言語摂食嚥下 - 島根大学医学部

2015/7/23
2015.7.23
島根大学医学部チュートリアルコース
(於:臨床小講堂)
言語・摂食嚥下:
口腔・中咽頭がん治療とリハビリテーション
-言語聴覚士(ST)の果たす役割ー
*呼吸・発声と咀嚼・嚥下:
哺乳類の化石と、現存する哺乳類の比較解剖学的研究:
相関または類似した形質をもつ。哺乳類では口腔から食道へと
至る連続した空間が、口唇、舌、硬・軟口蓋、咽頭といった筋肉や硬組織
によって仕切られる。
ヒトだけが持つという特別な組織はなく、単に形態の違いと、骨筋組織
の位置の相違だけである。
千里リハビリテーション病院
言語聴覚士 熊倉 勇美
肺魚から両棲類、哺乳類へ
*人類の進化と言語
霊長類の脳:
ブローカ野やウェルニッケ野は音の認識だけでなく、
顔面、舌、口唇、喉頭の筋肉を制御する機能を持つ。
チンパンジーは「音声的な鳴き声」を使うことで知られるが
近年の研究では、ブローカ野を使って鳴いていること、
言語障害の歴史①:言語機能の局在
ヨーロッパでの失語症研究の発展(19世紀)
また、サルがサルの鳴き声を聞く時に使っている脳の部位は
ヒトがヒトの発話を聞くときと同じであることも明らかになった。
*言語の起源については、諸説あり
言語障害の歴史②:
カナダの脳外科医 Wilder Penfield (20世紀)
M. Dax
P. Broca
C. Wernicke
言語障害の歴史③:リハビリテーション
アメリカの特別リハビリテーション・プログラム
てんかん患者の手術部位の決定に際し、ヒトの大脳
障害者となった人は最高の医療を施され、第一次世界大戦から、リハビリも行われた。
皮質を電気刺激し、運動野や体性感覚野と体部位との対応関係をまとめた。
復員軍人に対する医療、施設収容、職業リハビリテーション及び経済保障がまず行われ、
その後、連邦レベルにおいて、救済を必要とする全ての人に対する立法化が行われた。
VA medical center
1
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言語聴覚士法の成立(平成10年施行)
Speech-Language & Hearing Therapist
第2条:厚生労働大臣の免許を受けて、音声機能、言語機能、又は聴覚
に障害のある者について、その機能の維持向上を図るため、言語訓練
1.はじめに:言語聴覚療法とは
SPEECH, LANGUAGE & HEARING THERAPY
言語聴覚士の専門領域:
1)コミュニケーション障害
*精神機能の低下(いわゆる認知症)
*高次脳機能障害(失語、失行、失認、注意、記憶、遂行機能、社会的行動など)
*聴力障害 *構音障害 *音声障害 など
その他の訓練、これに必要な検査及び助言、指導その他の援助を行う
ことを業とするものをいう。
主なリハ関連職種の人数比較:2014
言語聴覚士:2万2千人(男女比:2対8)
*平成27年(2015)には25,549人
*養成校71校 うち大学(含む短大)が25校
作業療法士:6万4千人(男女比:3対7)
理学療法士:11万人(男女比:6対4)
2)摂食・嚥下障害
*脳血管障害、脳外傷、脳腫瘍術後
*認知症、精神疾患、高次脳機能障害などへの拡大
看護師:100万人(男女比:1対16)
管理栄養士:17万人
歯科衛生士:24万人
日本における「言語聴覚療法」のルーツ:
昭和40年代(1965年~)
アメリカで学んだ数名の日本人
・笹沼澄子先生、神山五郎先生、竹田契一先生ら
☞アメリカのST協会の設立は1925年!
