岐阜薬科大学紀要 Vol. 53, 59-60 (2004) 59 ―平成15年度 岐阜薬科大学特別研究費(一般)― 重水から重水素ガスを発生する パラジウム触媒的手法の開発と応用 佐治木弘尚 1.緒 言 依存的に向上することも明らかとした(Scheme 2)。4 重水素(D)のような安定同位体で標識された化合 物は、構造解析やメカニズムの解明に利用できるた 97% め、様々な研究分野において有用性が認められてい る。特に GC-MS を用いた安定同位体(SI)トレーサー D D 10% Pd/C, H2, D2O Ph Ph rt Scheme 1 法は薬物代謝の研究、食品中の残留農薬や環境ホル 97% モン等の検出や定量に極めて優れた方法であり、そ 10% Pd/C, H2, D2O の内部標準物質として分析対象化合物の安定同位 reflux at 110 ℃ 24h 直接一工程で重水素を導入するには、重水素ガス D D D D 180 ℃ 24h 重水素源の開発に研究の主眼が向けられていた。 2.結果・考察 我々は、パラジウム(Pd)触媒とアミン類との組 み合わせで、接触還元において種々の官能基選択性 0% 97% D D D D COOH Ph D D D D 97% もに(30 L = 1.3 mol あたり約 10 万円) 、輸入に頼っ 場合に問題点の多い試薬である。従って、D2 以外の 97% 10% Pd/C, H2, D2O 還元法が適用できるが、D2 は極めて高価であるとと ているため入手に時間がかかり、実験室で使用する 80% COOH (D2)を用いた H-D 交換反応や不飽和化合物の接触 COOH Ph 体を用いるのが理想的とされている。1 目的化合物へ Ph 80% D D D D 95% Scheme 2 これらの研究過程で、密封フラスコ中水素雰囲気 下、D2O を溶媒として Pd/C 触媒を室温下 24 時間撹 拌するのみで、反応系内の水素(H2 )が見かけ上 D2 に変換することが明らかとなった。 2D2O (1 mL, 55 mmol) + H2 (約 2.5 L, 110 mmol) 10% Pd/C (10 mg) D2O rt 2HDO + Scheme 3 が発現することを見いだし、これらを一般性ある選 択的合成法として確立した。2 さらに最近、重水(D2O) 中、少量の水素存在下 Pd/C を触媒として反応を行 Scheme 3 に示すような H2-D2 交換反応が進行すれ うと、常温常圧下、ベンジル位の H-D 交換が官能基 ば、反応系内の水素ガスは水層に固定化されるため 選択的に進行することを見いだした(Scheme 1)。3 ま 使用している D2O 中の H 含量は経時的に増加して た、この反応を加熱還流条件下実施すると、不活性 いくはずである。そこで、Table 1 に示す A、B、C であると考えられるベンジル位以外のアルキル炭 各々の条件下での、D2O 中 H2O (HDO) 含量の経時 素上でも効率的に D 化が進行し、D 化率は反応温度 変化を 1H NMR で追跡した。 岐阜薬科大学薬品化学教室(〒502-8585 岐阜市三田洞東5丁目6−1) Labortory of Medicinal Chemistry, Gifu Pharmaceutical University (5-6-1 Mitahora-higashi, Gufu 502-8585, JAPAN) D2 60 佐治木 弘尚:重水から重水素ガスを発生するパラジウム触媒的手法の開発と応用 件下では時間依存的な H2O 含量の増加が認められ Table 1 Conditions A B C た(Figure 1)。本条件下では、48 時間後には約 8%の 10% Pd/C Atmosphere (balloon) ○ H2 × H2 ○ Ar H2O すなわち 16%の HDO が生成したことになる。 Kinetics plots on the H2-D2 exchange Figure 1 H 2 O/D 2 O (mol%) reaction using 10% Pd/C-D2O-H2 system これは、約 4.2 mmol の H2O に相当するため(Figure 2)、 気相には約 94 mL の D2 ガスが放出された計算にな る。 D2 の発生は、 本条件下 24 時間撹拌した反応系に、 9 8 7 6 5 4 3 2 1 0 A : 10% Pd/C, H2 オレフィン、及び芳香族臭素を同一分子内に有する B : Pd/Cなし 基質を添加して室温下接触還元を行い、還元生成物 C : H2なし(Ar置換) への D の取り込み率により確認した。反応条件に関 する詳細な検討の結果、100 mL のナスフラスコに密 封した H2 ガスは、3 mL の D2O 中に 10 mg の 10% Pd/C を懸濁して室温下24時間撹拌するだけで、ほ ぼ定量的に D2 ガスに変換し、このフラスコ中に 0.5 mmol の基質を添加するとほぼ理論値に近い D 化率 で D の固定化(接触還元的 D 化反応)が進行すること 0 12 24 Time (h) 36 48 が明らかとなった(Scheme 4)。 Br (0.5 mmol) CO 2H Figure 2 Total content of H2O (mmol/mL) in D2O 5 H 2 O (mmol/mL) (96%) 10% Pd/C (10 mg) H2 (約100 mL) D2O (3 mL) A : 10% Pd/C, H2 B : Pd/Cなし 4 撹拌 室温 10% Pd/C (10 mg) D 2 (約100 mL) D 2O + HDO D 撹拌 室温 D (51%) CO 2H D (46%) Scheme 4 C : H2なし(Ar置換) 以上、Pd/C-D2O-H2 の組み合わせによる、低コス 3 トで効率的な D2 ガス調製法(H2-D2 交換反応)を確 立した。本法は実験室における簡便な D2 ガス用事調 2 製法として有機合成化学的な適用が期待される。 1 5.引用文献 0 0 12 24 36 Time (h) 48 その結果、10% Pd/C 触媒を添加しなかった B の 条件下および H2 ガスを添加しなかった C の条件下 では H2O (HDO)含量はほとんど変化しなかった が、10% Pd/C および H2 ガス双方が共存する A の条 1) For review, see for example: (a) Junk, T.; Catallo, W. J. Chem. Soc. Rev. 1997, 26, 401. (b) Elander, N.; Jones, J. R.; Lu, S.-Y.; Stone-Elander, S. Chem. Soc. Rev. 2000, 29, 239. 2) For review, see: (a) Sajiki, H.; Yakugaku Zasshi 2000, 120, 1091. (b) Sajiki, H.; Hirota, K.有機合成化学協会誌 2001, 59, 109. 3) Sajiki, H.; Hattori, K.; Aoki, F.; Yasunaga, K.; Hirota, K. Synlett 2002, 1149. 4) Sajiki, H..; Aoki, F.; Esaki, H.; Maegawa, T.; Hirota, K. submitted for publication.
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