詳しくはこちらをご覧ください。

表 彰 式
表彰式会場
作刀の部講評・吉原義人氏
す。今年はいい賞に入ったからといっ
て、皆がこれをやったら、刀の個性が
なくなってしまいます。作家としての
のでもきちんと焼刃土を置いて焼けば、
心構えをしっかりと持って、どんなも
自ずと個性的な刀に出来上がります。
お伝えしたいと思います。
個々の講評の前に、思うことを一言
刀身彫の部 審査員講評
柳村 仙寿 心から願っています。
いったことを心掛けて作刀するよう、
来年からは皆さんそれぞれが、そう
主催者挨拶
裕
作刀の部 審査員講評
吉原 義人 皆さん総体に仕上がりや出来はよく
公益財団法人
日本美術刀剣保存協会
会長 小 野
会長の小野でございま す 。 ま ず は 新
作名刀展に入賞及び入選 さ れ た 皆 様 に
また、お忙しいなか審 査 に ご 尽 力 い
は誠におめでとうござい ま す 。
ただいた審査員の皆様に も 、 こ の 場 を
の新作名刀展から高松宮記念賞が再開
今回は、焼刃について少し申し上げ
品です。なので、その刀との調和であ
お借りし心より御礼申し 上 げ ま す 。
されました。これは多くの方々のご支
刀身彫というのは、刀があっての作
刀職の皆様が日々精進 さ れ 、 ご 努 力
なってきていると思います。
を積まれた一年の発表の 場 で あ る こ の
たとえ図柄が決まっていたとしても、
ったり、バランスであったりと、ある
刀と向き合えばまた違ってくるという
程度の制約があります。したがって、
する、いわゆる「はだか焼」を焼いて
表現の難しさと技術力は計り知れない
たいことがあります。入賞者のなかで、
出品している方がいました。はだか焼
焼刃土を置かずにそのまま焼き入れを
このご支援には刀職の方々の日本刀
の刃文は、水中に入れた刀身から発生
と思います。
援をいただいて、協会が信頼を回復し
制作に対する気概に負うところ大であ
する気泡によって冷却温度が調節され
た証と言えると思います。
昨今の景気低迷のあおり を 受 け て い る
ります。私は会長として、本来の賞に
刃文が出来るもので、全く作者の美意
新作名刀展の表彰式は、 私 達 に と っ て
刀職に携わる皆様が、困 難 に 負 け ず に
はありませんが、永年力作を出品され
も気持ちの引き締まる思いがあります。
出品されることには心よ り 敬 服 い た す
てきた山口清房刀匠、宗勉刀匠、古川
部門の出品数が三〇パー セ ン ト 増 に な
ありましたが、本年は、 作 刀 及 び 彫 金
特にさきほど事務局か ら 経 過 報 告 が
いただき、現代の名刀、名品を生み出
皆様におかれましては今後共ご精進
賞をお贈りすることにしております。
清行刀匠三名の無鑑査の方々に功労者
では作家自身の個性が出ないと思いま
ています。そういう意味で、はだか焼
れぞれちゃんとした個性的な刃を焼い
現されるところです。長光も景光もそ
焼刃というのは作家の個性が一番表
識の入れられない刃文です。
だと考えられます。
そのことが出品数の少ない原因の一つ
いと出品しづらいという事情があり、
かかるため、求める方が決まっていな
その上に他の刀剣関係の出品と違っ
ところであります。
っており、皆様のご努力に報いるよう、
していただきますようお願いし、私の
今後、刀匠の方で自身彫りが出来る
て、刀を買い、研ぎ、鎺、鞘とお金が
我々も既成観念にとらわ れ ず に 活 動 し
挨拶といたします。
そして、皆様ご承知の と お り 、 本 年
ていきたいと思います。
刀剣美術2015.6
(701号)
22
人も是非刀身彫にも出品 し て ほ し い と
思います。
萩原 守 彫金の部講評・萩原守氏
品、古作に倣いながらも自己の思いを
加味した作品など、工夫に心血を注い
だ作品を拝見するにつけ、いろいろな
制約のあるなかで作品制作にあたるの
彫金の部 審査員講評
本日はご入賞、ご入選おめでとうご
では講評をさせていた だ き ま す 。
