ブルームバーグ・エル・ピー事件・ 東京高判平 ・ ・ 労

判例批評
ブルームバーグ・エル・ピー事件・
東京高判平 ・ ・ 労判
号 頁
(原審:東京地判平
・ ・ 労判
細
号
谷
頁)
越
史
一.事実の概要
被告(Y)は,アメリカ合衆国に本社を置き,一般顧客(その多くは金融取引に携わ
る金融機関の従業員)向けに経済・金融情報を提供する通信社であり,日本には昭和
年に進出し,平成
年現在,約
原告(X)は,訴外A社で約
名の従業員が勤務する。
年間記者として勤務した後,平成
年
月
日,
Yに入社し,まず,株式市場ニュース等を扱う「ストック・チーム」に配属された後,
平成
年
月頃,輸送機器製造,運輸業等を担当する「トランスポート・チーム」に
異動となり,同チームにおいて取材や記事の配信を行っていた。
平成
年
月
日,YからXに対し同年の勤務評価が出され,総合評価としては,
「期待を超えている」
,「期待通り」
,
「期待に満たない」のうち,「期待に満たない」と
の評価を受けた。
平成
年
月
日,トランスポートのチーム・リーダーは,日本語ニュースチーム
の記者としてのXのパフォーマンスに関する課題点を指摘し,その改善に取り組ませる
ことを目的として,「アクションプラン」を実施すると言い渡した。同プランは,期間
を
ヶ月間とし,①独自ニュース,単独インタビュー,特殊記事を最低
本出稿し,記
事は英語ニュースチームと共有して出稿すること,②担当企業の株価に動きがあったと
きには
分以内にムーバー記事を最低
日
本執筆すること,③毎日の議題を英語
ニュースチームにも提出し,毎朝当日の行動・取材予定をチーム・リーダー等に通知す
(
)
香川法学
巻 ・ 号(
)
ること,④ヘッドフィル記事及びそのアップデート記事についての時間規制等が目標と
して設定された。同年
月
日,Xは上記目標をすべて達成して,アクションプラン
を終了した。
平成
年
月
日,YからXに対し同年の勤務評価が出された。その中で,①カ
スタマー・フォーカス(顧客の需要を理解し,満たしうる)に関し,
段階中上から
番目の評価(職務に求められるパフォーマンスを一部満たすが,すべて満たすわけでは
ない)を,②機能・技能上のスキルについて,
③仕事の質について,
段階中上から
段階中上から
番目の評価(同上)を,
番目の評価(職務に求められるパフォーマンス
を満たすか,時々上回る)を,④コミュニケーション・人間関係に関し,
ら
番目の評価(同上)を,⑤革新性・創造性に関し,
段階中上から
段階中上か
番目の評価(同
上)を,⑥前年度に設定した目標を達成するに当たり進歩が見られたかに関し,
中上から
平成
段階
番目の評価を受けるなどした。
年
月
日,YからXに対し同年の勤務評価が出された。その中で,①カ
スタマー・フォーカスに関し,
段階中上から
番目の評価(職務に求められるパフォ
ーマンスを一部満たすが,すべて満たすわけではない)を,②機能・技能上のスキルに
ついて,
ら
段階中上から
番目の評価(同上)を,③仕事の質について,
番目の評価(同上)を,④コミュニケーション・人間関係に関し,
段階中上か
段階中上から
番目の評価(職務に求められるパフォーマンスを満たすか,時々上回る)を,⑤革新
性・創造性に関し,
平成
段階中上から
番目の評価(同上)を受けるなどした。
年
月,Xは心神の疲れにより心療内科を受診し,医師の勧めにより休職し
年
月,Xは復職し,ゼネラル・アサインメントチーム(様々な業務を行う
た。
平成
部隊が混成的に寄り集まり,他のチームがカバーしない業種(特に化学工業や重工業)
をスポット的にカバーする部署)に異動となった。
平成
年
月
日,YはXに対し,パフォーマンスの課題点を指摘し,その改善
に取り組ませることを目的として,約
ヶ月間の PIP(Performance Improvement Plan)
と称するアクションプランへの取組を命じた(以下,第
概要は,①独自記事を
週間に
本は配信し,うち
回 PIP という)。本プランの
本は「Best of the Week」
ヶ月に
(Yにおいて質が高いと認められた独自記事は米国本社に送付され,その審査を経てこ
のように称して表彰される)に提出できる程度のものであること,②独自記事が全て英
語に翻訳されるように積極的に働きかけること,③
日に
本株式ムーバー記事を配信
すること,④上司に対して,毎日の行動予定を連絡し,毎週金曜日に翌週の行動予定を
報告すること,であった。
(
)
ブルームバーグ・エル・ピー事件・東京高判平
号
頁(細谷)
平成
年
・ ・
労判
月,YからXに対し同年の勤務評価が出され,総合的なパフォーマンス
について,
「要改善」
(定義は「一部期待を満たすが,全て満たすわけではない」という
もので,
段階評価の上から
番目であり,下から
%∼
%の間の分布に含まれる)
とされた。
回 PIP におけるすべての目標を達成するには至らなかったとし
Yは,Xに対し,第
て,平成
年
月
日から,PIP に取り組むことを命じ(以下,第
アクションプランの概要は概ね第
回 PIP と同じ)
,Xは第
回 PIP という。
回 PIP に掲げた目標をす
べて達成することが求められること,パフォーマンスと勤務態度についての基準を遵守
せず,期待されるパフォーマンス・レベルなどに従わない場合,解雇を含む措置を受け
る可能性があることなどを警告した。
回 PIP におけるすべての目標を達成するに至らなかったとし
Yは,Xに対し,第
て,引き続き,平成
年
ンプランの概要は概ね第
月
日から,第
回及び第
回の PIP に取り組むことを命じ(アクショ
回 PIP と同じ),約
ヶ月後に再度そのフィード
バックを行う旨伝えるとともに,再度,上記と同様の警告をした。
平成
年
月
終的に,平成
日,Yは,Xに対して退職勧奨し,自宅待機命令を命じた上で,最
年
月
日付で,解雇予告通知書を送付した。同通知書には,Xにつ
いて,就業規則の「社員の自己の職責を果たす能力もしくは能率が著しく低下しており
改善の見込みがないと判断される場合」
,
「その他やむを得ない理由による場合」に当た
るとして,同年
月
日をもって解雇する旨記載されていた。
Xは本件解雇が無効であるとして,地位確認および賃金支払いを求めたところ,原審
(東京地判平
・
・ )は,その請求を容認した。これを受けてYが控訴したが,東
京高裁は補正付きで原判決を引用したうえで,控訴を棄却した。
二.判
旨
