5 運動エネルギー、仕事 前の章では運動方程式から運動量に関連する事項を導いた。この章ではやはり皆にお馴染み の運動エネルギーに関連することを述べる。 5.1 運動エネルギー まず一次元を例にとる。運動方程式は m d2 x = F, dt2 m d v=F dt (5.1) である。高校時代に学んだことは、質量 m の物体が速度 v で動くとき、その運動エネルギー K (kinetic energy) は 1 K = mv 2 (5.2) 2 である。(5.2) を t で微分して、(5.1) を代入すると、 dv dK = mv = vF dt dt (5.3) である。すなわち単位時間あたりの運動エネルギーの増加は vF であり、それは仕事率(単位 時間(1秒)あたりにする仕事)である。(5.3) に dt を掛けると、 dK = vF dt = F dx dt = F dx dt であるので、力 F を受けて、物体が dx だけ動くと、右辺はその間に物体に対してなされた仕 事である。その仕事が運動エネルギーの増加量と等しい。これは仕事とエネルギー変化の関係 で、皆さんにお馴染みである。 一般的な3次元の場合に移る。運動方程式は m d v=F dt (5.4) である。 速度はベクトル v であるから、その大きさを v とすれば、運動エネルギー K は 1 K = mv 2 2 である。v はベクトルの大きさであるのに対して、運動方程式にはベクトル v が現れるので ちょっとした工夫が必要である。ピタゴラスの定理によると、 v 2 = vx2 + vy2 + vz2 = v12 + v22 + v32 = 1 i vi2 である。ベクトルの演算が現れるところでは、vx の代わりに v1 、vy の代わりに v2 、vz の代わ りに v3 と書くのが便利である。すると最後の項は v の各成分の二乗をとって、それらの和をと ることを意味している。 運動方程式 (5.4) を成分で書き表せば、 m である。したがって今回は dvi = Fi dt dvi d K=m = vi vi Fi dt dt i i (5.5) である。右辺は、二つのベクトル v と F の各成分を掛け合わせて、その和をとることを意味 する。章末での Appendix で示されるように、これはベクトル v と F の内積 v · F に他ならな い。ゆえに d K =v·F (5.6) dt となり、v と F の内積が仕事率である。(5.6) に dt を掛けると、 dK = F · dr. (5.7) 物体に力 F が掛かって、dr だけ動いたときは、物体には F · dr だけの運動エネルギーの増加 がある。物体に力 F が作用し、dr だけ動いたときに、物体になされる仕事は F dr cos θ (θはF と dr がなす角度である) というお馴染みの法則が出てくる。 問題 1。エネルギーの単位はジュール [J] である。体重 60kg の人が 1m/s の速度で動いている。 運動エネルギーはいくらか。 問題 2。ある物体に力1ニュートン [N] がかかり、45◦ の方向に 10m 動いた。増加したエネル ギーはいくらか。 問題 3。速度 40km/h で動いている車がブレーキをかけて、道路との摩擦で静止した。摩擦係 数を 0.8 としたとき、エネルギーに関する考察から静止するまでの距離を求めなさい。 問題 4。粒子が x 軸に沿って x = 0 から x = 2 まで動く.粒子には F (x) = 2x3 + 8x の力がか かっている.ただし x は m で、力は N で測られている.この運動の間に力 F (x) によってなさ れる仕事はいくらか. 問題 5。1kg の物体に力 F = (1, 2, −1)[N] がかかっている.dr = (1, 1, 0)m だけ物体が動いた 時、物体に対してなされた仕事はいくらか. 2 問題 6。粒子が x − y 面上を原点から x = 2, y = −1 まで動く.その間に F = 3x̂ + 2ŷ の力が かかっていた.この力が粒子に対してした仕事はいくらか.ただし距離は m で、力は N で測ら れている. 問題 7。F = (1, 2, −1)[N] がかかっている 1kg の物体が、速度 v = (10, 0, −5)m/sec で動く時、 単位時間の間に物体に対してなされた仕事はいくらか. 5.2 力学的エネルギー保存則 高校時代には力学的エネルギー保存則を学んだ。それによると、運動エネルギーとポテンシャ ルエネルギーの和は時間によらず一定であった。そのような法則が (5.6) から導かれるか。導 かれるとしたらどのような力 F に対して成り立つか。成り立つような場合を想定しよう。(5.7) の左辺は物体が点 r から r + dr へ移動したときの運動エネルギーの変化量である。したがって dK = K(r + dr) − K(r) である。仕事はポテンシャルエネルギーの開放だとすれば、(5.7) の右辺がポテンシャルエネル ギー U (r) を用いて、 F · dr = U (r) − U (r + dr) (5.8) と書けて、(5.7) は K(r + dr) − K(r) = U (r) − U (r + dr) → K(r + dr) + U (r + dr) = K(r) + U (r) (5.9) であり、K + U は物体の位置に依らず一定である。