ⊂ F のとき、aff(A ∩ B) = aff A ∩ aff B である。と くに、A ∩ B = ∅ であれば、aff A ∩ aff B = ∅ である。 V を m 次元実ベクトル空間とするとき、V の部分集合 A が(V において)一般の位 置にあるとは、任意の m + 1 個以下の元からなる部分集合 F ⊂ A に対して、F がアフィ ン独立であることをいう。直ちに分かるとおり、A が一般の位置にあるとき、A の任意の 部分集合も一般の位置にある。 補題 8.6. m, p, q を非負整数、A = {x1 , . . . , xp } を Rm の p 個の元からなる部分集合と し、A は一般の位置にあるとする。このとき、任意の y1 , . . . , yq ∈ Rm および ε > 0 に対 して、∥yj′ − yj ∥ < ε なる yj′ ∈ Rm (j = 1, . . . , q) であって、S = {x1 , . . . , xp , y1′ , . . . , yq′ } が p + q 個の元からなり、一般の位置にあるようなものが存在する。 ここで、∥ · ∥ はユークリッドノルムを表す。 証明. q = 1 の場合に証明すれば十分である(q = 0 の場合は明らかであり、q ≧ 2 の場 合は、q = 1 の場合から帰納法によって導かれる)。そこで、A = {x1 , . . . , xp } ⊂ Rm が *11 ここで再び、0 個の点は自明な意味で一次独立であり、したがって 1 点集合は常にアフィン独立であるこ とに注意する。 29 一般の位置にあるとして、y1 ∈ Rm , ε > 0 とする。J を、A の m 個以下の元からなる 部分集合全体の集合とする。J は有限集合であり、各 J ∈ J に対して、aff J は Rm の m − 1 次元以下のアフィン部分空間となる。よって、とくに、aff J は Rm において内点 のない閉集合である。したがって、その有限和 ∪ L= aff J J∈J もまた、Rm において内点のない閉集合である。これは、補集合 Rm \L が Rm において稠 密な開集合であることを意味している。よって、∥y1′ − y1 ∥ < ε となるような y1′ ∈ Rm \ L が存在する。定義から明らかに A ⊂ L となるので、y1′ ∈ / A であることに注意する。こ ′ ′ ′ の y1 に対して、S = A ∪ {y1 } = {x1 , . . . , xp , y1 } が一般の位置にあることを示そう。A はすでに一般の位置にあるので、B ⊂ A が m 個以下の元からなるときに、B ∪ {y1′ } が アフィン独立であることを示せば十分である。まず、A は一般の位置にあるから、その m + 1 個以下(実際には m 個以下)の元からなる部分集合 B はアフィン独立である。ま た、B ∈ J であるから、y1′ の取り方により y1′ ∈ / aff B である。よって、問題 8.2 によ ′ り、B ∪ {y1 } はアフィン独立である。 多面体と上の補題を関連させよう。K を単体複体とするとき、多面体からユーク リッド空間への連続写像 F : |K| → RN が K のアフィン実現であるとは、各単体 ∑n σ = {v0 , . . . , vn } ∈ K に対して、 i=0 ti = 1, ti ≧ 0 のとき F ( n ∑ ) t i vi = n ∑ i=0 ti F (vi ) i=0 が成り立ち、かつ F が埋め込み、すなわち中への同相写像になっていることをいう。ア フィン実現 F は K の頂点における値 F (v) (v ∈ K (0) ) だけから一意的に定まること、す なわち、アフィン実現 F は制限 F |K (0) から決定されることに注意する。 補題 8.7. n を非負整数、K を dim K ≦ n なる単体複体とする。写像 f : K (0) → R2n+1 が単射であり、像 f (K (0) ) が一般の位置にあるならば、f は(一意的な)アフィン実現 F : |K| → R2n+1 に拡張できる。 証明. f : K (0) → R2n+1 に対して補題の仮定が成り立つとする。まず、各単体 σ = {v0 , v1 , . . . , vk } ∈ K に対して、Fσ : |σ| → R2n+1 を Fσ ( k ∑ ) t i vi = i=0 n ∑ ti f (vi ) i=0 によって定義する。このとき、命題 7.3 (2) により、F ||σ| = Fσ が各 σ ∈ K に対して成 り立つように写像 F : |K| → R2n+1 を定義できることが分かる。さらに、命題 7.3 (4) に より、F は連続となる。この F は定義から f の拡張になっているので、F がアフィン 実現であることが証明できればよい。 30 そのためには F が埋め込みであると言えればよいが、命題 7.3 (1) で述べたとおり |K| はコンパクトである(単体複体はすべて有限と仮定しているのだった)。したがって、F が単射であることを示せば、F は自動的に埋め込みであることが分かる。 F の単射性を示すため x, y ∈ |K| とし、F (x) = F (y) ∈ R2n+1 であるとする。x ∈ |σ|, y ∈ |τ | となる σ, τ ∈ K が存在する。K (0) の部分集合 σ ∪ τ の元の個数を k とおき、 σ ∪ τ = {v1 , . . . , vk } と書く(σ ∪ τ は K の単体であるとは限らない)。いま dim K ≦ n だから σ, τ の元の個数はどちらも高々 n + 1 個で、したがって k ≦ 2n + 2 である。ま ∑k ∑k ∑k ∑k た、x = i=1 si vi , y = i=1 ti vi , s = i i=1 i=1 ti = 1, si ≧ 0, ti ≧ 0 という形に 表すことができる。このとき、F のつくり方と F (x) = F (y) より k ∑ si f (vi ) = i=1 k ∑ ti f (vi ) (⋆) i=1 である。ところで、{f (v1 ), . . . , f (vk )} はちょうど k 個の元からなる f (K (0) ) の部 分集合である。f (K (0) ) は R2n+1 の一般の位置にある部分集合で、k ≦ 2n + 2 だ から {f (v1 ), . . . , f (vk )} はアフィン独立である。よって、(⋆) と問 8.4 (2) により、 ∑k ∑k si = ti (i = 1, 2, . . . , k) が成り立つ。したがって、x = i=1 si vi = i=1 ti vi = y であ る。これで、F の単射性が示された。 補題 8.8. n を非負整数、K を dim K ≦ n なる単体複体、H ⊂ R2n+1 を n 次元アフィ ン部分空間とする。このとき、任意の写像 f : K (0) → R2n+1 と ε > 0 に対して、K のア フィン実現 F : |K| → R2n+1 が存在して、各 v ∈ K (0) について ∥F (v) − f (v)∥ < ε を 満たし、かつ F (|K|) ∩ H = ∅ となる。 証明. まず、問題 8.3 から、H の n + 1 個の元からなる部分集合 {p1 , . . . , pn+1 } をア フィン独立に取ることができ、aff{p1 , . . . , pn+1 } = H となる。 単体複体 K がちょうど N 個の頂点をもつとし、K (0) = {v1 , v2 , . . . , vN } と書き 表す。写像 f : K (0) → R2n+1 および ε > 0 を任意に与えると、補題 8.6 によって、 ∥qi − f (vi )∥ < ε となるような点 qi ∈ R2n+1 (i = 1, . . . , N ) であって、 {p1 , . . . , pn+1 , q1 , . . . , qN } が (n + 1) + N 個の元からなり、一般の位置にある (⋆) ようなものが存在する。そこで、f ′ : K (0) → R2n+1 を f ′ (vi ) = qi (i = 1, . . . , N ) により 定義する。f ′ (K (0) ) = {q1 , . . . , qN } は一般の位置にあるから、補題 8.7 により、f ′ はア フィン実現 F : |K| → R2n+1 に一意的に拡張できる。すると、∥F (vi ) − f (vi )∥ < ε (i = 1, . . . , N ) である。 あとは、F (|K|) ∩ H = ∅ を示せばよい。そのためには、任意の単体 σ ∈ K に対し て、F (|σ|) ∩ H = ∅ を示せばよい。そこで σ = {vi0 , . . . , vim } ∈ K を m 単体とす る。dim K ≦ n であるから、m ≦ n である。よって、{p1 , . . . , pn+1 , qi0 , . . . , qim } は 高々 2n + 2 個の点からなるので、(⋆) によりアフィン独立である。定義より F (|σ|) = conv{qi0 , . . . , qim } となり、他方 H = aff{p1 , . . . , pn+1 } であったから、問題 8.4 (3) に 31 より、 F (|K|) ∩ H = conv{qi0 , . . . , qim } ∩ aff{p1 , . . . pn+1 } ⊂ aff{qi0 , . . . , qim } ∩ aff{p1 , . . . pn+1 } =∅ となる。 8.3 埋め込み定理と一致定理の証明 さて、非負整数 n に対して、R2n+1 の次の部分集合を考えよう。 Nn2n+1 = {(x1 , . . . , x2n+1 ) ∈ R2n+1 | x1 , . . . , x2n+1 のうち有理数は高々 n 個 } 命題 8.9. 上で定義された Nn2n+1 に対して、ind Nn2n+1 = n が成り立つ。 証明. 例 5.14 の記号を用いると、この集合は 0 次元空間の n + 1 個の和として ∪ Q2n+1 ∪ · · · ∪ Q2n+1 Nn2n+1 = Q2n+1 n 0 1 と表されるから、加法定理 5.11 を(繰り返し)用いて、ind Nn2n+1 ≦ n が分かる。 次に ind Nn2n+1 ≧ n を示す。R2n+1 の部分集合 {(x1 , . . . , x2n+1 ) ∈ R2n+1 | x1 = · · · = xn+1 = √ 2} は Nn2n+1 に含まれ、しかも Rn と同相である。よって、ind Nn2n+1 ≧ ind Rn = n であ る。 定理 8.10 (強い埋め込み定理). n を非負整数、X を可分距離空間とする。dim X ≦ n であれば、X から Nn2n+1 のあるコンパクトな部分集合への埋め込みが存在する。しか も、そのような埋め込みの全体は、CB (X, R2n+1 ) の稠密な部分集合をなす。 この結果は、埋め込み定理 8.1 より、はるかに強いことを主張している。dim ≦ n な る可分距離空間が R2n+1 に埋め込まれるどころか、その部分集合 Nn2n+1 のコンパクト な部分集合に埋め込まれ、しかも任意の有界連続写像 X → R2n+1 はそのような埋め込 みで一様に近似されるというのである。この定理 8.10 の系として、一致定理の一部が導 かれる。 系 8.11. 任意の可分距離空間 X に対して、ind X ≦ dim X である。 証明. dim X = n < ∞ のときに示せばよい。このとき、定理 8.10 より、X は Nn2n+1 のある部分集合に同相である。したがって、部分空間定理 5.1 と命題 8.9 により、 ind X ≦ ind Nn2n+1 = n = dim X である。 32 ∑ 単位閉区間 I = [0, 1] の可算積 I N は、距離 d((xi ), (yi )) = i 2−i |xi − yi | によって コンパクト距離空間となる。しかも、任意の可分距離空間は I N のある部分空間と同相と なるのであった。このことを踏まえ、定理 8.10 を証明しよう。 強い埋め込み定理 8.10 の証明. X を可分距離空間とし、dim X ≦ n であるとする。X は単位閉区間の可算積 I N のある部分空間と同相であるから、X ⊂ I N であるとしてよく、 X の距離は、上の注意で述べた I N の距離 d からの制限であるとしてよい。I N はコンパ クトであるから、各整数 m ≧ 1 に対して、I N の有限開被覆 Ũm を mesh Ũm < 1/m と なるように取れる。この開被覆 Ũm の X への制限を Um とする。つまり、 Um = {Ũ ∩ X | Ũ ∈ Ũm } とする。このとき、もちろん Um は X の有限開被覆であり、mesh Um < 1/m となる。 さて、次に、Nn2n+1 は R2n+1 から可算個の n 次元アフィン部分空間を取り除いた補 集合として得られることに注意しよう。実際、1 ≦ i1 < · · · < in+1 ≦ 2n + 1 なる整数 i1 , . . . , in+1 と r1 , . . . , rn+1 ∈ Q を用いて {(x1 , . . . , x2n+1 ) ∈ R2n+1 | xik = rik (k = 1, . . . , n + 1)} の形に表される R2n+1 の n 次元アフィン部分空間の全体は可算集合であるから、それを {Hm | m = 1, 2, . . .} と表すと、定義から分かるように R 2n+1 \ ∞ ∪ Hm = Nn2n+1 (♣) m=1 である。 さて、整数 m ≧ 1 に対して、CB (X, R2n+1 ) の部分集合 Em = {f ∈ CB (X, R2n+1 ; 1/m) | Cl f (X) ∩ Hm = ∅} を考える。ここで、Cl f (X) は R2n+1 における閉包を表す。 主張 1. Em は CB (X, R2n+1 ) の開集合である。 主張 1 の証明. f ∈ Em とする。f は有界だから、Cl f (X) はコンパクトである。Cl f (X) は R2n+1 の閉集合 Hm と交わらないので、正の距離 δ1 = d(Cl f (X), Hm ) > 0 をもつ。 一方、補題 8.5 により CB (X, R2n+1 ; 1/m) は CB (X, R2n+1 ) の開集合である。よって、 B(f, δ2 ) ⊂ CB (X, R2n+1 ; 1/m) となるような δ2 > 0 が存在する。δ = min{δ1 , δ2 } とお けば、B(f, δ) ⊂ Em である。 主張 2. Em は CB (X, R2n+1 ) の稠密な部分集合である。 主張 2 の証明. 任意に f ∈ CB (X, R2n+1 ) と ε > 0 を与える。f は有界だから、Cl f (X) はコンパクトである。したがって、Cl f (X) の有限開被覆 V であって、mesh V < ε/3 と なるものが存在する。dim X ≦ n であるから、X の有限開被覆 {U ∩ f −1 (V ) | U ∈ Um , V ∈ V} 33 を細分するような X の有限開被覆 W = {W1 , . . . , WN } であって、ord W ≦ n + 1 とな るものが存在する。W の脈体 N (W) を K とおくと、 (1) dim K ≦ n, (2) mesh W < 1/m, (3) diam f (Wj ) < ε/3 (j = 1, . . . , N ) である。 各 j = 1, . . . , N に対して点 zj ∈ Wj を固定すると、(1) と補題 8.8 により、アフィン 実現 h : |K| → R2n+1 であって、 ∥h(Wj ) − f (zj )∥ < ε/3 (j = 1, . . . , N ) かつ、h(|K|) ∩ Hm = ∅ となるものが存在する。上の式では、Wj を K = N (W) の頂点 であると考えて Wj ∈ |K| であると見なしていることに注意する。 定理 7.9 により存在する標準写像 φ : X → |K| を一つ固定して、 g = h ◦ φ : X → R2n+1 とおく。このとき、g ∈ Em かつ d(g, f ) < ε となることを証明しよう。 まず g ∈ Em であることを証明する。g = h ◦ φ だから、g(X) ⊂ h(|K|) であ る。h は h(|K|) ∩ Hm = ∅ となるように取ったので、g(X) ∩ Hm = ∅ である。次 に、g が 1/m 写像であることを証明するため、p ∈ g(X) とする。x ∈ X であって、 p = g(x) = h(φ(x)) となるようなものを固定する。多面体 |K| の開星状体の全体 OK = {OK (Wj ) | j = 1, . . . , N } は |K| の開被覆であった。よって、φ(x) ∈ OK (Wj ) と なるような j ∈ {1, . . . , N } が存在する。h : |K| → R2n+1 はアフィン実現、したがって 埋め込みであるから、h−1 (V ) = OK (Wj ) となるような R2n+1 の開集合 V が存在する。 この V は p = h(φ(x)) の開近傍である。このとき、diam g −1 (V ) < 1/m である。実際、 φ : X → |K| は標準写像であるから、g −1 (V ) = φ−1 (h−1 (V )) = φ−1 (OK (Wj )) ⊂ Wj である。したがって (2) より、diam g −1 (V ) ≦ diam Wj < 1/m である。以上で、g ∈ Em であることが示された。 次に d(g, f ) < ε となることを証明するため、任意の x ∈ X を与える。φ は標準写 ∩s 像なので、命題 7.8 により、x ∈ k=0 Wjk となる 1 ≦ j1 < · · · < js ≦ N および ∑s ∑s t W である。さらに、 t = 1 となる t , . . . , t ≧ 0 が存在して、 φ(x) = k 0 s k=0 ∑s k=0 k jk h は K のアフィン実現であるから、g(x) = h(φ(x)) = k=0 tk h(Wjk ) である。