*コミュニケーション障害
小児=どもり、発達の遅れ、口蓋裂、難聴
2.我が国のSTの歴史と専門領域:
脳性麻痺、構音障害など
成人=失語症、構音障害など
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アメリカでのST教育:
大学4年、修士2年以後1年のインターンを経て協会の認定を取
り、実際に働くには、その働きたい州の試験を受けて免許を取ら
なければならない。
修士・博士課程を持つ大学が多い
*言語病理学
Speech & Language Pathology
*聴覚学
Audiology
*昭和60年代:ST法を作る動きがあった
当時の文部省は、日本で既に資格制度を持つ理学療法士(PT)作業療法士
(OT)の教育が、高卒+3年であったので、STも横並びにしようとした。
反対:
*教育レベルが低いと、質が保障されない!*アメリカの教育を見よ!
しかし、約15年経過し
*平成9年:言語聴覚士法が成立し、翌10年から国家試験
が実施された。
言語(language)と発話(speech)
language
*言語の符号化
(失語症など)
付録:用語の問題
speech
*構音運動の実行
*構音運動の企画
apraxia of speech(AOS)
わが国での構音障害の分類:廣瀬による
発話(speech)とは?
呼吸 respiration
発声 voice
構音 articulation
共鳴 resonance
プロソディ prosody
1.機能性構音障害
functional articulation disorders
プロソディ
構音・共鳴
発声
2.器質性構音障害(先天性・後天性)
organic articulation disorders
3.運動性構音障害
motor speech disorders / dysarthria
プロソディ
構音・共鳴
発声
呼吸
呼吸
3
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私のフィールド:
兵庫医大、川崎医大、島根大学医学部の
耳鼻咽喉科/歯科・口腔外科/リハ科
本講義のテーマ:
器質性構音障害(後天性):発語器官の欠損、変形、麻痺拘縮などに起因するもの
3.私の経験から
研究(1):
1. 熊倉勇美「舌切除後の構音機能に関する研究-舌癌60症例の検討-」
音声言語医学、26:224-235,1985
2. 熊倉勇美、小笠原 寛、雲井健雄「舌半側切除と下顎部分切除後の構音の
改善について-PM-MC flapならびにセラミック義顎による再建の1例」
耳鼻咽喉科、57(3):221-224,1985
3. 熊倉勇美「口腔器官の器質的異常に伴う言語障害-舌切除後の構音障害と
リハビリテーション」音声言語医学 29(2):1988
4. 熊倉勇美「舌機能と構音」
音声言語医学 38:390-395,1997
研究(2):
5.熊倉勇美「青年期の言語障害と可塑性:
<頭頸部癌術後の構音の改善>」音声言語医学 43:327-330,2002
6.溝尻源太郎、熊倉勇美編著:「口腔・中咽頭がんのリハビリテーション
-構音障害、摂食・嚥下障害-」 医歯薬出版,2000
7. 熊倉勇美「舌・口底癌患者の構音障害とそのリハビリテーション」
顎顔面補綴 33(2),29-30,2010
8.野原幹司、熊倉勇美ほか著
「開業医のための摂食・嚥下機能改善と装置の作り方超入門」
クイッテンセンス出版,2013
1.舌の切除範囲が大きくなるほど、ボリュームは小さくなり
可動性や明瞭度は低下する。
舌の切除と構音の関連性:
研究(1)の概要:
<外科治療について、構音機能面からの評価>まとめ:5つ
①カルテを参照し、初診時TNM分類、切除範囲、再建の有無・再建
方法などを記録した。
②患者と直接面接し、「舌の可動性」を観察、また録音をもとに「発話
明瞭度(5段階)」、「日本語100単音節による
発語明瞭度(%)」を評価、分析した。
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2.舌半側切除より広範な切除になると、PM-MC flapによる再建例
の方が非再建例に比して明瞭度は良好である。
*以下のような条件付き
①DP皮弁、後背筋皮弁、大胸筋皮弁の比較であり、
遊離皮弁は含まれていない。
②4施設の治療症例が含まれており、
3.術後に低下した発語明瞭度は6ヵ月まで回復し、その後は
プラトーとなる。
*9症例(PM-MC flap再建など)の
継時的変化のデータから
・構音訓練は実施していない
・flapの萎縮と適応か?
