「ゼロ」と「全て」の間に顧客を導けるか 公募の投資信託の資産残高上位に、外国のリートやJ-REIT、ハイイールド債券に投資をするもの が並んでいる。こうした現状は「金融機関は販売手数料が高い、自分たちに都合のよい商品ばかり勧め ている」と批判される。ただし、公募投信の販売手数料は運用会社が設定した上限の範囲で、販売会社 が任意に設定できるのだから、販売手数料が直接のインセンティブとなって特定商品の勧誘に傾斜しな いだろう。むしろ、高リスク商品が残高上位にズラリと並ぶことが問題だ。 高リスク商品に資金が集まる背景には、リスクに関する金融機関と顧客(この場合、投信未購入層と 経験の浅い投資家であり「消費者」と呼ぶべきかもしれない)の情報格差があるのではないか。顧客にと り、「リスクを取る」「リスクを取らない」の判断は「ゼロ」か「全て」という極端で、不毛な選択に陥りがちで、 リスク量の小から大までの間で自分に適した位置を見つけるという発想に乏しい。 そのため「どうせリスクを取るなら大きなリターンの狙えるものを」という判断になり、結果として高リス ク商品を購入してしまう。投信販売の担い手も顧客が高リスク商品を求めているのに、「リスクの小さい バランス型ファンドはいかがですか」とか「分散投資でリスクを抑制することが大事です」といって、顧客 が興味を持っていない商品を丁寧に説明することはまれだろう。 最近、コア・サテライト戦略が脚光を浴び、販社が先を争って値動きが緩やかなコアファンドを採用す る動きがある。だが、顧客の「ゼロ」か「全て」という思い込みを解きほぐす販売スキルの開発や投信を提 案する前に「なぜ、人生設計に投資が必要か」を理解してもらうスキルの向上に取り組まない限り、コア ファンドが残高上位にランキングされることはないように思う。 14 年に発行された「2020 年のリテール金融投資サービス」(武藤健)に、「ビジネス誌やマネー誌の投 資勧誘記事は投資未認知層に届いていない」という指摘がある。資産運用業界の人間は巷に溢れる投 資に関する正論から極論までの様々な情報に食傷気味だろう。だが、それは認知バイアスというもので、 届いてほしい層にそうした情報は全く届いていないというのだ。さらに、投資家に届けるべき情報で不足 しているのは量ではなく、質かもしれないし、コミュニケーション手段かもしれない。 幸いにして、最近ではタブレット端末やインターネット上のコンテンツなどで様々なリスク指標を可視化 し、分かりやすく伝えられる環境が格段に整っている。そこで大切なのは「さらなる投資教育や投資啓蒙 が必要」といった上から目線ではなく、どうしたら目の前の顧客に「ゼロ」と「全て」の間に自分の進むべき 道があることを理解してもらい、中長期の投資を身に付けてもらう工夫だ。その上で、販売側も成功体験 を積み重ね、販売組織として成長することだろう。 金融庁の「平成 26 事務年度 金融モニタリング基本方針」で、販社に資産運用の高度化が求められた。 顧客の知識や経験、財産、投資意向を把握し、1 人ひとりの顧客に適切な商品の提案、つまり、リスクは 「ゼロ」か「全て」ではなく、両者の間にこそ豊かな人生設計の裏付けとなる投資の世界があることを、ア フターフォローも含めて伝えられる態勢を築くことが「資産運用の高度化」の本質ではないだろうか。 三菱アセット・ブレインズ 執行役員 主席コンサルタント 内田一博 (ファンド情報 No.190 2015 年 2 月 9 日 インサイト寄稿記事) 本レポートに関する著作権、知的財産権等一切の権利は三菱アセット・ブレインズ株式会社(MAB)に帰属し、許可なく複製、転載、引用 することを禁じます。
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