一方、 x, zjk ∈ Wjk (k = 1, . . . , s) であるから、(3) より、d(f (x), f (zjk )) < ε/3 (k = 1, . . . , s) である。以上から、 s ∑ ∥g(x) − f (x)∥ = tk (h(Wjk ) − f (x)) ≦ k=0 s ∑ s ∑ k=0 k=0 tk ∥h(Wjk ) − f (zjk )∥ + < ε/3 + ε/3 = 2ε/3 34 tk ∥f (zjk ) − f (x)∥ である。したがって、d(g, f ) ≦ 2ε/3 < ε である。以上で、主張 2 の証明が終わった。 主張 1 と主張 2 により、Em は完備距離空間 CB (X, R2n+1 ) の稠密な開集合であるか ∩∞ ら、Baire のカテゴリー定理により、共通部分 E = m=1 Em は再び CB (X, R2n+1 ) の 中で稠密である。一方、等式 (♣) と補題 8.4 により、E の任意の元 f : X → R2n+1 は、 Cl f (X) ⊂ Nn2n+1 を満たす埋め込みである。f の有界性より、Cl f (X) は R2n+1 の有 界閉集合なので、コンパクトである。以上で、X から Nn2n+1 のあるコンパクト部分集合 への埋め込み全体が、CB (X, R2n+1 ) において稠密であることが分かった。とくに、X か ら R2n+1 への埋め込みが存在することが分かった。 これで、強い埋め込み定理の証明、したがってその系 8.11 の証明が完了した。一致定 理の証明のために示さなければならない主張で残っているものは、次の命題だけである。 命題 8.12. 任意の可分距離空間 X に対して、dim X ≦ ind X である。 この命題の証明のためには、次を用いる。 補題 8.13. X を距離空間、A ⊂ X を部分集合、(Uλ )λ∈Λ を互いに交わりのない A の 開集合の族とする。このとき、互いに交わりのない X の開集合の族 (Ũλ )λ∈Λ であって、 Ũλ ∩ A = Uλ (λ ∈ Λ) となるものが存在する。 証明. Ũλ = {x ∈ X | d(x, Uλ ) < d(x, A \ Uλ )} とおくと、Ũλ が X の開集合で、 Ũλ ∩ A = Uλ となることが容易に確かめられる。さらに、λ, µ ∈ Λ, λ ̸= µ なら ば Ũλ ∩ Ũµ = ∅ である。実際、λ ̸= µ かつ x ∈ Ũλ とすると、Uλ ⊂ A \ Uµ かつ Uµ ⊂ A \ Uλ なので、 d(x, Uµ ) ≧ d(x, A \ Uλ ) > d(x, Uλ ) ≧ d(x, A \ Uµ ) である。これは x ∈ / Ũµ であることを示している。 命題 8.12 の証明. 二つの段階に分けて証明する。 (第 1 段:ind X ≦ 0 の場合)ind X = −1 の場合は明らかだから、ind X = 0 としてよ い。U = {Ui | i = 1, . . . , m} を X の有限開被覆とする。X は ind X ≦ 0 をみたす可分 距離空間なので、命題 5.7 より、X の開かつ閉集合からなる可算開基が存在する。した がって、U を細分するような可算開被覆 {Bk | k = 1, 2 . . .} であって、各 k に対して Bk ∪ が開かつ閉集合であるようなものが存在する。このとき、Bk を Bk \ l<k Bl に置き換え ることで、k ̸= l のとき Bk ∩ Bl = ∅ であるようにできる。各 k に対して、Bk ⊂ Uφ(k) となるように φ(k) ∈ {1, . . . , n} を選び、 Vi = ∪ Bk (i = 1, . . . , m) φ(k)=i とおく。このとき、V = {Vi | i = 1, . . . , m} は U を細分し、ord V ≦ 1 である。よって、 dim X ≦ 0 = ind X である。 35 (第 2 段:一般の場合)ind X = ∞ の場合は明らかだから、ind X = n < ∞ として よい。X の有限開被覆 U を任意に与える。分解定理 5.10 により、ind Zi ≦ 0 となる X の部分空間 Zi (i = 0, 1 . . . , n) であって、X = Z0 ∪ Z1 ∪ · · · ∪ Zn となるものが存在す る。このとき、前段により dim Zi ≦ 0 である。Ui = {U ∩ Zi | U ∈ U} は Zi の有限開 被覆なので、各 i に対して、Ui を細分する Zi の有限開被覆 Vi = {Vij | j = 1, . . . , ki } であって、ord Vi ≦ 1 となるものが存在する。補題 8.13 により、X の開集合からなる族 Ṽi = {Ṽij | j = 1, . . . , ki } であって、 Ṽij ∩ Zi = Vij かつ ord Ṽi ≦ 1 となるものが存在 する。Vi は U の細分であったから、Ṽi も U の細分となるように取ることができる。こ ∪n のとき、Ṽ = i=0 Ṽi とおけば、Ṽ は X の開被覆で、ord Ṽ ≦ n + 1 を満たし、かつ U を細分している。これで、dim X ≦ n = ind X が示された。 一致定理 8.2 の証明. 系 5.17 の ind X = Ind X, 系 8.11 の ind X ≦ dim X, および命 題 8.12 の dim X ≦ ind X を合わせればよい。 強い埋め込み定理 8.10 は、一致定理(実際には命題 8.12)により、小さな帰納的次元 ind の言葉で述べることができる。 定理 8.14 (強い埋め込み定理). n を非負整数、X を可分距離空間とする。ind X ≦ n で あれば、X から Nn2n+1 のあるコンパクトな部分集合への埋め込みが存在する。しかも、 そのような埋め込みの全体は、CB (X, R2n+1 ) の稠密な部分集合をなす。 系 8.15 (コンパクト化定理). 任意の可分距離空間 X に対して、ind X = ind X̃ なる距 離付け可能なコンパクト化 X̃ が存在する。 証明. まず、ind X = n < ∞ の場合を考える。このとき、ind に関する強い埋め込み定理 8.14 により、X は Nn2n+1 のあるコンパクト部分集合 K に埋め込まれる。そこで、X を K の部分空間と同一視して、X̃ = ClK X とおけば、X̃ は X の距離付け可能なコンパク ト化で、ind X̃ ≦ ind Nn2n+1 = n = ind X ≦ ind X̃ である。よって、ind X = ind X̃ で ある。 次に ind X = ∞ の場合を考える。この場合、X の任意の距離付け可能なコンパクト化 X̃ に対して、∞ = ind X ≦ ind X̃ ≦ ∞ だから ind X = ind X̃ である。ところが、その ようなコンパクト化 X̃ は存在する。実際、X は可分距離空間なので、コンパクト距離空 間 I N に埋め込まれる。X の I N における閉包を X̃ とすればよい。 R2n+1 の点のうち高々 n 個の座標が有理数であるもの全体のなす部分空間 Nn2n+1 は、 それ自身が n 次元の可分距離空間(これは一致定理により、ind, Ind, dim のどの意味で もよい!)であり、かつ任意の n 次元以下の可分距離空間が Nn2n+1 に埋め込まれるとい う性質をもつ。この事実をさして、「Nn2n+1 は n 次元以下の可分距離空間のクラスに対 する普遍空間 (universal space) である」という。Nn2n+1 はその発見者の名前を取っ て、Nöbeling の n 次元普遍空間と呼ばれている。 36 9 球面への写像と被覆次元 前節までは、可分距離空間の次元論を中心に解説した。この節では、正規空間に範囲を 広げて被覆次元について考察する。正規空間は、パラコンパクト Hausdorff 空間という非 常に大きなクラスを含んでいる。たとえば、距離空間と CW 複体はすべてパラコンパク ト Hausdorff であることが知られている。多様体にも、通常はこのパラコンパクト性が 仮定されている。もちろん、コンパクト Hausdorff ならばパラコンパクト Hausdorff で、 正規空間となる。よって、例えば単位閉区間を任意個直積したものは正規空間である。 以下、S n は n 次元球面、Dn は n 次元球体を表す。すなわち、 S n = {x ∈ Rn+1 | ∥x∥ = 1} Dn = {x ∈ Rn | ∥x∥ ≦ 1} とする。とくに S 0 = {1, −1}, D0 = {0} である。 位相空間 X の部分集合 A に対して、連続写像 f : A → Y が X 上に拡張できるとは、 連続写像 f˜: X → Y であって f˜|A = f となるものが存在することである。このような f˜ を連続写像 f の拡張という。 この節の目標は、被覆次元の次の特徴づけを証明することである。 定理 9.1 (球面への写像の拡張と被覆次元の関係). X を正規空間、n を非負整数とする とき、次の条件は同値である。 (1) dim X ≦ n である。 (2) X の任意の閉集合 A と連続写像 f : A → S n に対して、f は X 上に拡張できる。 (3) 任意の k ≧ n および X の任意の閉集合 A と連続写像 f : A → S k に対して、f は X 上に拡張できる。 ここでも、証明の基本的なアイディアは、考えている空間 X を脈体で近似し、多面体 の場合に帰着させることである。この状況では、次のように S n を多面体と考えるのが 便利である。T = {v0 , v1 , . . . , vn+1 } を n + 2 個の元からなる集合としよう(たとえば v0 = 0, . . . , vn+1 = n + 1 とするとよい)。K(S n ) を T の部分集合であって、空集合で も T でもないもの全体とする。つまり、 K(S n ) = P(T ) \ {∅, T } とする。ここで、P(T ) は T のベキ集合である。K(S n ) は T の n + 1 個以下の元から なる空でない部分集合の全体と言ってもよい。この K(S n ) は単体複体であり、|K(S n )| は S n と同相となる。 また、K(D n+1 ) を K(Dn+1 ) = P(T ) \ {∅} で定義すると、K(D n+1 ) も単体複体で、K(S n ) を部分複体にもつ。さらに、位相空間の 対として (|K(D n+1 )|, |K(S n )|) は (Dn+1 , S n ) と同相となる。 37 定理 9.1 の「単体複体バージョン」は簡単に証明できる。これは読者への問としたい。 問題 9.1. K を単体複体とするとき、以下は同値である。 (1) dim K ≦ n である。 (2) K の任意の部分複体 L に対して、任意の単体写像 f : L → K(S n ) はある単体写 像 f˜: K → K(S n ) に拡張できる。 (3) 任意の k ≧ n および K の部分複体 L に対して、任意の単体写像 f : L → K(S k ) はある単体写像 f˜: K → K(S k ) に拡張できる。 単体複体と一般の正規空間との間のギャップを埋めるためには、Tietze の拡張定理と、 これから派生するホモトピー拡張定理が重要である。次にこの点に関して説明しよう。 9.1 Tietze の拡張定理と球面 正規空間については、連続写像の拡張について、次の基本的な定理が成り立つので あった。 定理 9.2 (Tietze の拡張定理). 正規空間 X の任意の閉集合 A に対して、A から単位 閉区間への任意の連続写像 f : A → I は X 上に拡張できる。 系 9.3. n を非負整数とするとき、正規空間 X の任意の閉集合 A に対して、任意の連続 写像 f : A → I n は X 上に拡張できる。 証明. Tietze の拡張定理 9.2 を、座標ごとに適用すればよい。 これから、球面 S n への写像についても、次のような「近傍拡張定理」が成り立つこと が分かる。 定理 9.4. X を正規空間、A を X の閉集合、f : A → S n を連続写像とする。このとき、 A の X における開近傍 U が存在して、f は U 上に拡張できる。 証明. まず、S n ⊂ Dn+1 であり、D n+1 は I n+1 と同相であるから、系 9.3 により、 f を Dn+1 への写像とみたものは、 X への拡張 F : X → Dn+1 をもつ。ところ で、V = D n+1 \ {0} を考えると V は S n の D n+1 における開近傍である。さらに、 r : V → S n を v(x) = x/∥x∥ で定めると、r はレトラクションである。すなわち、r は連 続写像で、r|S n = idS n を満たす。U = F −1 (V ) とおくと、U は A の X における開近傍 である。F (U ) ⊂ V だから F |U を V への写像と考えると、合成 f˜ = r ◦ (F |U ) : U → S n は f : A → S n の拡張を与える。 注意 9.5. この命題の内容を、S n は正規空間(のクラス)に対する絶対近傍拡張手 (absolute neighborhood extensor, ANE) であると言い表す。 実は、任意の有限単 体複体 K に対して、多面体 |K| は正規空間に対する ANE であることが知られている。 上の証明の議論から、空間が正規であることを仮定しなくても、次の近傍拡張定理が成 38 り立つ。 定理 9.6. 位相空間 X の部分集合 A 上で定義された連続写像 f : A → S n に対して、f を Dn+1 への写像とみたものが X 上に拡張 X → D n+1 をもつとする。このとき、A の X における開近傍 U が存在して、f は S n に値をとる U 上への拡張 f˜: U → S n をも つ。 9.2 ホモトピー拡張定理 連続写像 h : X×I → Y のことをホモトピーというのであった。ホモトピー h : X×I → Y と t ∈ I に対して、x 7→ h(x, t) によって定義される連続写像を ht : X → Y で表す。 二つの連続写像 f, g : X → Y が(Y において)ホモトピックであるとは、h0 = f , h1 = g となるホモトピー h : X × I → Y が存在することをいい、このとき f ≃ g : X → Y と書 くのであった。 一般に、位相空間 X とその閉部分集合 A のなす対 (X, A) が位相空間 Y に対してホ モトピー拡張性質をもつとは、次が成り立つことをいう。 任意の連続写像 F : (X × {0}) ∪ (A × I) → Y は X × I 上への拡張 F̃ : X × I → Y をもつ。 これをホモトピーの言葉で述べると、次の通りである。 h : A × I → Y をホモトピーとし、h0 の拡張 f : X → Y が与えられているとす る。このとき、h̃0 = f をみたすホモトピー h̃ : X × I → Y であって、h の拡張と なる(すなわち、各 t ∈ I に対して、h̃t が ht の拡張となる)ものが存在する。 ホモトピー拡張性質は、連続写像の拡張を考えるのに非常に便利な性質である。それは 次の命題から見てとることができる。 命題 9.7. 位相空間とその閉集合のなす対 (X, A) が Y に対してホモトピー拡張性質を もつとする。このとき、二つの連続写像 f, g : A → Y がホモトピックであれば、f が X 上に拡張をもつとき、かつそのときに限り g は X 上に拡張をもつ。 証明. h : A × I → Y を h0 = f, h1 = g なるホモトピーとし、f が X 上に拡張 f˜: X → Y をもつとする。このとき、ホモトピー拡張性質により、h の拡張である ホモトピー h̃ : X × I → Y であって、h̃0 = f˜ をみたすものが存在する。このとき、 h̃1 |A = h1 = g であるから、h̃1 が g の拡張を与えている。逆もまったく同様である。 ホモトピー拡張性質が成り立つ理由は多くの場合、定義域の対 (X, A) の性質か、終 域 Y の性質か、どちらか一方だけから説明できる。前者の場合で有名なのは Y がどん な位相空間であっても、(X, A) が Y に対してホモトピー拡張性質をもつ場合であり、 X が CW 複体で A がその部分複体である場合などが該当する。このときの包含写像 i : A → X はコファイブレーション (cofibration) とよばれ、代数的トポロジーで重要 39 である。 以下で重要になるのは、後者の場合、すなわち Y のもつ性質によりホモトピー拡張性 質が成り立つ場合である。ここでは終域 Y が球面 S n である場合について述べる。 定理 9.8. X を正規空間、A をその閉集合とする。このとき、もし X × I が正規であ れば、(X, A) は S n に対してホモトピー拡張性質をもつ。すなわち、任意の連続写像 F : (X × {0}) ∪ (A × I) → S n に対して、F の X × I 上への拡張が存在する。 証明. 簡単のため、L = (X × {0}) ∪ (A × I) とおく。連続写像 F : L → S n を任意に与 える。X × I は正規であるとしており、L はその閉集合であるから、定理 9.4 によって L の X × I におけるある開近傍 U に対して、F の U 上への拡張 F̄ : U → Y が存在 する。このとき、I のコンパクト性より、射影 prX : X × I → X は閉写像であるから、 V = X \ prX ((X × I) \ U ) は X の開集合である。しかも、容易に分かる通り、A ⊂ V かつ V × I ⊂ U である。 X は正規であるから、Urysohn の補題により、連続写像 α : X → I であって α|A = 1, α|X\V = 0 となるようなものが存在する。このとき、任意の x ∈ X, t ∈ I に対して (x, tα(x)) ∈ (X × {0}) ∪ (V × I) ⊂ U である。よって、連続写像 F̃ : X × I → Y を F̃ (x, t) = F̄ (x, tα(x)) で定義できる。