「心に残る絵本」の発表に見る絵本の捉え方変容過程を追う

愛知淑徳大学論集-福祉貢献学部篇- 第 5 部 2015
「心に残る絵本」の発表に見る絵本の捉え方変容過程を追う
――絵本の選択力育成に関する一考察――
青 木 文 美
Confirmation of the transformation process of how to catch a
picture book on the basis of the "picture book that remains in the
mind"
-Thought to bring up power of the picture book choice-
Fumi AOKI
要旨:本研究では、保育者養成課程にある学生が、数多く出版されている絵本から良質な絵本を選択す
るために必要な手がかりを明らかにし、その手掛かりにそって絵本を捉えることにより、絵本そのもの
に対する捉え方や絵本選びに齋した影響について問うことを目的とした。調査対象者は、2013 年度講義
「絵本論」受講者 58 名であった。調査内容は、受講者が授業中に発表した「心に残る絵本」の発表原稿
に着目し、なかでも「特に印象深い場面とその理由」及び「発表原稿の作成を通して考えたこと」の内
容分析と授業の効果について検討した。その結果、絵の描き方や絵本の大きさ、絵と文字との配置など
誰もが共有可能な客観的な情報を手がかりにした絵本の捉え方が定着することにより、気持ちを主体と
した恣意的な捉え方が減少するとともに、関心の所在が絵本そのものから読み聞かせされる子どもへの
配慮、さらには絵本と出会う“場”の在り方へと変化する様子が明らかとなった。
Keywords:絵本の分析、絵本選択、保育者養成
Analysis of the picture book, Picture book choice, The childminder training
1.
問題の所在
はじめに、保育の視点から絵本をとらえてみよう。絵本は、言葉と絵で構成された児童文化財として
保育園や幼稚園における保育活動に取り入れられている。特に、幼児の言葉や感性、想像する楽しみを
育むものとして認識されており、保育における絵本の必要性は、保育内容の領域「言葉」において、
「日
常生活に必要な言葉が分かる(わかる)ようになるとともに、絵本や物語などに親しみ、保育士や友達
と心を通わせる」という文言で『幼稚園教育要領』や『保育所保育指針』にも示されている。言葉の響
きや心地よいフレーズを聞きつつ、絵から架空の世界へと誘う絵本とのふれ合いは、発達過程にある子
どもの豊かな言語環境を構成する上で欠かせない、と考えられている。
次に、出版業界から絵本をとらえると、保育とは異なる事情が見える。教育熱心な親をはじめとする
購買層を取り込むことが可能な子ども向け読物は、本離れが進み、一般の読者の獲得が難しくなった出
版業界においても採算可能なジャンルであり、特に、ブックスタート事業が全国的に展開されるように
なった絵本への期待は、非常に大きい。そのため、毎年 1000 冊以上の新刊が発行され、ロングセラーと
呼ばれる絵本を含めると、年間数千冊の絵本が発行されている。その一端を確認すると、良質で子ども
の感性や想像力に働きかける絵本がある一方で、近年の出版事情により、質の善し悪しよりも出版社の
採算を重視した《よく売れる絵本》が出版されるケースが増えている。また、癒しブーム以降、リアリ
-1-
愛知淑徳大学論集-福祉貢献学部篇- 第 5 部 2015
ティーのある絵よりもキャラクターやイラストに親しみを抱く傾向が強まり、
《かわいい絵》の絵本が購
買者から好まれるようにもなってきた。ほかにも、一般の出版ルートとは別の、景品や特典として配本
される絵本が増えてきたことも報告されている¹。
さらに、絵本と読者との関係性について見ておこう。松居直は、
「絵本は、子どもが生まれてはじめて
であう”本”であり、絵本は、おとなが子どもに読んであげる”本”である」という²。
「おとな」は、
子どもと絵本との出会いに必須であり、
「おとな」の「読んであげる」行為がなければ、子どもが絵本そ
のものを味わうことは不可能である。絵本は、子どものために用意された「
“本”
」であるが、その選択
や与え方は「おとな」に委ねられており、一般の「
“本”
」が読み手(書き手の想定する読者)の意思で
選択されるのとは異なるルート(第 3 者の取捨選択)を経て、書き手が想定した本来の読者である子ど
もに届けられる。絵本は、子ども向け読物のなかでも、特異な経緯で読者に到達する「
“本”
」である。
そして、保育者は、松居のいう「おとな」に含まれている。
以上の 3 つの視点で絵本をとらえると明らかなように、絵本は、①保育活動に欠かせないアイテムで
あるが、②毎年大量の新刊を含んだ絵本が刊行されるため、③子どもが良質で意義深い絵本と出会い親
しむには、保育者の絵本選びが看過できない課題となる。しかしながら、実際の保育においては、松井
剛太らが言うように、
「保育者が絵本の読み聞かせに明確な意図を持っていることは少ない。絵本の読み
聞かせにおいて、半数以上の保育者は無意識的に絵本の読み聞かせを行っている」のが現状である³。現
状を打破するために、児童文学や子ども文化の専門家による絵本紹介本が多数出版されているが、紙幅
の都合上、保育活動や行事別、あるいは、子どもの年齢別による絵本の紹介が殆どを占め、絵本の必要
性や絵本というジャンルの担う文化的役割についてじっくりと解説する余裕がない。したがって、これ
らの絵本紹介本が保育者の絵本選択の基礎を支える哲理を養うものとはなっていない。その結果、絵本
選択は、保育者の感覚や、保育経験に委ねられてきた今までの経緯を超えられないでいる。
このような現状において、松井らが研究に取り入れる絵本選択の視点、すなわち、OECD による PISA
調査の「読解力」育成に焦点を当てた幼少期の絵本の〈読み聞かせ〉という価値観が加味されると、本
来、絵本が子どもたちにもたらしてきた価値や文化的役割が見えなくなるばかりでなく、子どもと絵本
との触れ合いが「読解力」育成の場としてのみ取り扱われる可能性が生じる³⁴。今後、ますます絵本を
「
“本”
」として捉え、未就学児の読解力育成の教材として取り扱う機運が高まるならば、
「読解力」とい
う尺度ばかりでなく、
〈文化〉や〈疑似体験〉など絵本が子どもたちにもたらしてきた様々な価値に着目
した、俯瞰的な視野で絵本をとらえる保育者の育成や、一つの尺度に偏らない絵本選択力が求められる
こととなる。今後は、養成課程に属する学生の段階で絵本選択の土台を育成する必要が今以上に求めら
れる。
そこで、本稿では、2013 年度講義「絵本論」において学生が発表した「心に残る絵本」の内容に焦点
を当て、紙の材質や質感、絵や言葉などの絵本の構成要素をもとに絵本を考察する学びが、
「心に残る絵
本」の発表内容にいかに影響を及ぼし、その結果として、絵本選択の方法や絵本そのものの捉え方を変
えることとなったのか、その変容過程を追いつつ絵本の選択力育成について考察することとする。
2.