否めないように思われますが、刀装具
優秀賞の柏木さん。表 の 見 返 り 龍 は
芸術の世界はまだまだ開拓できる余地
ですから、そのご苦労の程を直に感じ
が残されております。
ました。先人たちが千思万考して自流
西洋風に考えて、真似をすることは
ても、人の心を打つ作品でなければな
ざいます。現在の伝統工芸界ではさま
いけない、というのも一つの見識でし
その拵を形成しているのが刀装具で、
りません。人の心を打つ作品とは、数
ざまな解釈のもとに作品を制作し、評
ょうが、古来我が国の伝統継承は手本
鐔は拵の顔であり、各々の刀装具は要
力強く、毛彫りも磨きも 丁 寧 で よ く 出
とのバランスを考えて、 こ の 場 合 は 蓮
を真似して、その域に達するまで技術
所要所を彩るものであります。
来ていると思いました。 し か し 、 裏 の
台、護摩箸、梵字にすればもっとよく
を習得し、写し取ることで範とする作
を確立し、すべて出し尽くされた感も
なったと思います。
者の境地を自分なりに受け継ぎ、それ
持ち主の人品、趣味、教養、そして財
当協会歴代の出品作品には自流を確
価しております。
努力賞の片山さん。樋 中 の 倶 利 迦 羅
から自己の思いを如何に発展させるか
立し、
人々の心を打つ作品もあります。
梵字の大きさに違和感を 感 じ ま し た 。
彫りという難しいものに 挑 戦 し 、 隅 々
ということが、日本の芸術や芸能の文
力は拵を見れば有識者には一目で解る
多くの刀装具を見て鑑賞眼を高めてい
雷神を小さな短刀に彫っ て い ま し た 。
もう一人、努力賞の入江さん。風神・
いと思います。
う少し小龍景光の作品か ら 学 ん で ほ し
てしまったのが残念なと こ ろ で す 。 も
題の選択、地鉄の処理、彫り口の正確
「 用 即 美 」 の 技 術 を 基 本 と し、 か つ 画
に置き、当協会においては、伝統的な
立しなければなりません。それを念頭
に達し、さらに師匠を超えて自流を確
める流派を興すには、弟子が師匠の域
のです。その流儀から新しく万人が認
ですから、日本の芸には流派がある
の作風を確立して現代の名作を作り上
の基本理念を基に技術を習得し、自己
重視してくださることを望みます。拵
あたりましては、古作の様式や品格を
のです。したがって、刀装具の制作に
装具は様式と品格に重きをおいていた
り揃えて拵を纏め上げており、その刀
作柄の刀装具を蒐集したり注文し、取
性、考え方などを具現したさまざまな
た鐔と、透かしの配置が絶妙で優れた
なかでも素晴らしい象嵌技術を駆使し
三点を含めて二十四点ございました。
さて今回の出品総数は、無鑑査出品
のとして制作に励んでください。
りますので、それらを自家薬籠中のも
つまり優れた教材が数多く残されてお
人々を魅了し続けてきた優れた作品、
もちろん、古作には長い時代を通して
くと自ずから解ってくるはずです。
そのため、構図の納め方 に 大 変 無 理 が
さ、
色上げや錆付けなど細部の仕上げ、
裏だからこれ位で、では な く や は り 表
までタガネが入りよく彫 っ て い る と 思
のです。ですから、持ち主は好み、感
但し、自流を工夫して自己を主張し
います。しかし、彫りが 小 さ い の で 、
化そのものの質であります。
あると感じました。題材 を 考 え る 時 、
全体の均整などを主なる基準として選
刀は拵の中に納まっておりますので、
ウロコの動きが解りにく い た め に 身 体
やはり刀や短刀の大きさ に 合 っ て い る
造形の鐔は、二枚とも出色の出来栄え
の躍動が余り感じられず 、 迫 力 に 欠 け
かどうか、バランスを考 え て 彫 る よ う
げてほしいと念願しております。
う拵は人品や分限の証明となるのです。
ける身分の証であり、その日本刀を装
した。地金を探求し新機軸を狙った作
て制作されている作品を多く見受けま
今回も皆様それぞれに工夫を凝らし
