心臓・血管の組織工学と再生医療

●人工臓器 ─最近の進歩
心臓・血管の組織工学と再生医療
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科・システム生理学
高橋 賢,成瀬 恵治
Ken TAKAHASHI, Keiji NARUSE
方法は,大別して 2 つある。両法とも体外で培養した細胞
はじめに
1.
を移植するが,第 1 の方法は形成された組織を移植し,第 2
人工心臓や人工眼など,機械による人工臓器の発展には
目を見張るものがある。しかし,生体にとって基本的に異
物である機械には適合性の問題のみでなく,その機能は元
来生体が備えている臓器のそれには及ばないという問題が
の方法は個々の細胞を移植する。以下,各々の方法に関し
て知見を述べる。
2.
組織を移植するアプローチ
ある。これらの問題を克服すべく,生体細胞の形態と機能
多能性幹細胞は,そこから組織・臓器を形成しうるとい
をコントロールする組織工学と再生医療の研究が興り,心
う点で,研究者だけでなく,広く一般からも期待を集めて
臓,血管,神経,骨,歯,皮膚,さらには毛包など広漠な分
いる。しかし,実際に神経や骨など特定の組織をつくる場
野において年々着実に進歩を続けている。本稿は心臓・血
合,その効率とコストが問題となる。そこで Tohyama らは
管の組織工学と再生医療に焦点を絞り,最近の動向を簡潔
多量の心筋細胞を効率よく得るためのスマートな方法を編
に要約する。
み出した 2) 。彼らは,心筋細胞はグルコースと乳酸塩の代
心臓の組織工学および再生医療は,心筋梗塞や心不全に
謝が他の細胞と異なるという性質を利用し,グルコースは
より壊死して機能不全に陥った心組織を,正常な機能を
欠失しているが乳酸塩を豊富に含む培養液を用いること
持った組織で補強あるいは置換することを目的とする。最
で,遺伝子導入を行わずに高純度の心筋細胞を得ることに
近は幹細胞を用いた研究が盛んに行われている。未分化の
成功した。遺伝子導入はコストがかかるだけでなく細胞の
幹細胞から特定の組織へと分化誘導を行う方法には,組織
癌化のリスクを高めるので,これを省くことができる利点
特異的な転写因子の誘導(遺伝子操作)や,成長因子の投与
は大きい。
また,体外である程度の厚さの組織を分化させる場合,
(物質投与)がある。
転写因子の誘導に関して最近明らかになったことのひと
その栄養のために血管が必要である。まず血管ができなけ
つに,誘導の時期の重要性がある。Mesp1 は胚形成の最初
れば,組織をつくることは到底できない。最近,ゲル内で
期に発現する心原性中胚葉マーカー遺伝子であるが,発現
の 3 次元培養により血管を構成して体内に移植する技術が
時期が適切にコントロールされることが心組織への分化へ
発表されている。Chen らはメタクリル酸ハイドロゲルを
必要であることが明らかにされた。胚形成期間中,ある特
培養基質とし,ヒト血液由来内皮コロニー形成細胞と骨髄
定の時期に約 1 日間のタイムウィンドウで Mesp1 を誘導し
由来間葉系幹細胞から血管様構造を in vitro で形成し,免
ないと,心組織でなく造血細胞へと分化する 1) 。
疫不全マウスに移植して宿主血管との吻合に成功した 3) 。
最近行われている心臓の組織工学および再生医療研究の
細胞から人工血管を形成して移植に成功した例がある。
■著者連絡先
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科・システム生理学
(〒 700-8558 岡山県岡山市北区鹿田町 2-5-1)
E-mail. [email protected]
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この 2 種の元細胞を用いたアプローチに対し,ただ 1 種の
Kusuma らは,ヒト多能性幹細胞から内皮細胞(endothelial
cell)と周皮細胞を選別し,ヒアルロン酸ゲル中で血管ネッ
トワークを形成させ,これをマウスに移植して血管吻合さ
人工臓器 43 巻 3 号 2014 年
せることに成功した 4) 。
減であった 8) 。移植に用いる細胞の培養・選別法に関し,
一方,Sakaguchi らは幹細胞ではなく新生仔ラットの心
筋細胞と血管内皮細胞を用いたアプローチにより,心筋細
胞中に血管構造を持った組織構造の作製に成功した 5) 。こ
さらなる進化が期待される。
4.
