OECD 対日審査報告書 2015 年版

OECD 対日審査報告書 2015 年版
2015 年 4 月
概観
This document and any map included herein are without prejudice to the status of or sovereignty over
any territory, to the delimitation of international frontiers and boundaries and to the name of any
territory, city or area.
The statistical data for Israel are supplied by and under the responsibility of the relevant Israeli
authorities. The use of such data by the OECD is without prejudice to the status of the Golan Heights,
East Jerusalem and Israeli settlements in the West Bank under the terms of international law.
要旨
● 主な結論
● 主な提言
@ OECD 2015
3
主な結論
20 年にわたる低成長と継続するデフレは、日本の生活水準を OECD の平均以下に低下させた。社
会支出の増加と不十分な歳入により、政府総債務残高は対 GDP 比で 226%にまで高まり、OECD 諸国
の中で最も高い水準にある。急速な高齢化は、潜在成長率を¾パーセント程度に押し下げる一方で、
引き続き、公的支出への圧力となっている。大胆な金融政策、機動的な財政政策と成長戦略により、
経済を再生させ、デフレから脱却することを目的としたアベノミクスは、2013 年は金融・財政政策
により即座にポジティブな効果をあげた。その後、2014 年4月の消費税率引上げ以降、経済成長は
一時中断したものの、同年後半に経済成長は再開した。
日本の債務残高は、OECD 諸国の中で最も高く、国債費を押し上げている。
1.
国債費は、一般政府支出には含まれない債務償還費を含む。.
出典: OECD Economic Outlook Database; Ministry of Finance.
大胆な構造改革により、経済成長を高めるべき
財政健全化と生活水準の向上にとって不可欠である経済成長率を引き上げるため、抜本的な構
造改革―いわゆる第三の矢―を至急強化する必要がある。女性就業の非正規雇用への集中や労働参加
に対する税制上の阻害を含めた様々な要因を背景に、女性の役割はいまだ限定されている。また、
OECD 諸国中最も低い対内直接投資比率(対 GDP 比)により、日本は国際経済から依然として孤立し
ている。さらに、企業の開・廃業率の低さは、企業分野におけるダイナミズムの欠如を反映している。
ベンチャー・キャピタル投資は発展途上にあり、中小企業は立ち遅れている。
財政の最優先事項は政府債務の削減
2014 年の基礎的財政収支赤字は、GDP の7%近い水準にあり、公的債務残高は依然増加傾向に
ある。高い政府債務の影響は、長期金利が低水準にとどまっていることで緩和されているものの、信
認が弱まれば大幅な金利上昇を引き起こすおそれがある。金利上昇は債務残高を急激に高め、金融部
門と実体経済を不安定にするだろう。GDP 成長率が一時的に押し下げられるかもしれないが、大規
模な歳入増加は不可欠である。社会支出、特に医療や介護支出の増加、社会的一体性を促進する必要
性を勘案すると、歳出抑制は、困難だが極めて重要である。社会支出は、高齢者に集中しており、
2012 年にかけて上昇した生産年齢人口の所得格差を是正する効果は限定的である。これは、正規雇
用者よりも賃金水準がずっと低い非正規雇用者の割合の高まりの影響もある。
デフレからの脱却
持続的なデフレは経済成長にとっての逆風であり、名目 GDP を着実に減少させることで、財政
状況を悪化させてきた。日本銀行は、2%のインフレ目標を設定し、「量的・質的金融緩和」に着手
し、そのバランスシートは対 GDP 比 65%に高まった。
@ OECD 2015
4
主な提言
アベノミクスを成功させるには三本の矢すべてを着実に実施することが必要。
大胆な構造改革による経済成長の促進
最も優先度の高い政策は以下のとおり:
•
労働力の減少傾向を遅らせる。
 保育の拡充、家計における二人目の稼得者の労働参加インセンティブを下げる税・社
会保障制度の見直し、男女間の格差につながる労働市場の二極化を是正することによ
り、女性の労働参加を増やす。
 外国人労働者の活用を拡充する。
•
TPP(環太平洋パートナーシップ協定)、日 EU 経済連携協定をはじめとするハイレベル
な貿易協定に参加する。
•
生産性を高めるため、ビジネス環境を改善する。
 コーポレートガバナンスを高度化する。
 労働市場の柔軟性、流動性を強化する。
 再チャレンジの機会の確保や起業家教育により、起業環境を改善する。
 新規開業とイノベーションを促進するため、ベンチャー・キャピタル投資を再興する。
 再生可能な企業の事業再編を支援し、存続不可能な企業の退出を促すためにも政府に
よる中小企業への支援を削減する。
 品目特定的な生産者補助の削減、農地集積・集約化の加速化、農協改革等を通じ、市
場ベースの農業へ移行する。
財政の最優先課題は、社会的一体性を促進しながら、政府債務を削減すること
•
2020 年度までに基礎的財政収支を黒字化するとの目標を実現するため、歳出抑制、歳入
増加のための詳細かつ信頼のおける計画を策定する。
•
歳入増加のため、第一義的には単一税率を維持した消費税や、個人所得税・法人税の課
税ベース拡大に頼りつつ、環境税の引上げも行う。
•
人口高齢化の進展による歳出増を抑制するため、年金、医療、介護制度を改革する。
•
公的社会支出の配分を見直し、低収入の労働者に対する勤労所得税額控除(Earned
Income Tax Credit)を導入する。
•
社会保険の適用対象の拡充、非正規雇用者の職業訓練プログラムの改良、透明性強化に
よる正規雇用者への事実上の雇用保護削減により、労働市場の二極化を打破する。
デフレからの脱却
•
リスクを監視しつつ、2%のインフレ目標が安定的に達成されるまで金融緩和を続ける。
@ OECD 2015
5
@ OECD 2015
6
評価と提言
● 最近のマクロ経済状況と短期経済見通し
● 成長率を高めるための構造改革: 日本再興戦略(第3の矢)
● 政府債務の縮減: 機動的な財政政策(第2の矢)
● デフレからの脱却: 大胆な金融政策(第1の矢)
@ OECD 2015
7
評価と提言
過去 20 年間経済成長は低迷し、1990 年代初頭に OECD 諸国の上位半数の平均にあった
日本の一人当たり収入は、今では 14%下回る水準になっている(図1)。1990 年代初頭の資産
価格バブルの崩壊により、企業の再編と銀行危機の時期が続くこととなった。低成長は、政府の
歳入の伸びを抑え、日本の深刻な財政問題をもたらした。人口高齢化と度重なる経済刺激策によ
り歳出は増加し、それは借入れによりまかなわれたため、公的総債務残高は 2014 年に対 GDP 比
226%にまで高まり、OECD 諸国が記録した中で最も高い水準となっている(パネル B)。公的
純債務残高も、対 GDP 比 129%と OECD 諸国で最も高い。2014 年の基礎的財政収支対 GDP 比が
7%近いことからも、債務残高対 GDP 比の上昇圧力は継続する(パネル C)。継続的なデフレ
は、経済成長への向かい風となるとともに、名目 GDP を減少させることで、債務残高対 GDP 比
の上昇をもたらしている(パネル D)。第二次世界大戦後の日本の歴史の中で最大の災害となっ
た 2011 年の東日本大震災は、財政にさらなる負担を課した。
日本は、2013 年初頭に、デフレ脱却と経済再生のため、いわゆる三本の矢の「アベノ
ミクス」、つまり大胆な金融政策、機動的な財政政策、そして成長戦略という三本の柱からなる
アプローチを打ち出した。第1の矢は、2013 年初頭に、「量的・質的金融緩和」(QQE)とし
て開始された。同時に、第2の矢として、2度の大規模な財政出動も実施された。また、第3の
矢である日本再興戦略は、2013 年6月に公表され、翌年には見直しも行われている。財政、金
融政策の拡大と構造改革の複合的な効果により、実質 GDP 成長率を 2022 年までの間、年2%の
ペースに高めるとともに、2%のインフレ目標を達成することを目的として、企業投資と民間消
費の強化を目標としている。第1の矢、第2の矢による当初の成果は勇気付けられるものであっ
た。大幅な円安方向への動きによる物価上昇の助けもあって、名目 GDP の成長が高まった。企
業と消費者のマインドが上向き、株価は 57%上昇するにつれ、実質 GDP 成長率も 2013 年には
1.6%に達した。消費税率の引上げによる成長鈍化後、2014 年終わりには経済成長が再開した。
アベノミクスの第3の矢は最も重要な要素であり、これなしには、前例のない金融緩和
も財政的支出によっても、日本は経済成長を高め財政を持続可能なものとする道に進むことはで
きないだろう。日本再興戦略に示された 10 の主な改革には、経済成長を促進するための重要な
方策が盛り込まれているが、それらは、より野心的かつ迅速な実施が求められる。最優先事項は、
i) 女性や高齢者の労働参加を高め、外国人労働者の流入を拡大することで、労働力人口を安定化
させる、ⅱ) 環太平洋パートナーシップ協定(TPP)、日 EU 経済連携協定をはじめとする貿易
協定を通じ、日本の世界経済への統合を進める、ⅲ) コーポレートガバナンスの改善、労働市場
の柔軟性や流動性の向上、ベンチャー・キャピタル投資の促進、中小企業政策の改善を通じたビ
ジネス環境の改善、である。
本対日審査報告書における主なメッセージは:
•
•
•
日本の潜在成長力を高めるため、大胆な構造改革が極めて重要である。
社会的一体性を促進する一方で、政府債務残高を低下傾向にするため、歳入を増加させ
るとともに歳出を抑制することが必要不可欠である。
量的・質的金融緩和(QQE)は、2%のインフレ目標が安定的に達成されるまで続ける
べきである。
@ OECD 2015
8
図 1. 日本は低成長、高まる政府債務残高、大きな財政赤字、そしてデフレに直面してきた
1.
2.
一人当たり GDP は、2005 年の物価と購買力平価により換算されている。労働生産性は、時間当たり GDP である。 労働投入は
一人当たり総労働時間である。
一般政府ベース、対 GDP 比(%)。2014 年は OECD による推計、2015-16 年は OECD による見通し。
出典: OECD Going for Growth Database; OECD Economic Outlook Database.
最近のマクロ経済状況と短期経済見通し
2014 年4月の消費税率引上げは四半期の経済成長パターンの変動を大きくした。対
GDP 比 1.1%の財政出動があったにもかかわらず、第1四半期に力強い個人消費と設備投資が見
られた後、第2四半期には両項目が季節調整後の年率で 19%程度低下した。第3四半期には在
庫のマイナス寄与と弱い国内需要により、さらに産出は減り、2008 年以降4回目のテクニカル
な景気後退を招き、2回目の 10%への消費税率引上げは 2017 年に延期された。
@ OECD 2015
9
2014 年の落ち込みは、一部には実質賃金の低下により、個人消費の戻りが弱いことも
影響している(図2パネル A、B)。2013 年終わりには、名目賃金は上昇に転じたが、その上昇
は物価上昇(消費税率引上げの影響を含む)に遅れをとっており、消費者の購買力と消費者心理
を悪化させている。国内需要の弱さにより、2014 年の法人税率引下げと円安方向への動きを反
映した強い企業マインドと企業収益にもかかわらず、設備投資は3四半期連続して低下している
(パネル C)。円安方向への動きは輸出増に寄与し、長らく続いた世界における日本の輸出シェ
アの低下を反転させている(パネル D)。しかし、円安方向への動きは家計や中小企業には圧迫
要因であり、企業収益や輸出の増加効果を一部相殺している。原油、商品価格の下落は、経済成
長の弱さとともに、物価上昇を鈍化させ、2014 年はじめに 1.5%(前年比、消費税率引上げの影
響を除いたベース)に達していた物価上昇率は 2015 年第1四半期には¼パーセントにまで低下
した(図3)。
図 2. 日本の主なマクロ経済指標は、まちまちな結果を示している
1.
2.
3.
4.
5.
6.
3ヶ月移動平均値。
2015 年3月、4月は製造工業生産予測調査の値。
現金給与総額(ボーナスを含む)。
「良い」から「悪い」の構成比を引いて算出される DI。2015 年第2四半期の値は、2015 年3月調査における先行きの値。
経常利益は、全産業(金融業、保険業を除く)、季節調整済系列。
国際収支マニュアル第5版から第6版への移行により、2014 年第1四半期に統計的な非連続がある。輸出パフォーマンスは、
海外市場における日本の輸出シェアを計測したもの。
出典: Ministry of Economy, Trade and Industry; Cabinet Office; Ministry of Health, Labour and Welfare; Bank of Japan; OECD
Economic Outlook Database; Ministry of Finance; OECD calculations.
