お薬手帳の携帯率を上げるために

お薬手帳の携帯率を上げるために
有限会社 あい調剤薬局 田中 秀和
「お薬手帳」(以下手帳)は、複数医療機関受診などによる重複投与や相互作用などを管理するツールであり、
平成 20 年度の診療報酬改訂において手帳による情報提供の必要性が明文化されたことで、国としてお薬手帳
の普及を推進している事が伺える。しかしながら手帳の携帯率は未だ低く苦慮している。そこで今回、鹿児島県
鹿児島市アクア薬局・原崎大作氏の話を基に再持参率向上の工夫を行い、簡易ながらデータを取ったので報告
する。
また、登録販売者制度の施行などにより薬業界、引いては医療業界において患者によるセルフメディケーション
が促進され、各施設間での情報の共有がより重要になると考えられることから、上記報告とともに今後より一層の
地域医療の充実に向けて提案するものである。
確立した「医薬分業」

現在、外来の患者が医師から処方された医薬品を受
け取るためには、病院・医院などから発行された処方
箋を薬局へ持って行かねばならない。これは院内処方
良くしてもらっている医師に面倒をか
けたくない

新しい症状が増えたなど、申し訳なくて
言えない
における薬品在庫や薬歴管理が膨大な労力を有する
といった理由が大半を占める。これは「病気というの
ため、高齢化社会へのスムーズな対応を目的として施
は体が弱い証拠で恥である」という考えや、「己の苦
行された形態であり、この数年順調に分業化が推移し
痛より他人へ迷惑をかけない事」を美徳とする、五島
ている。特に診察・治療における「主治医」と同様に、
という地域の特性も大きく関与していると思われる。
薬局においても特定の「かかりつけ薬局」を持つ事が
こういった場合は、患者本人から現在の他科受診の情
良いとされている。この「かかりつけ薬局」を持つメ
報や併用薬の内容を聞き出す事は困難を極め、ひいて
リットとして、
は患者自身の健康被害に繋がる事が容易に推測され

薬歴管理が簡易かつ正確になる
る。これらの望まれない事象を回避するためのツール

複数の医療機関で受診した際、相互作用
として以前より「お薬手帳」が利用されており、特に
や重複投与のチェックが容易
4月に行われた診療報酬の改定においては後期高齢

各種相談に応じやすくなる
者への算定要件として「お薬手帳」と明記されるなど、

医薬品の在庫が確保されるので、待ち時
国としてもその必要性と有益性を認めるところであ
間が短縮される
る。具体的な手帳の利点としては、1冊の手帳を複数
などが挙げられる。
の医療機関へ持参する事で医師への他科受診の報告
しかしながら複数の医療機関で受診する患者の中
とできること、また薬剤師に提示する事で重複投与の
には、依然として主治医が別にいること、他の症状が
有無・併用薬間の相互作用のチェックが行われること
あることを伏せて受診する者もいる。これらの患者に
が挙げられる。さらには薬局から医師への患者情報の
話を聞いたところ、
フィードバックも可能にし、患者も自身の服用薬につ

主治医や薬局に他の病気がある事を知
いて情報を管理・共有できることからセルフメディケ
られたくない
ーションの一翼を担うものと考える。
お薬手帳の携帯率の低さ
お薬手帳の有用性は以前から認識しており、有限会
て配布しているが好評を得ている」という話を聞いて
いたためである。
社あい調剤薬局(以下、当社)においては年齢によら
ず希望者には無料配布を行っていた。手帳の有用性を
患者に説きつつも、有料では患者に難色を示される事
が多く、普及が進まないことを一番の懸念としたため
の無料配布であった。
本年4月から施行された診療報酬改定に伴い、後期
高齢者への算定要件に手帳の配布・管理が明記された
こともあり、手帳がより認知されるべく説明を行い携
帯するよう勧めてきた。しかしながら6月上旬、改正
前から携帯している患者と4月から新たに配布を開
図1:医療系 SNS ビクシー
始した後期高齢者群との間で携帯率に大きな差があ
るように感じた。
薬局への持参を忘れた患者に尋ねたところ、共通の
原因がいくつか見られた。
1.
2.
4.
きるポケットを持ったビニール製のカバー(以下、ク
「病院へ行く時に必要なもの」として覚えてい
リアカバー)の内に、自作の千代紙風の柄紙(以下、
るリストに変更が生じるため、拒絶してしまう
紙カバー)を挟み込む形式をとっている。このカバー
お薬手帳配布時の説明が長くて混乱してしま
セットを配布する事で前述の低携帯率の原因がどの
う半面、説明を簡便にすると必要性が十分伝わ
程度解消されるか考察してみた。
らない
3.
原崎氏のいう手帳カバーとは、カードが数枚収納で

