衛星搭載型合成開口レーダを用いた海上交通モニタリング

第133回講演会(2015年11月6日,11月7日) 日本航海学会講演予稿集 3巻2号 2015年9月30日
衛星搭載型合成開口レーダを用いた海上交通モニタリング
-陸域観測技術衛星だいち 2 号の観測性能正会員
○渡川 真規(株式会社パスコ) 非会員
三五 大輔(株式会社パスコ)
要旨
世界で 400 件以上も発生していた海賊事件は 2012 から減少に転じた。その一方では、東南アジア海域の海
賊事件は 2009 年から年々増加傾向にあり、2014 年は 141 件という過去最悪の件数を示している。本研究で
は、2014 年 5 月 24 日に打ち上げられた陸域観測技術衛星だいち 2 号に搭載された合成開口レーダから取得
される観測データを海上交通の把握という観点から評価する。
キーワード:リモートセンシング、ALOS-2、陸域観測技術衛星だいち 2 号
1.はじめに
している(2)。
IMB(国際海事局)の報告(1) によると、世界で 400
表 1 に ALOS-2 の主要緒元、表 2 は PALSAR-2 の観
件以上も発生していた海賊事件は 2012 から減少に
測モード毎の分解能、観測幅を示す。
転じた。これは、ソマリア沖とアデン湾で展開され
た海賊対処活動や商船独自の防御対策による効果と
表1
ALOS-2 主要諸元
設計寿命
5 年(目標 7 年)
打上日
2014 年 5 月 24 日
打ち上げロケット
H-ⅡA24 号機
射場
種子島宇宙センター
軌道(高度)
628km(軌道上)
周回時間
約 100 分
回帰日数
14 日
2,100kg 以下
衛星質量
(推薬含む)
衛星サイズ
約 10.0m×16.5m
(軌道上)
×3.7m
ミッションデータ
直送伝送及びデータ
伝送
中継衛星経由
PALSAR-2(周波数)
L バンド(1.2GHz 帯)
考えられる。一方、東南アジア海域の海賊事件は
2009 年から年々増加傾向にあり、2014 年は 141 件
という過去最悪の件数を示している。日本商船が多
く通航する東南アジアの海賊事件増加は、エネルギ
ー資源の大半を海上輸入に依存している我が国にと
っても脅威となる。本研究は、地表を広範囲かつ詳
細に観測できる地球観測衛星を用い、マラッカ・シ
ンガポール海峡を対象とした海上交通のモニタリン
グ手法を議論するものである。本稿では、2014 年 5
月 24 日に打ち上げられた陸域観測技術衛星だいち 2
号から取得された観測データを試験的に評価する。
2. 陸域観測技術衛星だいち 2 号
表2
域観測技術衛星だいち 2 号(ALOS-2: Advanced
PALSAR-2 の観測性能
観測モード
Land Observing Satellite 2)は 2006 年から 2011
年まで運用された陸域観測技術衛星だいち(ALOS)の
後継機となる。初号機 ALOS のミッション
(地図作成、
スポットライト
地域観測、災害状況把握など)を発展的に引き継い
Ultra-Fine
でいる。ALOS が 3 種類のセンサ(AVNIR-2、PRISM、
PALSAR)を搭載していたのに対し、ALOS-2 は全天
候・昼夜問わずに観測できる合成開口レーダ(SAR:
Synthetic Aperture Radar)に特化している。
高分
解能
High-sensitive
6m
50km
Fine
10m
100m
60m
70km
350km
490km
広域観測
ALOS-2 に搭載されたフェーズドアレイ方式 L バン
分解能
観測幅
1m(Az) 25km(Az)
×
×
3m(Rg) 25km(Rg)
3m
50km
Az:衛星進行方向(アジマス方向)の分解能
ド合成開口レーダ(PALSAR-2:The Phased Array type
Rg:電波照射方向(レンジ方向)の分解能
L-band Synthetic Aperture Radar)の能力は、PALSAR
と比較して、その分解能・観測可能域は大幅に向上
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3. ALOS-2 の観測性能
図 2 は 2014 年 10 月 26 日の深夜にマレー半島を
広域な海域を定期的に観測できる地球観測衛星
含むエリアを ALOS-2 で観測した衛星画像を縮尺
は、より経済的な海上交通モニタリングに資すると
1/1,500,000 で表示している。マラッカ・シンガポ
考えられる。本章では、ALOS-2 が保有する広域観測
ール海峡(東西約 200km)を包含した、広い海域を
モードで取得された観測成果を紹介する。
一度に観測していることがわかる。図 3 は同じ衛星
画像を疑似カラー合成(Red: HH, Green: HV, Blue:
3.1
マラッカ・シンガポール海峡の特徴
HH/HV)して、縮尺 1/1,500,000 で示している。
