初期集中支援チームの有効性と認知症の人の精神科入院の問題

初期集中支援チームの有効性と認知症の人の精神科入院の問題
海上寮療養所
上野 秀樹
今回の認知症施策の要である初期集中支援チームの有効性と認知症の人の精神
科入院に関して考えてみました。
初期集中支援チームは、地域拠点から心理士、作業療法士、看護師、ソーシャ
ルサーカー等で構成された専門家チームによって提供される、認知症の人に対
する包括的な初期集中支援サービスです。
具体的な早期アセスメント、早期介入は以下のように行われます。
認知症が疑われる人
→心理士、作業療法士、看護師、ソーシャルサーカー等で構成された専門家
チームが出向き、徹底的なアセスメントを行う
→診断会議
→当事者・家族に時間をかけたフィードバックを行い、早期支援を開始
初期集中支援チームの中心は、心理士、作業療法士、看護師、ソーシャルサー
カー等で構成された専門家チームです。医師は非常勤雇用で、その主な役割は
診断会議での助言が主です。初期集中支援チームのポイントは、あくまでも医
師をメインに据えないことだと思います。認知症の診断ができる医師を週半日
~程度雇うというようなかんじでしょうか。
初期集中支援チームの重要な役割は、認知症であることがわかったとき、地域
での生活を最大限続けられるように物理的&人的環境を調整することと、介護
者に今後の経過やケアの選択肢に関する十分な説明とガイドを伝えることにあ
ります。
具体的には、
1.混乱しない物理的な環境を整えること
たとえば、バリアフリー化 ←段差で転倒・骨折し入院加療が必要になっ
たりして、認知症の増悪や ADL の急速な低下で、在宅生活が不可能になって
しまうことを防止。
たとえば、火の元の IH 化 ←認知症が進行してガス器具が使えなくなった
段階で、IH に変えても使い方をマスターすることはできず、この時点で在宅生
活は不可能になってしまう。しかし、初期介入時、本人の能力が残っている段
階で、IH に変えることができれば、地域での生活を最大限に続けることが可能
になる。
初期介入の段階でこのくらいのコストをかけても地域生活を最大限続けられれ
ば、十分に回収可能なのでしょう。
2.混乱しない人的環境を整えること。
→家族や周囲の人が本人の認知症に対して理解し、対応の仕方を工夫する
ことができるようになる。不適切な対応で、精神症状・行動障害が生じるのを
予防することが可能になる。
3.今後の認知症の経過に関して、おおよその予測が可能になること
認知症の 2 種類の症状、認知機能障害と精神症状・行動障害に分けて考えてみ
ます。
・認知機能障害の進行
→将来、どのような状態になるのか、そのときに利用できるサービスにはな
にがあるのかを事前に周囲の人が理解することができる。
→認知症が進行しても周囲の人が混乱せずに、最適なサービスを利用するこ
とが可能になる
(認知症の介護者からは、なにしろ初めての経験なのでどんなサービスがある
のかとか、本人のために何を利用すると良かったのかが、わからなくて大変だ
ったという感想を聞くことがあります。)
・精神症状・行動障害が生じたとき
→あらかじめどのような症状が出現する可能性があるのかがわかっていれば、
驚いたり、混乱しないで対応することが可能になる。また、どこに相談すれば
いいか、どのように対応すればいいか、あらかじめわかっていれば、軽い段階
で早期の対応が可能になる。
(認知症の人の精神症状・行動障害に関しては、家族が驚き、当惑してしまい、
どこに相談したらいいのかがわからずに時間を空費し、ひどい状態で事例化す
る場合がよくあります。精神症状・行動障害も軽い状態であれば、ちょっとし
た介入、治療で改善する可能性が高いのです。)
認知症になっても生き甲斐を持って生活できる社会を
一般の人に認知症の講演会をするときに、予防法について話すと皆真剣に聞い
てくれます。一般の人は認知症になることを恐れているのです。なぜでしょう
か。
それは、
・認知症になると生き甲斐を持った生活を送れなくなってしまう
