平 成 27 年 7 月 21 日 科学技術振興機構(JST) Tel: 03-5214-8404(広 報 課 ) 東 京 薬 科 大 学 T e l : 0 4 2 - 6 7 6 - 1 6 4 9 ( 総 務 法 人 広 報 課) 腸炎発症を引き起こすマクロファージ集団を発見 ~消化管の炎症に特化した新たな治療法開発に期待~ ポイント 腸炎発症にマクロファージ(大食細胞)の関与が想定されるが、その機能は不明だった。 CD169を発現する特定のマクロファージ集団が腸炎を発症させることを発見した。 腸炎の原因物質が明らかになり、消化管炎症に特異的な新たな治療法開発が期待される。 JST 戦略的創造研究推進事業において、東京薬科大学 生命科学部の浅野 謙一 准 教授らは、腸炎を引き起こす特定のマクロファージ亜集団注1)を発見し、その働きを抑制 することで腸炎の発症を制御できることを明らかにしました。 これまで腸炎の発症には消化管に常在してCX3CR1注2)を発現するマクロファージ が関与することが想定されていましたが、その実態や作用は不明でした。 浅野准教授らは、消化管粘膜のCX3CR1発現マクロファージの中でも、CD169 注3) を同時に発現する特定のマクロファージ亜集団に着目しました。このマクロファージ 亜集団を消失させると、マウスの腸炎モデル注4)における症状が改善されることから、こ の亜集団が腸炎を引き起こしていることが判明しました。さらに、この亜集団が可溶性た んぱく質(サイトカイン注5))の一種であるCCL8注6)を産生することを見いだし、そ の作用を抑制することにより、マウスの腸炎モデルの症状が改善されたことから、CCL 8が腸炎の原因物質の一つであることが明らかになりました。 ヒトの腸炎に対し免疫機能全般を抑制する現行の療法は、通常ではほとんど発症するこ とがない常在菌による感染症の合併などの副作用を伴います。本研究成果を活用すること で、今後消化管の炎症に特異的な新たな治療法開発につながると期待されます。 本研究は、東京薬科大学 免疫制御学研究室の田中 正人 教授の協力を得て行いまし た。 本研究成果は、2015年7月21日(英国時間)に英国科学誌「Nature Comm unications」のオンライン速報版で公開されます。 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。 戦略的創造研究推進事業 研 究 領 域:「炎症の慢性化機構の解明と制御」 (研究総括:高津 聖志 富山県薬事研究所 所長) 研究課題名: 「腸管センチネル細胞を標的とした炎症性腸疾患治療法の開発」 研 究 者:浅野 謙一(東京薬科大学 生命科学部 免疫制御学研究室 准教授) 研究実施場所: 東 京 薬 科 大 学 生 命 科 学 部 研 究 期 間:平成23年10月~平成27年3月 1 <研究の背景と経緯> 私たちの消化管は、食物や腸内細菌などの外来抗原に常にさらされています。消化管粘 膜の免疫系は、有害な病原体の侵入を防ぐと同時に、生体に有益な抗原に対しては過剰に 反応しないよう巧妙に調節されています。 消化管に常在するマクロファージはCX3CR1を発現し、インターロイキン-10(免 疫細胞の活性化状態を抑えるサイトカイン)を産生して腸内細菌に対する過剰な反応を抑 制することが知られています。一方で、抑制作用とは異なり、消化管の粘膜上皮の傷害と 細菌の侵入を感知して腸炎の発症に関与するマクロファージの亜集団が存在することが想 定されていますが、その解析は行われていませんでした。 そこで、浅野准教授らは、腸炎の新たな治療法の開発につなげるため、腸内細菌の侵入 に応答するマクロファージの亜集団を同定し、マクロファージが腸炎を悪化させる仕組み の解明に取り組みました。 <研究の内容> 浅野准教授らは、これまでにCD169を発現するマクロファージの亜集団(CD16 9陽性マクロファージ)がリンパ組織に局在し、血管やリンパ管から流入する死細胞など に対する免疫反応を制御することを明らかにしてきました。そこで「生体における最大の 免疫臓器」と呼ばれる消化管でも、CD169陽性マクロファージが腸炎発症に何らかの 役割を担うのではないかと考えました。