これをエネルギー保存則と呼ぶ。 エネルギー保存則が成り立つ条件は、物体に働く力 F による仕事が (5.8) のように書けるこ とである。詳しいことは省略するが、この条件は次のようなことを要求する。ある点から始ま り、また元へ返ってくるサイクル運動において、1周の間にする仕事はゼロであることが条件 である。 重力エネルギー、バネのエネルギー等はポテンシャルエネルギーに分類できるが、摩擦力な どはポテンシャルエネルギーとしては書けない。 問題 8。1kg の物体が 100m 落下するとき、物体が得るエネルギーはいくらか。 問題 9。摩擦力はポテンシャルエネルギーの形ではかけないことはどうして分かるか。(答え。 1周の間に摩擦力のする仕事はゼロではない。) 3 5.3 衝突に伴うエネルギー保存 まず 2 個の粒子を考えよう。系全体の運動エネルギーは K = m1 v 21 /2 + m2 v 22 /2 であるので、 dK = v 1 · F 1←2 + v 2 · F 2←1 . dt 作用ー反作用の法則によると、 dK = (v 1 − v 2 ) · F 1←2 dt となるが、右辺がゼロとなるかどうかは分からない。運動エネルギーが保存されることもある し、保存されないこともある。その理由はエネルギーにはいろいろの形態があり、運動エネル ギーが全てではないからである。動いている球が静止球と衝突するとしよう。正面衝突すれば、 球 1 は止まり、球2は衝突前の球1と同じ速度で動き出すので、系全体のエネルギーは保存され ていると考えられる。しかし詳細にみれば、衝突の際に音が出るので、音波の形でエネルギー の一部が失われ、運動エネルギーは保存されていない。あるいは球が振動を起こすことにより、 熱エネルギーが生じることもある。音波のエネルギー、熱エネルギーを考慮に入れれば、全体 のエネルギーは保存される。運動量の形態は一つしかないので系全体の運動量は保存されるが、 エネルギーには様々な形態があるので運動エネルギーだけに限ることができないので、運動エ ネルギー保存則は一般には成り立たない。 5.4 様々なエネルギーの形態 エネルギーには様々な形態があっても、それらは同一のものであることがジュールによって 発見された。 問題 10。どのような実験か。 5.4.1 運動エネルギー 速度 vm/sed で動く質量 mkg の物体のもつ運動エネルギーは E = (1/2)mv 2 J である。 5.4.2 熱エネルギー 熱エネルギーも原子、分子などが持つ運動エネルギーであるが、巨視的な運動エネルギーと 比べて微視的なのであらわには見えない。原子、分子が発見される以前にはそれらは熱と呼ば れたが、ジュールの実験により熱はエネルギーと同じものであることが確かめられた。彼によ ると、1cal=4.2J である。 1948年の国際度量衡会議ではできるだけ cal は用いない、用いる場合は J の値を付記す る決議がなされた。比熱との関連で、1kg の物体を温度1度上げるのに必要な熱量を QJ とす れば、比熱は Q J/kg ◦ C であるが、以前はよく cal が用いられた。 4 5.4.3 カロリーエネルギー しかし食べ物では Cal=1kcal の単位がよく用いられる。一日の成人の標準摂取量は 1800kcal であるというように。 5.4.4 電気的エネルギー 家庭電器では、1kW の電熱器は、毎秒 1kJ の電気エネルギーが消費され、これだけの熱が発 生する。 問題 11。発生した熱はどこに行くのか。 5.4.5 ポテンシャルエネルギー 1kg の水を 1m だけ持ち上げると、水は mgh = 9.8J のポテンシャルエネルギーをえたこと (効 になる。逆にその水を 1m 落下させると、9.8J の電気エネルギー、熱エネルギーに変わる。 率が問題にはなるが。) A ベクトルの内積 ベクトルの内積を定義しよう。二つのベクトル A, B の内積は A · B と書き、AB cos θ なる スカラー量であると定義する。ここで θ は A と B のなす角度である。 ベクトルの成分が与えられている場合は、もっと便利な表現がある。 A = A1 x̂ + A2 ŷ + A3 ẑ, B = B1 x̂ + B2 ŷ + B3 ẑ に対して内積を計算する: A · B = (A1 x̂ + A2 ŷ + A3 ẑ) · (B1 x̂ + B2 ŷ + B3 ẑ) = A1 B1 x̂ · x̂ + A1 B2 x̂ · ŷ + A1 B3 x̂ · ẑ A2 B1 ŷ · x̂ + A2 B2 ŷ · ŷ + A2 B3 ŷ · ẑ A3 B1 ẑ · x̂ + A3 B2 ẑ · ŷ + A3 B3 ẑ · ẑ. (A.1) x̂·x̂ は長さが1の単位ベクトルの内積であるから、1×1×cos 0 = 1 である。x̂·ŷ = 1×1×cos π/2 = 0 である。したがって A · B = A1 B1 + A2 B2 + A3 B3 = Ai Bi (A.2) i となり、A と B の各成分の積の和である。 問題 12。A = (1, 2, −2), B = (2, 3, 1) の場合、両ベクトルの内積を求めなさい。また両ベクト ルの間の角度はいくらか。 5
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