おこづかいから始める消費者教育- 我が家の実験と消費者啓発

第30回2014年ACAP消費者問題に関する「わたしの提言」 ACAP理事長賞
おこづかいから始める消費者教育-
我が家の実験と消費者啓発パンフレットに込めた想い-
消費生活アドバイザー・消費生活コンサルタント
(神奈川県在住)
中島 朋美
はじめに
現在学校教育では「生きる力」の育成を目指し、その一環としてお金や生活の基本について家庭科や社会科
等の授業を中心に取り上げるようになっている。しかし、親世代・祖父母世代では、金銭教育や家計管理の技術
を学校の授業で学んだという人は多くはないだろう。現在においても学校教育で扱うとはいえ、数回の授業だけ
で金銭感覚が身に付くはずはなく、教育は「きっかけ」を与えてくれるものの、継続して習慣にすることは家庭に
委ねられていると言えよう。では、学んだ覚えのないことを、いかに家庭で教えたらよいのか。しかも親・祖父母世
代にはなかった、クレジットカードや電子マネー等の利用が激増している時代に、である。
以下、我が子の幼児・小児期に私がおこなった金銭教育、そこから広がった消費者教育、そしてそれらの体験
も元にした消費者啓発活動とパンフレット作りについての雑感を、作文調にまとめてみたい。
きっかけ
私は生命保険会社で勤務した後、消費生活の専門資格を取得し、20 歳代から消費生活相談員として消費生
活センターに勤務してきた。生命保険会社でお客様対応をする中で、「住宅に次いで高価な買い物」と言われ
る生命保険にもかかわらず、商品の仕組みや契約内容を十分に理解していない方が多いことに驚いた。(勧誘
時の説明が不十分であった可能性は否定できないが。)「保険料の支払いがきつい」との理由で窓口に相談に
来て、初めて保険の内容を知るという方もいた。中途解約でごくわずかな返戻金しかなく落胆される方もいた。そ
の後勤務した消費生活センターでは、多重債務に苦しむ方、「簡単に稼げる」と勧誘されてパソコンや投資情報
を買わされ逆に負債が増えた方、有料サイト利用料金が膨大な額になった方など、金銭に絡んだ相談を多く受
けた。これらの経験の中で「契約をするときに少し冷静に考えていたら、この方は、大切なお金をこの契約に使っ
ただろうか」との思いは常にあり、金銭感覚や家計管理能力の重要性を実感した。
消費者トラブルの防火活動のために
消費生活相談員をしながら、2 人の子供を出産。相談者と共に悩み、解決の道を探る中で、「成長した我が子
がこのような消費者トラブルに巻き込まれないためには、今、親の自分に何が出来るか…」と考えるのは自然の流
れであった。消費生活センターでは、相談と啓発は車の両輪の関係、というのが定説であるが、トラブルが起こっ
てからの「火消し」だけでなく、トラブルに巻き込まれない為の「防火活動」が必要ではないか、三つ子の魂百まで、
というように、幼少期から生活の中で伝えていくべきなのではないかとの思いは日増しに強くなっていった。
転機
そんな折、消費生活啓発員の募集があり、現在勤務する消費生活センターに採用された。子供達は小学 2
年生と年中に成長していた。幼児のころから、例えばレジでは「クレジットカードは魔法のカードだと思う?」、切
符券売機の前で「回数券っていうのもあってね…」などと、会話の中で親として消費生活の基礎を伝えてきたつ
もりではあったが、「伝える」だけでなく、「体験させる」ことが出来ないか、と考えるようになった。体験を通して自
ら気付き、どうしたらいいのか考え、実践してみることが一層の成長につながるはずだからである。
実験その1
1 年後、上の子が通う学童保育のおやつ代システムが変わったのを契機に「実験」を始めることにした。やり方
はシンプル。学童保育に支払っていたおやつ代相当(500 円)を子どもたちに渡し、私(母親)が仕事の日に食
べる1カ月分(頂きもの等もあるので実質 10 日分程度で足りるのだが)のおやつをその中で賄うよう自分で買い
物をする、というものである。下の子は年長で、まだ計算が出来なかったが、なにか感じることがあろう、と考えそ
