講演要旨

中東研究センター 情勢分析報告会(要旨) 2015 年 6 月 15 日
Ⅱ.モスル陥落から 1 年を迎えたイラク
吉 岡 明 子 (当 センター 主 任 研 究 員 )
2014 年 6 月 に 「 イ ス ラ ー ム 国 」 ( IS) が モ ス ル な ど 複 数 の 町 を 陥 落 し 、 イ ラ ク と
シリアにまたがる広大な土地を支配するようになってから 1 年が経つ。同年 8 月には
北部に転戦してさらに支配地域を広げたが、米軍の空爆が始まり、態勢を立て直した
ペシュメルガ(クルド兵)や、民動員部隊という名の下に糾合したシーア派民兵が反
撃に出たことで、複数の町が解放され、首都バグダードやクルディスタン地域の主都
エルビルの陥落が懸念されるような差し迫った状況には至っていない。他方で、アン
バ ー ル 県 な ど で は IS が 新 た に 支 配 を 広 げ る な ど 、 そ の 勢 い を 封 じ 込 め る こ と に も 成
功していない。
そ の 背 景 の 一 つ に は 、 IS が 様 々 な 状 況 の 変 化 に 対 応 し て き て い る こ と が 上 げ ら れ
る。彼らは、空爆の実施が天候に左右されることを学んでおり、回避策をとっている。
また、国際原油価格の低下や支配油田の喪失で、一時は最大の収入源と言われていた
石 油 密 輸 が 低 迷 す る よ う に な る と 、 今 で は 支 配 下 に 置 い た 住 民 か ら 、 給 与 の 50%と
も 言 わ れ る 「 税 金 」 を 取 り 立 て 、 資 金 源 と し て い る ( イ ラ ク 政 府 は IS 支 配 下 の 公 務
員にも給与を支払い続けている)。さらに、メディアに向けて戦果を強調することで、
100 ヶ 国 以 上 か ら 2 万 人 以 上 と 言 わ れ る 外 国 人 戦 闘 員 を 惹 き 付 け 続 け て い る 。
対 IS 戦 を 戦 う イ ラ ク 側 の 地 上 部 隊 は 、 昨 年 大 き く 瓦 解 し て 以 降 、 依 然 と し て そ の
再建の途上にある。今では、戦闘の主力はペシュメルガとシーア派民兵で、その規模
はいずれもイラク軍・連邦警察を凌いでいる。民兵は、人民動員部隊として形式的に
は首相直轄下に置かれているが、現実にはイランの強力な支援を得ており、中核的な
民兵指導者を首相が必ずしも統制できているわけではない。人民動員部隊にはキリス
ト教徒やスンナ派部族戦闘員も参加はしているものの、ごく一部に過ぎず、シーア派
色はきわめて強い。米国はこうした民兵の展開場所には空爆をしない方針であり、民
兵の対米不信も強いため、両者の協調行動は難しい。
先月、アンバール県の県庁所在地であるラマーディが陥落したことは、イラクにと
っ て 大 き な 痛 手 で あ り 、 と り わ け ス ン ナ 派 住 民 が 多 い 地 域 を い か に IS か ら 防 衛 し 、
奪 還 す る の か と い う 課 題 を 改 め て 突 き つ け る こ と に な っ た 。 2014 年 初 か ら 断 続 的 に
戦闘が続いてきたラマーディでは、前線の部隊は多くが疲弊していた。兵員の補充も
含めて、地元部族と警察、軍、それを指揮するイラク政府との間で適切な連携や協力
関 係 が 築 け て い な い こ と が 最 大 の 敗 因 と 言 え る 。 指 揮 系 統 が 混 乱 し 、 IS の 猛 攻 に 直
面して撤退の足並みの乱れた前線からは、相互不信さえも広がる結果になっている。
アバーディ新政権が昨秋発足した際に、治安権限を地方へ委譲するため県単位で国家
警備隊という治安組織を形成し、それによって主としてスンナ派地域を防衛すること
が想定されていた。しかし、国会で議論が紛糾し、法案成立の目処は立っていない。
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中東研究センター 情勢分析報告会(要旨) 2015 年 6 月 15 日
首相は法案成立をまたずに個別の親政府部族を支援し始めているが、彼らに武器を渡
せ ば IS の 手 に 渡 り か ね な い と い う ジ レ ン マ が あ る 。 ス ン ナ 派 政 治 家 の 側 も 、 イ ラ ク
政府、クルド、米国政府、シーア派民兵、アラブ諸国などにそれぞれが支援を求める
という状況にあり、政治勢力として地元の声を束ねられないでいるのが現状である。
こ う し た イ ラ ク の 国 内 事 情 を 勘 案 す る と 、 IS の 掃 討 に は 年 単 位 の 時 間 が 必 要 で あ
る こ と は 間 違 い な い だ ろ う 。 加 え て 、 IS か ら 解 放 し た 土 地 を 誰 が 防 衛 し 、 統 治 す る
のか、というさらなる問題がすでに浮上している。
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