研究方法
2-1 調査対象
対象者は、2013 年度に本学科子ども福祉専攻 1 年次前期に開講する講義「絵本論」の受講者 58 名と
した。内訳は、1 年生 49 名、4 年生 9 名で、男子学生 2 名と女子学生 56 名であった。
調査対象は、58 名の提出する「心に残る絵本」の発表原稿とした。発表原稿は、①「絵本のあらすじ」
②「特に印象深い場面とその理由」③「発表原稿の作成を通して考えたこと」の 3 つで構成するように
通知し、発表についても第 1 回授業時に各人の発表日及び 1 人の持ち時間(3 分程度)を通知した。2013
-2-
愛知淑徳大学論集-福祉貢献学部篇- 第 5 部 2015
年度は、第 3 回から第 12 回の授業開始時に発表し、各回の発表人数は約 6 人であった。
2-2 調査内容
「心に残る絵本」の発表に関連して、次の4項目について調査した。
① 受講者が発表した「心に残る絵本」のリストを年代別に整理し、学生が親しんできた絵本の実態
を把握した。
② 絵本をとらえる視点の変化を明らかにするために、
「特に印象深い場面とその理由」の記述内容に
着目し、前半の受講者と後半の受講者の絵本をとらえる視点を分析し、比較した。
③ 講義内容が受講者の視点の変化に及ぼした影響について確認するために、講義内容の分析を行っ
た。
④ 受講者の視点の変化と絵本の捉え方の深化とのつながりについて明らかにするために、
「発表原稿
の作成を通して考えたこと」の記述内容の分析を行った。
3.研究の結果と考察
3-1 受講者の紹介した絵本
受講者の取り上げた絵本は、全部で 51 冊であった。そのタイトルと作者及び絵作家、出版社、出版年
は、以下に掲げる表-1 にまとめた。
表 1 2013 年度受講者の紹介した絵本一覧
絵本タイトル
どろんこハリー
文/絵
ジーン・ジオン/マーガレット・ブロイ・グ
レアム
出版社
出版年
福音館書店
1964
しろいうさぎとくろいうさぎ
ガース・ウイリアムズ
福音館書店
1965
おおきなかぶ
A・トルストイ/佐藤忠良
福音館書店
1966
スーホの白い馬
大塚勇三再話/赤羽末吉
福音館書店
1967
すてきな三にんぐみ
トミー・アンゲラー/今江祥智
偕成社
1969
となりにきたこ
いわさきちひろ
至光堂
1971
はじめてのおるすばん
しみずみちを/山本まつ子
岩崎書店
1972
しろくまちゃんのほっとけーき
わかやまけん
こぐま社
1972
からすのパンやさん
かこさとし
偕成社
1973
ねずみくんのチョッキ
なかえよしを/上野紀子
ポプラ社
1974
おしいれのぼうけん
ふるたたるひ
童心社
1974
くまのコールテンくん
ドン=フリーマン/松岡享子訳
偕成社
1975
だってだってのおばあさん
佐野洋子
フレーベル館
1975
はじめてのおつかい
筒井頼子/林明子
福音館書店
1976
むしばミュータンスのぼうけん
かこさとし
童心社
1976
100 万回生きたねこ
佐野洋子
講談社
1977
きょうはなんのひ
瀬田貞二/林明子
福音館書店
1979
もりのおかしやさん
舟崎靖子/舟崎克彦
偕成社
1979
ぼくはおにいちゃん
小野洋子/いもとようこ
佼成出版社
1981
あさえとちいさいいもうと
筒井頼子/林明子
福音館書店
1982
おふろだいすき
松岡享子/林明子
福音館書店
1982
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はるのゆきだるま
石鍋芙佐子
偕成社
1983
あたしもびょうきになりたいな
ブランデンベルク夫妻
偕成社
1983
コチコチやまのとこやさん
かこさとし
偕成社
1984
ねずみのさかなつり
山下明生/いわむらかずお
14 ひきのぴくにっく
いわむらかずお
いもうとのにゅういん
ひさかた
チャイルド
1986
ポプラ社
1986
筒井頼子/林明子
福音館書店
1987
おてがみ(ふたりはともだち)
アーノルド・ローベルト/三木卓
文化出版局
1987
ずーっとずっとだいすきだよ
ハンス・ウィルヘム
評論社
1988
こんとあき
林明子
福音館書店
1989
うさぎのくれたバレエシューズ
安房直子/南塚直子
小峰書店
1989
芭蕉みどり
ポプラ社
1990
ぶたぶたさんのおなら
角野栄子/佐々木洋子
ポプラ社
1990
ゴリラのパンやさん
白井三香子/渡辺あきお
金の星社
1991
ティモシーとサラのピクニック
芭蕉みどり
ポプラ社
1993
おちゃのじかんにきたとら
ジュディス・カー/晴海耕平
童話館
1994
BL出版
1995
福音館書店
1995
文渓堂
1996
ティモシーとサラの
ふゆのよるのおくりもの
だれか、そいつをつかまえろ!
