カイザルのものはカイザルに

カイザルのものはカイザルに
ルカによる福音 80
カイザルのものはカイザルに
20:19-26
「カイザル」はローマ皇帝のことです。高校の教科書には「カエサル」と
ラテン読みさせている筈です。昔は英語式に、たとえばジュリアス・シーザ
ーと言ったものですが、今はユリウス・カエサル。もっともこの年の皇帝は
ユリウスではなく、ティベリウス・カエサルです。
そのカエサルに貢を納めるのは良いか悪いか―というのが、ユダヤ議会
からの回し者たちがイエスにぶつけた問題でした。この「貢」という漢字や
「入貢」という熟語は、大体国から国へ貢を納めて臣従を表明する連想がつ
いて廻りますから、何かユダヤ国からローマへ貢を送る話みたいに読めない
でもありません。
本当はローマが属領の住民から徴税した頭割りの税、いわゆる人頭税の徴
収に応じるか断乎拒否するかという問題なのです。税額は年に一人当たりい
くら位だったか、色々調べてみましたけれど、よくわかりません。これはロ
ーマの国税でして、徴税責任者はカイザリヤの総督ですけれど、そこからロ
ーマに送られて fiscus といわれる国庫に入ったわけです。
この時代のユダヤ人はこのローマの人頭税の他に、ガリラヤなどではヘロ
デが二重に人頭税を取りました。それに農作物にかかる税、輸出入にかかる
関税、道路や橋の通行税、塩とか一部の物品にかかる税、それに宗教上の税
としてはエルサレム神殿のひとり頭半シケルの税等、何重にも課税されてお
りましたが、中でも最も評判の悪かったのがこの
と呼ばれ、または
と言われた頭割りのローマ国税でした。
- 1 -
Copyright えりにか社 2008 All Rights Reserved.
カイザルのものはカイザルに
何でもこれを A.D.6 年に施行した時、ガリラヤでは大反乱が起こって、ロ
ーマ軍が鎮圧しております。リーダーはユダという人物で、この人はゴラン
高原あたりから出ております。今日のシリアとイスラエルが戦車で取り合い
をする戦略地点ですが、2000 年前からあの辺りに立てこもってやっているの
ですね。
そういうローマ国庫へ直接行くような税を納めるのは、ユダヤ民族がロー
マの属国であることの告白だから、これだけは絶対に応じられないと拒否し
たのは、熱心党と呼ばれた過激派の人たちです。その上ローマが使わせたデ
ナリという貨幣の刻印と図柄が、宗教的な意味でも多くの人を憤慨させまし
た。これはローマで鋳造したものと、シリアで鋳造したものと、銘の文句は
少し違っていましたけれど、表は「神にして高貴なる者の子ティベリウス・
カエサル」、シリアで鋳造した方は「高貴なる神の子、ティベリウス・カエ
サル」です。これがユダヤ人の宗教感情を大いに逆なでしました。加えてそ
の図柄、デザインというのが神なる皇帝の横顔を彫ってありましたから、こ
んな貨幣を使って神なる皇帝に税を納めるのは信仰上の大問題だという人た
ちも多かったのです。
まあこのデナリのデザインや人頭税拒否の大義名分は、いわば氷山の一角
ですけれど、この後 A.D.66 年の全国的反乱とユダヤ戦争まで、既に爆弾の
導火線はくすぶり始めているのです。そういうきな臭い空気の中で、イエス
の口から何か過激な言葉を引き出そうというのが律法学者、祭司長たちの魂
胆です。何のことはない、自分たちが持っている不満や怒りをイエスに言わ
せて「イエスはこんな不穏なことを申しました」と総督に突き出そうという
のですから―これはまた随分汚いやり方です。
「義人を装う回し者どもを送って」というのは、まるでそういう悪意を持
っていない善意からの質問者、一見イエス・ファンクラブみたいな顔をした
若い人たちを送ってきた。その人たちが歯の浮くようなお世辞を言います。
- 2 -
Copyright えりにか社 2008 All Rights Reserved.
カイザルのものはカイザルに
1.人頭税、拒否すべきか―ディレンマの質問 :21,22.