@ OECD 2015
10
図 3. 物価上昇率は 2014 年に低下した
前年比、%
2014 年 4 月に消費税は5%から8%に上げられた。この税率引上げは日本銀行と内閣府の推計によると物価を2パーセンテー
ジ・ポイント高めた。
2.
OECD の定義によるものであり、食料とエネルギーを除く。
3.
2015 年1月と2月の平均値。
出典: OECD Economic Outlook Database; Bank of Japan (2014); Cabinet Office (2014).
1.
実質経済成長率は、2015 年には1%に回復すると見られる(表 1)。原油と商品価格の
下落により、交易条件が顕著に改善し、個人消費と設備投資を促進する。実際、2014 年 10 月に
1 バレル 85 ドルであった原油価格は、2015 年 3 月には 60 ドルにまで下がっており、これにより
実質経済成長率は¼パーセンテージ・ポイント高まると見ている。2014 年の後半に消費者物価の
要素のうちエネルギーは4%しか下落しておらず、消費者や企業への恩恵の大半は 2015 年に実
現するだろう。さらに、2015 年1月に公表された対 GDP 比 0.6%規模の 2014 年度補正予算、こ
れは家計、小企業、地方政府への支援と公共投資などからなるものであるが、これが 2015 年に
さらに 0.3 パーセンテージ・ポイント、経済成長率を押上げると見ている。この補正予算と2度
目の消費税率引上げの 2017 年への延期ということはあったが、それでも、2015 年から 16 年に
かけて行われるとみられる2パーセンテージ・ポイントの財政健全化により、財政政策は向かい
風となるだろう。
賃金上昇は経済成長にとって鍵となる。生産年齢人口が年 1.5%減少し、企業が 90 年代
初頭以来最も高いレベルで労働者不足だと言っている状況で、2015 年の春闘で労働者はかなり
の賃上げを得ることができるだろうし、実質賃金がプラスの領域に押し上げられることで、個人
消費が支えられるだろう。実際、2014 年夏のボーナスの伸びは、この 30 年で最も高いものだっ
たし、2015 年の賃金交渉の初期の結果は励みになるものである。労働力不足と高収益は設備投
資も下支えするだろう。また、設備投資は 2016 年には 31.3%にまで引き下げられる国・地方合
わせた法人実効税率の恩恵も受けるだろう。円安方向への動きのなか、日本は世界貿易が回復す
るにつれ輸出が伸び、また原油価格と商品価格の低下もあって、経常収支黒字は 2016 年には対
GDP 比 2½ %に高まると見ている。物価は、2016 年には 1½ %程度に上昇すると見ている。
@ OECD 2015
11
表 1. 短期経済見通し
年率
1
2011
2012
2013
2014
2015
2016
-0.5
1.8
1.6
0.0
1.0
1.4
0.3
1.2
2.3
1.7
2.1
1.9
-1.2
0.3
0.7
0.8
1.6
0.7
需要とアウトプット
GDP
消費
民間最終消費支出
政府最終消費支出
総固定資本形成
2
公的固定資本形成
民間住宅
民間企業設備
最終需要
在庫投資
3
国内需要
財貨・サービス輸出
財貨・サービス輸入
3
純輸出
インフレと稼働率
GDP デフレーター
名目 GDP
CPI
4
CPI
4
コア CPI
失業率
GDP ギャップ
1.4
3.4
3.2
2.6
-0.2
0.6
-8.2
5.1
4.1
2.7
3.2
3.7
8.0
8.7
0.4
3.7
-5.2
4.1
-4.8
-2.6
1.7
-19.1
6.8
5.3
0.6
2.4
2.3
-0.1
0.5
1.2
-0.2
0.2
-0.4
0.1
-0.1
0.0
0.4
2.6
1.9
0.0
0.4
1.2
-0.4
-0.2
1.5
8.2
6.6
6.4
5.9
-0.9
5.3
-0.9
3.1
-0.3
7.2
0.0
3.0
0.6
4.7
0.2
-1.9
-2.3
-0.3
-0.3
-0.9
4.6
-1.7
-0.9
0.8
0.0
0.0
-0.5
4.3
-0.7
-0.5
1.1
0.4
0.4
-0.1
4.0
0.4
1.7
1.6
2.7
1.2
0.5
3.6
-0.4
1.8
2.8
1.0
0.5
1.2
3.5
-0.3
1.5
2.9
1.5
1.5
1.6
3.3
0.2
6.7
3.0
3.3
3.0
4.5
5.5
111.2
111.6
108.7
101.4
60.0
60.0
-8.8
-8.0
209.6
127.3
2.7
2.1
-8.7
-7.8
215.5
129.3
1.2
1.1
-8.5
-7.8
220.3
122.9
-0.2
0.7
-7.7
-6.7
226.0
128.6
1.1
0.6
-6.8
-5.8
229.3
131.9
1.6
2.2
-5.9
-4.9
231.5
134.1
1.4
2.4
他の項目
世界貿易成長
原油価格(スポット取引、ブレント原
油、 $)
5
財政収支
5
基礎的財政収支
5
公的総債務残高(GDP 比)
5,6
公的純債務残高 (GDP 比)
家計貯蓄率 (%)
経常収支 (GDP 比)
1.
2.
3.
4.
5.
6.
OECD エコノミック・アウトルック No. 96 による予測を 2014 年 Q3、Q4の四半期別 GDP 速報(2次速報)及び 2014 年 12 月に
公表された政府、家計部門の勘定(2013 年まで)によりアップデートした。また、2015 年2月に国会で成立した 2014 年度の補
正予算及び原油価格の低下についても織り込んでいる。
公的企業を含む。
GDP 成長率への寄与度(パーセンテージ・ポイント)。
2014 年4月の消費税率の引上げの影響を除く。図3注1参照。コア CPI は OECD の定義によるものであり、食料とエネルギーを
除く。
一般政府ベース、対 GDP 比。
公的純債務残高は公的総債務残高から政府資産を控除した額。
出典: OECD Economic Outlook Database.
この経済見通しには多くの下方リスクが影を投げかけている。継続的な成長のためには、
賃金上昇、物価上昇、企業収益の上昇といった好循環が必要である。この点、賃金上昇の遅さが
主なリスクである。終身雇用を背景とした労働移動の少なさを考えると、賃金が労働市場の状況
@ OECD 2015
12
変化に反応するには時間がかかる。不安定な世界経済の状況、例えば中国の想定以下の成長やユ
ーロ圏経済の不確実性、アメリカの予期された金融引締めの影響といったこともリスクとなる。
しかし、主要な懸念は、日本の前例のない高水準の公的債務残高に関連したものである。財政目
標を達成するための信頼できる計画なしには、日本は財政の持続可能性に対する信頼を失い、長
期金利の上昇という結果を招くだろう。そうなれば財政健全化はほぼ不可能となり、金融セクタ
ーと実体経済の安定を損なうことになろう。そのような動向は、日本経済の大きさと、その保有
する外国資産の大きさを考えると、世界経済へ大きな波及効果をもたらすことになるだろう。
経済成長率は、2012 年に消費税率引上げを柱とする社会保障・税一体改革関連法を作
った際に定められた目標、つまり 2013 年から 22 年の間の平均で名目 GDP 成長率を3%、実質
GDP 成長率を2%、GDP デフレーターを1%とするという目標よりずっと低いままである(表
2)。この目標は 2013 年1月に政府と日本銀行の合意のもと採用されたものであるが、1997 年
から 2012 年にかけての名目 GDP と GDP デフレーターの下方トレンドを反転させる必要がある。
表 2. 日本のマクロ経済目標 1
目標
(%)
名目 GDP 成長率
実質 GDP 成長率
GDP デフレーター
1.
2.
所要の
1997 年 Q2 から
上昇幅
2012 年 Q2 の平均
3
2
1
-0.6
0.6
-1.3
2
3.6
1.4
2.3
2012 年 Q3 から
2014 年 Q3 の平均
1.4
0.5
0.8
追加的に必要な
上昇幅
2
1.6
1.5
0.2
2012 年8月の社会保障・税一体改革関連法に含まれ、また安倍政権で採用されたもの 。
目標に達するために必要な成長率の年率(パーセンテージ・ポイント)。
出典: OECD Economic Outlook Database.
成長率を高めるための構造改革: 日本再興戦略(第3の矢)
日本の潜在成長率は、1990 年代初頭の3%超から 2014 年には¾%程度にまで低下してい
るが(図4)、この下落を反転させるためには、以下の追加的な措置が求められる。i) 労働力の
減少を遅らせ、さらには反転させること、ii) 労働生産性を上昇させることであり、これは多分
にイノベーションの問題である。政府は 2022 年に向けて実質年次 GDP 成長率を2%(一人当た
りでは 2.4%)に上昇させるとしているが、これは過去 20 年間の 0.9%からするとずっと高い水
準である。2014 年 12 月に、政府は、「社会経済的な構造改革を実施することで世界で最もイノ
ベーティブな国になることを目指すべき」 と述べている。日本再興戦略の 10 の主な改革案は
2014 年6月に改訂され(表3)、その改革案は過去の対日経済審査でも触れた事項に取り組ん
でおり、多くの重要な政策を含んでいる。しかし、第3の矢の実施は、第1の矢と第2の矢に遅
れをとっている。日本は、予定の改革を実施することが不可欠である。さらに、2%の実質
GDP 成長率を達成するためには、更なる改革が必要である。以下で議論する内容は、2015 年版
の Going for Growth で優先事項とされている事項も含む。i) 対内直接投資も活用しつつ、サービ
ス分野の障壁を緩和すること、ⅱ) 農業への生産者支持政策を縮減すること、ⅲ) 消費税率を引
き上げ法人税率を引き下げることで、税制の効率性を改善すること 、iv) 女性の労働参加を高め
ること、v) 雇用保護を改革すること。
@ OECD 2015
13
表 3. 日本再興戦略における 10 の改革
10 の改革
目的
これまでの取組
1. コーポレートガバナンスの強
化: 持続的に企業価値を向上さ
せる。
コーポレートガバナンスの強化や金融
機関等による経営改善・体質強化支援
を通じて、企業の中長期的な収益性・
生産性を高め、持続的に企業価値を向
上させる。
2014 年1月に JPX 日経インデックス 400 が
開始され、2月には日本版スチュワードシッ
プ・コードが策定された。「コーポレートガ
バナンス・コード」案は、「原則を実施する
か、実施しない場合は、その理由を説明する
か」の手法の下で上場企業に少なくとも2人
以上の社外取締役を求めている。
2. 公的・準公的資金の運用等の
見直し
公的・準公的資金の運用等について、
有識者会議の提言などを踏まえ、改革
を着実に実施。
年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は
2014 年に株式投資割合を増やすこと、ガバ
ナンス体制を強化することを決めた。
3. ベンチャーの加速: 起業にや
さしい環境を作る。
「ベンチャー創造の好循環」(ベンチ
ャーの資金提供と事業創造の好循環)
を形成し、世界で勝てるベンチャーを
創出する。
2014 年にエンジェル税制の運用改善と投資
型クラウドファンディングの利用促進策の公
布が行われた。
4. 法人税改革: すべての企業の
ビジネス環境を改善する。
法人実効税率を国際的にそん色ない水
準に改革することにより、日本の立地
競争力を強化する。
2015 年度の税制改正により、国・地方合わ
せた法人税率は 34.6%から 2016 年度には
31.3%に引き下げられる。
5. 科学技術イノベーションの推
進と「ロボット革命」: 日本を
技術の先端国にする。
科学技術イノベーションを推進し、革
新的な技術シーズをビジネスに結びつ
ける仕組みを構築する。
効果的な研究開発を促進するため、さまざま
な省庁で管理されていた科学技術予算が、総
合科学技術・イノベーション会議に集約され
た。
6. 女性の労働参加、登用の促進
子育て中の女性が働ける環境整備、女
性の職場での登用を促進するための環
境整備を行う。
約 30 万人分の放課後児童クラブの受け皿を
拡大するとともに、待機児童を減らすため、
約 40 万人分の保育の受け皿が新たに確保さ
れる。これらの施策により、2012 年末か
ら、女性雇用は 3.9% 増えている。
7. 柔軟な働き方の実現: 人材プ
ールを改善する。
労働時間でなく成果で評価される創造
的な働き方を導入する。職務等を限定
した「多様な正社員」モデルケースを
普及・拡大する。透明かつグローバル
にも通用する労働紛争解決システムを
構築する。
補助金を雇用調整助成金から労働移動支援助
成金にシフトしている。政府は、働き過ぎ防
止のための取組を強化し、フレックスタイム
制、裁量労働制の見直しを行う。高度な職業
能力労働者を対象とした、時間ではなく成果
で評価される評価システムに関する法案を国
会に提出する。
8. 海外の優秀な人材をひきつけ
る: 外国人労働者が活躍する社
会へ。
高度外国人材が日本で活躍できる環境
を整備する。外国人技能実習制度を抜
本的に見直す。
外国人技能実習生の3年間の実習期間を5年
間に延長する。
9. 攻めの農林水産業の展開
農林水産業を成長産業化し、農業・農
村の所得倍増を目指す。企業のノウハ
ウを活用するとともに、企業の農業へ
の参入を加速させる。
2018 年度までの5年間に主食用米の行政に
よる生産数量目標の配分を廃止する。 農協の
改革が行われる予定である。
10. 健康産業と高水準のサービ
ス: 健康産業の活性化と質の高
いヘルスケアサービスの提供。
効率的で質の高いサービス提供体制の
確立、保険給付対象範囲の整理等によ
り、社会保障制度の持続可能性の確保
と、健康産業の活性化を図る。
公的医療保険でカバーされていない新たな治
療を患者がより迅速に受けられるように、新
たな保健医療制度を導入する。医療分野の研
究開発の司令塔機関を新たに創設した。
出典: Government of Japan.
