電力自由化、生活はどうなる【言論アリーナ報告】

電力自由化、生活はどうなる【言論アリーナ報告】
GEPR 編集部
アゴラ研究所・GEPRの運営するアゴラチャンネルのコンテンツ言論アリー
ナ。8 月 4 日に「電力自由化、生活はどうなる?」を放送した。
電力とエネルギーのシステム改革が現在行われている。これまで残した規制部
分を取り外し、自由化を進めようという取り組みだ。その意味と影響を専門家
が語り合った。
出演は、山内弘隆氏(一橋大学大学院商学研究科教授)、澤昭裕氏(国際環境
経済研究所所長)、司会は池田信夫氏(アゴラ研究所所長)だった。
山内氏は公共経済学の著名な研究者として知られ、エネルギーをめぐる制度設
計にも、かかわる。澤氏は元経産官僚で、今はエネルギー政策の研究者として
活動。池田氏は経済産業研究所の上席研究員として、IT とエネルギーの制度づ
くりの研究をしてきた。
山内氏、澤氏は共編著で、『電力システム改革の検証-開かれた議論と国民の選
択のために』(白桃書房)を出版している。
なぜ、今、自由化なのか
池田・2022 年までに、電力では発送電分離が行われる予定です。何が行われる
のでしょうか。
澤・いろいろな説明の仕方がありますが、本質は料金設定の見直しです。規制
のかかっていた 4 割の家庭用向けを自由化して、総括原価と呼ばれる料金算定
方法をなくします。これは、料金を規制当局の査定で決めて過度な上昇を抑え
ると共に、投資分を料金で確保しやすくするもの。地域を独占、発送電の一体
運用もセットでした。それで地域への安定供給義務を課していました。こうし
た料金が自由に動くようになる一方で、ビジネスも自由になります。
池田・私は経産省の研究所にいて澤さんも同僚でしたが、1990 年代から役所と
電力業界は自由化で争ってきました。大口は自由化されたものの、家庭用は規
制料金を残しました。なぜ今、行うのでしょうか。福島原発事故で、電力の政
治力がなくなったためでしょうね。
澤・その面はありました。今回は、原発事故の批判が、原子力そのものへの批
判、東電への批判、さらには電力批判にまで広がりました。また原発事故と東
日本大震災の後の停電で、電力制度が疑問を持たれました。以前からの経産省
の中にあった自由化論が、政治バランスが傾いたことで実現してしまいました。
山内・ただし 90 年代の自由化と違い、新しい論点があります。震災の後、災害
に強い分散型にしようという議論がありました。スマートグリッドなど、新技
術も登場しています。それには今の電力システムでは、対応できないという主
張がありました。たしかに、そのような指摘は適切な点があります。しかし自
由化がすべてを解決するというものでもないんです。理論と現実の調整が必要
です。
電力自由化で注目されるのは料金です。電力自由化を欧州諸国は行い、米国は
州ごとにまちまちです。しかし自由化が進んだ 2000 年代半ばは、原油価格が上
昇したために、電力料金も下がりづらかった。この点でも検証が難しいのです。
池田・電力自由化は通信の自由化と比較されます。日本もそうですが、各国の
通信自由化では新規参入が起こり利便性も向上し、市場も拡大しました。
澤・似ているところもありますが違いも考えなければなりません。通信は差別
化が可能です。けれども、電気は財が電力で、なかなか差が出ません。値段で
選ぶ消費者が大半です。私はどちらかというと「市場原理主義者」で、どんな
政策でも原則自由を主張してきました。けれども電力は失敗の場合のインパク
トが大きすぎるので、自由化はやってもいいけど、大変慎重にやるべきという
考えです。
山内・そう思います。特に電力は、発電と小売りがこれまで一組織で運営され
てきました。私は「すりあわせ」という言葉を使いますが、時間、地域、非常
時の対応などが、組織内でできた。それを今度はばらばらに動かすわけです。
そして調整は、卸電力市場や広域機関などが行う予定です。私は技術者ではな
いですが、かなり難しいことになるでしょう。新規参入、再エネなど、新しい
電力供給の問題も考えなければなりません。
社会主義的政策と自由化共存の矛盾
池田・政府は今年 4 月にはエネルギー基本計画を決め、2030 年に再エネ 22〜24%、
原発 20〜22%とする電源構成を決め、再エネは補助金で増やす方針を出しまし
た。統制を志向する社会主義的政策も併用させています。また温暖化対策で、
温室効果ガスを 2030 年に 26%削減するなどの目標も掲げた。これは矛盾ではな