ピーター・アーマー/アンドリュー・シャケ
ット
あまちゃんのながいかみ
たかどのほうこ
チップとチョコのおでかけ
どいかや
どこでもおしかけたい
左近蘭子/田頭よしたか
フレーベル館
1996
きつねいろのくつした
こわせたまみ/いもとようこ
ひかりのくに
1997
ジェイクのクリスマス
葉祥明/リッキーニノミヤ
自由国民社
1997
ふしぎなナイフ
中村牧江・林健造/福田隆義
福音館書店
1997
でこちゃん
つちだのぶこ
PHP出版局
1999
ティモシーとサラのとりかえっこ
芭蕉みどり
ポプラ社
2000
あしたもともだち
内田麟太郎/降矢なな
偕成社
2000
くれよんのくろくん
なかやみわ
童心社
2001
おまえうまそうだな
宮西達也
ポプラ社
2003
不思議の国のアリス(仕掛け本)
ルイス・キャロル/ロバート・サブダ
大日本絵画
2004
あなたをずっとずっとあいしてる
宮西達也
ポプラ社
2006
ちびくろさんぼ
ヘレン・バンナーマン
不明
不明
発行年代を確認したところ、1960 年代のものが 5 冊、1970 年代のものが 13 冊、1980 年代のものが 14
冊、1990 年代のものが 12 冊、2000 年代のものが 6 冊、発行年代不明のものが 1 冊であった。最も古い
ものが 1964 年発行で、最も新しいものが 2006 年発行であった。
2013 年度生は、受講者の大半が 1993 年生まれであるため、1990 年代半ばから 2000 年初めに幼少期を
過ごしていたこととなる。したがって、1980 年代までの 32 冊は、誕生以前に発行された絵本であった
ことになる。また、受講生が頻繁に絵本に親しんだ時期が 2000 年であると仮定し、初版から 25 年以上
にわたるロングセラーが“時”の評価を受けた良質な絵本であると考えられている⁵ことに照らすと、受
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愛知淑徳大学論集-福祉貢献学部篇- 第 5 部 2015
講者の 50%(29 名)が、良質な絵本を周囲のおとなから読み聞かせしてもらっていたことになる。さら
に、『すてきな三にんぐみ』
、『からすのパンやさん』
、
『こんとあき』
、『むしばミュータンスのぼうけん』
は、三宅興子が梅花幼稚園で行った「こうめ文庫」の 1995 年から 2000 年までの 5 年間の貸出調査にお
いても貸出上位 20 冊に入る絵本である⁶ため、当時の子どもに人気の絵本に親しんでいたと言える。
調査の結果、2013 年度の受講者が、比較的良質で、同世代の子ども達に好まれていた絵本を「心に残
る絵本」として発表したことが明らかとなった。
3-2「印象深い場面とその理由」に見る幼少期の視点
受講者が「心に残る絵本」のどこに親しみをいだき、その絵本を通して何を考えていたのか。その一
端を確認するために、彼女らが「印象深い場面とその理由」に記した記述から、幼少期の絵本を見る視
点について確認することとした。そこで、
「印象深い場面とその理由」を「印象深い場面」と「印象深い
場面」をあげた「理由」との二つに分けることにした。二つに分けた理由は、受講者が幼少期に絵本の
何に注目していたのか、子どもの絵本を捉える視点を明確にするためである。
はじめに「印象深い場面」について見てみよう。
「印象深い場面」は、原則 1 つ取り上げることになっ
ていた。受講者の 50 名(86%)が 1 つの場面を取り上げて言及していたが、8 名(14%)が 2 つの場面
を取り上げて言及した。また、
「印象深い場面」の説明が、①絵について言及したもの、②ストーリーに
ついて言及したもの、③言葉遣いや言い回しなどの文章表現について言及したもの、の3つに分かれて
いた(以降は印象①絵、印象②ストーリー、印象③文章表現とする)
。1 つの場面を取り上げた受講者の
印象の内訳をみると、印象①絵が 25 名(50%)
、印象②ストーリーが 23 名(46%)
、印象③文章表現が
2 名(4%)であった。2 つの場面を取り上げた 8 名の内訳は、印象①絵と印象②ストーリーとの組み合
わせが 4 名(50%)
、印象①絵と印象③文章表現との組み合わせが 3 名(38%)
、印象②ストーリーと印
象③文章表現との組み合わせが 1 名(12%)であった。
また、
「印象深い場面」を 1 つ取り上げた 50 名の発表日と授業回数を調査した。第 3 回から第 12 回の
授業時に発表したため、第 3 回から第 7 回発表者を前半、第 8 回から第 12 回発表者を後半とし、印象①
絵及び、印象②ストーリーの発表日と授業回数の分布を前半と後半とでまとめた。表2のグラフは、第
3 回から第 12 回までの授業における発表を授業回数で表し、各回における印象①絵と印象②ストーリー
を選んだ人数から受講者の印象の推移を近似値線(線形)で表したものである。その結果、授業回数が
増すごとに印象①絵を選ぶ割合が増える一方で、印象②ストーリーを選ぶ割合が減っていくという結果
であった。
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愛知淑徳大学論集-福祉貢献学部篇- 第 5 部 2015
表2 発表回数と受講者の印象の推移
受講者の選んだ人数(名)
6
5
4
3
2
1
0
3回
4回
5回
6回
7回
8回
9回
10回
11回
12回
授業回数
印象①絵
印象②ストーリー
線形 (印象①絵)
線形 (印象②ストーリー)
ここで注目したいことは、絵本の印象が絵に依拠する場合とストーリーに依拠する場合とに大きく分
かれていることである。また、
「印象深い場面」を1つ取り上げた 50 名の発表日と授業回数との分布に