21.彼らは尋ねて言った、「先生、わたしたちは、あなたの語り教えられる
ことが正しく、また、あなたは分け隔てをなさらず、真理に基いて神の道を
教えておられることを、承知しています。 22.ところで、カイザルに貢を納
めてよいでしょうか、いけないでしょうか」。
この「分け隔てをなさらず」という所、直訳すると「人の顔をおとりにな
らない」―で、むしろこれは「どんな権力者も恐れないで」ということで
しょう。ヘロデでだってピラトだって恐れずに正しいことを真っすぐにおっ
しゃるラビの口から、今日こそ問題に関して明快なご教示を頂きたい……と
いうわけです。
もしこの問題に対して、イエスが「それは当然納めるべきである」とお答
えになれば、「ダビデの子にホサナ!」で盛り上がってきた民衆の人気は落
ちると見た。民衆の期待がかけられたメシアが……、もしかして……という
ほどの人が、そんな妥協・敗北的な言葉を吐けば民衆はシラケル筈だ。民衆
と切り離せば、権力で押さえることも不可能ではない。
反対に「そんなものは納めるな」と言えば、総督に引き渡すための材料は
揃う。反逆罪・大逆罪です。公然ティベリウス・カエサルに弓を引く不届き
者というレッテルを貼ることができるでしょう。果たしてイエスは何と言う
か……どちらにしても俄然不利になる筈です。
2.人頭税納むべし―イエスのお答え
:23-25.
23.イエスは彼らの悪巧みを見破って言われた、24.「デナリを見せなさい。
それにあるのは、だれの肖像、だれの記号なのか」。「カイザルのです」と、
彼らが答えた。 25.するとイエスは彼らに言われた、「それなら、カイザル
- 3 -
Copyright えりにか社 2008 All Rights Reserved.
カイザルのものはカイザルに
のものはカイザルに、神のものは神に返しなさい」。
ここのお答えのなさり方はとてもユーモアがあります。マルコ伝によると
デナリ貨幣を一枚わざわざ持ってこさせて、「これは誰の顔だ。ここになん
と書いてある?」とおっしゃったことになりますが……「カイザルのですよ、
もちろん」
するとイエスは多分こうおっしゃったのです。「カイザル、カイザルと一
枚一枚書いて、そこまで所有権を主張しているんだ。持ち主に返してやれ!」
この「返せ」という言い方が利いております。ローマの国税、カイザルにや
るんじゃない、give じゃない return 返すんだ。
ここの所、実は質問者も税を「納める」とか「支払う」とかいうちゃんと
した表現を使わないで、「カイザルに税金をやるのは」と言っているのです
が、イエスはその一枚上手を行って「カイザルに返してやれ」と言われたわ
けです。もっともこの一言で、イエスはファンクラブの大半を失われたこと
でしょう。
ところで、ここの所ユーモアとか胸のすく名答ということとは別に、この
「カイザルの国税はカイザルのものだ、カイザルに返してやれ」というお言
葉に含まれる信仰的な原則は何かですが……。
質問者はカイザルに税をやるのは正しいか、許されることかという角度か
ら迫ったのに対し、主は「許される」とかいうようなことじゃなく、これは
信仰上、道徳上の義務であると言われたのです。ローマ貨幣を日常使うこと
に矛盾を感じないで、ローマ行政の自分に都合の良い部分は利用していると
すれば、それに対する見返りの義務もあることを忘れるなということです。
恐らくユダヤ人たちが自分の利益になる部分には、ローマであろうが異教
- 4 -
Copyright えりにか社 2008 All Rights Reserved.
カイザルのものはカイザルに
徒であろうが眼をつぶっていながら、こと自分の懐の問題になると、これを
うまく宗教問題にすり替えて、これを納めれば神に罪を犯し、信仰上の節操
を曲げることになると言ってこだわった、その偽善をお衝きになったのでし
ょう。ですからこのお答えは、この場合に限って問題の核心を衝いておられ
るで、一般化して一度カイザルの恩義を受けたら、カイザルが要求すること
には全部服せよということではないのだと思います。カイザルの権力の保護
を一回でも受けたら、カイザルと心中する所まで行けというのではない。
3.神のものを神に返せ―イエスの意図は :25-26.
これの方が難しいですが、もう一度 25 節から読んでみましょう。
25.するとイエスは彼らに言われた、「それなら、カイザルのものはカイザ
ルに、神のものは神に返しなさい」。 26.そこで彼らは、民衆の前でイエス
の言葉じりを捕えることができず、その答えに驚嘆して、黙ってしまった。
本当にイエスがおっしゃった意図を理解して黙したのか、それとも全然わ
からなくてただ言い返しができなかっただけか、忌々しいが凹まされたと感
じただけか……どうも後者の可能性が強いですが。このお言葉で主が相手に
伝えたかったことは何か? ここでもあまり現在に飛躍したり、私たちの生活
と結び付けて生きた教訓にはしないで、この人たちに差し当たり何をおっし
ゃりたかったのかに絞ってみます。
a.「神のものを神に返せ」とおっしゃったからには、「神のものを神に
返していない」人たちの罪を指摘なさったわけでしょう。「神に返すべきも
のを人間に返しておった」「神に捧げるべき讃美と栄光を人間に捧げておっ
た」と考えると、これはカイザル礼拝、皇帝礼拝の始まりを暗に指差して警
告なさったことになります。ピリポ・カイザリヤなんかには「カイザエリア」
と言われる位で、カイザル礼拝所あったのです。これがやがてネロやディオ
- 5 -
Copyright えりにか社 2008 All Rights Reserved.