F̃ は確かに F の拡張である。 注意 9.9. X × I が正規でないような正規空間 X が存在することが知られている。この ような X を Dowker 空間といい、最初に構成された例は 1971 年の Rudin によるもの である。また 1996 年には Balogh が連続体濃度の Dowker 空間を構成した。ただ、これ らの例にはいずれも集合論的予備知識が必要であり、本稿で述べることはできない。 しかし、1975 年の森田紀一の結果により、上の定理 9.8 は X × I が正規であるという 仮定を外しても、X 自体が正規なら成り立つことが分かった。ただ、その証明は元々の定 理 9.8 よりもずっと難しく、やはり本稿の範囲を超える。以下の議論でこの結果を用いる ことはない。 注意 9.10. 注意 9.5 の用語を用いると、定理 9.8 の主張は、終域が S n でなくても正規空 間のクラスに対する ANE であれば成り立つ。たとえば、有限単体複体 K の多面体 |K| であっても成り立つ。 X の正規性よりも強く、X がパラコンパクト Hausdorff であることを仮定すれば、 X × I は正規となる。実際、X × I はパラコンパクトである。これは、一般にパラコン パクト空間とコンパクト空間の積がパラコンパクトであることによる*12 。よって、次の 系を得る。 *12 実際、X をパラコンパクト、K をコンパクトとして、W = {Uλ × Vλ | λ ∈ Λ} を X × K の開被覆 ∪nx とする。各 x ∈ X に対して、K のコンパクト性により、{x} × K ⊂ i=1 Uλ(x,i) × Vλ(x,i) とな ∩nx るような λ(x, 1), . . . , λ(x, nx ) ∈ Λ を選ぶことができる。Ux = i=1 Uλ(x,i) は x の開近傍である。 X の開被覆 {Ux | x ∈ X} を細分する局所有限な開被覆 {Uµ′ | µ ∈ M } を取り、各 µ ∈ M に対して、 Uµ′ ⊂ Ux(µ) となるような x(µ) ∈ X を選ぶ。W ′ = {Uµ′ × Vλ(x(µ),i) | µ ∈ M, i = 1, . . . , nx(µ) } は W を細分する局所有限開被覆である。 40 系 9.11. X をパラコンパクト Hausdorff 空間、A をその閉集合とすると、(X, A) は S n に対してホモトピー拡張性質をもつ。 上の注意で述べた X × I が正規でない場合にも、次のことが成り立つ。 定理 9.12. X が正規空間、A をその閉集合とする。連続写像 F : (X×{0})∪(A×I) → S n に対して、F を D n+1 への写像とみなすと X × I への拡張 F̃ ′ : X × I → D n+1 が存在 すると仮定する。このとき、S n への写像としての拡張 F̃ : X × I → S n も存在する。 証明. 定理 9.6 により、(X × {0}) ∪ (A × I) の X × I におけるある開近傍 U に対して、 F の U 上への拡張 F̄ : U → S n が存在する。あとは定理 9.8 の証明と全く同じ議論によ り、F の拡張 F̃ : X × I → S n が構成される。 9.3 定理 9.1 の証明 定理 9.1 の証明. (1) ⇒ (2):S n のかわりに多面体 |K(S n )| を用いて考える。dim X ≦ n であるような正規空間 X の閉集合 A 上で、連続写像 f : A → |K(S n )| が与えられてい るとする。K(S n ) における開星状体 OK(S n ) (vi ) (i = 0, 1, . . . , n + 1) を簡単に O(vi ) と 書く。 各 i に対して X の開集合 Ui を Ui ∩ A = f −1 (O(vi )) となるように選ぶ。すると、 U = {X \ A} ∪ {Ui | i = 0, 1, . . . , n + 1} は X の有限開被覆である。dim X ≦ n により、U を細分する X の有限開被覆 V であっ て、ord V ≦ n + 1 となるものが存在する。そこで、脈体への標準写像 φ : X → |N (V)| を取る。各 V ∈ V に対して、i(V ) ∈ {0, 1, . . . , n + 1} を V ⊂ Ui(V ) となるように選ぶ と、単体写像 g : N (V) → K(S n ) が g(V ) = vi(V ) で定義される。実際、ord V ≦ n + 1 だから各単体 σ ∈ N (V) の頂点は n + 1 個以下、よって像 g(σ) も頂点を高々 n + 1 個 しかもたないので、g(σ) は K(S n ) の単体になっている。 |g| : |N (V)| → |K(S n )| を、単体写像 g に対応する連続写像とする。このとき、合成 h = |g| ◦ φ : X → |K(S n )| を考えると、次が成り立つ。 主張 1. 任意の x ∈ A に対して、σ ∈ K(S n ) が存在して、任意の t ∈ I に対して (1 − t)h(x) + tf (x) ∈ |σ| となる。 主張 1 の証明. x ∈ A を任意に与える。 σ = {v ∈ {v0 , v1 , . . . , vn+2 } | x ∈ f −1 (O(v))} ∩ とおけば、f (x) ∈ v∈σ O(v) となるから、命題 7.4 により、σ ∈ K(S n ) である。この単 体 σ に対して、vi ∈ / σ ならば f (x) ∈ / O(vi )、すなわち prvi (f (x)) = 0 である。よって、 ∩m f (x) ∈ |σ| である。次に、φ は標準写像であるから、命題 7.8 (3) により、x ∈ j=0 Vj 41 となる V0 , V1 , . . . , Vm ∈ V が存在して、φ(x) = とき、 h(x) = |g|(φ(x)) = m ∑ ∑m j=0 tj Vj tj g(Vj ) = j=0 m ∑ と凸結合で表される。この tj vi(j) j=0 である。ところが、各 j = 0, 1, . . . , m に対して x ∈ Vj ∩ A ⊂ Ui(j) ∩ A = f −1 (O(vi(j) )) であるから、vi(j) ∈ σ である。したがって、h(x) ∈ |σ| となる。以上から、f (x), h(x) ∈ |σ| となるから、各 t ∈ I に対して (1 − t)h(x) + tf (x) ∈ |K(S n )| である。 主張 1 により、連続写像 F : (X × {0}) ∪ (A × I) → |K(S n )| が、次で定義される。 { F (x, t) = h(x) x ∈ X, t = 0 のとき (1 − t)h(x) + tf (x) x ∈ A のとき 主張 2. F は X × I 上への拡張 F̃ : X × I → |K(S n )| をもつ。 主張 2 の証明. X×I が正規であるときは、定理 9.8 により F はある F̃ : X×I → |K(S n )| に拡張される。一般の場合は次のように考える。まず、X は正規であって |K(D n+1 )| は I n+1 と同相だから、f : A → |K(S n )| を |K(Dn+1 )| への写像と考えれば、系 9.3 より、 f はある f˜: X → |K(Dn+1 )| へと拡張できる。次に、|K(Dn+1 )| は凸集合だから、連続 写像 F̄ : X × I → |K(D n+1 )| を F̄ (x, t) = (1 − t)h(x) + tf˜(x) で定義できる。これは、|K(D n+1 )| への写像としての F の拡張を与えている。よって、 定理 9.12 により、|K(S n )| への写像としての F の拡張 F̃ : X × I → |K(S n )| も存在す る。 主張 2 により存在する拡張 F̃ : X × I → |K(S n )| に対して、F̃1 : X → |K(S n )| は f : A → |K(S n )| の拡張を与える。これが示したいことであった。 (2) ⇒ (3):(2) を仮定し、(3) を k(≧ n) に関する帰納法で証明する。k = n のときは、 (3) は (2) と全く同じである。そこで k > n として、k − 1 に対して (3) が示されている k k と仮定しよう。S k を北半球 D+ と南半球 D− に分割する。つまり、 k = {(x0 , x1 , . . . , xk ) ∈ S k | ± xk ≧ 0} D± k k , D− はともに Dk と、したがって I k と同相である。また、自然 とおく。もちろん、D+ な同一視 k k = S k−1 D+ ∩ D− がある。さて、正規空間 X とその閉集合 A および連続写像 f : A → S k を任意に与える。 k まず、U± ∩ A = f −1 (S k \ D∓ ) となる X の開集合 U± を選ぶ。このとき、U+ ∩ U− = ∅ となるようにできる(U− を U− \ ClX U+ におきかえればよい)。そこで、 X0 = X \ (U+ ∪ U− ), A0 = X0 ∩ A = f −1 (S k−1 ) 42 とおくと、A0 は X0 に含まれる X の閉集合となり、しかも f |A0 は S k−1 への写像 f |A0 : A0 → S k−1 とみなせる。よって、帰納法の仮定により、f |A0 はある f˜0 : X0 → S k−1 に拡張できる。さらに、X の閉集合 X+ , X− と A の閉集合 A+ , A− を X± = X \ U∓ , k A± = X± ∩ A = f −1 (D± ) ′ k で定める。すると、A± ∩X0 = A0 , X+ ∩X− = X0 である。連続写像 f˜± : A± ∪X0 → D± ′ ′ k を f˜± |A± = f |A± , f˜± |X0 = f˜0 で定める。D± が I k と同相なことから、系 9.3 により、 ′ k f˜± は f˜± : X± → D± ⊂ S k に拡張できる。最後に、連続写像 f˜: X → S k を f˜|X± = f˜± で定義すれば、f˜ は f : A → S k の拡張である。 (3) ⇒ (1) : (3) を仮定し、X の有限開被覆 U を任意に与える。K = N (U) とおき、標 準写像 φ : X → |K| を一つ固定する。各 i ≧ 0 に対して、K の i 骨格 K (i) を考える (§7.1 を参照)。このとき、K は有限単体複体であるから、ある整数 m ≧ n に対して φ(X) ⊂ |K (m) | である。この m に関する帰納法で、ord V ≦ n + 1 を満たし U を細分 する X の有限開被覆 V が存在することを証明しよう。 まず、m = n の場合を考える。このときは、K (n) の開星状体の全体 OK (n) = {O(U, K (n) ) | U ∈ U} が |K (n) | の開被覆を与え、ord OK (n) ≦ n + 1 である。したがって、その φ による引き 戻しとして得られる X の開被覆 V = {φ−1 (O(U, K (n) )) | U ∈ U} は再び ord V ≦ n + 1 を満たす。しかも、V は U の細分である。実際、φ が標準写像で あることの定義から φ−1 (O(U, K (n) )) ⊂ φ−1 (O(U, K)) ⊂ U である。 次に、m > n とし、m − 1 以下では証明が済んでいるものとする。K の m 次元単体 が N 個あるとし、その全体を {τ1 , τ2 , . . . , τN } とすると、 |K (m) | = |K (m−1) |∪ N ∪ |τi |, |τi | ∩ |K (m−1) | = ∂|τi |, i=1 かつ、i ̸= j のとき |τi | ∩ |τj | ⊂ ∂|τi | ∩ ∂|τj | であることに注意する。ここで ∂|τi | は |τi | の境界である(§7.1 を参照)。 そこで、X ′ = φ−1 (|K (m−1) |), Xi = φ−1 (|τi |), Ai = φ−1 (∂|τi |) (i = 1, . . . , N ) とお く。 すると、上の式に対応して X = X′ ∪ N ∪ Xi , i=1 43 Xi ∩ X ′ = A i , かつ、i ̸= j のとき Xi ∩ Xj ⊂ Ai ∩ Aj である。∂|τi | は S m−1 と同相で、m − 1 ≧ n であるから、仮定 (3) より、各 i に対して φ|Ai : Ai → ∂|τi | は φi : Xi → ∂|τi | に拡張 できる。これを用いて、連続写像 ψ : X → |K (m−1) | ⊂ |K| を ψ|X ′ = φ|X ′ , ψ|Xi = φi で定義する。この ψ : X → |K| は標準写像である。実際、x ∈ X とすると、φ が標準 ∩k 写像であることから命題 7.8 (3) により、x ∈ i=0 Ui となる U0 , U1 , . . . , Uk ∈ U が存 在して、φ(x) は U0 , U1 , . . . , Uk の凸結合で表される。このとき、ψ の定め方から、ψ(x) も U0 , U1 , . . . , Uk の凸結合で表される。よって、再び命題 7.8 (3) により、ψ は標準写 像となる。ψ(X) ⊂ |K (m−1) | であるから帰納法の仮定より、U は ord V ≦ n + 1 をみた すある有限開被覆 V によって細分される。これで、dim X ≦ n すなわち (1) が証明され た。 上の定理 9.1 の証明の (3) ⇒ (1) の議論、および標準写像のホモトピーを除いての一 意性(定理 7.10)を用いて、次のことが証明できる。これは、CW 複体の間の写像に関 する胞体近似定理の類似ということができる。 問題 9.2. X を dim X ≦ n なる正規空間、K を有限単体複体とするとき、任意の連続 写像 f : X → |K| はある連続写像 g : X → |K (n) | にホモトピックである。このとき、ホ モトピーは f −1 (|K (n) |) をとめるものが取れる。 10 コホモロジーと被覆次元 被覆次元は球面への写像の拡張可能性で特徴づけられることが前節で分かったが、これ を押し進めれば、コホモロジーの言葉を用いて被覆次元をより代数的に特徴づけることが できる。ここに至って、代数的トポロジーと一般の位相空間をつなぐ橋として、脈体の役 割はますます重要になってくる。 この節では単体複体のホモロジー群・コホモロジー群の定義から始めるものの、読者は 位相空間論に加えて初歩的なホモロジー論に親しんでいることが望ましい。また、§10.5 での Čech コホモロジー群の定義においては、加群の帰納的・射影的極限の基本的知識を 仮定する。なお、この節でも、いままでと同様、ほとんどの命題には完全に証明を与える が、一部証明を省略することがある*13 。 10.1 単体複体のコホモロジー 単体複体のホモロジー・コホモロジーについて、基本的な定義と性質を復習しておく。 以下では、加群という語でアーベル群のことを意味する。 *13 田村一郎『トポロジー』では、単体複体のホモロジー論が証明つきで丁寧に説明されている。 44 10.1.1 基本的定義 K を単体複体とする。まず、各整数 n ≧ 0 に対して、加群 Cn (K) を次のように生 成元と関係式によって定義する。K の頂点の(同じものが何度現れてもよい)有限列 (v0 , v1 , . . . , vn ) であって {v0 , v1 , . . . , vn } ∈ K となるものに対して、[v0 , v1 , . . . , vn ] な る記号を考える。このような記号すべてを生成元とし、集合 {0, 1, . . . , n} から自分自身 への任意の全単射、すなわち置換 ρ に対して関係式 [v0 , v1 , . . . , vn ] = sgn(ρ)[vρ(0) , vρ(1) , . . . , vρ(n) ] を満たす加群を Cn (K) とする*14 。ここで、sgn(ρ) は置換 ρ の符号を表す。Cn (K) の元 を、単体複体 K の n チェインと呼ぶ。n < 0 のときは、便宜上 Cn (K) = 0 と定義する。 σ = {v0 , . . . , vn } ∈ K のとき、v0 , . . . , vn の中に同じものがあれば、Cn (K) の元とし て [v0 , . . . , vn ] = 0 であることに注意する。v0 , . . . , vn が相異なるとき、σ は K の n 単 体となるが、このとき [v0 , . . . , vn ] を K の有向 n 単体といい、この有向 n 単体は n 単 体 σ を向き付けるという。n ≧ 1 のときは、一つの n 単体 σ を向き付ける有向 n 単体は ちょうど二つあり、一方を σ̄ とすれば他方は −σ̄ である。このような有向 n 単体 σ̄ を各 n 単体 σ ∈ K に対して固定すると、{ σ̄ | σ は K の n 単体 } を基底として Cn (K) は自 由加群となる。この基底は、もちろん σ̄ の選択に依存している。n = 0 のときに限っては このような選択を必要とせず、{[v] | v ∈ K (0) } を基底として C0 (K) は自由加群となる。 n ≧ 1 に対して、バウンダリ作用素と呼ばれる準同型 ∂n : Cn (K) → Cn−1 (K) が n ∑ ∂n ([v0 , . . . , vn ]) = (−1)i [v0 , . . . , vˆi , . . . , vn ] i=0 によって定義できる。n ≦ 0 のときは、∂n = 0 とする。Zn (K) = Ker ∂n , Bn (K) = Im ∂n+1 として、Zn (K), Bn (K) の元をそれぞれ K の n サイクル、n バウンダリと 呼ぶ。∂n−1 ◦ ∂n = 0 となることから、Bn (K) ⊂ Zn (K) であり、商加群 Hn (K) = Zn (K)/Bn (K) が定義される。Hn (K) を K の(整係数)n 次元ホモロジー群と呼ぶ。 