治療法は統一されていない。
4.構音様式では破裂音が摩擦音や破擦音に、構音点では歯茎
音や軟口蓋音が両唇音や声門音に聞き取られる傾向を示す。
*舌の形態、ボリューム、可動性、さらに口腔容積、形態などで決まる。
5.発語明瞭度が70%以上であれば社会復帰が可能となるが、
それ以下になると実用性は低くなる。
*患者の「発語明瞭度」だけで、コミュニケーションの可否が規定される訳
ではない。
*コミュニケーションは、話し手と聞き手の相互関係で決まる
(家族、職場、地域で)。
第3章:構音障害のリハビリテーション
1.機能評価と訓練
①訓練の実際
②患者の抱える問題
図 書 ( 6 )の 概要
<口腔・中咽頭がん術後の構音障害のリハビリテーシ ョン>
:1 0 項 目
⑦構音訓練の順序と重症度別
アプローチ
③STの果たす役割
⑧構音障害改善のしくみ
④構音障害の評価
⑨症例
⑤構音障害の特徴
⑩まとめ
⑥構音訓練の原則
*後で具体的に、ポイントを紹介する
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第6章:歯科医師と言語聴覚士の連携
Q47.歯科医師が言語聴覚士(ST)と連携することで、どんなメリット
がありますか?
Q48.歯科医師が身近なSTを探すにはどうしたらよいですか?
Q49.STに補綴装置の適応の評価を依頼できるでしょうか?
Q50.PAPやPLPの製作・調整において、STと歯科医師は具体的に
図書(8)の概要
どう連携したらよいですか?
<歯科医師と言語聴覚士との連携>:4項目
形態・機能障害
放射線治療
食べること・話すこと
外科治療
Rehabilitation
発症
がんリハビリテーションへ:
治癒
がん
化学療法
副作用
time
心理的
経済的問題
*急性期の取り組み:
・コミュニケーション手段の確保
・気管切開カニューレの抜去、経管栄養からの
離脱などをどうするか
リハビリテーションにおけるSTの役割:
1)摂食嚥下機能 2)構音機能
・食事開始の可能性を検討する
(主治医からの指示・処方、チームでの取り組み)
・合併症がなければ、術後2週間程度で、気管切開により発声が出来
なくても、舌や下顎の可動性改善訓練、開口訓練などを開始する
・放射線治療後の組織の線維化を、機能訓練により予防
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*ポイント① 「食べること・話すこと」 評価・訓練の注意点:
*ポイント➁ 患者の問題とニーズの変化を把握する必要がある
(急性期から~)
*心理的な安定
*回復への意欲
*訓練意欲はどうか?
絶
食
*意志の表出が
できるか?
*指示の理解が
できるか?
経
口
摂
取
<チューブ(PEGを含む)の抜去>可
能
口から食べたい
経
管
栄
養
気
道
管
理
*水分・栄養は十分に摂れて
いるか?
気
管
切
開
カ
ニ
ュ
ー
レ
もっといろいろな
ものを食べたい
発
声
・
構
音
の
問
題
もっとはっきり
喋りたい
誤嚥性肺炎
発熱
*残存部位の可動性・感覚は?
*術創の治癒経過はどうか?
*痛みはないか?
*放射線、化学療法の副作用
はないか?
咀
嚼
・
嚥
下
の
問
題
<カニューレの変更・抜去>
声が出ない
発
声
・
発
話
可
能
*ポイント③:
1)摂食嚥下機能の評価と訓練
・心理的サポート(コミュニケーションや摂食嚥下の問題)
(食べること・咀嚼すること・飲み込むこと)
・外科医(口腔外科医・耳鼻咽喉科医など)に対する機能的側面を
中心とした情報提供
・歯科補綴医との連携
(食べるため、話すための
補綴装置の作製・調整)
VF
基本的な考え方:
1.解剖学的な変化である。
*どこの筋を切除したか?