本研究では、CD169発現細胞を一時的に消失 できるCD169-DTRマウス注7)と、新たに作製した抗CD169モノクローナル抗 体注8)を用いました。この抗体により、従来の抗CD169抗体では困難だったフローサ イトメトリー注9)を用いた細胞におけるCD169の発現解析も可能になりました。CD1 69陽性マクロファージの粘膜内における局在を調べたところ、CX3CR1を発現する マクロファージは腸管粘膜内に一様に分布していましたが、CX3CR1とCD169の 両方を発現するマクロファージは、腸内細菌などの異物と近接する上皮の直下には存在せ ず、腸管粘膜内深部の粘膜筋板側に局在していることが分かりました(図1)。 デキストラン硫酸(DSS)誘導マウス腸炎モデルは、腸炎の実験モデルとして広く利 用されています。野生型マウスにDSSを投与すると粘膜上皮の傷害に続く激しい腸炎(D SS腸炎)を誘導できます。しかし、CD169陽性マクロファージが存在しないCD1 69-DTRマウスにDSSを投与した場合には腸炎の症状が著しく減弱することが分か りました(図2)。また粘膜に浸潤する細胞数を調べたところ、好酸球や好中球注10)の数 は野生型マウスと同程度でしたが、腸炎を悪化させる炎症性の単球注11)が顕著に減少しま した(図3)。以上の結果から、CD169陽性マクロファージが上皮の傷害を感知して何 らかのサイトカインを産生し、消化管粘膜へ単球の動員を促進する可能性が示されました。 そこで腸炎発症時に、CD169陽性マクロファージで選択的に強発現するサイトカイ ン遺伝子を網羅的に検索しました。そのような遺伝子の1つとして見いだしたCCL8は、 単球を血流から動員する作用を持つことが知られていましたが、これまで炎症性疾患にお ける働きはよく知られていませんでした。本研究により、CCL8はDSS投与による腸 炎誘導後の5日目から徐々に消化管で発現が上昇し、主にCD169陽性マクロファージ から生み出されていることが分かりました(図4)。また、実際にCCL8が生体内で単球 2 の浸潤を誘導することも確認しました。そこで、CCL8の機能を生体内で阻害するため、 抗CCL8モノクローナル抗体を作製し、DSS誘導マウス腸炎モデルに投与したところ、 DSS腸炎の症状を抑制できることを確認しました(図5)。 以上の研究から、CX3CR1とCD169の両方を発現するマクロファージの亜集団 が、粘膜の深部まで到達した細菌の侵入を感知してCCL8を放出し、炎症性の単球を呼 び寄せ、腸炎発症の原因となることが明らかとなりました。一方、腸管粘膜内に常在する CX3CR1のみを発現するマクロファージは、従来から知られている死んだ上皮細胞や 常在の腸内細菌に対して過剰反応することを抑制するマクロファージの亜集団であると考 えられます(図6)。 <今後の展開> 本研究において、消化管に常在するCX3CR1発現マクロファージの中には、局在や 機能の両面で極めて特徴的な、CD169を発現するマクロファージの亜集団が存在し、 腸炎を引き起こす原因となることを発見しました。腸炎に対する現行の療法は、免疫機能 全般を抑制するため、通常ではほとんど発症することがない常在菌による感染症の合併な どの副作用を引き起こす可能性があります。CD169陽性マクロファージの機能や、そ れの発する危険信号であるCCL8の活性を抑えることが、より副作用の少ない消化管の 炎症に特異的な新たな治療法開発につながると期待されます。 3 <参考図> 図1 作製した抗CD169抗体を用いた腸管のマクロファージの解析 腸管の蛍光組織像。CX3CR1発現マクロファージ(赤色)は粘膜内の管腔側から粘 膜筋板にかけて一様に分布する(左図)のに対し、抗CD169抗体で蛍光染色されたC D169陽性マクロファージ(赤色)は上皮の直下にはほとんど存在せず、粘膜筋板側に 局在する(右図)。青色は細胞の核。白い横棒はスケールバー(100μm)。 図2 CD169陽性マクロファージ非存在下での炎症性腸疾患抑制 ジフテリア毒素を野生型マウス(WT)とCD169-DTRマウスに投与すると、C D169-DTRマウスのみ、CD169陽性マクロファージが消失する。