2020 年東京オリンピック開催決定が周辺地価に与える影響

2015/1/28(水)
平成 26 年度社会工学類都市計画主専攻 卒業研究最終発表
2020 年東京オリンピック開催決定が周辺地価に与える影響
理工学群社会工学類都市計画主専攻 4 年 201111231 小倉利仁
指導教員:太田充
1. 研究の背景
2013 年 9 月 7 日、ブエノスアイレス(アルゼンチン)
与える影響を分析している。分析によると、オリンピ
で行われた第 125 次 IOC 総会にてイスタンブール(ト
ックが開催された街では 2.1~3.3%高く住宅が売り出
ルコ)、
マドリード(スペイン)の 2 都市に競り勝ち、
2020
されていた。また、メインオリンピックスタジアムか
年夏季オリンピック(第 32 回)が東京で行われる事が正
ら同心円状で 3 マイル(約 4.8 ㎞)以内の住宅はアナウ
式に決定した。東京都の 2020 年オリンピックへの立
ンスメント効果により 5%高く売り出されており、住
候補は、2011 年 7 月に正式に表明されたものである
宅価格へ与えた全体的な効果はおよそ€1.4billion に上
が、2016 年大会も東京は招致活動を行っている為、合
ったとしている。
計すると約 8 年間もの都を中心とした関係者の苦労が
また、Charles C.Tu (2005)は、ワシントンを本拠地
実を結んだものである。
に置くアメリカンフットボールチームが、メインスタ
長い年月と多額の資金を費やし実現する事となった
ジアムを都市郊外部へ移転し、FedEx Field というス
東京オリンピックであるが、東京という都市は具体的
タジアムを新設することによる周辺住宅取引価格への
にはどのような恩恵を受けることができるのだろうか。 影響をヘドニックモデルと DID を用いて分析してい
都の試算した経済波及効果は 7 年間で約 3 兆円とされ
る。DID を用いた推定では、FedEx Field から距離が
ているが、これは一時的なフロー効果にすぎず、長期
近い地域は元々、周辺地域に比べて安く販売されてい
的な目線で見たストック効果は含まれていない。
たがスタジアム完成後はその価格の差が狭まっている
そこで、オリンピック開催決定後公表され、東京 23
ということである。また、スタジアムの新設は一定の
区の湾岸部を筆頭に 6 年ぶりに上昇した 2014 年の地
範囲内における住宅価格には正の便益をもたらすが、
価は、どれだけオリンピック開催決定による効果を受
スタジアムの近隣の不動産価格には負の影響を及ぼす
けており、どんな範囲まで影響を及ぼしているのか。
としている。
これらの事を、オリンピック開催が決定した今、実際
4. 本研究の位置付け
の効果を厳密かつ定量的に評価する必要があると考え
以上 2 つの論文では、
る。
 住宅価格を被説明変数に使用
2. 研究の目的
 パネルの ID に郵便番号を使用 (不完全なパ
本研究の目的は、2013 年~2014 年における東京 23
ネルデータ)
区の公示地価について統計的手法を用いることで分析
本研究では、
し、2020 年東京オリンピック開催決定がどのような影
響を与えたか検証することで、社会資本整備等の短期
 被説明変数に公示地価を使用
的な経済効果・ストック効果を明らかにすることであ
→住宅地・商業地・工業地への影響を分析可能
る。
 各観測地点を ID としてパネルデータを使用
→地点ごとの異質性をコントロール可能とし、
3. 先行研究
時間を通じた変化のみを分析可能
Geogios・Kavetsos (2011)は、2012 年ロンドンオリ
以上のような位置づけ・新規性のもと、2020 年東京オ
ンピックのアナウンスメント効果が不動産価格に
リンピック開催決定が周辺地価に与える影響の分析を
行う。
1
表 1:変数説明
5. データ/推定方法
5.1 データ
公示地価データは、国土数値情報ダウンロードサー
ビスから収集し、パネルデータセットを構築している。
本研究では、住宅地・商業地・工業地ごとに 2020 年東
京オリンピック開催決定が与えた影響の分析を行う。
土地の分類については、用途地域をもとに行ったが、