*どこの神経を切断(あるいは麻痺)し、担当する機能が失われたか?
2.切除範囲がはっきりしているので、機能障害の予後予測がある程度出
来る。
3.周辺の摂食嚥下関連器官がどの程度代償出来るかにより、機能回復
の程度に違いが出る。認知機能の影響もありうる。
VE
直接嚥下訓練
対応:切除・再建法との関連
<舌切除>
①舌の1/2以下の切除、範囲が舌に限局、単純縫縮の場合は比較的短期間
に改善する。術直後では、浮腫や舌運動変化が原因となり、話にくさ、食べ
にくさ、飲み込みにくさを訴える傾向がある。
②舌の1/2以上の切除では食塊の送り込みが障害されるが、頸部の後屈・側
屈や食具の工夫などで、水分や少量のペースト状のものであれば重力で送
り込むことが可能である。
4.加齢、創部感染、放射線治療の有無などが、機能回復に関わる。
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*放射線治療後の摂食嚥下障害:
<口底前方部の切除>
*唾液の分泌量低下
口腔期の障害が現れることがあるが、舌骨上筋群に手術が及ばなければ
=口腔乾燥症、浮腫、口腔内の痛みの原因となる。
嚥下の問題は少ない。術後早期の浮腫の強い時期には、舌の後方部に
1.回復に時間がかかる
食塊をのせると良い
2.効果的な治療法がない
<口底側方部・後方部の複合切除>
*口腔期、咽頭期の両方が障害される。
=機能改善訓練、メンデルソン手技などを実施する
=補綴装置の工夫、嚥下機能改善術の検討
2)構音機能の評価と訓練
(1)発音に関するニーズ、問題意識、発話意欲などはどうか?
(2)痛みや腫脹、唾液の貯留の有無、これらの構音への影響はどうか?
(3)口腔器官のチェック
①口腔容積と舌のボリュームの関係を見る *舌のボリューム、口蓋高と形態
②口唇の閉鎖 /P/の発音で確認する
③舌の可動性(突出・挙上・左右口角への接触)
3.人工唾液はあまり効果なし
以上、丁寧な摂食機能の評価・分析(VFなどを含む)が必要である。
(1)聴覚印象評価:
1)日本語100単音節を用いた発語明瞭度検査(%)を
用いて、その結果から分析・評価を行う
(主観的評価の客観化の工夫)
*患者の自発話を注意深く、聞く(STのスキル)
・相手によって、話し方をコントロールしているか?
*「北風と太陽」の音読の分析(STのスキル)
④発話の全体的印象をもとに、/t、t∫、ts、∫、r、k/など実際の発音を確認する
・全体に発話スピードのコントロールをしているか?
⑤歯、ならびに義歯の状態を確認する=歯科医に相談
・言い難い音(自覚して)を、丁寧に発音しているか?