@ OECD 2015
14
図 4. 日本の潜在成長率は 1990 年以降急速に低下した
1.
2.
2%の目標は 2009 年に決定され、以降の政権でも維持されている。
1990 年から 2014 年の間の実質 GDP 成長率の平均値。
出典: OECD Economic Outlook Database.
人口減に直面する中で労働力を維持する
日本再興戦略における主な改革のうちの2つ、つまり女性の労働参加及び登用の促進と
海外の優秀な人材を引きつけることは、労働力の減少を抑制するだろう。15 歳から 64 歳の生産
年齢人口はすでに年 100 万人以上減少しており、2030 年までに 17%、2050 年までに 40%近く減
少すると見込まれている。高齢者に対する生産年齢人口の比率は、2013 年の 2.5 から 2050 年に
は 1.3 にまで急減し、OECD 諸国の中で最低を維持すると見られている。日本はすでに労働力不
足に直面している。労働力人口の減少を緩和するため、男女平等の推進が必要である。男性の労
働参加率は 85%と女性よりも 20%ポイント高い水準にある。もし女性の労働参加率が 2030 年ま
で男性の労働参加率と同レベルに追いつけば、労働供給の減少は5%に留められ(図5)、労働
参加率に変化がなかった場合に比べ GDP は約 20%高まるだろう。2011 年の時点で、大卒率が 25
歳から 34 歳の男性 55%に対し、女性は 63%であることを考えると、男女間の不均衡は大きな機
会損失となっている。
図 5. 女性の雇用拡大は、迫りくる労働供給不足の回避に有用
推定労働人口規模、生産年齢人口(15-64 歳)
1.
男性の労働参加率は、2011 年から 2030 年の間一定であると想定。
出典: OECD (2014d).
@ OECD 2015
15
雇用における男女間格差は、出産後労働市場に残る女性が 38%に過ぎないという事実に
表れている。日本は子育てや学童保育に対する支出(対 GDP 比)がスウェーデンや英国の3分
の1に過ぎない(ただし、支出を増やすためには税もしくは社会保険料収入が必要)。母親が仕
事を行いやすくするため、日本再興戦略は保育所を 2018 年3月までに 40 万人分、2020 年3月
までに学童保育を 30 万人分増やすことにしている。子育て支援策の拡充により、2013 年に 1.4
に過ぎない合計特殊出生率が高まるかもしれない(D’Addio and Mira d’Ercole, 2005)。 その他にも、
以下の改革が求められる。i) 家計における二人目の稼得者の就業意思決定に中立となるように税
及び給付制度を改革すべきである、ⅱ) 長時間労働の文化を変え、ワーク・ライフ・バランスを
改善する必要がある(図6)。実際、日本の「より良い暮らし指標」によると、日本の ワー
ク・ライフ・バランスは OECD 諸国の中で最低水準にあり、これが日本の低出生率の原因とな
っている。
図 6. 日本の「より良い暮らし指標」はさまざまな側面で後れをとっている
出典: OECD (2014c).
さらに、男女間の賃金格差は賃金の中央値で 27%あり、OECD 諸国で3番目に大きく、
女性の就業意欲を削いでいる。女性の取締役は、ノルウェーの 36%、フランス、フィンランド
の約 30%、カナダやアメリカの約 20%に対し、日本は 2.1%に過ぎない。2014 年時点で女性は中
央政府の管理職の 3.3%に過ぎず、地方政府における管理職の7%より更に少ない。政府は 2020
年までに「指導的」な位置にある女性が3割を占めるという 2003 年の目標を達成しようとし、
上場企業に女性幹部の人数を開示するよう求めている。男女間の賃金格差は、労働市場の二極化
とも密接に関連している。男性の7割が正社員であるのに対し、女性の7割は相対的に低賃金の
非正規労働者であり、高い教育を受けた女性の機会を限定している。実際、生産年齢人口の女性
全体の就業率(63%)は OECD 諸国の平均(58%)よりも高いにもかかわらず、大卒女性の就業
率は 2013 年に OECD 諸国の中で3番目に低くなっている。
高齢者の就業率を高めることも、人口減の影響を緩和するだろう。多くの会社は、急勾
配の年功賃金プロファイルと正規職員を解雇する際のコストを反映して、依然、60 歳での定年
制を取っている。多くの定年退職者は非正規雇用者として再雇用されるが、2013 年に 55-59 歳
の就業率が 77%であるのに対し、65-69 歳の就業率は 39%に過ぎない。日本の長い寿命を考え
ると、60 歳での定年は適切ではない。さらに、定年年齢の引上げは、年金の支給開始年齢の引
上げを容易にし、公的年金の持続可能性を改善するだろう。政府は、企業が定年年齢を定める権
利をなくすべきであり、年齢ではなく能力に基づく、柔軟な雇用と賃金体系に移行すべきである。
@ OECD 2015
16
日本再興戦略は日本を『外国人労働者が活躍する社会へ』という目標を立てたが、数値
目標は立てられていない。外国人労働者は日本の労働力人口の2%以下にすぎず、ヨーロッパ諸
国平均の 10%、米国の 16%を大幅に下回っている。外国人労働者の純受入れは、2009 年の 76
000 人から 2013 年の 35 000 人(日本の人口の 0.03%)に減少している。 この中には、ポイント制
により日本に入国した高度人材も含まれる。しかし、この制度により日本への入国を認められた
人は約 1500 人にとどまっている。原則として、日本は単純労働者を受け入れないが、外国人技
能実習生(約 14 万人)は3年間日本に滞在できる。外国人労働者の大量受入れは社会的一体性
に課題を生じさせる可能性があるが、外国人労働者の活用拡大は労働力人口の減少傾向の緩和に
役立つだろう。また、社会的一体性への負荷は不均一な人口変化の影響によっても起きるだろう。
いくつかの主要な都市圏は人口が増えるだろうが、多くの地域や都市では、国全体よりも一層早
く高齢化、人口減少の影響を受けるだろう。政府は地方創生のための措置を行ってきている。
日本の世界経済への統合深化により、労働生産性を高めるべき
国際的な貿易、投資の障壁を自由化することは、国境をまたいだ技術移転の領域が広が
ることにより、競争を強化し、再編を促し、イノベーションを喚起する(Jaumotte and Pain, 2005)。
日本は 2002 年以降、15 の経済連携協定 (EPAs)を締結・署名してきたが、それらの協定は日本の
貿易の4分の1以下しかカバーできていない。日本再興戦略は、経済連携協定もしくは自由貿易
協定相手国との日本の貿易シェアを 2012 年の 19%から 2018 年までに 70%まで高めようとして
いる。そのためには、米国、中国、欧州連合等の主な貿易相手国との協定や環太平洋パートナー
シップ協定の締結が必要である。貿易協定のために構造調整が求められる分野の一つは農業であ
り、例えば米への関税のような農産品への国境措置を削減することが求められよう。こうした国
境措置は高水準の農業支援の一つとなっている。日本の生産者支持評価額(the Producer Support
Estimate)は 2011-2013 年に 54%と OECD 平均の3倍となっている。農業製品への消費者支出は
政府の政策がなかった場合の 1.8 倍となっている。
日本再興戦略は、10 年以内に農業・農村の所得倍増、2020 年までに輸出の倍増を目指
した『攻めの農林水産業』の展開を求めている(表 3)。主食用米の行政による生産数量目標の配
分を 2018 年度までに、米への直接支払交付金を 2018 年に廃止することを決めた。しかし、食料
自給率を高めるために水田利用を高めるため、加工用と飼料用の米、及び大麦、小麦といったそ
のほかの作物への補助金は増額された。このような手法は、供給を抑えることにより、米の価格
を高いままにするだろう。欧州連合の 32%に対し、日本における生産補助の約 90%は農産品を
特定した補助となっている (OECD, 2014a)。農家を市場の力から隔離する原因となる品目特定的
な補助をやめ、市場の需要に応じた生産の意思決定を農家が行えるようにすべきである (Jones
and Kimura, 2013)。
根本的な農業改革のためには、食料自給率ターゲットから、より競争的な国内農業セク
ター、輸入先の多様化、十分な緊急食糧備蓄、農業生産の基盤の適切な保存といった多面的なア
プローチに移行する必要がある。そのためには、生産性を高めるための農地の集積・集約化が必
要である。農地の集積・集約化は、2014 年に各都道府県に設立された農地中間管理機構により
促進されるだろう。しかし、既存の政策、例えば農家の退出意欲を削ぐ価格支持政策等により、
その効果は限定的であるだろう。農家の高齢化は大胆な政策に着手するよい機会である。2010
年に米生産農家の平均年齢は 68.5 歳となっており、56%が 70 歳以上である (図7) 。
貿易自由化は外国による直接投資も促進するだろう (Thangavelu and Findlay, 2011)。日本
の対内直接投資残高は、2008 年以降も対 GDP 比4%以下に留まっており、OECD 諸国で最低の
@ OECD 2015
17
ままである。日本再興戦略は、2003 年の5年で対内直接投資残高を倍増させる計画と同じく、
対内直接投資残高を 2012 年の 18 兆円から 2020 年に 35 兆円へと倍増させることを目指している。
外国企業は対内直接投資を阻害する主な要因として以下を特定している (Expert Group of the
Cabinet Office, 2014 and EBC, 2014)。
•
•
•
•
•
•
対内直接投資の主要な経路である、企業の合併・統合(M&As)の水準が低いこと。
法人税率が高いこと。
日本のコーポレートガバナンスの枠組みにおける明確性と説明責任の欠如。
規制環境が不明確なこと。
雇用、解雇に関する労働規則の柔軟性欠如とキャリアの途中での流動性の欠如。
外国人労働者の入国制限に関する規定。
図 7. 日本の農業従事者は高齢化:2010 年の米生産農家の年齢分布
出典: Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries, 2010 Census of Agriculture and Forestry.