サイクル z ∈ Zn (K) が代表する Hn (K) の元を [z] と書いて、z のホモロジー類という。 双対的に、K のコホモロジー群が次のように定義される。一般的に、加群 A に対し て、準同型のなす加群 Hom(A, Z) を本稿では簡単に A∨ で表す。f : A → B が加群の 間の準同型であるとき、その双対とよばれる準同型 f ∨ : B ∨ → A∨ が f ∨ (u) = u ◦ f で 定義できる。さて、単体複体 K に対して、Cn (K)∨ を簡単に C n (K) で表し、バウンダ リ作用素 ∂n+1 : Cn+1 (K) → Cn (K) の双対を δn : C n (K) → C n+1 (K) で表し、コバウ ンダリ作用素という。C n (K) の元は K の n コチェインと呼ばれる。Z n (K) = Ker δn , B n (K) = Im δn−1 とおき、Z n (K), B n (K) の元をそれぞれ K の n コサイクル、n コ *14 この定義を正当化するには、次のようにすればよい:{v0 , . . . , vn } ∈ K となる有限列 (v0 , . . . , vn ) 全 体の集合を基底とする自由加群を (v0 , . . . , vn ) − sgn(ρ)(vρ(0) , . . . , vρ(n) ) の形の元全体から生成され る部分加群で割った商加群を Cn (K) とし、(v0 , . . . , vn ) の像を [v0 , . . . , vn ] とおく。 45 バウンダリと呼ぶ。δn+1 ◦ δn = 0 が成り立つから、B n (K) ⊂ Z n (K) であり、商加群 H n (K) = Z n (K)/B n (K) が定義される。H n (K) を K の(整係数)n 次元コホモロ ジー群と呼ぶ。コサイクル u ∈ Z n (K) が代表する H n (K) の元を [u] と書いて、u のコ ホモロジー類という。 コバウンダリ作用素 δn : C n (K) → C n+1 (K) の具体的な記述をしておこう。まず、K の有向 n 単体 σ̄ = [v0 , . . . , vn ] に対して、σ̄ ∗ = [v0 , . . . , vn ]∗ ∈ C n (K) が { σ̄ ∗ ([v0′ , . . . , vn′ ]) = sgn(ρ) 0 {0, 1, . . . , n} のある置換 ρ に対して vi′ = vρ(i) のとき そうでないとき によって定義される。K は有限だから、各 n 単体 σ = {v0 , . . . , vn } ∈ K に対して有向 n 単体 ±[v0 , . . . , vn ] のどちらかを選んで σ̄ とすれば、C n (K) は {σ̄ ∗ | σ は n 単体 } を 基底とする自由加群となる。コバウンダリ作用素の定義から、次が分かる。 命題 10.1. 単体複体 K に対して、コバウンダリ作用素 δn : C n (K) → C n+1 (K) は δn ([v0 , . . . , vn ]∗ ) = ∑ [v, v0 , . . . , vn ]∗ {v,v0 ,...,vn } は K の (n+1) 単体 と表示される。 単体写像がホモロジー・コホモロジー群に誘導する準同型について述べよう。φ : K → L を単体写像とする。このとき、各 n ≧ 0 に対して、準同型 φ♯n : Cn (K) → Cn (L) を φ♯n [v0 , . . . , vn ] = [φ(v0 ), . . . , φ(vn )] によって定義できる。さらに、準同型の列 (φ♯n ) は C∗ (K) と C∗ (L) のそれぞれのバウ ンダリ作用素と可換となる。したがって、φ♯n はホモロジー群の準同型 φ∗n : Hn (K) → Hn (L) を誘導する。また、φ♯n = (φ♯n )∨ とおけば、準同型の列 (φ♯n ) は C ∗ (K) と C ∗ (L) のそれぞれのコバウンダリ作用素と可換になる。したがって、φ♯n はコホモロジー群に準 同型 φ∗n : H n (L) → H n (K) を誘導する。混乱のおそれのない場合は以上の記法で n を 省略して、φ♯n , φ♯n , φ∗n , φ∗n をそれぞれ φ♯ , φ♯ , φ∗ , φ∗ と書く。 さらに、ψ : L → M をもう一つの単体写像とすると、ψ ◦ φ : K → M も単体写像で あって、ψ∗ ◦ φ∗ = (ψ ◦ φ)∗ : Hn (K) → Hn (M ), φ∗ ◦ ψ ∗ = (ψ ◦ φ)∗ : H n (M ) → H n (K) である。 二つの単体写像 φ, ψ : K → L が近接する (contiguous) とは、任意の σ ∈ K に対し て、φ(σ) ∪ ψ(σ) ∈ L となることをいう。 命題 10.2. φ, ψ : K → L が近接する単体写像であるとき、φ∗ = ψ∗ : Hn (K) → Hn (L), φ∗ = ψ ∗ : H n (L) → H n (K) である。 証明. K の頂点全体の集合 K (0) に全順序を一つ固定する。φ, ψ : K → L が近接してい 46 るとすれば、各 n ≧ 0 と v0 < · · · < vn なる K の有向 n 単体 [v0 , . . . , vn ] に対して n ∑ (−1)i [φ(v0 ), . . . , φ(vi ), ψ(vi ), . . . , ψ(vn )] Φn ([v0 , . . . , vn ]) = i=0 とおくことで、準同型 Φn : Cn (K) → Cn+1 (L) を定義できる。すると、n ≧ 1 のとき ∂n+1 ◦ Φn + Φn−1 ◦ ∂n = ψn♯ − φn♯ であること、および ∂1 ◦ Φ0 = ψ0♯ − φ0♯ であることが直接の計算によって示される。こ れから、φ∗ = ψ∗ : Hn (K) → Hn (L) (n = 0, 1, 2, . . .) を得る。 ∨ ♯ ♯ また、上の式の双対をとることで、Φ∨ n ◦ δn + δn−1 ◦ Φn−1 = ψn − φn (n ≧ 1) と ♯ ♯ ∗ ∗ n n Φ∨ 0 ◦ δ0 = ψ0 − φ0 が得られる。これから、φ = ψ : H (L) → H (K) (n = 0, 1, 2, . . .) も分かる。 空でない単体複体 K は、K = K1 ∪ K2 となる共通の頂点のない二つの空でない部 分複体 K1 , K2 が存在しないとき、連結であるという。K の連結な部分複体のうち、包 含関係について極大であるものを K の連結成分という。K は連結成分の和集合として K = K1 ∪ · · · ∪ Km と一意的に表される。 問題 10.1. 連結な単体複体 K に対して、H0 (K) ∼ = Z, H 0 (K) ∼ = Z である。また、単体複 体 K が連結成分の和集合として K = K1 ∪· · ·∪Km と表されているとき、H0 (K) ∼ = Zm , H 0 (K) ∼ = Zm である。より一般的に、単体複体 K が共通の頂点のない部分複体の和集合 ⊕m として K = K1 ∪ · · · ∪ Km と表されているとする。このとき、Hn (K) ∼ = i=1 Hn (Ki ), ⊕ m H n (K) ∼ = i=1 H n (Ki ) である。 単体複体 K および v ∈ K (0) が与えられているとする。このとき K が v を中心とす る錐 (cone) であるとは、任意の σ ∈ K に対して σ ∪ {v} ∈ K であることをいう。た とえば、単体複体 K(D n ) (§9.1)は、その任意の頂点を中心として錐となる。 命題 10.3. 単体複体 K が錐であるとき、q > 0 に対して Hq (K) = 0, H q (K) = 0 であ り、H0 (K) ∼ = Z である。とくに、 = Z, H 0 (K) ∼ { Hq (K(Dn )) ∼ = 0 Z q > 0 のとき q = 0 のとき である。 証明. 単体複体 K が v を中心とする錐であれば、K は連結であるから、問題 10.1 によ り H0 (K) ∼ = Z, H 0 (K) ∼ = Z である。また、恒等写像 idK : K → K と v への定数写 像 v : K → K は近接する単体写像であるので、命題 10.2 により、idHq (K) = (idK )∗ = v∗ : Hq (K) → Hq (K) である。しかし、q ≧ 1 に対して定義から v♯q = 0 : Cq (K) → Cq (K) であるので、v∗ = 0 : Hq (K) → Hq (K) となる。よって idHq (K) = 0 となるか ら、 Hq (K) = 0 である。同様に、q ≧ 1 のとき H q (K) = 0 である。 47 10.1.2 対の(コ)ホモロジー群 L が単体複体 K の部分複体であるとき、(K, L) を単体複体の対であるという。このと き、Cn (L) は Cn (K) の直和因子であって、 Cn (K, L) = Cn (K)/Cn (L) は自由加群となる。∂n : Cn (K) → Cn−1 (K) は準同型 ∂¯n : Cn (K, L) → Cn−1 (K, L) を 誘導し、∂¯n−1 ◦ ∂¯n = 0 を満たすので、Hn (K, L) = Ker ∂¯n / Im ∂¯n−1 が定義される。 Hn (K, L) を対 (K, L) のホモロジー群という。L = ∅ であるとき、Hn (K, ∅) はいまま での意味でのホモロジー群 Hn (K) と同一視される。 自然な準同型からなる、分裂する完全系列 jn i n 0 → Cn (L) → Cn (K) → Cn (K, L) → 0 (♯) に注目しよう。上において in , jn はそれぞれバウンダリ作用素と可換だから、よく知られ たホモロジー代数の一般論により、次の長い完全系列が得られる。 ∂n+1∗ i jn∗ in−1∗ ∂ n∗ n∗ · · · → Hn (L) → Hn (K) → Hn (K, L) → Hn−1 (L) → · · · i j0∗ 0∗ ··· → H0 (K) → H0 (K, L) → 0 (⋆) ここで、∂n∗ : Hn (K, L) → Hn−1 (L) は、次の意味で「∂n : Cn (K) → Cn−1 (K) から誘 導された」準同型である: Cn (K, L) における n サイクル zn ∈ Zn (K, L) に対して、jn (cn ) = zn となる cn ∈ Cn (K) を任意に選ぶと、それに対して ∂n (cn ) = in−1 (zn−1 ) となる n − 1 サ イクル zn−1 ∈ Zn−1 (L) が存在する。このとき、∂n∗ ([zn ]) = [zn−1 ] である。 この準同型 ∂n∗ は、連結準同型とよばれる。完全系列 (⋆) を、対 (K, L) のホモロジー 完全系列という。 さて、短い完全系列 (♯) は分裂するから、C n (K, L) = Hom(Cn (K, L), Z) とおけば、 双対をとることで再び完全系列 j∨ i∨ n n 0 → C n (K, L) → C n (K) → C n (L) → 0 が得られる(単射 jn∨ により C n (K, L) を C n (K) の部分加群と考えると、C n (K, L) の 元は、準同型 Cn (K) → Z であって、L の各有向 n 単体において値が 0 となるものにほ かならない)。 C n (K, L) は δ̄n = (∂¯n+1 )∨ をコバウンダリ作用素としてコチェイン複体をなすので、 コホモロジー群 H n (K, L) = Z n (K, L)/B n (K, L) が定義される。これを、対 (K, L) の コホモロジー群という。L = ∅ である場合は、H n (K, ∅) はいままでの意味でのコホモロ ジー群 H n (K) と同一視される。 48 単体複体の対 (K, L) に対して、ホモロジー群のときと全く同様にして長い完全系列 j∗ i∗ 0 0 0 → H 0 (K, L) → H 0 (K) → ··· ∗ δn−1 j∗ i∗ δ∗ n n n · · · → H n (K, L) → H n (K) → H n (L) → H n+1 (K, L) → · · · (⋆⋆) ∗ ∨ ∗ n が得られる。ここで、i∗n = (i∨ n )∗ , jn = (jn )∗ である。また、準同型 δn : H (L) → H n+1 (K, L) は、次の意味で「δn : C n (K) → C n+1 (K) から誘導された」準同型である: C n (L) における n コサイクル zn ∈ Z n (L) に対して、i∨ n (cn ) = zn となる ∨ cn ∈ Cn (K) を任意に選ぶと、それに対して δn (cn ) = jn+1 (zn+1 ) となる n + 1 コ サイクル zn+1 ∈ Z n+1 (K, L) が存在する。このとき、δn∗ ([zn ]) = [zn+1 ] である。 この準同型 δn∗ もまた、連結準同型という。完全系列 (⋆⋆) を、対 (K, L) のコホモロ ジー完全系列という。 単体複体の対 (K, L), (M, N ) に対して、単体写像 φ : K → M が L の単体を N の単体 にうつすとき、φ は (K, L) から (M, N ) への単体写像であるといい、φ : (K, L) → (M, N ) と書く。また、φ を L に制限して得られる N への単体写像を φ|L : L → N と書く。こ のとき、ホモロジー群とコホモロジー群には準同型 φ∗ : Hn (K, L) → Hn (M, N ) および φ∗ : H n (M, N ) → H n (K, L) が誘導される。 二つの単体写像 φ, ψ : (K, L) → (M, N ) が近接するとは、φ, ψ : K → M が近接し、か つ φ|L , ψ|L : L → N が近接することをいう。このとき、次が成り立つ。 命 題 10.4. φ, ψ : (K, L) → (M, N ) が 近 接 す る 単 体 写 像 で あ る と き 、φ∗ = ψ∗ : Hn (K, L) → Hn (M, N ), φ∗ = ψ ∗ : H n (K, L) → H n (M, N ) である。 証明. 命題 10.2 の証明で定義した Φn : Cn (K) → Cn+1 (L) は Φn (Cn (M )) ⊂ Cn (N ) を 満たすので、Φ̄n : Cn (K, M ) → Cn (L, N ) を誘導し、Φn と同様の関係式が成り立つ。こ れから、命題 10.2 と同様に主張は証明される。 さて、ただ一つの n 単体 σ = {v0 , . . . , vn } とその面全体からなる n 次元単体複体を K(Dn ) と書き、K(Dn ) から σ を除いて得られる n − 1 次元単体複体を K(S n−1 ) と書 くのであった(§9.1 を参照)。定義から、 q ̸= n のとき Cq (K(Dn ), K(S n−1 )) = 0 で、 Cn (K(Dn ), K(S n−1 )) は [v0 , . . . , vn ] ∈ Cn (K(Dn )) の像により生成される Z と同型な 群であるから、次がわかる。 命題 10.5. n ≧ 0 のとき、対 (K(Dn ), K(S n−1 )) のホモロジー群・コホモロジー群は以 下のようになる: { Z 0 { Z H q (K(Dn ), K(S n−1 )) ∼ = 0 Hq (K(Dn ), K(S n−1 )) ∼ = 49 q = n のとき q ̸= n のとき、 q = n のとき q ̸= n のとき。 さらに、Hn (K(D n ), K(S n−1 )) は [v0 , . . . , vn ] の像により生成される。 上の命題から、対のホモロジー・コホモロジー完全系列を用いて、K(S n ) のホモロジー 群・コホモロジー群を求めることができる。 命題 10.6. n ≧ 1 のとき、K(S n ) のホモロジー群・コホモロジー群は以下のようになる: { Hq (K(S n )) ∼ = Z 0 { Z H q (K(S n )) ∼ = 0 q = n または q = 0 のとき その他のとき、 q = n または q = 0 のとき その他のとき。 証明. n ≧ 1 なので K(S n ) は連結である。よって、H0 (K(S n )) ∼ = Z, H 0 (K(S n )) ∼ =Z n+1 n である。q ≧ 1 のとき、対 (K(D ), K(S )) のホモロジー完全系列の一部 ∂q∗ Hq+1 (K(Dn+1 )) → Hq+1 (K(Dn+1 )), K(S n )) → Hq (K(S n )) → Hq (K(Dn+1 )) において、命題 10.3 により両端の項が 0 となるから、中央の ∂q∗ は同型となる。よって、命 題 10.5 により q = n ならば Hq (K(S n )) ∼ = Z となり、そうでないときは Hq (K(S n )) = 0 となる。 コホモロジー群についても、コホモロジー完全系列の一部 δq∗ H q (K(Dn+1 )) → H q (K(S n )) → H q+1 (K(Dn+1 ), K(S n )) → H q+1 (K(Dn+1 )) から、同様にして求める結論を得る。 さらに、上の議論で連結準同型の構成を追うことで、Hn (K(S n )), H n (K(S n )) の生成 元を次のように具体的に求めることができる。 命題 10.7. Hn (K(S n )) ∼ = Z の生成元の一つは n+1 ∑ (−1)i [v0 , . . . , vˆi , . . . , vn+1 ] ∈ Zn (K(S n )) i=0 により代表される。また、H n (K(S n )) ∼ = Z の生成元の一つは [v1 , . . . , vn+1 ]∗ ∈ Z n (K(S n )) により代表される。 50 10.2 連続写像とコホモロジー 単体複体 K, L と多面体の間の連続写像 f : |K| → |L| に対して、ホモロジー群の準同 型 f∗ : Hn (K) → Hn (L) およびコホモロジー群の準同型 f ∗ : H n (L) → H n (K) を定義 したい。