斜面・アンカー変状計測システムによる 自動観測事例

斜面・アンカー変状計測システムによる
自動観測事例
サンスイ・ナビコ(株)
○高橋 里沙
長木 大剛
田村
国土防災技術(株)四国支店
森
允
正一
平井 恒輔
1. はじめに
これまでのグラウンドアンカーの維持管理手法は,目視点検や緊張力測定によるものが
ほとんどであったが,これらには以下のような問題点がある。
① 目視点検では地表部に変状が見られなければ緊張力に異常が生じていても正常と判
断されることがある。
② 緊張力測定は変状の原因を特定することが困難である。
これらの問題を解決するため,平成 21 年に「斜面・アンカー変状計測システム(以下「本
システム」という)
」を開発した。今回は徳島県の阿津江地区で施工されたグラウンドアン
カーに自動観測化した本システムの観測事例について紹介する。
2. 斜面・アンカー変状計測システムの概要
本システムは,地中伸縮計の仕組みをアンカーに応用したものであり,3 本のワイヤを
アンカーに設置し,各ワイヤの伸縮を計測することで緊張力の変化(増減)とその原因を
簡易に判定できるシステムである。図.1 に示したように,3 本のワイヤはそれぞれ a 点,b
点,c 点に設置する。a 点は本システムによる判定の基準となる不動点に,b 点はアンカー
体部,c 点は自由長部に設置する。
図.1 斜面・アンカー変状計測システム概念図
アンカーの変状には,地すべり変動・引き抜け・反力体沈下の 3 パターンがある。アン
カーにこれらの変状が生じると,本システムでは以下に示す変位が各ワイヤに生じる。
① 地すべり変動が生じた場合は a 点および b 点に伸びが生じる。
② アンカーに引き抜けが生じた場合は b 点のみが縮む。
③ 反力体が沈下した場合にはすべてのワイヤが縮む。
実際には以上のような変状が複合的に発生するため,図.2 に示すフローチャートに基づ
き変状原因を判定する。また,本システムでは変状原因の判定だけではなく,残存引張り
力も図.2 に示された計算式を用いて推定することができる。
<すべり判定>
<引き抜け判定>
<沈下判定>
【総合判定】
-c<δ
a−b<δ
沈下なし
引き抜けなし
-c≧δ
a−c<δ
沈下あり
すべり変動なし
-c<δ
a−b≧δ
沈下なし
引き抜けあり
-c≧δ
【緊張力変化】
変化なし
受圧板沈下
引き抜け
引き抜け+受圧板沈下
沈下あり
スタート
-c<δ
a−b<δ
沈下なし
引き抜けなし
-c≧δ
a−c≧δ
沈下あり
すべり変動あり
-c<δ
a−b≧δ
沈下なし
引き抜けあり
-c≧δ
すべり変動
⊿P=b・E・A/lsf
⊿P:緊張力の変化量(kN)
b:計測ワイヤーbの変位量(mm)
2
E :テンドン弾性係数(kN/mm )
2
A :テンドン断面積(mm )
lsf :テンドン自由長(mm)
すべり変動+受圧板沈下
すべり変動+引き抜け
すべり変動+引き抜け+受圧板沈下
沈下あり
※ δ:有意な変位量(mm)
(設計アンカー力の5%のテンドン伸び量)
健 全
荷重減
荷重増
荷重増∼減
図.2 変状原因判定フローチャート
3. 阿津江地区概要
阿津江地区は,徳島県那賀郡那賀町の木沢支所から北へ約 2km の標高 570∼810m 付近の
西向き斜面に位置する。平成 16 年 7 月 31 日未明から台風 10 号に伴う局所的な豪雨(日最
大雨量 1006mm:沢谷地区)の影響で 8 月 1 日に標高 650m 付近より,斜面長 800m,幅 100m
にわたる大規模崩壊が発生した。阿津江地すべりは,その崩壊に起因し発生した。
4. 導入経緯
地すべり活動によって既設法枠に
変状が確認されたため,法枠内にア
ンカー工が施工されることとなった。
アンカー工の安定性確認とアンカー
施工中の安全性確保のために平成
24 年施工のアンカー工に荷重計お
よび本システムを設置し,監視体制