れぞれに 500 円ずつ渡すことにした。何を、いつ、どこで買っても構わない、内容に親は口出ししない、というル
ールだが、現実的には、まだ二人だけで買い物に行くことは難しかったため、近所の大手スーパーに一緒に行
くことから始めることにした。
買い物の仕方にはその子の個性が反映される。1 回目から、慎重派の姉(小 3)は先を見通して数を重視した
選択。駄菓子や、大袋の中に十数個入って単価が低くなるものなどを選ぶ。私の携帯電話の計算機で合計を
出しては、あといくら使えるか、を確認してきっちり 500 円分になるよう計算するタイプだ。一方の弟は直感派。プ
ラモデルにラムネが 2 個付いた「お菓子」と、大好きなサッカーの選手カードがついたポテトスナックを 1 袋買っ
たところで予算を使い切った。苦笑しながら「これだと、おやつは 2 日位で食べ終わる量だけどいいかな?」と聞
いたが、「僕はこれが欲しいんだ」ときっぱり。ルールはルール、それでお会計。
弟なりに思うところがあったのだろう―。翌月からおもちゃやカード付きのおやつを選ぶことはなくなった。姉の
買い物を参考にしながらも自分好みのものを選び、姉に計算してもらいながら値札や内容量(個数)も見るように
なった。
実験 1 の途中経過と思わぬ収穫
この「実験」を 5 年間続けている。①購入(契約)前に考えること、②やりくりすること、を主体的に体験してくれ
ればよいという当初の思惑は十分に達成されたと考えている。この実験の特徴は、使途を自由に決められるおこ
づかいをいきなり渡すのではなく、使途(おやつ代として)は固定された中でやりくりする、ということである。使途
を考えながら、計画的に、予算の中でのやりくりは、我が子にはまだハードルが高いと考えたからだ。なお、成長
に伴い、一気に予算消化せず、計画的に買い足し、また、二人合算して多くの種類を購入してシェアする、など
発展形をとるようになっている。また、金銭感覚(やりくり)を身に付けるのと同時に、予想外の収穫もあった。ある
時姉が「同じお菓子でもお店によって値段が違う」ことに気付いた。また、「同じ店でも日によって値段が違うこと
がある」ことを発見した。値札近くの割引クーポン券や、値引きシールにも敏感になった。姉に負けじと弟も考え
る。「同じ中身なのに、こっちの袋(PB 商品)が安いと思う!」。
それらの発見を、私は少し大げさに褒めるようにした。「いいことに気付いたね!」、そして「どうして店ごとに値
段が違うのかな」「何で今日(月)は安いのかな」「値引きしたのはどうしてかな」「PB 商品っていうのはね…」。子
ども達の自由な発想に時に笑い、時に感心し、楽しみながら消費者教育の第一歩をおこなうことが出来たように
思う。収穫は価格への気付きだけではない。大きなスナック袋を開封し、しばらく食べないと、途中で湿気てしま
うことがあった。すると割高でも 1 回分ずつ包装されたものの方が用途に合っていることに気付いた。また、輸入
食品の異物混入等が問題になったニュースをテレビで見てからは、材料の原産国表示を気にするようになった。
年頃になった姉はカロリー表示を、いくら食べてもおなかがすく弟は内容量をそれぞれ気にして選んでいるよう
だ。目的に合った商品を選ぶこと、選択の基準をもつこと、比較検討することなど、消費者に必要とされる知恵が
実践を通してしっかりと身に付いていく様子がよくわかった。
実験その 2
一方で私には「お金は働いて得るもの」ということを伝えたいとの思いもあった。消費者被害の中には、「楽し
て儲かる」「いきなり益が出る」という勧誘トークを鵜呑みにしてしまったことが原因となるケースも多い。我が子に
は、そんなうまい話はないこと、そして、苦労して稼いだお金だからこそ、よく考えて大切に使わなくてはいけない
ことを伝えなくてはならないと考えたのだ。
そのため「実験 2」は、労働報酬制の導入とした。子ども達と話し合い、お皿洗い○円(洗い物の量による交渉