それには連続写像 f を単体写像で近似し、それが誘導する準同型として f∗ , f ∗ を定義するのが基本方針である。 10.2.1 重心細分と単体近似 定義 10.8. 単体写像 φ : K → L が連続写像 f : |K| → |L| の単体近似であるとは、K の 任意の頂点 v ∈ K (0) に対して、 f (O(v, K)) ⊂ O(φ(v), L) が成立することである。 とくに、連続写像 f がある単体写像 φ : K → L から定まる写像 |φ| : |K| → |L| であ る場合は、φ が f = |φ| の単体近似となる。また、次は定義から直ちに分かる。 命題 10.9. 連続写像 f : |K| → |L|, g : |L| → |M | に対して、φ : K → L が f の単体近 似、ψ : L → M が g の単体近似であれば、ψ ◦ φ : K → M は g ◦ f : |K| → |M | の単体 近似である。 単体近似は、もとの写像とホモトピックである。すなわち、 命題 10.10. 単体写像 φ : K → L が連続写像 f : |K| → |L| の単体近似であるとき、 |φ| ≃ f : |K| → |L| である。 証明. 各 x ∈ |K| に対して、f (x) と |φ|(x) が共通に属する L の単体 |τ | が存在するこ とをいえばよい。すると、h(x, t) = (1 − t)|φ|(x) + tf (x) が望むホモトピーとなること がわかる。そこで、x ∈ |K| を任意に与える。 x= k ∑ si vi , f (x) = i=0 l ∑ tj wj j=0 とそれぞれ凸結合で表す。ただし、vi ∈ K (0) , wj ∈ L(0) であり、すべての i, j に対して si , tj > 0 であるとする。τ = {w0 , . . . , wl } とおけば、τ ∈ L であり、f (x) ∈ |τ | であ ∩k ∩l る。一方 x ∈ i=0 O(vi , K) であるから、単体近似の定義より f (x) ∈ j=0 O(φ(vi ), L) である。したがって、{φ(v0 ), . . . , φ(vk )} ⊂ {w0 , . . . , wl } = τ であるから、|φ|(x) = ∑k i=0 si φ(vi ) ⊂ |τ | である。 上の命題から、直ちに次がしたがう。 51 命題 10.11. 単体近似は、存在すればホモトピーを除いて一意的である。すなわち、連続写 像 f : |K| → |L| の任意の二つの単体近似 φ, ψ : K → L に対して、|φ| ≃ |ψ| : |K| → |L| である。 また、ホモロジー・コホモロジー群に誘導する準同型については、次の重要な結果が成 り立つ。 命題 10.12. φ, ψ : K → L がともに連続写像 f : |K| → |L| の単体近似であるとき、 φ∗ = ψ ∗ : H n (L) → H n (K) φ∗ = ψ∗ : Hn (K) → Hn (L), である。 証明. 命題 10.2 により、φ, ψ が近接することを示せばよい。σ = {v0 , . . . , vn } を K の ∩n 単体とする。命題 7.4 により、 i=0 O(vi , K) ̸= ∅ である。一方、φ, ψ ともに f の単体 近似であるから、f (O(vi , K)) ⊂ O(φ(vi ), L) ∩ O(ψ(vi ), L) である。よって、 n ∩ O(φ(vi ), L) ∩ i=0 n ∩ O(ψ(vi ), L) ⊃ i=0 n ∩ ( f (O(vi , K)) ⊃ f i=0 n ∩ ) O(vi , K) ̸= ∅ i=0 である。よって、再び命題 7.4 により、{φ(v0 ), . . . , φ(vn ), ψ(v0 ), . . . , ψ(vn )} ∈ L であ る。すなわち、φ(σ) ∪ ψ(σ) ∈ L であるから、φ, ψ は近接する。 与えられた連続写像 f : |K| → |L| に対して単体近似は必ずしも存在しないが、定義域 K の単体を以下に説明するように十分細分することによって、単体近似をつくることが可 能になる。K の n 単体 σ = {v0 , . . . , vn } に対して、σ̂ を |σ| の重心とする。すなわち、 σ̂ = n ∑ i=0 1 vi ∈ |σ| ⊂ |K| n+1 と定義する。もちろん σ ̸= σ ′ ならば σ̂ ̸= σ̂ ′ となる。 定義 10.13. 単体複体 K に対して、 Sd K = {{σ0 , . . . , σq } | ∅ ̸= σ0 ⫋ σ1 ⫋ · · · ⫋ σq ∈ K} とおくと、Sd K は単体複体となる。Sd K を K の重心細分という。 L が K の部分複体のとき、定義から Sd L は Sd K の部分複体となる。K の単体 σ に対して σ とその面全体のなす部分複体を K(σ) とする。つまり、 K(σ) = {σ ′ ∈ K | σ ′ ⊂ σ} とする。このとき、 Sd K = ∪ σ∈K 52 Sd K(σ) となることに注意する。 Sd K の単体 τ は τ = {σ0 , . . . , σq }, σ0 ⫋ · · · ⫋ σq という形に表されるが、このとき 簡単に τ = {σ0 ⫋ σ1 ⫋ · · · ⫋ σq } と書くことにしよう。上の定義に従えば、重心細分 Sd K は、いささか奇妙なことに K の単体 σ を頂点としているが、むしろ幾何的には、その重心 σ̂ を頂点であると考えてい る。いま σj の次元を d(j) とすると d(0) < · · · < d(q) となり、 σj = {v0 , v1 , . . . , vd(j) } (j = 0, . . . , q) (⋆) と表すことができる。重心 σ̂0 , σ̂1 , . . . , σ̂q はすべて単体 |σq | の点であり、容易にわかる とおり RK (0) の中でアフィン独立である。そこで、 |τ |Sd = conv{σ̂0 , σ̂1 , . . . , σ̂q } ⊂ |σq | ⊂ |K| ∑q ∑q とおけば、同相写像 hτ : |τ | → |τ |Sd が hτ ( i=0 ti σi ) = i=0 ti σ̂i で定義される。命 題 7.3 (2) より、これらを貼り合わせた連続写像、すなわち、各 τ ∈ Sd K に対して h||τ | = hτ となるような連続写像 h : | Sd K| → |K| が一意的に存在する。さらに、h は 同相写像となる(このことの証明には手数を要するが、図形的には十分認められるであ ろう)。 そこで、以後はこの同相写像 h によって |K| = | Sd K| とみなす。このとき τ ∈ Sd K に対して |τ | ⊂ | Sd K| は |τ |Sd ⊂ |K| と同一視されるから、その意味で |τ |Sd を単に |τ | と書く。Sd0 K = K, Sd1 K = Sd K, Sdi K = Sd(Sdi−1 K) (i = 2, 3, . . .) と帰納的に 定義し、|K| = | Sd K| = · · · = | Sdi K| とみなす。τ ∈ Sdi K に対して |τ | は |K| の部 分集合とみなすことができる。 (0) |K| には(有限)直積 RK 上の直積位相からの相対位相を入れていたのだった。よっ (0) て、|K| 上の位相は、RK 上のユークリッド距離(の制限)から定まるものと考えるこ とができる。この距離に関して、次が成り立つ。 補題 10.14. K を dim K ≦ n なる単体複体とする。任意の r ≧ 0, τ ∈ Sdr K に対し て、|τ | ⊂ |K| とみなすとき、ユークリッド距離に関して √ diam |τ | ≦ 2 ( n n+1 )r である。 この補題の証明の基本になる原理は次のものである。 補題 10.15. F = {v0 , . . . , vm } をノルム空間 (V, ∥ · ∥) の空でない有限部分集合とする とき、 (1) 任意の u ∈ V および v ∈ conv F に対して ∥u − v∥ ≦ maxi ∥u − vi ∥ である。 53 (2) diam(conv F ) = maxi,j ∥vi − vj ∥ である。 ∑m 証明. (1) v = i=0 ti vi と凸結合に表せば、 m m ∑ ∑ ∥u − v∥ = tj (u − vi ) ≦ ti ∥u − vi ∥ ≦ max ∥u − vi ∥ i i=0 i=0 である。 (2) 任意に x, y ∈ conv F を与える。(1) において u = x, v = y とすると ∥x − y∥ ≦ maxi ∥x − vi ∥ となり、u = x, v = vi とすると ∥x − vi ∥ ≦ maxj ∥vi − vj ∥ となる。以上 を合わせて、 ∥x − y∥ ≦ max ∥x − vi ∥ ≦ max ∥vi − vj ∥ i i,j となる。よって、diam(conv F ) ≦ maxi,j ∥vi − vj ∥ である。反対向きの不等号は明らか である。 補題 10.14 の証明. r ≧ 0 に関する帰納法で証明する。√ r = 0 のとき、τ ∈ Sd0 K = K とすると、τ の相異なる頂点の間のユークリッド距離は 2 であるから、補題 10.15 (2) √ から diam |τ | = 2 である。 次に、r − 1 のときに証明されたとして τ ∈ Sdr K = Sd(Sdr−1 K) とする。dim K ≦ n であるから、dim τ = k とおくと k ≦ n である。τ = {σ0 ⫋ · · · ⫋ σk } と表せば、補題 10.15 (2) により、ある 1 ≦ j < j ′ ≦ k に対して diam |τ | = ∥σ̂j − σ̂j ′ ∥ である。ここで、 ∥ · ∥ はユークリッドノルムを表す。 σj = {v0 , . . . , vk }, σj ′ = {v0 , . . . , vl } (k < l ≦ n) という形に表せば、補題 10.15 (1) よ り、ある p ∈ {0, . . . , k} に対して ∥σ̂j − σ̂j ′ ∥ ≦ ∥vp − σ̂j ′ ∥ である。また、σj ′ ∈ Sdr−1 K √ であるから、帰納法の仮定により diam |σj ′ | ≦ 2(n/(n + 1))r−1 である。以上をまと めて、 l l ∑ 1 1 ∑ diam |τ | = ∥σ̂j − σ̂j ′ ∥ ≦ ∥vp − σ̂j ′ ∥ = (vp − vq ) ≦ ∥vp − vq ∥ l+1 l+1 q=0 q=0 ( ( )r−1 )r √ √ n n l l ≦ diam |σj ′ | ≦ · 2 ≦ 2 l+1 l+1 n+1 n+1 となる。第 2 行目の最初の不等号で ∥vp − vp ∥ = 0 に注意せよ。 |K| = | Sdr K| と同一視すると、開星状体による開被覆 OSdr K は |K| の開被覆である と考えることができるが、このとき次が成り立つ。 命題 10.16. K を単体複体とし、U を |K| の開被覆とする。このとき、十分大きな r ≧ 0 に対して、OSdr K は U の細分となる。 証明. K は有限単体複体としているから、|K| はユークリッド距離に関してコンパクト距 離空間となる。よって、開被覆 U のルベーグ数 δ > 0 が存在する。いま n = dim K と 54 √ して、 2(n/(n + 1))r < δ となるように十分大きく r を取ると、補題 10.14 によって、 各 v ∈ (Sdr K)(0) に対して O(v, Sdr K) ⊂ B(v, √ 2(n/(n + 1))r ) ⊂ B(v, δ) である。この右辺の開球体 B(v, δ) はルベーグ数の定義により、ある Uv ∈ U に含まれ る。よって、OSdr K は U の細分である。 定理 10.17 (単体近似定理). K, L を単体複体、f : |K| → |L| を連続写像とする。この とき、ある r ≧ 0 に対して f の単体近似 φ : Sdr K → L が存在する。 証明. 開星状体による |L| の開被覆 OL を考え、その f による逆像を U とする。すな わち、 U = {f −1 (O(w, L)) | w ∈ L(0) } とする。U は |K| の開被覆であるから、命題 10.16 により、ある r ≧ 0 に対して、OSdr K は U の細分となる。そこで、Sdr K の各頂点 v に対して、wv ∈ L(0) を O(v, Sdr K) ⊂ f −1 (O(wv , L)) であるように選ぶ。このとき、φ(v) = wv は単体写像 φ : Sdr K → L を 定める。実際、σ = {v0 , . . . , vk } ∈ Sdr K とすると、命題 7.4 により、 ∅ ̸= k ∩ ( O(vi , Sdi K) ⊂ f −1 i=0 k ∩ ) O(φ(vi ), L) i=0 ∩k O(φ(vi ), L) ̸= ∅ となる。よって、再び命題 7.4 を用いると、φ(σ) = {φ(v0 ), . . . , φ(vk )} ∈ L が分かる。さらに、Sdr K の各頂点 v に対して であるから、 i=0 f (O(v, Sdr K)) ⊂ O(wv , L) = O(φ(v), L) であるから、φ は f : | Sdr K| = |K| → |L| の単体近似である。 連続写像が誘導する準同型 単体近似定理を用いて、連続写像 f : |K| → |L| が誘導する準同型 f∗ : Hn (K) → Hn (L) および f ∗ : H n (L) → H n (K) を定義しよう。ここで f の単体近似の定義域は一般には K ではなく、それを何回か重心細分したもの Sdr K であるから、K と Sdr K のホモロ ジー群あるいはコホモロジー群を同一視する方法が必要になる。その方法の概略を述べ よう。 まず、細分作用素と呼ばれる準同型 Sdn : Cn (K) → Cn (Sd K) を定義することからは じめる。これは図形的には、各単体を、それを細分する Sd K の単体たちの和にうつす写 像である。 まず準備として、n 単体 σ ∈ K に対して、準同型 bσ : Cn (Sd K(σ)) → Cn+1 (Sd K(σ)) を、 10.2.2 bσ ([σ0 , . . . , σn ]) = [σ, σ0 , . . . , σn ] 55 によって定義する。この上で、細分作用素 Sdn を n に関する帰納法によって構成する。 n < 0 のときは Sdn = 0 とする。Sd0 : C0 (K) → C0 (Sd K) は自然に Sd0 ([v]) = [{v}] と定義する。k ≧ 1 とし、n < k に対しては Sdn が定義され、次が成り立つとする。 (1) Sdn−1 ◦∂n = ∂n′ ◦ Sdn : Cn (K) → Cn−1 (Sd K) (2) 各 n 単体 σ ∈ K に対して、Sdn (Cn (K(σ))) ⊂ Cn (Sd K(σ)) ここで、∂n , ∂n′ はそれぞれ K, Sd K に対するバウンダリ作用素を表す。このとき、 Sdk : Ck (K) → Ck+1 (Sd K) を、K の有向 n 単体 σ̄ が σ ∈ K を向き付けているとき Sdk (σ̄) = bσ ◦ Sdn−1 ◦∂k (σ̄) とおくことで定義する。このとき、Sdk が上記の性質 (1), (2) を満たしていることは定義 から確かめられる。 こうして、細分作用素 Sdn : Cn (K) → Cn (Sd K) が定義された。性質 (1) によって、 n Sdn は準同型 Sdn∗ = Sd∗ : Hn (K) → Hn (Sd K) を誘導する。また、Sd∨ n : C (Sd K) → C n (K) は準同型 Sd∗n = Sd∗ : H n (Sd K) → H n (K) を誘導する。 問 題 10.2. 細 分 作 用 素 は 次 の よ う に 直 接 表 す こ と も で き る 。K の 有 向 n 単 体 [v0 , v1 , . . . , vn ] に対して、 ∑ Sdn ([v0 , v1 , . . . , vn ]) = sgn(ρ)[σρ,0 , σρ,1 , . . . , σρ,n ] ρ∈Sn+1 である。ここで、Sn+1 は {0, 1, . . . , n} の置換全体、sgn(ρ) は置換 ρ の符号を表し、 σρ,i = {vρ(i) , vρ(i+1) , . . . , vρ(n) } ∈ K = (Sd K)(0) とする。とくに、K の任意の有向 n 単体 σ̄ に対して、Sdn (σ̄) は Sd K の (n + 1)! 個の有向 n 単体の和となる。 問題 10.3. 単体写像 φ : K → L に対して、単体写像 Sd φ : Sd K → Sd L が (Sd φ)(σ) = φ(σ) により定義される。さらに、任意の r ≧ 2 に対して Sdr φ : Sdr K → Sdr L が Sdr φ = Sd(Sdr−1 φ) により帰納的に定義される。このとき、以下の図式は可換となる。 Cn (K) φ♯ Sdn ◦···◦Sdn Cn (Sdr K) / Cn (L) Sdn ◦···◦Sdn Sdr φ♯ / Cn (Sdr L) ここで、垂直な矢印は細分作用素 r 個の合成を表している。 問題 10.4. 問題 10.3 の単体写像 Sd φ : Sd K → Sd L に対して、次が成り立つ。σ ∈ K, x ∈ |σ| のとき、| Sd φ|(x) ∈ |φ(σ)| である。したがって、ホモトピー H : |K| × I → |L| が H(x, t) = (1 − t)| Sd φ|(x) + t|φ|(x) 56 によって定義されるから、| Sd φ| ≃ |φ| : |K| → |L| である。帰納法により、任意の r ≧ 1 に対して、| Sdr φ| ≃ |φ| : |K| → |L| となる。(一般的に、| Sd φ| = |φ| とはならない。) 準同型 Sd∗ , Sd∗ は実際には同型となるが、それを証明するには逆写像を構成すればよ い。この逆写像の構成を簡単に述べよう。