(2)訓練への視点:
1)すべて正しく聞き取られている音群=訓練で取り上げる必要はない
2)一部異聴されている音群
=優先順位を考えながら、訓練で取り上げる
3)すべて異聴されている音群
*構音点、構音方法は近いか、異なるかを検討し、訓練で取り上げるべきか
どうかを考える
*代償性構音かどうかも検討し、好ましくない場合は修正し、有効であれば
強化する
(3)構音訓練へ:
1)意思疎通を確保する
(急性期~:筆談などを含む代替comm.手段の導入、家族に聞き方を指導)。
2)術後、早期に過度の可動性改善訓練、構音訓練を行うのは好ましくない。
外科手術や放射線治療による浮腫、硬さ、痛みの状態を見ながら訓練。
(下顎、口唇、舌などの自動運動から他動運動へ)
3)コミュニケーションに関連する悪習慣(頻繁に唾液を啜る、涎がこぼれない
よう口をあまり開けずに喋る、口を隠して話す、人の目を見ない、声が小さい
など)を軽減する。
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(4)構音訓練の考え方:
1)具体的な訓練目標を設定する(構音、発話スピード)
4)構音障害の客観的理解:出来る音から訓練を始める。
2)訓練方法を決定する
(発語明瞭度検査結果の説明)
①マンツーマン訓練 ②自習
自分の発話を自分で評価、モニター出来るようにする。
3)訓練の考え方
(自己評価を促す、発語明瞭度検査の実施など)
「可動性の改善」をはかる、それを「構音」につなげる
5)歯科補綴医と共に、「話しやすさ」や「明瞭度」の改善を図る。
(STによるPAPのアイデア提供、製作・試適、話しやすさ、装用感の確認)
*丁寧に頑張って発音し、スピードを上げる
4)訓練期間を決める(何週間、何ヶ月)
5)訓練頻度、強度を決める(週に何回、一回何分)
(5)具体的手順:
1)構音障害の症状を具体的に説明する。
7)軟口蓋音/k,g/が出しにくい場合は、開口を狭くする、下顎を下方から
2)自己評価を確認する。
指で圧迫するなどして、舌と口蓋の距離を近づける。
3)発話意欲を引き出す、また高める。
8)口唇音/p,b/が出しにくい場合は指で口唇を指で押さえる。
4)構音に必要な口唇、舌、下顎などの運動訓練を反復して行う。
9)運動麻痺や感覚障害により流涎がある場合は、健側を下にし、やや上を
<可動性の改善>
向いて話す。
5)閉鎖、破裂、摩擦などを強調して発音する。
10)マンツーマンで、評価・分析結果をもとに音を丁寧に修正・指導する。
6)確実に音を作り、確認できれば徐々にスピードを上げる。
(KPa)
第 3 期
第 2 期
64kPa
舌圧計:(最大押しつけ力を測定)
任意の位置の舌圧を計測できる
(このメリットを生かす測定を!)
IOPI
JMS舌圧計
[ta]
[ka]
[pataka]
舌尖部
舌圧
発話
明瞭度
70dB
12回
11回
10回
4回
19kPa
2~3
第2期
77dB
24回
21回
17回
8回
50kPa
2
第3期
80dB
27回
26回
20回
9回
64kPa
1~2
声量
前舌の舌圧しか計測できない
定常的測定が出来る
Oral Diadochokinesis
[pa]
入院時
症例:80代 女性 ラクナ梗塞
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(6)構音改善のしくみ:
1)コミュニケーションの悪習慣の除去
2)わかってもらえるという経験が自信につながる
(STの役割は大きい!)
*発話チャンスの増大
*発語器官をよく使用する
4)新しいコミュニケーション方法の学習
*発話スピードの低下
*代償性構音の使用
*難しい音の回避
*聞き手や話題によるパワーの切り替え