他の皆様方もこの二枚の鐔や無鑑査作
のと賛美の拍手を贈りたいと思います。
であり、これまでの努力が花開いたも
日本刀は武士や有力者、有識者にお
定を行っております。
もう少し技術を上げてほ し い と い う の
審査を終え、全体に言 え る こ と は 、
に心がけてください。
が私の率直な感想です。
23 刀剣美術2015.6(701号)
本の復興とともに歩んで き ま し た 。 戦
〔高松宮記念賞〕
広島県 久 保 善 博 知らせとなりました。今後、この賞に
太刀 銘 善博 恥じぬよう日々研鑽していく所存です。
後の刀鍛冶たちは刀を作 れ な い 苦 難 の
を愛する人たちが一致団結して取り組
ご来賓の諸先生方関係各位の皆様方
んでいかなくてはいけません。
におかれましては、今後ともなお一層
のオリンピックが五年後再び東京で開
現代刀は残念ながら古名刀の美しさ
のご指導ご鞭撻を賜りますよう、心か
催されます。これは、日本刀文化の素
をまだ再現することは出来ていません。
らお願い申し上げます。甚だ簡単では
時期を過ごし、玉鋼不足 に も 苦 し み ま
しかし、長い間再現不可能といわれて
した。しかしその後、日 本 刀 を 愛 す る
来た映りに関しては、近年の刀鍛冶の
ございますが、御礼の言葉とさせてい
晴らしさを世界に向けて発信する絶好
私は近い将来、日本刀とそれに関わ
ただきます。
のチャンスでもあります。
る職人たちの手仕事が世界無形文化遺
努力は評価出来るところまで達してい
先輩方が、今日のような 新 作 刀 を 発 表
ら製鉄の再現に取り組ん で く だ さ っ た
ると私は感じています。
する場を設けてくださり 、 さ ら に た た
お蔭で、今日私たちは材 料 の 心 配 を す
産に登録されることを切に願っていま
平成 年 月 日 本日は誠にありがとうございました。
す。そして、それだけの価値が日本刀
この度の高松宮記念賞の復活は、私
ることなく、思う存分刀 を 作 り 発 表 す
にはあると強く信じています。そのた
たち刀鍛冶にとって近年にない最高の
28
ることが出来ています。
めには、日本刀に関わる職人たちと刀
4
いまから 年前、ちょ う ど 東 京 オ リ
ンピックの頃に私は生ま れ ま し た 。 そ
27
刀剣美術2015.6
(701号)
24
品に追い付け追い越せの 意 気 込 み を も
って、これからの作品制 作 に 取 り 組 ん
今後さらなる精進を願 い ま す 。
でくださることを切望し ま す 。
答辞
受賞者代表 久 保 善 博
新緑の候、ここに平成 年 新 作 名 刀
今年は戦後 年の節目 の 年 に あ た り
慮に対して重ねて御礼申 し 上 げ ま す 。
関係各位の皆様の温かい ご 指 導 と ご 配
したこと厚く御礼申し上げます。また、
した上に、ご祝辞の数々 を い た だ き ま
ご多用にもかかわらずご 列 席 を 賜 り ま
ご来賓の諸先生方におかれましては、
いただき、誠にありがとうございます。
展の表彰式をかくも盛大 に 執 り 行 っ て
27
ます。私たちの製作する 現 代 刀 も 、 日
70
50
受賞のことば
作刀の部
久保善博
将来のために
日本刀文化の
私が刀鍛冶を志したの は 今 か ら 二 十
六年以上も昔、大学でバ イ オ の 研 究 を
していた頃でした。テレ ビ の ド キ ュ メ
ンタリー番組で、人間国 宝 の 隅 谷 正 峯
特賞受賞者(撮影・トム岸田)
〔公益財団法人日本美術刀剣保存協会賞〕
喜びに満ち溢れていました。しかしす
した。修業当初私は、刀造りを学べる
対を押し切って吉原義人師に入門しま
平成元年大学院修了後、両親の大反
がいることに深い感動を覚えたのです。
ようなことに情熱を燃やしている人間
ろうかと疑問を感じると同時に、その
なぜ七百年前の刀が再現できないのだ
しました。科学技術が発達した今日、
たいと思い、刀鍛冶になることを決意