イノベーションを促進し、労働生産性を高めるべき
日本は教育、研究開発(R&D)への支出を重点的に行っているが、こうした投資による
リターンを高める次のような改革が不可欠である。i) 競争を強化し、資源配分を改善する適切な
枠組を作ること、 ii) 科学と技術の体系をグレードアップすること、 iii) イノベーションを商品
化するとき重要な役割を果たす、ベンチャー・キャピタルに支援された企業の役割を拡充するこ
と、 iv) 中小企業を成長の源泉とすることである。グリーンな経済成長もまた成長と生産性にと
って有益である。
イノベーションのための枠組み条件
企業のイノベーションを高めるためには、適切な枠組み条件が必要である(OECD, 2010)。
日本の企業セクターは、他の先進国経済に比べ、より多くの現金を保有している(図8)。実際、
2012 年度には対 GDP 比 62%に達しており、長らく下方トレンドにある日本の低い総資産利益率
(ROA)に影響しているかもしれない(パネル B)。高水準の現金保有は総需要を抑制し、潜在成長
率を抑えてきた(Shinada, 2012)。 現金保有は以下の3つのいずれかにより減らすことができる。
つまり、投資を増やすか、配当を増やすか、賃金を高めるかである。投資やイノベーションを促
進するためには、企業のインセンティブを変える事業環境の変化が必要である。
@ OECD 2015
18
図 8. 企業セクターは多額の現金を保有し、総資産利益率(ROA)が下落している
1.
それぞれの国(地域)における現金及び(一部の)上場企業の市場で取引される証券。日本は、TOPIX500 指数、米国は、
S&P500 指数、欧州は、ブルームバーグ・ヨーロッパ 500 指数に該当する企業について集計。
出典: Bloomberg; OECD calculations; Ministry of Finance;
日本再興戦略における主な改革の第1であるコーポレートガバナンスの強化は、こうし
た課題への取組として有益だろう。株式持合いの漸次の解消により、ガバナンスを改善し、企業
のイノベーション、現金保有から投資への圧力を高めることにつながるだろう。在日の外国企業
によると、日本のガバナンス構造は世界標準から遅れている(EBC, 2014)。 国際比較調査による
と、よいガバナンスは企業の現金保有を減らすとしている (Aoyagi and Ganelli, 2014)。 日本は
2014 年に導入されたスチュワードシップ・コードを始め、コーポレートガバナンス改革を段階
的に進めてきた。導入予定のコーポレートガバナンス・コードにより、現在見直しが行われてい
る OECD コーポレートガバナンス原則(the OECD Principles of Corporate Governance)に沿ったベ
ストプラクティスの導入機会となろう。特に、日本のコーポレートガバナンス・コード案は企業
に最低2人の社外取締役を求めている。社外取締役の独立性確保がきわめて重要である。
もうひとつの優先事項は製品市場規制(Product Market Regulation)の緩和である。先行研
究によると製品市場規制とマクロの生産性との間には有意な関係がある (Bouis et al., 2011)。より
制限的でない製品市場規制により、以下のことが促進される。i) イノベーションに対する民間投
資、ii) 国内、海外双方からの効果的な知識の伝播 (Westmore, 2013)、iii) 経営実績の改善、iv) 新
規企業の参入である。日本再興戦略に基づき作られた 2013 年の産業競争力強化法は、過剰規制
が競争を限定している主要なゆがみであるとし、『規制改革の推進』を誓っている。 OECD の
2013 年製品市場規制指標(PMR index)によると、日本の規制は OECD 平均よりも緩和されてい
るが、最も優れた国には遅れをとっている (Koske et al., 2015)。特定のセクター、特定の地域で
改革を進めるため、政府は「国家戦略特区」を立ち上げた。この効果は、改革を全国に広げるこ
とで高められよう。最後に、競争政策は、独占禁止法の適用除外を減らし、行政制裁金を高める
ことで改良すべきある。
イノベーションに必要なのは、企業内外、産業内外での労働の再配置が継続されること
である。雇用保護は労働移動に大きな影響を与え、革新的な企業が人材を引きつける能力を阻害
することで生産性を低下させる(Martin and Scarpetta, 2012)。さらに、雇用保護は研究開発支出を
低下させる(Andrews and Criscuolo, 2013)。日本再興戦略は、 日本は『行き過ぎた雇用維持型の政
策から個人が円滑に転職等を行える労働移動支援型の政策』に転換すると述べている。企業は、
@ OECD 2015
19
雇用の柔軟性強化や、強い労働保護下にある正規雇用者を解雇するコストを避けるため、非正規
労働者(有期雇用者と、例えば民間の雇用仲介者から派遣される派遣労働者を含む)の雇用を
1985 年の 16%から 2014 年には 37%に増やしてきた。実際、売上げが不安定な企業であるほど、
非正規雇用者の割合が高いとされている (Matsuura et al., 2011)。 しかし、非正規労働者への依存
は、非正規労働者が企業による訓練を受けることがより少ないため、成長、平等にマイナスの結
果をもたらしている(以下参照)。
科学技術システムの機能を高めるべき
日本の研究開発投資の対 GDP 比は 2012 年に 3.4%と OECD 諸国で5番目に高い。さら
に、全要素生産性(TFP)成長に最も影響のある(Westmore, 2013)企業の研究開発投資 が、日本
は特に高い。それにもかかわらず、日本の全要素生産性成長率は、近年、OECD 諸国をかなり下
回っており、日本の研究開発投資への投資リターンが低いことを示唆している。ひとつの問題は
理工系の技能労働者が不足していることである。2007 年まで、国全体の平均が 1.5 であるのに対
し、理工系出身に対しては卒業生一人に対し 4.5 の求職があった。
さらに、大学の質を高め、企業との連携を強め、イノベーションにおける国際的連携を
拡充することが重要である。日本の大学で世界のトップ 500 に位置する大学数(対 GDP 比)は
2014 年に OECD の中位よりずいぶん下に位置しており、質の改善余地があることを示している
(図9)。質を改善する上で重要なのは、大学の国際化推進と競争強化である。日本の大学での留
学生の割合は、2012 年に、OECD 平均8%の半分である4%にとどまっており、外国大学の日本
キャンパスは、1990 年初頭の約 40 校から、現在5校に減少した。競争力強化のためには、高等
教育の質についての透明性を高めることと、大学の業績に連動した公的な資金提供のシェアを引
き上げることにより、最も競争力のない機関の再編・閉鎖を通じた強化を図ることが必要である
(Jones, 2011)。2014 年の大学改革の計画によると 、大学は3つの分類に区分けされる。22 の最
上位の分類に位置する大学は、世界の最上位の高等教育機関と競争していくことが期待されてい
る。
図 9. 日本は、国としての科学、イノベーション・システムで遅れている分野がある (2014)
1. 標準化された相対的なパフォーマンス指数で、OECD 諸国の中央値を 100 とした。もっともパフォーマンスが良い国を 200、最も
悪い国を0としている。「トップ 500 大学数」が OECD 諸国で5番目に位置する国は、OECD 諸国の中位に位置する国の 100 に対し
137 となり、下から5番目の国は5となっている。日本は 43 となっており、その間の範囲に位置している。
出典: OECD (2014e).
@ OECD 2015
20
大学の質を高めることにより、大学のイノベーションへの貢献をより大きくすることが
できるだろう。2013 年には企業出資の研究開発の 0.5%しか大学で行われておらず、大学と企業
の連携の弱さを示唆している (表4) 。さらに、大学で行われている研究の 2.6%しか、企業によ
る出資を受けていない。大学での研究開発投資は、2000 年から 2011 年の間、ドイツや米国では
実質でみて 50%以上増えているのに対し、日本では 12%しか増えていない。新たなイノベーシ
ョン・ナショナルシステム(甘利プラン)の下で、政府系研究機関は企業と学界と政府の間の橋
渡しの役割を担うとされている。研究者が大学、政府系研究機関、企業それぞれと雇用契約を結
ぶ制度を活用することにより、労働移動は容易となるだろう。
さらに、日本は世界のイノベーション・ネットワークと一体化していく必要がある。
2013 年に日本で行われた研究開発投資の 0.5%しか海外からの出資で成り立っているものはなく
(表 4) 、この比率は OECD 諸国の中で最も低い水準となっており、また日本で働く外国人科学
者の割合も最も低い水準にある (Franzoni et al., 2012) 。これにより、学術的論文の国際的な共著
や国際的な共同特許の水準が OECD 諸国の中で最低水準となっている(図9)。
表 4. 2013 年の研究開発資金の流れ
A. 研究開発資金の流れ
研究開発資金の実施主体
資金の出し手
研究開発支出の割
合
1
政府
大学
企業
海外からの資金
政府
18.1
5.9
75.5
0.5
大学
54.4
0.6
0.6
9.6
40.2
99.3
0.5
1.6
企業
合計
5.4
0.1
98.9
88.8
100.0
100.0
100.0
100.0
B. 研究開発の実施セクター
研究開発の資金の出し手
研究開発資金の実施主体
政府
大学
企業
1
研究開発実施
の割合
10.4
13.5
76.1
政府
大学
企業
海外からの
資金
合計
94.5
54.1
1.3
0.3
43.2
0.0
4.7
2.6
98.1
0.5
0.1
0.6
100.0
100.0
100.0
1.
民間の非営利組織を含む。
出典: OECD R&D Statistics Database.
ベンチャー・キャピタルに支援された事業の役割拡大
創業したての会社は、経済成長とイノベーションに重要な役割を果たしている。OECD
諸国において、設立から5年未満の会社は、その規模にかかわらず、非金融業の雇用に占める割
合は5分の1以下だが、新規雇用の半分を生み出している (OECD, 2013b) 。 日本再興戦略は、
企業の開・廃業率を 2004-09 年平均の 4.5%から、米国の 10%に引き上げるとしている。企業の
誕生率が低いことを考えると、日本は年老いた会社が多いと考えられる。日本では4分の3の小
企業が創業から 10 年以上経っているが、大半の OECD 諸国では半分以下である (図 10) 。
ベンチャー・キャピタルの支援を受けている企業は、イノベーションの推進にとって重
要であるが、日本では比較的小さな役割しか果たしていない。2006-09 年の間急減したベンチ
ャー・キャピタル投資は戻ってきているが、以前のピークを依然下回っている。さらに、その水
@ OECD 2015
21
準(対 GDP 比 0.02%)は OECD の中位をやや下回り、イスラエル、米国、カナダをはじめとする
国々に比べずっと後れをとっている (図 11)。ベンチャー・キャピタルの役割を拡大するため、
以下のような政策が必要である。i) 学校で起業家教育を実施することで、起業家精神を奨励する
こと、ii) 失敗による社会的烙印を軽減し、二度目の機会を奨励すること、iii) 日本のベンチャ
ー・キャピタル投資の現在約3分の1の割合を占めるベンチャー・キャピタル企業とビジネス・
エンジェルの役割を向上させること、iv) より活発な M&A 市場を推進し、投資家が利益を実現
できるようにすることで、ベンチャー・キャピタル投資を奨励すること。
図 10. 日本の小企業は相対的に古い企業
2001-11 年の小企業(雇用者数 50 人以下)の年数別シェア
出典: Criscuolo et al. (2014).
図 11. 日本のベンチャー・キャピタル投資(対 GDP 比)はかなり少ない
2013 年、もしくは利用可能な最新年
出典: OECD (2014b).
中小企業を成長の源泉にする
2012 年に登記された企業の 99.7%を占める中小企業は、雇用の 74% 、付加価値の 50%
以上を占めており (SMEA, 2014) 、イノベーションでも、より重要な役割を果たしていく必要が
ある。 しかし長年、中小企業は、低生産性、低収益性、高い借入比率に苦しんでいる。実際、
中小企業の純利益率は、大企業のそれが 6.2%であるのに対し、1.5%にとどまっており、2012 年
@ OECD 2015
22
度に黒字を計上した企業は3分の1以下である(Lam and Shin, 2012)。中小企業の4分の3以上が
サービス産業であることを考えると、中小企業の問題はサービス産業の弱さと関連している。サ
ービス産業は付加価値ベースで日本の輸出のほぼ 40%を占めており、サービス産業の効率性は
極めて重要である(OECD, 2014f)。
中小企業は、相当な政府支援を受けている。政府は、中小企業融資の約 10%、政府保証
も入れると 20%を提供し、その割合は他の OECD 諸国よりもずっと高い。しかし、中小企業へ
の大きな公的支援には、マイナスの副作用がある。第1に、市場ベースの融資の発展を阻害して
いる。第2に、寛容な政府保証が再編を遅らせ、生き残れない会社、いわゆる「ゾンビ」企業を
温存する(Caballero et al., 2008)。2008-09 年と 2011 年に日本経済は急速に縮小したが、危機以降、
倒産件数は低下し、2014 年は 2007 年よりも3分の1少ない水準にある (図 12) 。実際、倒産件
数は、1990 年以来はじめて1万件を下回った。それに対し、OECD 諸国では、2007-12 年の間に
企業の倒産件数は平均 66%増えている(パネル B)。第3に、政府の金融支援が、中小企業の業績
を改善したという証拠はほとんど見られない(Ono and Uesugi, 2014)。第4に、中小企業は大きく
なることにより政府からの支援を失うため、大きくなる意欲をそがれている。実際、最も規模の
大きい企業(時価総額で見て)のうち 1960 年代以降に設立された企業の割合は、米国の4分の
3に対し、日本は5分の1に過ぎない(Shirakawa, 2013)。
図 12. 2008 年以降、2度の危機にもかかわらず、日本の企業倒産数は減少
出典: OECD (2014b); OECD Economic Outlook Database.
