田村泰子(PDF - いしかわ教育総研

成功者ばかりの「勤勉・努力」に光を当てない!
「努力したこと」(その過程)に光を当てたい!
研究員
田村 泰子
『わたし(私)たちの道徳(小学校 3・4 年)』を使うとしたら・・・
2014 年度から学校現場に文部科学省が作成した「わたしたちの道徳」が入ってきた。これまでは、
各学校で子どもたちのことを思い浮かべながら副読本を自由に選定してきた。また、購入した副読
本以外にぜひこの資料で子どもたちに考えさせたいと思えば、他社の資料や一枚の写真や詩を探し
出し授業に生かしてきた。ところが、大きな財源を使って作成された副読本が配布されれば、おの
ずと使用せざるを得ない状況も迫ってくる。
いしかわ教育総研「教育政策」研究部会では、
「わたしたちの道徳」
(小学校 3・4 年)の意図をし
っかり見抜き、使うとしたらどんなことに気をつけて授業で使うかを考えてみることになった。7
月に実施されたいしかわ教育総研の公開研究講座で、
「ゆたかな学びを否定する『安倍教育改革』~
「“日本型”市民」像をめぐって~という本間正吾さんのお話を聞く機会があった。
本間さんは、
「わたしたちの道徳」の資料の意図を打ち破るには、調べること、考えることが大事
であると述べられた。そのことを念頭に資料を読んでいくと、3・4年生の「正直に明るい心で」
で扱っているエイブラハム・リンカーンは私としては、扱えなくなった。詳しく調べていくと、エ
イブラハム・リンカーンがインディアンを迫害したことがひっかかった。価値内容との大きな隔た
りを感じた。
本間さんは、さらにもう一度百姓町人の伝統に立ち戻り、平和主義、共同主義、自治主義で自分
たちを働きやすくしていき、それを子どもたちに教え、経験させていく、自治の力を育てていく、
これが対抗的な道徳教育になるということを忘れてはいけないと述べられている。
道徳の授業をすすめていくほど、子どもたちが息苦しくなってはいけない。本音(内心)を自由
に言えて、人間には弱さがいっぱいあるんだとわかった上で、でも少しでもこんなふうに生きたい
とかあんな自分になりたいとか自ら思えるような授業になったらと思って、取り組んできた。授業
でいろいろな価値観が出し合えることが大事である。出し合う中で多様な価値観に出会えるからこ
そ、自分の価値観が揺すぶられるのであろう。そして、深く考えること、迷うこと、自分を見つめ
ること、問いかけることを繰り返すことが大切なのではないだろうか。多数派の意見を鵜呑みにし
たり押し付けられたりしたら、考えようとする人は育たない。
以上のことから、
「わたしたちの道徳」を使うとしたらどんなことに気をつけて使おうかとかなり
悩んだ。
「わたしたちの道徳」には、成功者の話が満載である。しかし、現実問題としてみんなが成
功者になれるわけでも勝者になれるわけでもない。成功者・勝者が人格的に偉いわけではない。現
実に目を向けながら、自分の生き方を考えていくには、何を大切にすればいいかを模索しながら、
指導案を立ててみることにした。
4年○組
道徳学習指導案
指導者
田村
泰子
―指導案の前半を省略―
1. 総合単元名
努力する自分へ YELL!
1-(2)勤勉・努力
2. 目 標
3. 指導にあたって
4. 学習計画(総合単元的な道徳学習の構想)
―本時案より詳しくー
5.本時の学習
(1)主題名
やろうと決めたことは最後まで
1-(2)勤勉・努力
(2)資料名
きっと できる (わたしたちの道徳 小学校 3・4 年)
)
(3)ねらい
日本人女性として初のマラソン金メダリスト「高橋尚子」が、日々がんばれば手が届く小
さな目標を立てて努力したこと、走ることが好きで心から楽しんでいたことを知ること、さ
らにたとえ金メダルを取れなくても自分たちが日頃重ねている努力も同じ価値があると知
ることで、自分がやろうと決めたことをがんばる自分を励ましながら挑戦しようとする心情
を育てる。
(4)資料について
小学生の頃の尚子は、ジョキングでお父さんやお兄ちゃんにどんどん先に行かれ、泣きながら追い
かけていた。
高校生になると、長距離の代表選手に選ばれたが、尚子より速い選手がたくさんいた。
大学生になり、テレビ中継に出てくる選手の速さに驚き、自分はどんな選手になりたいのか、何を
目標にして走っているのか考え始める。ある日、走る道でのいろいろな出会いから走ることが好きで
好きでたまらないことに気づく。そして、
「人と戦うんじゃない、自分の記録と戦うんだ」と気づく。
それから、毎日手が届く小さな目標を立てて達成していくことにした。
「ハチコさん」と呼ばれるよう
に八時ぎりぎりまで毎日練習した。
小出監督のもとで練習を続け、熱意と努力でシドニーオリンピックの金メダリストとなる。
子どもたちは,いろいろな分野で活躍する人たちにあこがれ、自分もあんなふうになりたいと思う。