.職務能力の低下を理由とする解雇の審査基準と労働者に求められる職務能力につ
いて
「勤務能力の低下を理由とする解雇に『客観的に合理的な理由』
(労働契約法
条)
があるか否かについては,まず,当該労働契約上,当該労働者に求められている職務能
力の内容を検討した上で,当該職務能力の低下が,当該労働契約の継続を期待すること
ができない程に重大なものであるか否か,使用者側が当該労働者に改善矯正を促し,努
力反省の機会を与えたのに改善がされなかったか否か,今後の指導による改善可能性の
見込みの有無等の事情を総合考慮して決すべきである。
」
(
)
香川法学
巻 ・ 号(
)
「Yの事業内容,特にその提供情報の内容や編集体制からすれば,XがYにおいて求
められる職務遂行の内容及び態度は,それまでの通信社での勤務経験におけるものとは
異なる面があることは否定できない」が,しかし「社会通念上一般的に中途採用の記者
職種限定の従業員に求められていると想定される職務能力との対比において,XとYと
の間の労働契約上,これを量的に超え又はこれと質的に異なる職務能力が求められてい
るとまでは認められない。
」
.上司や同僚との関係について
「Xは,PIP で求められた行動予定の報告のうち,第
回 PIP における翌週の行動予
定の提出以外については,目標どおりに提出しており,Xがこの点についてYの指示に
従って改善を指向する態度を示していたと評価し得る。
」
「平成
いずれも
年及び平成
段階中
年の各年度末評価においては,コミュニケーションについて
番目の評価……を得ており,Yの主観的評価でもXのコミュニケー
ション能力の不足が恒常的なものとは解されないことに加え,本件全証拠によっても,
かかる能力不足がXとYとの間の労働契約の継続を期待することができない程に重大な
ものであるとまでは認められない。
」
.記者としての能力について
「Y主張に係るヘッドライン,ヘッドフィル,アップデートといった記事配信の具体
的な制限時間……は,入社時の配付資料『The Bloomberg Way』その他の服務規律等を
記載した資料に明示されているものではない上,……各年度末評価や課題設定において
も同制限時間が明示されているものではないことからすれば,同制限時間は,XとYと
の間の労働契約上,これを遵守できないことが直ちに解雇事由になる程の重要な内容に
なっていたものとは認められない」
。
「Yが具体的に主張するXの記事配信が遅延した事
実関係は
,
例であって,Xの勤務期間(解雇時まで
年弱)に照らして多いとはい
えないことからすれば,Xによる記事の執筆ないし配信のスピードの遅さについて,現
時点でXとYとの間の労働契約の継続を期待することができない程に重大なものである
とまでは認められない。
」
「Yは,Xの記事の執筆ないし配信のスピードが遅いことについて,……各評価で抽
象的に指摘するに止まり,本件全証拠によっても,Xとの間でその原因を究明したり,
問題意識を共有したりした上で改善を図っていく等の具体的な改善矯正策を講じていた
とは認められない。
」
「Y主張に係る記事本数に関するYの記者の義務,すなわち,Yの記者が原則として
(
)
ブルームバーグ・エル・ピー事件・東京高判平
号
頁(細谷)
ムーバー記事や速報記事の毎日の執筆に加えて少なくとも
・ ・
週間に
労判
本程度の独自記事
の執筆が義務付けられていたことを認めるに足りる証拠はない上,本件全証拠によって
も,Xによる配信記事本数の少なさがXとYとの間の労働契約の継続を期待することが
できない程に重大なものであるとまでは認められない。
」
「アクションプランや各 PIP において設定された配信記事本数に係る課題について,
Xは,独自記事本数については全て達成し,ムーバー記事についても,第
いては目標数に遠く及ばなかったものの,第
回,第
回 PIP にお
回の各 PIP においては目標数を
達成するか又はそれに近い数値に及んでおり,この点についてのYの指示に従って改善
を指向する態度を示していたと評価し得る。
」
「XとYとの間の労働契約上,
『Best of the Week』選出記事数や『Breaking News』数
がいわゆるノルマとして設定されていたことを認めるに足りる証拠はない上,本件全証
拠によっても,X執筆に係る記事内容の質の低さがXとYとの間の労働契約の継続を期
待することができない程に重大なものであるとまでは認められない。……『Best of the
Week』に選出される独自記事の割合は,X以外の者についてみても,多い者で約 .%
(独自記事
本中選出記事
本)
,少ない者で
%(独自記事
本中選出記事
本)
であり,特に質の高い記事が『Best of the Week』に選出されているものと認められる
ことからすれば,これに選出されないことをもって,直ちにXの記事内容の質の低さが
XとYとの間の労働契約の継続を期待することができない程に重大なものであるとまで
は認められないというべきである。
」
「Yは,X執筆に係る記事内容の質の問題について,……各評価で抽象的に指摘した
り,PIP において月
回『Best of the Week』に提出できる程度の独自記事を提出すると
いう課題を設定するに止まり,Xの記事内容の質向上を図るために具体的な指示を出し
たり,Xとの間で問題意識を共有した上でその改善を図っていく等の具体的な改善矯正
策を講じていたとは認められない。
」
以上によれば「本件解雇は,客観的に合理的な理由を欠くものとして無効であるとい
うべきである。
」
三.検
討
.本判決の意義と特徴
近年,成果主義または能力主義的な人事管理の強化を背景として,労働者の勤務成績
不良や能力の低下を理由とする解雇をめぐる判例が増加する傾向にある。このような状
況の中で,本判決は,外資系の通信社に記者として職種を限定したうえで中途採用され
(
)
香川法学
巻 ・ 号(
)
た労働者の能力や能率がとくに PIP という業務改善プランによっても十分に改善されな
いことなどを理由になされた普通解雇の効力をめぐり,以下のようにいくつかの重要な
論点について注目すべき判断を示している。
従来の判例・学説は,一般的に,特定の職種や能力を前提とせずに長期勤続を予定し
て雇用されたいわゆる正規労働者の場合には労働契約法(以下,労契法という)
条
にもとづき比較的厳格な解雇規制を及ぼす一方で,特定の職種や能力を前提として中途
採用などの形で雇用された専門職労働者や管理職などについては,比較的緩やかな解雇
!
