p75LNTRの多様なシグナルカスケードの大脳皮質発達

岐阜薬科大学特別研究費 (2008)
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―平成20年度 岐阜薬科大学特別研究費(奨励)―
p75LNTR の多様なシグナルカスケードの大脳皮質発達における意義
福
1.緒
光
秀
文
言
皮質の発達障害を考察する。
認知、記憶などの高次脳機能を営む大脳皮質が正常に
機能するには、局所および脳領域間の神経連絡が質、量
ともに過不足なく確保される必要がある。そのためには、
胎児期での神経細胞の発生、軸索投射、幼児期での不要
な神経連絡の排除、選択的な神経細胞死、成人に至るま
での神経細胞、あるいは神経回路の機能的成熟などの
様々な発達プロセスが滞りなく遂行されなければなら
ない。この大脳皮質発達過程での異常が自閉症スペクト
ラム、統合失調症などの精神疾患の病態形成の一因にな
っていると考えられている。しかし、それぞれのステッ
図1
プを制御する分子機構の詳細は不明であり、病態形成の
結合することで、様々な生理活性シグナルを伝達する。
p75LNGTR は多種、多様な分子と異なる組み合わせで
理解および治療戦略確立の大きな障壁となっている、
そのような中、申請者は、発達中の大脳皮質に発現する
様々なサイトカインの役割を明らかにしてきた1)-3)。特に、
ニューロトロフィン(NT)ファミリー神経栄養因子である
NT3 は神経細胞の生成
1)
を促進し、BDNF (NT2) は生成す
2.実
験
全長型あるいはC末端欠損型のソーチリンおよび
p75LNGFRの発現ベクターの作成
る神経細胞の軸索の投射指向性を変更するなどの新規機
松山大学野元裕教授より供与されたラット p75LNTR cDNA
能を発見した3) 。このことは、NTおよびその受容体からの
を鋳型として、PCR 法により細胞内ドメインを欠く p75LNTR
シグナルが大脳皮質の発達に重要な役割を担っているこ
を発現するベクターを作成し、DNA シークエンサーにより
とを意味している。そのシグナル制御分子として重要な役
その配列を確認した。また、McGill University Stephane
割を演じているのがニューロトロフィン受容体 『p75
LNTR
』
Lefrancois 教授より供与されたソーチリン cDNA を鋳型
はニューロトロフィン以外の様々な
として、同様にPCR 法を用いて、細胞内ドメインを欠くソ
分子と異なる組み合わせで結合して、1) 神経突起の伸長
ーチリンを発現するベクターを作成した。なお、その後の
と退縮、2) 神経細胞の生存とアポトーシス誘導などの相
解析における必要性から、それぞれ p75 全長型およびC
反するシグナルを伝達することが中枢組織の損傷修復の
末端欠損型のcDNA には FLAG-tag を、ソーチリン全長型
メカニズムとして明らかとなりつつある (図1参照)。こ
およびC末端欠損型の cDNA には His-tag をコードする
のことは使用頻度の高い特定の神経回路を選択的に発達
DNA 塩基配列を付加した。
である。近年、p75
LNTR
させ、高次機能を営む大脳皮質においても、極めて重大な
意味を持つことが予想される。なぜなら、同一神経突起内
あるいは同一細胞内における各々のp75
LNTR
複合体の存在
比が変化することで、神経連絡あるいは神経細胞自身の取
そこで、本研究では、p75
COS7 細胞 (サル腎臓由来線維芽細胞) を 50 万細胞/6
穴の密度になるようにディッシュに播き、Lipofect AMINE
捨選択が決定するからである。
LNTR
全長型あるいはC末端欠損型のソーチリンおよび
p75LNGFRの発現ベクターの in vitro 機能解析
各複合体の構成分子を強
法により遺伝子を導入した。遺伝子導入 48 時間後に細胞
制発現させ、各々のシグナルの増強が大脳皮質発達に及ぼ
を細胞溶解液に回収し、超音波破砕、遠心分離を行なった。
す影響を明らかにし、そのシグナルの均衡崩壊による大脳
上清サンプルは SDS-PAGE 法を用いて展開し、それぞれの
岐阜薬科大学生体機能解析学大講座分子生物学研究室(〒502-8585 岐阜市三田洞東5丁目6-1)
Laboratory of Molecular Biology, Department of Biofunctinal Evaluation, Gifu Pharmaceutical University
(5-6-1, Mitahora-higashi, Gifu 502-8585, JAPAN)
福光秀文:p75LNTR の多様なシグナルの大脳皮質発達における意義
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FLAG- あるいは His-tag を特異的に認識する抗体を用い
も同程度の突起進展活性が認められた。また、全長型の
てウエスタンブロット法を行なった。