カイザルのものはカイザルに
クレティアヌスの時代に信徒を処刑場に送ることになります。神に捧ぐべき
栄光を人間カイザルの礼拝に捧げることをやめよ!……これはダイスマンな
どの解釈ですが、少し狭すぎるかも知れません。
b.
「神のもの」というのをもっと別なことに当てはめて見る人もいます。
神のものである栄光を人間が謙遜に認めて、神にお返しする……というのは、
イエス様を父の遣わしなさったメシアと信じることである、と見るのです。
「頑なに心を閉ざさず、神のキリストを信じて服せよ」ということが、「神
のものを神に返せ」の意味だというのですが、少し飛躍があるでしょうか?
ヴァン・レーウェンという、これはオランダの聖書学者でしょうか……言っ
ていることは正しいですが、果たしてそれがここの「神のものは神に」の意
味かどうかですね。
c.もう一つの見方は、あのデナリ貨幣にカイザルの姿 image が彫ってあ
ったことからの連想ですが、カイザルのかたちではなく神のかたちが刻んで
ある方のコインは何か……です。もしそういうものがあれば、それこそ神に
お返しすべき最も貴重なものではないか……ということです。もうお気づき
でしょうか? 創世記 1 章です。
「神は自分のかたちに人を創造された」in his
image「すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された」(1:27)
という所です。
あなた自身、あなたの魂自体を清いものとして、所有主の神様に捧げてお
返ししなければならない。あなたはそれをまだしていない。だからカイザル
の顔の刻印のある方はカイザルに、同時に神の所有という刻印のある方は神
にお返しして、神の御用に捧げなければならない―これはゲルデンホイス
とか Brouwer という人の指摘する意味です。「そこまで微妙な深い意味をこ
の際込められたろうか?」と疑う人もいますが、私にはこの考え方の方がイ
エスのご意図を汲む上で、いい線行っているように思えます。
- 6 -
Copyright えりにか社 2008 All Rights Reserved.
カイザルのものはカイザルに
以上はどこまでもこの日の聴衆に主が何を言われたか、祭司長や律法学者
たちに、どう考えの切り替えを迫りなさったかです。
4.どこまでがカイザルで、どこからが神のものか―現代の我々に。
これはまあ、まとめと今日的適用です。
昔のキリスト教国で、古き良き時代の人たちの考えは、割と無邪気で楽天
的でした。神に礼拝を捧げて、主の日を守って愛を行っていれば、政治のこ
と、社会のことはまた別の次元のこととして義務を果たすことができる―
と教えられたものです。天皇や政府に対する義務と神を崇める義務とは矛盾
しないと考えた。良きクリスチャンは良き市民であり得る。私も昔、神学校
でそう教えられたことがあります。こういう楽天的な考えは「大草原の中く
らいの家」あたりまでは流行りましたが、もう今では痛みなしに「神のもの」
と「カイザルのもの」を返せる人は少なくなりました。それも必ずしもソ連
や中国のクリスチャンでなくてもです。
話が長くなったり、あまりに具体的になることを避けて、原則だけを宣べ
て、詳細は各人の自由な判断に委ねましょう。
ポイント《その一》
カイザルのものと神のものとのハッキリした境い目の線は無い、というこ
とですね。もう少し正確に言うと、「これはカイザルのもので、神のもので
はない」と言えるようなものは無いということです。一時的にカイザルの手
に委託されているものでも、本当は所有権と至高の権限は主なる神にあるわ
けでしょう。政治の問題、戦争と平和の問題、どれを取ってみても最終的に
神を崇めるためには、今ここでカイザルにどう従うかという判断はその都度
都度、各人が新たに祈ってしなければならない。公式や判例みたいなものは
- 7 -
Copyright えりにか社 2008 All Rights Reserved.
カイザルのものはカイザルに
ない。数学の入試の正解みたいなものは無くて、その線の引き方や答の出し
方は人によって全部違ってくるわけでしょう。あなたが主を崇めてした判断
や決断は、時に私が仮に反対のことはあっても、それは主にあって尊敬しな
ければならない。クリスチャンが創価学会の方たちのような単一政党を持っ
たりしないわけ、教会の名で一つの運動に加わったりしないわけがここにあ
りま。もう一声……具体的に生活と密着した話、できないこともないのです
が、それをやると皆さん僕のコピー人間になるか、反対に不必要な反発を覚
えて躓くだけです。
ポイント《その二》
「神のものは神にお返しせよ」の方ですが……何を神のものとしてお返し
するか……? 本当は神のものであるのに、まるで自分自身のもののように思
い込んでつかまえているものは何かです。人によって様々ですし、ひょっと
したら全部そんな風に必死でつかまえているかも知れません。それを正しい
所有者にお返しする作業を何処から始めるか……と言うなら、やはり「あな
た自身といういのちそのものを、聖なる神の所有としてお返しする」所から
始めねばならないでしょう。
こんな情けない、汚いものを、どうしてお返ししてお捧げできましょうか?