OK)、お風呂洗い△円、洗濯物干し◎円などと予め「労働対価」を設定。カレンダーに日々成果を書き込み、月
末締めで支払い、とした。
この実験の特徴は、まず、家族として最低限やるべき仕事(例えば靴を揃える、収集日の朝出かけるついでに
ゴミを出す、食事の前に皿や箸を家族分用意する、食後自分のお皿を下げる、自分の分の洗濯物を畳んで片
付けるなど)では報酬は発生しないこと。これは家族の一員として気持ちよく家事を分担するのは当たり前であり、
出来なければ将来独り立ちした時に困ることになる、と考えたからである。もちろん、「じゃあこれやったらいくらく
れる?」という守銭奴的発想を回避する目的もある。また、2 つ目の特徴は人により対価が違うこと。熟練度合い
で対価が違うのは労働現場では当たり前。姉は高い報酬を得る代わりに、質の高い成果が求められる(やり直し
させられる)ことになった。弟も自分のレベルが上がれば対価も上がる、というシステムには納得がいったようだ。
実験 2 の途中経過と発見
労働報酬制については、金銭感覚の養成よりはキャリア教育や家事見習いとしての色合いが強いが、今のと
ころそれなりの成果が出ていると思われる。中 1 と小 4 になった現在では、先に帰宅した人がお米を炊く、時間
になったら風呂の準備をする、洗濯物が乾いていたら取り込む、程度には声をかけなくても当然のようにおこなう
ようになっている。
労働報酬制についても、個性がよく反映された。姉は仕事の質を褒めるとがぜんやる気が出るタイプ。一方弟
は「あなたのおかげで私はとても助かるわ」という言葉が何よりの報酬、というタイプ。「お金のためにやったんじゃ
ないよ、お金はいらないよ」などと言うこともある。(と言われても必ず支払うのがお約束。。。)
これらのことから、性格によっては労働報酬制が合わない子もいることは想像に難くない。また、子どもの成長
に合わせて対価や仕事の内容を見直すことがある程度の緊張感を維持するためにも必要だと分かった。なお、
中学進学と同時に、姉は月額おこづかいに変更した。これは「毎月決められた金額の中で計画的にやりくりする」
という最終形に移行する準備が整ったと考えたためである。
保護者たちの要望
消費生活啓発員の仕事は、住民たちに消費生活に関する情報を届けること。原稿の執筆や啓発紙の編集、
パネルの作成、メルマガの配信、各方面の専門家を招いての講座開講などと並行し、自らが講座の講師をつと
めることもある。
町会などの地域の集まり、老人会、消費者団体など様々なところから講師の依頼があるのだが、私の勤務先
では、依頼主のひとつに小・中学校の家庭教育学級がある。これは、各校の PTA 役員が企画し、各校で PTA
会員が参加して、2 時間程度、家庭教育に役立つ学習や体験をおこなうというもの。私が啓発員となって 2 年間
(記録を見る限りそれ以前も)依頼テーマはほとんどの学校が「ネットトラブルから子どもを守る」というものであっ
た。自分達の成長過程になかったインターネットの出現と目覚ましい普及の中で、保護者が不安を抱えることは
当然であろう。当時在籍した啓発員は皆小・中学生をもつ母親でもあったため、同じ年頃の子どもを持つ母親の
視点も交えて講座をおこなうことができ、親近感をもって聴いてもらえることが続いた。(蛇足ながら消費生活セン
ターとしての軸がぶれることはもちろんない。)保護者ネットワークの情報伝達力は驚異的で、在籍 3 年目に、あ
る小学校から「保護者の視点も取り入れながら、家庭でできる金銭教育の話やおこづかいの話をしてもらえない
か」という依頼があった。
仕事としては大変難しいというのが率直な感想だった。まず家庭ごとに金銭に関する考え方や価値観、財布の
大きさが違うこと。子どもの年齢・性別・性格で、伝え方も伝えたいことも変わること。多くの人に配慮すればする
ほど具体的な数字も挙げづらく、何より正解がないテーマである。ただ、お金に関する消費者被害が年齢を問わ
ず高止まりしている現状があり、金銭教育はネット教育と同様に子どものうちからおこなう必要があるテーマであ