Sd K の頂点 σ は、K の単体である。そこで、 σ の頂点を一つえらび、それを π(σ) とすれば、π が単体写像 π : Sd K → K を与える。 ここでは証明を省略するが、このとき、π の誘導する準同型 π∗ : Hn (Sd K) → Hn (K) と π ∗ : H n (Sd K) → H n (K) が、それぞれ Sd∗ , Sd∗ の逆を与えることが示される。 次のことは、直接の計算で確かめられる。 問題 10.5. π : Sd K → K が定める連続写像 |π| : | Sd K| = |K| → |K| は、恒等写像 id|K| : |K| → |K| の単体近似である。とくに、|π| は id|K| とホモトピックである。 さて、K, L を単体複体とし、f : |K| → |L| を連続写像とする。単体近似定理 10.17 に より、十分大きな r ≧ 1 に対して、f の単体近似 φ : Sdr K → L が存在する。すると、 i i+1 同型の列 Sd(i) K) (i = 0, 1, . . . , r − 1) によって Hn (K) と ∗ : Hn (Sd K) → Hn (Sd i Hn (Sd K) は結ばれるので、準同型 f∗ : Hn (K) → Hn (L) を (0) f∗ = φ∗ ◦ Sd(r−1) ◦ · · · ◦ Sd(1) ∗ ∗ ◦ Sd∗ : Hn (K) → Hn (L) に よ っ て 定 義 す る 。こ の f∗ が 連 続 写 像 f : |K| → |L| の み に 依 存 し 、単 体 近 似 φ : Sdr K → L の選び方によらないことは確かめる必要がある。 それには以下のようにすればよい。ψ : Sds K → L をもう一つの単体近似とする。 s ≧ r であるとして一般性を失わない。このとき i = r, r + 1, . . . , s − 1 に対して、単体 写像 π (i) : Sdi+1 K = Sd(Sdi K) → Sdi K をさきほどと同様に定義すると、上で述べた ように π∗ = (Sd∗(i) )−1 である。このとき、問題 10.5 と命題 10.9 から分かるように、 (i) φ ◦ π (r) ◦ π (r+1) ◦ · · · ◦ π (s−1) : Sds K → L は f = f ◦ id ◦ · · · ◦ id の単体近似になる。このことから、命題 10.12 により、 ψ∗ = (φ ◦ π (r) ◦ π (r+1) ◦ · · · ◦ π (s−1) )∗ (r) (r+1) = φ∗ ◦ π∗ ◦ π∗ (s−1) ◦ · · · ◦ π∗ となる。よって、 (0) (r−1) (0) ψ∗ ◦ Sd(s−1) ◦ · · · ◦ Sd(1) ◦ · · · ◦ Sd(1) ∗ ∗ ◦ Sd∗ = φ∗ ◦ Sd∗ ∗ ◦ Sd∗ である。これで、f∗ : Hn (K) → Hn (L) が単体近似の取り方によらずに定義されること が証明できた。コホモロジーについても同様に、f の単体近似 φ : Sdr K → L をとり f ∗ = Sd(0)∗ ◦ Sd(1)∗ ◦ · · · Sd(r−1)∗ ◦φ∗ : H n (L) → H n (K) と定義すれば、これは単体近 似の選び方によらない。 さらに、連続写像 f : |K| → |L|, g : |L| → |M | に対して (g ◦ f )∗ = g∗ ◦ f∗ , (g ◦ f )∗ = f ∗ ◦ g ∗ となることも、命題 10.9 と命題 10.12 から分かる。 57 ホモトピー不変性 連続写像 f : |K| → |L| がホモロジー群・コホモロジー群に誘導する準同型は、実際に は f のホモトピー類だけから決定される。すなわち、次の定理が成り立つ。 10.2.3 定理 10.18 (ホモトピー不変性). f, g : |K| → |L| がホモトピックな連続写像であると き、f∗ = g∗ : Hn (K) → Hn (L), f ∗ = g ∗ : H n (L) → H n (K) である。 証明. まず、|K| 上の距離 d を固定し(補題 10.14 の直前を参照) 、|K| × I 上の距離(こ ′ ′ ′ ′ れも d で表す)を d((x, t), (x , t )) = max{d(x, x ), |t − t |} で定める。F : |K| × I → |L| を F0 = f, F1 = g なるホモトピーとする。L の開星状体のなす開被覆 OL の F による 引き戻し U = {F −1 (O(w, L)) | w ∈ L(0) } はコンパクト距離空間 |K| × I の開被覆をなすから、U のルベーグ数 δ > 0 が存在する。 整数 N ≧ 1 を十分大きく取り、1/N < δ となるようにしよう。 f∗ = g∗ , f ∗ = g ∗ を証明するには、i = 0, 1, . . . , N − 1 に対して Fi/N ∗ = F(i+1)/N ∗ , ∗ ∗ Fi/N = F(i+1)/N を証明すればよい。そこで i ∈ {0, 1, . . . , N − 1} とする。 dim K = n とし、整数 r ≧ 0 √ r を 2(n/(n + 1)) < δ となるように十分大きく取れば、δ の取り方から、Sdr K の各頂 点 v に対して、L の頂点 wv であって、 O(v, Sdr K) × [i/N, (i + 1)/N ] ⊂ F −1 (O(wv , L)) となるようなものが存在する(命題 10.16 の証明を参照)。すると、単体近似定理 10.17 の証明と同様にして、φ(v) = wv (v ∈ (Sdr K)(0) ) によって単体写像 φ : (Sdr K) → L が定まることが確かめられる。ところが φ は、その構成から、Fi/N の単体近似であると 同時に F(i+1)/N の単体近似である。よって、 Fi/N ∗ = φ∗ = F(i+1)/N ∗ , ∗ ∗ Fi/N = φ∗ = F(i+1)/N である。これで証明が終わった。 10.3 写像度とその計算 向き付けられた同一次元の連結閉多様体の間の連続写像に対するホモトピー不変量とし て、写像度が有名である。とくに、円周 S 1 からそれ自身への連続写像 f : S 1 → S 1 の 写像度は、巻き付きの回数という図形的解釈をもつ。またこの場合では、同じ写像度を もつ写像はホモトピックになるという意味で、写像度が完全なホモトピー不変量になっ ている。ところで、多くの文献での写像度の定義には、ホモロジー群が用いられている。 58 具体的には、向き付けられた n 次元閉多様体の間の連続写像 f : M → N に対して、 f∗ : Z ∼ = Hn (M ) → Hn (N ) ∼ = Z が d 倍写像であるとき、 f の写像度は d であるという のであった*15 。本稿においては、連続写像の拡張を論じる際にホモロジーよりもコホモ ロジーが自然であることから、写像度をコホモロジーを用いて定式化する。また、定義域 を多様体に限定せずに考えるため、写像度の値は整数ではなくコホモロジー類とする。 n ≧ 1 とする。命題 10.7 により、K(S n ) の n 次元コホモロジー群 H n (K(S n )) ∼ =Z ∗ n n の生成元の一つは、コサイクル [v1 , . . . , vn+1 ] ∈ Z (K(S )) によって代表されるので あった。以下では ιn = [v1 , . . . , vn+1 ]∗ と書く。ιn のコホモロジー類 [ιn ] は H n (K(S n )) を生成する。 定義 10.19. n を正の整数、K を単体複体とする。連続写像 f : |K| → |K(S n )| の写像 度 (degree) ∆f を、コホモロジー類 ∆f = f ∗ ([ιn ]) ∈ H n (K) として定義する。 ホモトピー不変性定理 10.18 から、写像度はホモトピー不変量である。すなわち、連続 写像 f, g : |K| → |K(S n )| に対して f ≃ g ならば ∆f = ∆g である。 n ≧ 1 のとき、連続写像 f : |K(S n )| → |K(S n )| の写像度 ∆f について考えよう。こ のときは、∆f = df · [ιn ] を満たすような整数 df がただ一つに定まるから、∆f は整数 df によって表すことができる。そこで、この場合は単にこの整数 df のことを f の写像 度と呼ぶ。この「整数値写像度」は、さきにふれたホモロジーにより定義された写像度と 一致する。これは、ホモロジー代数でよく知られた普遍係数定理の帰結である*16 。 問題 10.6. n ≧ 1 とし、f : |K(S n )| → |K(S n )| を連続写像とする。f = id のとき df = 1 であり、f が定数写像のとき df = 0 である。 さて、写像度の計算のために、重心細分と有向単体の関係について用語を準備しておく。 K を単体複体として、σ = {v0 , . . . , vn } ∈ K を n 単体、σ̄ = [v0 , . . . , vn ] ∈ Cn (K) をそ れを向き付ける有向 n 単体とする。このとき、Sdn (σ̄) ∈ Cn (Sd K) は問題 10.2 の通り、 Sd K の (n + 1)! 個の有向 n 単体の和に表される。これらの有向 n 単体を、σ̄ と同調す る有向 n 単体という。一般に r ≧ 0 に対して、Sdr K の有向 n 単体 τ̄ ∈ Cn (Sdr K) が σ̄ ∈ Cn (K) と同調するとは、隣同士が同調する有向 n 単体の列 σ̄, σ̄1 , . . . , σ̄r−1 , τ̄ ここで、Hn (M ), Hn (N ) は整係数特異ホモロジー群を表す。また、同型 Hn (M ) ∼ = Z, Hn (N ) ∼ =Z はそれぞれ固定されているものとする。これらの同型を固定することが、M, N の多様体としての向きを 指定することにほかならない。 *16 正確にいえば、普遍係数定理が保証する短完全系列の自然性を用いる。また、特異ホモロジー群と単体複 体のホモロジー群との一致も用いる。 *15 59 が存在することをいう*17 。このとき、−τ̄ は −σ̄ と同調していることに注意する。 問題 10.7. K を単体複体、r ≧ 0 とする。単体写像 π (i) : Sdi+1 K → Sdi K (i = 0, 1, . . . , r − 1) を §10.2.2 の通りに定義し、合成 π (0) ◦ · · · ◦ π (r−1) を簡単に π と書く。 (j ̸= j ′ のとき τ̄j ̸= τ̄j ′ とする。)このとき、次が成り立つ。 (1) |π| : |K| → |K| は恒等写像にホモトピックである(問題 10.5 を用いよ)。 (2) K の有向 n 単体 σ̄ を一つ固定し、Sdr K(σ) の σ̄ と同調する有向 n 単体の全体 を {τ̄j | 1 ≦ j ≦ N } と書く。このとき、ただ一つの j0 に対して π♯ (τ̄j0 ) = σ̄ (⋆) が成り立ち、さらに、j ̸= j0 のときは π♯ (τ̄j ) = 0 である。 (3) (2) の τ̄j0 は、単体写像 π (i) : Sdi+1 K → Sdi K (i = 0, 1, . . . , r − 1) の取り方に 依存することに注意する。逆に j0 ∈ {1, . . . , N } が任意に与えられたとき、これら の単体写像を適切に選ぶことで、τ̄j0 が (⋆) を満たすようにできる。 次に、n ≧ 1 のとき、f : |K(S n )| → |K(S n )| の写像度 df ∈ Z の計算のために、 Sdr K(S n ) (r = 0, 1, 2, . . .) の有向 n 単体に対して正負の概念を定義しておこう。まず、 r = 0 のとき、K(S n ) の正の有向 n 単体とは σ̄i = (−1)i [v0 , . . . , vˆi , . . . , vn+1 ] (i = 0, 1, . . . , n + 1) (♯) のことと定義する。一般に r ≧ 0 に対して、Sdr K(S n ) の正の有向 n 単体を、K(S n ) のある正の有向 n 単体と同調する有向 n 単体として定義する。 Sdr K(S n ) の有向 n 単体 σ̄ に対して、−σ̄ が正の有向 n 単体であるとき、σ̄ は負の有 向 n 単体であるという。Sdr K(S n ) のすべての有向 n 単体は正負のどちらかであり、そ れぞれ (n + 2) · ((n + 1)!)r 個ある。 例 10.20. n = 1 の場合を考えよう。このとき K(S 1 ) は 3 個の 1 単体 σ01 = {v0 , v1 }, σ12 = {v1 , v2 }, σ20 = {v2 , v0 } および 3 個の 0 単体 σ0 = {v0 }, σ1 = {v1 }, σ2 = {v2 } からなる。K(S 1 ) の正の有向 1 単体は [v0 , v1 ], [v1 , v2 ], [v2 , v0 ] の 3 個である。このうち、例えば最初の [v0 , v1 ] に従属する Sd K(S 1 ) の(正の)有向 1 単体は [σ0 , σ01 ], [σ01 , σ1 ] の 2 個である。同様にして [v1 , v2 ], [v2 , v0 ] にもそれぞれ 2 個 の正の有向 1 単体が従属し、結局 Sd K(S 1 ) の正の有向 1 単体は [σ0 , σ01 ], [σ01 , σ1 ], [σ1 , σ12 ], [σ12 , σ2 ], [σ2 , σ20 ], [σ20 , σ0 ] の 6 個となる。帰納法によって示されるとおり、任意の r ≧ 0 に対して、Sdr K(S 1 ) の N = 3 · 2r 個の頂点を w1 , . . . , wN と適当に番号づければ、Sdr K(S 1 ) の正の有向 1 単 *17 r = 0 のとき、これは σ̄ = τ̄ を意味するものとする。 60 体は [w1 , w2 ], [w2 , w3 ], . . . , [wN −1 , wN ], [wN , w1 ] の N 個となる。 写像度の計算のために、次のことを証明しておく。 補題 10.21. 準同型 ηn : Z n (K(S n )) = C n (K(S n )) → Z を ηn (u) = u (n+1 ∑ ) σ̄i i=0 によって定義する。ただし、σ̄i (i = 0, 1, . . . , n + 1) は例 10.20 の前に (♯) で定義したと おりとする。このとき、ηn は同型 η̄n : H n (K(S n )) → Z を誘導する。 証明. まず、ηn が準同型 η̄n : H n (K(S n )) → Z を誘導することを証明しよう。そのため には、K(S n ) の任意の有向 n − 1 単体 σ̄ に対して ηn ◦ δn−1 (σ̄ ∗ ) = 0 を示せばよい。こ のとき σ̄ = [v0 , . . . , vˆi , . . . , vˆj . . . , vn+1 ] の形であるとしてよい。命題 10.1 のコバウンダ リ作用素の表示から、 δn−1 (σ̄ ∗ ) = [vi , v0 , . . . , vˆi , . . . , vˆj . . . , vn+1 ]∗ + [vj , v0 , . . . , vˆi , . . . , vˆj . . . , vn+1 ]∗ = (−1)i+j σ̄j∗ + (−1)i+j−1 σ̄i∗ となるので、ηn ◦ δn−1 (σ̄ ∗ ) = (−1)i+j + (−1)i+j+1 = 0 である。よって、ηn は準同型 η̄n : H n (K(S n )) → Z を誘導する。さらに、ηn (ιn ) = ηn ([v1 , . . . , vn ]∗ ) = ηn (σ̄0∗ ) = 1 で あるから、 η̄n ([ιn ]) = 1 (♮) であり、したがって η̄n は全射となる。ところが、η̄n の定義域 H n (K(S n )) は命題 10.6 により Z と同型であると分かっていた。よって、η̄n が単射でなければ、像は有限となっ て全射性に反する。したがって η̄n は単射でもあり、同型写像である。 定理 10.22. n ≧ 1 として、f : |K(S n )| → |K(S n )| を連続写像、φ : Sdr K(S n ) → K(S n ) をその単体近似とする。Sdr K(S n ) の正の有向 n 単体の全体を {τ̄1 , . . . , τ̄N } と して、j = 1, . . . , N に対して εj = ιn ◦ φ♯ (τ̄j ) と定義する。すなわち、 { εj = ±1 0 φ♯ (τ̄j ) = ±[v1 , . . . , vn+1 ] のとき その他のとき とする。このとき、f の写像度 df は df = ∑N j=1 εj で与えられる。 証明. 連続写像が誘導する準同型の定義より、f ∗ ([ιn ]) = Sd∗n ◦ · · · ◦ Sd∗n ◦φ∗ ([ιn ]) である から、示すべきことは N ∑ εj [ιn ] ∈ H n (K(S n )) Sd∗n ◦ · · · ◦ Sd∗n ◦φ∗ ([ιn ]) = j=1 61 (⋆) である。 いま、K(S n ) の有向 n 単体を補題 10.21 のときのように σ̄i (i = 0, . . . , n) で表すこと にすると、定義から ( ) n ∑ Sdn ◦ · · · ◦ Sdn σ̄i = i=0 N ∑ τ̄j j=1 ∨ ♯ n n であることに注意しよう。(⋆) の左辺は Sd∨ n ◦ · · · ◦ Sdn ◦φ (ιn ) ∈ C (K(S )) によ n n り代表されるから、(⋆) の左辺を補題 10.21 の同型 η̄n : H (K(S )) → Z でうつし ∑n ∑n ∨ ♯ σ̄i ) = ιn ◦ φ♯ ◦ Sdn ◦ · · · ◦ Sdn ( i=0 σ̄i ) = たものは、Sd∨ n ◦ · · · ◦ Sdn ◦φ (ιn )( i=0 ∑N ∑N j=1 ιn ◦ φ♯ (τ̄j ) = j=1 εj である。