き、それならこの手で古名刀を再現し
もできなかった」と話しているのを聞
氏 が、
「鎌倉時代の名刀は一生かけて
ち が、
「こんな素晴らしい工芸品は見
会をした時でした。ヨーロッパの人た
は、十年ほど前にパリで現代刀の展示
ました。そんな考えから解放されたの
るのだろうかと、私は長い間悩んでい
い現代刀を、今の時代に造る意義があ
愛刀家や刀剣商から相手にされていな
りました。侍がいなくなり百数十年、
いるという現実に私はとても悲しくな
び込んだ世界が、これ程まで蔑まれて
しょう。しかし、人生を掛けようと飛
現代刀がまだまだ及ばないのは事実で
かに、
長い歴史のある古刀に比べたら、
愛刀家を幾度となく目にしました。確
ります。鑑定会などで現代刀を見下す
ったのは、同じ日本人に「やっぱりウ
し、竹鶴政孝氏にとってもっと悲しか
鹿にされるシーンがありました。しか
ウイスキーが造れる訳がない!」と馬
トランド人から「遅れた東洋の島国で
見ていました。ドラマの中で、スコッ
の歴史を、現代刀と重ね合わせながら
ました。私は、国産ウイスキーの苦難
「マッサン」は高視聴率のまま終了し
広島も舞台になったNHKの朝ドラ
いのだと思えるようになったのです。
技術を守り育てていかなくてはいけな
に誇れる日本の文化であり、私たちが
目の当たりにし、ようやく、刀は世界
たことがない!」と興奮しているのを
群馬県 髙 橋 祐 哉 ぐに、刀剣界において現代刀の評価が
刀 銘 上州住恒厳作・平成二十七年三月日 極めて低いという現実を知ることにな
25 刀剣美術2015.6(701号)
イスキー造りは無理だっ た ん だ よ 」 と
言われたことではないで し ょ う か 。 ウ
イスキー造りが始まって 百 年 、 今 で は
日本のウイスキーは世界 で 高 い 評 価 を
受けています。これは、 ウ イ ス キ ー 造
りに掛けた職人たちの情熱だけでなく、
その可能性を信じ応援し 続 け た 人 た ち
の存在なしでは成し得な か っ た こ と で
しょう。
同じように、後世に残 る 名 刀 も 刀 鍛
冶の努力だけでは造れな い の で す 。 限
られた材料で途絶えた技 術 を 再 現 し な
がら、経済的にも恵まれ な い 状 況 で 刀
を造り続けている現代の 刀 鍛 冶 に も 、
エリーのように温かく応 援 し て く れ る
〔薫山賞・新人賞〕
持ちを感じ取ることが出来ず申し訳な
しても至らぬもので、なかなか鉄の気
持てずにいます。
などとは夢にも思わず、未だに実感が
奈良県 金 田 達 吉 たりご指導ご支援くださいます皆々様
く思う日々ですが、諦めず、力の限り
太刀 銘 於吉野金田七郎國真作之・平成二十七年三月 に厚く御礼申し上げます。また職方の
人が必要なのです。日本 刀 文 化 の 将 来
のためにも、今後現代刀 の 理 解 者 が 少
皆様に感謝を申し上げます。
門して早や七年、長いようで短く、し
高校を卒業して河内國平師の元に入
しでも増えることを私は望んでいます。
を尽くして作刀していきます。
かし毎日朝から晩までが忙しく、充実
で私は刀の世界を知り、刀鍛冶という
た親方の本『日本刀の魅力』のおかげ
なりたいのか悩んでいたときに出会っ
ず、自分が将来どうしたいのか、どう
高校時代にやりたいことが見つから
した日々でした。
初めての刀
刀のことなど何ひとつとして知らな
仕事を知りました。
かった私に一から、刀とは何か、職人
この度は薫山賞並びに新人賞をいた
まさか初出品で薫山賞をいただける
だき、
本当にありがとうございました。
っ た の で、
「間に合った」という気持
目標としているのは、鉄の自由な変
評価していただき嬉しかったです。
化が違和感なく現れた刀、と表現する
のが近いと思いますが、自然な雰囲気
に見える刀はどうすれば出来るのか、
考えれば考えるほど作意の深さを恐ろ
何とか魅力的な刀を造りたいと鍛錬
しく感じます。
金田達吉
(國真) ちが強いですが、挑戦している作風を
