アートによる心理療法のすすめ - クエストセラピスト養成スクール

「アートをつかった心理療法のすすめ」
クエスト総合研究所 アートセラピースクール校長 柴崎千桂子
○現代病にアートセラピー
脳科学からいうと、心の働きに脳が大きな役割を担っていることは間違いないようです。
そして、心だけでなく脳と身体もまたお互い密接に関わりを持っています。
現代人の多くが、「朝起きると体がだるい」「何となく気力がもてない」
「何に対しても面倒に思える」「疲れやすい」こういった体の不調を訴えるのを耳にします。
あるいは、「くよくよ考えてしまう」「ポジティブにものごとをとらえられない」「何に対して
も自信がもてない」「新しい場所、対人関係がおっくうになる」こういった心の不調の声も、
よく聞こえてきます。
個々人により理由は様々ですが、それが長引くと慢性化し、
深刻なものに発展しかねません。
できるだけ早期のうちに改善しておくことが大事ですが、
なかなかそうもいきません。
脳科学の視点では、こういった心や体の働きへの影響は、すべて「脳の役割」がうまく機能
しないためであると、言われているようです。
長年アートをつかった心理療法をするものから言わせてもらえば、アートを使った心理療法は、
この「何となく・・・」といった体や心の不調にバランスをもたらす効果があると考えます。
何故なら、こういったアンバランスな状態は、現代人である私たちがいつしか論理的思考の
左脳ばかりを使うようになり、右脳はそれほど使わずとも成りたつ生活を強いられることで、
心と体のバランスを崩したもの、と考えるからです。
その証拠にアートをつかった心理療法を受けた方の多くが、
「理由はわからないけれど、とてもすっきりした」
「心が落ち着いてきた」
「やる気がでてきた」
と、感想を述べられる方が多いようです。
○お魚が病気を食べてしまう
女性30歳 T 子さんは、初期の子宮がんと言われ治療後も再発を怖れ、不安で落ち込む日々が
続きました。そんなことが長引くうちに、次第に気力も体力も落ちてきてしまいました。
私のもとへいらした彼女が描いたアートは、彼女の子宮の絵でした。そしてその子宮の悪く
なった部分に、小さな魚がたくさんやってきて、その悪い部分を食べているという絵でした。
彼女はセッションを受けるたびにその絵を何回も、
彼女の気持ちがすむまで繰り返し描きました。
そして、描いた後に「魚がたくさん食べてくれるのが
とてもすっきりする」と満足そうに話してくれたのでした。
ここでいうアートとは、素直に表現したいと思う自己表現のことで、
いわゆる芸術的なアートのことではありません。
「自分の心に湧き上ってきた気持ちや感情を、何らかの手段で表現し誰かに伝えること。
あるいは、そのことを通じて自分の心が今どのような状態にあるのかを知ること」が
自己表現だと、日本のアートセラーの草分け的な存在である安彦講平氏は言っています
誰のためでもなくて、自分のためのアートは「何となく…」といった、本来「形」になり
にくい、目には見えないものを具現化し心全体のバランスをとっていくのです。
T 子さんは、その後生きる意欲を取り戻し体のバランスも取り戻して今では元気に生活
しています。
○右脳と左脳のバランスをとるアートセラピー
アートを使った心理療法は、言語的な左脳だけでなく非言語的な右脳をつかうところに
特徴があります。
1枚の絵を描いたり、ものづくりには、
① イメージする
② それを構成する
③ 実際に作る 描く
④ そこに現れた気持ち・感覚を確認する
⑤ 作品について、セラピストと話す
と、いったプロセスがあります。
このプロセスの中には同時に
◎ イメージする力
◎ 思考力
◎ 行動力(実際に作業すること)
◎ 感情感覚
◎ 認知
これらの事が行われています。
この事が、右脳と左脳のバランスを取り戻していくことになるのです。
言いかえれば、アートを使った自己表現には、脳全体を働かせる効果があります。
さらにそのことは心と体全体のバランスを取り戻すことに役立つと言えるのかもしれません。
また、目には見えない心が作品として目に見える形で残されることで、自分の人生を客観的に
再認識し、生きるうえでの再決断がしやすくなるとも言えるのです。
○大人のための幼稚園があったら
簡単なアート表現をするだけで(芸術的なものではない)、心全体のバランスがとれ、
再決断や再認識もできるようになるのであれば、やらないよりやったほうがいいように
感じますが、どうでしょう。
「でも…、とはいってもアートが苦手」
「絵を描いたのは子どもの頃だけだ」
と言う人は、とてもたくさんいらっしゃいます。
私もかつて思ったことです。
私たちは美術教育の中で芸術家になるわけでもないのに点数をつけられてきました。
だから、絵を描くことが怖くなってしまいます。誰でも評価は嫌ですよね。
でも、私たちに与えられた「表現する喜び」や、「創造性(クリエイティビティ)」を、
そんな理由で閉じ込めてしまっては、もったいないと思いませんか?
この20年間多くの人に会ってきましたが、老若男女、表現することの嫌いな人に出会った
ことは、ありません。
現代人は、インターネットという手段を使い自己表現に挑戦しています。
「人は自己表現することで、自分らしく生きていける」
私はこの考えに大賛成です。
私たちに必要なのは、治療すことが目的ではない
「癒しとしての、そして自己表現としてのアート」なのです。
もちろん、この過程で「病」が治癒するケースもいくらでもあります。
私たち現代人に必要なのは、「大人のための幼稚園」なのかもしれませんね。
そこで、したい表現を自由に思い切りする。そしてとことん心を遊ばせてあげられる
楽しい場所を企業・教育・医療・行政内に作ることが、現代社会のストレスケアであり、
予防医療の役割として社会に貢献できるものだと考えます。
* 参考文献:「心を癒す芸術療法」 徳田良仁 (ごま書房 )
「無意識と出会う」 老松克博 (トランスビュー)
「芸術療法ハンドブック」 C・ケイス /T・ダリー (誠信書房)
柴崎千桂子プロフィール
クエスト総合研究所 アートセラピースクール校長 クリニカルアートセラピスト
医療法人榎会榎本クリニック(精神科)でアートセラピストとして従事し(1999 ∼ 2012)、
アウトサイダーアート展開催スタッフや昭和女子大学オープンカレッジ講師、東京足立病院精神科、
順天堂大学病院・聖路加国際病院小児病棟など医療機関にてアートセラピーの提供。
現在、赤坂溜池クリニック(2014 ∼)高野山大学大学院臨床宗教学講師(2015 ∼)
芸術療法学会会員・精神衛生学会会員
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2015/10/13 発行
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