政府支援は縮小されるべきであり、政府保証は限られた期間若い会社に焦点を当てて行
われるべきだ。金融監督者は、金融機関が中小企業への定期的な与信審査を行うにあたって求め
られる基準を強めるべきであり、検査結果を公表し、生き残れない企業の再編計画を準備すべき
だ。中小企業への貸出条件緩和を銀行に迫るのを縮小すべきだ。さらには、市場に基盤を置いた
中小企業金融を発展させるべきだ。
グリーンな経済成長を促進し、電力部門の改革を行うべき
2011 年の原発事故により、日本にあった残りの 48 の原子力発電所は運転を停止した。
火力発電への依存の高まりにより、日本のエネルギー構成(energy mix)における炭素強度(Carbon
intensity)は急上昇した (図 13)。 1990 年の水準から温室効果ガスを 25%削減するという 2009 年の
目標は、2013 年に見直された。新たな目標では、2005 年の水準から 3.8%の排出削減、つまり上
@ OECD 2015
23
昇を 1990 年の水準から 3%までに留めることを目標としている。 目標がどのようなものであれ、
排出量取引制度を導入するもしくは炭素税を課すことにより、炭素への価格付けを行うことで、
効率的に目標を達成することが重要である(2013 OECD Economic Survey of Japan)。
図 13. エネルギー構成における炭素強度(Carbon intensity)
エネルギー部門炭素強度指数(ESCII), 1990 = 100
1
1. IEA のエネルギー部門炭素強度指数 (ESCII) は、エネルギー供給(総 1 次エネルギー供給)1 単位ごとの二酸化炭素排出トン数。
出典: IEA (2014).
日本の 2014 年のエネルギー基本計画では、原子力発電は、重要かつ低炭素のベースロ
ード電源としている。しかし、原子力発電への依存は、節電と再生可能エネルギーの拡充により
まかなえる範囲で減らしていく予定である。今回の原発事故は規制の不備がもたらしたとして、
政府は、原子力発電所が新たな規制基準に合致しているかを注意深く審査する新たな規制機関で
ある、原子力規制委員会を設立した (Jones and Kim, 2013)。事故以降、再生可能エネルギーの推
進がこれまでになく重要となったが、再生可能エネルギーは OECD 諸国平均では電力の 21%を
占めるのに対し、日本では 12%にとどまっている。コスト効率を高めながら、再生可能エネル
ギーの役割を拡大すれば、グリーン成長の促進につながるだろう。2012 年に導入された固定価
格買取制度は、再生可能エネルギーの設備容量を 70%拡大した。それと同時に、高価格での長
期にわたる固定契約により、いくつかの OECD 諸国で見られたのと同様に、再生可能エネルギ
ーは家計や政府に深刻な経済的負担を生み出すリスク抱えることになった。
再生可能エネルギーの利用は、電力セクターの構造、つまり 10 の垂直統合された地域
独占体に支配され、相互接続の設備が不十分で市場メカニズムが弱いという構造により、限定さ
れている。政府は、2020 年までに発電、送電、配電の「法的」もしくは「経営」の分離を導入
するなど、発電部門と小売市場の競争を拡充する改革を始めている。しかし、発送電間で相互支
援を行う誘引を完全に取り払うためには、所有の分離を求めるほうがよい。政府は地域独占を打
破し、競争的かつ全国的な電力市場を作るべきである。
@ OECD 2015
24
大胆な構造改革により経済成長を高めるための主な提言
•
労働力の減少傾向を遅らせる。

保育の拡充、家計における二人目の稼得者の労働参加インセンティブを阻害する税・社会保障制度
の見直し、男女間の格差につながる労働市場の二極化を是正することにより、女性の労働参加を増
やす。

外国人労働者の活用を拡充する。
•
TPP(環太平洋パートナーシップ協定)、日 EU 経済連携協定をはじめとするハイレベルな貿易協定に
参加する。
•
生産性を高めるため、ビジネス環境を改善する。

コーポレートガバナンスを高度化する。

労働市場の柔軟性、流動性を強化する。

再チャレンジの機会の確保や起業家教育により、起業環境を改善する。

新規開業とイノベーションの促進するため、ベンチャー・キャピタル投資を再興する。

再生可能な企業の事業再編を支援し、存続不可能な企業の退出を促すためにも政府による中小企業
への支援を削減する。

品目特定的な生産者補助の削減、農地集積・集約化の加速化、農協改革等を通じ、市場ベースの農
業へ移行する。
政府債務残高の縮減: 機動的な財政政策(第2の矢)
22 年連続の財政赤字により、政府総債務残高は、OECD 諸国の中で圧倒的に高く、2014
年に対 GDP 比 226%にまで高まっている (図 14) 。政府資産を考慮した、ネットの債務残高でみ
ても、最も高い対 GDP 比 129%となっている (パネル B)。これまでのところ、このような高い公
的債務残高の利払い費への影響は、非常に低い金利によって緩和されてきた。実際、政府債務へ
の実効金利は、OECD 諸国の中で最も低く 0.9%にとどまっており、純金利支払いは OECD 平均
の対 GDP 比 1.6%より低い 1.0%となっている (パネル C)。低金利は、すでに残高の4分の1近く
を保有する日本銀行による国債購入の影響もある。2013 年に導入された量的・質的金融緩和
(以下参照)は、10 年債の金利を約 40 ベーシス・ポイントにまで押し下げている。さらに、継
続的なデフレと投資家のリスク回避と『ホーム・バイアス』が低金利に寄与してきた。その上、
日本の巨額の対外純資産残高は、公的債務負担能力への信頼維持に役立っている。政府債務の約
90%は国内で保有され、政府の対外債務残高は米国の 6.6 兆ドル、欧州の 4.2 兆ドルに対し、日
本(日本銀行を含む)は 2014 年半ばに 1 兆ドルを下回っている。
日本の継続的な赤字は、増加する公的社会支出と歳入不足をもたらす慢性的に弱い名目
成長率が原因の構造的問題である。公的社会支出は 1990 年の対 GDP 比 12%から 2013 年の 24%
に倍増し、一般政府の歳出の約半分を占めている。しかし、2012 年の政府の歳入全体は対 GDP
の3分の1と 1990 年の水準から変化していない。2009 年以降、中央政府の税収は増えてはいる
ものの、依然、支出の約半分しかまかなえていない (図 15) 。
@ OECD 2015
25
図 14. 日本の政府債務残高は OECD 諸国で最も高いが、利子負担は低い
一般政府ベース、対 GDP 比、2014 年
出
典: OECD Economic Outlook Database.
しかし、政府の大きな赤字を、日本人の貯蓄によりいつまでも低金利でまかない続ける
ことはできないだろうし、日本は金利上昇に脆弱なままとなってしまう。2014 年現在、0.9%の
政府の実効借入金利が、例えば3%に正常化すれば、2013 年の対 GDP 比 8.5%の財政収支赤字は
約 13%の赤字となってしまう。このような財政的帰結に加え、国債の約3分の1を保有する銀
行も、債券価格の下落により安定性を損なうだろう(Jones and Urasawa, 2013)。
2013 年に政府は中期財政計画を策定したが、その目標は 2010 年の財政戦略に概ね沿っ
たものである。i) 国、地方政府の基礎的財政赤字を 2010 年度の対 GDP 比 6.6%から、2015 年度
に 3.3%まで半減すること、ii) 2020 年度までに基礎的財政黒字を達成すること、iii) それ以降、
債務残高対 GDP 比率を低下傾向にすることである。しかし、2010-14 年の間、米国(7パーセン
テージ・ポイント)やユーロ圏(3パーセンテージ・ポイント)で大きな財政赤字削減が見られ
たのに対し、日本では一般政府ベースで対 GDP 比7%程度の赤字のままでほとんど進展がみら
れなかった。東日本大震災以降、対 GDP 比5%の復興費が財政健全化を遅らせた。さらに、第
2の矢の「機動的な」アプローチとして、2013 年には 10.3 兆円 (対 GDP 比 2.2%) 、2014 年初頭
に 5.5 兆円の財政刺激策が放たれている。
@ OECD 2015
26
図 15. 政府の歳入と歳入の隔たりは非常に大きいまま
中央政府の一般会計、対 GDP 比
1.
1
1975-2012 年度までは決算ベース、2013 年度は補正後ベース、2014 年度、2015 年度は当初予算ベース。震災関連支出、復興債
は 2011-15 年度の値から除かれている。
出典: Ministry of Finance; OECD calculations.
2014 年 4 月の消費税率引上げと 2015 年の 10%への 2 回目の引上げ予定により財政健全
化は前進した。消費税率の倍増により 14 兆円 (対 GDP 比 2.7%) の税収が生み出され、そのうち
の5分の1が、子育て、年金、医療の充実に使われる予定だった。残りは現存の社会保険支出に
充てられ、赤字削減にも寄与するはずだった。しかし、2度目の税率引上げの延期により、予定
されていた年金、介護の充実は延期された。2015 年度当初予算では9%の税収増と7%の税外収
入増を見込んでいるが、その予算案によると 2015 年度の基礎的財政収支赤字の目標は達成され
る。
しかし、2015 年 2 月の政府の試算によると、日本は、2020 年度までに、国、地方政府
の基礎的財政収支を黒字化するという目標からは程遠い状況にある。試算によれば、2017 年の
税率引上げと 2013 年度から 22 年度までの間、名目成長率が平均 3.1%であるとしても、2020 年
度の国・地方ベースで2%近い基礎的財政収支赤字になる。OECD は、公的債務残高の動きを決
める重要な指標である一般政府ベースの基礎的財政収支赤字を、2016 年に対 GDP 比約5%と見
ている。これは、基礎的財政収支黒字を達成するためには、2016 年度から 20 年度に毎年1%の
財政健全化が必要なことを意味している。
OECD のシミュレーション結果からは、さらなる財政赤字の削減策なしには、名目
GDP 成長率が 2¾%であると見込んだとしても、2040 年に対 GDP 比 400%以上にまで政府債務残
高比率は着実に上昇するだろう (図 16) 。対 GDP 比7%の財政健全化策(消費税率を8%からユー
ロ圏の平均の 22%に高めるのと同等)を、異なる実質成長率と物価上昇率のシナリオ下でシミュ
レーションした結果によると、
•
もし実質 GDP 成長率が年約1%、物価上昇率が年約½ %の場合 (図 16 シナリオ1)、
2040 年の政府債務残高対 GDP 比は 200% を超える水準にとどまるだろう。
•
物価上昇率が2%の目標に達する一方、第3の矢が実質 GDP 成長率を2%に高めること
ができれば、2040 年には債務残高対 GDP 比は 100%近くまで低下するだろう(シナリオ
@ OECD 2015
27
2)。 財政健全化により、ベースラインよりも金利上昇はずっと低くなるため、債務残高
はより低い軌跡をたどることになる。
まとめると、より高い実質経済成長と物価上昇を通じたより高い名目成長の実現は、政府債務削
減に不可欠である。
図 16. 政府総債務残高対 GDP 比のシミュレーション
1. ベースラインは、財政健全化が行われない場合であり、名目 GDP 成長率が約 2¾% (実質 GDP 成長率が1%、物価上昇率が 1¾%)
の場合。この場合、モデルは長期金利が約 0.25%から 2040 年には7%に上昇する。他の2つのシナリオにおいては、いずれも 201726 年の間の 10 年間に対 GDP 比7%の財政健全化が仮定されており、違いは 2015-40 年の間の平均的な経済成長率と、それによる異
なる利子率の水準である。
•
シナリオ1: 名目経済成長率 1½ % (実質経済成長率1% 、物価上昇率½ %)。
•
シナリオ2: 名目経済成長率4% (実質経済成長率2% 、物価上昇率2%)。
出典: OECD Economic Outlook database; OECD calculations.