今後の方向性
の研究がユニークであるのは,コラーゲンゲル中に柱状の
幹細胞を分化させ心筋細胞および血管組織を構築する方
穴をあけ,培養液を灌流させる方法にある。数日のうちに
法について,本稿ではごく一部を取り上げたに過ぎないが,
ゲル上に設置された細胞シートから血管内皮細胞が移動
その進歩には凄まじいものがある。一方,体外で増殖させ
し,血管構造を作りつつ柱状のマイクロチャネルを取り囲
た組織を移植する際の問題として,線維化や癌化,また移
むように配列する。あたかもマイクロチャネルを太い血管
植組織の寿命などがあるが,心臓に特有の問題として不整
とし,そこから毛細血管が分岐するような格好で網目構造
脈がある。心筋組織を移植する場合,移植組織と宿主心臓
を構成し,心筋細胞層内を灌流する。驚くべきことに,こ
組織とが電気的に同調しなければ不整脈を起こす 9) 。この
の血管構造を伴った心筋組織は心臓のように律動的収縮を
問題は,心拍数の異なる異種の動物間で移植を行ったとき
行う。このフレームワークを用いて幹細胞から同様の組織
に起こりやすい。同一個体から得た幹細胞を分化させるア
をつくることができれば,臨床応用への道が格段に開ける
プローチにより,この問題は軽減もしくは解決されると考
であろう。
えられる。
3.
目下のところ,未分化の幹細胞から心臓・血管へ分化を
細胞を移植するアプローチ
促す方法として,転写因子の導入や成長因子の投与が主と
上述のアプローチが in vitro で増殖させた細胞を組織と
して行われている。この他に細胞の構造・機能に決定的に
して移植するのに対し,細胞を移植するアプローチでは細
大きな影響を与える因子として,変位および応力といった
胞単体を移植し,その細胞から宿主体内で組織を形成させ
機械的環境がある 10),11) 。さまざまな組織同様,心筋 12),13)
る。1998 年にウサギで行われた骨格筋筋芽細胞の自家移
および血管 14) も機械刺激により分化誘導および機能調節
植 6) を皮切りに,不全心に対する細胞治療研究は怒涛の如
を受ける。心臓と血管が,心収縮および血流という形で常
く進められてきた。急性心筋梗塞を誘発したラットでは,
に機械刺激を受けていることを考えると,これらの組織の
心臓の栄養血管である冠動脈内に注入された幹細胞は毛細
分化および機能遂行の過程に機械刺激の受容が組み込まれ
血管部で心筋組織内に移行し,梗塞部位で増殖し,心臓の
ているのは,ごく自然である。本稿で紹介した,コラーゲ
。ヒトの臨床試験
ンゲル中に培養液を灌流するシステムにおいて,剪断応力
も骨格筋筋芽細胞を最初に驚嘆すべき速さで行われ,骨髄
の生じるマイクロチャネル周辺に血管内皮細胞の集合が起
単核球,間葉系幹細胞,脂肪由来細胞の移植へと続き,最
こった 5) のも,内皮細胞の機械感受性によるものと見るこ
近では以下に述べる心臓幹細胞(cardiac stem cell)を用い
とができる。今後はこれまでの遺伝子的・物質的アプロー
た試験が行われている。
チに,機械刺激のアプローチを加えることにより,心臓・
収縮能を回復させることが確認された 7)
Stem Cell Infusion in Patients with Ischemic
血管の組織工学と再生医療のさらなる前進が期待される。
cardiOmyopathy(SCIPIO)は,左室駆出率 40%以下の心不
全患者に対し,自己の心房から得た c-kit 陽性・細胞系マー
本稿のすべての著者には規定された COI はない。
カー陰性(c-kit + , Lin −)の心臓幹細胞を経冠動脈注入法
により移植する phase 1 臨床試験である。この試験の結果
は,処置後 4 か月時点で左室駆出率 8%増,梗塞部位の 75%
減という画期的なものであった 7) 。CArdiosphere-Derived
aUtologous stem CElls to reverse ventricular dySfunction
(CADUCEUS)は,左室駆出率 25 ∼ 45%の心筋梗塞患者に
対し,心組織生検により得た自己の幹細胞群を動脈注入に
より移植する phase 1 臨床試験である。この幹細胞群は
CD31 や CD34 など,上述の SCIPIO とは異なるマーカー遺
伝子を発現している。結果は,急性心筋梗塞などの有害事
象を数例に認めたものの,処置後 6 か月時点で梗塞部位 8%
文 献
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