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転調
和声進行の途中において、他の調に変わることを転調という。しかし、例えば C:VI は
a:I とも読み替えられるから、この和音が出てきただけでは、ハ長調のままなのかイ短調
に転調したのかはっきりしない。転調の如何はあくまで聴者が調の変化を感じるかどうか
にかかっているため、定義と実際の効果において、明確でない部分はある。 一般的に、判明かつ明晰な転調とは、①その調にしかない和音へ移り、②次の調のト
ニックの和音へ至る、という特徴を持つ。(前の調を先行調、移った先の調を後続調と呼
ぶ。)
「後続調にしかない和音」とは、先行調の自然音階列(diatonic scale)には含まれな
い音である。(例えば、ハ長調に含まれない音とは、#や♭といった臨時記号を含む和音
である。)
上の二条件を満たした転調の例
後続調のトニックに至るには、①トニックに解決せざるを得ない不協和音を経過する、
②後続調のドミナントを経過する、という二つの方法があるが、後者の方法が圧倒的に普
通である。先行調の最後の和音を離脱和音、後続調の最初の和音を転入和音と呼ぶが、な
るべく共通の和音を介して転調するのが滑らかであり、離脱和音と転入和音の区別が判然
としない場合もままある1。
転調における声部の連結も、同一調内の和声進行における注意事項とだいたい同じであ
る。
離脱和音と転入和音の間に、半音階的な関係にある二音がある場合は、
これらを同一声部に受け持たせる。
半音階的な関係にある二音(例えば C と Cis)を異なる声部に受け持たせると、これは
対斜となり、好ましくないわけである。
1 離脱和音も転入和音もともにそれぞれの調のトニックである場合、先行調でも後続調でもそれぞれ完全
なカデンツの形を形成することになる。これは、もっとも安定な連結である。離脱和音がトニックでな
いことも、転入和音がトニックでないことも普通にあり得るが、その場合にはそうした形を含む調にお
いて、カデンツは不完全な形となる。
半音階的進行を持つ声部がある例
対斜ができてしまっている例。許容されない。
二つ以上の声部が受け持っている音で対斜が起こる場合は許容される。ただし、低声部
→高声部の対斜の方が好ましく、逆はあまり良くない。
低声部→高声部の対斜(左)とその逆の例(右)
また、転入和音が減七の和音の場合、対斜は許容される2。
2 減七の和音を「V9 の根音省略」などと解釈するのは機能和声理論の後付け的なこじつけであって、実際
の響きとして減七の和音は、どこの調に属するのかはっきりしない曖昧な響きとして響く。このため、
減七の和音に限っては独立した声部による明確な和声進行において問題となる対斜を問題としないので
ある。
転入和音が減七の和音の例
離脱和音と転入和音とで共通音がある場合には、可能な限り共通音は保続させるのが原
則である。
共通音をなるべく保続された例
典型的な転入和音は属七の和音だが、先行調との共通音が無い場合、適当な経過和音を
挿入して共通音が出来るように連結するのがスムーズである。
適当な経過和音を挟んだ例
半音階的関係をなす二音も共通音も含まれず、経過和音を挿入することもせずに離脱和
音と転入和音を連結する場合、上三声をバスに反行させるのが良い。転入和音が転回和音
であると上三声すべてを反行させるわけにはいかないが、その場合でもなるべく反行を心
がけ、適当な近い声部へ連結できるように考える。
上三声が反行している例(左)と転入和音が転回形である例(右)
長調と短調の違いについて。長調でも短調でも同主調の属和音は共通であるから、長調
へ行くにも短調へ行くにも同じ属和音を経過すればよく、手間は同じである。しかし逆に、
ある調の属和音へ到達するには、長調から出発した方が、短調から出発するよりも便利で
ある。短調から出発すると、先行調に含まれる利用可能な経過和音が少ないからである。
短調から出発する場合、共通音を持ちながらの和声進行のためには、しばしば後続調の前
に経過調を通過する必要がある場合もある。
短調から出発する例
原則として、転調に掛かる和声進行においては、滑らかな声部連結が最重要なのであり、
跳躍はバス以外には無い方が良いのである。バスにおいても、増和音の跳躍は好ましくな
い。増音程の跳躍進行は外声部にあると不快なのである。例えば、バス声部に増二度がど
うしてもある場合、これは減七度に反転させることで回避できる。(増音程の跳躍進行は
例外として上行進行で内声が受け持つ限り許容される。)
バスが増二度進行する例(左)と反転させた例(右)
アルトが増二度を持っている例(左)とソプラノが持っている例(右)
離脱和音の上三声に限定進行の音が含まれ、なおかつ転調により、そうした音が限定進
行できない場合、限定進行音は保続させるか、増一度進行させる。
限定進行音(導音あるいは属七和音の第七音)を保続あるいは増一度進行させる例
ただし、限定進行音の中で、特に導音だけは、転調に際して跳躍上行も許容される。
導音が上行跳躍する例
転入和音が II7 あるいは IV7 の場合は、これらの和音の第七音は予備を必要とする。
属七和音を経過する最も簡潔な転調の例を以下に列挙する。
属七を経過する方法に次いでは、①属九を使う、②その他の七の和音を用いる、③減七
和音を用いる、④減和音の第一転回形を用いる、といった手段が多い。(これらはどれも
属和音の一種と考えることが出来る。)この中で一番使い勝手がいいのは減七の和音であ
る。属九や短調の付加七和音などは連結が難しい。 ① 属九を使った例
②属九の根音省略形を使った例
③減五和音の第一転回形を利用した例
転調した後、後続調の確立を確固たるものにする為に、もう一度、後続調だけでケーデ
ンスを作ることもよく行われる。