「看護師の特定行為」

®
2015 年 7・8月号
医療の最新情報をピンポイントで伝える
「看護師の特定行為」
と研修制度
2015 年 10 月から「特定行為に係る看護師の研修制度」が始まります。
それに先立ち、指定研修機関の受け付けがすでに 4 月1日から始まっ
そのポイントを
読み解く
ています。研修を受けた看護師は、主に在宅医療や、医師不足が深刻
となる地方での活躍が期待されています。医療機関としては看護師を
どのように育成し、この制度を活かしていけばいいのでしょうか。
POINT
特
画的に養成していく」としています。
1 制度化までの経緯
看護師のできる特定行為についての
議論は、
図1のように進められました。
定行為に係る看護師の研修制
は個別に熟練した看護師のみでは足
これらの調査や議論をもとに、保
度」は、医療介護総合確保推
りず、医師または歯科医師の判断を
健師助産師看護師法により特定行為
進法によって保健師助産師看護師法
待たずに、手順書により、一定の診
に係る研修制度が創設されたことを
が一部改正され、10 月1日に施行さ
療の補助を行う看護師を養成、確保
受けて、研修内容を検討する「医道
れるものです。制度創設の目的とし
していく必要がある。研修制度の内
審議会看護師特定行為・研修部会」
て、
「2025 年に向けて、さらなる在
容を標準化することにより、今後の
では 14 年 12 月、特定行為の範囲を
宅医療等の推進を図っていくために
在宅医療等を支えていく看護師を計
決定しました。
図 1 看護師の特定行為の制度化に向けた流れ
看護師のできる特定行為についての議
2009 年 8 月∼
チーム医療の推進に
関する検討会
2010 年 5 月∼
チーム医療
推進会議
論がスタート。10 年 3月に報告書がまと
められ、チーム医療のキーパーソンとな
る看護師の役割の拡大の必要性が指摘
されています。
一人ひとりの看護師の能力・経験の差
チーム医療の一環として、看
護師が医師または歯科医師の
包括的な指示の下、診療の補
助を行う場合の仕組みのあり方
について議論。医師の指示の
下、プロトコールに基づき、特
定行為を行おうとする看護師は
厚生労働大臣が指定する研修
機関において指定研修を受講
することを義務づけた「特定行
為 に 係る看 護 師 の 研 修 制 度
(案)」が出されました。
2014 年 9 月∼
医道審議会
看護師特定行為・研修部会
1
や行為の難易度等に応じて、看護師が自
その範囲内で看護師が実施すべき行為
律的に判断できる機会と看護師が実施し
得る行為の範囲の拡大を方針として掲げ
ました。
また、患者の状態に応じて看護師が柔
軟に対応できるよう、病態変化を予測し、
を一括して指示できる「包括的指示」の要
件の明確化と医師の指示がある場合に医
行為としてできる「診療の補助」の拡大・
明確化、そのための新たな枠組みを構
築することも示されました。
チーム医療推進のための看護業務検討ワーキンググループ
チーム医療推進会議内に設置され、看護師の役割
12 年度に実施しました。特定看護師(仮称)養成調査
拡大について、診療の補助における特定行為の内容、
試行事業の修士課程、研修課程を修了した看護師を対
研修のあり方等を検討。一定の医学的教育・実務経験
象とし、医療現場での活用状況や業務・行為の実施状
を前提に、専門的な臨床実践能力を有する看護師(=
況等に関する情報を収集しました。
特定看護師(仮称)
)の養成と業務範囲について議論。
特定の医行為の範囲については「看護業務実態調
指定された大学院修士課程や日本看護協会の認定・
査」を実施。検査、処置・創傷処置、手術、緊急時対
専門看護師の研修課程における、看護師を養成する
応、予防医療、包括的指示に基づく薬剤の選択・使
ためのカリキュラム等を検討する「特定看護師(仮称)
用など203 項目の業務・行為について、看護師が実施
養成調査試行事業」を実施。同事業の実施課程修了者
しているか、今後特定看護師(仮称)が実施することが
が医療現場で業務を試行することで、安全性や医師等
可能かを、病院や診療所の医師や看護師に聞きました。
の現場医療従事者からの評価を受けて業務範囲を検
結果、「今後、看護師の実施が可能」との回答が一定
討する「特定看護師(仮称)業務試行事業」を 11 年度、
程度得られた業務・行為を中心に検討を進めました。
「地域における医療及び介護の総合
的な確保を推進するための関係法律
の整備等に関する法律」
(医療介護総
合確保推進法)の施行を受け、保健
師助産師看護師法の 一部が改正され
ました。それを受けて、 特定行為、
特定行為研修の基準、指定研修機関
等について審議する専門部会を設置
しました。特定行為の内容、特定行
為研修の基準、指定研修機関の指定
および指定の取消しに関することを
審議しています。
2015 年
®
POINT
特
7・8月号
2 看護師の特定行為と研修
定行為とは、
「診療の補助であ
り、看護師が手順書により行