を構築した。また,既存の地すべり
自動観測システムにデータを取り込
み,
地すべり活動との関連を整理し,
今後のアンカー工事管理体制の基準
を定めることとした。
写真.1 本システム設置状況
(自動観測仕様)
写真.1 は本システムの設置状況である。本システム測定ワイヤ(3 本)の“伸び”
“縮み”
を計測した。
5. 観測結果
図.3 は本システムで計測された各ワイヤの変位量についてまとめたものである。3 本す
べてのワイヤが計測開始から徐々に“縮み”へ推移している。しかし,この図からでは変
状の原因について読み取ることができないので,図.2 に示したフローチャートに基づいて
結果を整理し,変状原因を判定した。
図.4 はフローチャートに基づき,すべり判定・引き抜け判定・沈下判定の結果を示した
ものである。すべり判定(a-c 値)および引き抜け判定(a-b 値)ではどちらも有意な変位
量δを下回っており,すべり変動およびアンカーの引き抜けは発生していないことが判定
できる。しかし,沈下判定(-c 値)では観測当初はδを下回っているが,平成 25 年 10 月
から徐々に数値が増加し,平成 25 年 12 月頃にδを上回っており,反力体の沈下が発生し
ていると判定できる。
以上より,すべり変動と引き抜けは発生していないが,平成 25 年 12 月から反力体沈下
が発生していることが,斜面・アンカー変状計測システムの観測結果から判定できた。
縮み ← 変位(mm) → 伸び
30
20
先端部(a)
定着部(b)
自由長(c)
10
0
-10
-20
-30
図.3 斜面・アンカー変状計測システムの観測結果
(-) ← 変位量(mm) → (+)
25
20
15
10
5
0
-5
-10
-15
<すべり判定>
<引き抜け判定>
-20
<沈下判定>
有意な変位量 d
-25
図.4 判定結果
300
荷重(kN)
250
200
150
100
本システム(推定値⊿P)
荷重計(計測値)
50
0
図.5 残存引張り力の比較
図.5 は,本システムによる残存引張り力推定値⊿P と当現場にある別のアンカーに設置
された荷重計による計測値を比較したグラフである。平成 26 年 8 月以降,残存引張り力推
定値⊿P と荷重計による計測値に大きな差が出る結果となった。
「グラウンドアンカー維持管理マニュアル」では,残存引張り力が定着時緊張力の 80%
以下に減少した時点より「経過観察により対策の必要性を検討」との記述がある 1)。当現
場は平成 25 年 12 月以降より,残存引張り力推定値⊿P が定着時(260kN)の 80%以下に減
少しており,平成 26 年 7 月までは荷重計による計測値も残存引張り力推定値⊿P と同様に
推移している。
今後,本システムおよび荷重計による計測の経過観察により残存引張り力に低下傾向が
表れた場合には再緊張等の対策を検討していく必要がある。
6. おわりに
今回紹介した事例では,反力体の沈下と残存引張り力の低下が本システムの計測により
判定することができた。しかしながら,上記しているように平成 26 年 8 月を境に本システ
ムの計測により推定された残存引張り力と荷重計で計測された数値に差が生じた。この原
因については調査中であるが,平成 26 年 8 月に台風による豪雨が発生し,荷重計および本
システムに何らかの影響を与えたものと推測されることから,原因の究明を早急に行うこ
とが課題である。
本システムによりアンカー変状の原因判定及び残存引張り力を確認することは可能であ
ると考えられるが,精度の面では課題が残る。今後は,本システムの計測がより精度を高
められるように改良を行っていきたい。
【質問事項】
「グラウンドアンカーの維持管理についてどのような取り組みを行っていますか。」
<参考文献および引用>
1) (独)土木研究所,
(社)日本アンカー協会:グラウンドアンカー維持管理マニュアル,
2008