父さん飯を作る

父さん飯を作る
校内放送
ピンポンパンポン・・・磯野カツオくん、磯野ワカメさん、至急校長室に
来てください。繰り返します、磯野カツオくん、磯野ワカメさん、至急
校長室に来てください。
カツオ
何だ? 僕とワカメだ。
中島
何したんだい? 校長室に呼ばれるなんてただ事じゃないぜ。
カツオが校長室に行くと、ワカメとマスオがいる。
マスオ
カツオくん、お母さんが大変、倒れたんだ。今病院にいるからすぐに行
こう。
ワカメ
意識がないんだって! お兄ちゃん、どうしよう!
マスオ
ワカメちゃん、落ち着くんだ。とにかく病院に行こう。
カツオ
お父さんと姉さんは?
マスオ
今、お母さんのところにいるんだ。タラちゃんも一緒に行ってる。大丈
夫、三人が付いてるんだから、大丈夫。さあ、行こう!
三人で病院に駆けつけ、病室に入る。
サザエ
マスオさん!カツオ!ワカメ!母さんの意識がないの!
マスオ
サザエ、とにかく落ち着くんだ! お父さん、検査の結果は?
波平
過労ではないかとの診断だが、母さんも年だ。精密検査の結果待ちだ。
タラちゃん
お祖母ちゃん、死んじゃうですか?
マスオ
タラちゃん、こういう時はね、信じることが大事なんだよ。一生懸命、
無事を祈るんだ。
波平
サザエ、母さんは少し落ち着いてるから、子供たちを連れて、一旦、家
に帰りなさい。
サザエ
心配だわ。
波平
いざという時、誰か家にいた方がいい。
サザエ
そんな・・・。
マスオ
サザエ、お父さんの言う通りだ。辛いけど戻った方がいい。
サザエ
・・・分かった。タラちゃん、ワカメ、カツオ、帰りましょ。
波平
カツオは残りなさい。
サザエ
父さん・・・。
マスオ
サザエ、辛いのは分かる。でも、タラちゃんとワカメちゃんには酷過ぎ
る。それに大丈夫さ。顔色だったこんなに良いんだ。お父さんと、僕と、
カツオくんが付いてるんだ。大丈夫。安心しなさい。意識が戻ったら真
っ先に電話する。それぞれに役割があるんだ。カツオくん、耐えられる
ね? 一緒に帰るかい?
カツオ
もちろん残ります。僕はそんなに子供じゃないんだ。この場でお母さん
の無事を祈ります。姉さん、タラちゃんとワカメを頼むよ。僕は大丈夫。
サザエ
・・・分かったわ。私は二人を連れて帰ります。マスオさん、お願いしま
す。
マスオ
大丈夫さ。僕を信じて。今まで裏切ったことなんてあったかい?
サザエ
・・・なかったかしら?
マスオ
サザエ、もしかしたら、君と出会ってから初めての危機かもしれない。
僕は頼りないよね。誰もがそう思うだろう。でも、この場では違う。一
生後悔するのは嫌だ。全力でお母さんを守る。ずっと祈るよ。それくら
いしかできないけど、全力で祈る。だから心配するな。タラちゃん、ワ
カメちゃん、サザエの言うことをよく聞くんだよ。帰ったら、すぐ寝な
さい。夜遅くに電話がいくかもしれない。しっかり休むんだよ。僕を信
じてぐっすり休むんだ。できるね?
ワカメ
分かりました(泣)
。タラちゃん、おうちに帰るよ。母さんは大丈夫。
三人がついてくれてるんだから安心して戻りましょう。
タラちゃん
分かったでしゅ。
サザエ
それじゃ、父さん、マスオさん、カツオ、よろしく頼みます。
サザエ、ワカメとタラちゃんを連れて家に向かう。
病室には、計器の音がしている。
波平
母さんには苦労を掛け過ぎたかな。亭主関白だったか。もっと家事の手
伝いをしてあげればよかった。もっと色々なところに旅行に行ってあげ
ればよかった。もっともっとできたことがあったんじゃ。情けない、こ
んな男に嫁がせてしまって。
マスオ
お母さんは幸せ者だと思いますよ。お父さんは、十分優しかった。カツ
オくんたちの教育を一生懸命やったじゃないですか。僕にはできませ
ん。甘やかしちゃって。今は、厳格さが、求められているんじゃないで
しょうか。
波平
いや、今は優しさが求められる時代かもしれん。その点、マスオ君は本
当にいい婿だ。サザエにはもったいないほどじゃ。
カツオ
お父さん、ありがとう。この場に残してくれて。この場にいなかったら、
一生後悔していたかもしれない。お父さんとマスオさんは、両極端だけ
ど、そんな二人でちょうどいいのかもしれないね。姉さんがよく言って
たよ。厳格な人と、優しさにあふれた人と、それを見守る人と、言うこ
と聞かない人がいて、磯野家はどこにもない素晴らしい家庭を築いてい
るんだ、ってね。
しばしの沈黙。時計は夜中の十二時を過ぎている。
波平
椅子に座って少し休もう。容体は安定しているようだ。
静けさの中で波平のすすり泣きだけが聞こえる。
フネ
んん・・・ここは?
