黒帯、僕の大切なもの ジェフェリー ウォン 「Everybody Was Kung Fu Fighting」という歌を聴くたびに、僕はげんなりしてしまいます。くだらないカンフー映画を 思い出させるような曲をどうして作りたくなるのか、僕にはさっぱりわかりません。武術はおふざけでやるものではな いのです。正体を隠しているヒーローのように、昼間の僕は穏やかな英語教師ですが、夜になると容赦ない空手家に変 身します。僕は真 に空手に取り組んでいます。始めてもう5年になります。なぜ、僕にとって空手がそんなに大事なの か、みなさんは疑問に思われるかもしれません。答えはとても簡単です。黒帯をとったとき、それは僕の人生における 最高の瞬間でした。そう言える理由が3つあります。1つ目は、今までの人生の中で一番大変なことだったからです。2 つ目は、それが大きな学びの機会になったからです。3つ目は、黒帯をとったことが今の自分を作り上げてくれたから です。 僕は今までに、チリの火山に登ったことがあります。サッカーでゴールキーパーになることの危険も知っています。吐 き気をもよおすほどのジェットコースターで急降下したことも何度かあります。それでも、黒帯をとることが、今まで 生きてきた中で一番大変だったと確信を持って言えます。練習に行くたびに、突き、蹴り、防御、打ち、などの技を何 度も何度も、立っていることさえできなくなるまで繰り返します。週末には、「食う、寝る、空手」という三つの短い 言葉だけしか考えられなくなります。しかし、それはまだ序の口で、もっときつい練習が待ち受けていました。黒帯試 験のための稽古です。虫けらのように叩きのめされるまで稽古は終わりません。練習が終わると、僕はもうぐったりで、 まるでフルマラソンを走った後のように感じたものです。しかし、それと同時に、体罰のようなこの稽古は、憧れの黒 帯と僕の間に立ちはだかる、5時間にも及ぶ黒帯昇段試験を受けるにあたって、最高の訓練になりました。 また、その稽古は、単に超人的な練習量の肉体的試練であると同時に、素晴らしい学びの機会でもありました。黒帯を とるまでのことを思い返してみると、2つのことが思い出されます。1つ目は、武術を真剣に考えることの大切さです、 突きであれ、打ち、蹴り、あるいは防御であれ、空手の技を使うときは常に正しく安全に行わなければならない、とい うことを忘れてはなりません。それは、自分自身の怪我を 防ぐと同時に、周囲の人のためでもあります。2つ目は、1 つ目より興味深いことかもしれませんが、板を割るときの 方法です。何かを割るだけの強い力を出すのに必要なのは、 肉体的な強さだけのように思えるかもしれません。が、実 際はそうではありません。ある物体を割るのに十分な力で 打とうとするには、まず心構えが必要です。ただ空を打つ だけだと自分に思い込ませることで、できるという自信を 持つことが必要なのです。その準備が整ったら、対象に向 かい狙いを定め、可能な限りの速度と強度でそれを打つの です。 しかし、何と言っても一番大切なのは、黒帯をとることが 今の自分を形作ってくれたということです。以前の僕は、 臆病で恥ずかしがり屋で、率先して行動するということが 苦手でした。僕は今、人生の新しいチャンスを与えられた ように感じています。灰の中から蘇ったフェニックスのよ うに、僕は新しい人間に生まれ変わり、自信に満ち、より 積極的になり、必要な時には自分を守ることができるよう になりました。この達成感が、長く曲がりくねった人生という道を、常にチャレンジ精神を持って歩んでいきたいと思 わせてくれるのです。そうして僕は、 J E T プログラムの一員として日本で英語を教えることになり、さらに、高知市 トーストマスターズクラブのメンバーとしてスピーチの技術を磨いています。 ヘンリー・フォードはかつてこう言いました。「人生は経験の連続で、そのひとつひとつの経験が自分を大きくしてく れる。そのことを理解するのが難しいことも時にはあるが。世の中は人格を形成させるためにあり、挫折や悲嘆に耐え ることが前に進む力を与えてくれるのだと学ばなければならない。」僕が黒帯をとるまでの道のりを、まさにフォード の言葉が言い得ています。本当に、本当に大変な道のりでした。冗談ではなく、涙を流したことも何度かありました。 特に、黒帯試験のための稽古中は大変でした。しかし、僕にとって黒帯は、トンネルの出口を示す光であり、旅の最終 に待っている究極のご褒美でした。そのためなら、どんな痛みにも苦しみにも耐える価値があると今、そう思います。 この快挙以来、僕は全てのことに全力で取り組むようになりました。そのおかげで、結果にがっかりしたことは今まで 一度もないのです。 (2015年4月11日開催 高知トーストマスターズ地区大会でのスピーチ) 訳: 小越 二美 (Fumi Kogoe) I-News 104 June/July 2015 Early Summer Issue 6
© Copyright 2024 ExpyDoc