こんな死んだも同然の腐臭を発しているものを「神のものは神に」とお返し
できる筈はない―と思わぬでもありません。
でも、それを可能にするためにイエスは来られたのです。それをきれいに
して生かすために神の子の血を注がれたのです。死から復活されたのも、生
きてその命を死者に注ぐためです。
ヨハネ福音書の第 1 頁に「彼を受けいれた者、すなわち、イエスの名を信
じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである」というお言葉があり
- 8 -
Copyright えりにか社 2008 All Rights Reserved.
カイザルのものはカイザルに
ますが、「神のもの」という刻印のある生きたコインを神に返すこと、天の
fiscus に納めることは、先ずその決心から始めねばなりません。
(1984/09/16)
《研究者のための注》
1. 聖書協会口語訳とフランシスコ会訳に使われている「みつぎ」という訳語と漢字につ
いて(22 節)。この「みつぎ」「貢」だけでなく、租、税、調も全部訓読みは「みつ
ぎ」ですが、「貢」は正しくは「みつぎもの」で、土地の産物によるものとされます。
語源からだけでなく、字の用例から言っても、ここの
の訳語としては不適当
でしょう。新改訳と共同訳は「税金」を納めると訳しています。
2. 同じく「貢」について、ルカは今も言いましたようにギリシャ語の
を使って
います。これはかなり適用範囲の広い語で、「みつぎもの」をも含みます。ローマ書
13:7 などでは、本当に「貢」という字が適切かも知れません。しかし、ここで問題
になっている税は、マタイとマルコが外来語の
を使っていることから見て、
年度毎の人頭税のことと理解しました。これは英語の census の語源と同じで、ラテン
語のケンスス census から来ています。census は人口調査、国勢調査のことで、ラテ
ン語では個人財産の調査登録も含みました。ですからラテン語の census は人口調査そ
のものを指す外に、国勢調査の用紙や登録されている財産のことをも意味しました。
人頭税という訳語がラテン語の辞書に載っていないことから見て、census をそういう
意味に使うのは、つまり人口調査に基づいて課せられる人頭税の意味に使ったのは、
ローマ帝国の属領で起こった慣用かも知れません。ローマがユダヤの全土でケンスス
をやるから、すぐケンススの税金が来るぞ……というわけです。こうしてケンススは
国勢調査の意味からそれによる課税の意味に転用されたのでしょう。ガウラニティス
のユダは、その人口調査の目的を見抜いて反乱ののろしを上げたわけです。
3. デナリ貨幣、デーナーリウスの刻印は、略号をもフルに読みますと TIBERIYS
CAESAR DIVI AYGYSTI FILLIYS AYGYSTYS です。神なる崇むべき者の息子、テ
ィベリウス・カエサル。刻印の図柄は表が皇帝ティベリウスの右向きの横顔、裏は椅
子にかけた王母 Livia のやはり右向きの全身図、リヴィアは木の枝としゃくを手に持
ち、平和の女神を象徴しています。
- 9 -
Copyright えりにか社 2008 All Rights Reserved.
カイザルのものはカイザルに
4. 「税金をやるのは」と言ったと申しました。古典の辞書を見ますと
するという用例はなく、
を
というような動詞を「納める」
意味に使っています。
というのもあります。「課せられる」ないし「納めさ
せられる」という感じでしょうか。福音書に使ってある
つまり
は英
語の give ですが、「税金をやる」とか「出す」とか「取られる」とか、この時代の普
通の言い方だったのかも知れません。ただイエスはこの
カイザルの税金は
するのじゃない。
にひっかけて「いや、
するのだ、返済だ」という言
い方をなさったものです。少なくともマタイ・マルコ・ルカの共通に理解するイエス
の意図はそうです。もっとも、Lindsey のヘブライ語訳マルコ伝では、どちらも
WnT>
つ
まり give と訳しています。
5. 「カイザルのものはカイザルに」の原則は、果たしてクリスチャンを無条件的に体制
派にしてしまうものか、「神のものを神に」返すために、カイザルへの抵抗はあり得
るのか……等の問題については、ローマ書の福音(旧版)第 36 講「『神の定めたもの』
に対する服従と抵抗」を参照してください。
- 10 -
Copyright えりにか社 2008 All Rights Reserved.