3)構音器官の可動性の改善
*具体的な構音操作に反映される必要がある
*改善には、もちろん限界がある。欠損が大きければ、
大きいほど回復は困難である
(7)訓練に必要な期間:
1.術後、余り早期に過度の可動性改善訓練、構音訓練を行うのは
好ましくない。*1週間程度は経過観察、自発的な動きを促す
2.外科手術や放射線治療による浮腫、硬さ、痛みの軽減を見ながら、
可動性・構音訓練を行う。
3.術後3ヶ月は必要。6ヶ月は改善が著しい。その後、改善はゆっくり
と長期にわたって続く。
具体的に、5症例を提示する:
症例1.30代 女性 主婦
経過 ①:嚥下
*腺様嚢胞がんの診断、初診時TNM分類T3N0M0(stage Ⅲ)
*術後2週間、VFにて液体、ゼリーともに嚥下可能と判断され、
・妊娠中であったため、胎児の成長を待ち誘発分娩(第2子)
その後、手術を行った。
・両側上頸部郭清、舌全摘(舌骨、舌骨
上筋群を切除、同時に喉頭吊り上げ術
を施行され、前外側大腿遊離皮弁に
よる舌再建
STに直接訓練の処方あり
1.嚥下食B(昼のみ)にて直接訓練開始
2.再建舌の後方に、柄の長いスプーンで食塊を置き、後屈し、
複数回嚥下。残留に対しては水分でクリヤ、しかし、頻繁な
痰の吸引を必要とし、嚥下食の一部しか摂取できず
3.数日後に、NGチューブを自己抜去。Nr.の指導でOE法を
開始した
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経過 ②:発声、構音
経過 ③:嚥下
*気管切開し、カニューレ装用のため発声できず、筆談にて
*術後1ヶ月、嚥下食Bを3食とも、約30分 で自力にて全量摂
意思表出
取、補助栄養は中止 *カニューレを抜去
1.気切孔を塞いで得られる音声は粗糙声、 努力声が顕著
1.化学療法による副作用で、食欲減退し、経口摂取まったく
(術後1ヶ月、VEにて喉頭周囲に高度の浮腫を確認)
できず、点滴となる
2.再建舌の可動性はなく、構音運動を指示すると、下顎が
2.病院食を受け付けなくなり、自宅で好きなものを食べたいと
代償的に動く
いう希望あり、術後2ヶ月で退院となる
3.術後3週間目、[ka]構音時に、軟口蓋の挙上運動あり
経過 ④:嚥下
口蓋床型PAP装用の結果①:*構音
*術後1年
1.破裂音/t/が改善した
1.やや時間がかかるが、食事は家族と同じものが食べられる
2.下顎を後方に引き、狭めを利用して摩擦音 /s、ʃ /を作る
2.咀嚼した後、箸を使って咽頭へ送り込み、嚥下している
ことが容易になった
3.むせはほとんどない、焼肉を食べ、
3.子音の一部が良好となったものの母音の一部[o]が不良と
生ビールを飲むことができる
なるなど、全体としては、 発語明瞭度は25.4%と若干
低下した。しかし、話しやすさは改善し、満足度が向上した
(共鳴腔の変化)
:
結果②:摂食嚥下
おそらく、PAPによる感覚遮断のせいであろうが、
“食べにくい”と訴え、
食事の時は外している
(寝る時と食事の時ははずし、
日中は装用している)
症例2.60代 男性 元会社員
中咽頭がん(T2N2cM0)の診断を受け腫瘍切除術、両側頸
部郭清術、軟口蓋を遊離皮弁にて即時再建された
<主訴>
*話しにくさ(閉鼻声、構音障害)
*食べにくさ
1.嚥下用と構音用:目的別PAP作製
2.目的を達成すれば、PAPの形態修正
ボリューム減量へ
嚥下用PAP
構音用PAP
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(8)補綴治療の効果:
1.構音障害に関しては、一定の効果が確認されて
いる<中等度から重度>
*10%以上の明瞭度UP!*話し易さの向上!
2.嚥下障害に関しては、まだ未知数?