重複投与の確認など、患者本人が釈然と
血圧手帳などと似ている場合が多く、区別がつ
しない理由のほかに付加価値(ポケット
かない
や汚損防止)をつける事ができる
自分が望んで得たものではないので、その存在

をすぐに忘れてしまう
薬局側としては既に手帳の有用性を十分認識して
他の手帳と区別しやすいようにデザイ
ンを変えられる

数種類の柄を準備する事で、「望んで得
いるため、
「持った方がいいですよ」
「今後のためにも
るもの」として患者本人が選択できる要
持って下さい」という説明をしがちだが、特に4のよ
素を用意できる
うな理由があるにも関わらず多数の患者に同様の説
この時点でクリアカバーと紙カバーのセットを配
明を一斉に始めたため粗雑な説明であった可能性も
布するメリットを十分見出せたため、クリアカバーを
高く、患者としても意識付けに時間をかけてないので
購入後、配布を開始した。またクリアカバーに遅れた
無理やり持たされているという意識が強いように思
ものの、紙カバーも準備が整い次第配布を開始した。
われた。
携帯率を上げるために
前述の原因の1・2についてはその改善に時間がか
かると思われるが、3・4においては薬局側の些細な
工夫で顕著な改善効果が認められるのではないかと
推測した。
というのも、以前図1の医療系 SNS(ソーシャル・
ネットワーク・サービス)「ビクシー」の管理人であ
る原崎大作氏から、「手帳に千代紙風のカバーを付け
図2:紙カバー2例
データ統計
富江店
南町店
全体
配布を開始して1か月ほどが経過した6月中旬、携
第1期
31.5%
40.4%
37.3%
帯率に目に見えて変化が感じられた。他施設の参考に
第2期
43.2%
46.4%
45.1%
なるかと考え、携帯率のデータを収集することを思い
第3期
64.7%
42.0%
50.6%
立った。予め予定していたものではなく、そのためデ
第4期
55.0%
44.9%
49.8%
ータとしては正確性に欠けるものかも知れないが以
表4:手帳携帯率
下の条件を基に集計を行った。
① 紙カバーによる効果を検証する
また、図1「ビクシー」および図3「薬剤師ねっと」
→「選択」による効果をはかるため
において下記の内容で参加登録している全国の薬剤
② 後期高齢者を対象とする
師にアンケートを実施した。
→非後期高齢者で既に携帯している患者は携帯
率が高いため
③ 当社南町店ではクリアカバーのみ配布
→母体数の確保と、紙カバーによる効果の有無を
明確にするため
④ 期間は任意の 1 週間を1期として4期を集計
※富江店:5日/週、南町店6日/週
富江店
南町店
6/17~6/23 7/2~7/8
7/22~7/28 7/22~7/26
8/18~8/22 8/4~8/9
9/1~9/5
9/1~9/6
第1期
第2期
第3期
第4期
図3:薬剤師ねっと
表1:店舗別集計期
以下、それぞれの店舗で得られたデータを記す。ま
た、表2・表3中のカバーとは「紙カバー」を指す。
Q1:4月の法改正後、お薬手帳を後期高齢者全員に交
付している、または余程拒否されない限り交付を
前提にしている
Q2:お薬手帳携帯率を上げるために何か工夫をしてい
【富江店】単位:人
第1期
来局者
カバーあり カバーなし
(75歳以上)
3
14
54
る
Q3:お薬手帳の携帯率はおおよそどの程度?
Q4:4月以降、携帯率の伸び具合は?
第2期
11
21
74
Q5:低コスト(自作の手帳カバー)などを配布する事
第3期
20
24
68
で携帯率が顕著に上昇するというデータがあっ
第4期
