【全日制】入学式 校長の話 入学生のみなさん、入学おめでとう。 保護者

【全日制】入学式 校長の話
入学生のみなさん、入学おめでとう。
保護者のみなさま、お子様のご入学、心よりお祝い申し上げます。誠におめでとうござい
ます。また、同窓会長
小野康夫様を初めとして、ご来賓のみなさまにはご多忙な中、本
校全日制の入学式ご臨席を賜りまして、誠にありがとうございます。感謝申し上げます。
さて、入学生のみなさん。本校は創立から 115 年を数える伝統ある学校です。この伝統
の中で、日々学びを深めていくに際して、一つ大切なことをお話しします。
不易流行という言葉があります。どれだけ時間がたっても、変えてはいけないもの、変
わらないもの、それが不易であります。また、時代の変化に合わせて、どんどん変えてい
かなければならないものもあります。それが流行です。真の伝統校は、不易と流行がバラ
ンスよく取り組まれているものだと思います。
今日は、みなさんの高校生活のスタートにあたり、不易と流行のうち、見極めるのが難
しい「不易」について、小田原高校に関わりのある例を挙げてお話ししたいと思います。
まず、最初の例です。
ここに一つ資料を用意しました。今から 115 年前、本校の起源である神奈川県第二中学
校において定められた、生徒心得の一部を紹介します。原文は漢文調ですが、それを現代
風に表現したものです。読んでみます。
「明治34(1901)年4月
第1章
神奈川県第二中学校生徒心得
通則
本校の規則と命令をよく守り、先生の教えを心にとめて忘れてはならない。校
内外を問わず、常に言葉と行いを慎み、生徒としての対面を汚す行為があって
はならない。喫煙と飲酒は禁止である。
第2章
敬礼
教師その他尊敬すべき人に対してはもちろん、友達の間でも礼儀正しくするこ
と。友達に会うときも制帽を脱いで敬礼を行う。
第6章
当番および掃除
各クラスに毎日当番を何人か置き、毎授業時間、黒板を拭き、放課後教室を掃除
する。
第7章
出席及び欠席
始業の礼が終わってから教室に入る者は遅刻である。遅刻者は教科担当の先生に
その理由を申し出て、指示を待たなくてはならない。
第9章
教室の出入り
教室の出入りは号鐘による。毎授業の始めには組長の点呼を受けて教室に入り、
終わりには組長の号令で解散する。毎授業の始めと終わりには、組長の号令によ
り先生に起立して礼をする。
第 11 章
自習
毎日 2 時間以上自習すること。当日授業のあった科目を復習し、特に難しいと感
じた科目に力を注ぎ、好きな科目に偏ってはいけない。翌日授業のある科目を予
習する。」
どうでしょうか。多少時代にそぐわない表現を現代風に改めれば、ほとんど今、君たちに
生徒心得として制定しても違和感のない内容になっています。これが不易です。115 年の
時代を超えて、旧制中学・新制高校の制度的変化があったとしても通用する内容、本校の
先輩たちはそうした普遍の心得を定め、生徒に実践するよう求めたのです。時代を超えて、
生き続ける精神、変えてはならない理念、そのようなものを日々の学びの中で見つけてい
くのがこれからのみなさんの課題であると思います。
不易を考える材料として、もう一つ例を挙げます。
この三月に行われた本校卒業式において、第 23 代渡辺栄一校長先生が来賓として出席
してくださいました。そのときに渡辺先生から伺った話を紹介しつつ、不易について考え
たいと思います。
1912 年、日米友好の象徴として日本から桜の苗木がアメリカ合衆国に送られました。
当時の日本は日露戦争終結に際して仲介の労をとってくれた合衆国に深い感謝の念を抱い
ており、外務大臣小村寿太郎、東京市長尾崎行雄が中心になった企画でした。ワシントン
DC のポトマック河畔に植えられた桜は、大変美しい並木を形成し、今ではワシントンの名
物になっています。実はこの返礼としてアメリカから日本に、ハナミズキが贈られました。
1915 年日本に着いた苗は日比谷公園を初めとする都内の公園等に植えられました。
しかし、第二次世界大戦が始まると、桜とハナミズキには異なる運命が待ち受けること
になります。ポトマック河畔の桜は手入れが続けられ、現在も美しい並木を形づくるので
すが、日本に来たハナミズキは敵国由来の樹木として省みられなくなりました。一部は切
り倒されたといいます。そして現在確認できる原木は都立園芸高校、小石川植物園、農水
省興津果樹試験場の三箇所のみ、大変残念なことになりました。
たまたま、日本に植えられたハナミズキの原木から種を採って育てた苗木を渡辺校長先
生が知人から譲り受け、本校の校庭に植えられました。今は校門左脇に数本のハナミズキ
が植えられています。ポトマック河畔の桜の返礼にアメリカから贈られたハナミズキの
DNA を受け継ぐ木です。
日本とアメリカの交流と戦争、どちらが不易でどちらが流行なのでしょうか。戦争とい
うものは一過性のものであり、その時の激情に流されて「流行」を追ってはいけない。信
頼と交流、それこそが「不易」たるべきである、ということがこの逸話からわかります。
校門を入ってすぐ左に三本のハナミズキが植えられています。我々は、このハナミズキ
から小田原高校の不易を学ぶことができるのです。
新入生のみなさん。三年間の学びの中で、不易と流行を自分なりに見極め、社会を牽引
する人材として育ってください。みなさんの広く深い学びの進展を期待しています。