添付文書の統計表現を読み解く(5) 2つのt検定

添付文書の統計表現を読み解く⑤
2 つの t 検定
山村 重雄
新・
医薬
品
情報
学
(9 )
城西国際大学薬学部
添付文書で最もよく見られる検定は t 検定です。t 検
ータを対応のあるデータといいます。
定には「平均値の差」を検定する方法と「差の平均値」
添付文書から例を挙げます(表)。ここで、
「対応のある
を検定する方法の 2 種類があるので注意が必要です。
t 検定」で検定しているのは、投与前の HbA1c の平均値
(8.47%)と4 カ月後の HbA1c の平均値(6.01%)との比較
t 検定は 2 つの平均値が等しいかどうかを検定する方
ではありません。各被験者の投与前と投与後の HbA1c の
法です。実薬を投与した群とプラセボを投与した群の 2 群
「差の平均値」
(この表には記載がありません)を求め、そ
に分けて、投与前後の臨床検査値の変化の大きさの違い
の値が 0(ゼロ)であるかどうかを検定しています。検定
から、薬の効果を評価するなどに用いられます。
の結果、
「差の平均値」が 0(ゼロ)でなければ、この薬に
平均値の差の検定(対応のない t 検定)
は HbA1cを変化させる効果があると判断します。有意水
準(これよりも起きる確率が低ければ、差の平均値が有
一般的にt 検定というと、この「対応のない t 検定」のこ
意である(0 ではないと)と判断する確率)を 0.05とすれ
とを指します。臨床試験において、薬の効果をプラセボと
ば、この表には検定結果は p<0.05と書いてありますから、
比較して明らかにすることがよく行われます。例えば、被
差の 平均 値が 0(ゼロ)ではない、すなわち、この 薬は
験者を2 群に分け、一方の群の被験者に効果を調べたい
HbA1cを変化させる効果があると結論します。
薬を服用させ、投与前後の血圧を測定して、その差の平均
添付文書には、このように投与前と投与後の検査デー
値を求めます。もう一方の群の被験者にはプラセボを服用
タの平均値が記載され、
「対応のあるt 検定」の結果が記
させ、同じように投与前後の血圧を測定して、その差の平
載されていることがあります。そのときは、投与前と投与
均値を求めます。実薬群の平均値とプラセボ群の平均値
後の検査データの「平均値の差」ではなく、
「差の平均値」
の差は薬の効果を示しています。有意水準(これよりも起
を検定しているのだと読む必要があります。
きる確率が低ければ、平均値の差が有意な差であると判
対応のあるデータの場合、
「対応のあるt 検定」を行った
断する確率)を 0.05とすれば、検定結果が p<0.05 だった
ほうが差を検出しやすくなります。例えば、投与前の値が
ら、平均値の差が 0(ゼロ)ではないと判断し、この薬は
非常に高い被験者がいると、平均値の値はばらつきが大
血圧を変化させる効果があると結論します。ここで、2 つ
きくなりますが、各人ごとに投与前後での差を取れば、差
の群で患者は異なり、同じではないので、2 群のデータに
の平均値は小さくなり、ばらつきは小さくなります。ばらつ
は対応が取れていない、という表現をします。
きが小さくなるほど、検定では差が検出しやすくなります。
「対応のない t 検定」は、上に示したような薬の効果を
もともと検定は差があることを証明する方法なので、でき
評価する場合や、健常人と高齢者の間で体内動態パラメ
るだけ差を検出しやすい方法を採用するのが一 般的で
ータに差があるかどうか、製剤間で有効性に差があるかど
す。だから、対応のあるデータの場合は対応のある検定を
うかなど、平均値で評価できるデータ間の差を検定する
行うことが多いのです。
場合によく用いられます。
差の平均値の検定(対応のある t 検定)
ある薬が HbA1cを変化させる効果があるかどうかを調
べたいとします。被験者を集め、薬を服用前と後のHbA1c
を測り、HbA1c 値が大きくなるか小さくなるかが分かれ
ば、その薬が HbA1cを変化させるかどうかが分かりそう
です。このように、1 人の被験者から複数回、測定したデ
表 添付文書にある対応のある検定の例
国内の臨床研究での HbA1c 経時変化〔HbA1c( % )
(JDS 値)〕
項目
投与前
4 カ月
例数
11
10
平均値
8.74
6.01*
標準誤差
0.62
0.41
*:p <0.05(対応のある t 検定:投与前値との比較)
ファーマシストぷらす 2015 No.1 7