しかし、華やかな部分にばかり目が行き、その人がどのような思いを持ち、どんな努力の積み重ねを
してきたかを知らないことが多い。他と比べて落胆のあまりあきらめてしまうことさえある。尚子が
自分で答えを見つけたように、子どもたちも自分と向き合い、疑問を大切にし、自分で答えを見つけ
ることで、苦しくて辛い練習を乗り越えていけるだろう。そして、夢に一歩ずつ近づいていけるだろ
う。また、金メダルを取った人の努力だけに価値があるのではなく、子どもたち一人ひとりの真摯な
気持ちで努力する姿にスポットを当てることで結果ではなく、過程を大切にする気もちを持たせたい。
本資料で,
「人と戦うのでなく、自分と戦う」ということを考えることで、自分を大切にしながら小さ
な目標に向かってこつこつと努力しようとする心情を育てたい。
(5)「主体的に学びあう授業」をめざして
本時では「誰かをまかすためにがんばる」姿から「前の自分より少しでもよくなろうと努力しよう
とする」姿への変容を高まりととらえる。
そのために,次のような「主体的に学びあう手だて」を工夫したい。
① 発問や板書の工夫
「テーマ発問」を心がけ、「自分の記録と戦う」と「人と戦う」ということを比較して考えることでね
らいとする価値を深めたい。板書においても構造的な板書になるように発言を類型化してまとめる。
② 後段の工夫
価値についてより深く考えるために、
「金メダルを取った人の努力」と「日々のみんなの努力」を比
較することで、どの努力も同じ値があることに気づかせたい。
(6)学習過程
学習活動と児童の意識の流れ
時
1.
5
・ 高橋尚子さんの座右の銘がどんなこと
を言っているのか考えることで価値の
方向づけをする。
25
・場面絵を提示し、あらすじを確認できる
ようにする。
今日の課題をつかむ。
何も咲かない寒い日は、下へ下へと根を
伸ばせ、やがて大きな花が咲く。
・ 見えないところでがんばることが大事だよ
・ 努力しているといつか夢がかなうよ
・ 根をはる大事な時期が必要なんだよ
<夢にむかって最後まで・・・について考えよう>
2. 資料「きっと できる」を読んで話し合う。
○尚子は、ため息をつきながら、ごろんとねころんでど
んなことを考えていたか。
・みんな速いな。自分なんか足元にもおよばない。
・どうしたら、あんなに速く走れるのだろう。
・自分は、あんな選手になれるだろうか。
・今の自分は何をめざしているのだろうか。
・自分は、どんな選手になりたいのだろうか。
◎「自分の記録と戦う」と「人と戦う」とはどう違うか。
<自分の記録と戦う>
人を気にしなくていい
前の自分だとできそう
自分のペースでやれる
自分で考えられる
友だちといい関係
<人と戦う>
人が気になる
負けると悔しい
あせる
悲しくなる
自分に自信がなくなる
友だちとも戦うことに
3.「金メダルを取った尚子さんの努力」と「こつこつ
努力したけれど金メダルを取れなかった人の努力」
は差があるのだろうか
10
・ そりゃ金メダルを取った人の努力の方がすごいと思
うよ。
・そうかな。同じだと思う。だってどちらも目標に向か
って一生懸命努力したんだから。
・努力は、人と比べてなくていいんだ。努力している過
程が大事で結果ではない。
4.教師の説話を聞く。
・さか上がり、がんばってできるようになったんだっ 5
たなあ。
・毎日、宿題の漢字練習を昨日より丁寧に書こうとが
んばっているよ。
人と戦うのでなく、自分と戦うということは、
自分を大切にしながら小さな目標に向かってこ
つこつとがんばればいいんだね。小さな目標に
向かって努力する過程を大事にしていきたい。
指導上の留意点と評価の観点
・吹き出しを書くことで自分の考えを持っ
て参加できるようにする。
・板書においても,構造的な板書になるよ
うに発言を類型化してまとめ
る。
・「テーマ発問」で、「自分の記録と戦う」
と「人と戦う」ということを比較して考
えることで努力は人を抜いたり蹴落とし
たりすることが目的ではないことを考え
ることで、ねらいとする価値を深めたい。
・より多くの子が自分の考えを聞いてもら
えるようにペア学習で隣と意見を交わ
す。
・
「展開後段」で価値についてより深く考え
るために、
「金メダルを取った人の努力」
と「日々のみんなの努力」を比較するこ
とで、どの努力も同じ値があることに気
づかせたい。
評 自分の生活を見つめながら価値につい
てより 深く 考えようと している (発
言・行動観察)
・終末には、一人ひとりが努力している場
面の写真を提示することで、普段意識し
ていない目立たないことでも継続して努
力することの大切さや自分たちもやって
いるんだという自己肯定感を持たせ、こ
れからも目標を持って少しずつでもでき
るようになりたいと努力する自分を大切
にしたいという気持ちに浸らせたい。