「音(BGM) 」の工夫で環境改善

第 4 回
医療法人 大誠会
内田病院グループ
「音(BGM)
」の工夫で環境改善
デイの環境改善は、お金をかけなくても、アイデアと工夫次第で
十分な効果を得ることができます。第4回は「音(BGM)」から環
境改善を考えます。
山下 総司
約 11 年務めた企業を退職後、奈良県内の高齢者
施設(デイ・特養・老健)や障害者施設などで、
介護職員・生活相談員・管理者として約8年間勤
務する。平成 23 年6月に講師、施設環境アドバ
イザーとして独立。平成 24 年 10 月より「NPO
法人シルバー総合研究所 研究員」として活動。
平成 26 年より医療法人 大誠会に介護環境アド
バイザーとして在籍している。介護福祉士、社
会福祉主事、認知症実践者研修修了者。
「無音」の空間は、必要以上に緊張感とストレスを生む
音にはほかの存在を認識する効果がある
皆さんは普段の生活の中で、全く音のしない状態と
いえばどのようなときを思い浮かべるでしょうか?
おそらくほとんどの方は「そんな時間なんてない
ほぼ無音の空間というのは、必要以上の緊張感を
生み出し、それがストレスとなり、いろいろな場面で
悪影響を引き起こしかねません。こうした事態を防
ぐのに、BGM や生活音といった音は重要な役割を
果たします。
のでは…」と考えると思います。あるとすれば、それ
デイの現場に存在する音には、BGM、話し声、物
は寝ているときだけではないでしょうか。デイに来
音などさまざまな音がありますが、ここでは利用者
るのは当然起きているときなので、デイ内には何か
と職員の双方に効果的な音(BGM)について解説し
しらの音が存在しています。
ていきます。
音には、
「存在を認識させる」という効果がありま
す。職員やほかの利用者、近所の人など、人の存在
を感じることで安心感を得ることができます。
起きている時間帯において、音の存在しない時間
というのはほとんどありません。想像してみてくだ
さい。もし施設の中がほぼ無音で会話も少なく、ご
飯を食べるときに食器のカチャカチャする音がフロ
アに響くくらい静かな空間だとしたら、皆さんはリ
ラックスし て 話 せ ま す か? 食 事 が で きま す か?
きっと周囲が気になって小声で話したり、カチャカ
チャ音を立てないようにそぉ∼っと食器を使うこと
になるでしょう。
76 デイの経営と運営 Vol.21 ほぼ無音の空間は、必要以上に緊張感を生み出す
利用者の生活背景などを踏まえた曲がベスト
デイで流すのは昔の曲の方が良い?
デイでかける BGM といえば、どのようなものがあるでしょうか? 私は仕事柄、いろいろな施設に入るのです
が、共通してよく流れているのは「昔の曲」です。
先日、ある施設に入った際に、この部分について職員に聞いてみました。そのときの会話が下記です。
選 曲 の ポ イ ン ト
筆者「なぜこの曲なんですか?」
職員「昔の方ばかりだから昔の曲がいいと
思って」
筆者「今の曲っていうとどんな曲を思い出
しますか?」
職員「○○(流行の曲)です」
筆者「昔の曲って、いつごろの時代の曲の
ことなの?」
職員「……」
昔の曲の基準はあいまい…
「今の曲」というと、大体の方
は流行の曲、CMソングなど、
比較的狭い範囲の中で答える
つまり…
根拠のある選曲をすべし !!
「昔の曲」という範囲がいかに幅広く、その選択肢となる曲数、歌手が
多いことを考えるだけでも、昔の曲の基準はあいまいと言えます。昔の
曲の方が良いというならば、せめて利用者の生活背景、時代を知った上
で、ある程度の範囲を絞って考える方が、利用者にとっても思い出して
くれる可能性は高くなります。
昔の曲は「回想法」に効果的
昔の曲は、回想法では効果を発揮します。それは、回想法をする前に
きちんと職員が説明をはさんでいるからです。
例えば、曲を流す前に「今日は昭和 10 年ごろに流行った曲や映像を流
しながら、その時代に流行ったこと、過ごし方などを思い出していろい
ろとお話ししましょう」というように明確にポイントを示せば、聞く側
もしっかりと意識をして曲を聞くことができます。
回想法で用いる曲は、内容を理解して聞こうとするから効果があるの
です。ダラダラと1日中曲を流しっぱなしにするのではなく、思い出す
のに集中できる適度な時間の中で流す方が効果があると考えられます。
Vol.21 デイの経営と運営 77
「BGM」による利用者・職員双方への効果
職員の好きな曲をかけてみる
では、現場でどんな BGM を流せば良いのでしょ
うか? 目的がきちんとあれば昔の曲も有効ですが、
2つの異なることを
同時に理解するのは難しい
ほかにすることがなかったり、会話がないときは
普段から昔の曲ばかり流していては効果はありませ
BGM に意識がいきやすくなります(下記の事例参
ん。意識しないで聞くということは、内容を理解で
照)
。意識して聞くことによって、
聞いたことがない曲、
きていないということになるからです。
自分が知らない曲が流れていると、
「曲を変えて!」
ここで、視点を利用者から職員に変えてみましょ
う。意外と職員は、音楽などを部分的ではあります
がよく聞いています。もし皆さんの介護現場で、職
員の好きな曲を流してみたらどうなるでしょうか?