その処置をし た両群のマウスに3.5%濃度のDSSを7日間飲水投与し、8日目からは普通水に切り 替えた。野生型マウスでは1週間で約30%の体重減少や血便を伴う激しい腸炎が発症し 体重の減少が認められたのに対し、CD169-DTRマウスではそれらの臨床症状の悪 化が阻止され、腸炎に伴う体重減少が有意に抑制された。 (野生型マウスと比較して統計学的有意差あり *P<0.05) 4 図3 CD169陽性マクロファージ非存在下での炎症細胞浸潤 何れにもジフテリア毒素を投与した、野生型マウスにDSSを飲水投与しない群(野生 型無処置)、野生型マウスにDSSを飲水投与した群(野生型腸炎)、およびCD169- DTRマウスにDSSを飲水投与した群(CD169-DTR腸炎)について、炎症に伴 って浸潤してきた単球、好中球、好酸球の腸管内の細胞数を測定した。単球の増加は野生型 腸炎群において顕著であったが、CD169-DTR腸炎群では増加が抑制された。一方、 好中球と好酸球数は、野生型腸炎群とCD169-DTR腸炎群間に大差がなかった。 (群 間に統計学的有意差あり *p<0.05、n.s.は有意差を認めず) 図4 腸炎誘導後のCCL8産生と CD169陽性マクロファージ選択的なCCL8産生 A:DSS腸炎を誘導した野生型マウスの腸管から経時的に回収したマクロファージにお けるCLL8 mRNA発現を定量すると、腸炎誘導5日後に有意な上昇が認められ た。CLL8 mRNAの相対発現量は、腸炎を誘導していないマクロファージにお けるCLL8 mRNAの発現量を1として算出した。 B:無処置あるいはDSS腸炎を誘導した野生型マウスの腸管からCD169陽性あるい はCD169陰性のマクロファージを回収し、24時間培養後の培養上清中のCCL 8濃度を測定したところ、CD169陽性のマクロファージでのみ細胞数依存的なC CL8の産生を認め、その産生量は腸炎の場合で有意に増加した。 (無処置と比較して 統計学的有意差あり *P<0.05)。 5 図5 抗CCL8抗体投与によるDSS誘導腸炎の抑制 野生型マウスにおけるDSS誘導腸炎に、抗CCL8抗体100mgを2日間静脈内投 与したマウスでは、コントロール抗体投与群に比べ、体重減少(A)、血便・大腸の短縮(B) が軽度であった。 (コントロール抗体投与群と比較して統計学的有意差あり 5) *P<0.0 図6 CD169陽性マクロファージは腸上皮の傷害を監視するとともに腸炎を引き起こす 粘膜上皮細胞の一部は絶えず死んでいくとともに増殖してきた他の粘膜上皮細胞と置 き換わる(ターンオーバー)。上皮直下のCD169陰性マクロファージは、ターンオーバ ーに伴う死んだ上皮細胞や、腸内細菌に絶えずさらされているため、これらの抗原に対す る過剰な反応を抑制する作用を持つ。しかし傷害が粘膜の深部まで進展し、死細胞や腸内 細菌に由来する抗原を粘膜深部に存在するCD169陽性マクロファージが感知すると、 CCL8を産生し、血管から炎症性の単球を動員し、異物を排除する反応(腸炎)を誘導 する。この腸炎が軽微であればよいが、過度な場合は治療の対象となる。 6 <用語解説> 注1)消化管のマクロファージの亜集団 マクロファージは、大食細胞とも呼ばれ、細菌・異物、死んだ細胞などを取り込み、分 解処理する。消化管に常在するマクロファージのマーカー(細胞表面上に発現する分子) としてCX3CR1が知られている。 注2)CX3CR1 ケモカイン(注6参照)であるCX3CL1の受容体で、消化管の常在性マクロファー ジに発現する。 注3)CD169 CD169分子はシアル酸結合たんぱく質として同定された。脾臓・リンパ節などのマ クロファージの一部に発現することが知られていた。感染防御に何らかの働きを担うと考 えられているが、生体内での機能はまだよく分かっていない。 注4)デキストラン硫酸(DSS)誘導マウス腸炎モデル デキストラン硫酸は分子量が5,000から50,000の高分子化合物で、実験動物 の飲水中に溶かして投与すると、直接、上皮粘膜を傷害し、腸内細菌の粘膜への侵入を誘 導すると考えられている。リンパ球を欠損したマウスでもDSS投与で腸炎が誘導される ことから、自然免疫に依存した腸管の炎症モデルとして広く利用されている。 