う場合には実践的な理解力、思考力
および判断力、並びに高度かつ専門
表 1 特定行為区分
特定行為区分の名称
特定行為
呼吸器(気道確保に係るもの)関連
経口用気管チューブまたは経鼻用気管チューブの位置の調整
呼吸器(人工呼吸療法に係るもの)関連
侵襲的陽圧換気の設定の変更
非侵襲的陽圧換気の設定の変更
人工呼吸管理がなされている者に対する鎮静薬の投与量の調整
的な知識および技能が必要とされる
もの」
と定義されています。
21区分、38 項目
(表 1)
が対象です。
38 項 目 の な か に は、
「経口用気管
チューブまたは経鼻用気管チューブ
の位置の調整」
「胃ろうカテーテルの
交換」
「インスリンの投与量の調整」
な
どが含まれています。議論の段階で
盛り込まれていた、
「経口・経鼻気管
挿管の実施」
「 経口・経鼻気管挿管
チューブの抜管」
については、実施に
慎重な意見が出たことを受けて対象
から外されました。
挙げられた項目の医行為は、現状
でも看護師が医師の指示により個別
に対応してきたもので、看護師の医
行為の範囲が拡大したわけではあり
ません。新制度の創設により、医師
らの判断を待たず包括的指示のも
と、看護師が特定行為を実施できる
ようになります。
その際、手順書を作成することと
なっています。形式は文書または電
子的方式、磁気的方式などの電磁的
記録です。手順書は、基本的に患者
1人に対して1 通作成します。
「病状
の範囲」
「実施する行為の内容」
「対象
患者」
「医師らへの連絡体制」
「特定行
為を行った後の報告の方法」などを
盛り込むとしています
(図 2)
。
看護師が特定行為を行う流れは、
図 3 のとおりです。
はじめに、医師または歯科医師が
患者を特定したうえで、看護師に手
順書により特定行為を実施するよう
に指示します。看護師は患者の病状
の範囲の確認を行ったうえで、範囲
人工呼吸器からの離脱
呼吸器(長期呼吸療法に係るもの)関連
循環器関連
気管カニューレの交換
一時的ペースメーカの操作および管理
一時的ペースメーカリードの抜去
経皮的心肺補助装置の操作および管理
大動脈内バルーンパンピングからの離脱を行うときの補助の頻度の調整
心嚢ドレーン管理関連
心嚢ドレーンの抜去
胸腔ドレーン管理関連
低圧胸腔内持続吸引器の吸引圧の設定およびその変更
胸腔ドレーンの抜去
腹腔ドレーン管理関連
腹腔ドレーンの抜去(腹腔内に留置された穿刺針の抜針を含む)
ろう孔管理関連
胃ろうカテーテルもしくは腸ろうカテーテルまたは胃ろうボタンの交換
膀胱ろうカテーテルの交換
栄養に係るカテーテル管理(中心静脈カテーテ 中心静脈カテーテルの抜去
ル管理)関連
栄養に係るカテーテル管理(末梢留置型中心静 末梢留置型中心静脈注射用カテーテルの挿入
脈注射用カテーテル管理)関連
創傷管理関連
褥瘡または慢性創傷の治療における血流のない壊死組織の除去
創傷に対する陰圧閉鎖療法
創部ドレーン管理関連
創部ドレーンの抜去
動脈血液ガス分析関連
直接動脈穿刺法による採血
橈骨動脈ラインの確保
透析管理関連
急性血液浄化療法における血液透析器または血液透析濾過器の操作お
よび管理
栄養および水分管理に係る薬剤投与関連
持続点滴中の高カロリー輸液の投与量の調整
脱水症状に対する輸液による補正
感染に係る薬剤投与関連
感染徴候がある者に対する薬剤の臨時の投与
血糖コントロールに係る薬剤投与関連
インスリンの投与量の調整
術後疼痛管理関連
硬膜外カテーテルによる鎮痛剤の投与および投与量の調整
循環動態に係る薬剤投与関連
持続点滴中のカテコラミンの投与量の調整
持続点滴中のナトリウム、
カリウムまたはクロールの投与量の調整
持続点滴中の降圧剤の投与量の調整
持続点滴中の糖質輸液または電解質輸液の投与量の調整
持続点滴中の利尿剤の投与量の調整
精神および神経症状に係る薬剤投与関連
抗けいれん剤の臨時の投与
抗精神病薬の臨時の投与
抗不安薬の臨時の投与
皮膚損傷に係る薬剤投与関連
抗がん剤その他の薬剤が血管外に漏出したときのステロイド薬の局所注
射および投与量の調整
図 2 手順書による指示のイメージ
指示
・患者の特定
・特 定 行 為を実
施 する看 護 師
の特定
・処方の内容(薬
剤 に 関 連 する
行為の場合)
・どの手順書によ
り特定行為を行
うのか
ほか
※厚生労働省「特定行為に係る看護師の研修制度」より
「直接動脈穿刺による採血」に係る手順書のイメージ
事項
具体的な内容
○当該手順書に係る特定行為の対 呼吸状態の変化に伴い迅速な対応が必要となりう
象となる患者
る患者
○看護師に診療の補助を行わせる患 以下のいずれもが当てはまる場合
者の病状の範囲
呼吸状態の悪化が認められる(SpO 2 、呼吸回数、
血圧、脈拍等)、意識レベルの低下(GCS ●点以
下または JCS ●桁以上)が認められる
○診療の補助の内容
病状の範囲に合致する場合は、直接動脈穿刺によ
る採血を実施
○特定行為を行うときに確認すべき 穿刺部位の拍動がしっかり触れ、血腫がない
