機 関 紙 『 東 京 Y W C A 』 NO.704 ( 2015 年 5 月 号 ) 「憲法9条」という希望をつなぐ 斉藤小百合(恵泉女学園大学教授) 内閣総理大臣が、自衛隊を「わが軍」と呼び、そのことを追求される や、 「 こ と ば 尻 を と ら え た よ う な 議 論 が 続 く な ら 、そ の こ と ば は 用 い な い 」 さ ま つ と、 「 軍 」の 語 を 用 い る こ と が 瑣 末 な こ と で あ る か の よ う に 応 接 し 、与 党 * の議員が「八紘一宇」を予算委員会という場で持ち出しても、さして重 大 視 さ れ ず 、 ま た 首 相 秘 書 官 を 務 め る 別 の 与 党 議 員 は 、「( 自 民 党 の 憲 法 改 正 )草 案 は 教 室 に 掲 げ ら れ た 学 級 目 標 み た い な も の 」と の 憲 法( 草 案 ) の位置づけを、ある新聞のインタビューで表明している。安倍政権の掲 げ る「 積 極 的 平 和 主 義 」と い う 標 語 も 、 「 こ と ば 」に よ っ て つ む い で き た 知的営為にいかなる敬意を表すことなく、転倒させてしまう、そうした 動 き の 典 型 で あ る 。「 戦 後 7 0 年 」 を 迎 え る 、 わ た し た ち は こ の よ う な 状 況にある。 先にあげた「学級目標」という評価がそうであるように、一部の政治 家・識 者 の 間 で は 、 「 憲 法 」 と い う も の は 、そ う た い し た も の で は な い の であって、その時々の政治的な必要に応じて、随時、さしたる国民的な 議論を経ることもなく、変えてしまうことができる、あるいはむしろ、 変えてしまうべきである、そのような文書である、という位置づけがあ る 。 あ る い は 、 逆 に 、 わ た し た ち が 、「 そ の 時 々 の 政 府 の 都 合 に よ っ て 、 変えてしまわれてはたまらないから、憲法に書くべきだ」と考えるよう な憲法規範の内容を、できるかぎり曖昧にしておいて、その内実を法律 以下のルールで実質的に変えてしまうことができるようにしないとなら ない、という発想も復権してきている気配である。 これらの議論は、目新しいものではない。むしろ、それこそが「大日 本帝国憲法」的な発想である。ジェームス三木さんが脚本を書いた「憲 法はまだか」という、敗戦から日本国憲法の制定を描いたNHKドラマ が あ る 。当 初 、 「 憲 法 問 題 調 査 委 員 会 」の 委 員 長 で あ っ た 松 本 蒸 治 が 、1 946年2月、GHQ案を突きつけられて、委員であった東京大学教授 宮 沢 俊 義 に 意 見 を 聞 く シ ー ン が あ る 。G H Q 案 を な ん と か 換 骨 奪 胎 し て 、 限りなく大日本帝国憲法からの変更を小さくしようと躍起になっている 松 本 に 対 し て 、宮 沢 は G H Q 案 を 高 く 評 価 し 、 「 あ の 憲 法 案 は 、イ ン タ ー ナショナルですよ。国家という概念を飛び越えて、人間の理想が示され て い ま す 」、 と の せ り ふ に 、 松 本 が 、「 宮 沢 く ん は い つ か ら 理 想 主 義 者 に な っ た の か ね 。・ ・・ 歯 の 浮 く よ う な 絵 空 事 を 並 べ 立 て て も 、 現 実 の 政 治 には対処できません。インフレ対策には、物価統制令も必要だし」と、 憲法によって縛られずに、政府が政策的に発動できる権限の幅を大きく しておかなければならない旨の主張を開陳するのだが、それに対して、 宮沢が「それは、別の問題でしょう」と、松本のことばを遮るせりふで 応 ず る 。さ ら に 畳 み 掛 け る よ う に 宮 沢 が 続 け る 。 「理想を持たない人間に は 、人 間 と し て の 価 値 が あ り ま せ ん 」。ド ラ マ の 脚 本 で あ り 、細 部 は フ ィ クションも含まれているのですが、当時の資料からもあとづけられたリ アルに訴えかける場面である。わたしには現在の状況が、松本がそうで あ る よ う に 、立 憲 主 義 と い う も の を 十 分 に 理 解 す る こ と が で き な か っ た 、 大日本帝国憲法の時代に逆戻りしているようにしか思えない。 1月に「9条の会」呼びかけ人の一人、奥平康弘先生が急逝された。 憲法破壊が、かつてない勢いで進められてしまっている中、残されたも のとしては心細い限りではあるが、市民一人ひとりがそれぞれの置かれ た 場 で 、「 平 和 文 化 」 を 支 え る 地 道 な 働 き を す る こ と に お い て 、「 9 条 」 という希望をつないでゆく、そうした営みを大切にしてこられた奥平先 生の志を引きついで、闇の中にあってこそ希望をもって歩んでいくほか ないのである。 *世界を一つの家にすること。太平洋戦争期、日本の海外進出を正当化 するために用いた標語。
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