注5)サイトカイン 細胞から放出され、細胞同士の情報伝達物質となる可溶性たんぱく質。細胞表面の受容 体に結合し、さまざまな生理活性を発現する。炎症作用を持つサイトカインがよく知られ ているが、細胞増殖を促進したり、インターロイキン-10のように免疫細胞の活性化状 態を抑える作用を持つものも存在する。 注6)CCL8 サイトカインのうち免疫細胞に対する遊走活性を持つものを特にケモカインと呼び区 別することがある。CCL8はケモカインの一種で、GVHD(移植片対宿主病)の患者 血清で上昇することがヒトと動物モデルの両方で報告されているが、他の炎症性疾患にお ける具体的な機能も産生細胞もほとんど分かっていない。 注7)CD169-DTRマウス ジフテリア毒素はジフテリア菌(DT)が合成し、菌体外へ分泌するたんぱく質の毒素 で、細胞のジフテリア毒素受容体(DTR)に結合することにより、その毒作用を発現す る。ヒトと異なり、げっ歯類のDTRは、ジフテリア毒素にほとんど結合しない。CD1 69-DTRマウスは、このDT結合能の差を活用し、ヒトDTRをCD169が発現す る細胞集団に遺伝子操作で発現させるようにし、DTを投与することによりCD169発 現細胞を一時的に消失させ、その細胞の機能を調べる目的で作製したマウス。 7 注8)モノクローナル抗体 人為的に単一のアミノ酸配列を有する抗体を産生する抗体産生細胞を選択・増殖させて 得た抗体。通常は特定の分子構造に対して特異的に結合する。 注9)フローサイトメトリー 単離した大量の細胞を一列に並ぶように高速で流しながら、その一つひとつの大きさや 分子発現状態を解析する方法。 注10)好酸球・好中球 いずれも白血球の一種で、好中球は細菌感染で、好酸球は寄生虫感染やアレルギー疾患 で増加することが知られている。消化管に炎症が起こると好酸球や好中球が多数浸潤し、 粘膜組織の破壊とともに再生を促すと考えられている。 注11)単球 血液中に存在する大型の白血球で、炎症が起こった組織に浸潤すると、さらに炎症を悪 化させる。 <論文タイトル> “Intestinal CD169+ macrophages initiate mucosal inflammation by secreting CCL8 that recruits inflammatory monocytes” (消化管のCD169陽性マクロファージはCCL8を放出して炎症性単球を動員し、腸 炎を引き起こす) doi:10.1038/ncomms8802 <お問い合わせ先> <研究に関すること> 浅野 謙一(アサノ ケンイチ) 東京薬科大学 生命科学部 免疫制御学研究室 〒192-0392 八王子市堀之内1432‐1 Tel:042-676-5207 Fax:042-676-5240 E-mail: [email protected] 准教授 <JSTの事業に関すること> 松尾 浩司(マツオ コウジ)、川口 哲(カワグチ テツ)、加藤 真一(カトウ シンイチ) 科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ 〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町 Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2064 E-mail:[email protected] 8 <報道担当> 科学技術振興機構 広報課 〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3 Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432 E-mail:[email protected] 東京薬科大学 総務法人広報課 〒192-0392 八王子市堀之内1432‐1 Tel:042-676-1649 Fax:042-677-1639 E-mail:[email protected] 9
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