今回の刀は締切当日に何とか仕上が
そ し て、 決 し て、「 古 名 刀 の 再 現 な ん
か出来る訳がない!」と は 言 っ て 欲 し
々鍛錬
まさ や
(恒厳)
髙橋祐哉
つねよし
くありません。 (
高松 宮 記 念 賞 受 賞 )
日
日本美術刀剣保存協会 会 長 賞 を い た
だきありがとうございま す 。 長 年 に わ
刀剣美術2015.6
(701号)
26
とは何か、弟子とは何か を 叩 き こ ん で
く れ た 親 方 と 奥 さ ん。「 自 分 が や り た
いことならばやればいい」と、反対す
ることもなく背中を押し て く れ 、 毎 年
のように吉野に励ましに 来 て く れ た 祖
父母と両親。何か機会が あ る 度 に 弟 子
としての心構えや仕事に 関 す る ア ド バ
イスをしてくれた兄弟子 の 髙 見 國 一 さ
ん、色々な人のおかげで今の私があり、
そして今回の受賞に繫が っ た の だ と 思
います。
今回の出品刀は初めて 自 分 の も の を
下鍛えから造り込み、素延べ、火造り、
焼入れ、鍛冶押しをしま し た 。 七 年 の
〔寒山賞〕
職人としても人間としてもまだまだ
も運があったのだと思っています。家
となく十六回目の出品が出来ただけで
名刀と呼ばれる刀の良さが本当にどれ
日本刀は実に奥が深く難しいです。
兵庫県 髙 見 一 良 未熟者ではありますが、今後ともご指
太刀 銘 播磨國住髙見國一作之・平成二十七年春雷 して経験してきてはいま し た が 、 い ざ
だけ理解でき自分が解っているのか。
間で、ひと通りの仕事は 親 方 の 弟 子 と
一人で刀を作るとなると な か な か 思 う
品格はどのように備わっていくのか。
近年、人生の大先輩達から可愛がって
族、親方、そしてご心配おかけしまし
もらえるようになり、小道具や焼き物、
た皆様に心よりお礼申し上げます。
今年の出品刀について、一番嬉しか
書などを勉強させていただけるように
導ご鞭撻のほど宜しくお願いします。
自分を磨く
ったことがあります。それは、刀が研
い!」と声を出し感激しますので、私
ぎ上がった時、研ぎ師の井上聡さんか
も心の奥底から何かを感じているのだ
いでもらい、
「良くできている」「僕は
と思います。名品には同じものが二つ
なりました。最後に刀も拝見させてい
いいと思う」
「僕は好きだけど」とい
とありませんが、良いものを自然と感
ら「この刀が欲しいんだけど」と言わ
ようにいかず、記憶力の 悪 さ と 仕 事 に
対する自分の考えの甘さ を 痛 感 し ま し
た。親方の教えに従いな が ら な ん と か
形にはなりましたが、自 分 で 作 っ て お
きながら自分の力で作り 上 げ た 刀 だ と
自信をもって言えるもの で は な い よ う
う 言 葉 は あ り ま し た。 し か し、「 本 当
じ取ることが出来るようになって来ま
た だ き ま す が 名 品 ば か り で す。
「すご この度、久々に特賞をいただき嬉し
に欲しい」と言ってくれたのは初めて
した。人の声に流されることなく、ど
れたことです。今までも多くの刀を研
く思っています。この一年は思いがけ
で、刀鍛冶としてこれほど嬉しいこと
った刀だ!」と胸を張っ て コ ン ク ー ル
ず病気になってしまい、いつものよう
はありませんでした。
な、そんな複雑な心境で す 。
に挑めるよう、また今回 の 結 果 に 驕 る
に槌を振るうことが出来ない時期があ
髙見一良
(國一) ことなく、より良い刀を 作 れ る よ う に
りました。今思うとそんな中、休むこ
ひとつひとつの仕事を見 直 し 、 努 力 し
来年こそは「これが自 分 の 考 え で 作
ていきたいと思います。
27 刀剣美術2015.6(701号)
んな作品であっても自分 の 感 性 で 作 品
を眺めながら色々な話が出来るように、
日々の生活の中で、季節 毎 に 変 化 す る