“実際にその土地の上にどのような建物が建っている
か”を表す利用現況の情報と照合しながら行った。商業
地や工業地であっても法律上は住宅建設が可能であり、
実際にそのような地点は対象地域内でも多くみられた
ためである。
対象期間は、2013 年・2014 年の 2 期間としている。
5.2 対象地域
先述したように、本研究は 2020 年東京オリンピッ
ク開催決定が周辺地価に与える影響を厳密かつ定量的
に明らかにする事を目的としているため、全 38 競技
関連施設中 30 施設と約 8 割の競技関連施設が集積し
ている東京 23 区を対象地域として分析を行う。
表 2:それぞれの土地属性に与える影響の仮説
5.3 推定モデル/変数説明
期間 t、観測地点 i の公示地価(𝑌𝑖𝑡 )のヘドニック
関数は、固定効果モデルの場合以下のように定義する
ことができる。
【モデル式】
6
5
表 2 には交差項として作成した変数が与える住宅
ln⁡(𝑌𝑖𝑡 ) = 𝛼𝑖 + ∑ 𝛽𝑗 𝐷1𝑗 𝐷2 + ∑ 𝛾𝑘 𝐷3𝑘 𝐷2
𝑗=1
地・商業地・工業地それぞれの地域への影響の仮説を
𝑘=1
示している。3 地域では土地の評価観点が根本的に異
4
なり、住宅地に関しては「住みやすさ」、商業地に関し
+ ∑ 𝛿𝑙 𝑋1𝑙 𝐷2 + 𝜃𝐷2 + 𝜀𝑖
ては「収益性」、工業地に関しては「資材等の搬出入の
𝑙=1
利便性」が主要な要因である。
「住みやすさ」は都市中
まず、𝛼𝑖 は観測地点ごとの固定効果、𝜀𝑖 は誤差項、
心部への通勤・通学の有利性に他ならず、オリンピッ
𝛽𝑗 , 𝛾𝑘 , 𝛿𝑙 , θは各説明変数に対応する係数(パラメータ)で
ク開催決定により確定的となった湾岸地域のインフラ
ある。
整備への期待から住宅地地価を上昇させたと考えられ
次の表 1 でモデル式に組み込んだ各変数の説明を行
る。商業地に関しては、メインとなる施設周辺地域の
い、分析に先立って各変数が被説明変数(公示地価)へ
みが影響を受けると予想できる。工業地に関しては、
与える影響、及び分類するそれぞれの土地属性への影
オリンピック開催決定によってもたらされる便益は考
響を予測する。
えにくく、ほとんどの変数が統計的に有意とならない
ことを予想する。
2
よって、選手村から 3 ㎞圏内の住宅地地価は約 6.1%
6. 推定結果
DID 推定を用いた固定効果モデルによる推定結果は
上昇していることが分かった(図 1)。また、同心円状
以下の表 3 である。工業地は、予想した通り全ての変
に選手村からの距離を拡げた結果、3-4 ㎞圏内が約
数において統計的に有意な結果が得られなかった為、
3.5%、4-5 ㎞圏内が約 1.7%、5-6 ㎞圏内が約 1.4%の
住宅地・商業地の推定結果に関して考察を加えること
上昇したことが分かった。選手村から 6 ㎞以降は有意
とする。全地域で行った推定に関しても基準となるた
に出ていないため、オリンピック開催決定による影響
め結果を示す。
を受けていないと考える事ができる。
表 3:推定結果
また、メインスタジアムからの距離で作成した変数
においても開催決定による影響が見られる。メインス
タジアムから 2 ㎞圏内、2-3 ㎞圏内、3-4 ㎞圏内に位置
している住宅地は開催決定効果により、それぞれ約
1.8%、約 1.5%、約 0.7%上昇しているという結果が得
られた。この結果より、住宅地地価に及ぼした影響が
大きいのは選手村予定地周辺であり、3 ㎞圏内の 1 ㎡
当たりの平均変動額は約 54,000 円と推定することが
できる。
図 1:選手村を中心とした推定結果
推定結果より、選手村・メインスタジアムを除いた
「既存・新設・仮設・計画改修施設からの距離(㎞)×
2014 年ダミー」は統計的に有意に出たものもあるが、
地価への影響は微小という結果となった。これにより、
短期間で地価に資本化されたと考えられるのは、2020
年オリンピックの中心的施設である選手村・メインス
タジアム(新国立競技場)のみであると言える。
6.1 住宅地
図 2:メインスタジアムを中心とした推定結果
推定結果より、2020 年東京オリンピック開催決定に
3
6.1 商業地