詳細かつ信頼の置ける中期の財政戦略が必要
財政計画は適切な目標に基づいている必要がある。基礎的財政収支の均衡近辺では、債
務残高比率の安定化をもたらす見込みはなく、ましてや低下トレンドにもって行くことはない。
むしろ、2023 年度に名目金利が名目 GDP 成長率よりも 1.3 パーセンテージ・ポイント高いとし
た政府の予測によれば、一般政府ベースで対 GDP 比3%程度の基礎的財政収支黒字が必要だろ
う。その差は、1980 年以来の平均的な差である 1½ パーセンテージ・ポイントとも近い(2013
OECD Economic Survey of Japan)。2014 年の予測値である対 GDP 比7%近い基礎的財政赤字を考
えると、債務残高比率を安定化させるには、対 GDP 比約 10%の財政健全化が必要であることを
意味する。強い制度的枠組みは、長期にわたる健全化の間、日本の財政の持続性に関する信頼維
持に役立つであろう。多くの OECD 諸国において、独立財政委員会の設立は、問題の緊急性を
明確化し、財政健全化に関する国民のコンセンサス作りを強化して、財政政策立案の改善に役立
ってきた (OECD, 2012)。この点では、総理大臣が議長を務め、5人の大臣、日本銀行総裁、2
人の学識経験者と2人のビジネスリーダーからなる経済財政諮問会議の役割が高まることが期待
されうる。
差し迫った課題は、いかなる長期金利の上昇をも未然に防ぐ、もしくは少なくとも限定
したものにする詳細かつ信頼のおける財政戦略に着手することである。そうした戦略は次のよう
な点を考慮する必要がある。
•
日本の政府歳入は、OECD 諸国の中で6番目に少なく、OECD 平均の対 GDP 比 43%より
もずっと低い。これは歳入増加の余地があることを示唆している。
@ OECD 2015
28
•
社会保障支出を除く日本の歳出は、OECD 諸国の中で9番目に低い。これは、公共投資
の予期された減少以上の大きな歳出抑制の余地が限られていることを示唆している。
•
継続する高齢化により、公的社会支出に更なる増加圧力がかかりそうである(図 17)。
図 17. 公的社会支出は、高齢化に伴い急上昇してきている
出典: National Institute of Population and Social Security Research (2014); Ministry of Health, Labour and Welfare (2012a).
財政健全化や規制改革の際は、それらの、収入格差や、2012 年に日本が OECD 諸国の
中で6番目に高い数値となった相対的貧困への影響を考慮する必要がある(図 18)。生産年齢人
口に対する税及び社会保障制度の再分配効果は、次の2つの要因により OECD 平均よりも弱い
(図 19)。i) 公的社会支出全体は対 GDP 比 23%と OECD 平均の 21%よりも高いが、生産年齢人口
への支出は OECD 平均の6%に対し、日本は3%にとどまっている、ii) 日本では、税の楔は、子
供のいる低所得家計において高く、また所得分布を通じて比較的フラットである。1980 年代半
ば以降、最も低い所得階層が実質収入の絶対額で減少した国は、OECD 諸国の中で日本しかない
(OECD, 2011a) 。さらに、すべての勤労者世帯とすべての子供のいる世帯の貧困率が、税及び社
会保障制度を考慮した後高まる国は OECD 諸国で日本しかない(2013 OECD Economic Survey of
Japan)。
1
図 18. 日本は高い貧困率に直面している
2
相対的貧困率、2012 年もしくは利用可能な最新年
相対的貧困率は、家族数の平方根をとった値で家計可処分所得を割った額である「等価可処分所得」の中央値の半分に満たな
い人々が総人口に占める割合である。
2.
日本のデータは、日本が OECD に提出した国民生活基礎調査の値。もう一つの調査である全国消費実態調査によると、相対的
貧困率は 10.1%とずっと低い。
出典: OECD Income Distribution and Poverty Database; Ministry of Health, Labour and Welfare, Comprehensive Survey of Living
Conditions.
1.
@ OECD 2015
29
図 19. 日本における税及び移転の所得格差や貧困に与える影響は弱い
生産年齢人口、 2012 年もしくは利用可能な最新年
1.
2.
ジニ係数は所得格差を測る指標であり0(すべての者が同じ所得、完全平等)から1(1 人の者がすべての所得を有する)の
間を取る。
相対的貧困率は、等価可処分所得の中央値の半分に満たない所得しか得ていない人の総人口に占める割合。
出典: OECD Income Distribution and Poverty Database.
歳入をもっと増やすべき
十分な歳入増加のためには、複数の異なる税目から収入を増やす措置が必要だろう。し
かも、実体経済への影響を緩和するためには、ある特定年に大きく増税することを避けて着実に
引上げることが望ましいだろう。
追加的な歳入のため、付加価値税である消費税を用いることは多くの利点がある。付加
価値税は、雇用や投資へのゆがみをもたらしにくいため、労働や資本への課税より経済成長に害
を及ぼしにくく、また比較的安定した税収源である (Arnold et al., 2011)。さらに、若い世代から
大きな純移転を受けている高齢者を含め、人々に広く負担が及ぶ。2017 年に予定される消費税
率 10%になっても、日本の消費税率は依然 OECD 諸国の中で3番目に低く、OECD 平均の 19%
の半分に過ぎない。消費税率が高まることによる公平性への含意にはより効率的な政策により対
処し、単一税率を維持することが重要である。実際、食料やエネルギー製品のような品目への軽
減税率は、高所得家計に最も恩恵をもたらし、低所得家計への支援策として劣った手段である
(OECD, 2014g)。複数税率の国は、その標準税率から想定されるより税収が低く、さらに高い標
準税率が必要になる。さらに、複数税率には、行政コスト、法遵守のコストが高い、不正の機会
を与えてしまう、消費選択にゆがみをもたらす、といった意味がある。
相対的に狭い所得税の課税ベースを広げる余地もある。実際、例えば、現行では人的控
除のような所得控除を適用され、個人所得の半分以下しか課税されていない。さらには、雇用者
と自営業者のより公平な取扱を保証するため、大きな給与所得控除が認められている。自営業者
の所得補足の改善は所得税の課税ベース拡大に必要であるが、2016 年に予定されている納税者
番号制度の効果的な導入が必要である。課税ベースを広げることにより、所得分配への影響を高
めつつ、2012 年に対 GDP 比 5.3%の個人所得税収を OECD 平均の 8.6%にまで拡大することも可
@ OECD 2015
30
能となろう。さらには、日本ではかなり税率が低い環境税は、よい歳入源になり得るし、環境問
題への取組みとして有益であると同時に、グリーン成長を推進するだろう(図6)。
国・地方合わせた法人実効税率は、2014 年に 35%以下に下げられた後でも OECD 諸国
で2番目に高い。課税ベースを広げつつ法人実効税率を下げることにより、対内直接投資を促進
し、税収を失うことなく経済活動を刺激することができよう。日本再興戦略における主な改革の
一つは、国・地方合わせた法人実効税率を今後数年間で 30%以下にし、OECD 諸国平均の 25%
に近づけることである(表3)。税率引下げは、とりわけ課税ベースを拡大することにより、税収
中立であることが重要である。 特に、法人税を支払う企業の割合を 2012 年度の 30%から高める
べきである。
公的社会支出の増加を抑制すべき
年金、医療、介護という、主に高齢者向け支出が、公的社会支出の 80%以上を占めてい
る。2004 年の年金改革は、「マクロ経済スライド」、つまり年金給付を拠出者数と寿命に応じ
て調整する仕組みを導入した。これにより、年金支出は 2012 年度に対 GDP 比 11.4%から 2025
年度に 9.9%に低下すると見込まれている。しかし、この改革により年金の所得代替率は低下するだ
ろう。低成長の場合は、50%を下回ることもありうるとされている(これは法律で認められてい
ない)。年金制度の持続可能性を確保するため、更なる改革が必要である。更なる給付削減は避
けられるべきである。また、拠出率は 2017 年度に 18.3%になる予定だが、更に拠出率を高める
のは就労意欲を弱めるリスクがある。
したがって、更なる改革として最もよい選択肢は、高齢者の労働参加率を高めることに
より年金財政を改善する、年金支給開始年齢の引上げである(Sutherland et al., 2012)。年金支給開
始年齢は現在、基礎年金が男性 65 歳、女性 63 歳、厚生年金が男性 61 歳、女性 60 歳となってい
る。(厚生年金も)男性が 2025 年、女性が 2030 年までに 65 歳に引き上げられるものの、83.4
歳という平均寿命と比べると、支給開始年齢はかなり低いままである。支給開始年齢の 65 歳へ
の引上げを加速し、さらに高めること、寿命と連動させて引上げることにより、年金制度の持続
可能性は高まるだろうし、世代間の平等が改善するだろう。政府の試算によると、2035 年に支
給開始年齢を 70 歳まで引き上げることにより、ほぼ 20%ポイント、所得代替率を高めることが
でき、節約の余地が出てくる(MHLW, 2014a)。
年金とは対照的に、医療支出は対 GDP 比で増加を続けると見られる。2000-12 年にわた
って、医療費は年 2.2%増加した。医療費対 GDP 比は 7.6%から 10.3%となり、OECD 平均の
9.3%を超えている。増加要因は、高齢化と一人当たり費用の増加の影響がほぼ半分半分である。
医療の類型から見ると、薬への支出と入院医療費により高められている。薬への支出を抑制する
ためには、処方箋枚数を減らすことと、他国に遅れているジェネリック医薬品の使用を拡大する
必要がある。
最優先事項は、現在、OECD 平均のほぼ4倍の 31.2 日である平均在院日数を短くするこ
とである(表5)。入院期間の長さは、長期療養と関係している。急性期の患者の平均在院日数は
17.5 日とずいぶん短くなる。医療従事者や設備が必要なことにより、急性期ケアのコストのほう
が高いことを考えると、急性期ケアが必要ない人を、在宅ケアや介護施設に移すことで、コスト
は大きく減らすことができるだろう。高齢者人口に対し、OECD 平均の半分しかない介護施設の
病床への転換を図ることにより、十分な介護を保証することにも役立つだろう。2000-12 年の間、
介護を受ける人は年8%増えており、今後もさらに増えると見込まれる。
@ OECD 2015
31
表 5. 医療の国際比較は、日本に節約の余地があることを示している
2012 年もしくは利用可能な最新年
日本
OECD
平均
最も高
い国
最も低
い国
1.
2.
3.
4.
平 均 在
院日数 1
急性期病床の
平均在院日数 1
病院病床数 2
急性期病
床数 2,3
長期療養
病床数 2,3,4
介護施設にお
ける病床数 2,4
一人当たりの年間
外来受診数
31.2
17.5
13.4
7.9
2.7 (11.1)
6.0 (25.0)
13.0
8.4
7.4
4.8
3.3
0.6 (3.8)
7.7 (48.5)
6.7
31.2
17.5
13.4
7.9
3.2 (27.4)
13.5 (72.2)
14.3
3.9
3.9
1.6
1.5
0.0 (0.0)
2.4 (17.7)
2.7
単位、日。
人口 1000 人当たりの病床数。
病院における病床数。
括弧内は 65 歳以上人口 1000 人当たりの病床数。
出典: OECD Health Database.