34
21
100
表2:店舗別手帳携帯者数(富江店)
【南町店】単位:人
第1期
た場合、試してみようと思う
Q6:(Q5 で○と答えた人)コスト的に上限は患者 1
人につきどの程度と考えるか
来局者
カバーなし
(75歳以上)
42
104
第2期
51
110
第3期
47
112
第4期
48
107
表3:店舗別手帳携帯者数(南町店)
Q7:(Q5 で×と答えた人)その理由は?
※Q1~2、5 は○か×で回答
※任意で勤務地の都道府県も回答
今後の課題
【集計結果】
Q1)○:53
×:9
Q2)○:39
×:23
できる医薬品(OTC 医薬品:以下、OTC)が新たな
Q3)~20%:11、~49%:13、~69%:18
枠組みのもと、第1類~第3類へと分類され、また医
現在、医師の処方を要せず購入者の自己責任で使用
70%~:17
師の処方が必要な医療用医薬品から OTC へのスイッ
Q4)減少:0、不変:10、微増:36、増加:15
Q5)○:41
×:23
チ化が進められている。
※ロキソプロフェンナトリウムは第一三共製薬が
Q6)~¥50:31、~¥100:12、¥101~:1
(単位:人)
診療報酬改定での明文化もあって、手帳の交付はほ
既に承認申請を行っているため表中から除外
成分名
代表薬
アンレキサノクス
ソルファ
ペミロラストカリウム
アレギサール
だし、丸と答えた 53 名の中には退院時に手帳を配布
エバスチン
エバステル
フルチカゾンプロピオン酸
フルタイド、フルナーゼ
エステル
チアラミド
ソランタール
しているという病院勤務の意見もあった。Q3・Q4に
ニコチン酸トコフェロール
ユベラN
おいては後期高齢者に絞らない全体を対象にした数
イコサペント酸エチル
エパデール
とんどの薬局で行っている模様。積極的な交付は行っ
ていないと答えた 9 人中 7 人は病院勤務であった。た
値であり、携帯率が5割を超えると答えた薬剤師が半
表5:平成 20 年 9 月スイッチ化承認薬
数以上を占める結果になったが、神奈川などの大都市
圏においては後期高齢者の携帯率が非後期高齢者の
また今回スイッチ化が見送られた医薬品も、いずれ
携帯率上回るものの、その他の地域では後期高齢者よ
承認される見通しが高い。これらの OTC は数年後、
りも非後期高齢者(児童を含む)の携帯率が高いとの
本年より新設された薬剤師の下位資格「登録販売者」
意見が多かった。
によって販売される。登録販売者とは、都道府県が免
加えて、診療報酬改定後に手帳の配布を後期高齢者
許権者であり第2類~第3類の OTC を扱う薬品の専
のほぼ全員に対して開始している薬局が多いにも関
門家として設立された新資格だが、その受験資格は
わらず、配布してからの携帯率の伸びがどの地域も思
「高等学校卒業かつ、1年間の実務経験のあるもの」
わしくないようである。「全く変わらない」と答えた
などであり、しかも購入者への説明や文書による情報
薬剤師と「明らかに携帯率が上昇した」と答えた薬剤
提供は義務ではなく努力とされている。前述の「今回
師がそれぞれ 10 人と 15 人なのに対し、
「わずかに」
スイッチ化が見送られた医薬品」の中には、α-グリコ
と答えたのが 36 人と半数以上であった。これらの結
シダーゼ阻害薬やアンジオテンシン変換酵素阻害薬
果もあってか、手帳の携帯率が伸びたというデータが
も含まれ、後年これらが OTC として販売された場合、
あれば試してみたいという薬剤師が回答者の約 7 割に
組成量がいかに少量であっても医師による症状のコ
