スタンダードの変化と三位一体改革 ―起業家的人的資源の重要性―

【パラダイム】
スタンダードの変化と三位一体改革 ―起業家的人的資源の重要性―
北海道大学大学院法学研究科教授
宮脇 淳
グローバル化、知力の時代において地域の「内生的エンパワーメント」が必要となる理由は、経済社会
活動のスタンダードが構造的に変化していることにある(本政策研究レポート No.82・2004 年 5 月【視
点論点】「内生的エンパワーメントとデファクト・スタンダード」参照)。その変化とは、国をはじめとし
た公的権威に基づく標準化である「デジュリ・スタンダード」から、公的機関の認証等に関係なく、市場
の支持、市場の選択によって事実上の標準化が決定される内発的「デファクト・スタンダード」への変化
である。国等の画一的な承認を得ていなくても、市場の支持を得てデファクト・スタンダードを形成する
ことができれば、地域にとって力強く地域再生を志向する機会が拡大する。
デファクト・スタンダードを地域で生み出すためには、地域で内発的に考え、決定し、行動できる仕組
みが必要となる。地方分権は、行財政の面で求められるだけでなく、経済社会のスタンダード変革のため
にも不可欠な取り組みである。地方分権の推進は、「与えられる自治」から「創出する自治」への脱却を
意味する。そのことは、行財政改革と経済社会のスタンダード変革による地域の活性化とが一体の課題で
あることを意味する。たとえば、補助金の画一的規格等の存在は、デジュリ・スタンダードを支える側面
を強く有している。このため、地域の創意工夫によりデファクト・スタンダードを形成するには、国の画
一的規格の見直しが不可欠となる。小泉内閣が示す3兆円規模の三位一体改革でも、数字が示す規模以上
に内容についての質が重要である。2004年度の1兆円同様、従来の補助金体質に何ら変化のない三位
一体改革であれば意味がない。規模以上に質を見抜く議論を展開することが、経済財政諮問会議に課せら
れた大きな課題である。2004年度の議論では、その点が不足していた。郵政民営化議論が一つの山を
越える今秋以降、経済財政諮問会議の中心テーマは三位一体改革である。そこでは、地方自治体の裁量権
拡大を実質的にもたらす質の議論が展開されなければならない。
しかし、三位一体改革による財源面を中心とした裁量権の拡大だけでは不十分である。財源、権限と並
んで不可欠な課題は人的資源の再配分と創出である。地域からデファクト・スタンダードが創造できる人
的資源を確保し生み出さなければならない。戦後のデジュリ・スタンダード社会、中央集権、官重視の中
で、人的資源も官そして国を中心に配分されてきた。シンガポールでは、官に対して厚く人的資源を配分
してきた結果、行政は高く評価されても民間の活力が生まれてこないという問題が近年強く指摘されてい
る。このため、有能な人的資源がより民間部門に流れ込む仕組みも提示されはじめている。このことも、
デジュリ・スタンダードからデファクト・スタンダードへ変革する人的資源の再配分と創造を意味する。
デファクト・スタンダードの形成には、地域も人的資源も創造的起業家になる必要がある。日本では、
欧米に比べて起業家に対する評価が著しく低い。その理由の一つは、日本の経済社会の実態が欧米に比べ
30−40年遅れ、依然としてデジュリ・スタンダードの段階にとどまっているからである。公的機関の
権威を柱とする社会では、公的権威による規格を乱す起業家の評価は高まらない。しかし、デファクト・
スタンダードの時代を迎え、起業家としての地域的、人的体質が不可欠となっている。起業家は、リスク
に対して慎重に計算し行動する。このため、リスクが生じた時にも対応する能力がある。公的権威は、リ
スク計算をほとんどせず権威に置き換えて正当化する。公的権威がリスクに弱い所以である。リスクに強
い社会を形成するためにも起業家的体質の重視が必要となる。
「PHP 政策研究レポート」(Vol.7 No.83)2004 年 6 月
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