山の色や鳥たちの囀る声 を 愛 お し み 、
今回、恒例の勉強会に お い て は 貴 協
人間らしく感性を養っていきたいです。
会からのご厚意により、出品者の手本、
勉強となる参考刀を並べ て い た だ け ま
したことに深く感謝して い ま す 。 結 果
が全てではありませんが 、 こ れ か ら も
応援してくださる皆様の 期 待 に 少 し で
も応えることが出来るよ う に 日 々 努 力
し、良い作品が出来るよ う に 頑 張 っ て
〔寒山賞〕
〔公益財団法人日本美術刀剣保存協会会長賞〕
太刀 銘 上畠宗泰作・平成廿七年春吉日
風を変えたことにご理解 く だ さ り 、 高
剣 銘 慎平作・平成二十七年二月日 最後になりましたが、 勇 気 を 出 し 作
いきます。
く評価してくださった審 査 委 員 の 皆 様
作名刀展の出品を諦める旨を師匠に言
っていました。
できましたが、少しも近付くことがで
物にしようと、必死で作刀に取り組ん
(寒山賞受賞)
山副公輔
会いに感謝
方に心よりお礼申し上げ ま す 。
出
平成二十四年に文化庁 監 修 の 刀 匠 技
きず…。
師伝の作風に憧れ、その教えを我が
術保存研修会において修 了 証 書 を い た
「今年は出品を諦めま す 」
だいてから、二十五年、 二 十 六 年 と 新
埼玉県 上 畠 誠 す。
「 日 本 刀 を 作 っ て み た い。 作 れ た
と解っていません。理由は色々ありま
そして今年、師匠から「出品してみ
栃木県 加 藤 政 也 なさい」との言葉をいただき、初出品
らカッコイイな」などといった浅はか
しかし、刀鍛冶を続けている理由は
なものです。
別にあります。私が出会った多くの先
することができ、努力賞に選ばれ、新
そもそも何故、私が刀鍛冶になろう
人賞をいただきました。
と思ったのか。正直自分でもはっきり
刀剣美術2015.6
(701号)
28
優秀賞受賞者(撮影・トム岸田)
努力賞受賞者(撮影・トム岸田)
生方や、先輩方を見て思ったのは、「本
この仕事が好きなんだ」ということで
しているのではありません。好きだけ
れる一番の理由です。決して他を否定
好きということが、この仕事を続けら
に数々の掟があることを知り、個人の
とで、この前提条件によって鐔のなか
られるという絶対条件がある」とのこ
た第一の事項は「鐔は刀の外装にかけ
玉岡俊行先生から厳しく教え込まれ
した。
す。私の友人の多くがそうなのですが、
ではやっていけないとも思います。た
私はこの仕事が好きでたまりません。
です。
自身のしている仕事を好きと思ってい
趣味で勝手に基本部分の割合などを変
当にこの仕事を楽しんでいて、本当に
る人は少ないように思えます。苦労を
化させるべきではないとのことでした。
特に切羽台は、もっとも注意を要する
だ、そう思える仕事に出会えた自分を
均衡ポイントであり、江戸以来の掟通
幸運に思います。
最後になりましたが、吉原義人、義
り、両櫃鞘に合わせてみても使用でき
して就職したにも関わらず、多くの友
一の両師匠を始め、御尽力いただきま
人 が 愚 痴 や 不 満、 そ し て「 辞 め た い 」
した研ぎ師、
日刀保の学芸員の先生方、
「永い歴史に培われた鐔には製作上
るよう厳しい御指導をいただきました。
と言葉にします。
そして日頃から支えてくれている家族、
しかし、
この業界の人達は違います。
誰もが自分の信念を持ち、誇りを持っ
友人すべての方々に、この場を借りて
そんな師匠や先輩方に刺激を受けて、
これからも努力、精進を惜しまず、
嵌の修得なくして作られた鐔は、作風
と紗綾、二重唐草、枯木など基本的象
肥後の掟と技術がある。この掟の理解
の基本的な掟があり、殊に肥後鐔には
一層励んで参ります。今後とも御指導、
てきますが、面の取り方について先生
気ないヤスリの一こすりで微妙に違っ
鐔の耳の処理についても同様で、何
に浮かんでまいります。
御言葉が、いつも反省材料として脳裏
