赤痢アメーバマイトソームによる硫酸活性化経路の獲得と 寄生適応との

研究班紹介 ● B02
赤痢アメーバマイトソームによる硫酸活性化経路の獲得と
寄生適応との関連性の解明
研究代表者:見市文香(佐賀大学医学部分子生命科学講座生体機能制御学分野・助教)
http://www.mcis.med.saga-u.ac.jp/
●公募研究の概要
へと速やかに放出される(図)。これは含硫脂質が宿主
赤痢アメーバは大腸に寄生してアメーバ赤痢を引き起
細胞に対して機能していることを示しており、含硫脂質
こす原虫であり、世界全人口の 1% が罹患する重要な病
が宿主免疫応答の阻害に働く病原性因子である可能性が
原体である。わが国においても知的障害者や男性同性愛
高い。含硫脂質種は細菌で病原性因子として古くから重
者などにおいて高い感染が報告されている。更に近年で
要視されており、結核菌では宿主マクロファージの機能
は異性間性行為による感染の危険性も高まっている。臨
床で用いられる薬剤も一剤のみであり、病原性や宿主の
阻害により初期免疫応答の阻害をすることが報告されて
いる(Goren MB et al., Chembiochem,7,1976, Schelle MW et
防御機構の解明、新規薬剤開発が危急の課題である。
al., PNAS, 2006)
。つまり宿主への寄生が、赤痢アメーバ
赤痢アメーバは単細胞真核生物であるが、典型的な
がマイトソーム内に硫酸活性化経路を獲得することを促
ミトコンドリアを持たない。代わりにマイトソームと呼
した、可能性を検証したい。
ばれるミトコンドリア残存オルガネラを持つ。ミトコン
本研究は、含硫脂質の分子同定を行い、宿主細胞への
ドリア残存オルガネラを持つ生物は近年次々と報告され
効果を解析する。マウスを用いた感染モデルで、原虫が
ており、その進化が個々に独立に起こっていること、そ
産生する含硫脂質が新たな病原因子として機能している
れ故保持している機能が多様であることが明らかになっ
かを明らかにする。さらに含硫脂質合成能を赤痢アメー
てきた。その中で赤痢アメーバのマイトソームは、特に
バの近縁種間で比較することで、硫酸活性化経路の獲得
退化していて、ミトコンドリア由来の機能をほとんど欠
が寄生適応に働くか否かを検証する。これにより、
“オ
失しており、その役割と生理的意義は不明であった。
ルガネラの進化と、宿主への寄生適応との関連性”の知
我々は、近年赤痢アメーバのマイトソームの生化学
見を得ることが出来ると考えている。
的な解析を行ない、マイトソームの主たる機能が硫酸活
性化経路であること、最終代謝産物が含硫脂質であるこ
とを明らかにした(Mi-ichi F et al., PNAS, 2009)
。さらに
硫酸代謝経路をノックダウンした原虫は、その細胞増殖
が阻害されることを見出し、この経路が原虫の生存に重
要であることを明らかにした(Mi-ichi F et al., PLoS Negl
Trop Dis., 5
(8), 2011)
。硫酸活性化経路は通常細胞質や
色素体に存在する代謝経路であり、ミトコンドリア由来
の経路ではない。そこで、赤痢アメーバの硫酸活性化経
路の由来を解析したところ、赤痢アメーバが進化の過程
で他種生物からの水平伝播で硫酸活性化経路の酵素群を
獲得したことを明らかにした。赤痢アメーバが寄生適応
してきた過程で、多くの代謝経路を欠失・単純化してい
ることを考えると“硫酸活性化経路“の獲得の生物学的
意義は非常に興味深い。しかしながら、硫酸活性化経路
の最終代謝産物である含硫脂質の機能は明らかになって
いない。硫酸活性化経路はマイトソームの主たる機能で
あり、含硫脂質の機能を解析することが、独自の進化を
遂げた、赤痢アメーバのマイトソームの存在意義を明ら
かにするのに不可欠である。
赤痢アメーバの含硫脂質は約 7 種類合成されるが、
うち 2 種類は親水性が高く合成後、細胞外(=宿主体内)
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文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究「マトリョーシカ型進化原理」News Letter Vol.2
Entamoeba histolytica mitosome
ASATP sulfurylase
APSK: APS kinase
IPP: inorganic pyrophosphatase
AAC: ADP/ATP carrier
PiC: phosphate carrier
SULT: sulfotransferase
PAPP: PAP phosphatase
■ 略歴
2005年
2005-2006年
2006-2008年
2008-2010年
2010年-現在
東京大学大学院薬学研究科博士後期課程修了
創薬プロテオームファクトリー 非常勤職員
群馬大学国際寄生虫病生態学研究室 ポスドク
感染症研究所寄生動物部 ポスドク
佐賀大学医学部分子生命科学講座生体機能制御学分野 助教
■ 最近の主な論文
1 Mi-ichi F, Makiuchi T, Furukawa A, Sato D, Nozaki T. Sulfate activation in mitosomes plays an important role in the proliferation
of Entamoeba histolytica. PLoS Negl Trop Dis. 2011 Aug;5(8):e1263.
2 Yousuf MA, Mi-ichi F, Nakada-Tsukui K, Nozaki T. Localization and Targeting of Unusual Pyridine Nucleotide Transhydrogenase
in Entamoeba histolytica. Eukaryot Cell. 2010 Jun;9(6):926-33.
3 Mi-ichi F, Yousuf MA, Nakada-Tsukui K, Nozaki T. Mitosomes in Entamoeba histolytica contain a sulfate activation pathway. Proc
Natl Acad Sci USA. 2009 Dec 22;106(51):21731-6.
4 Mi-ichi F, Kano S, Mitamura T. Oleic acid is indispensable for intraerythrocytic proliferation of Plasmodium falciparum. Parasitology.
2007 Nov;134(12):1671-7.
5 Mi-ichi F, Kita K, Mitamura T. Intraerythrocytic Plasmodium falciparum utilize a broad range of serum-derived fatty acids with
limited modification for their growth. Parasitology. 2006 Oct;133(4):399-410.
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