注目すると、前半は印象①絵が 33%、印象②ストーリーが 67%とストーリーに依拠する者が多く、後半
は印象①絵が 68%、印象②ストーリーが 32%と絵に依拠する者が多くなった。前半と後半とで依拠する
根拠が入れ替わり、後半になるにつれてストーリーに依拠した発表が減少し、入れ替わるように絵に依
拠した発表が増加していったことが明らかとなった。
次に、
「印象深い場面」をあげた「理由」について見ていくと、①絵を理由とするもの、②ストーリー
を理由とするもの、③自己投影を理由とするもの、④文体や書き方など文章表現を理由とするもの、⑤
物語世界に没頭したことを語るもの、の 5 つに分かれた(以降は、理由①絵、理由②ストーリー、理由
③自己投影、理由④文章表現、理由⑤没頭とする)
。
「印象深い場面」をあげた「理由」は、
「印象深い場
面」をあげた根拠であるため、
「印象深い場面」の分類結果を踏まえて、幼少期の受講者が絵本を捉えた
視点について分析した。
「印象深い場面」で印象①絵に分類された受講者 25 名(43%)のうち、理由①絵のみをあげた受講者
が 7 名(28%)
、理由②ストーリーのみが 1 名(4%)
、理由③自己投影のみが 5 名(20%)
、理由⑤没頭
のみが 5 名(20%)
、理由①絵と理由②ストーリーとの組み合わせ、理由①絵と理由②ストーリーと理由
③自己投影との組み合わせ、理由①絵と理由③自己投影との組み合わせ、理由①絵と理由⑤没頭との組
み合わせ、理由②ストーリーと理由③自己投影との組み合わせ、理由③自己投影と理由④文章表現との
組み合わせ、理由④文章表現と理由⑤没頭との組み合わせがそれぞれ1名(各 4%)であった。また、
「印
象深い場面」で印象②ストーリーに分類された受講者 23 名(40%)のうち、理由①絵のみをあげたもの
が 1 名(4%)
、理由②ストーリーのみが 10 名(43%)
、理由③自己投影のみが 8 名(35%)
、理由①絵と
理由②ストーリーとの組み合わせが 1 名(4%)
、理由②ストーリーと理由③自己投影との組み合わせが
3 名(13%)であった。
分析の結果、印象①絵をあげた受講者の 44%が理由①絵を、12%が理由②ストーリーを、36%が理由
③自己投影を、8%が理由④文章表現を、28%が理由⑤没頭を理由の一つに挙げあげていた。また、印象
②ストーリーをあげた受講者の 8%が理由①絵を、60%が理由②ストーリーを、48%が理由③自己投影
を理由の一つに挙げていた。
ここで注目したい点は、印象①絵をあげた受講者は理由においても理由①絵を、印象②ストーリーを
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愛知淑徳大学論集-福祉貢献学部篇- 第 5 部 2015
あげた受講者は理由においても理由②ストーリーをあげているが、どちらも次にあげる理由が理由③自
己投影だったことである。印象①絵の 8 名(32%)と印象②ストーリーの 11 名(48%)の合計 19 名(40%)
が、理由に理由③自己投影をあげていた。ここに含まれていない「印象深い場面」で 2 つの場面をあげ
た 8 名も確認したところ、4 名(50%)が理由③自己投影をあげており、架空の物語であっても日常と
重なる部分のある絵本は、心に残りやすく、時を経て再び絵本をめくると記憶が甦ることが分かった。
「印象深い場面とその理由」を分析することにより、受講者の幼少期における絵本を見る視点が明ら
かになった。受講者は、大きく分けると、絵本に親しむときに絵に依拠して親しむ場合と、ストーリー
に依拠して親しむ場合との二つに分かれており、どちらに重点を置くかは受講者の嗜好によるところが
大きい。また、絵に依拠した見方、ストーリーに依拠した見方に共通する絵本の捉え方としては、絵本
の登場人物に自己投影していることが明らかになった。時を経ても心に残る絵本は、そこに描かれた物
語と子ども時代の日常とがどこかで重なっている場合に多く見られ、自分の経験や当時の記憶と通底す
る絵本に親しみを持ちやすい、ということが分かった。これは、和田香誉をはじめとする保育者の絵本
選択についての研究結果⁷と共通しており、「子どもの心の状態」と連動する絵本を選択しようとする保
育者の視点と同様の結果が見出せた。
3-3授業内容と視点の変化
「印象深い場面とその理由」の分析を通して、受講者が自分の経験や当時の記憶が絵本の中に投影さ
れていることを意識しつつ、絵本の絵あるいはストーリーに依拠した絵本紹介を行ったことが明らかに
なった。また、絵本の紹介を行う上で、絵あるいはストーリーのどちらかに依拠しているものの、スト
ーリーに依拠した紹介は授業回数の前半に多く見られ、後半になるとストーリーよりも絵に依拠した紹
介が増えたことも明らかになった。上記の理由の根底に授業の進行との関係があるか否かを確認するた
めに、発表が当日の授業開始後すぐに行われることを鑑み、発表開始 1 回前の第 2 回から発表終了 1 回
前の第 11 回までの授業内容について確認した。表 3 は、授業回数と授業のタイトルを一覧にした。授業
内容を以下にまとめることとする。
表3 授業回数と授業のタイトル一覧
授業回数
授業の概要
第2回
絵本とは何か①絵本をつくる
第3回
絵本とは何か②理論を知る
第4回
赤ちゃん絵本『もこ もこもこ』他
第5回
2 歳ごろの絵本『おやすみなさいのほん』他
第6回
3 歳ごろの絵本『はなをくんくん』他
第7回
前半のまとめ―子どもの発達と環境をふまえて
第8回
絵本アラカルト『木をかこう』『アンジュール』他
第9回
物語と絵との関係を考える①昔話の伝播を中心に
第 10 回
物語と絵との関係を考える②昔話絵本を手がかりにして
第 11 回
絵本の読み聞かせ①準備*絵本を選択するときには?