*話す時には付けても、食事の時には外すことが多い
✍誤嚥の有無に関わらず、PAPは有効な機能回復法である
3)共鳴異常の問題:
関谷ら「口腔悪性腫瘍術後の摂食嚥下障害に対する舌接触補助床を用いた機能回復
法の有効性の検討-第1報:舌接触補助床使用群と非使用群の術後状態における比
較-」顎顔面補綴 48-53,vol32,no2,2009
症例3.60代 女性 主婦
栓塞子の装用:
*左上顎洞がんの診断のもと、放射線治療、その後化学療法を施行され、
外科手術となる。また、その後、頸部リンパ節への転移が見つかり、頸部郭清術
*下顎には義歯を装用している
*上顎には歯列なし、クリームタイプの固定剤を使用
が施行された。
・PEG造設され、主たる水分、栄養摂取は経管栄養となっている。
(何とか経口摂取しているが、食べにくいものがある。徐々に増やす計画)
・硬口蓋前方に瘻孔が形成され、重度の開鼻声と構音障害あり。
・補綴歯科を紹介され、顎補綴装置の作製・調整が行われた
評価項目
聴覚印象評価
*発話明瞭度
非装用
装用
*異常度
3/5 (テーマが分かって 2/5 (時々分からない言
いれば推測できる)
葉がある)
4/4 ( 大変気にかかる) 3/4 (気にかかる)
Nasalance score
母音[i]
「キツツキが木をつつく」
43.04
91.64
36.55
27.15
長文音読時間
70“53
59”89
早く読めない・話せない
余り苦労しない
4 )さまざまな「がん治療後」の問題:
*既往歴に 肺がんを持つ失語症患者
*認知症が疑われる舌がん患者
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症例4.70代 男性 元教諭
経過1:摂食嚥下障害
<既往歴>
・50代より糖尿病あり
・以前より右内頸動脈閉塞症、左内頸
動脈狭窄が認められた
・20年前に喉頭がんの放射線治療を
受け、嗄声が認められた
発症4ヶ月後
<摂食嚥下面>
*3回目VF:
喉頭蓋谷、食道入口部に残留(+)
水分、全粥ともに誤嚥(+)
ムセ(+)
<現病歴>
・平成○年11月18日、脳梗塞により右
上下肢の麻痺、摂食嚥下障害と重度
失語症を発症
経鼻経管栄養では時間がかかり疲
労があることから、胃瘻造設し、STは
直接訓練を継続した
経過2:失語症
喉頭内視鏡所見:発症4ヶ月後
100
1)聴覚的理解、視覚的理解
ともに改善
2)平仮名の理解、音読も改善
正
90 答
率
80
標準失語症検査(2回目)
*右側声帯の不全麻痺、瘢痕化
70
60
*失声に近い嗄声が認められ
音声の改善が乏しかったため
コミュニケーション機能を考え、
耳鼻咽喉科受診を勧めた
発声時:
①声門閉鎖不全
②仮声帯の張り出し
③前後の短縮
50
40
喉頭微細手術の適応
30
20
10
吸気時
発声時
0
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26
症例5.60代 女性
*舌がん、左側頸部転移の疑い、初診時TNM分類:T3N0M0
左側舌半側切除、 両側上頚部郭清、前腕皮弁による再建手術
3ヶ月後に、右側全頸部郭清術施行
1)発話全般に対する「注意の低下」を認める
2)訓練意欲低い
2)WAIS-R:VIQ=84 PIQ=91 IQ:87
RCPM: score:27/36
経過:
1)摂食・嚥下機能に関しては、代償的アプローチとして嚥下姿勢の工夫、食塊
の粘性・形態の工夫などを行った。また、嚥下関連諸器官の可動域訓練とリラ
クセーション、self-INEなどを行ったところ、3食経口摂取が可能となった。
2)構音機能に関しては、発話の悪習慣の除去を初めとして、自発的に用いら
れていた代償性構音の調整、軟口蓋音/k,g/の構音指導などを行ったが、
訓練意欲が高いとは言えず、構音の自己修正にも難渋した。
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2015/7/23
俯瞰すると:
運動障害性構音障害
音声障害
意識障害
失語症
認知症
5)最後に:STのカバーする領域は広く、複雑である!
*専門職チームを構築する必要あり!
*気管切開カニューレ
*歯牙の欠損・義歯
*聴力障害
*音声障害
*視力・視野障害
*加齢
*薬物の副作用 etc.
time
高次脳機能障害
摂食・嚥下の問題
主治医、リハ医よりの指示・処方で評価と訓練を実施する
*必要に応じて、歯科・口腔外科、補綴歯科、耳鼻咽喉科
形成外科、神経内科、呼吸器内科、消化器外科などと
連携をはかる。
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