湿し水 常温ワンウェイシステム

湿し水 常温ワンウェイシステム
さらば冷却装置、さらば排水、究極の水絞り
オフ輪に続いて枚葉機でも運用開始へ
『印刷情報』2010年/5月号記事より
兵庫県丹波市市島町にあるオフセット輪転工場の輪転機について
は2005年より「常温ワンウェイシステム」を運用してきた。本年、
本社・工場の枚葉機である菊全判8色機、菊全判5色機、菊全判4
色機でも湿し水の「常温ワンウェイシステム」の運用を開始した。こ
れは、そのネーミングに示されているように、湿し水を常温で、水
量を極限まで絞ることによって余分な水を出さないというもの。こ
れによって、冷却装置や循環装置といった水回りに関連する設備が
不要になり、環境負荷の軽減、電力代などコスト削減につながる。
印刷品質、印刷機の機構ともに「ノートラブル」。水の〈一方通行〉
ともいうべきワンウェイシステムの指揮をとったのは若林栄樹取締役・製造本部長。
水とインキの適正なバランスを図る。それは、汚
れの出ない最小限、ギリギリの水量、すなわち「水
を絞る」ことで、インキの性能を最大限に引き出す
ことである。昔と比べて印刷機の性能や機構は格段
に進歩したとはいえ、今なお、オフセット印刷にお
ける「腕の見せどころ」にはちがいない。
必要にして十分な水量とは、言い換えれば余分な
水が出ないということでもある。理屈の上ではその
通りだが、果たしてそんなにうまくいくものか ――。
今回、常温ワンウェイシステムの対象となった機
種は、小森コーポレーションのスタンダード枚葉機
リ ス ロ ン S シ リ ー ズ で、 菊 全 判 8 色 両 面 兼 用 機
(LS840P)
、菊全判5色機(LS540)
、菊全判4色機
(LS440)の3台。
「オペレータの意識を変えること」。今回、枚葉機
での取り組みを開始するにあたって若林製造本部長
が最も気をくだいた点だという。
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小森コーポレーション製、
菊全判8色両面兼用機(LS840P)
オフ輪で成功させたとはいえ、水を冷やさない上に、さらに、排水ゼロにするなどというこ
とは、従来の「常識」を外れることだ。現場のとまどいは無理からぬことだろう。
そこで、最初に指示したのは、「冷やさない」、すなわち常温(20 ∼ 30 )で刷ることだった
という。これを一ヵ月続けた。通常、湿し水の循環装置での適正温度は15 ∼ 20 と言われる。
低すぎてもインキのしまり、結露、水滴といったトラブルが生じる。高すぎてもインキの乳化
などのトラブルを起こすと言われる。
実際にやってみると、印刷機自体の冷却機能が働いて、版面温度も思ったほど上昇しなかっ
たという。それによって懸念された乳化傾向も水とインキの適正なバランスによって大きなト
ラブルになることなく、常温でも従来通りの印刷品質を維持できることが実践で証明された。
◆給水装置「コモリマチック」の逆スリップ
現在、印刷機の湿し水装置は、インキの着けローラーと水着けローラーを兼用にした間接連
続給水方式(ダールグレン)と、インキ着けローラーと水着けローラーを分離させた直接連続
給水方式に大別される。
小森機の場合は後者の直接連続給水方式(コモリマチック)。これは、水船から水元ローラー
(金属製)
で水を上げ、
交互にあるゴムローラーと金属ローラーをくぐらせて、最後は水着けロー
ラー(ゴム製)で版面に直接給水する。その水着けローラーを、間にある2本のローラーとは
逆方向に回すことでローラー上に「水
の溜め」がつくられる。「逆スリップ」
と呼ばれるこの機能によって、水元
ローラーからあがってくる水を待つこ
となく一定量を均一に素早く版面上に
供給できる。さらに、新型給水振りラ
イダーの搭載によりインキパイリング
を抑える機能も付いている。
こうした独自の機構によって、水と
インキのバランスが早く安定し、刷り
出しのときのヤレ紙も減ることにな
る。また、ノンアルコール印刷への適
正も高いため、早くからノンアルコー
ルで刷っているという。
まさに、
「必要最小限の水量で高品
質の印刷を実現する」というわけだ。
卓越した直接連続給水装置「コモリマチック」