第2回の講義では、各グループで長谷川集平の考案する「おべんとう絵本」を実際に作り⁸、絵本の成
り立ちや物語の生成について実践的に学ぶ機会とした。
「おべんとう絵本」の特徴は、身近にある紙と黒
のサインペン、のりと製本テープのみで絵本を作成するところにある。絵本といえば、かわいい絵や色
彩豊かな絵、読者を魅了する物語によって構成されていると考える受講者が殆どである。しかしながら、
-7-
愛知淑徳大学論集-福祉貢献学部篇- 第 5 部 2015
「おべんとう絵本」は、黒のサインペンで紙の中央に黒丸を描き、次項にこの黒丸の変形した形を描く
だけである。しかも、何度もページをめくりながら黒丸が変化する図柄を手がかりに、オリジナルのス
トーリーを作っていく。はじめに物語ありき、色彩豊かなかわいい絵ありきで絵本を認識している受講
者にとっては、驚嘆する作業であるとともに、絵本を手作り可能な身近な存在に感じる作業でもある。
第3回の講義では、絵本の本質をとらえるために、筆者が絵本の読み聞かせを行った。実際に、絵本
を目で見て、耳で聞くという体験を通して、絵本に対して何を感じたか、ということを手がかりにして、
絵本に親しむとは、視覚、聴覚、触覚などの知覚を使った身体経験であると認識する機会としている。
本に書かれた内容を読み解く、あるいは暗記するなどの学習方法が定着している受講者にとって、絵本
が言葉や文字習得のテキストではなく、身体を使って味わうおもちゃの一つであると知ることは、
「目か
ら鱗」の体験であり、絵本に対する認識を改め、絵本との付き合い方について考える契機となった。
第4回から第8回の講義では、絵本の構造を知り、子どもの発達に見合った絵本の選び方を実践的に
学ぶ。第4回では、
【赤ちゃん絵本】を取り上げ、現在、赤ちゃん絵本として高い評価を得ている 10 冊
(表4)について分析し、考察した。
表4 授業時に扱った【赤ちゃん絵本】一覧
タイトル
文/絵
出版年
出版社
『ばいばい』
まついのりこ
1983
偕成社
『くつくつあるけ』
林明子
1986
福音館書店
『がたんごとんがたんごとん』
安西水丸
1987
福音館書店
『ぴよぴよぴよ』
平野剛
1987
福音館書店
『いないいないばあ』
松谷みよ子
1967
童心社
『どうぶつのおやこ』
やぶうちまさゆき
1966
福音館書店
『くだもの』
平野和子
1981
福音館書店
『ぶたたぬききつねねこ』
馬場のぼる
1978
こぐま社
『ころころころ』
元永定正
1982
福音館書店
『もこもこもこ』
谷川俊太郎
1977
文研出版
はじめに、子どもの発達過程についての知識を得るために、赤ちゃん絵本の対象である子どもの様子
を言葉の発達に重ねて説明し、1 語発話の出るあたりまでを読者としてとらえ、おおよその年齢を 1 歳 6
か月までと定義したうえで、絵本を構成する要素として①紙②絵③言葉④絵と言葉の配置⑤絵本の大き
さ(以下絵本の5要素とする)があることを伝えた。その上で、実際に絵本を手に取り、音読や繰り返
しページをめくるなどして絵本の5要素について一つ一つ分析し、各グループで分析した絵本が赤ちゃ
ん絵本である理由を確認した。同様の方法を用いて第5回では【2 歳ごろの絵本】(表5)、第6回では
【3 歳ごろの絵本】
(表6)の特徴について学んだ。
表5 授業時に扱った【2歳ごろの絵本】一覧
タイトル
文/絵
出版年
出版社
『おやすみなさいのほん』
M・W・ブラウン/J・シャロー(石井桃子訳)
1962
福音館書店
『おひさまあはは』
前川かずお
1989
こぐま社
『かおかおどんなかお』
柳原良平
1988
こぐま社
『どろんこどろんこ』
わたなべしげお/おおともやすお
1983
福音館書店
『だれのうちかな』
H・A・レイ(石竹光江訳)
1970
文化出版局
『サーカスをみよう』
H・A・レイ(石竹光江訳)
1970
文化出版局
-8-
愛知淑徳大学論集-福祉貢献学部篇- 第 5 部 2015
『おかあさんとこども』
H・A・レイ(石竹光江訳)
1970
文化出版局
『おててがでたよ』
林明子
1986
福音館書店
『ねないこだれだ』
せなけいこ
1969
福音館書店
『いやだいやだ』
せなけいこ
1969
福音館書店
【2 歳ごろの絵本】の場合は、2 歳ごろの絵本の対象年齢と発達段階について解説し、対象児の年齢を
2 語文から多語文の出はじめる 2 歳 6 か月までと定義した上で、絵本の5要素にそって絵本の分析を試
み、2歳ごろの絵本である理由を考察する機会とした。
表6 授業時に扱った【3歳ごろの絵本】一覧
タイトル
文/絵
出版年
出版社
『ぞうくんのさんぽ』
なかのひろたか
1968
福音館書店
『とこちゃんはどこ』
松岡享子/加古里子
1970
福音館書店
『せんたくかあちゃん』
さとうわきこ
1978
福音館書店
『あさえとちいさいいもうと』
筒井頼子/林明子
1979
福音館書店
『ぐりとぐら』
なかがわりえこ/やまわきゆりこ
1963
福音館書店
『かばくん』
岸田衿子/中谷千代子
1962
福音館書店
『14ひきのあさごはん』
いわむらかずお
1983
童心社
『かいじゅうたちのいるところ』
モーリス・センダック(神宮輝夫訳)
1975
冨山房
1965
福音館書店
1967
福音館書店
『てぶくろ』
『はなをくんくん』
ウクライナ民話(内田莉莎子訳)/E・M・
ラチョフ
ルース・クラウス(きじまはじめ訳)/
マーク・シーモント
【3歳ごろの絵本】の対象は、形態認識の完成期や言葉の完成期を迎えた子ども全てであると説明し
た上で、絵本の5要素を用いて分析した。また、第4回、第5回で扱った絵本との違いを理解するため
に、絵本の5要素のどの点が対象者の発達に伴って異なっているか考察する機会も設けた。
第7回の講義では、前半の授業のまとめとして、子どもの発達段階に合わせて絵本の構成が変化して
いく過程を再度確認するとともに、図書館や子どもの遊び場における絵本棚の配架方法に焦点をあて、
子どもがおもちゃの一つとして絵本を認識することが可能な、絵本のある環境構成について考察する機
会とした。
第8回の講義では、絵だけの絵本や科学絵本など多様な絵本について考察した。
【絵本アラカルト】と
銘打ち、さまざまなタイプの絵本を取り上げた。2013 年度は、表7にまとめたブルーノ・ムナーリ(1982)
『木をかこう』、五味太郎(1977)『みんなうんち』、マリー・ホール・エッツ(1982)『赤ちゃんのはな
し』
、中村牧江・林健造(1985)
『ふしぎなナイフ』
、桑原隆一(2001)
『アリからみると』
、太田大八(1975)
『かさ』
、イエラ・マリ(1976)
『あかいふうせん』
、ガブリエル・バンサン(1986)