規制を適用する傾向がある。これと比較して,本判決は,職種を特定して中途採用され
た労働者のケースであるにもかかわらず,こうした採用形態にはそれほど重きを置か
ず,解雇の客観的に合理的な理由の有無の判断において,主として,労働者の能力や能
率の低下がどの程度に及んでいたのか,使用者はそれを是正するための解雇より緩やか
な手段を適切に行使したのかという観点から,正規労働者に対する解雇規制の場合と基
本的に同様に厳格な審査を行ったという特徴が看取される。
また,本件では,Yは具体的な解雇理由として,執筆スピードの遅さ,記事本数の少
なさ,記事内容の質の低さなどを取り上げたが,本判決は,その前提として,いつまで
に記事を配信する必要があるという具体的な制限時間が労働契約上の重要な内容となっ
ていたか,執筆すべき記事の本数に関するXの義務または「Best of the Week」などに
選出される記事数がノルマとして労働契約上設定されていたのかを詳細に審査すること
を通じて,Xが負うべき債務の内容や範囲を慎重に画定しようと試みた。ここでは,労
働債務の内容が労働契約上明確化されていたか,また合理的なものといえるのかといっ
たことが審査の重要なポイントとされた。
さらに,使用者が労働者の能力や成績の低下を理由に解雇しようとする場合,当該労
働者の能力等の不足をいかに証明しうるかが問題となる。本判決は,Yの主観性を排除
し得ないXに対する勤務評価ないし人事考課の低さが解雇理由となりうるか,同僚記者
の記事本数との比較からXの能力等の不足を根拠づけることが可能であるかといった争
点に厳格な審査をくわえている。
これまで,判例は,労働者の能力不足や成績不良を理由とする解雇の事案において,
使用者が最後の手段としての解雇を行う前に,注意や警告,教育的措置,懲戒処分,配
置転換等を実施して行為改善の動向を観察したかどうかを考慮することがあった。本件
では,Xの能力の改善を目的として,PIP への取組みが約
! 菅野和夫『労働法〔第
Ⅱ〔第 版〕
』
(
版〕
』
(
年,法律文化社)
年,弘文堂)
頁,吉田美喜夫・名古道功・根本到編『労働法
頁以下(根本到)参照。
(
ヶ月という短い期間を単位
)
ブルームバーグ・エル・ピー事件・東京高判平
号
頁(細谷)
として
回連続で命じられており,そこでは,独自記事を
ヶ月に
・ ・
労判
週間に
本は配信し(うち
本は「Best of the Week」に提出できる水準であること),
日に
本株式ム
ーバー記事を配信することなどを含む達成が相当に困難と思われる仕事内容が要求され
ており,それを満たさなければ解雇を受けるおそれがあるとの警告が行われていた。こ
のように労働者にとって改善方法が必ずしも明確でなく高度の能力改善要求を伴う是正
!
警告という新しいタイプの解雇回避手段の正当性についておそらく最初に審査をくわえ
たという点にも本判決の特徴が認められる。
以下では,上述の論点を中心に,これまでの判例・学説の展開をふまえながら,本判
決に検討をくわえることにしたい。
.職種等が限定された労働者に対する解雇の審査基準
これまで判例は,一方で,特定の職種や能力を前提とせずに雇用された正規労働者の
"
場合には比較的厳格な解雇規制を適用してきた。代表的な事例として,エース損害保険
事件・東京地決平
・ ・
#
は,特に長期雇用システム下における正規従業員を勤務成
績の不良を理由に解雇する場合は,
それが単なる成績不良ではなく,企業経営や運営に現
に支障・損害を生じまたは重大な損害を生じるおそれがあり,企業から排除しなければ
ならない程度に至っていることを要し,
かつ,
是正のため注意し反省を促したにもかかわ
らず,
改善されないなど今後の改善の見込みもないこと,
配転や降格ができない企業事情
があることなども考慮して濫用の有無を判断すべきであるとの判断枠組みを提示した。
他方で,判例は,特定の職種や能力を前提として中途採用などを経て雇用された専門
$
職労働者や管理職などについては,解雇規制を比較的緩やかに理解する傾向がある。典
型的な事例として,プラウドフットジャパン事件・東京地判平
・ ・
%
は,インスタ
! PIP という「業績改善」プログラムは近年多くの外資系企業を中心に実施されており,PIP に共通する
のは,会社が「業績改善」の名目で労働者に達成困難または抽象的なノルマを課したうえで,達成でき
ない場合の解雇や降格などを示唆する点であり,その際,一般に課題達成のための具体的な指導・助言
は行われない,との指摘がなされている(今泉義竜「過大なノルマで『能力不足』を偽装して解雇が無
効とされた例」労旬
号(
年)
頁参照)
。
" たとえば,セガ・エンタープライゼス事件・東京地決平
(解雇仮処分)事件・名古屋地決平
労判
# 労判
号
号
・ ・ 労判
号
・ ・
号
号
頁,日本オリーブ
・ ・
頁。
労判
計室事件・大阪地判平
% 労判
労判
頁。
$ たとえば,フォード自動車(日本)事件・東京高判昭
京高決昭
・ ・
頁,クラブメッド事件・東京地判平
号
・ ・
・ ・
労判
号
頁,ユーマート事件・東京地判平 ・ ・
労判
号
頁。
頁。
(
)
頁,持田製薬事件・東
労判
号
頁,類設
香川法学
巻 ・ 号(
)
レーション・スペシャリスト(顧客企業の役員等に問題意識と解決意欲を生じさせ,協
同して問題の解決策を作成実行することを業務とする。以下 IS という。
)として中途採
用された労働者(X)の解雇について,一定期間 IS として稼働したにもかかわらず IS
として求められている能力や適格性がいまだ平均を超えていないと判断される場合に
は,就業規則の解雇事由である「その職務遂行に不適当」または「その職務遂行に不十
分又は無能」に当たるとしたうえで,Xの能力や適格性が平均に達していなかったこと
などから,本件解雇を有効であると認めている。また,小野リース事件・最三小判平
・ ・
!