事項
○医療の安全を確保するために医師 ①平日日勤帯 担当医師または歯科医師に連絡
する
または歯科医師との連絡が必要と
②休日・夜勤帯 当直医師または歯科医師に連絡
なった場合の連絡体制
する
○特定行為を行った後の医師または 手順書による指示を行った医師または歯科医師に
歯科医師に対する報告の方法
採血の結果と呼吸状態を報告する(結果が出たら
速やかに報告)
※ 2014 年度厚生労働科学研究費補助金(地域医療基盤開発推進研究事業)
「診療の補助における
特定行為等に係る研修の体制整備に関する研究」より
2
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2015 年
7・8月号
図 3 特定行為に係る研修の対象となる場合
病状の範囲外
医師または歯科医師が患者
を特定したうえで、看護師に
手順書により特定行為を実
施するように指示
「患者の病状の範囲」
の確認を行う
医師または歯科医師に
指示を求める
病状の範囲内
看護師が手順書に定
められ た「 診 療 の 補
助の内容」を実施
看護師が医師または
歯 科 医 師に結 果を
報告
内であれば手順書にある「診療の補
科目15〜72時間)では講義、演習ま
関外の医師や看護師が行うとしてい
助の内容」を実施。実施後に、医師
たは実習を指定研修機関で受けるこ
ます。
または歯科医師に結果を報告しま
とになります。研修の修了をもって、
す。病状が範囲外であれば、医師ま
手順書により特定行為を行う看護師
指定研修機関で行われます。学校や
たは歯科医師に指示を求めることに
になれます。
病院などが指定研修機関となり、自
なっています。
特定行為研修は、厚労省が定める
実技に関しては、患者への実習の
施設または協力施設で研修を実施し
特定行為を行う看護師は、研修を
前にペーパーシミュレーションやシ
たり、指定研修機関の大学院のカリ
受けることが義務づけられています。
ミュレーターを使った学習等を行い、
キュラムに研修制度の教育内容を組
想定される受講者は、3〜5年以上の
各行為とも難易度に応じて 5 〜10 例
み込んだりすることが想定されます。
実務経験を有する看護師です。特定
程度の実習が求められます。研修の
現状ではいくつかの病院団体や大学
行為研修(共通科目315時間+区分別
履修状況の評価については、研修機
が、申請準備を進めているようです。
POINT
特
3 医療機関の対応を考える
定行為研修は、1 つの特定行
特定行為研修が行われるのかを把握
師の処遇についても考えておく必要
為区分を最小単位として実施
しておくことが重要です。
があります。看護師にとって特定行
されます。また、2 つ以上の特定行
特定行為研修の実習は、受講者の
為研修自体がキャリアアップの 1 つ
為区分にかかる研修を組み合わせて
所属する病院が指定研修機関の協力
ととらえることもできます。看護部
提供することも可能なため、各指定
施設となれば、自院での受講が可能
としてどう管理するかだけでなく、
研修機関がカリキュラムを作成して
です。研修後、実際に現場で指示す
病院としても新たな人事労務管理や
研修を行うこともできます。たとえ
る医師が指導者となって実習を受け
院内における役割定義などが求めら
ば、特定の疾患をターゲットに、そ
られるというメリットもあります。
れます。
の疾患に応じた特定行為研修を行え
自院で力を入れている診療が特定行
制度目的では、
「在宅医療を支え
ば、必要とする看護師の養成につな
為研修に該当する場合、看護師に研
ていく看護師の養成」
となっています
がります。まずは自院でどのような
修を受講させ、協力施設となること
が、術後の疼痛管理など、急性期病
看護師を育てたいのかを考えたうえ
を検討してみるといいでしょう。
院でも制度の活用について議論する
で、どの指定研修機関でどういった
また、特定行為研修を受けた看護
まとめ
余地はあるのではないでしょうか。
て使われなくなり、
「特定行為に係る
看護師」
となっています。
特定看護師(仮称)の議論は、患者
指示のもと、特定の医行為を実施す
名称は別にして、法制度が整った
のQOL向上のため、専門的な臨床実
る看護師の養成も視野に入れた検討
ことで、研修などが標準化され、今
践能力がある看護師を養成する必要
がされていました。その後の議論の
後は医療現場での活躍が期待されて
性が指摘されたことに端を発してい
なかで、特定看護師(仮称)の名称自
います。医療現場においては看護師
ます。当初はナース・プラクティショ
体が、
「特定の医行為が特定看護師
(仮
の養成と併せて、役割を明確化し、
ナー(NP)やフィジシャン・アシスタ
称)しか実施できないと誤解を招き、
患者の理解を得る取り組みが求めら
ント(PA)など、急性期現場で医師の
医療現場が混乱する恐れがある」とし
れます。
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