他方、(⋆) の右辺を η̄n でうつすと、補題 10.21 の ∑N 式 (♮) より、同じく j=1 εj を得る。よって、(⋆) の両辺は同型 η̄n による像が一致す る。したがって、等式 (⋆) が成立する。 写像度により写像のホモトピー類を決定できる最も簡単な場合として、次を証明しよう。 定理 10.23. 連続写像 f : |K(S 1 )| → |K(S 1 )| が定数写像にホモトピックであるために は、df = 0 となることが必要十分である。 証明. まず、必要性は、問題 10.6 と写像度のホモトピー不変性から分かる。十分性を示す ため、連続写像 f : |K(S 1 )| → |K(S 1 )| が df = 0 を満たすとする。f の単体近似の一つを φ : Sdr K(S 1 ) → K(S 1 ) とする。|φ| : | Sdr K(S 1 )| → |K(S 1 )| が定数写像にホモトピッ クであることがいえればよい。更に、σ1 = {v2 , v0 }, σ2 = {v0 , v1 } ∈ K(S 1 ) に対して A = |σ1 |∪|σ2 | ⊂ |K(S 1 )| として、A を一点につぶした空間 S = |K(S 1 )|/A を考える。射 影 p : |K(S 1 )| → S はホモトピー同値写像であるから、合成 ψ = p◦|φ| : | Sdr K(S 1 )| → S に対して、ψ が定数写像にホモトピックといえればよい。 各整数 n と 0 ≦ t ≦ 1 に対して π(n + t) = p((1 − t)v1 + tv2 ) ∈ S とおくこと で、連続写像 π : R → S が得られる。このとき、π ◦ ψ̃ = ψ を満たすような連続写像 ψ̃ : | Sdr K(S 1 )| → R が存在することを証明しよう。もし、このような ψ̃ が存在すれば、 R が可縮であることから ψ は定数写像にホモトピックであることが分かる。 例 10.20 より、Sdr K(S 1 ) の頂点を w1 , . . . , wN と適当に番号づければ、その正の有向 1 単体は [w1 , w2 ], . . . , [wN −1 , wN ], [wN , w1 ] の N 個である。いま、wN +1 = w1 と定義 することにして、最初に εj (j = 1, . . . , N ) を 1 εj = −1 0 φ(wj ) = v1 , φ(wj+1 ) = v2 のとき φ(wj ) = v2 , φ(wj+1 ) = v1 のとき その他のとき で定める。このとき命題 10.22 により df = ∑N j=1 εj であるから、 ∑N j=1 εj = 0 である。 その上で、ψ̃ : | Sd K(S 1 )| → R を k = 1, 2, . . . , N および 0 ≦ t ≦ 1 に対して r ψ̃((1 − t)wk + twk+1 ) = k−1 ∑ j=1 62 εj + εk t とおくことで定義する。さきほど見たように ∑N j=1 εj = 0 であるから、上のような連続 写像 ψ̃ : | Sd K(S )| → R は実際に存在する。このとき、定義から確かめられるとおり、 π ◦ ψ̃ = ψ である。これで証明が終わった。 r 1 10.4 単体複体に関する Hopf の拡張定理 Hopf の拡張定理*18 は、n + 1 次元以下の単体複体 K とその部分複体 L に対して、n 次元球面への連続写像 |L| → S n が |K| 上に拡張可能であるための条件を与えるもので ある。この定理は、代数的トポロジーの教科書では CW 複体の枠組みで、また障害理論 の一部として扱われるのが普通であるが、ここでは単体複体のコホモロジー群で定式化し て証明する。 定理 10.24. n ≧ 1 に対して、f : |K(S n )| → |K(S n )| が定数写像とホモトピックである ためには、df = 0 であることが必要十分である。 定理 10.25 (Hopf の拡張定理). n ≧ 1 とし、(K, L) を dim K ≦ n + 1 なる単体複体 の対とする。このとき、連続写像 f : |L| → |K(S n )| が |K| 上に拡張できるためには、 ∆f ∈ Im(i∗ : H n (K) → H n (L)) が必要十分である。ただし、i : L → K は包含写像を 表す。 以下では、これらの定理を同時に帰納法で証明する。まず、定理 10.24 に関しては n = 1 の場合が定理 10.23 として証明されている。そこで、あとは任意の n ≧ 1 に対 して、 (A) 定理 10.24 が n について成立すれば、定理 10.25 も n について成立すること (B) 定理 10.25 が n について成立すれば、定理 10.24 が n + 1 について成立すること の二つを証明すればよいことになる。まず、いくつかの補題を準備する。 補題 10.26. (K, L) を単体複体の対、i : K → L を包含写像とする。コホモロジー類 α ∈ H n (K) およびコサイクル u ∈ Z n (L) に対して、i∗ (α) = [u] が成り立つとする。こ のとき、α = [ũ] なるコサイクル ũ ∈ Z n (K) を、i♯ (ũ) = u となるように選ぶことがで きる。 証明. Cn (L) が Cn (K) の直和因子をなすことから、i♯ : C n (K) → C n (L) は右逆写像を もつ。すなわち、準同型 s : C n (L) → C n (K) を i♯ ◦ s = idC n (K) となるようにとること ができる*19 。さて、δK , δL により、それぞれ C ∗ (K), C ∗ (L) のコバウンダリ作用素を表 *18 測度論でも同名の定理が知られている。しかし、ここで紹介する定理は Heinz Hopf (1894-1971) によ るものであり、測度論の定理は Eberhard Hopf (1902-1983) によるものであって全く別のものである。 *19 もちろん、この s は具体的に構成できる。u ∈ C n (L) = Hom(Cn (L), Z) に対して、L に属さない K の有向 n 単体の上では 0 として u を Cn (K) 上に拡張したものを s(u) ∈ C n (K) と定義すればよい。 63 すことにしよう。補題の状況で、定義により i♯ (ũ0 ) = u + δL (c) を満たす ũ0 ∈ Z n (K) および c ∈ Cn−1 (L) が存在する。このとき、 i♯ ◦ δK ◦ s(c) = δL ◦ i♯ ◦ s(c) = δL (c) ∈ H n (L) である。そこで、ũ ∈ Z n (K) を ũ = ũ0 − δK ◦ s(c) で定義すると、i♯ (ũ) = u + δL (c) − i♯ ◦ δK ◦ s(c) = u ∈ Z n (L) となる。 補題 10.27. n ≧ 1 とする。任意の N ≧ 0 に対して、r ≧ 0 を十分大きくとると、N 個 の n 単体 τl ∈ Sdr K(D n ) (l = 1, 2, . . . , N ) であって次を満たすようなものが存在する。 (1) 任意の τ ∈ Sdr K(Dn ) に対して、τ ∩ τl ̸= ∅ となる l は高々 1 個に限る。 (2) τ ∈ Sdr K(Dn ) に対して |τ |∩|K(S n−1 )| ̸= ∅ ならば、任意の l に対して τ ∩τl = ∅ である。 証明. 補題 10.14 から、Sdr K(Dn ) の単体の直径の最大値は r → ∞ のとき 0 に近づく。 この事実から、上のことは容易に証明できる。詳細は省略する。 (A) の証明. n ≧ 1 とし、定理 10.24 が n について成立すると仮定する。このとき、 Hopf の拡張定理 10.25 が n について成立することを示そう。そこで、(K, L) を単体複 体の対とし、dim K ≦ n + 1 であるとする。また、f : |L| → |K(S n )| を連続写像とす る。もし、f が連続写像 f˜: |K| → |K(S n )| に拡張可能であれば、f˜ ◦ i = f であるから、 ∆f = f ∗ ([ιn ]) = i∗ ◦ f˜∗ ([ιn ]) ∈ Im(i∗ : H n (K) → H n (L)) である。 逆に、∆f ∈ Im i∗ であるとして、f が |K| 上に拡張可能であることを示そう。このと き、ある単体写像 φ : L → K(S n ) に対して f = |φ| となっているとしても一般性を失わ ない。実際、f の単体近似 φ : Sds L → K(S n ) をつくれば f は |φ| とホモトピックであ る。定理 9.8 により対 (|K|, |L|) = (| Sds K|, | Sds L|) は |K(S n )| に対してホモトピー 拡張性質をもつので、命題 9.7 により、|φ| が |K| 上に拡張可能であることは、f が |K| 上に拡張可能であることと同値である。また、Sds i : Sds L → Sds K を包含写像とする と、写像度 ∆|φ| = φ∗ ([ιn ]) ∈ H n (Sds K) に対して ∆|φ| ∈ Im (Sds i)∗ である。(この事 実は問題 10.3 の可換図式から確かめられる。)そこで、(Sds K, Sds L) を改めて (K, L) であると考え、|φ| を改めて f と考えればよい。 このとき、仮定から [φ♯ (ιn )] = f ∗ ([ιn ]) = ∆f ∈ Im i∗ となるので、補題 10.26 により、 i♯ (µ) = φ♯ (ιn ) (⋆) となるコサイクル µ ∈ Z n (K) が存在する。K の n 単体が M 個、そのうち L に属する ものが M ′ (≦ M ) 個であるとしよう。すると、K の n 単体の全体を {σk | 1 ≦ k ≦ M } 64 と表し、k ≦ M ′ のとき、かつそのときに限り σk ∈ L となるようにできる。各 k ≦ M に対して σk を向き付ける有向 n 単体 σ̄k を選んでおく。このとき、µ ∈ Z n (K) は µ= M ∑ mk σ̄k∗ j=1 と表される。ここで σ̄k の符号を必要なら取りかえることで、mk ≧ 0 であるとしてよい。 補題 10.27 によって、十分大きく r ≧ 0 を固定すれば、任意の k に対して Sdr K(σk ) の mk 個の n 単体 τk,l ∈ Sdr K(σk ) (l = 1, 2, . . . , mk ) を選び、補題 10.27 の (1), (2) の条 n+1 1 件を満たすようにできる。さらに、τk,l の頂点を vk,l , . . . , vk,l とし(番号が 1 から始ま n+1 1 ることに注意)、τ̄k,l = [vk,l , . . . , vk,l ] が σ̄k と同調するようにしておく。 §10.2.2 で定義した単体写像 π (i) : Sdi+1 L → Sdi L (i = 0, . . . , r − 1) の合成を単に π =π (0) ◦ · · · ◦ π (r−1) : Sdr L → L と書く。問題 10.7 (1) により、|π| ≃ id|L| : |L| → |L| となることに注意する。 以上の準備のもと、単体写像 φ̃ : Sdr (K (n) ∪ L) → K(S n ) を φ ◦ π(v) φ̃(v) = vh v0 v ∈ (Sdr L)(0) のとき k,l ある k > M ′ , 1 ≦ l ≦ mk に対して v = vh のとき その他のとき で定義する。この単体写像の定義では、K(S n ) の任意の n + 1 個の頂点が n 単体を張る という事実を用いていることに注意する。以下、記法を簡単にするため、f˜ = |φ̃| と書く。 f˜: |K (n) | ∪ |L| → |K(S n )| に対して、定義と |π| ≃ id|L| から、 f˜||L| = |φ| ◦ |π| = f ◦ |π| ≃ f : |L| → |L| である。再び、対 (|K|, |L|) が |K(S n )| に対してホモトピー拡張性質を持つことから、命 題 9.7 により、f が |K| 上に拡張可能であることと f˜||L| が |K| 上に拡張可能であるこ とは同値である。そこで、あとは f˜ が |K| 上に拡張可能であることを証明すればよい。 そのためには、L に属していない K の各 n + 1 単体 σ に対して、f˜|∂|σ| を |σ| 上に拡張 できればよい(dim K ≦ n + 1 と仮定していたことに注意する)。 そこで、σ を任意のそのような n + 1 単体として、σ の「境界」をなす K の部分複体 K(∂σ) = {σ ′ ∈ K | σ ′ ⫋ σ} を考える。以下では、単体写像 φ̃ の Sdr K(∂σ) への制限を単に φ̃ と書き、連続写像 f˜ の ∂|σ| への制限を単に f˜ と書く。このとき、|K(∂σ)| = ∂|σ|, f˜ = |φ̃| である。 σ の頂点を v0 , . . . , vn+1 と名付けることで、K(∂σ) を K(S n ) と同一視して、Sdr K(∂σ) の正の有向 n 単体の概念を定義する。定理 10.22 を用いて、f˜: ∂|σ| = |K(S n )| → |K(S n )| の写像度 df˜ ∈ Z を計算しよう。 まず、K(∂σ) は n + 1 個の正の有向 n 単体 αi = (−1)i [v0 , . . . , vˆi , . . . , vn+1 ] 65 (i = 0, . . . , n + 1) をもつ。このとき、有向 n 単体 σ̄ = [v0 , . . . , vn+1 ] ∈ Cn+1 (K) について ∂n+1 (σ̄) = n+1 ∑ αi (⋆⋆) i=0 となることに注意する。また、Sdr K(∂σ) の正の有向 n 単体の全体を {βi,j | 0 ≦ i ≦ n + 1, 1 ≦ j ≦ N } と書き、βi,j は αi と同調するようにできる。定理 10.22 によって、 ∑ εi,j = ιn ◦ φ♯ (βi,j ) とするとき df˜ = i,j εi,j である。 そこで、i = 0, 1, . . . , n + 1 に対して N ∑ εi,j = µ(αi ) (♯) j=1 であることを示そう。αi が L の有向 n 単体であるような i と、そうでない i とで場合 分けして議論する。 αi が L の有向 n 単体であるとき、問題 10.7 により、ただ一つ j0 が存在して、 π♯ (βi,j0 ) = αi かつ、j ̸= j0 のとき π♯ (βi,j ) = 0 となる。よって、φ̃ の定義から、 N ∑ φ̃♯ (βi,j ) = j=1 N ∑ φ♯ ◦ π♯ (βi,j ) = φ♯ (αi ) j=1 となる。したがって、(⋆) より、 N ∑ εi,j = j=1 N ∑ ιn ◦ φ̃♯ (βi,j ) = ιn ◦ φ♯ (αi ) j=1 = φ♯ (ιn )(αi ) = i♯ (µ)(αi ) = µ(αi ) である。 次に、αi が L の有向 n 単体でないときを考える。このとき、M ′ < k(i) ≦ M な る k = k(i) および η = η(i) ∈ {1, −1} が存在して、αi = ησ̄k である。このとき、添 え字 j を適当に付け替えれば、βi,j = ητ̄k,j (j = 1, . . . , mk ) とできる。単体写像 φ̃ に よって {v1 , . . . , vn+1 } にうつされる Sdr K(σk ) の n 単体は τk,l (l = 1, . . . , mk ) に限 ることが、補題 10.27 の条件 (1), (2) を満たすように選んだことからわかる。よって、 j > mk のときは φ̃♯ (βi,j ) = 0 である。また、j ≦ mk に対しては φ̃♯ (βi,j ) = φ̃♯ (ητ̄k,j ) = k,j η[φ̃(v1k,j ), . . . , φ̃(vn+1 )] = η[v1 , . . . , vn+1 ] である。このことから、 N ∑ j=1 εi,j = N ∑ ιn ◦ φ̃♯ (βi,j ) = ηmk = ηµ(σ̄k ) = µ(αi ) j=1 となる。以上から、i = 0, 1, . . . , n + 1 に対して (♯) が成り立つことが分かった。 66 µ はコサイクルであるから、(♯), (⋆⋆) により df˜ = n+1 N ∑∑ i=0 j=1 εi,j = n+1 ∑ µ(αi ) = µ(∂n+1 (σ̄)) = δn (µ)(σ̄) = 0 i=0 となる。さて、定理 10.24 を n に対して仮定していたから、df˜ = 0 により f˜: ∂|σ| → |K(S n )| は定数写像 c にホモトピックである。定数写像 c は明らかに |σ| 上に拡張可能 であるので、対 (|σ|, ∂|σ|) が |K(S n )| に対してホモトピー拡張性質を満たすことから f˜ も |σ| 上に拡張可能である。これで (A) の証明が終わった。 (B) の証明. n ≧ 1 とし、Hopf の拡張定理 10.25 が n に対して成り立つことを仮定す る。このとき、定理 10.24 が n + 1 に対して成り立つことを証明しよう。まず、連続写 像 f : |K(S n+1 )| → |K(S n+1 )| が定数写像とホモトピックであるとすると、問題 10.6 に より df = 0 である。 逆に、f : |K(S n+1 )| → |K(S n+1 )| に対して df = 0 であると仮定する。このとき、単 体近似を考えることにより、ある r ≧ 0 と単体写像 φ : Sdr K(S n+1 ) → K(S n+1 ) に対 して f = |φ| であるとしてよい。 K(S n+1 ) の n + 1 単体 σ0 = {v1 , . . . , vn+2 } およびそれを向きづける有向 n + 1 単体 σ̄0 = [v1 , . . . , vn+2 ] に注目しよう。このとき、 (♣) φ(τ ) = φ(τ ′ ) = σ0 となる任意の異なる n + 1 単体 τ, τ ′ ∈ Sdr K(S n+1 ) に 対して、τ ∩ τ ′ = ∅ である としてよい。