は,幹部従業員(X)の複数回にわたる酒に酔った状態での勤務,居眠り,
無断欠勤などを理由としてなされた解雇について使用者(Y)の不法行為責任が問われ
た事例である。判決は,Xは幹部従業員であったにもかかわらず,その勤務態度は,従
業員のみならず顧客からも苦情が寄せられるほどであり,これはXの飲酒癖に起因する
ものであったと指摘して,懲戒処分などの解雇以外の方法を採ることなくされたとして
も,本件解雇が著しく相当性を欠き,Xに対する不法行為を構成するものということは
できない,と判断した。
また,学説においても,職種や地位を特定されて採用される専門職労働者や管理職に
ついては,当該地位に要求される高度の能力・適格性を前提として,こうした能力が不
足していれば解雇事由該当性(能力不足・職務不適格性)を肯定され,また,労働契約
において地位や職種が特定され,使用者の人事権が制約されることから,配転等による
"
解雇回避努力義務も後退する,と理解されている。
このように,解雇権濫用法理は長期雇用システムを追認しながら形成されてきたた
め,判例・学説は,特定の職種や能力を前提とせずに雇用され主に企業内の教育訓練等
により職務能力を身につけ向上させていくことを予定される正規労働者のケースでは比
較的厳格な解雇規制を予定する一方で,この間長期雇用慣行が後退し労働市場が一定程
度流動化する状況の中で,特定の職種や能力を前提として中途採用などの形で雇用され
る専門職労働者や管理職のケースでは,使用者の人事裁量権が大幅に制約されているこ
となどから,その反面としてとくに解雇回避努力義務を軽減する傾向が見られた。
しかし,このように職種限定の有無や長期雇用を前提とするか否かを重視して,解雇
規制の厳格さを区別するという伝統的な理解に対しては,近年,学説から次のような疑
問が投げ掛けられるようになった。たとえば,中途採用者でも定年まで働くことを予定
! 労判
号 頁。
" 土田道夫『労働契約法』
(
年,有斐閣)
頁以下,山下昇「労働者の適格性欠如と規律違反行為
を理由とする解雇」野田進・野川忍・柳澤武・山下昇編著『解雇と退職の法務』
(
頁以下参照。
(
)
年,商事法務)
ブルームバーグ・エル・ピー事件・東京高判平
号
頁(細谷)
・ ・
労判
される場合があり,当初は職務が特定されていても,その後変更されるケースもあると
いうように,長期雇用システム下にある労働者と中途採用の専門職や管理職の間の区別
は多分に相対的なものであるとしたうえで,解雇制限法理の目的が労働者の生活基盤の
保護にあると解するならば,労働者の職務が特定されている場合においても,解雇回避
手段として,就労可能な職務への配置換えを可能な範囲で提案する必要がある,との主
!
張がそうである。あるいは,労働能力の低下が著しく,それが使用者による改善の努力
にもかかわらず容易に矯正できず,それが将来にわたり継続することが合理的に予測さ
れる場合にはじめて解雇理由になるとのルールは,中途採用の労働者についても妥当す
ると論じられており,その理由としては,労働者が特別の能力を期待され特別の高給を
もって雇い入れられた場合でも,労働者は,通常は賃金に依存して生活し,雇用の継続
"
に合理的期待をもつということが示されている。
このように,最近の学説により,職種や地位が特定されているか否かにより解雇制限
の厳格さを基本的に区別するという考え方が十分に正当化されうるのかについて疑問が
呈されるようになった状況の下において,本判決は,中途採用の記者職種限定の従業員
のケースという特性をふまえつつ,労働者の職務能力の低下が労働契約の継続を期待す
ることができない程に重大なものであるか,使用者が労働者に改善矯正を促し,努力反
省の機会を与えたのに改善がされなかったのか,今後の指導による改善可能性の見込み
等を総合考慮して,解雇の効力を決すべきである,との判断枠組みを提示した(判旨
参照)
。本判決の特徴は,職種限定の有無自体にはそれほど重心を置かず,職種を特定
して中途採用された専門職労働者に対する解雇の効力審査において,正規労働者の解雇
の場合と基本的に同様に,比較的厳格な規制を適用しようとした点にある。
本判決に類似する判断は,近年,他の裁判例においても見られるようになっている。
たとえば,クレディ・スイス証券(休職命令)事件・東京地判平
・ ・
#
は,証券会
社(Y)において顧客への投資情報の提供や注文された取引の執行を業務として中途採
用され高額の賃金を得ていたXが,成績不良を理由に解雇されたという事案である。ま
ず,本判決は,労働者の収益貢献度の多寡は,基本的には翌年の年俸額や賞与に反映さ
れるにとどまり,年度途中でそれが解雇理由となるのは,収益貢献度が極端に低い場合
に限られるとしたうえで,国内顧客の営業を担当するチームのディレクター
で,Xは
年度第
四半期,同年第
! 村中孝史「成果主義と解雇」土田道夫・山川隆一編『成果主義人事と労働法』
(
究機構)
頁以下および
頁以下。
" 西谷敏『労働法〔第 版〕
』
(
# 労判
号
名の中
四半期の収益額が最下位であったが,しかし,
年,日本評論社)
頁。
頁。
(
)
年,日本労働研
香川法学
その収益貢献度は,
巻 ・ 号(
)
年の年間トータルでみた場合,必ずしも最下位のまま推移す
るものと即断できないことから,そのような極端なケースに該当すると認められないと
判断した。また,判決によれば,Xの収益貢献度が低いことを解雇理由とすることは,
改善可能性に関する将来的予測を的確に考慮したものであるか疑問であり,解雇の最終
!