るというのが消費生活センター内で一致した意見であった。
早速同僚と試行錯誤し消費者トラブル事例を中心に「今親として出来ること」という視点も交えての講座を企画。
おこづかいを家計の縮小版ととらえることで、金銭教育に活用できるとしながらも、おこづかいを与えていない家
庭に配慮し、イベント(例えば夏祭りの買い物や旅行先のお土産)ごとに予算内で自由にやりくりすることで代用
案を提案するなどの方針も決めた。具体的には、おこづかいを通して①「欲しいもの」と「必要なもの」を仕分ける
力、②計画的にやりくりする力、③買うものを吟味する力、我慢する力が身に付くことを事例を通してお話しする
ことを主眼とした。そして、ワークショップを取り入れて、参加者全員に「我が家の取り組みや失敗例」や「お悩み」
を発言してもらい、情報を共有し、その中から各人が各人にとっての正解とヒントを得てもらう形をとった。
この 1 校の講座を契機に、翌年度は 7 校の家庭教育学級から「子どもの金銭感覚を育てよう」の講座依頼があ
った。ある保護者が担任に「子どもに聞かせたい」と要望し、小学 5 年生の授業に講師として伺う機会も得た。さ
らにその授業を聴いた校長先生から、同校で開催する地区公開講座の講師も依頼されるなど、学校教育への
協力へと広がった。
このことから、保護者たちは家庭に任されている金銭教育について、情報を渇望していることがよくわかった。
家庭ごとに違い、正解のないテーマでもあり、また金銭に関することを話題にするのははしたないとされる風潮の
中で、一人悩み、おこづかいやお年玉の平均額報道に振り回されていた。各校を回り、保護者達と直接話し、
質問を受け、共に考えることを繰り返して例えば次のようなことに気付いた。小学生の約 8 割がおこづかいをもら
っているという全国調査結果(金融広報中央委員会「子どものくらしとお金に関する調査」(平成 22 年度調査)に
対し、私の勤務する自治体各校(参加者ベースの体感)では逆におこづかいを渡していない家庭が約 7~8 割
であること。おこづかいの平均額小学 1・2 年生 698 円、3・4 年生 845 円、5・6 年生 1279 円(前掲委員会「家
計の金融行動に関する世論調査」平成 26 年度調査)に対して「高い!」と感じていること。おこづかいを渡して
いる(渡す予定も含む)家庭では、圧倒的に“学年×100 円”が多く、平均額を言うとザワザワとするのである。し
かし、平均額はあくまで統計であり目安ではないこと、むしろその中で何を買うことにするか、子どもと話あい、我
が子に必要な額を各家庭で逆算して算出することをお勧めすると、ホッとされるのだ。
おわりに
親として、専門家として金銭教育に関わってきた体験を通し、親も自信がないからこそ振り回されるが、立ち止
まって考えることで整理され、軸が定まり、おこづかいの話をきっかけに親子の関わりも増え、結果として何かトラ
ブルになった時に相談しやすい関係が築ける、と良い循環ができていくように感じている。各家庭で判断すると
ころであるが、私は小学生のうちから、おこづかいを通して、沢山の失敗をし、継続的にやりくりを経験する中か
ら金銭感覚を養わせることを提案・お勧めしたいと考える。
以下に、講座後の振返りや参加できなかった保護者への情報提供のため、講座趣旨をまとめたパンフレット
(目黒区消費生活センター発行)を掲載する。これはネット公開されており、消費者庁の消費者教育ポータルサ
イトからもアクセスしていただくことが出来る。
(http://www.city.meguro.tokyo.jp/kurashi/jitensha_shohi/shohiseikatsu/okodukai.html)
表紙
裏面
中面
[審査委員長からのコメント]
身近な「お小遣い」を教育的視点からとらえ、体験的に実施された内容を基に、その結果を消費者啓発資
料にまとめ上げたのは見事といえる。非常に読みやすく理解しやすい。親子での対話、家庭から学校・地域
へと広がりも実現性・具体性が高い。