実は、ほとんどの利用者が曲を流し続けていても
「こんな知らない曲はイヤ!」と言われるケースがあ
ります。
しかし、職員と会話したり、リハビリなどに取り組
んでいるとそちらに意識がいくため、BGM につい
ては「流れているなぁ」という程度で、あまり気にな
特に怒ることもなく、喜ぶこともなく、普段と変わり
らないのです。そのため、ほかのことに意識が移れば、
なく過ごされるケースが多いのです。皆さんの中に
職員の好きな曲が流れていても、利用者が怒ること
は、それがなぜなのか疑問に思われた方も多いと思
はありません。
いますので、その理由をご説明していきましょう。
店内で流れている BGM、気になる? 気にならない?
事例
友人や家族と食事に行く。
お店に入ったら「いらっしゃいませ!」と
いう明るい声の後に、店内の BGM に意識
がいった。
「この曲、私の好きな曲だ!」と意識する。
この段階では曲に意識がいっている
ので理解もしている。
原因
結論
その後、店員が来て注文を聞かれ、オーダー
する。
メニューを見て、考え、会話をしている間
も店内では曲が次々と流れている。
ここで「2曲目は 何の曲だったか?
3曲目は?」と聞かれたら、ほとんど
の方は答えることができない。
メニューを選ぶことなどに意識がいっているので、
BGM を意識して聞くことをしていない
ほかのことに意識が移ると、店内で流れている BGM は気にならなくなる
る
(これを介護現場に置き換えても同じことが言える)
78 デイの経営と運営 Vol.21 職員の好きな曲を流す理由と効果
∼利用者は職員をよく見ている∼
ここまでの説明をまとめると、意識が BGM から
離れているときは、どんな曲が流れていても特に問
題はないということになります。
「それだったらやは
ます。ということは、楽しそうなあなたを見ている
のは、職員より利用者の方が圧倒的に多いのです。
最初は BGM に意識がいっていた利用者も、次第に
あなたの表情や言動に意識が移ります。そうすると、
「今日は何か良いことがあったの?」
「ずいぶん楽し
そうね!」などと声を掛けられるでしょう。
り昔の方なのだから、職員の好きな曲でなくてもい
要するに利用者は施設内の BGM よりも、職員た
いのでは?」という疑問が皆さんの頭に浮かんでい
る皆さんの表情や言動の方に興味があり、意識して
ますね。では、こんな場面を思い浮かべてください。
いるということです。
介護の仕事を始めたころに上司や先輩から、
「現
現場では、自分の好きな歌手が歌う曲が流
場では明るく元気に笑顔でね!」と教えられた方が
れています。好きな歌なので、気分も良く、軽
ほとんどだと思います。辛そうな表情、怒ったよう
快な動き、明るい表情になっている姿は想像
な表情だと利用者が心配をして気を遣い、度が過ぎ
できると思います。そのとき、そんなあなた
るとそれがストレスとなり、施設を利用することに
を誰が見ていると思いますか? 職員でしょう
も否定的になる可能性
か? それとも利用者でしょうか?
があります。
職員が明るく笑顔で
現場は限られた人数で動いているので、1ヶ所に
複数の職員が固まっているケースは少ないかと思い
いることは、とても重
要なのです。
「音」の存在は安心を生み出す
音というものは日常生活の大体の場面で存在する
表 介護現場の状況に合わせた選曲
ものであり、なくてはならないものです。無音の空
介護現場の状況
曲名またはジャンル
間は、視線を必要以上に感じ、周囲に対して必要以
リハビリ・レク中
歌謡曲など比較的明るい感じの曲
(職員が笑顔で明るくなる曲)
クラフト制作中
歌謡曲など比較的明るい感じの曲
(作業内容により静かな曲も)
静養室
ヒーリング、癒しなどの静かな曲
食事中
食事を意識する意味で、
リハ・レク、クラフト、
静養などとは違う曲にする(クラシックなど
は比較的落ち着く方が多い)
そのほか
利用者の好きな曲などを流す場合は、本人に
しっかりと意識させる工夫をすることが重要!
上に気を遣い、必要以上の緊張感とストレスを生み
出すことになるからです。
認知症の方であれば、そのストレスは認知症の進
行を助長してしまうことがあります。また、耳が遠
い方の場合、職員はその方に大きな声で説明をして
理解を得ようとしますが、静かな空間ではそれが利
用者を叱責しているように聞こえたり、大声で言う
ことで職員に対して不信感を持つこともあります。
もちろん空間を構築する中で、
「賑やかさ」と「静
リハビリやクラフトなどの時間は現場の雰囲気、
職員の表情、動きを快適にするのが目的なので、原則、
けさ」が共存することは大前提ですが、静けさの中
好きな曲なら何でも良いと思いますが、実際の現場
にもそれなりに音は存在します。そう考えると、デ
ではやはり歌謡曲が多いようです。ただし、利用者
イの現場で音が存在する空間をつくっていくことは
がはっきりと自分の好きな歌手や曲などを希望され
重要であり、それは慣習的な考え方、つまり「昔の人
た場合は、利用者優先です。
だから昔の曲が良い」ということではなく、きちんと
「音」は利用者の状況を左右するほどの影響がある
目的と比較、効果と方法を理解した上で、現場の状況、
ものと理解して、より良い環境づくりをしていただ
利用者、時間帯、目的に合わせて提供すべきです(表)
。
きたいと思います。
Vol.21 デイの経営と運営 79