・認知症になると周囲に迷惑をかけてしまう
ことを恐れているからではないでしょうか。
日本でも初期集中支援チームが普及し、周囲が理解して本人の生活を適切にサ
ポートすることができれば、生き甲斐を持った生活も可能になると思います。
また、初期集中支援チームが普及し、必要時に最適なサービスを利用できるよ
うになれば、周囲の介護の負担も最小限にすることができることでしょう。
認知症が進行した状態になってから事例化するとと、いきなりたくさんのサー
ビスが必要になったりして、サービス供給側にも混乱を生じたりするのではな
いかと考えています。
初期集中支援チームの位置づけとしては、
マクロな(社会全体の)認知症啓発
→キャラバンメイト養成事業など
ミクロな(個別のケースでの)認知症啓発 →初期集中支援チーム
と言えるかもしれません。
初期集中支援チームと認知症訪問診療の違い
まだ問題の生じていない認知症の人への早期介入・支援によって、その地域生
活をサポートする初期集中支援チームに対して、当院などで行っている認知症
の人に対する訪問診療(身近型認知症疾患医療センター)は、認知症でいろい
ろな症状が問題になってからその問題を解決しようとする方法です。両者は車
の両輪のようなものであるとも考えられますが、問題が起こる前に先手を打っ
て生活を支える初期集中支援チームの普及を第一に図るべきでしょう。
国民全体に対するマクロの認知症の啓発としてのキャラバンメイト養成、ケー
スごとのミクロの認知症啓発としての初期集中支援チームが普及すれば、もし
家族や近隣の人、職場の同僚などが認知症を発症しても、周囲の人が対応に迷
ったり、慌てたりすることが少なくなり、また、認知症の本人は、適切な支援、
サービスを早期から受けることが可能になることでしょう。
初期集中支援チームの有効性
認知症で精神症状・行動障害を生じた人に合併しやすい「せん妄状態」という
精神状態があります。せん妄状態では軽度から中等度の意識障害をベースとし
て、幻覚や妄想が生じたり、興奮したりすることがあります。私が経験したせ
ん妄状態の症例で最も重症だったのは 92 歳の血管性認知症の男性でした。2
年ほど前に脳梗塞を発症し、身体的な後遺症はなかったものの、認知機能障害
を生じたのです。ある夜、大暴れして、同居の息子夫婦が救急車を依頼しまし
た。搬送された先は、精神科のない救急病院でした。
せん妄状態で激しく暴れ続けたため、外科の当直医は全身麻酔をかけました。
連絡を受け、都立松沢病院の私の担当病棟に受け入れることになりました。当
初私は、
「いくら暴れ続けるからといっても 92 歳に全身麻酔はないだろう、な
んてひどいことをするんだろう」などと思っていました。睡眠薬を点滴されて
眠った状態で救急車で搬送されてきたのですが、眠りから覚めてみると、本当
にびっくりしました。興奮の仕方が半端でなく、通常せん妄状態に有効な抗精
神病薬がほとんど無効なのです。これは全身麻酔をかけてしまうのも無理はな
いかなと思いました。その後の治療によってもせん妄状態を完全にコントロー
ルすることはできず、半年ほどして亡くなりました。
このケースのポイントは、
「せん妄状態が激しくて、全身麻酔をかけられた」と
いうことではありません。ご家族に話を聞くと、急に激しいせん妄状態を起こ
したわけではなく、夜間不眠になって、少し徘徊したりとか、騒いでしまった
りとか、ごく軽い夜間せん妄が半年くらい前から認められるようになり、徐々
に悪化、ついに大爆発してしまったということだったのです。もし、軽いせん
妄状態の時に適切な精神科医療を受けることができていれば、多分全身麻酔を
かけなければ対応できないような状態になることはなかったと思います。もし、
初期集中支援チームを受けることができていれば、軽いせん妄状態の時に適切
な支援、精神科医療を受けられていたと考えられるのです。
現在、認知症の方に対する精神科医療はほとんど「手に負えない状態になって
からの事後的なサービス」です。重症化するまでの間に家族、介護者が疲弊し