波平
フネ!病院じゃ!分かるか!わしだ!
フネ
そんなに大きな声を出さなくても分かりますよ。病院ですか?
マスオ
お母さん、過労で倒れたんです。お父さんが真っ先に駆けつけ、容体を
見守っていたんです。よかった。よかった!
カツオ、ぐっすり寝ている。
マスオ
夜遅いですが、サザエたちに連絡しますか?
波平
ああ、吉報は早い方がよかろう。頼むマスオ君。
マスオ
分かりました、すぐ電話してきます(病室を出る)
。
波平
本当によかった(泣)
。母さん、わし、これからはもっと優しくする。
無理しないで辛い時は休んでくれ。もうこんな思いはしたくない。
波平、フネの額にキスする。
フネ
お父さん、困りますよ。そんな急に優しくされたらまた倒れそうですよ。
今までので満足ですよ。嫁いでから辛いと思ったことなんてありませ
ん。いい旦那様でしたよ。
波平、人目をはばからず泣く。
場面代わって、サザエ、ワカメ、タラちゃんが病院に駆けつける。
マスオ戻る。
医師もおり、軽く検査をしている。
サザエ
母さん!
ワカメ
お母さん!
タラちゃん
お祖母ちゃん!
フネ
まあまあ、お揃いで。もう大丈夫ですよ。ゆっくり休んで元気になりま
した。
医師
検査でも軽度の過労という診断になりました。もう大丈夫でしょう。
マスオ
本当によかった。サザエ、本当にありがとう。
サザエ
マスオさん、お礼を言うのはこっちの方ですよ。ところで、カツオは?
波平
寝とる。カツオ!起きんか!
場面代わって、磯野家のキッチンにて、
サザエと波平が料理をしている。
サザエ
父さん、玉子焼き、まだ?
波平
上の方が生で、そのまま巻いていいのか?
よく分からんが焦げ臭い
な。下が焦げとる。
サザエ
もう父さん、無理しなくていいわよ。
波平
いや、今日だけでも料理を作るんじゃ。
サザエ
父さん、こんな姿を見せたくなくて、カツオに母さんの面倒看させてる
んじゃないの?
波平
違うわい。
カツオ、フネ、ワカメ、タラちゃん、マスオたちが
フネの寝ている部屋でくつろいでいる。
フネ
カツオはイタズラだけど、本当は優しいんだね。
カツオ
子供代表としてやれるだけのことはやったさ。本当に優しいのは、マス
オさんとお父さんだよ。
ワカメ
お兄ちゃん、心配だった?
カツオ
いいや、元気になる確信があったからね。
タラちゃん
僕は家で寝ていたでしゅ。
ワカメ
タラちゃんはそれでいいのよ。お兄ちゃんは、ダメだと思う。
フネ
あの場で寝られるというのは、冷静な証ですよ。そのくらいでなくちゃ
私も安心して家で過ごせませんよ。
サザエ、波平が食事の支度をした。
サザエ
夕飯の準備ができましたよー。カツオ、母さん連れて来てー。
フネ、カツオの手を借り、席につく。
サザエ
さあ、一家団欒!久しぶりだけどこうでなくちゃ。
マスオ
改めてみんなで食事ができることに感謝しなくてはいけないね。
サザエ
そうね、しかも今日は特別よ。この玉子焼き、父さんが作ったの。多分
味はいまいちかな。
波平
こら!サザエ!お前はいつも一言多い!
フネ
玉子焼き、とてもおいしいですよ。
波平
フネ・・・(泣)。すまん、こんなところで泣くとは。すまん。
カツオ
お父さん、泣いてばかりだね。お母さんが目を覚ますまでずっと泣いて
たね。
波平
起きてたのか?
カツオ
いくら鈍感な僕でもあの場で寝ないよ。二人の子供でよかった。本当に
幸せ者だ(泣)!
タラちゃん
この目玉焼き、塩味がします。
サザエ
あら、タラちゃんも泣いてるの? 泣くと塩味になるのよ。
サザエ、目玉焼きを食べる。
サザエ
やだ、父さん、砂糖と塩間違ってる!
波平
砂糖も塩も入れておらんわい。
マスオ
お父さんの味を楽しめるのも幸せの証。
(目玉焼きを食べ)僕のも塩味
だ。
了
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