『アンジュール』
、安
野光雅(1977)
『旅の絵本』
、新宮晋(2007)
『ことり』の 10 冊を取り上げた。
表7 授業時に扱った【絵本アラカルト】絵本一覧
タイトル
文/絵
出版年
出版社
『木をかこう』
ブルーナ・ムナーリ(須賀敦子訳)
1982
至光社
『みんなうんち』
五味太郎
1977
福音館書店
『赤ちゃんのはなし』
マリー・ホール・エッツ(坪井郁美訳)
1982
福音館書店
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愛知淑徳大学論集-福祉貢献学部篇- 第 5 部 2015
『ふしぎなナイフ』
中村牧江・林健造
1985
福音館書店
『アリからみると』
桑原隆一/栗林慧(写真)
2001
福音館書店
『かさ』
太田大八(絵)
1975
文研出版
『あかいふうせん』
イエラ・マリ(絵)
1976
ほるぷ出版
『アンジュール』
ガブリエル・バンサン(絵)
1986
BL 出版
『旅の絵本』
安野光雅(絵)
1977
福音館書店
『ことり』
新宮晋(絵)
2007
文化出版局
第4回から第6回と同様に絵本の5要素をもとに絵本を分析するばかりでなく、絵本の内容が物語絵
本であるか、科学絵本であるかを考察したうえで、その絵本をどのような環境や方法で子どもたちに提
供するかなど、具体的な方法について考察した。
第9、10 回の講義では、物語と絵との関係性を考察する機会として、2回に分けて昔話絵本を取り上
げた。第9回では、口承文芸である昔話の伝播方法に焦点を当て、関敬吾の収集した青森県三戸郡の「桃
太郎」(
『桃太郎 舌切り雀 花さか爺』 1956 岩波書店)の音読を通して、地域に根ざした語りによ
って継承された昔話の伝播について学ぶ機会とした。第 10 回では、物語と絵との関係性について考察す
るために、昔話「かちかちやま」を絵本にした①おざわとしお(再話)『かちかちやま』(福音館書店)
②まつたにみよこ『かちかちやま』(ポプラ社)③柿沼美浩『かちかち山』(永岡書店)④平田昭吾『か
ちかちやま』(ポプラ社)のを4つ取り上げ、絵本と『日本昔話大成』(関敬吾 1979 角川書店)に収
集された原話「勝々山」との比較を通して、昔話を絵で表すことによって生じる物語の変化について考
察した。絵の描き方や絵をおこす場面の選び方によって原話「勝々山」が変容してしまい、結果的に原
話の面影を失っていく過程をたどった。
第 11 回の講義では、第4回から積み重ねてきた絵本を捉える視点、すなわち絵本の5要素をもとにし
て、各グループでAS保育室通園児に読み聞かせるための絵本を決定し、絵本の読み聞かせ方について
実践的に習得する機会とした。
特に、第4回から第8回までは、ワークシートを用いてグループで1冊の絵本を分析することにした。
グループ作業の利点は、ワークシートに記入する内容を巡り、互いの考えや絵本の捉え方について議論
する機会があるため、個人では関心の及ばない視点で絵本を捉える契機を生むことである。そのため、
回を重ねるほど絵本を深くとらえることが可能となり、絵本を構成する5要素に着眼する姿勢が定着し
ていく。実際に、受講者のワークシートを確認すると、【赤ちゃん絵本】を取り上げた回と、【3歳ごろ
の絵本】を取り上げた回の記述量は2倍に増えており、わずか3回の授業でも絵本の5要素にそって絵
本の分析を進めることによって、絵本を客観的に捉える視点の獲得に一定の効果があることが分かった。
「印象深い場面とその理由」の記述内容が、後半になるにつれて絵に依拠した紹介が増加し、ストー
リーに依拠した紹介が減少していく背景に、絵本が絵本の5要素によって成立していることを学んだこ
と、そして、良質な絵本の分析により客観的な視点で絵本を捉える姿勢が生成されたことがあると考え
られる。
3-4「発表原稿の作成を通して考えたこと」記述内容を辿る
「発表原稿の作成を通して考えたこと」の記述内容は、発表原稿をまとめるにあたり、受講者が感じ
たことや考えたことをもとに作成するように指示している。そのため、記述内容は多岐にわたっており、
一人の発表者が2つから3つの項目に分かれた内容を記述する場合が多い。そのため、受講者の記述内
容を項目に分類すると、①思い出や気持ち、自身の過去を客観的に捉える場合など記憶とのつながりを
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愛知淑徳大学論集-福祉貢献学部篇- 第 5 部 2015
記述するもの(46 名 42%)
、②紹介した絵本の特徴や内容を深く考えたもの(21 名 19%)
、③絵本の選
び方や選ぶ際の注意点について考えたもの(5 名 5%)
、④読み聞かせの準備や方法について考えたもの
(17 名 16%)
、⑤絵本の本質や特徴について考察したもの(17 名 16%)
、⑥絵本の配置方法について考
察したもの(2 名 2%)
(以下は項目①記憶、項目②追究、項目③視覚、項目④聴覚、項目⑤特質、項目
⑥環境とする)
、の6項目(延べ数 108 名)となった。表8は、6項目の内容と受講者の人数とを表で表
したものである。第2回から第 11 回までの授業内容との関係に焦点を当てるため、ここでは項目④聴覚
以外の5項目について考察することとする。
表8「発表原稿の作成を通して考えたこと」の記述内容の分類と各項目の数
記述内容の分類と各項目の人数
人数(名)
50
46
40
30
20
10
0
21
17
17
5
2
記述内容の分類
項目①記憶においては、
「温かい気持ちになった(略)優しい気持ちになった(第 3 回授業時『きつね
いろのくつした』
)
」のように感想を語るレベルから、
「自分の視点が変わっていると感じた(第 4 回授業
時『となりにきたこ』
)
」
、
「小さかった時は、この本に対して少し怖いイメージと憧れを持って聞いてい
たが、絵本論で絵本の勉強をしている今は、色使いや文字の大きさなどに注目しながら読んでいた(第
8 回授業時『はじめてのおるすばん』
)
」のように自身の記憶と現在の印象との違いを検討するレベルま
で多岐に渡っていた。これらの記述内容に共通していることは、幼少期の絵本との触れ合いや周囲のお
となに読み聞かせをしてもらった経験が根底にあること、絵本を通して幼少期の自分と再会するような
感覚を持ち合わせていることであった。
項目②追究では、
「感動を与える場面には、なにか心に残る言葉遣いや独特の絵の描かれ方がされてい
ると思った(第 3 回授業時発表『おまえうまそうだな』
)
」や、
「コールテンくんの表情はいつも目が同じ
で口角だけで表現されているが、寂しいや嬉しいなどの感情がすぐに読み取れるようになっている(第