いでしょうか。
澤・国も制度設計で詰めていないんです。例えば、「安定供給」をどうするか
という問題で、経産省の文章では「安定供給マインドの維持」という、自由化
では言うべきではない精神論が出てきます。自由化でそれを期待をすることは
難しい。市場取引と事前の取り決めに基づく契約で決まるべきでしょう。
池田・電力会社は今、原発の強制的な停止もあり、設備投資計画が成りたたな
い状況です。
山内・総括原価方式には事業者としては、設備投資を考えやすい制度でした。
今後、価格がボラタイル(変動)な状況になると、たしかに意思決定は難しく
なります。特に、送配電網の投資なども難しくなるでしょう。電力事業は、初
期投資がかかります。設備への配慮も必要になるでしょう。
新規ビジネス誕生の期待
池田・ただし電力自由化でのメリットも、かなり多いと思います。
山内・今回の自由化で、印象に残ったのは、電力は裾野が広いために、そのシ
ステム改革に関心が高く、参入意欲を示す企業が多いことでした。さまざまな
ビジネスが生まれているわけです、また既存の電力会社も、真剣に自分たちの
ビジネスを組み替えようとしています。
東京近郊の電力には需要があり、また東電が電力料金を上げてしまいました。
そのために東京近郊に、参入を狙っています。東電は10%ぐらい他社にとら
れかねないとも述べている。その量を失うことは、かなりきついでしょう。
セット料金など、携帯で行われたサービスなどを行う予定です。しかし目立つ
ことに飛びついているようにも見受けられます。いずれマーケティング、セグ
メントなどをしっかり分析するようになっていくでしょう。
澤・電力会社には失礼ながら、彼らは今まで、大もうけはできないけど、楽し
て経営できたわけです。明治から昭和初期まで、凄まじい事業者間競争をやっ
てへとへとになりました。戦時体制でまとまった後で、それを見直した松永安
左衛門が、競争と規制をミックスさせた制度をつくりました。「子孫のために
美田を残さず」の逆で、よくできた居心地のいい制度だったために、経営をし
なかった面があったわけです。
日本の企業にありがちですが、一方向にいくと、みんながその方向に進む。今
回の電力自由化も意外に本気でやるかもしれません。ただし日本は少子高齢化
と産業の縮小で、需要が落ち込みます。結局は限られたパイの奪い合いになる。
欧州のように多国間でやることも考えなければならないでしょう。
山内・独占から始まる自由化は、公正な市場メカニズムをつくるのはとても難
しい。独占者が強いので、参入者がかなわないことがある。消費者が利益を実
感できるようになるか。競争がうまく機能するか。実際に動かしてみて初めて
分かることがでてくるでしょう。
原子力の行く末は?
池田・原子力についてはどうなるのでしょうか。電力会社には温度差がありま
すが、手放したく思っている会社もある。またバックエンド問題も議論が始ま
っています。
澤・これは国の方針を明確にしなければいけません。私は原子力について、リ
プレイスの形で日本のために行うべきと、考えています。ところが電力会社に
とっては電源の一つでしかなく、原子力だけをやるわけではないのです。今の
状況では尻込みするでしょう。2年前、自由化論議の進んだときに行うべきで
した。ようやく原子力のバックエンド問題、論点の洗い出しが国の政策で行わ
れています。
いろいろな対策が考えられます。原子力国営化論も浮上するでしょうし、もし
つくるなら英国のように原子力の電源を固定価格買い取り制度にして、投資を
しやすくする方法もあります。ですが、それには政策的な決断をしなければな
らないでしょう。自由化が背中を押し、原子力はかなり厳しい状況になってい
ます。
池田・電力自由化のこの問題は今後も続いていくでしょう。最後に一言言いた
いのですが、電力を考える場合に、良いとか悪いなど倫理を持ち込むのは無意
味だと思います。例えば、電力会社を懲らしめるとか、良い電源再エネを大切
にし、悪いエネルギーの原発を潰すとか。自由化は善で規制は悪だとか。それ
よりも、エネルギー価格の低下、安全、安定供給をいかに実現するかという、
政策の目的を考えるべきと、思います。
山内・そう思います。付け加えるとすれば、理想通り動かないことを認識すべ
きでしょう。市場原理に基づき、需給が逼迫すれば価格は上昇することもあり
ます。自由化も、料金が下がる場合も上がる場合もある。こうした事実を正確
に消費者に示して、国民的な議論をしていくことが必要です。
(2015 年 8 月 17 日掲載)