的手段性の点からも問題があるとして,解雇の効力は否定されている。こうしたケース
にくわえて,専門職労働者の解雇をめぐる最近のいくつかの裁判例においては,相当厳
"
格な解雇規制を適用して解雇を無効とするもの,あるいは比較的厳しく解雇に審査をく
⒁
わえたうえで解雇有効の結論に至るものが登場していることも注目される。
たしかに,専門職労働者や管理職については,より高度の職務遂行能力が求められ,
すなわち成績評価の基準がより厳格であるため,労働者は平均的な給付水準を(著しく)
下回りやすく,また労働者の意向などにより配転可能性が限定されることから,結果と
して,一般の労働者の場合よりは解雇の効力が認められやすい傾向がある。しかし,中
途採用の専門職や管理職の能力が平均を超えていなければ解雇理由に当たるとか,使用
者の解雇回避努力義務を検討する必要がないといった判断は精確さを欠くのではないだ
⒂
ろうか。むしろ,解雇は一方的に労働者に対して重大な経済的・精神的不利益を及ぼす
ことから「最後の手段原則」
(比例原則)が,解雇は継続的契約関係を将来に向けて解
消するという効力をもつことから「予測原則」が,解雇権の濫用性評価の際の指導的な
⒃
原理として適用されると解しうる。このような立場からすると,本判決のように,労働
契約上特定の職種や能力が前提とされている場合にも,職務能力の低下が重大なもので
あるか否か,使用者が警告や指導等を通じて改善を促したか,将来の職務能力の改善可
能性がどうであるかという観点から解雇の効力を厳格に審査しようとする姿勢を支持す
ることができる。
! なお,この判決については,解雇権濫用の法理に「将来的予測の原則」と「最後的手段の原則」を取
り込むことについては,解雇の有効性判断の客観化・透明化を図る上で有効であるとの指摘がなされて
いる(徳住堅治「労働能力不足の解雇理由と『将来的予測の原則』の適用 ―― クレディ・スイス証券(休
職命令)事件」ジュリスト
号(
年)
頁)
。
" たとえば,ファニメディック事件・東京地判平
# 日水コン事件・東京地判平
判
号
・ ・
労判
・ ・
号
労判
号 頁。
頁,トライコー事件・東京地判平
・ ・
労
頁参照。
⒂ 細谷越史「労働者の非違行為等の事例に関する普通解雇規制の再検討」根本到・奥田香子・緒方桂子・
米津孝司編『労働法と現代法の理論西谷敏先生古稀記念論集(上)
』
(
年,日本評論社)
頁以下
参照。
⒃ 比例原則(最後の手段原則)や予測原則を通じて解雇ルールの規範論理性や法的明確性を高めようと
する議論は近年の学説上有力に唱えられてきたが(根本到「解雇法理における『最後的手段の原則(ultima
ratio Grundsatz)
』と『将来予測の原則(Prognoseprinzip)
』―― ドイツにおける理論の紹介と検討」日本
(
)
ブルームバーグ・エル・ピー事件・東京高判平
号
頁(細谷)
・ ・
労判
.労働契約において労働者が負う債務の内容
本判決は,記事配信の具体的な制限時間は,配付資料や服務規律等に明示されている
ものではないことなどから,労働契約上,その不遵守が直ちに解雇事由になる程の重要
な内容になっていたものとは認められず,Yの記者がムーバー記事や速報記事の毎日の
執筆と
週間に
本程度の独自記事の執筆を義務付けられていたと認めるに足りる証拠
はなく,また,労働契約上,
「Best of the Week」選出記事数などがノルマとして設定さ
れていたことを認めるに足りる証拠はないと述べたうえで,Xの成績がこれらの水準を
満たさないとしても,労働契約の継続を期待することができない程に重大なものである
とまでは認められないと判断した(判旨
参照)
。
本判決がここで正当にも指摘するように,労働者の負うべき債務の内容が労働契約上
明確に定められていることが,債務の不完全履行などを理由とした労働者の解雇が有効
になされうるための前提条件である。
また,かりに執筆記事の質量や売上げ等の目標が合意などにより明確に設定されてい
るとしても,労使間における交渉力の非対等性を考慮すると,使用者が一方的に定めた
⒄
水準をそのまま解雇の有効性判断に用いることは妥当とはいえない。つまり,執筆され
た記事内容の質に関する目標の設定に実質的な合理性や十分な具体性がない場合,それ
⒅
に到達しなかったとしても解雇理由に相当する著しい成績不良があったとは言い難い。
労働法学会誌
号(
年)
タール労働基準法〔第 版〕
』
(
頁以下,藤原稔弘「解雇制限」金子征史・西谷敏編『基本法コンメン
年,日本評論社)
考察」西谷敏・根本到編『労働契約と法』
(
頁以下,米津孝司「解雇法理に関する基礎的
年,旬報社)
頁以下)
,最近では裁判実務において
も支持されるようになってきている。たとえば,伊良原恵吾「普通解雇と解雇権濫用法理」白石哲編著
『裁判実務シリーズ 労働関係訴訟の実務』
(
年,商事法務)
頁は,普通解雇権の行使は,①継
続的な契約関係が労働者の債務不履行等により破綻していることを理由に,これを将来に向かって一方
的に解消する手段であり,②常に性質として労働者に対し大きな人的・経済的不利益を与える危険性を
有することから,普通解雇権は,①雇用契約の履行に支障を及ぼす債務不履行事由が将来にわたり継続
するものと予測される場合に,②その契約を解消するための最後的手段として行使されるべきものであ
ると論じている。
⒄ この点について,村中・前掲(注 )