実際、2 回重心細分 Sd2 K(S n+1 ) の単体 σ0′ には、|σ0′ | ⊂ |σ0 | \ ∂|σ0 | となるものが存在する。この σ0′ を向きづける有向 n + 1 単体で σ̄0 と同調するも のを σ̄0′ とすると、問題 10.7 により、単体写像 π : Sd2 K(S n+1 ) → K(S n+1 ) を、 |π| ≃ id|K(S n+1 )| かつ π♯ (σ̄0′ ) = σ̄0 となるように取ることができる。そこで、合成 ψ = π ◦ Sd2 φ : Sdr+2 K(S n+1 ) → K(S n+1 ) を考えれば、問題 10.4, 10.5 により |ψ| = |π| ◦ | Sd2 φ| ≃ |φ| であり、しかも ψ(τ ) = ψ(τ ′ ) = σ0 となる任意の異なる二つの n + 1 単体 τ, τ ′ ∈ Sdr+2 K(S n+1 ) に対して τ ∩ τ ′ = ∅ である。したがって、r を r + 2 に、φ を ψ にそれぞれ取り換えれば、(♣) が成立するとしてよいことが分かる。 以下、簡単のため K = Sdr K(S n+1 ) と書く。(♣) により、φ(τ ) = σ0 となる K の n + 1 単体の全体を {τk | 1 ≦ k ≦ N } と表し、k ̸= k ′ ならば τk ∩ τk′ = ∅ となるように できる。次に、K の部分複体 M, N, L を M = {σ ∈ K | ある k に対して τ ⊂ τk }, N = K \ {τk | 1 ≦ k ≦ N }, L=M ∩N ∪N ∪N で定義する。このとき、|M | = k=1 |σk |, |L| = k=1 ∂|σk | と交わりのない和集合に表 ∪N され、|N | = Cl(|K| \ k=1 |σk |) である。とくに、H n (M ) = 0 となる。また、K(S n+1 ) 67 の n + 1 単体 σ0 = {v1 , . . . , vn+2 } に注目して、部分複体 K ′ (D n+1 ), K ′ (S n ) を K ′ (Dn+1 ) = {σ ∈ K(S n+1 ) | σ ⊂ σ0 }, K ′ (S n ) = K ′ (Dn+1 ) \ {σ0 } で定義する。|K ′ (D n+1 )| = |σ0 |, |K ′ (S n )| = ∂|σ0 | である。このとき、単体写像からな る以下の可換図式が得られる。 L i /M i0 / K ′ (Dn+1 ) φL K ′ (S n ) /K j φM j0 φ / K(S n+1 ) ここで、水平な矢印はすべて包含写像であり、φL , φM はいずれも φ の制限である。さ らに、 ῑn′ = [v2 , . . . , vn+2 ]∗ ∈ C n (K ′ (Dn+1 )), ι′n = i♯0 (ῑn′ ) ∈ C n (K ′ (S n )) とする。K(S n )) の頂点 vi を K ′ (S n ) の頂点 vi+1 と対応させて K(S n ) を K ′ (S n ) と 同一視するとき、ιn は ι′n と同一視されることに注意する。この同一視により、写像度 ∆|φL | = φ∗L ([ι′n ]) ∈ H n (L) が定義される。 主張 1. |φL | = f ||L| : |L| → |K ′ (S n )| はある連続写像 f0 : |N | → |K ′ (S n )| に拡張で きる。 主張 1 の証明. より強く、f ||L| が |K ′ (S n )| への写像として |K| まで拡張できることを 証明する。いま、Hopf の拡張定理 10.25 が n に対して成り立つことを仮定しているの で、そのためには、 ∆|φL | ∈ Im((j ◦ i)∗ : H n (K) → H n (L)) を証明すればよい。 以下では区別を明確にするため、C ∗ (K), C ∗ (M ) などのコバウンダリ作用素をそれぞ れ δK , δM などと書く。このとき、関係 δK ′ (Dn+1 ) (ῑn′ ) = j0♯ (ιn+1 ) (⋆) が成立することに注意する(命題 10.1 を用いよ) 。いま df = 0 であるから φ∗ ([ιn+1 ]) = 0 であり、したがって φ♯ (ιn+1 ) = δK (µ) となるコチェイン µ ∈ C n (K) が存在する。 δM (j ♯ (µ) − φ♯M (ῑn′ )) を計算すると、(⋆) より δM (j ♯ (µ) − φ♯M (ῑn′ )) = j ♯ ◦ δK (µ) − φ♯M ◦ δK ′ (Dn+1 ) (ῑn′ ) = j ♯ ◦ φ♯ (ιn+1 ) − φ♯M ◦ j0♯ (ιn+1 ) =0 68 である。ところが、H n (M ) = 0 であったから、j ♯ (µ) − φM (ῑn′ ) ∈ B n (M ) であり、した がって、 ♯ (j ◦ i)♯ (µ) − φ♯L (ι′n ) = (j ◦ i)♯ (µ) − φ♯L ◦ i♯0 (ῑn′ ) = i♯ ◦ j ♯ (µ) − i♯ ◦ φ♯M (ῑn′ ) = i♯ (j ♯ (µ) − φ♯M (ῑn′ )) ∈ B n (L) となる。よって、∆|φL | = φ∗L ([ι′n ]) = (j ◦ i)∗ ([µ]) ∈ Im((j ◦ i)∗ : H n (K) → H n (L)) で ある。 主張 1 により存在する f ||L| の拡張 f0 : |N | → |K ′ (S n )| ⊂ |K ′ (Dn+1 )| を取る。さて、 ( ) Λ = Cl |K(S n+1 )| \ |K ′ (Dn+1 )| とおくと、Λ は n + 1 次元球体 Dn+1 と同相であり、f (|N |) ⊂ Λ である。そこで、同相 写像 h : Λ → D n+1 を固定すると、ホモトピー F : |K| × I → |K(S n+1 )| が { f (x) x ∈ |M | のとき ( ) F (x, t) = −1 h (1 − t)h(f (x)) + th(f0 (x)) x ∈ |N | のとき によって定義される。f0 と f は |L| への制限が一致するから、x ∈ |M | ∩ |N | = |L| の とき上の定義には整合性がある。定義から、F0 = f である。一方、F1 については F1 (|K|) = f (|M |) ∪ f0 (|N |) ⊂ |K ′ (Dn+1 )| となり、|K ′ (D n+1 )| は可縮であるから、F1 は定数写像とホモトピックである。したがっ て、結局 f = F0 は定数写像とホモトピックとなる。これで (B) の証明が終わった。 10.5 Čech コホモロジーと次元 開被覆から脈体をつくることで、位相空間を単体複体により近似することができる。こ の発想から定義された位相空間のコホモロジー群が、Čech コホモロジー群である。開被 覆を次々に細分していくと、脈体は次第に空間をよく近似するようになると考えられる。 そこで、まず細分と脈体の関係についての基本事項から始めることにしよう。 位相空間 X の開被覆 U がもう一つの開被覆 V を細分するとは、任意の U ∈ U に対し て、V ∈ V であって U ⊂ V となるようなものが存在することをいうのであった。U が V を細分しているとき、(選択公理により)関数 π : U → V を U ⊂ π(U ) (U ∈ U) とな るように取ることができる。このような関数 π を細分射という。 命題 10.28. X を位相空間、U, V をともに X の有限開被覆とし、U が V を細分してい るとする。π : U → V を細分射とすると、次が成り立つ。 (1) π は脈体の単体写像 π : N (U) → N (V) を定める。 69 (2) π ∗ : H n (N (V)) → H n (N (U)) および π∗ : Hn (N (U)) → Hn (N (V)) は細分射 π の選び方によらない。 ∩n 証明. (1) σ = {U0 , . . . , Un } ∈ N (U) とすると、 i=0 Ui ̸= ∅ である。いま Ui ⊂ φ(Ui ) ∩n ∩n であるので、 i=0 π(Ui ) ⊃ i=0 Ui ̸= ∅ となる。よって、 φ(σ) = {π(U0 ), . . . , π(Un )} ∈ N (V) である。 (2) 命題 10.2 により、二つの細分射 π, π ′ : U → V を (1) により単体写像 π, π ′ : N (U) → N (V) とみなすとき、π と π ′ が近接することを示せばよい。そこで、σ = {U0 , . . . , Un } ∈ N (U) とする。このとき ∅ ̸= n ∩ i=0 Ui ⊂ n ∩ π(Ui ) ∩ i=0 n ∩ π ′ (Ui ) i=0 である。よって、π(σ) ∪ π ′ (σ) = {π(U0 ), . . . , π(Un ), π ′ (U0 ), . . . , π ′ (Un )} ∈ N (V) であ る。 さて、X をコンパクト距離空間とする*20 。X の有限開被覆全体の集合を cov(X) と書 く。U, V ∈ cov(X) に対して、U が V を細分するとき V ≦ U と定義する(不等号の向き は細分射の向きと逆なので注意する。開被覆を細分していくときの極限をとる文脈では、 細分すればするほど「増加する」と考えるのが自然である) 。このとき、関係 ≦ に関して cov(X) は有向集合となる。すなわち、次の (i), (ii), (iii) が成り立つ。 (i) U ≦ U (ii) U ≦ V, V ≦ W ならば U ≦ W (iii) 任意の U, V ∈ cov(X) に対して、U, V ≦ W となる W ∈ cov(X) が存在する。 (i), (ii) は定義から直ちに証明できる。(iii) を見るためには、U, V ∈ cov(X) に対して W = {U ∩ V | U ∈ U , V ∈ V} が再び有限開被覆であって U, V をともに細分していることに注意すればよい。 ここで、「U ≦ V, V ≦ U ならば U = V 」は一般には成立しないことに注意する。実 際、U ⫋ V であって V が U を細分するような例を簡単につくることができ、これが反例 を与える。 したがって cov(X) は一般に半順序集合とはならない。有向集合の定義に半 順序集合であることを含めている書物も多いが、以下で行う帰納的極限・射影的極限の議 論には、上の (i), (ii), (iii) のみを仮定するだけで十分である。 U, V ∈ cov(X) に対して U ≦ V であるとき、細分射 πU,V : V → U を固定すると、 ∗ πU ,V : H n (N (U)) → H n (N (V)) および πU ,V∗ : Hn (N (V)) → Hn (N (U)) は πU ,V の取 ∗ り方によらずに定まり、πU ,U ∗ = id, πU,U = id である。また、U ≦ V ≦ W のときは ∗ πV,W ◦ πU∗ ,V = πU∗ ,W , *20 πU ,V∗ ◦ πV,W∗ = πU ,W∗ ここでは X の位相的性質のみに注目するので、「コンパクト距離付け可能空間」と呼ぶのがより適切で ある。 70 となる。したがって、コホモロジー群とその間の準同型のなす系 (H n (N (U)), πU∗ ,V )U ,V∈cov(X) は加群の帰納系をなし、他方、ホモロジー群とその間の準同型のなす系 (Hn (N (U)), πU ,V∗ )U ,V∈cov(X) は加群の射影系をなす。 定義 10.29. コンパクト距離空間 X に対して、帰納的極限 lim H n (N (U)) −→ を X の Čech コホモロジー群といい、Ȟ n (X) で表す。また、射影的極限 lim Hn (N (U)) ←− を X の Čech ホモロジー群といい、Ȟn (X) で表す。 空間対のコホモロジー群・ホモロジー群も定義される。ただし、ここではコンパクト距 離空間とその閉集合の対に限定して話を進める。X をコンパクト距離空間、A をその閉 集合とするとき、U ∈ cov(X) に対して、N (U) の部分複体 NA (U) を { NA (U) = } n ∩ {U0 , . . . , Un } ∈ N (U) A ∩ Ui ̸= ∅ i=0 で定義する。U ≦ V のとき、細分射から定まる単体写像 π : N (V) → N (U) の制限は単 体写像 πA : NA (V) → NA (U) を定める。 よって、準同型 π ∗ : H n (N (U), NA (U)) → H n (N (V), NA (V)) π∗ : Hn (N (V), NA (V)) → Hn (N (U), NA (U)) ′ が誘導される。また、π とは別の細分射 π ′ に対しては、πA と πA は近接することが簡 単に分かるから、命題 10.4 により、上の二つの準同型は細分射 π の取り方にはよらな い。そこで、Ȟ n (X), Ȟn (X) の定義と同様にして、対 (X, A) の Čech コホモロジー群 Ȟ n (X, A) および Čech ホモロジー群 Ȟn (X, A) を Ȟ n (X, A) = lim H n (N (U), NA (U)), −→ Ȟn (X, A) = lim Hn (N (U), NA (U)) ←− により定義する。この定義から、Ȟ n (X) は Ȟ n (X, ∅) と、Ȟn (X) は Ȟn (X, ∅) と自然 に同一視されることに注意する。 連続写像 f : X → Y と部分集合 A ⊂ X, , B ⊂ Y に対して f (A) ⊂ B であるとき、 f : (X, A) → (Y, B) と書くのであった。(X, A), (Y, B) がコンパクト距離空間とその閉 71 集合のなす対であるとき、f : (X, A) → (Y, B) に対して、Čech コホモロジー群・ホモロ ジー群の間の準同型 f ∗ : Ȟ n (Y, B) → Ȟ n (X, A) および f∗ : Ȟn (X, A) → Ȟn (Y, B) を 定義しよう。 U ∈ cov(X), V ∈ cov(Y ) とするとき、関数 φ : U → V が f に関する細分射であると は、各 U ∈ U に対して f (U ) ⊂ V となることと定義しよう(いままでの細分射は、ここ で f = id とした特別な場合である)。f に関する細分射 U → V が存在するためには、U が開被覆 f −1 (V) = {f −1 (V ) | V ∈ V} を細分することが必要十分である。 このとき f に関する細分射 φ は単体写像 φ : N (U) → N (V) を定め、φ の制限は単体 写像 φA : NA (U) → NB (V) を定める。さらに、細分射 φ を別のもの φ′ に取り換えたと きにも φ, φ′ および φA , φ′A がそれぞれ近接するので、φ が定める準同型 φ∗ : H n (N (V), NB (V)) → H n (N (U), NA (U)), φ∗ : Hn (N (U), NA (U)) → Hn (N (V), NB (V)) は、φ の選び方にはよらない。以上のことは、いままでの意味の細分射の場合と同様に確 かめられる。 単体複体の対については、ホモロジーとコホモロジーの両方の完全系列があった。しか し、空間対の Čech 群については、コホモロジーの完全系列のみが存在する。これは、帰 納的極限が加群の準同型の Ker と Im を保つのに対し、射影的極限は Ker を保つが Im を保たないことによる。 注意 10.30. 射影的極限が Im を保たない例としては次のものがある。有向集合として 正の整数全体 N を取り、i ∈ N に対して Ai = Z, Bi = Z/2 とする。fi : Ai → Ai−1 を Z の元を 3 倍する写像、gi : Bi → Bi−1 を Z/2 の恒等写像とすることで、射影系 (Ai , fi ), (Bi , gi ) が定義される。すると、A = lim Ai = 0, B = lim Bi = Z/2 である。 ←− ←− 更に、φi : Ai → Bi を Z から Z/2 への射影とすると、(φi ) は二つの射影系の間の準 同型である。すなわち、φi−1 ◦ fi = gi ◦ φi を満たす。このとき Im φi = Bi だから lim(Im φi ) = B = Z/2 である。しかし、A = 0 であるから、lim φi : A → B については ←− ←− Im(lim φi ) = 0 となる。よって、lim(Im φi ) ̸= Im(lim φi ) である。 ←− ←− ←− Čech コホモロジー群の完全系列を導くため、コンパクト距離空間と閉集合のなす 対 (X, A) を考える。このとき、A もコンパクト距離空間であることに注意する。U ∈ cov(X) に対して、単体複体の対 (N (U), NA (U)) のコホモロジー完全系列 ∗ δn−1 j∗ i∗ n n · · · → H n (N (U), NA (U)) → H n (N (U)) → H n (NA (U)) ∗ δn →H n+1 ∗ jn+1 (N (U), NA (U)) → · · · を考える。さきほど述べたとおり、帰納的極限は Ker と Im を保つので、U について帰 72 納的極限をとることにより*21 Čech コホモロジー群の完全系列 ∗ δn−1 j∗ i∗ δ∗ ∗ jn+1 n n n Ȟ n (X) → Ȟ n (A) → Ȟ n+1 (X, A) → · · · · · · → Ȟ n (X, A) → を得る。ここで、H n (NA (U)) の帰納的極限が Ȟ n (A) に標準的に同型であることは確か めておく必要がある。 10.6 Eilenberg-MacLane 空間への写像 *21 ∗ が自然であること、すなわち、単体写像から誘導されるコホモロジー群の準同 ここでは、連結準同型 δn 型が連結準同型と可換になることも用いている。このことは定義を追うことで直接確認できる。 73
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