最後に、急性期治療を受けている患者の在院日数も、OECD 諸国で最長となっており
(表 5)、診療ごとの個別払いから包括払いに移行するとともに、高齢者の自己負担を高めること
により、在院日数を減らす必要がある (2013 OECD Economic Survey of Japan)。これは、OECD 平
均の2倍となっている外来診療の受診数を減らすことにも役立つだろう。
対象をうまく絞った社会支出は、包括的な成長を推進する上で重要である。主な優先事
項は、勤労所得税額控除の導入である。勤労所得税額控除は就労を促進するとともに、低所得者
支援に有効であるが、比較的所得分布が広く、所得税が低く、非勤労者への給付が少ない日本の
ような国ではとりわけ有効である(2013 OECD Economic Survey of Japan)。特に、勤労所得控除は
消費税引上げのもたらす逆進的な影響を緩和するのに役立つだろう。勤労所得税額控除は、失業
者が仕事を見つけ、勤労所得税額控除を受けられるようにする効果的な積極的労働市場政策と、
所得の透明性を高める政策、とりわけ自営業者の所得の透明性を高める政策とともに実施される
べきである。
労働市場の二極化は、政府によると日本の所得格差拡大の主な原因となっており、これ
を打破することは重要である(Ministry of Health, Labour and Welfare, 2012b)。職業と教育水準の調
整をした後でも、フルタイム労働者とパートタイム労働者の所得格差は、男性で 45%、女性で
31%ある。世帯主が 45-49 歳層の正社員である場合の家計収入は、非正規労働者が世帯主である
場合の4倍以上となっている (図 20) 。非正規雇用者の所得の低さは、結婚を思いとどまらせて
おり、出生率を低下させている。労働市場の二極化は、他にもさまざまなマイナス効果がある
(2013 OECD Economic Survey of Japan)。
•
•
•
企業による訓練が少ない: 非正規雇用者に対する体系だった実地訓練を行う企業は4分の
1程度しかなく、正社員の場合の半分以下である。
社会的セーフティ・ネットの対象から外れている: 不安定な職業にあるにもかかわらず、
雇用保険の対象から外れている非正規雇用者は約3分の1となっている(Ministry of Health,
Labour and Welfare, 2011).
正規雇用と非正規雇用の間の労働移動が限定的: 非正規雇用は正規雇用への足がかりとな
っていない。研究結果によると、非正規労働者として職業人生を始めた人は、キャリア
の安定、収入、結婚といった点で、残りの人生で成功しにくい。
@ OECD 2015
32
•
幸福度を下げる: 2012 年の政府の調査によると、非正規労働者の幸福度は、正規労働者や
自営業者のそれよりも低い。
労働市場の二極化を打破するためには、非正規雇用者に対して社会保険の適用範囲を拡大すると
ともに、職業訓練を改良することや、特に透明性を高めることにより、正規雇用者の実質的な保
護を減らすことなど、企業が非正規雇用者を雇う要因を減らすための包括的な戦略が必要である。
これには、労働者解雇のための明確なルールを定めることも含めるべきである(OECD, 2015)。
図 20. 正規雇用者と非正規雇用者には大きな賃金格差がある
出典: Ministry of Health, Labour and Welfare (2014b).
社会的一体性を促進しながら、政府債務残高を減らすための主な提言
•
2020 年度までに基礎的財政収支を黒字化するとの目標を実現するため、歳出抑制、歳入増加のための
詳細かつ信頼のおける計画を策定する。
•
歳入増加のため、第一義的には単一税率を維持した消費税や、個人所得税・法人税率の課税ベース拡
大に頼りつつ、環境税の引き上げも行う。
•
人口高齢化の進展による歳出増を抑制するため、年金、医療、介護制度を改革する。
•
公的社会支出の配分を見直し低収入の労働者に対する勤労所得税額控除(Earned Income Tax Credit)
を導入する。
•
社会保険の適用対象の拡充、非正規雇用者の職業訓練プログラムの改良、透明性強化による正規雇用
者への事実上の雇用保護削減により、労働市場の二極化を打破する。
デフレからの脱却: 大胆な金融政策(第1の矢)
デフレは名目 GDP を押し下げ、それにより政府債務残高対 GDP 比を高め、財政の持続
可能性を脅かす。GDP デフレーターは、1997 年から 2013 年の間、17%以上下落し、名目 GDP
の押下げに8%寄与した。もしその期間の物価上昇率が年率1%であれば、2013 年の債務残高対
GDP 比は、単純な機械的試算によれば、対 GDP 比 220%ではなく 155%であっただろう。デフレ
状況の下で債務残高対 GDP 比を減らしていくことが非常に困難なことは明らかである。また、
デフレは、ひどい景気後退でマイナスの実質金利が必要なときに、実質金利をプラスにしてしま
うこともあり、成長にとってマイナスである。実際、OECD のテーラー・ルールの計算によると、
@ OECD 2015
33
2014 年はマイナスの政策金利が依然適切である。デフレの有害な影響を考えると、2%のインフ
レ目標の達成は、依然、最優先課題であるべきだ。
2013 年 1 月に、日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率2%のインフレ目標を定め、
2013 年4月には、2%目標を、2年程度の期間を念頭に置いて、できるだけ早期に実現すると言
明した。この目的達成のため、日本銀行は「量的・質的金融緩和」 (QQE) を開始し、物価上昇
率が目標水準に安定的に達するまで継続すると誓った。このような日本銀行による期限を定めな
いコミットメントは、物価上昇率がゼロ近辺である中で量的緩和を終わらせ、2008 年の世界金
融危機が始まると新たなデフレに陥るような脆弱な状態に日本を置いた 2006 年の早まった金融
引締めのようなことを避けるのに役に立つはずである(2013 OECD Economic Survey of Japan)。
量的・質的金融緩和は、その規模、果断さ、熱意のいずれの観点からも、過去の日本銀
行の量的緩和と明確な違いがある。以前は、日本銀行は、人口高齢化により、金融政策だけで継
続的なデフレを終わらせることは不可能であるとして、インフレ目標を定めることを拒否してい
た。毎年 50 兆円の国債を買うことで、マネタリーベースは、2012 年末の 138 兆円(対 GDP 比
28%)から 2014 年末には 270 兆円に倍増するとされた(図 21)。量的・質的金融緩和の規模は、他
に採用された量的緩和措置よりも大規模なものである(パネル B)。実際、日本銀行のバランスシ
ートは 2015 年2月に対 GDP 比 65%に達している。
図 21. マネタリーベースは量的・質的金融緩和の下、急速に高まっている
1.
2014 年 10 月の量的・質的金融緩和の拡大により、2014 年末の目標は 270 兆円から 275 兆円に増額されている。
出典: Bank of Japan; Thomson Financial.
量的・質的金融緩和の質的側面として、買入資産の構成が次のように変えられた。
•
日本銀行は、保有国債の満期までの平均残存期間が3年をやや下回るところから、国債
のストック全体の平均年限にあわせて約7年に延ばすため、すべての年限の国債を買い
入れることとした。
•
日本銀行は、リスク・プレミアムを下げるため、民間資産の買入れを増額した。
量的・質的金融緩和は、長期金利を下げ、「ポートフォリオ・リバランス効果」を強化
し、インフレ期待を高めることで2%のインフレ目標を達成することを目指している。これら3
つの波及経路は効果を発揮してきた。
@ OECD 2015
34
•
金利はイールド・カーブを通じて下がっており、2012 年以降、10 年債より長期の国債金
利は少なくとも 50 ベーシス・ポイント金利が低下している (図 22)。
•
銀行貸出が増加し、株価が過去 15 年間で最高水準に上昇するなど、ポートフォリオ・リ
バランス効果が機能している(図 23)。
•
日本銀行の新たな取組は期待インフレに即座に影響した。普通国債と物価連動国債の流
通利回りの差から計算されるブレーク・イーブン・インフレ率によると、期待インフレ
は、量的・質的金融緩和の導入以前の 2013 年の 0.7%から、2014 年はじめには 2.7%にま
で高まり、それから2%近辺に戻っている (図 24)。調査ベースの期待インフレ率による
と、2 年から 10 年先の期待インフレは1%から 1.4%の上昇とより控えめとなっている。
50 ベーシス・ポイントの長期金利の低下を考えると、実質金利は1から2パーセンテー
ジ・ポイント下がっている。 企業の高収益(図2C)とともに、インフレ期待が高まる
ことは、賃金上昇(図2B)を加速するために不可欠であり、賃金上昇は、経済成長を持
続させ、インフレ目標の達成に役立つ。
図 22. 量的・質的金融緩和は、イールド・カーブを通じ、金利を押し下げた
国債金利
1.
流通市場における実勢価格、半年複利金利。データは月末日の値。
出典: Ministry of Finance.
図 23. 株価は 90 年代の水準まで上昇したが、地価は低下を継続
日経平均株価指数は東京証券取引所に上場する 225 銘柄の株価を平均することによって算出。
市街地価格指数の全国、全用途(住宅地、商業地、工業地)平均の各年 3 月の値。
出典: Ministry of Land, Infrastructure, Transport and Tourism; Nikkei Indexes.
1.
2.
@ OECD 2015
35
1
図 24. 期待インフレは高まった
QUICK 月次調査 による。
固定利付国債利回りと物価連動国債利回りの金利差。
出典: Bank of Japan.
1.
2.
しかし、物価上昇率は 2014 年後半に下落した。2014 年 10 月に原油価格が下落し、日本
銀行は改善した期待インフレを維持するため、先手を取った量的・質的金融緩和の修正を発表し
た。2013 年に年 50 兆円とした当初の国債購入のペースを 80 兆円に増額し、上場投資信託(ETF)
と上場不動産投資信託(J-REIT)の購入額を3倍に増やすことにした。それに加え、日本銀行は、
保有国債の平均残存期間を更に 10 年に向けて長期化することとした。最近、日本銀行は、2%
の目標達成のために必要ならば、更なる量的・質的金融緩和拡大の準備があると強調している。
量的緩和の拡大と消費税率引上げ延期により、インフレ期待は維持され、デフレからの最終的な
脱却は促進されるだろう。
それでもなお、量的・質的金融緩和には、その莫大な規模が債券市場を混乱させ、資産
価格バブルを引き起こすといった、いくつかのリスクはある。しかし、日本は 1999 年から実質
ゼロ金利を採用してきたにもかかわらず(2000-01 年、2006-08 年は除く)、全国の地価は、
商業地、住宅地ともに低下しており、23 年連続の下落となっている(図 23) 。しかし、地価下落
のペースは、都市部の地価が 2008 年以来初めて上昇したことで、2010 年の 4.7%の下落から
2014 年は 1.5%の下落に鈍化した。株価については、日経平均株価指数は 2011 年から倍増してい
るが、依然、90 年代のピークを下回った水準にある。
量的緩和に付随して、為替は円安方向へ推移している。2013 年、日本は他の G7 各国と
ともに、経済政策は国内目的で国内向けの政策手段を活用し、為替は目標としないことにコミッ
トしている。当局は、2011 年 11 月以来、為替介入を行っていない。それにもかかわらず、2012
年第3四半期から 2014 年7月の間、円は対ドル、名目実効ベースで 22%減価した(図 25)。国際
通貨基金(IMF)は、2014 年7月に『日本の対外ポジションは概ねバランスしている 』と述べ
た(IMF, 2014)。対 GDP 比 14%という比較的低い輸入比率を反映して、政府は、10%の円安方向
への動きにより、2年間にわたり、物価上昇率は 0.2 パーセンテージ・ポイントしか上昇しない
と見積もっている。2014 年7月以来、円はさらに対ドルで 16%減価したが、そのほとんどは 10
月の量的緩和の拡大後に起きている。さらに、円は実質実効ベースでもはっきり下落しており、
輸出企業にとってのコスト優位を強めている(パネル B)。
@ OECD 2015
36
最近の量的・質的金融緩和の拡大は、日本銀行がマネタイゼーションを強要されている
といった懸念を引き起こし、持続的な円安リスクや、政府の赤字のファイナンスを困難にしうる
金利上昇リスクを高めた。この懸念は、最近、ムーディーズが中国や韓国よりも下の水準に日本
の国債の信用格付けを引き下げた決定にも反映されていた。こうしたリスクは、基礎的財政収支
黒字達成のための詳細かつ信頼できる財政健全化計画の重要性を高めるものである。
図 25. 2012 年以来、円は大幅に減価した。
1.
49 の貿易相手国との貿易額によりウェイト付けして算出。消費者物価により実質化。
出典: OECD Economic Outlook Database; Bank of Japan.
デフレからの脱却のための主な提言
•
リスクを監視しつつ、2%のインフレ目標が安定的に達成されるまで金融緩和を続ける。
@ OECD 2015
37
参考文献
Andrews, D. and C. Criscuolo (2013), “Knowledge-based Capital, Innovation and Resource Allocation”, OECD
Economics Department Working Papers, No. 1046, OECD Publishing, Paris.
Aoyagi, C. and G. Ganelli (2014), “Unstash the Cash! Corporate Governance Reform in Japan”, IMF Working
Papers, No. 14/138, Washington, DC.