頁は,使用者が労働者に期待した水準を解雇の判断基準と
しうるのは,使用者の期待が契約内容として合意されており,しかも,労使間における交渉力の非対等
性を考えると,労働者側に相当な交渉力が備わった例外的ケースに限定されると指摘する。
⒅ 根本到「PIP(業績改善計画)による解雇の有効性−ブルームバーグ事件」法学セミナー
年)
頁参照。また,日本オリーブ(解雇仮処分)事件・名古屋地決平
営業担当従業員(X)の約
売上目標(月額
約
ヶ月間の総売上高が
万 ,
円(月平均
万 ,
号(
号
頁は,
円弱)であり,
万円)に遠く及ばずに解雇されたという事案について,既存店の平均売上高は月額
万円にすぎず,新規店開拓による平均売上高は月額
拓による月額
・ ・ 労判
万円近い売上げを想定して,月間
のということはできない,と判断している。
(
万 ,
円にとどまることから,新規店開
万円の売上目標を設定するのは到底合理的なも
)
香川法学
巻 ・ 号(
)
こうした観点から,本判決は,
「Best of the Week」に選出される独自記事の割合は,多
い者で約 .%少ない者で
%であり,特に質の高い記事だけが選出されていることか
ら,これに選出されないことをもって,直ちにXの記事内容の質の低さが重大なもので
あるとまでは認められず,また,X執筆記事のヒット件数(顧客が配信記事を閲覧した
回数)は評価対象のボーダーラインとなる
についても,
件を下回るものが多いとのYからの主張
件という数値が記事内容の質を計る具体的な指標としてどの程度有効
なものか明らかではないとして退けている。
さらに,労働債務の基本的な性質をいかに理解するかという観点から本判決を検討し
ておきたい。労働者が,専門職,管理職,営業職などとして雇用されたとしても,これ
らの雇用は,債務の本旨として,請負契約のように「仕事の完成」を目的とするもの(結
果債務)ではなく,使用者の指揮命令に従った労務の提供行為そのものを目的としてい
る(手段債務)
。そうすると,成績不振や目標未達成という事実だけでは,直接,解雇
により一方的に労働契約を終了させるだけの債務の本旨に従った履行の不能となるわけ
ではない。むしろ重要なことは,著しい業績・結果の不振から推断される明らかな能力
の欠如により,専門職や管理職などとして労働契約上明確に特定されていた職務を遂行
できないかどうか,結果として,債務の本旨に従った履行の提供がないといえるかどう
!
かである。本件において,Yは,Xが速報記事や独自記事の本数や「Best of the Week」
選出記事数などの一定の結果を達成していないことなどが解雇理由になると主張した
が,しかし,そのような一定の結果の達成はせいぜい一応の努力目標と解釈すべきであ
"
るといえる。
なお,Yは,自身のような国際企業と一般的な日本企業との雇用形態には差異がある
ことから,解雇事由の検討に当たっては雇用文化の多様性という観点が不可欠であるな
どと控訴審で補充主張した。しかし,本判決は,Yは,その人事制度が一般的な日本企
業のそれと異なることについて具体的に主張しておらず,労働者の採用選考上特色ある
ビジネスモデル等に応じた格別の基準を設定したことはないと述べ,Yの主張を退けた
(判旨
参照)
。かりにY主張の雇用実態を前提としても,労契法
条の強行法規的性
格からそれほど柔軟な解釈はできず,やはり解雇権濫用判断に能力欠如の客観的な存
在,最終手段としての解雇の必要性,労働者の利益調整が必要であることから,本判決
#
の結論は基本的に変わらないであろう。
! 高橋賢司『解雇の研究−規制緩和と解雇法理の批判的考察−』
(
び
頁,村中・前掲(注 )
" 村中・前掲(注 )
頁以下参照。
頁,西谷・前掲(注
)
(
頁参照。
)
年,法律文化社)
頁以下およ
ブルームバーグ・エル・ピー事件・東京高判平
号
頁(細谷)
・ ・
労判
.労働者の能力不足の主張立証
使用者が職務能力の低下や勤務成績の不良を理由に労働者を解雇しようとする場合,
解雇権濫用法理(労契法
条)のもとでは,純粋な権利濫用論とは異なり,実際上,
債務の本旨に従った履行の提供がないことを客観的に根拠づけうる能力や成績の低下を
"
使用者側に主張立証させる取扱いがなされている。そこで,使用者は何を根拠に,いか
なる対象との比較を通じて労働者の能力や成績の低下を主張立証しうるのかが重要な論
点となる。
本件において,まずYは,Xの同僚労働者とのコミュニケーション能力の不足などを
解雇理由として主張したが,判決は,Xは平成
いては,コミュニケーションについて
Yの主張を退けた
(判旨
年及び平成
段階中
年の各年度末評価にお
番目の評価を得ていたとの認定から,
参照)
。そもそも,ここでいう勤務評価ないし人事考課とは,
使用者の主観性を排除することができず,また相対評価を前提とするものであると考え
#
られることから,勤務評価の低さが直接的に解雇理由になるとは解しがたい。相対評価
によれば常に下位の者が存在するので,かりに従業員全体のレベルが高い場合でも必ず
$
解雇しうる労働者が存在するというのは不合理だからである。
また,本判決は,Yが,Xと同じく日本語ニュースチームで同様の仕事をしている匿
名の
名の記者の配信記事本数に比してXの配信記事本数が著しく少ない旨主張した
のに対して,Yが当該
名の記者の氏名を明らかにしないため,これらの記者の比較