上る。「試してみたいと思わない」と答えた回答の中
ントロールおよび治療方針にも大きく影響する事態
には「責任者ではないから使いたくても使えない」と
が考えられる。
いう意見も少なからずあり、これを鑑みれば、ほとん
著者の経験上、患者の傾向として OTC を処方箋薬
どの薬剤師が少々の費用より携帯率を向上させる方
(医療用医薬品)とは別物と考え、その理由から服用
法を優先したいと考えているようである。
している OTC を診察時に医師へ報告しない場合が
しかしながら、同じく「試してみたいと思わない」
多々存在する。製薬メーカーも新たな客層の拡大に向
という薬剤師の中には現在の携帯率が 60%程度とし
けて過大な CM 戦略へと走る可能性が高く、患者の健
ているにも関わらず「やれるだけの事はしている」と
康被害の懸念材料は増す一方であると考えられる。
回答している者もおり、頑なに手帳を拒否する患者も
以上を鑑みても、手帳は病院と薬局だけで用いられ
いる事などから現在の所持が任意である制度では一
るのではなく、薬剤師の存在しない薬店であっても手
定の携帯率を超える事は難しいかもしれない。
帳を積極的に利用し患者のリスクを可能な限り減ら
す努力をすべきだと考える。
これらを可能にするには、薬剤師会とドラッグスト
ア協会など医薬品を扱うすべての業種が情報交換を
密にし、それぞれが患者のリスク回避について協力す
る事が重要だと考える。
参考、URL
[1]原崎大作:鹿児島県鹿児島市北区
花棚店 管理薬剤師
[2]医療系 SNS ビクシー(bixis)
http://sns.bigmakers.net/
[3]薬剤師ねっと
結果と考察
紙カバー配布群と非配布群間で、手帳の携帯率の変
化に顕著な差が見られた。本来であればクリアカバー
単独でも効果があったかもしれず、クリアカバー非配
布群も統計を取るべきであったが、それを考慮しても
紙カバーは手帳携帯率の向上に大きく貢献している
と考えられる。理由としては相互作用のチェックなど
という薬剤師の業務によって得られるメリットのほ
かに、ポケットや他の手帳と区別できる図柄という付
加価値と、それを患者自身で選択する事によって記憶
への刷り込みが深くなったためと考える。
また紙カバー配布を開始してから、紙カバー付き手
帳を持っている患者(以下、紙カバー装着群)と紙カ
バーが付いてない手帳を持っている患者(以下、紙カ
バー非装着群)の間にある変化が見て取れた。この変
化とは、処方箋受付時に手帳持参の自己申告を行う患
者が紙カバー装着群において特に増えたという点で
ある。紙カバー非装着群が投薬時に催促するまで手帳
が必要である事を思い出せないのに対し、紙カバー装
着群は高確率で受付時に処方箋と一緒に出す、忘れて
いても最初に申告するなど明らかに手帳に対する意
識が異なっていた。
今後は医療用医薬品のスイッチ化が促進され、いず
れ薬剤師でない登録販売者がそれらの OTC を管理・
販売する傾向にある事から、ドラッグストアや薬店な
どにおいても手帳を有効に活用し、患者の健康被害を
未然に防ぐための連携が必要になると考える。それら
を可能にするために、ドラッグストア業界をはじめと
する非医療機関に医師会・薬剤師会から働きかけ、重
複成分あるいは相互作用への意識付けを行う事が大
切である。また非医療機関で OTC を常用している若
年世代においても受診時の医師への情報提供をスム
ーズに行うため、手帳は今後、より重要視されるもの
と考えられる。
http://yakuzaishi.so-netsns.jp/
アクア薬局