和声の基礎 27 - 非和声音 非和声音あるいは和声外音とは、和音構成音にない音のことである。非和声音は、旋律線を豊 かに、あるいは滑らかにするために、和声構成音から派生して加えられたものだと考えることが 出来る。 非和声音が置かれる場所は、強拍部と弱拍部との両方が考えられるが、弱拍部に置かれた非和 声音は和声進行にほとんど影響を与えない。他方、強拍部に置かれた非和声音は、その不協和性 によって協和音への推進力を強める働きをするので、より和声進行に大きく寄与する。 非和声音には次のような種類がある。それぞれの特徴を表にまとめる。 拍 声部 倚音 強拍 原則上声部 繋留音 強拍 原則上声部 経過音 弱拍 全声部 先取音 弱拍 原則旋律声部 刺繍音 弱拍 全声部 逸音 弱拍 原則旋律声部 保続音 両方 原則バス声部 解決補助音 弱拍 繋留音の補助 (1) 倚音: 倚音とは、和音構成音の隣接音で、強拍に置かれたものである。これによって不協和→協和と いう運動が順次進行によって発生する。長さは原則的に一拍内だが、それ以上になる場合もある。 倚音を用いるには次の点に注意する。 a) b) c) d) 倚音と解決音は近くに置かない。バスに解決音、倚音は最上声部というのが一番良い。 倚音を解決音より下には置かない。倚音の効果が弱まる。 倚音の使用によって生まれた連続五度等は許容される。しかし、本来の連続完全音程を 倚音によって胡麻化すことはできない。 先行音の反復による倚音は効果的である。 先行音の反復による倚音 (2) 繋留音: 同音反復による倚音をタイで結ぶと繋留音となる。繋留音は声部の上下、繋留している声部の 数などによって以下のように分類されることがある。三重繋留音は、もはや先行和音そのものが 繋留している(繋留和音)と考えても良い。 繋留音に関しては、導音の例外進行という現象が許容される。例えば C:V→I の進行で、D を繋 留するとする。すなわち D→C の進行を遅れさせるのである。ここで、V に含まれる導音 H は限定 進行で通常は C に進行するが、テンポ通りに H が解決音である C に進行してしまっては繋留してい る意味がない。そこで、例外的に導音 H を解決音 C 以外に連結することが許容されるのである。 例外進行をしないならば、導音も繋留し、二重繋留音とすることで問題を回避できる3。 ただし、繋留音が他の声部に含まれていると繋留の効果が薄まるというのは、上三声に関する ことである。すなわち、繋留音が上声部にある場合、その解決音が繋留解消前にバス声部に出て 来ることは許容される。 3 二重繋留音では三度や六度の関係にある二声部を用いるのが望ましい。五度や八度では連続五度や連続 八度に近い効果を生み、四度のものも非常に不快に響く。 上声部の解決音がバスに含まれる場合は問題視しなかったが、これがテナーに含まれる場合は、 一般には許容されない。しかし、①テナーと上声部の解決音がともに根音あるいは和声第五音で あり、②二度ではなく九度離れている場合、例外的にこのような配置も許容される。 テナーによる解決音への進行が許容される例 繋留はどの声部に用いることも出来る。しかし四和声体の場合、バスは通例、上三部と同じ音 を受け持っている場合が多いので、バスが単独で繋留をしても効果が無い場合が多く、結果とし てバス声部の繋留は稀である。(バス声部に多いのはオルゲル・プンクトであるが、これは別種の 和声外音である。)ただし、バスが和声第三音を持っている場合(つまり第一転回の場合)には、 この繋留はなかなか効果的である。 バス声部で繋留を好適に連結できる場合として、属七の和音の基本形、第一転回および第二転 回がある。いずれにせよ属七の和音に対して行われる繋留では和声的緊張感を得るという繋留の 本来の効果はほとんど無い。 属七以外の付加七和音でバス声部に繋留を持たせると、どのような配置であれ、非常に汚く響 くため、あまり繋留を使用する理由はないように思われる。 一般的に不協和音が協和音へ解決する際、鍵となる和声的進行は常に下行である(この原理は 繋留音に限らず全ての不協和音に対して言える)。そのため、上行で解決音に向かう繋留音は非 常に稀である。唯一、普通に用いられる上行解決は、導音が繋留された場合である。 二重繋留音は優れた音響上の効果を持つので、積極的に用いると良い。 (3) 解決補助音: 繋留音の方が解決音よりも短い場合、せっかく繋留して溜めた時間が解決音に比べて相対的に 短いことになり、繋留の効果が上がらない。同様に、繋留時間が長すぎる場合にも、繋留の持つ 和声的な緊張感が薄れ、繋留の効果が上がらなくなる。このような場合に、繋留音の後に更に解 決補助音と呼ばれる和声外音を挿入し、繋留音の後に動きをつけて緊張感を持続する方法がある。 解決補助音も一種の倚音である。 長すぎる繋留音 解決補助音を加えた改修 解決補助音の例 解決補助音の例 (4) 先取音: 先取音とは後続和音の構成音が先行和音にはみ出たものであり、繋留音と逆のものである。し かし音楽的には繋留音よりも重要である。先取音は拍の大きな単位に渡ってはみ出ることは無い。 というのも、先取音の目的は和音構成音の音価を少しだけ長くすることにあり、何倍にも引き伸 ばすことは意図されていないからである。先取音はどの声部にも形成可能であり、複数声部が同 時に先取音を取る場合もある。 