対象としての適格性,計上した記事本数の正確性,選定記事の妥当性等についてXが反
証し得ないという問題があることから,同書証を信用することはできないと判断した。
! 小宮文人「職務能力の低下を理由とする解雇の効力 ―― ブルームバーグ・エル・ピー事件」
『平成
年度重要判例解説』
(
ス事件・東京地判平
年,有斐閣)
・ ・
労判
号
頁。なお,PwC フィナンシャル・アドバイザリー・サービ
頁は,使用者側が外資系コンサルタント会社の人事システ
ムの特殊性(新卒社員ではなく実務経験者を中心に採用,能力に応じた年収額,キャリアアップのため
転職が繰り返される)をも主張したのに対して,こうした業界の労働者でも,賃金により生計を立てる
以上,キャリアアップに適した転職までの間,在職することに合理的期待をもつことから,解雇に客観
的で合理的な理由が必要であるのは他の業界と異ならず,本件解雇の無効という結論は変わらないと判
示した点も参考になる。
" 土田・前掲(注 )
頁および
頁以下参照。
# セガ・エンタープライゼス事件・東京地決平
・ ・
労判
号
頁も,期間の定めなく特定の
職種を前提とせずに雇用された労働者(X)が労働能力の低さを理由に解雇されたというケースで,X
の平成
年の人事考課の結果が従業員の中で下位
パーセント未満の考課順位であることについて,
人事考課は相対評価であり絶対評価ではないことからすると,そのことから直ちに労働能率が著しく劣
り,向上の見込みがないとまでいうことはできないと判断した。
$ 村中・前掲(注 )
頁,根本到「解雇事由の類型化と解雇権濫用の判断基準 ―― 普通解雇法理の
検討を中心として ――」日本労働法学会誌
号(
(
年)
)
頁参照。
香川法学
巻 ・ 号(
)
ここでは,同僚労働者との間で成績を有意味に比較するための前提条件が存在するかど
うかが問題とされているが,これは解雇の合理的理由の主張立証を実際上負担する使用
者に向けられた当然の要請といえよう。
それでは,比較可能な同僚労働者の記事本数や売上高およびその平均値といった客観
的に評価されうる基準との比較を用いて勤務成績不良の労働者の解雇を根拠づけること
はできるだろうか。いくつかの裁判例においては,労働者の能力や成績の低下を理由と
!
する解雇の効力が同僚労働者の平均的な給付との比較をふまえて判断されてきた。もっ
とも,平均値であるとはいえ,それがたとえばある企業内の平均値を意味するならば,
それとの比較もやはり相対的評価を基礎とするものであるという限界を伴うことから,
"
解雇の判断基準として平均値との比較を用いる際には慎重さを要する。こうしたことか
ら,使用者が成績や能力の低下を理由に専門職や営業職などに就く労働者を解雇しよう
とする場合,その能力や業績が平均値を著しく下回ることを主張立証する必要があり,
そのように重大な職務能力の低下が,解雇により一方的に労働契約を終了させるほどの
債務の本旨に従った履行の不提供に至っていることを推断させる場合に解雇の正当な理
由の存在が認められうると解すべきである。
.解雇回避手段としての業務改善計画
労働者の職務能力の低下や成績不良を理由とする解雇をめぐる従来の判例において
#
$
%
は,使用者がより緩やかな手段として注意や警告,教育的措置,配置転換などを実施し
て解雇を回避するよう努力したかどうかを審査するものが見られた。しかし,使用者側
は最後の手段である解雇に訴える前に具体的にどのような内容の警告や教育的措置を行
! 同僚労働者の平均的な給付との比較をふまえて解雇の効力を判断する裁判例として,エイゼットロー
ブ事件・大阪地決平 ・ ・
・ 労判
号
労判
号
頁,日本オリーブ(解雇仮処分)事件・名古屋地決平
頁,クラブメッド事件・東京地判平
" 村中・前掲(注 )
・ ・
労判
号
・
頁などがある。
頁は,
「平均」がある企業の従業員の平均を意味するとすれば,それは相対評
価に基づく判断を意味し,解雇の判断基準として不合理なものというべきであり,
「平均」を基準にする
のであれば,少なくとも社会一般におけるそれである必要があると指摘する。
# たとえば,エイゼットローブ事件・大阪地決平 ・ ・
グ事件・神戸地判平
番号 L
地判平
・ ・
労判
号
)
,クラブメッド事件・東京地判平
・ ・
労判
号
労判
頁,東京地判平
・ ・
・ ・
労判
号
・ ・
労判
労判
号
頁,トライコー事件・東京
・ ・
労判
号
頁,日本エマソン
頁。
% たとえば,プラウドフットジャパン事件・東京地判平
京地判平
頁,三菱電機エンジニアリン
頁。
$ たとえば,セガ・エンタープライゼス事件・東京地決平
事件・東京地判平
号
・ ・ (LLI/DB 判例秘書掲載・判例
号 頁。
(
)
・ ・
労判
号
頁,日水コン事件・東
ブルームバーグ・エル・ピー事件・東京高判平
号
頁(細谷)
・ ・
労判
うことにより労働者の行為が改善する見込みがあるかを判断すべきかについて詳論した
裁判例はこれまでほとんどなく,学説上もこの点について十分に検討が行われてこな
かった。
こうした議論状況の中で,本判決は PIP という新しいタイプの労働者の業務改善策が
適切な解雇回避手段とみなされうるかという新たな課題に正面から取り組むこととなっ
た。なお,PIP はたしかに従業員の成績向上のための手段であるという性格を有するが,
実際上は従業員の能力不足や成績不良が解雇事由に相当するか否かの判断をするために
!