7 回授業時発表『くまのコールテンくん』
)
」
、
「当時は読んでもらっているとき絵の方ばかり見ていたけ
ど、今回改めて自分で読んでみると、男の子とぶつかったときの「うわっ!」という文字が大きくなっ
ているなど、絵以外のところの工夫に気づくことができた(第 9 回授業時発表『だれかそいつをつかま
えろ!』
)
」など、受講者自身が紹介する絵本を取り上げており、記述内容も初回の発表時よりも回を重
ねるにつれて記述内容に分析力が増している様子が確認できた。
項目③視覚に分類される記述は、第 6 回授業時発表で初めて言及された。原文を引用すると、
「犬が表
紙であるこの本を好んで読んでいた。その経験から、ほかの子ども達もきっと表紙を見て絵本を選んで
いるのだろうな、と思う。
(略)今は、表紙よりも本のタイトルや裏表紙にあるあらすじ、他の人の話を
- 11 -
愛知淑徳大学論集-福祉貢献学部篇- 第 5 部 2015
聞くなど、本の内容に興味を持つことが多い。
(略)子どもとの本の選び方の違いに気づいてから考えて
みると、大きな絵で目を引くものが多い。絵本を出版する側も対象年齢に合わせて工夫しているのだな、
と気づいた(
『ちびくろさんぼ』
)
」という記述で、絵本の絵について具体的に考察した内容であった。項
目③視覚に分類される記述は、ほかにも「現実に近い絵で描かれつつ、物語の内容にはあまり関係のな
い風景なども細かく描かれており、絵を見ることを楽しむ子どももいる。子どもが楽しめる要素を増や
すことで子どもが絵本に親しむきっかけも増える(第 11 回授業時発表『はじめてのおつかい』
)」など、
絵の描き方や細部について言及するなど、授業で取り組む絵本の5要素を用いた分析を応用した記述が
確認できた。
項目⑤特質では、
「仕掛け絵本は読み聞かせるだけでなく、子どもが自ら触って物語を知っていくもの
なんだと気付いた(第 5 回授業時『不思議の国のアリス(仕掛け絵本)
』
)
」や、
「視力と聴覚を同時に刺
激されるというのはもう大変な衝撃が生まれるわけで、それは幼ければ幼いほどその影響は顕著だと思
う(第 9 回授業時『むしばミュータンスのぼうけん』
)
」
、
「子ども達にとっては、絵本の内容そのものよ
りも、誰にどんな風に読んでもらったか、楽しかったか、という「幸せな時間」が記憶に残るものだと
思う(第 10 回授業時『あさえとちいさいいもうと』
)
」のように、絵本が視覚と聴覚、触覚との融合によ
って成立することを指摘した記述があった。第 4 回授業時発表に講義時に使用した「絵本はおもちゃ」
という言葉を引用する記述も見られたが、後半に進むにつれて上記のように自分の言葉で説明する記述
が増えた。絵本の分析を積み重ねる授業を繰り返すことにより、幼少期に感じていた絵本に対する感覚
や、今現在気づき始めた絵本の必要性について語る言葉を、受講者自身が持ち始める過程を見ることが
できた。これは、受講者が絵本の存在意義や価値、文化的役割を見出した証であり、児童文化財の一つ
である絵本を繰り返し洞察しなければ導き出せない結果であったと考える。
項目⑥環境は、
「図書館(略)は、本棚の背は低く角は柔らかい布で覆われており、座り込んでも大丈
夫なように床にじゅうたんが敷かれていた(略)
。子どもが絵本を読みたくなるような環境を整えること
も、子どもが素敵な絵本に出会うために大切なことだと思った。
(略)子どもは絵本の絵を見ていると思
うのでインパクトのある絵、本物により近い絵など視覚的に心に残るものがよい絵本なのかなと思った
(第 9 回授業時『おふろだいすき』
)
」と、
「
『でこちゃん』に出会ったのは、小学校低学年の頃、インパ
クトのある表紙、濃くしっかりと塗られている絵を見て読みたいという思いに心動かされた。
(略)表紙
が見えるように並べられている絵本に目がいった、表紙が絵本を選ぶ決め手の一つになると考えた(第
10 回授業時『でこちゃん』
)
」との 2 名の記述に見られた。これらは、絵本の配置や展示方法について言
及しているが、どちらも絵本が子どもの視覚に及ぼす影響について語っており、絵本と知覚との関係に
ついて指摘している。配置の仕方や展示方法、子どもが絵本と触れ合う環境など、絵本の周縁にまで目
を配った記述内容は、後半の終わり近くにしか見られない。絵本の5要素の分析を通して絵本を客観的
にとらえる方法が身に付きはじめると、絵本そのもののみならず、絵本と子どもとの出会いや触れ合い
の“場”の在り方に関心が移っていく様子を見ることができた。
授業内容と関連のある項目に焦点を絞って考察したため、項目④聴覚を除く項目①記憶から項目⑥環
境にそって「発表原稿の作成を通して考えたこと」の記述内容を詳細に辿った。その結果、受講者の絵
本を見る視点が、思い出や気持ちを主体とした漠然とした捉え方から、絵の描き方や絵本の大きさ、絵
と文字との配置など、誰もが共有可能な客観的な情報を手がかりにした捉え方へと変化していることが
明らかとなった。また、客観的な情報を手がかりにした捉え方へと深化するにつれて、絵本そのものに
対する関心から、誰に絵本を読んでもらうかなど読み聞かせを聞く子どもに対する配慮へ、さらには、
子どもと絵本とが出会う“場”の在り方へと関心の所在が変化していく様子が明らかとなった。
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愛知淑徳大学論集-福祉貢献学部篇- 第 5 部 2015
4. 総合的考察-客観的な視点による絵本選択力育成は何と繋がるか
ストーリーに依拠した「印象的な場面とその理由」の記述が後半になるにつれて減少し、入れ替わる
ように絵に依拠した記述が増加した理由は、絵本を客観的に捉えるようになったことにより、思い出や
気持ちなど自分自身の個人的な記憶に寄り添うよりも、視覚や聴覚、触覚などの知覚にそって絵本を捉
えることが強化されたからであると推測される。思い出や気持ちに限らず、視覚や聴覚、触覚も個人的
な感覚であることに変わりはない。しかしながら、誰にでも説明可能な要素に注目することにより、絵
本を客観的に捉える目が養われ、絵本の良し悪しを判断する基準を身に付けることが可能となる。その
ことにより、個人的な体験に満ち満ちている「心に残る絵本」の紹介内容が、客観的な視点に立脚した
分析によって整理され、自分自身の幼少期に出会った絵本がいかなる絵本であったか知りたい、という
意欲で満たされていくように見える。
「心に残る絵本」について知ろうとする行為は、幼い頃の自分がいかなる環境の中で誰と一緒に絵本
との触れ合いの時を持ち、その時が自分にとってどのような“時間”であったのか、ここまでの自分の