7. 結論
商業地は、図 3 の実線で示した範囲内が統計的に有
本論文では、土地に資本化された 2020 年東京オリ
意となりオリンピック開催決定による影響を受けた地
ンピック開催決定による短期的な効果を、DID 推定を
域である。選手村の変数と比較すると、飛び抜けて高
用いた固定効果モデルによって推定する事を試みてき
い数値を示している地域はないが、中でも選手村から
た。分析の結果、2020 年東京オリンピックの中心的施
4 ㎞圏内、メインスタジアムから 2 ㎞圏内と主要施設
設である選手村・新国立競技場の建設予定地周辺は開
周辺が特に顕著な影響を受けたことが読み取れる。短
催決定による影響を強く受けており、その範囲は住宅
期的ではあるが、将来的に収益性が見込め、また将来
地・商業地によって違いが見られた。また、短期間で
的に人口増加が予想できる地点の周辺のみ大きな影響
地価に資本化されたのは選手村・メインスタジアム周
を受けるという仮説通りの結果となった。
辺のみであると言える。今回の分析では、あくまで
2014 年に地価公示が成されるまでに正式決定してい
た計画が資本化されたと考えられ、今後 2020 年に向
けて更に環境整備が成される事から地価上昇に向かう
可能性は高いであろう。
8. 今後の課題
本研究では、2013 年・2014 年という 2 期間のみに
よるパネルデータセットを構築し分析を行った。今後、
開催年まで選手村周辺地域のインフラ整備の本格化や
図 3:推定結果(商業地)
住宅建設の増進、経済活動の活発化などから地価が上
下の表 3 は、推定によって得られた結果を基に作成
昇していくことが考えられる。短期間で見たオリンピ
した変動率及び変動額である。各変数に対する係数が
ック開催決定が地価へ与える影響は本研究での推定結
変動率を示しており、それと各範囲の地価平均を掛け
果で明らかとなったが、開催決定から開催までの期間、
る事で 1 ㎡当たりの平均変動額を算出。それに、同範
及び開催後といった長期的な視点での効果を評価して
囲内の地積の平均を掛ける事で平均変動額を推定する
いくことが今後の課題となる。
ことができる。また、単位当たり平均変動額に各範囲
における地積の合計を掛け、それらを合わせる事で本
9. 参考文献
研究において収集したデータの中での地価の変動額を
[1] Geogios.Kavetsos : The impact of London Olympics
Announcement on Property Prices (2011) Urban Studies
49(7)1453-1470
[2] Charles.C.Tu : How Does a New Sports Stadium Affect
Housing (2005) Land Economics (3):379-395
[3] 中川雅之: オリンピック誘致と都市:アトランタのメガイベ
ント戦略, 都市住宅学会, 34-38 No87 2014 Autumn
[4] 越澤明 : 1964 年東京オリンピックと都市計画, 都市住宅
学会, 24-28 38 No87 2014 Autumn
[5] 三ツ谷洋子: オリンピックとまちづくり -2012 年ロンドン
オリンピックを例に[6] 山田浩久: 東京大都市圏周辺地域における地価分布とその
変動,経済地理学年報, 第 37 巻 第 4 号 1991
[7] 地価公示価格 国土交通省国土政策局国土情報課 国土数
値情報ダウンロードサービス
(http://www.land.mlit.go.jp/landPrice/AriaServlet?MOD=0&
TYP=0)
[8] 東京 2020 オリンピック・パラリンピック招致委員会 立候
補ファイル
(http://tokyo2020.jp/jp/plan/candidature/)
foundation.or.jp/pdf/140107_Olympic2020_release.pdf)
概算する事ができ 105 億円に上る。
表 4:変動率及び変動額
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