用いられることが多いようである。
本件では,とくにXに対して PIP への取組が
連続で命じられており,そこでは,独自記事を
ヶ月という短い期間を単位として三度
週間に
本は「Best of the Week」に提出できる水準であること)
,
本は配信し(うち
日に
ヶ月に
本株式ムーバー記事
を配信することを含む達成がかなり困難と思われる仕事内容が要求されていた。この点
について,本判決は,本件 PIP が抽象的で高度の能力改善要求を伴うものであることを
ふまえて,Yは,Xの記事内容の質の問題について,各評価で抽象的に指摘したり,月
回「Best of the Week」に提出できる程度の独自記事を提出するという課題を設定す
るだけで,記事内容の質の向上を図るために具体的な指示を出したり,Xとの間で問題
意識を共有した上でその改善を図っていく等の具体的な改善矯正策を講じていたとは認
められないと判示して(判旨
参照)
,本件 PIP が解雇回避のための有効な是正警告手
段であるとは認められないことを明らかにしたのである。
本来,是正警告では,使用者が,労働者のどのような行為を労働契約に違反するもの
として問題視しているのかを詳細に指摘し,今後労働契約上の義務を遵守するよう要求
し,同時に,契約違反が繰り返された場合には労働関係の存続が危うくなるという結果
"
が生じうることを明示しておく必要がある。しかし,本件 PIP で要求された仕事内容の
うち,とくに独自記事,速報記事の本数,
「Best of the Week」選出記事数は,指揮命令に
従った労務の提供というよりは,労務給付の成果や結果そのものに近いのであるから,
その達成を警告の中で要求されても労働者は改善の方法を十分に理解することができな
! 東京地判平
・ ・ (LLI/DB 判例秘書掲載・判例番号 L
" 小野リース事件・仙台地判平
・ ・
労判
号
)参照。
頁(同事件・仙台高判平
・ ・
労判
号 頁)は,使用者は,是正警告により,従業員の問題点を自覚させ,勤務態度を改める機会を与える
ため,はっきりと,その飲酒癖,深酒により勤務態度に問題が生じていることを注意,指導したり,それ
が解雇理由になり得ることを警告したりすることで,改善が図られるか見極めるべきであったとして,
結論的に従業員に対する解雇を無効と判断した。他方で,日本基礎技術事件・大阪高判平
判
・ ・
労
号 頁は,解雇の意思表示を行う前に必ず解雇をほのめかしたり,明示した注意指導が不可欠で
はないと判示するが,この判断については疑問が残る。
(
)
香川法学
巻 ・ 号(
)
いであろう。それゆえ,使用者が警告を通じて労働者に対して抽象的ないし相当に高度
な仕事内容や成果の達成を要求し,未達成の場合には解雇を予定しようとするならば,
労働者の能力や成績等の改善を図るための具体的な指示を出したり,労働者の仕事方法
の検討や成績不良の要因の分析・究明をふまえ,問題意識を共有したうえでその改善を
!
図る等のより実質的な取組みが使用者に要求されるべきである。
つぎに,警告や教育的措置を受けた労働者の成績や能力の改善見込みとの関係で重要
なのは,使用者はどの程度の期間労働者の勤務状況を観察することが必要かという問題
である。
この点につき,本判決は,Xは,第
回 PIP における翌週の行動予定の提出以外につ
いては目標どおりに提出していることから,XがYの指示に従って改善を指向する態度
を示していたとし(判旨
参照)
,また,Xは PIP 等において設定された独自記事本数
については全て達成し,ムーバー記事についても,第
かったが,第
回,第
回 PIP では目標数に遠く及ばな
回の PIP では目標数を達成するか又はそれに近い数値に及んで
いることから,XはYの指示に従って改善を指向する態度を示していたとの評価をくわ
えている(判旨
参照)。この判示部分から,判決においては,警告から約
ヶ月間と
いう比較的短い期間の後に評価がなされるという各 PIP の結果に単に依拠して判断する
のではなくて,むしろそのような PIP が二度,三度と繰り返され,全体として数ヶ月間
というより長期的な視点から労働者の行為が改善される傾向が看取されるかが重要視さ
れていることを読み取ることができよう。このように,使用者が警告等により職務能力
や成績の改善を要求する場合,労働者には労務給付や成績を改めるために必要な一定の
期間が与えられるべきである。また,共通の考え方は,警告を前提とするわけではない
が,より一般的に営業や取引に従事する労働者の能力や成績の評価期間の適否が問題と
なったケースにおいても見出されることを付言しておきたい。
! この点につき,高橋・前掲(注
)
頁は,労働者の職種等が特定され,一定の高度な知識等が必
要とされる業務を行う労働者が期待された成果や結果を上げられない場合,使用者は,プロセスや成果
が出ない要因の分析,他の労働者の業績との比較による当該労働者の業績の分析などを行う必要がある
と論じている。また,根本・前掲(注
)
頁以下は,使用者が裁量にもとづき必要とされる職務能力
の水準を上げる場合には,企業側が十分教育的措置を講じることが解雇回避措置として求められると指
摘する点も参考になる。
また,クレディ・スイス証券(休職命令)事件・東京地判平
・ ・
労判
号
頁も参照。判
決は,労働者(X)が使用者(Y)から警告を受けた時点では,Xが担当する重要顧客である銀行の平
成
年第 四半期におけるYに対する評価期間は残り
日を切っており,同四半期の評価を上げるに
はXにとってあまりに期間不足であったことから(一方で,警告の時点で同四半期の評価期間が
日程
度残っていた別の重要顧客の評価はかなり上昇している)
,当該銀行による評価が低いことをXの解雇理
由とすることは,改善可能性に関する将来的予測を的確に考慮したものといえないと判断した。
(
)
ブルームバーグ・エル・ピー事件・東京高判平
号
頁(細谷)
なお,本判例批評は平成
・ ・
労判
年度科研費(基盤研究 C)
:課題番号
の助成を
受けた研究成果の一部である。
(ほそたに・えつし
連合法務研究科准教授)
! たとえば, か 週間にも満たない営業日数を前提にその勤務状況等から保険営業マンとして資質・
能力が著しく劣っていると評価するのは困難であるし(ライトスタッフ事件・東京地判平
判
号
・ ・
労
頁)
,営業担当労働者が営業開始から ヶ月半程度しか経過していない時点で新規契約を
件も締結することができず(ベスト FAM 事件・東京地判平
・ ・
労判
号
頁)
,あるいは不
動産取引の仲介などを手掛ける労働者が ヶ月半程度の短期間に具体的な利益をもたらす業績を上げら
れなかったからといって解雇を正当化する理由が存在するとはみなされていない(共同都心住宅販売事
件・東京地判平
・ ・
労判
号
頁)
。
(
)