先取音は解決音の前などに単独で置かれる場合もあれば、旋律そのものが付点のリズムであっ て先取音の連続であるものまである。 先取音と繋留音の両方をひとつの和音が伴う場合もあり得る。この場合は常に、繋留音より先 取音を短くする。 ソプラノが先取音、アルトが繋留音を持っている例 先取音と繋留音は和音構成音がはみ出る向きとしては正反対のものだが、その性格まで対称的 なものだと考えては早計である。先取音と繋留音は次の点において著しく性格を異にする。 a) b) 繋留音は倚音の一種であって原則的に解決音で順次進行したのに対し、先取音では跳躍 進行も許容される。 先取音は後続和音の中で同一声部が受け持つ構成音である必要性さえない。(和音構成 音であれば何でも良い。場合によっては和音構成音であっても実際の声部の中には省略 されている音であっても良い。) 先取音が跳躍する例 同一声部の受け持つ和音構成音ではない音を先取音とする例 後続和音の構成音ではあるが声部には含まれない音を先取音が持つ例 バスと上声部がシンコペーションでずれた動きをする場合、繋留音と先取音が交互に現れるこ とになる。 バスと上声部のシンコペーション (5) 経過音: 経過音は和音構成音の間を埋める音階状の和声外音である。音階には全音階と半音階があり得 る。経過音は弱拍にのみ置かれる決まりである。二声部以上が同時に経過音を持つことも可能で あり、その際の音型としては平行も反行も可能である。反行の方が好ましいが、三度や六度の平 行は適切に使われるならば声部進行に流麗さを加えるため、決して忌避するものでもない。 D は経過音(例1)16 分音符(例2)下行音型(例3)二重経過音(例4) 経過音は独立した各声部の連結を滑らかにするためのものだが、過剰な使用は却って声部の独 立性を損ね、様々な問題を引き起こしてしまう。次例はそうした悪い使用例を示している。 a.ではアルトとバスに E-F の平行八度が生じてしまっている。b.ではバスとソプラノに E-D の七 度が生じてしまっている。(短七度自体は適切に使われる限り問題ないが、和声上必要な同小節 三拍目のソプラノとアルトの G-F の短七度と場所的に近すぎ、かつ不必要な不協和音なのであ る。)c.テナーとバスで小節線を跨ぐ箇所に連続五度を生じている。d.バス F-G とソプラノ C-D が 連続五度になってしまっている。e.ソプラノとバスに f-e の長七度を生じている。これは著しく 不快な響きである。f.ソプラノとテナーに D-E の九度を生じている。一瞬の九度ならまだ問題は 大きくないが、同じ個所でソプラノとバスには E-F, D-E の連続九度が生じており著しく不快であ る。g.ソプラノとバスに D-C の平行八度を生じている。 上記のような問題のほとんどは、経過音を反行させることで未然に防げるものである。平行進 行に施した経過音は、とにかく種々の和声上の問題を生じやすいのである。 短調の経過音には、旋律的短音階から音を取るようにする。和声的短音階を使うと増二度が含 まれるため、進行を滑らかにするという経過音の所期の機能を果たせないからである。 経過音は原則として弱拍に置かれる。確かに弱拍に置かれている限りは、経過音が和声上の問 題を引き起こす可能性はずっと低くなるのだが、実際の楽曲の中には強拍に経過音を使用した例 も少なくない。このような一例として次の譜例を挙げる。 強拍上の経過音は適切に使用される限り決して不快なものではないが、楽曲のフレーズや響き との兼ね合いから判断される高度な事例であり、その適切な判断はより上級の作曲技法に属する。 似たような事例で、順次進行する一連の経過音に含まれるものが強拍の位置に来てしまうという ものもあるが、これは間違いではないので使用を躊躇することはない。 長二度音程をそれ以上滑らかに繋ぎたい場合には半音階の経過音を挟むことになる。半音階の 使用は連結の滑らかさと引き換えに、楽曲のシンプルさと自然さを損なうものであるから、十分 に注意して適切に使用する必要がある。 a.) 半進行の経過音は、複数の声部で同時に使用することをできるだけ避ける。 b.) 特に和声第三音、第五音での半進行経過音は注意を要する。 c.) バスと上声部で和声構成音が重複する場合、上声部で半進行経過音を加えることは可 能だが、バスでの使用は避けるべきである。 d.) 二つの声部での半進行経過音が使用される場合で(それ自体それほど好ましいことで はないが)、さらに同じ音を含む場合、三度音程から二声部が反行で同度に向かうの はまだ許容されるが、逆に同度から反行で三度へ開く動きに半進行経過音を用いては いけない。著しく不快である。 e.) オルゲル・プンクト上で、上三声部が 6 の和音の形で非常に長く半進行を続けるのは よくある形である。(オルゲル・プンクト自体が終止の引き伸ばしであるから、その 間の上声部の動きはすべて一種の経過音であるとも言える。) 次の譜例は、一応、禁止事項に触れないように半進行の経過音を使用した例である。 (6) 刺繍音: 刺繍音は全ての声部に使い得るが、強拍には置かれない。また下側に動くのが通常で、上側へ 動く刺繍音は非常に稀である。 (7) 逸音: 「装飾」の項で詳述する。 (8) 保続音: 「オルゲル・プンクト」の項で詳述する。
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