マラッカ・シンガポール海峡の航行量は 2012 年
に 12 万隻以上に達し、海上交通の要所であると同時
に海峡が狭いという地理的特徴が挙げられる。さら
に、
海賊事件が頻発する海域でもある(3)。図 1 は 2011
年の海賊行為の発生箇所を GIS(地理情報システム)
上に重畳させたハザードマップである。発生密度が
高い地域ほど濃く(レッドゾーンで)表示されてお
り、マラッカ海峡からシンガポール海峡に差し掛か
る広い海域で事故が頻発していることが分かる。
Straits of Singapore
Malaysia
図2
マラッカ・シンガポール海峡周辺の観測結果
Borneo
Sumatra
(a)
図1
東南アジア海域の海賊事件の地理的分布
(2011 年)
3.2
広域観測モードの捕捉範囲
先行研究(4)においては、大阪湾を航行する船舶を
衛星画像から抽出できることを確認した。先行研究
で用いた光学センサは空間分解能が高く、目視で船
図3
影を容易に認識できる。しかし、天候の影響を受け
マラッカ・シンガポール海峡周辺の観測結果
易く、基本的に夜間は観測できない欠点がある。合
観測日:2014 年 10 月 26 日 1 時 21 分
成開口レーダは,
マイクロ波を地上に向けて照射し、
観測モード: 広域観測(490km)
対象物からの反射(後方散乱)を受信・記録する能
偏波: HH+HV
動型センサである。雲を透過して定期的に海域を観
©JAXA Distributed by ALOS-2 Operation and Data
測することが可能であるため、夜間の観測にも威力
Distribution Consortium.
を発揮する。
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(a)
3.3
SAR 画像の特徴
PALSAR-2 は広域を 2 偏波(HH と HV)で取得でき
SAR はマイクロ波を地表に向けて照射し、地表の
る。HH には R、HV には G、2 偏波(HV/HH 比率)か
対象物からの反射(後方散乱)を受信・記録する能
ら B を割り当てることで、疑似カラー画像を作成す
動型のセンサである。後方散乱の強さは、地表面の
ることができる。この疑似カラー画像では森林域は
土地被覆状況や地表形状・地形により異なり、SAR
緑色、河川・海域などの水部は青色、都市域などの
画像上では後方散乱が弱いほど暗く(黒く)、後方散
構造物はピンク色で表現されることになる。図 4 の
乱が強いほど明るく(白く)表現される。したがっ
疑似カラー画像では、海域に存在する船舶はピンク
て海域における SAR 画像では、平滑な水面はマイク
色もしくは黄色で表示される。
ロ波の反射強度が弱くなるため暗く写り、船舶等の
4. まとめ
人工構造物は明るく映る特徴がある。
図 4 は 図 3 の 白 枠 線 (a) で 示 す 範 囲 を 縮 尺
陸域観測技術衛星だいち 2 号に搭載された合成開
1/500,000 で拡大している。シンガポール空港の東
口レーダ:PALSAR-2 が観測したマラッカ・シンガポ
南に位置するが、航路上に白く映る無数の船舶を認
ール海峡の概観図を試作し、評価した。夜間におい
識できる。
ても広い海域を観測し、船舶位置を把握できる性能
は、海上交通モニタリングにおいて、優れた情報収
集の手段となる。今後も提案手法の高度化を目指し
検証を継続する。
(a)
謝辞
本研究は独立行政法人宇宙航空研究開発機構の
陸域観測技術衛星 2 号(ALOS-2)における研究公募
(RA-2)の枠組みで提供された衛星データを使用して
いる。関係各位に深謝する。
参考文献
(1) ICC IMB: PIRACY AND ARMED ROBBERY AGAINST
SHIPS, 2014 Annual Report, pp.5-18, 2015.1.
(2) PASCO,ALOS-2 について,
(a)
http://jp.alos-pasco.com/alos-2/, 2015.8.
(3) 渡川真規・古莊雅生・若林伸和・小林英一:地
理情報システムを用いた海賊事件分析,日本航
海学会論文集,No.128,pp.55-63,2013.3.
(4) 渡川真規・香西克俊・古莊雅生・嶋田博行:ALOS
を用いた沿岸環境モニタリング手法の検討,日
本航海学会論文集, No.125, pp.83-89, 2011.9.
図4
マラッカ・シンガポール海峡の観測結果
観測日:2014 年 10 月 26 日 1 時 21 分
観測モード: 広域観測(490km)
偏波: HH+HV (Red: HH, Green: HV, Blue: HH/HV)
©JAXA Distributed by ALOS-2 Operation and Data
Distribution Consortium.
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