道程をふり返る行為であるとともに、絵本に触れ合う濃密な“時間”を確認した者にとっても、絵本と
の触れ合いに乏しかった幼い自分と再会した者にとっても、ここから始まる子どもに絵本を選び提供す
るおとなとしての自分のあるべき姿を想像する契機となる。受講者全員に共通していたことは、さまざ
まな経験や過去の上に存在する自分が保育者として、あるいは人の親として独り立ちするときに、子ど
もにとって印象深い絵本を選び、読み聞かせることが可能な自分でありたいと願う姿勢であった。
2013 年度生においても、絵本に触れ合う濃密な“時間”を持つ者と、絵本との触れ合いに乏しい者と
が混在していた。誰かに読んでもらう「幸せな時間」に満ちた幼少期を過ごした者は、絵本選びや読み
聞かせに自分の経験を投影させることが可能である。しかしながら、記憶や経験を持ち合わせていない
者にとって、子どもに適した絵本を選び、読み聞かせることは過酷な難題でしかない。彼女らにとって
は、今現在、どのような絵本が世の中にあり、いかなる絵本が良質な絵本と言われているのかを知るだ
けでなく、何を手がかりにして数多ある絵本の中から良質な絵本選びを行うかなどの、絵本選択の手続
きがあること、その方法を学ぶことから始める必要がある。そして、幼少期における絵本の記憶や絵本
と触れ合う経験の乏しい者が今以上に増えていくことは想像に難くない。
絵本選択力の育成をうながすいとぐちは、子どもが絵本を手に取ろうとする契機が、あらすじの紹介
や絵本の帯に記入された推薦文ではなく、直接的な知覚で認識可能な接触にある、という〈あたりまえ〉
の気づきを導くことにある。
〈あたりまえ〉の気づきにたどり着く場面は、教育実習や保育実習など実践
的に子どもと向き合う場面に限られたことではない。むしろ、実習生として現場に踏み出す前、すなわ
ち座学における知識を得る時期に、この〈あたりまえ〉に気づく場面があれば、実習先の子どもに合わ
せて絵本を選び、読み聞かせする経験が、自分の絵本選びの良し悪しについて検証する場として生きる
こととなる。
絵本の選択力は、知識と経験によって輻輳的に成熟していく力である。保育経験の乏しい学生時代に
習得可能な能力は、理論に基づく客観的な視点によって絵本の良し悪しを推し量る力である。今回は、
その力を育成する過程を受講者の発表した「心に残る絵本」の記述内容から導き出した。この発表を通
して受講者が体験した回顧の旅ともいえる経験は、実のところ絵本の存在意義の一つであり、そのこと
により、おとなと子どもとの「幸せの時間」の継承を図る土台が生成される。であるならば、絵本が子
どもにもたらす影響力は、自分を肯定的に受け入れるうえでも、社会との距離感やものの見方を形成す
るうえでも、計り知れない。
2015 年度から始まる子ども・子育て支援新制度により、今まで曖昧であった教育と保育との線引きの
明確化が求められるようになるとともに、保育内容における教育の在り方について議論されることにな
るであろう。現状を踏まえれば、絵本の読み聞かせを「読解力」育成の下支えとして取り扱うようにな
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愛知淑徳大学論集-福祉貢献学部篇- 第 5 部 2015
る可能性は、極めて高いといえる。しかしながら、絵本の読み聞かせが子どもたちにもたらす力は、
「読
解力」に限られたものではない。絵本によってもたらされる幼い日々の「幸せの時間」
、いわば「生きる
力」の根源となり得る力が絵本の読み聞かせにはある。しかしながら、
「生きる力」の根源となり得る経
験は、手でつかむことも、目で確かめることも、数値化することも不可能である。根源的な力を可視化
することは不可能であるからこそ、絵本が「読解力」育成の教材として取り扱われる前に今一度、絵本
によってもたらされる幼い日々の「温かく」
「幸せの時間」が、子どもに継承されることの意義について
考える必要がある。
引用文献
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「絵本」という名の多様なメディア―「手段」となった現代の絵本観―」『日本児童
文学学会第 49 回研究大会研究発表要旨集』p25
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る絵本の選択理由から-」
「広島大学大学院教育学研究科紀要第三部」第 56 号 p325-332
⁴佐藤智恵・松井剛太・村上眞生・祝小力・趙京玉「保育者の絵本選択の理由と経験年数との関連に関す
る研究」
『広島大学幼年教育研究年報』第 59 号 p59-64
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『新版子どもが選んだ子どもの本』創元社
⁶三宅興子(2001)
「絵本の読者とその需要について考えていること―幼稚園文庫の報告から―」
『子ども
の文化』第 33 巻 7 号 p3-12
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551
⁸長谷川集平(2009)
『絵本づくりトレーニング』 p22-23
参考文献
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「学生の絵本選択に関する調査研究」
『武蔵野短期大学研究紀要』第 28 輯 p251-262
斎藤有・内田伸子(2013)
「幼児期の絵本の読み聞かせに母親の養育態度が与える影響:
「共有型」と「強
制型」の横断的比較」
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永田桂子(2007)
『よい「絵本」とはどんなもの?』チャイルド本社
服部裕子(2007)「「かちかちやま」の残酷性に対する短大生・大学生の意識 (ラウンドテーブル 現代
の子どもと昔話の残酷性--「かちかち山」を中心に)」『児童文学論叢』12 号 p54-57
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「絵本の読み聞かせに対する学生理解-教育実習を通した学生の気づきに焦点をあてて
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藤重育子(2012)
「絵本の読み聞かせ効果について-「言葉指導法」受講学生の意識調査と保育現場イン
タビューをもとに-」
『東邦学誌』第 41 巻第 3 号 p65-79
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