てしまったり、対応するためにいきなりたくさんのサービスが必要になったり、
治療してもあまり改善しなかったりと、あまりいいことはありません。もし、
早めに対応することができれば、家族や介護者が傷つくことを最小限にするこ
とができ、さらにちょっとした治療で劇的に改善することができたりするので
す。
初期集中支援チームは、本人の能力が残っているうちに物理的、人的な環境を
整えて、本人、家族が希望する地域での生活を最大限長期化することができる
だけではなく、あらかじめそのケースでこれから生じてくる可能性がある症状
や状態に関する知識、対応方法を介護者に知ってもらうことで、あわてずに早
めの対応を可能とし、地域での生活の破綻を防ぐ方法なのです。
当面、精神科への入院加療のニーズは高いでしょう。しかし、初期集中支援チ
ームが普及し、有効に機能するようになれば、特に自宅からの精神科入院ニー
ズは大きく減少すると思います。
「精神病床における認知症入院患者に関する調査」(厚労省 H22.9)結果を一部改変
精神科入院ニーズの減少には、身近型認知症疾患医療センターの適切な精神科
医療のアウトリーチによる提供も重要です。現在精神科病院に入院中の認知症
の人の4割程度は、精神科のない医療機関からの転院、もしくは施設からの入
院ケースです。精神科のない医療機関や施設に対して、アウトリーチによる適
切な精神科医療の提供ができれば、こういったケースの精神科入院をほとんど
ゼロにすることが可能になります。
「初期集中支援チームの普及」と「身近型認知症疾患医療センターのアウトリ
ーチによる適切な精神科医療の提供」は、認知症の人の精神科入院ニーズを減
らす車の両輪のようなものであると思います。
認知症の人の精神科入院の問題
精神科認知症病棟の関係者からよく聞く台詞があります。
認知症の激しい精神症状・行動障害、例えば夜間せん妄、徘徊、暴言・暴力、
弄便などの不潔行為への対応で疲労困憊になって、精神科病院への入院を依頼
してきたご家族を誰が非難できるのか、と。
これは、まさにその通りで、私も松沢病院時代には数多くのこういったご家族
に対応してきました。どうにもならなくて真剣に心中を考えていたケースもあ
りました。困り切って、座敷牢をつくって自分の親を閉じ込めていたケースも
ありました。
この問題は 2 つに分けて考える必要があります。
①そもそもこういった状態(精神科病院に入院を依頼するしか対処方法がない
状態)になるまで、適切な援助を受けられなかったという問題
②こういった状態になったときの受け皿が精神科病院しかないという問題
①を解決するのが、初期集中支援チームです。
②を解決するのが、「訪問診療による適切な精神科医療の提供」により、こう
いったケースに対する施設の対応能力を上げることです。
私が考えているのは、良質の医療を提供されている精神科病院の認知症病棟担
当医の先生方に、こういったケースに対応する方法は精神科入院以外にもある
ということを気づいていただきたいということです。
私も松沢病院時代には、こういったケースには精神科入院しかないと信じてい
ました。しかし、実際やってみるとそんなことはなくて、工夫すれば十分に外
来のみで対応できるケースが多かったのです。
精神科医は基本的に病院で医師としての臨床経験を積みます。今のところ日本
の精神科病床の 9 割は慢性期病床で、入院の必要性がない人がたくさん生活し
ています。そういった環境で長く訓練を受けていくうちに、私たちは病棟に入
院が必要ない人が存在していること、入院が必要ないのに病棟で生活している
人がいるということに疑問を感じなくなるのです。たぶん多くの民間精神科病
院の認知症病棟には、入院の必要がない人がたくさん入院していると思われま
す。こういうわけで、「入院しなくても生活できる人が入院しているのはおか
しい」とか、「そういった人を退院させよう」とはあまり思わないんですね。
精神科医の訓練の方法から変えていく必要があると考えています。