Arnold, J., B. Brys, C. Heady, A. Johansson, C. Schwellnus and L. Vartia (2011), “Tax Policy for Economic
Recovery and Growth”, Economic Journal, Vol. 121.
Bank of Japan (2014), Outlook for Economic Activity and Prices, October, Tokyo.
Bouis, R., R. Duval and F. Murtin (2011), “The Policy and Institutional Drivers of Economic Growth Across
OECD and Non-OECD Economies: New Evidence from Growth Regressions”, OECD Economics
Department Working Papers, No. 843, OECD Publishing, Paris.
Cabinet Office (2014), “The Impact of the Consumption Tax Hike on Consumer Prices in the Tokyo Area”,
Trends in this Week’s Indicators, No. 1097, Government of Japan (in Japanese).
Caballero, R., T. Hoshi and A. Kashyap (2008), “Zombie Lending and Depressed Restructuring in
Japan”, American Economic Review, Vol. 98, No. 5.
Criscuolo, C., P. Gal and C. Menon (2014), “The Dynamics of Employment Growth: New Evidence from 18
Countries”, OECD Science, Technology and Industry Policy Papers, No. 14, OECD Publishing, Paris.
D’Addio, F. and M. Mira d’Ercole (2005), “Trends and Determinants of Fertility Rates in OECD Countries: The
Role of Policies”, OECD Social, Employment and Migration Working Papers, No. 6, OECD Publishing,
Paris.
European Business Council in Japan (EBC), (2014), “The Japanese Market: Why Is It Difficult? What
Suppresses FDI?”, Tokyo.
Expert Group of the Cabinet Office (2014), Report of the Expert Group Meeting on Foreign Direct Investment
in Japan, Government of Japan.
Franzoni, C., G. Scellato and P. Stephan (2012), “Foreign Born Scientists: Mobility Patterns for Sixteen
Countries”, NBER Working Papers, No. 18067.
International Energy Agency (2014), "Indicators for CO2 Emissions", IEA CO2 Emissions from Fuel
Combustion Statistics (database), International Energy Agency.
International Monetary Fund (2014), Japan: 2014 Article IV Consultation, August, Washington, DC.
Jaumotte, F. and N. Pain (2005), “From Ideas to Development: The Determinants of R&D and Patenting”,
OECD Economics Department Working Papers, No. 457, OECD Publishing, Paris.
Jones, R. (2011), “Education Reform in Japan”, OECD Economics Department Working Papers, No. 888,
OECD Publishing, Paris.
Jones, R. and S. Kim (2013), “Restructuring the Electricity Sector and Promoting Green Growth in Japan”,
OECD Economics Department Working Papers, No. 1069, OECD Publishing, Paris.
@ OECD 2015
38
Jones, R. and S. Kimura (2013), “Reforming Agriculture and Promoting Japan's Integration in the World
Economy”, OECD Economics Department Working Papers, No. 1053, OECD Publishing, Paris.
Jones, R. and S. Urasawa (2013), “Restoring Japan's Fiscal Sustainability”, OECD Economics Department
Working Papers, No. 1050, OECD Publishing, Paris.
Kinoshita, N. (2013), “Legal Background to the Low Profitability of Japanese Enterprises”, Center on Japanese
Economy and Business Working Paper Series, No. 316, Columbia University.
Koske, I., I. Wanner, R. Bitetti and O. Barbiero (2015), “The 2013 Update of the OECD Product Market
Regulation Indicators: Policy Insights for OECD and Non-OECD Countries”, OECD Economics
Department Working Papers (forthcoming).
Lam, W. and J. Shin (2012), “What Role Can Financial Policies Play in Revitalizing SMEs in Japan?”, IMF
Working Papers, WP/12/291, Washington, DC.
Martin, J. and S. Scarpetta (2012), “Employment Protection, Labour Reallocation and Productivity”, De
Economist.
Matsuura, T., H. Sato and R. Wakasugi (2011), “Temporary Workers, Permanent Workers, and International
Trade: Evidence from Japanese Firm-Level Data”, RIETI Discussion Paper Series, No. 11-E-030, Tokyo.
Ministry of Health, Labour and Welfare (2011), Comprehensive Research on Diverse Employment Formats
2010, Tokyo (in Japanese).
Ministry of Health, Labour and Welfare (2012a), Projection for Social Security Costs, Tokyo (in Japanese).
Ministry of Health, Labour and Welfare (2012b), White Paper on the Labour Economy, Tokyo, (in Japanese).
Ministry of Health, Labour and Welfare (2014a), Provisional Calculations on the Current Situation and
Projection on the Fiscal Balance of National Pension Schemes: Provisional Results, Tokyo (in Japanese).
Ministry of Health, Labour and Welfare (2014b), White Paper on the Labour Economy, Tokyo, (in Japanese).
National Institute of Population and Social Security Research (2013), Statistics on Social Security Costs, Tokyo.
Ono, A. and L. Uesugi (2014), “SME Financing in Japan during the Global Financial Crisis: Evidence from
Firm Surveys”, Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, Tokyo.
OECD (2009), OECD Economic Survey of Japan, OECD Publishing, Paris.
OECD (2010), Innovation to Strengthen Growth and Address Global and Social Challenges, OECD Publishing,
Paris.
OECD (2011a), Divided We Stand, OECD Publishing, Paris.
OECD (2011b), OECD Economic Survey of Japan, OECD Publishing, Paris.
OECD (2012), Draft Principles for Independent Fiscal Institutions, Working Party of Senior Budget Officials,
OECD Publishing, Paris.
OECD (2013a), OECD Economic Survey of Japan, OECD Publishing, Paris.
OECD (2013b), OECD Science, Technology and Industry Scoreboard 2013, OECD Publishing, Paris.
@ OECD 2015
39
OECD (2014a), Agricultural Policy Monitoring and Evaluation 2014, OECD Publishing, Paris.
OECD (2014b), Entrepreneurship at a Glance 2014, OECD Publishing, Paris.
OECD
(2014c),
How’s
Life
in
Japan?
http://www.OECD.org/statistics/BLI%202014%20Japan%20country%20report.pdf.
2014,
OECD (2014d), “Japan – Advancing the Third Arrow for a Resilient Economy and Inclusive Growth”, Better
Policies Series, OECD Publishing, Paris, http://www.OECD.org/japan/2014.04_JAPAN_EN.pdf.
OECD (2014e), OECD Science, Technology and Industry Outlook 2014, OECD Publishing, Paris.
OECD (2014f), OECD Services Trade Restrictiveness Index (STRI): Japan, http://www.OECD.org/tad/servicestrade/STRI_JPN.pdf.
OECD (2014g), “The Distributional Effects of Consumption Taxes in OECD Countries”, OECD Tax Policy
Studies, No. 22, OECD Publishing, Paris.
OECD (2015), Back to Work Japan, OECD Publishing, Paris.
Shinada, N. (2012), “Firms’ Cash Holdings and Performance: Evidence from Japanese Corporate Finance”,
RIETI Discussion Paper Series, 12-E-031, Tokyo.
Shirakawa, M. (2013), “Toward Strengthening the Competitiveness and Growth Potential of Japan’s Economy”,
http://www.bis.org/review/r130315a.pdf.
Small and Medium Enterprise Agency (2014), Japan’s Policies for Small and Medium Enterprises, Tokyo.
Sutherland, D., P. Hoeller and R. Merola (2012), “Fiscal Consolidation: Part 1. How Much is Needed and How
to Reduce Debt to a Prudent Level?”, OECD Economics Department Working Papers, No. 932, OECD
Paris.
Thangavelu, S. and C. Findlay (2011), “The Impact of Free Trade Agreements on Foreign Direct Investment in
the Asia-Pacific Region”, in Findlay, C. (ed.), ASEAN+1 FTAs and Global Value Chains in East Asia,
Economic Research Institute for ASEAN and East Asia Research, Project Report 2010-29, Jakarta.
Uesugi, I. (2010), The Impact of International Financial Crises on SMEs: The Case of Japan, Hitotusbashi
University, May.
Westmore, B. (2013), “R&D, Patenting and Growth: The Role of Public Policy”, OECD Economics Department
Working Papers, No. 1047, OECD Publishing. Paris.
@ OECD 2015
40
各章の要約
第1章 日本の企業部門の活力を高め、イノベーションを強化する
急速な高齢化の下、イノベーションは、経済成長の鍵となる。日本は教育支出と研究開発投
資が多いが、競争力を国内的にも国際的にも高め、資源配分を改善することで、こうした投
資からの収益を高めるために、適切な枠組み条件が不可欠である。コーポレートガバナンス
を高度化することにより、企業の利益最大化と企業の保有する大量のキャッシュを投資する
ことが促進できるだろう。世界的な枠組みの中で、オープン・イノベーションを促進するた
めには、研究開発の国際的な共同研究を現在の低水準から高めるとともに、大学を改善し、
大学の企業の研究開発における役割を拡充することが必要である。ベンチャー・キャピタル
から資金を得ている企業や立ち上がり段階の企業は、イノベーションの商品化に重要な役割
を果たしていくべきである。ベンチャー投資を成長の原動力とするためには、ビジネスエン
ジェルの役割を拡充し、起業家精神を高めることが重要である。雇用の 70%を占める中小
企業は、イノベーションにより貢献していくべきである。
第2章
社会的一体性を高めながら、財政健全化を達成する
日本の財政状況は、政府総債務残高対 GDP 比が 226%と未知の領域にあり、経済にリスク
をもたらしている、日本は、財政の持続可能性を取り戻せるよう、具体的な歳入増加策、歳
出抑制策を含む、詳細かつ信頼できる財政健全化計画が必要である。歳出側の主な懸念とし
ては、急速な高齢化の中での社会支出の増加圧力であり、そうした社会支出の抑制が改革の
優先事項である。とはいえ、健全化の多くは歳入側で行われることが大切であり、まず、
2017 年に 10%になる予定の消費税をそれ以上に高めるべきである。財政健全化とともに、
税・給付制度を通じ、社会的一体性を促進する政策、労働市場の二極化の打破を行うべきで
ある。特に、勤労所得税額控除(an earned income tax credit)は、ワーキング・プアを支援
するための優先事項である。
@ OECD 2015
41
This Survey is published on the responsibility of the Economic and Development Review
Committee of the OECD, which is charged with the examination of the economic situation of
Member countries.
The economic situation and policies of Japan were reviewed by the Committee on
2 March 2015. The draft report was then revised in the light of the discussions and given final
approval as the agreed report of the whole Committee on 20 March 2015.
The Secretariat’s draft report was prepared for the Committee by Randall S. Jones,
Kohei Fukawa and Myungkyoo Kim under the supervision of Vincent Koen. Research assistance
was provided by Lutécia Daniel.
The previous Survey of Japan was issued in April 2013.
Further information
For further information regarding this overview, please contact:
Vincent Koen, e-mail: [email protected];
tel.: +33 1 45 24 87 79; or
Randall Jones, e-mail: [email protected];
tel.: +33 1 45 24 79 28; or
Kohei fukawa, e-mail: [email protected];
tel.: +33 1 45 24 87 00.
See also http://www.oecd.org/eco/surveys/economic-survey-japan.htm
How to obtain this book
This survey can be purchased from our online bookshop:
www.oecd.org/bookshop.
OECD publications and statistical databases are also available via our online
library: www.oecdilibrary.org.
Related reading
OECD Economic Surveys: OECD Economic Surveys review the economies
of member countries and, from time to time, selected non-members.
Approximately 18 Surveys are published each year. They are available
individually or by subscription. For more information, consult the Periodicals
section of the OECD online Bookshop at www.oecd.org/bookshop.
OECD Economic Outlook: More information about this publication can be
found on the OECD’s website at www.oecd.org/eco/Economic_Outlook.
Economic Policy Reforms: Going for Growth: More information about this
publication can be found on the OECD’s website at
www.oecd.org/economics/goingforgrowth.
Additional Information: More information about the work of the OECD
Economics Department, including information about other publications, data
products and Working Papers available for downloading, can be found on the
Department’s website at www.oecd.org/eco.
Economics Department Working Papers: www.oecd.org/eco/workingpapers
OECD work on Japan: www.oecd.org/eco/surveys/economic-surveyjapan.htm
@ OECD 2015
42