p75LNGF 遺伝子を導入した群では伸長した突起の長さが若
次に、PC12 細胞を 2 万細胞/24 穴ディッシュの密度で
干長くなったことを除けは、対象群とほとんど変化がみら
培養した後、ソーチリンの全長型あるいはC 末端欠損型の
れなかった (NGF+p75full, または NGF p75 full)。一方、
LNGFR
あるいは TrkA の細胞内局在に及
p75LNGFR の細胞内ドメインを欠く p75LNGFR を発現させた
ぼす影響をそれぞれを特異的に認識する抗体を用いて細
場合、細胞外液に NGF を添加した群では有意に突起伸長
胞免疫染色法により解析した。
の低下が観察された (NGF+p75ECD) が同一細胞で NGF を
遺伝子を導入、p75
LNGFR
さらに、全長型あるいはC末端欠損型のp75
の発現
ベクターをPC12 細胞に遺伝子導入し、細胞外液にNGF を
産生させた場合、突起伸長の阻害効果はほとんど認められ
なかった (NGF p75ECD)。
添加あるいは 同一細胞にNGF 発現ベクターを遺伝子導入
し、突起伸長に及ぼす影響を検討した。
3.結果および考察
COS7細胞への遺伝子導入とウエスタンブロットの結果
から、それぞれの発現ベクターからは期待通りのタンパク
質が発現されることを確認した(データは示さず)。
ソーチリン細胞内ドメインを介して、p75LNGFR とともに
NGF 前駆体の細胞死カスケードを誘導するばかりでなく、
BDNFの細胞内輸送を制御して、シナプス刺激に応じた分泌
を変化させることが知られている。そこで、NGF 受容体
(p75LNGFR および TrkA) の細胞内局在にも何らかの影響が
あるのではないかと考え、全長型あるいは細胞内ドメイン
図3
PC12 細胞の突起伸長に対する p75LNGR
細胞内ドメインの影響
を欠くソーチリンを発現させ、特異抗体を用いた細胞免疫
蛍光染色法により、p75LNGFR および TrkA の細胞内局在を
今回の検討では、大脳皮質の発達に及ぼす影響の解析ま
検討したが、いずれのタンパク質を誘導した群でも、受容
でには至らなかったが、その準備段階として、いくつかの
体タンパク質の細胞内局在は対照群と何の変化も認めら
ツールを作成することに成功した。また、PC12 細胞を用
れなかった (図2)。また、細胞外液にNGF を添加した場
いた実験から、同一細胞でNGF とその受容体を産生して
合、いずれの群も対象群と同程度に神経突起様構造物を伸
いる場合と細胞外液に存在する NGF を受容する場合で
長させた(データは示さず)。したがって、ソーチリンは
は、突起伸長に及ぼす p75LNGFR の役割が異なる可能性を
NGF の突起伸長活性あるいはその受容体の局在には影響
示唆する知見を得ることができた。このことは今後、in
を与えないことが明らかになった。
vivo の大脳皮質神経ネットワーク構築に及ぼすp75LNGFR
の役割を考える上で有益な情報になると考えられる。
4.参考文献
1) Fukumitsu, H., Ohtsuka, M., Murai, R., Nakamura, H., Itoh,
K., and Furukawa, S. (2006). Brain-derived neurotrophic
factor participates in determination of neuronal laminar
fate in the developing mouse cerebral cortex. J Neurosci
26, 13218-13230.
図2
全長型あるいは細胞内ドメイン欠損型ソーチリン
遺伝子導入細胞(緑)における p75LNGFR の細胞内局在(赤)
最後に、PC12 細胞を用いて、NGF 遺伝子を導入した群
と NGF を細胞外から添加した群の2群における p75LNGFR
の機能の違いを検討することにした (図3)。対照群の
GFP 遺伝子のみを導入したPC12 細胞では、NGF を細胞外
液に添加した群 (NGF+GFP) も遺伝子導入した群(NGF GFP)
2) Ohtsuka, M., Fukumitsu, H., and Furukawa, S. (2009).
Neurotrophin-3 stimulates neurogenetic proliferation via
the extracellular signal-regulated kinase pathway. Journal
of Neuroscience Research 87: 301-306.
3) Ohtsuka, M., Fukumitsu, H., and Furukawa, S. (2008).
PACAP decides neuronal laminar fate via PKA signaling in
the developing cerebral cortex. Biochem Biophys Res
Commun 369 1144-1149.