の水船に装着された
センサー
(中央下部分)
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◆「常識」という固定観念を打破するとは
今回の眼目は、水を「循環させない」ことだから、水船に新たに3本のセンサー(オプション)
を設置して水溢れの防止策を講じたという。
若林製造本部長は、「機長はいずれも10年以上のベテランです。印刷品質を判断する能力に
かけては問題はない。あとは、汚れの出ない限界ギリギリの水目盛をコンスタントに設定でき
るかどうかでした」
。
一般的にオペレータは、汚れを恐れるあまり水の量を多めにしがちだという。その結果、水
とインキのバランスが崩れてしまうことになる。
「今の印刷機は、ハードもソフトも格段に進化しているのだから、メンテナンスをきちんと
やり、とにかく水を絞るという基本を忠実に実行すれば、いいものが刷れますよ」。
その言葉通り、今回、常温でも思い切って水を絞ることで、インキ濃度もしっかり確保した
高品質の印刷を実現した。さらに、高精細のFMスクリーンにも問題なく対応できているとの
こと。
印刷機の進化と言えば、同社OBで、半世紀にわたって同社の印刷技術の向上に中心的な役
割を果たした元専務の岡田忠員氏の回想録『印刷修行50年の道』に次のような一節がある。少
し長いが引用する。
『印刷機械にはインキを供給するコントロール装置はそれなりに備わっているが、印刷上で
一番物性的に扱いにくい資材である水のコントロール装置が曖昧なのが不思議でならない。現
在では水棒中央部の過剰な水を調整するため、ヒネリ装置や吹飛ばしが付き、多少コントロー
ルができるようだが、それでも精度に限度がある。最近、機械メーカーも中央部の過剰水が出
合い見当や水抜けの原因と理解されるようになった。今後更に水のコントロール装置が向上し
ていけば、このような問題も減少していき、解消するであろう』
オフセット印刷機の常温ワンウェイシステムによる環境対策
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昭和57年(1982)頃のことである。当時の印刷機も小森製だった。
以来、30年近くを経て、インキや水ローラーの配列や性能だけでなく、絵柄面積率に応じ
てインキローラー上の皮膜をあらかじめセッティングできるプレインキング機能など小森機の
進化は目覚ましい。
言うまでもなく、カラーマネジメントなどプリプレスのデジタル化に連動して、印刷機のデ
ジタル管理機能は格段に進化している。加えて工場内の温・湿度管理といった現場の環境も進
化した。
こうした諸々の条件を踏まえたうえで、印刷オペレータの基本である「水絞り」を究極まで
推し進めた結果が、今回の常温ワンウェイシステムとなって実を結んだとも言える。
もちろん、オフ輪での成功と同様に、今回の試みにおいても、自社の機械の特性をしっかり
と把握し、長年にわたって高品質の印刷物を刷ってきた過程で培われた技術的なノウハウや品
質管理体制がバックボーンにあることは言うまでもない。
メーカーからすれば、いわゆる「教科書通り」にやっていないことに懸念を表明したいとこ
ろだろうが、逆に機械性能のキャパシティ、間口の広さが印刷現場で証明されたことにもなり、
次の技術開発の参考になりはしないだろうか。
若林製造本部長は、
「もっといいやり方はないか。今のやり方でいいのか。そこが我々、現場を担う者の基本です。
時と場合によっては、常識という名の固定観念にとらわれない技術的改善を大胆に進めていか
なければなりません」
。
ちなみに、同社では、昭和63年(1988)に業界で初めて「完全棒積み一万枚」という当時の「常
識」を打ち破る画期的な技術的改良を果たしている。数年かけて試行錯誤の末に実現したこの
技術は広く公開され、
業界の技術的発展に寄与した。その「ひたすら技術の向上を目指して」は、
社是の一つに掲げられ、今も同社のDNAとして引き継がれている。
工場内に実際の印刷物を展示して常温ワンウェイシステムをアピール
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