ない」と淡々と話された先生の御顔と
本当の鐔ではなく、単なる文鎮に過ぎ
美しくとも、決して伝統工芸としての
混血の鬼子であり、一見外見が如何に
御鞭撻をお願い申し上げます。
心より御礼申し上げます。
て生きている。
自分自身を磨き上げていく。本当に好
きと思えて楽しめる、素晴らしい仕事
新人賞受賞者(撮影・トム岸田)
この度はこのような賞をいただき、
ありがとうございました。
彫金の部
ひたすら恩師の
足跡を辿る
は、面の中の面を取れと言われます。
二段三段の面取り作業をいろいろの手
加減でやっておりますが、なかなか難
しく、見えない処には殊に丁寧に処理
山下秀文
今回の出品作の武鑑透し鐔は、十木
瓜形に桜と九曜を交互に並べ製作しま
29 刀剣美術2015.6(701号)
燦然と輝き出し、厚錆は十年経っても
ため、三年以上寝かせた 錆 薬 を 塗 り な
錆を時間をかけて少しで も 厚 く さ せ る
してしまいます。鉄の中 か ら 湧 き 出 た
一見綺麗に見えても、二 、 三 年 で 変 色
ブで急速に付けた薄い錆 で は 駄 目 で 、
心する所ですが、ガンブ ラ ッ ク や 柿 シ
枚と先生は言われますが、小生はその
作者が納得いく鐔は、生涯で一~二
が出来ないだろうと言われています。
本人はその時の鐔の姿や色を見ること
落ち着くのは四十年後であり、作った
けるとのことですが、錆付けが本当に
鉄は生きた金属で、永久に変わり続
変色せず更に重厚さが増加してきます。
がら熱を加えたり冷却し た り の 工 程 を
(薫山賞受賞)
年新作名刀展作品集』
刀剣美術2015.6
(701号)
30
鐔作りですが、私事ながら、めげずに
よくやってきたなと感心し、節目の年
に特賞をいただけたことに感激してい
ます。
今回の出品作は錆付けを終わり手入
れの最中に、耳に小さな鑢傷があるこ
とに気付き、出品までは時間がありま
したので、全てに砥石をかけ、再度錆
付け、手入れをし輝き、落ち着いた黒
文字透しを始めて二十四年、入選を
錆になったように感じられました。
繰り返し何時かは上位の賞がいただけ
る作品を作れればと思っていましたと
ころ、某氏から地を荒らして錆付けを
しているとのヒントを貰いました。当
初は理解出来ずいろいろと調べ、地を
から転載
※掲載 作 品 は『 平 成
ますようお願い申し上げます。
今後なお一層のご指導ご鞭撻を賜り
鐔作りに精進していく所存です。
た。今後も名鐔の錆に一歩でも近付く
することが出来るようになってきまし
返しで、思っている輝きのある黒錆と
年、錆付け、錆付け後の手入れの繰り
誤。失敗を繰り返してきましたが、近
を輝きのある黒錆にすることに試行錯
荒らす必要性が分かり、錆を厚く赤錆
川島義之
(協会会長賞受賞)
玉岡先生を始め、諸先生方の御指導
を心から感謝し、来年の出品を夢見て
います。
錆の手入れ
この度は栄誉ある賞をいただき誠に
喧騒の東京から静かな瀬戸内の城下
一枚に向かって今後も末永く作り続け
町に戻り、今夜も夜半まで鐔の下図に
り今年が三十年目。師について修業し
思い起こせば、早いもので初出品よ
いつも新作名刀展出品 前 の 寒 中 は 、
たわけでもなく、何も分からず始めた
ありがとうございました。
この厚錆の仕上げのため 長 時 間 の 外 出
取りかかり、肥後憧憬の溢れる幸せを
ていきたいと決意しております。
〔薫山賞〕
感じているこの一刻です。
毎日五、六回、一カ月半 以 上 繰 り 返 さ
南無不可思議光如来文字透鐔 静岡県 川島義之
や留守が出来ませんが、 厚 く て 深 み の
ねばなりません。
また錆については、昔 か ら 錆 工 の 苦
するよう指導されました 。
武鑑透象嵌鐔 愛媛県 山下秀文
ある錆色が出来上がった 時 は 、 象 嵌 が
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〔公益財団法人日本美術刀剣保存協会会長賞〕